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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
赤い目との戦闘
38/241

第34話 王国首脳会議

親父殿視点でのゴタゴタ処理回。

「これより、フィール王国緊急首脳会議を始める」


 此度のゴブリン騒動。盗賊被害。そして、その背後に隠されていた吸血鬼の存在。

 それらがとりあえずの解決を見た以上、私は王国騎士団副団長として全てを王に報告しなければならない。

 そう、全てをだ。盗賊団の首領が実は吸血鬼の従者であったことや、ゴブリンリーダーが吸血鬼の支配下にいたこと。男爵を名乗る吸血鬼が襲ってきたこと。


 そして……我が息子、レオンハートのことを。


 これは会議と銘打っているが、実際のところは報告会としての意味合いが強い。今起きている問題について、王国首脳陣に知ってもらう為の、な。


「この場に集まったのが、我がフィール王国の今を支える重鎮である。余の名に置いて、一切の偽りを語らぬことをここに誓え」

「御意」


 この会議は、王国の最高幹部クラスのみが参加を許される重要案件を語り合うために開かれる。

 議長は国王陛下。そして、参加者は宰相殿と魔法研究所所長などの各部門の長達。その中には騎士団長も含まれ、私はその補佐および事件当事者として会議への参加を許されている。


「では、ギシャよ。これよりの仕切りに任命する」

「かしこまりました。……では、これより私が司会進行を勤めさせてもらいます」


 実質的なまとめ役は、宰相のギシャ殿だ。彼は今年60になる陛下を今まで支え続けた忠臣として知られ、陛下の信任も厚い。


「率直に言いますが、我らがフィール王国には前代未聞の危機が迫っている恐れがあります。まずは――」


 会議の内容は既にわかっている。この国の影でこそこそと動いている吸血鬼についてだ。

 ……ああ。ついでに、騎士試験でレオンを襲った正体不明の組織についてもあるか。まあ、吸血鬼に比べれば後回しとされてしまうだろうが。


「――である為、早急な対策が必要と考えます。それと――」


 ギシャ殿の言葉は、やはり会議前に立てた予測と大して違いは無い。

 現状問題とされているのは、盗賊による集団誘拐事件とゴブリン軍による進行未遂。そして、その背後にいたという吸血鬼についてだ。

 その辺りの知識共有が済んだあと。それがこの会議の肝だな。


「――以上です。指し当たって問題なのは、この国に潜入していると言う吸血鬼についてですな」

「うむ。ご苦労だったなギシャ。……その件に関しては、騎士団副団長のガーライルが詳しい知識を持っているのだったか?」

「はっ! では、説明させていただきます」


 陛下の指名により、この場に集まった国の最高幹部とでも言うべき御人達が一斉に私を見る。

 まあ今更そんな視線如きに揺らぐような未熟さは無いが、やはり緊張はするものだな。


「まず、先ほどのギシャ殿の話にもありましたが、我々騎士団は盗賊事件とゴブリンの集結。この二つを同時に解決すべく動きました」

「ふむ、それで?」

「ゴブリンに関しては、上級騎士10名を含めた騎士100名の連隊を。更に、攻め込んだ後に発生するであろう逃亡ゴブリンに備えて幾つかの分隊を手配しました」

「うむ、妥当だな。それで、盗賊の方へは?」

「はっ! 少々不穏な情報が流れていた為、大事をとって私自身が出撃しました」


 その言葉を口にした瞬間、会議場の温度が少し下がった気がした。

 まあ当然か。仮にも副隊長と言う重職に付く者が、自ら前線に出たのだからな。


「少しよろしいですかな?」

「……なんだスチュアート?」

「はい。その盗賊がどれほどの者なのかは知りませぬが、少々これは軽慮だったのではないかと愚考します。仮にも国の最高戦力と名高いガーライル殿がたかが賊如きの討伐に出向いては、この国の力がその辺の賊と同程度なのではないか……そんな風に思われますかと」

「ふむ……。どうだガーライル? 何か言うべき事は?」


 私の行動に意見したのは、イーグル・スチュアート殿だ。彼は魔法研究所の所長兼魔法部隊の隊長と言う重役に付き、また古くからの権威を誇る貴族家の当主でもあると言う超エリートだ。

