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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
赤い目との戦闘
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第35話 広い世界へ

今章ラストです。

(任命書。貴殿を正規の騎士として認め、次の任務を命ずる。ねぇ……)


 俺は今、もはや事ある度に来ている気がする自宅の医務室――とは違うベッドの上でとある紙を読んでいる。

 それは、多分この世界で一番権威ある紙切れだ。これを粗末に扱った場合、不敬罪で処刑されてもおかしくないようなレベルのな。


(レオンハートは12歳で下級騎士となり……か。そのルートだけは一応なぞれたって言っていいのかねこれは?)


 吸血鬼の存在。それはゲームにも間違いなくいたが、レオンハートに吸血鬼化なんて能力はなかったはずだ。

 いや、序盤で死んで即闇騎士――つまり超上物のゾンビになったわけだから、その手の不思議能力が宿っていなかったと言う保障も無いんだけどさ。


(しっかし、吸血鬼ってのは予想以上に脅威として認識されてるんだな。まさか俺みたなガキ一人に“王印”を使った指令書なんて渡してくるとは)


 俺は、手にした紙切れの一番下に刻印されている紋章を見ながらそう考える。

 この紋章、王印ってのは、つまり『この文章は国王の意思が記載されています』と証明する印鑑だ。俺はよく知らないが、滅茶苦茶精巧に作られた印鑑で、魔法技術も含めて絶対に偽造できないように印鑑とは思えない予算で作られたものらしいな。

 更に印鑑でありながらも魔道具としての側面も持っており、使用者――つまり国王の魔力を同時に刻印する機能もあるそうだ。だから、もし王印を国王以外の誰かが盗み出したとしても、王以外が使ったのだとすぐに分かる仕組みらしい。


 そして、この判子が押された紙は国王そのものとしてすら扱われるのだ。

 今は病室に俺しかいないから寝転がりながら読んでいるが、公式の場でなら膝をついて両手で恭しく受け取るのが当然の代物だって聞いてる。

 ……本当に忠誠心溢れる騎士だったら一人でもこんな雑な扱いしないんだろうけど、元日本人的な気質と言うかなんと言うか、とにかくイマイチ王族への忠誠って奴に疎い俺はこんな感じだけどさ。


(まあとにかく、重要なのは紙自体ではなくその中身だ。……ほとんど俺にとっては好都合なことしか書かれて無いんだけどさ)


 指令書の内容は、大きく分けて二つ。まず俺の肩書きが見習い騎士から正規の騎士――下級騎士に繰上げされると言うこと。

 そして、王様直々の命令で国中を回り、吸血鬼について情報を収集、可能ならば討伐することだ。

 つまり、俺の収入は大幅にアップし、しかも世界を自由に歩き回ってよいと王様のお墨付きが貰えたという事になる。国内の捜査任務ともなれば、一般人では立ち入り禁止の場所だろうが『捜査』の一言でほぼ入りたい放題ってことになるからな。

 しかもご丁寧に、これまた精巧な手のひらサイズの紋章も入っている。これは騎士章と言い、正式な騎士であることを証明する身分証明みたいだな。

 ……いったい、何でこんなことになったんだろうな? 俺に都合よすぎてちょっと怖いんだけど。わざわざ『単独で調査に当たれ』なんて明記されてるのも気になるし。


 って、ん? この足音は……誰か来るな。この紙、一応元のやたら豪華な入れ物に戻しておくか。


「入るぞシュバルツ。調子はどうだ?」

「あ、あのぉ、こんにちは……」

「ああ、メイとリリスさん。どうも」


 やって来たのはメイとリリスさんだった。道理で軽い足音だったわけだ。

 ……こんな事言うと怒られるかもしれないが、闘気を発していなかったせいでメイとは気づかなかったな。

 まあ、ノックもせずに入ってくる辺りはらしいと思うけど。


「見舞い一つにも随分時間を取らされた。全く、王城と言うものはもう少し融通を利かせたほうがいいな」

「ああー、まあ、しょうがないでしょ。世界でもっとも警備のきつい場所だしね」


 少々不機嫌なメイに、俺は笑って対応する。普通の基準で考えればフットワーク悪すぎと文句を言われても仕方ないだろうけど、ここがどこだかを考えればそれもやむなしと言うしかないのだ。

 そう、俺が今入院しているのは王城内の医務室だ。しかも、超豪華なって形容詞がつくような個室だ。

 ベッドにはよくわからない装飾が施され、きっと凄い価値があるんだろうツボだの絵画だのが並んでいる。広さも十分大部屋として通用するものがあり、しかもどうぞご自由にお取りくださいと言わんばかりに数々の本が並んでいる。

 この世界、まだまだ本は貴重品のはずだよな?