 しかし、何故かシュバルツの家を目の敵にしていると聞いているが、正直私にはよくわからん。

 私がすべきことは、騎士としての勤めを果たすことのみだからな。だからこそ、私の判断は決して過ちではないと胸を張って言わねばならん。

 スチュアート殿は、つまりこう言いたいのだろうからな。『騎士団の、つまりは国の威信に傷をつけるような行動をとった者にはそれ相応の罰が必要なのではないか』とな。


「私が出たことに関しては、なんら間違ってはいなかったと確信しています」

「ほほう! つまりシュバルツ殿はこう言いたいわけですか? その辺の賊如きと、国最強と呼ばれる自分は同程度の力しかないと」

「いえ、そう言う訳ではありません。此度の敵は、その辺の賊では無いですからな」


 随分大げさな身振りでこちらを挑発してくるスチュアート殿だが、感情を表に出さないように注意して対応する。こういった場では感情のままに動くのはご法度だからな。

 ……全く、だからこう言った会議は好きになれん。もっと速やかにさっさと話を進められないものなのか?

 大体、スチュアート殿ならば既に独自の情報網で調べはついているだろうに。敵がただの賊ではなく、吸血鬼の力を持ったモンスターであったことなどな。

 実際、この程度の情報は既に王も掴んでおられるようだしな。


「うむ。それは、その盗賊の首領が吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントであったからか?」

「その通りです。ゴブリン相手に多くの騎士を動かしていた以上、国防に必要な騎士を動かさないと言う条件を満した上で動かせる戦力では二次被害が出る恐れがありましたので」

「ふむ……。敵はそれほどの者だったのか?」

「はい。元は町のチンピラ程度であったことは既に調べが出ていますが、吸血鬼の力を発揮した状態での力を私なりに計ったところ、恐らく上級騎士クラスであると考えます」

「……お前がそんな風に言うからには、ただの上級騎士ではあるまい?」

「はい。上級騎士の中でも、アレと一対一で戦えるものは限られるでしょう」


 今の騎士団の中に、私とまともに戦える人材はいない。だが、奴はその私に曲がりなりにも戦って見せた。

 私に剣を――紅蓮を抜かせる者など、少なくとも騎士団の中にはほとんどいない。無理に例外を挙げるのならば、遠く離れた闘技場で武勇を誇っている“あいつ”くらいなものだな……。


「なるほどな。ならば、此度ガーライル自身が打って出たことに関しては一切不問とする。よいなスチュアート?」

「……はっ!」


 スチュアート殿は一礼し、優雅に席についた。だが、流れ出る気配から察するに、納得したわけではなさそうだ。

 まあ、彼も彼なりにこの国の為を思って行動しているのだろうから、あまり文句を言うつもりも無いがな。


「では次に、ゴブリン事件に関してだ。盗賊の方にはお前自身が出向いたとのことだが、ゴブリンに関しても仔細を話せるか?」

「実際に事件に当たった騎士より、情報を纏めてあります」

「うむ。では、本当に重要な部分――吸血鬼に関する部分だけを報告せよ」

「承知しました」


 さて、吸血鬼についてのみか。となると、巣への突入作戦は大部分省いていいな。

 ……もっとも、一番重要なこともまた、そこに含まれているわけだが。


「まず、一部を除いてゴブリンの巣殲滅作戦は予定通りに進行しました」

「その一部と言うのは?」

「はい。巣の構造から考えて、恐らくゴブリンのリーダーが居たであろうポイント……。そこに向かった、騎士総勢20名が行方不明なのです」

「なんと! まさかやられたのですかな!?」

「栄えある王国騎士が、まさかゴブリンに……」


 会議場がざわめき出した。まあ、無理も無いな。

 王国騎士とは、国中から集められた人類の精鋭なのだ。魔物や人の道から外れた者の脅威から人を守り、国を守る絶対戦力だからな。

 はっきり言って、正規の騎士として認められた者は全て、宝と言っても過言ではない価値がある。それが20人も同時に消えたとあれば、それは動揺するに十分な事実だな……。


「……静まれ」

「ッ!?」


 だが、そのざわめきは陛下の一言で納まった。

 決して怒鳴り声を上げたというわけではないのにこの迫力、これこそが陛下が王として君臨する何よりの由縁だ。

 既に加齢によって肉体的にはかなり衰えているはずだが、気迫には一切衰えがありませぬな。


「……さて、ガーライルよ。話を続けよ。行方不明と言うことは、死体が見つかったわけではないのだな?」

「その通りです。まさに、どこにも居なくなってしまったとしか言えません」

「そうか。では、ひとまず別のことを聞くことにするが、そのゴブリンリーダーとやらはどうなった?」

「突撃組とは別枠に配置されていた、逃亡ゴブリンの排除を命じられていた中級騎士一人と見習い騎士四人による分隊と接触しました。彼らによって、そのゴブリンリーダーは討伐されています」

「ム……? 見習いと中級騎士だけで倒せたのか? と言うことは、そやつはただのゴブリンだったと言うことなのか?」

「いえ、報告によれば、そのゴブリンリーダーもまた吸血鬼の支配下にあったようです。……もっとも、所詮ゴブリンと言うことなのか、私が相手にした吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントよりも遥かに弱かったようですが」


 私自身が見たわけではないから推測するしかないが、恐らくはそう言う事なのだろう。

 奴ら吸血鬼が作り出す(しもべ)には大きな個体差がある。集まった情報から考えても、恐らくは元となる生物の力量と注がれる魔力(どく)の量。それが決め手なのだろうな。


「むぅ……。片やガーライルを唸らせるほどの力の持ち主。しかし場合によっては中級以下の騎士でも討伐できるか」

「ええ。もっとも、その見習いのほとんどは“非常に優秀”と評価された者達のようですが」

「……どうやら、その中にガーライル殿のご子息もおられたようですな。それに、かの武帝殿のご息女も居たとか」

「ほぅ……流石はガーライル殿の息子だ」

「それに、かの武帝・バース殿の血を引く者まで。それはさぞ強力な部隊だったのでしょうなぁ」


 会議場から、ちらほらと賞賛の声が聞こえてくる。何故か、武功を挙げたレオンやバースの娘ではなく私に向けられているのが気になるが。

 まったく、対立し、蹴落とすか。あるいは媚びへつらい利用するか。そんなどろどろした利害関係ばかりを気にする連中ばかりだからこう言った会議は嫌いなのだ。

 ……それに、自分で言うのもなんだが、あまり血筋だけで褒められても嬉しくは無いしな。これはレオン達の日々の鍛錬による成果だ。断じて私の息子であるから強いわけではないはずなのだ。


「……フンッ! それで、話は終わりなのですかな? 自慢のご子息が吸血鬼化したゴブリン一匹倒したという……」

「いえ、重要なのはここからですよスチュアート殿。……彼らが吸血鬼化したゴブリンを倒したところ、その諸悪の根源であろう吸血鬼が姿を現したと言うのです。ミハイと名乗ったその吸血鬼は、自身を吸血鬼の男爵(ヴァンパイアバロン)と名乗っており、通常の吸血鬼の上位種であるとのことです」

「そんな、吸血鬼の上位……」

「それは相当強力なモンスター……いえ、魔族という奴ですか?」


 魔族。それは、我々の認識では高度な理性と知恵を獲得したモンスターの総称とされている。

 まあ、吸血鬼の分類に関しても、今まで人類が培ってきたものはほとんど役に立たなかったのだ。その認識でどこまで真実を射抜いているのかはわからんがな。


「その吸血鬼は、多数の吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァント……いえ、下等吸血鬼(レッサーヴァンパイア)を引き連れていました」

「レッサー……? 聞いたことがありませんな」

「我々の認識では、それらも吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントに含まれる存在です。どちらも吸血によって吸血鬼化した者のことを指すようですが、どうやらその違いは吸血の際に使われる“吸血鬼の毒”の精度によって決まるらしいですな。吸血鬼の間では、理性を持ったものが従者(サーヴァント)、理性を持たない怪物が下等種(レッサー)と分類されているようです」

「おや? 私の記憶では、吸血鬼に同意した上で吸血された者が理性を保ったまま吸血鬼になるとされているのですが……」

「どうやら、その認識は間違いだったようですな。理性を持たせるかは全て吸血鬼次第であり、その際に吸血鬼へと忠誠を誓うように洗脳……あるいは、改造されるそうです。“吸血鬼の血”は彼らの魔力から作られる毒物であり、どうやら理性を持つ従者(サーヴァント)の方が下等種(レッサー)よりも上質の毒を用いて作られるようです」