 何故こんなに医療設備とは無関係なものまで充実しているのかと言えば、場合によっては王がここに入ることも想定されているからだろうな。

 ……まあ、ここに厄介になる人間の90%は俺みたいな騎士だろうけども。


(にしても、思い返せば体調崩して寝ているところに女の子が見舞いに来る……なんて、それこそゲームの中でしか体験したことの無い珍事だな)


 まあ、俺の守備範囲の遥か下である、正真正銘の女の“子”を数に加えていいものかちと悩みどころだが。


「それで? 体調は問題ないのか? 思いっきり噛まれていたが」

「うん。とりあえずはね。目も普通でしょ?」

「ああ。元の金色の目だな」

「その、よかったですね」

「えっと、どうも……」


 一見すると普通にしているように見えるが、やっぱり大分心配かけちゃったみたいだな。言葉の端々から不安が感じ取れるもん。

 そんな二人に、俺は極力何にも問題ないですよとアピールする。やっぱり、無駄に心配されるのはいろいろつらいものがあるからね。


(実際、今のところは問題なしなんだよな。……まあ、完全に元通りってわけじゃないけども)


 戦場でぶっ倒れた後、次に目が覚めたときには俺の体は元に戻っていた。凄まじい疲労感はあったものの、吸血鬼化したときに感じていた全身を巡るエネルギーはなくなっていたのだ。

 まあ、あくまでも、体を巡ってないってだけなんだけどさ。


 ……止めよう。この話題は考えるだけで暗くなりそうだ。ここは話題を変えるとしようか。


「にしても、よくお見舞いになんて来たね?」


 と言うわけで、俺は話を見舞いに来たことそのものに変えることにした。

 そして、そんな俺の言葉に、メイはちょっとムッとした様子で答えたのだった。


「それは礼儀と言うものだ。事実上、私はお前に命を救われたも同然だからな」

「そんな大げさなことでも……まあいいや。ってことは、リリスさんも同じ理由で?」

「えぇっと、そうですね……」

(うーん。戦闘中は少しマシになってたような気がしたけど、やっぱりこう言うタイプとは話が続かない……)


 いつも通りに戻ったと言えばそれまでなのだが、リリスさんはやっぱりおどおどとした態度だ。どうもこっちに心を開いてはくれないらしい。そういう性格なんだろう。

 ……なんて、それだけじゃないよなきっと。明らかに前に見たときよりも気落ちしてるし。


「どうしたのだ? 今日会ったときから思っていたが、随分元気が無いではないか」


 メイもやっぱり気づいてたか。どうやら優先順位が俺の見舞いより下だったみたいだけど。

 そして、リリスさんはそんなメイの問いに、やや俯き気味で答えるのだった。


「そのぉ……アード様が……」

「アード……? ああ、そのことを気にしているのか?」

「まあ、確かにショックではあるよなぁ。初任務でいきなり戦死者が出たってのもさ」

「だが、それをいつまでも引きずるわけには行かない。これからもこの世界で生きていくのならば、仲間の死は避けて通れないからな」


 アードは、あのまま死亡したと聞いている。どうやら極少数の例外――つまり、俺を除いて、吸血された生物は全て死亡しているらしいのだ。

 ゲームでは、少なくとも主人公パーティではちょっと吸われただけで死亡ってことはなかったのだが、どうやらこの世界では吸血されれば死ぬのが常識らしい。

 これはゲームと現実の違いなのか、それとも主人公達が異常なだけなのか。……何となくだけど、後者である気がするな。

 何となく親父殿辺りなら光の魔力なしでも耐え切りそうだし、そうでなくとも間違いなく俺は生きてるしな。

 ……まあ、逆に言うと、あの明らかに一般人っぽい格好をしたレッサーの元人間達は全滅ってことになっちゃうんだけどさ。


「……そういや、あれからどうなったの? アードや他のレッサー達は動きを封じてただけだよね?」

「ああ。あの吸血鬼が逃走した後、すぐにガーライル殿がやって来ただろう? その時、一応のサンプルとして数体を残し、残りは彼が焼き払ったんだ」

「ふーん……。流石は親父殿ってところか」


 まあ、動きが封じられてた以上は簡単な仕事だったろうけど。多分、親父殿ならあのレッサーの群れも正面からねじ伏せられるだろうし。


「そのときにアードも?」

「いや、アードは持ち帰られた側だ。その後どうなったのかは知らないが」

「へぇ、助かっている可能性は……」

「無い、ですよ。既に死亡報告がなされましたから……」

「ああ、そうなんですか……」


 相変わらず目を泳がせたままだが、リリスさんが俺のちょっとした呟きに答えてくれた。

 ……でも、妙だな。リリスさん、悲しんでいると言うよりは……悩んでないか?