 恐らく、過去に吸血鬼によって改造された人間がいたのだろう。

 そして、そのものが吸血鬼への忠誠を語ったことから『自分の意思で吸血鬼の軍門に下ったものには理性が残される』と言う解釈がなされたのだろうな。


「ふむ、それで?」

「最初は、吸血鬼自身は参戦せず、配下の下等種(レッサー)のみで騎士四人の分隊に襲わせたそうです」

「ん? 四人? 確か、分隊は中級一人と見習い四人ではなかったか?」

「……吸血鬼が姿を現してすぐ、分隊の一人、見習い騎士のアパーホ・アードが敵吸血鬼の吸血を受け、下等種(レッサー)に改造されました」

「なんと……」

「アード家の者か。大方簡単な仕事で点数稼ごうとでも思っていたのだろうな。あの家の者ならそれくらいは当然のようにやるだろう」

「いや全く。どうせ、他の者に危険を押し付けて手柄だけを得よう離れていたら襲われたと言うところでしょうな」


 ……どうやら、アード家とはお偉方の中では評判が悪いようだな。それも、嫉妬により悪印象をもたれているのではなく、本当にダメだから低評価されているらしい。

 私は貴族社会に詳しく無いからなんとも言えんが、どうやら彼らからすれば追悼の意を述べるよりも侮蔑が先に来る家らしい。


「……話を続けますが、その後何とかレッサーの群れを見習いの一人による魔法で封じたようです。なお、そのレッサー達の元となったのは、私が討伐した盗賊団による誘拐被害者であると判明しています」


 彼女ら――バースの娘とリリスという少女――の報告のおかげで、あの盗賊団の不可解な行動の理由がわかった。

 まあ盗賊団が吸血鬼に支配されていたと知ったときから薄々気がついてはいたが、その確証を持てたのだ。

 奴らは、人を攫って自分達の戦力を増やしているのだ、と。


「なるほどな。誘拐した村人を吸血鬼の手駒にしていたわけか。となると、盗賊団の首領を支配していた者とそのミハイと名乗る吸血鬼は同一と考えていいだろうな。……ふむ、ならば、行方不明の騎士達がどうなっているのかも予想がつくな」

「へ、陛下、それは……」

「我らに楽観的な考えは許されん。常に現実を見据え、最悪を真正面から見据えた上で対処せねばならんのだ」

「は、ははぁ!」

「うむ。では、報告を続けよ」


 陛下は、私の報告から次々と仮説を立てていく。流石は一国の支配者と言うべきか、その最悪の仮説にも全く動じた素振りを見せない。

 国の切り札であり最高戦力である騎士が、更に吸血鬼の力を得て自分達に牙を向くかもしれない、などという最悪の予想にも。


「……件のレッサー集団の動きを封じた後、吸血鬼は自らが前線へ出ました。そして、一瞬で分隊長を任されていたシルビィ・スタッカート中級騎士を昏睡状態へ。幸いにも命には関わらない呪いのような魔法による攻撃であったらしく、現在は入院中です」

「スタッカート……あの銀麗剣か」

「中級騎士の中でもかなり優秀と聞いていたが、大げさな評価だったのか?」

「いや、この場合は吸血鬼が強いのだと考えるべきだろう」


 ……私の私見による評価だが、スタッカートは間違いなく優秀だった。少なくとも、彼女から学べることはレオンを更なるステージへ上げてくれるだろうと思うくらいには。

 そのスタッカートを一瞬で倒す。そのことから考えて、ミハイとやらは間違いなく私が戦った盗賊の首領――吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントを遥かに超える力を持っていたのだろうな。


「むぅ……。しかし、その中級騎士は生きているのだな? 話を聞く限り、その場にその吸血鬼をどうにかできる者がいたとは思えんが、一体どうやって助かったのだ?」

「それは……」

「それは私が説明しよう」

「ッ!? ぐ、グレモリィ……」


 ……この会議場は、王国に仕えるものとして最上位に近い者のみが入室を許される。

 だが、そんなこと全く気にしないと言わんばかりに堂々と、いっそ自分こそがこの部屋の主であると宣言しているんじゃないかと言うくらいに悪びれることなく、大魔導師として国中に知られるグレモリー先生が入ってきた。

 しかしそれにしても、先生がルールや伝統など欠片も気にしない社会不適合者なのはよく知っているが、少しは自重して欲しいものだ。気配を探る限りは部屋の外で何人かの見張りが気絶しているようだし、多分ここまで無理やり入ってきたな。

 全く、伝統にうるさいスチュアート殿なんて、血管切れそうな勢いで顔を真っ赤にしているぞ……。


 ……まあそれはそれとして、先生にはレオンを任せておいたはずだが、ここに来たと言うことは何かあったのか?


「……グレモリーか。何用だ?」

「なに、その話を語るのならば、私がもっとも相応しいと思ったまでのことだよバー坊」

「――ッ! ぶ、無礼者! 許しもなくこの神聖な会議場に足を踏み入れるに飽き足らず、陛下を愚弄するか!」


 スチュアート殿が、ほとんど感情のままに椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がって叫んだ。

 ……陛下の本名は、バージウス・フィールと言う。御年60を過ぎた陛下すらも坊呼びとは、一体この魔法狂いジジイは何歳なのだ?

 にしても、この神をも恐れぬ狂人の無礼さに真っ先に反応したのはスチュアート殿だが、これには流石に他の面々も少々苛立っているようだな。

 まあ、だからと言って表立って先生に牙を向けられるような気骨のあるものは他に居ないようだが。そして何よりも――陛下自身が全く不快な感情を表には出しておらず、むしろなにやら懐かしそうに苦笑しているのだから仕方が無いな。


「そう呼ばれるのも久しいな、老師」

「フンッ! 一度私に教えを受けた以上、王になろうが神になろうが私から見ればただの坊主だということだ!」


 ……そう言えば、先生は陛下が幼少のころの教育係であったと言う話を聞いた事がある。当然魔法関係を教える為の教師だったそうだが、先代は何を思って陛下にこんなのを近づけたのだろうな?

 と言うか、本当に幾つなのだこの怪人は? 計算上は100を軽く超えていることになるのだが……。


「はぁ。気を静めよスチュアート。この男にだけはあらゆる常識が通用せん」

「し、しかしですな陛下――」

「よい、と言った。……お前の忠誠は嬉しく思うが、今はそれよりも大切なことがある」

「――ッ! わ、わかりました……」


 怒りにプルプル震えながらではあるが、スチュアート殿はゆっくりと、しかし先ほどのような優雅さはなく席に着いた。

 ……そして、そのついでに私も席に着く。ここから先は、どうやら先生が話してくれるそうだからな。


「さて、その何とかと言う吸血鬼をどうやって撃退したかだったか? 結論を先に言えば、ガー坊……そこでため息を吐いとる副団長なんて偉そうな肩書を名乗っている男の息子、レオンハートが吸血鬼と戦い、そして勝利したらしいな」