「リリスさん。何か悩み事でもあるんですか?」

「そ、それは……」

「見たところ、アードの死を悲しんでいるだけでは無いように感じられるのですが」

「……その通りです。アード様の死が無関係というわけでは無いんですけど、ちょっと私的な悩みがありまして……」

「ふむ、差支えがなければ聞かせてもらえるか? お前にも助けられた借りはあるからな。可能ならば力になろう。今回はほとんど役に立たなかったからな。せめてもの詫びをしたい」

(……吸血鬼戦でまともに戦えなかったこと、気にしてたんだ。……とは言え、今回メイは雑魚ゴブリンと赤目ゴブリン戦では十分活躍したし、別に引け目を感じるほどのことじゃないと思うんだけどな)


 まあ、そんなこと口にしても慰めにすらならないだろうけど。

 最強の敵を前に何もできなかった。その事実そのものが武人としてのメイのプライドを傷つけたんだろうし。


 にしても、借りか。それは多分、レッサーに囲まれたあの絶望的状況を打開した魔法のことを言っているんだろうな。

 その意味じゃ、俺も彼女には助けられた。できることなら力になるべきだな。


「別に、言えないわけじゃないです。ただそのぉ……お恥ずかしい話だと言うだけで」

「……それは、言えないということか?」

「いえ、お話します。私なんかの話を聞いてくださるのは、あなた方だけでしょうから」


 うーん。前々から思ってたことではあるけど、ちょっと卑屈だなこの人。別に、俺なんかにそこまで下手に出る必要ないんだけどな……。


「私の実家、小さな雑貨屋なんですよ。冒険者向けの」

「ほう、と言うことは、薬や携帯食料などを売っているのか?」

「はい。もっとも、本当に小さくて、今にも潰れてしまいそうなんですけど……」


 なるほど、冒険者向けの店か。何となく個人的に引かれる響きだな。


 冒険者ってのは、その名の通りあちこち旅している人のことを指す。これと言って資格試験の類はなく、冒険と言うかまあ、旅人のことを指していると言っていい。

 だが、この世界は暢気に旅行することなんて出来ない物騒なところだ。山賊盗賊の類はなんかはどこにでもいるし、そんなのよりももっと怖い野生の獣やモンスターがあちこちで人間を狙っているからな。

 そんなわけで、冒険者ってのになるにはそれ相応の実力が必要になる。だから、冒険者向けの店となると必然的に旅の道具や戦闘道具、それ以外にも宝探しアイテムなんてものがあるはずなのだ。

 ……何せ、冒険しているだけじゃ金は稼げないからな。大抵の冒険者って連中は、あちこちにある遺跡何かから価値のありそうなものを拾ってきたり、あるいは村々から魔物討伐の依頼を受けたりして生活しているわけだ。


 そんな生活を送る為に使うアイテム。これから国王命令で旅に出る身としては、是非欲しいところだな。


「それで? その実家とアードの死。何か関係があるのか?」

「はい。私の実家は本当に小さくて、切実に破産の危機に陥っていたんです。でも、そこにアード様が声をかけてくださったんです」

「何? あの男がか? ……死者を悪く言いたくは無いが、とてもそんな善良な男には見えなかったぞ?」

「まあまあ。……えっと、具体的に、どういう状況でどんなことを言ってきたんですか?」


 メイは、いかにも胡散臭そうな表情でそう呟いた。

 死者を悪く言うのは本人も言うとおりあまり褒められた事では無いが……正直、俺もメイの意見に賛成だな。絶対に何か裏があるように感じるもの。


「はい。私が特別枠で王立騎士学院に入学し、何とか追い出されないように毎日勉強していたところに声をかけてくださったんです」

「ほう。特別枠……それは、さぞ優秀だったんだろうな」

(特別枠……。確か、入学費が免除される上に月々の授業料もほとんどが国の負担になるのだったか。この制度にあやかる為には、頭が爆発するような高難易度の試験を突破する必要があるらしいけど)