「何? どういう事だ? 敵は中級騎士を一瞬で倒す実力者なのだろう? どうやって見習いがそれに勝てると言うのだ?」


 ……陛下の疑問はもっともだ。私自身、ここから先の話は半信半疑だからな。

 まあ、先生は全く躊躇する素振りも見せないわけだが。


「途中までは完全に手も足も出なかったらしいがな、何でもレオンハートの奴も敵に吸血され、吸血鬼化したらしい。それで一応は対等になったらしいな」

「……なんだと? 吸血された――だと?」

「そ、そんな。シュバルツ殿の息子が吸血鬼に……?」

「それでは支配されてしまったと言うことなのか?」


 会場がまたざわめき出す。しかも、今度は陛下すらも驚きのあまり目を見開いている。

 まあそれはそうか。敵を倒したと最初に言っておいて、その倒した者が吸血鬼となっている――なんて、思考が停止しても全くおかしくないからな。

 全てを知った上で話を聞いた私ならばともかく、事前情報なしの陛下が軽いパニックに陥っても不思議は無い。それを全く表に出さないのは流石だが。


「安心せい。少なくとも、レオンハートは通常の吸血鬼化を受けたわけではないからな」

「……それはどういう事だ?」

「どうやら、あやつは“吸血鬼の毒”に抵抗したらしい。そして、洗脳を受けないまま吸血鬼の能力だけを手にしたようだな」

「……は?」


 陛下はまたまた絶句された。……私も、同じことを最初に聞いたときは同じようなことになったな。


「うむ、その、老師よ。“吸血鬼の血”とは、一度注入されればどんなことをしても助からない死の猛毒ではなかったのか?」

「今まではそうであると考えられていたな。だが、事実なんてものは新たな発見によって簡単に覆されるものだ。私の知る限りでは初めての例だが、“吸血鬼の血”を注がれてなお死亡していない人間が確認された以上は仕方あるまい」

「む、むぅ……」

「ああ、断っておくが、特異性を見せたのはあくまでもレオンハートの方だ。此度の吸血鬼とやらに吸われたレッサーとやらを何体かガー坊が持って帰ってきているが、どれも今までに知られた以上の結果は示していない」


 私は盗賊団のアジトを出てすぐにゴブリンの巣へと向かった。

 そして、そこでレオンを含めた見習い三人と、何らかの魔法で昏睡させられていたスタッカートを発見した。

 だが、もっとも目を引いたのは、魔法で生み出したと思われる粘性の高い水に捕らわれて蠢いていた者達であったのだ。

 ……私にできることは、ただ燃やすだけであったが。この事件が切欠で、吸血鬼の被害者を治療するような何かが判明すればいいのだが……。


「確認するが、本当にシュバルツ見習い騎士は吸血鬼の支配を逃れたのか? 正気の振りをしているが、実は吸血鬼の支配下にある……と言うことは?」

「ふむ、無いとは言えんな。私に言えるのは、今のレオンハートは非常に珍しい状態にあると言うことだけだ」


 ……珍しい状態? 私も、レオンの体については全て医者と先生に任せてここに居るからな。できれば詳しく知りたいものだ。


「……ふむ。では、簡単に説明しよう。まず、通常の吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントの特徴だな」

「吸血鬼の特徴……赤い目や牙、爪と言ったものがあるだけではないのか?」

「ま、概ねそれでもいいんだがの。より詳しく調べていくと、やはりアンデッドと言うべきか心臓が止まっておるのよ。だからこそ、一度“吸血鬼の毒”にやられたら二度と元には戻せんと言われるわけだな」


 いかに医術の粋を尽くそうが、あるいはどんな魔を使おうが、死んだ人間は生き返らない。名前だけ伝わっているような伝説の魔法などには死者蘇生の術もあるらしいが、あの先生ですら実現には至っていない。

 だからこそ、人間の肉体としては死亡している吸血鬼の犠牲者は殺すしかないとされているのだ。


「その口ぶりから察するに、シュバルツ見習い騎士はそうでは無いのだな?」

「ああ。少々変質しておるが、奴の心臓は今も元気に動いておるよ」

「少々変質? どういう事だ?」

「……外からちょっとした魔法による検査をしただけだが、レオンハートの心臓は闇属性の魔力を帯びておる。恐らくは“吸血鬼の血”が血流に乗って心臓まで達し、そこから全身に広がる仕掛けなのだろうな。……それにしても、臓器そのものが魔力を宿すとは、まるでモンスターだの」

「――闇属性だと! そんな希少魔力を宿したと言うのか!?」

「うん? お前は確か、スチュアートのところの小僧だったか? まあよい、その通りだ。とは言え、不思議ではあるまい。吸血鬼の魔力はまさに希少属性である“闇”なのだからな」


 ……臓器そのものが魔力を宿す。確かに、それは人間ではないな。

 それは、例えば口から魔力毒や魔力を元にした火炎などを吐くような、まさに魔物の技を使う者の特徴だ。

 ましてやそれが希少属性……普通の人間では扱えない、きわめて稀にしか使い手が現れない属性の魔力ともなれば、研究者が大喜びしそうな話だ。


「なるほど。つまり、心臓のみが吸血鬼の影響を受けた、と言うことか。……それで? どうやってシュバルツ見習い騎士は完全に吸血鬼の影響を受けることなく心臓の変質だけで耐えたのだ?」

「うむ。検査の結果と側にいた小娘共の話と合わせて考えれば、恐らく闇属性魔力の結晶である“吸血鬼の毒”にもっとも効果的な魔力……光属性の魔力を放出したらしい」

「な、馬鹿な!?」


 スチュアート殿が、今日何回目かの絶叫を上げた。

 光属性。それは、闇属性同様希少魔力として登録され、自在に使える者がいればそれだけで生涯安泰とも言えるものだ。

 あまりにも珍しすぎて、王国全土を探してもその素養を持つものが五人と居ないとすら言われている希少属性を二つも持っている。それはまあ、絶叫ものだろう。

 特に、シュバルツ家の者にとって、光属性の魔力には大きな意味がある。何故なら――


「別に驚くことでもあるまい。レオンハートはシュバルツの家に産まれた小僧なのだ。ならば光の魔力を……聖騎士の素養を持っていても不思議ではあるまい?」

「……その通り、ですな」

「ま、そもそも否定すること自体無意味だからな。私が直々に検査した結果、確かに今のレオンハートの魔力には光属性が混じっておったわい」


 先生がそう言うのならば、間違いないだろう。こと魔力関係の話において、先生以上に信用できる人間は居ないのだから。


(しかし、シュバルツ家から光の魔力を持つものが、か)


 シュバルツ――その名を最初に名乗ることを許された、初代シュバルツこそが“聖騎士”と呼ばれる光の魔力を操る戦士であったと伝えられている。

 真に申し訳ない話だが、その聖騎士を開祖とする家でありながらも、初代以外に光の魔力に目覚めたものは居ない。私を含めてな。

 だが、それでもレオンにその力が、初代様の力が芽吹いたと言うのなら大変喜ばしい。魔を払う力であると伝わる、光の力がな。


「……つまり、話を統括すればこう言うことか? シュバルツ見習い騎士は吸血鬼に襲われたが、光属性の魔力を操ることで“吸血鬼の血”を逆に支配。そして、光と闇の双魔力を用いることで中級騎士でも一瞬で倒すような相手に勝利した、と」

「そんな完全な勝利、と言うわけでも無いようだがな。事実、心臓は毒に侵されておるわけじゃし、そもそも操るなどとは口が裂けても言えん稚拙な力じゃからな」

「フム、発展途上という事か。……まあともかく、もしその話が全て真実であるのならば、今後想定される吸血鬼との戦いにおける切り札になるやもしれん――」

「陛下! それは危険です!」

「ム?」


 あまりにも特殊な話ではあるが、全てが真実であるのならば今のレオンは非常に強力な力を得ていることになる。

 私としてはそんなあやふやな力に頼るのは危険だと思うのだが、しかし陛下はその力を価値あるものだと考えたようだ。

 だが、そこで再びスチュアート殿が待ったをかけたのだった。


「何だ? スチュアートよ」

「……シュバルツ見習い騎士が光属性を獲得したのは事実なのでしょう。しかし、心の臓が敵の闇に汚染されていることを忘れてはなりませんぞ!」

「うむ。だが、その闇は光の魔力によって逆に支配されているらしいが?」

「これからもそうであり続ける保障はありません! もし放置すれば、この王都のど真ん中で、いや、もしかすると陛下の御前で特異な力を持つ敵の尖兵へと変わる恐れすらあります!」

「ムゥ……」

(……反論は、できんな)


 スチュアート殿の言葉は、正しい。親としては『息子はそんなことには絶対にならない』と叫びたいところだが、如何せん前例の無い話だ。

 もし突然心臓の闇とやらが活性化し、レオンの体を乗っ取ったらと考えるのは当然のことだろう。私自身、親としての情を極力排除してこの国を守る騎士として頭を働かせれば、その危険性を無視することはできないのだ。