 なるほど、確かにリリスさんは優秀な頭脳の持ち主らしいな。魔法使いとしての力量は先日の戦いの中で見せてもらったし、間違いなく学生としての評価も高かったのだろう。

 ……しかしとなると、アードがリリスさんに声をかけてきた理由も何となく想像つくなこれは……。


「元々私が学院に入って騎士になろうとしたのは、実家の為なんです」

「まあ確かに、王国の騎士ともなればまず収入からして違う。それに加えて、騎士として実家の商品を使っていれば宣伝効果も抜群だろうな」

「はい! 特別枠の試験は大変でしたけど、これで大分家は楽になると思ったんです! でも……」

「……ひょっとして、急に客が寄り付かなくなってしまった、なんてことになったのでは?」

「え? よくわかりましたね?」


 俺とメイは、思わず顔を見合わせてため息をついてしまう。

 だってもう、これは分かりやす過ぎるくらいに分かりやすい陰謀の匂いがするんだもの。

 特別枠を獲得するほどに優秀な学生。そして、唐突に加速していく貧乏。そこに救世主の如く現れた同級生かつ貴族(かねもち)のアード。

 ここから導き出される答えなんて、もうほとんどないだろう。何なら、この推理を構築するための要素に『プライドが高くて自分以下、つまり平民を見下している』のがアードの特徴であると書き加えてもいいかな。


「つまり、アードはお前の家に資金提供を持ちかけたのではないか?」

「はい、そうなんです! おかげで何とか倒産を免れて……」

「でも、その代わりに学院で何かにつけてはアードが高圧的に命令してきたりしたんじゃないですか?」

「え? えぇっと……確かに、学術の課題を代わりにやってほしいとか、チームでの戦闘演習でいつも誘われたりしましたけど?」

「なるほど」

「やっぱりな」


 非常に優秀な能力を持つリリスさんに協力させることが出来れば、複数人でやれる課題の成績は高得点が期待できる。その上個人課題までやらせれば、飛躍的に成績が上がるだろう。

 しかも、平民でありながら自分よりも上の成績を誇るリリスさんへと命令しつつ見下せる権利を得たも同然なのだ。まさに、アードからすれば願ったり叶ったりの状況だっただろうな。


「まあとにかくそんなわけで、もうアード様がいない以上は実家に支援してくれる人はいません。私がアード様に誘われて見習い騎士になったおかげで多少の収入は増えましたけど、これからどうなるのかと思うと……」

「……学生を辞めて四年過程の見習い騎士ルートを選んだのも、アードが原因か」

「学院の教師も馬鹿ではないと言う事だろう。流石に、個人試験全てに代理人を立てるのは不可能だろうからな」

「はい?」


 ……つまり、アードは宿題とか集団試験をリリスさんの力で突破できても、個人の力を試される試験には対応できなかったのだ。

 結果、何とか四年過程までを潜り抜けるところまでは来たものの、それ以上は不可能だと悟ったのだろう。

 そこで、自分のコントロール下にあるリリスさんを巻き込んで見習いコースに来たってところかな。


「まあとりあえず、あんまり心配する必要は無いかもしれませんよ?」

「え? どうしてですか?」

「多分、数年前からの経営不振はある程度解消されるでしょうから」


 何の証拠も無いが、このタイミングのよさだ。きっと、アードが……アード家が圧力をかけるなり悪い噂を流すなりしてリリスさんの実家を陥れたんだろう。

 後で、自分が『救ってやった』と言う為にな。古典的な詐欺の一種ってところか。


「はぁ……?」

「全く分かって無いですね。でもまあ、もう無理に理解する必要もないでしょう」

「とは言え、いきなり経営が軌道に乗るほど都合よくはいかないだろう。私は貴族家のような資金提供などできんが、闘技場を訪れる冒険者達に宣伝してみよう。きっと、少しは力になれるはずだ」

「あ、ありがとうございます!」


 ふむ。そう言えば、そもそもこの話はリリスさんへの恩返しだったか。

 となると、メイの提案はなかなか効果的だろう。メイは何でも闘技場チャンピオンの娘らしいし、そんな人物がお勧めしたとなれば宣伝効果はかなりのものだろうからな。


 さて、となると俺はどうしたものかな? これからあちこち旅に出るわけだし、そこで宣伝するでもいいんだけど、何か他にできることが……あ。


「そう言えば、リリスさんは錬金術が得意なんでしたっけ?」

「え、あぁ、はい。それほどのものではありませんが、学院で先生方にはよく褒められていました」

「なるほど。では、折り入って一つ頼まれてくれませんか?」

「はい? 何か作るんですか?」

「ええ。正確に言えば、これから作って欲しいものが出来ると思いますので、是非そのときは力を貸して欲しいんですよ。もちろん、謝礼は払います」


 宣伝だけならば、多分メイの方が効果高いだろう。闘技場は国内でも有名なスポットらしいし、そこの関係者であるメイの言葉とあくまでも一騎士でしかない俺の言葉では価値が違う。

 だから、俺はもっと即物的に行こうと思う。ぶっちゃけ俺個人としても優秀な錬金術師が欲しかったわけだし、国内最高峰の優秀な人材が集まる騎士学院で認められたリリスさんの技術ならば申し分ない。

 ……でも、相手が金の問題で悩んでいるのを利用するって、ぶっちゃけアードと大差ない気もするな。……ま、気のせいだと思おう。きっちり謝礼さえ払えば正当な雇用関係だよな、うん。


「はぁ。でも、お仕事をいただけるのはありがたいですね」

「そうですか? それじゃ、お願いしても?」

「はい。よろしくお願いしますね」


 よっしゃ。何かドサクサ紛れに錬金術師ゲット。今後旅にかこつけて拾う予定のレシピ書を何とか利用する算段がついたな。


「しかしシュバルツ。お前、そんな金あるのか? 実力のある錬金術師を雇うのはかなりかかるぞ?」

「んー。多分大丈夫だと思うよ」


 話が俺に都合よく進んだと喜んだところで、メイが口を挟んできた。実に現実的な理由で。

 しかしまあ、妥当な意見だな。何せ、錬金術には豊富な知識と高い技術が必要になる。それ故に、優秀な錬金術師に仕事を頼むのは結構金がかかるのだ。

 でも、今の俺なら多分何とかなる。だって、理由はよくわかんないけど、今の俺はただの見習い騎士じゃないからな。


「何でかはよくわかんないんだけど、俺今回の一件で昇格したんだよ。見習い騎士から下級騎士に」

「な、なに?」

「本当ですか!?」

「ああ。だから、結構財布に余裕が出来る予定なんだよね」


 何せ、王国騎士ってのは目茶目茶給料がいいのだ。名目上は国王直轄なわけだし、それに見合った待遇って奴なんだろう。

 あくまでも騎士未満として扱われる見習いの給金はそれほどじゃないが、正規の騎士の給料は一般平民の三倍以上はあると言われているくらいだ。

 まあ、困難な試験を潜り抜けた挙句毎日命を危険に晒す職業が安月給だったら暴動ものって話だけどさ。


「ふーむ。それは、やはり吸血鬼を撃退したことが評価されたのか?」

「さあ? いきなり陛下の勅命書を渡されて下級騎士への任命と任務を言い渡されただけだし、詳しいことは知らないよ」

「陛下の……? それで、任務とは何だ?」

「んー、これって言っていいんだっけ? 別に話しちゃいけないとは書いてなかったけど」

「別に罰則は無いが、あまり軽々しく他言することではないな」

「へ? ――うぉっ!? いつからいたんですか!?」


 話が俺の昇進に移ったその時、急に俺たち三人しかいなかったはずの個室にもう一人、親父殿が現れた。

 一体いつからいたんだ? 全く気配を感じなかったぞ……?


「今来たばかりだ。そんなことよりも、騎士の任務はなるべく秘匿すべきものだぞレオン」

「は、はぁ……」

「騎士とは王の命令で動いている。まあ実際にはそれより下部の人間……場合によっては私のような騎士団上層部の人間が指示を出していることもあるが、それでも騎士とは王のために動く者なのだ。故に、その任務には時に国家の重要機密が絡むこともある。だから、不必要に任務内容を話すのは推奨されない。わかるな?」

「わ、わかりました」

「ウム。君らもわかったな?」

「りょ、了解しました」

「はぃぃ!」


 いきなり現れた親父殿を前に、メイもリリスさんも動揺を隠せて無いな。

 まあ、そりゃそうだろう。体格のいい親父が全く気配を感じさせずに背後に立っていたとか、悲鳴の一つくらいなら上げても不思議は無い話だ。


「さて、レオン。先ほど言ったことと矛盾するようだが、私はお前に下された任務について知っている。準備期間がある程度認められるが、いつまでも引き伸ばすわけにはいかん。体の調子はどうなんだ?」

「うーん、とりあえず問題は無いですね。ただ、ちょっと洒落にならない疲労が残ってるだけで」

「疲労、か。まあ、その程度で済んでいるのなら何よりだ。他に異常は無いか?」

「ええ。とりあえず、自覚してる中では疲れ以外に問題は無いです」


 まあ、一度体が吸血鬼に変化した以上、何か問題があって当然な気もするけど。

 実際、親父殿の心配もそこにあるんだろうしな。俺だって、もし俺に起きたことが他人事だったのならば絶対どこかに異常があると思うもん。

 とは言え、全身がダルイだけってのは嘘じゃないんだよな。あえて言うなら、ちょっといつもよりも心臓の音が激しい気がするくらいで。


「そうか。ならばいい。……では、一応聞いておく。此度の任務、お前は受けるのか?」

「え? そりゃ受けますが?」


 親父殿の妙に深刻そうな質問に、俺はほぼノータイムで返答する。

 だって、この仕事俺にとって都合のいい話ばっかりだし。むしろ断る理由が無いくらいだし。

 だと言うのに、何で親父殿はこんな難しい顔をしているんだ?


「むう……。いや、確かにこれは王命だ。そう簡単に拒否はできん。だが、本当にいいのか?」

「いいですよ? 別に不満は無いですし」

「………………そうか。ならば、王国騎士団副団長としてその言葉を受け取る。体の回復期間と準備期間を合わせて、大体任務開始は一週間後ほどになるだろう。相当長期の任務になるが、分かっているな?」

「もちろんです。きっと、年単位で時間がかかるでしょうね」


 何せ、国中を巡って吸血鬼の痕跡を調べろと言うのが任務の内容だ。ぶっちゃけ、長期間かけて国を巡り、とにかく対処療法的に吸血鬼と戦えって事だろうからな。

 ゲーム知識的に考えても、任務終了を告げる『吸血鬼の根城発見報告』は国内捜査だけでは不可能。つまり、長期任務を果たしつつあちこちで別の任務をこなしながら旅をする生活になるはずだ。

 それも、一月やそこらではなく、数年単位でだ。吸血鬼を完全に撲滅するか、あるいは俺自身の階級が外に出るようなものではなくならない限りはずっと旅生活だろうしな。

 ある意味、常時出世のチャンスをつかめるとも言えるな。魔物の蔓延る“外”は危険だけど、同時に騎士として活躍できる場だってことだし。

 魔王襲撃までの間に少しでも上の地位に就きたい俺としてはこれまた好都合な話と言えるわけだ。


「……シュバルツ――レオンハート殿の任務とは、そんなに長期のものなのですか?」

「む? ああ、その通りだ。私の目算では、大体10年ほどの時間が必要になるのではないかと考えている」

「そ、そんなになんですか? だったら、さっきの私とのお話も……」

「ああいや、それは大丈夫だと思いますよ。街から街への荷物転送くらいはできるはずですから」


 リリスさんが俺の任務予定期間――正直、10年は俺も予想してなかった――を聞いて、さっきの錬金術士としての仕事依頼もキャンセルなのかと言ってきた。危ない危ない。

 まあ心配自体は当然のことだけど、実際のところは大丈夫だろう。母上から聞いた話だけど、この世界でも郵便屋さんは存在しているんだから。

 まあ、魔物相手に戦えるような、屈強すぎる冒険者兼任の郵便屋さんだけど。


 ついでに、魔法による転移でも各町は連絡を取り合っているらしい。

 転移魔法の使い手自体限られているから、個人的な用件を頼むときは結構なお金が必要になるけど、それでも本当に重要なものを取り寄せたり届けたりすることは案外できるもんなのだ。


「うむ、では、今はとにかく休め。早く回復しないと予定が狂ってしまうぞ?」

「ふむ。では、我々もそろそろ出るとしようか」

「そ、そうですね!」


 こうして、親父殿と一緒にメイとリリスさんは部屋から出て行った。

 しかし、一週間か。それが過ぎたら、いよいよ身一つでこの世界を見て回ることになるんだな。ジジイの転移魔法とかではなく、自分の目と足で、ゲームではない本当のこの世界をさ。


(ま、いっちょやってやるか! 無事に魔王を勇者に何とかしてもらって、俺も生きてるハッピーエンドって奴のためにさ!)


 こうして、俺は旅に出ることとなった。長い長い旅へと……。

ここより王都での地道な修行および立場構築は終了です。

同時に、12歳の幼さでの戦いもここで終了します。

次回からは一気に成長し、18歳になる予定です……。

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