 だからこそ、陛下も難しい顔で唸っているのだろうしな。


「……どうだろうか、老師。シュバルツ見習い騎士が今後正気を失う危険性……それは起こりえるのか?」

「わからん」


 ……陛下は先生に知恵を求めたが、一言で片付けられた。しかし、この一言は非常に重い。

 何故ならば、先生がわからないのならば、この世に生きるどんな人間にもわからない、と言うことなのだから。


「では、仮説で構わん。どんなことが起こりえるのかを言ってくれ」

「ふむ……。そうだな、全く前例が無い故に全て私の予測で答えることになるが、構わんか?」

「構わん。申せ」

「うむ。ではまず、一番ありえない可能性として、時間と共に毒が抜けると言うものがあるな。既に心臓が変質している以上、起こりえないだろうが」

「ふむ、続けろ」

「では次に、既に“吸血鬼の血”による支配を跳ね除けているわけだから、このまま支配されることもなく、逆に吸血鬼の力を使いこなすとも考えられるな」


 ……そうなれば、理想的なのか? 正直、息子が吸血鬼の影響を受け続けると言うのもあまりいいことでは無い気が……。


「後はまあ、逆に“吸血鬼の血”を抑えきれなくなって他の吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントと同じになる、と言う危険性があるのも間違いないな」

「むぅ……そうか」


 そう、結局はそこから逃げられない。私は当然最後まで――レオンがレオンでなくなるなんて事になるまでは味方をするが、この場では陛下がどう考えるのかがもっとも重要だ。

 もしレオンを投獄、あるいはいっそ処刑なんて考えに至られた場合、私はどうすべきなのか……ッ!


「陛下。やはり危険です。レオンハート・シュバルツは即刻処分すべきです!」

「ム、それは流石に聞き捨てなりませんなスチュアート殿。レオンは特に法を犯したわけでもない。むしろ、此度の吸血鬼事件の真相解明に大きな貢献をしたのですからな」


 つい反射的に反論してしまった。だが、こればかりは止めることなどできない。

 確かにスチュアート殿の意見には一理あるが、流石にこの段階でレオンを処分……つまり処刑すると言うのには断固反対なのだ。

 国法で考えても、現段階ではレオンを殺すことなどできるはずもないのだからな。それを覆せるとすれば、それは陛下の言葉だけであるはずなのだ……!


「フンッ! シュバルツ殿は当事者の親ですからな。冷静な判断力を持っているとは言えませぬ。この件に関しては沈黙を守っていただきたい」

「何ぃ……?」

「よさんか二人とも。この件に関しては余が判断を下す。よいな?」

「は、はっ……!」


 私とスチュアート殿は、揃って頭を下げる。ついつい御前で礼を失してしまった。反省せねば。

 ……しかしいかんな。ついつい軽くではあるが殺気を漏らしてしまった。魔術師としても一流であるスチュアート殿や王として常人を遥かに超える胆力の持ち主である陛下はともかく、その他の争い事とは無縁である文官の皆さんを怯えさせてしまったか。

 まだまだ修行が足りないな、私も。事が済んだら滝行でもするとしよう。


「まず、レオンハート・シュバルツは現状において罪人ではない。むしろ、我が国に多大な貢献をした英雄であると余は考える。よって、国王権限を持ってその功績を称え、階級を見習い騎士より下級騎士に昇格。所属を遊撃騎士とする!」

「……ッ! そ、それは……」

「続いて、この場には居ないが、王の名においてレオンハート・シュバルツ下級騎士に任務を与える! 任務の詳細はおって伝えるが、概要は国内に侵入していると思われる吸血鬼集団の調査である! 以上!」

(……なるほど、な)


 陛下の宣言。これは国王権限で発せられた以上、もはや陛下自身でもおいそれとは撤回できない絶対の命令だ。

 そして、その真意は恐らくこう言うことだ。吸血鬼の力を持ちつつ聖騎士の力の片鱗を見せたレオンを手放すのはあまりにも惜しいが、しかし暴走の危険がある以上は王都に置くわけにはいかない。そこで、任務として外にやりつつ今後どうなるか様子を見る、と言う事だろう。

 吸血鬼探索任務ともなれば国中回ることになるだろうが、もしかしたらその力で方々の問題を解決するかもしれない、なんて思惑もあるかもしれんな。


「この決定に異論は許さん。レオンハート・シュバルツに関しての議論をこれで終了する! ギシャ! 次の議題に移れ!」

「……畏まりました。では、次の議題へと移ります。まずは行方不明となっている騎士20名の補充について――」


 ギシャ殿が粛々と会議を進行させているが、流石に話が耳に入ってこない。

 ……まさか、様々な思惑あれど、僅か12歳でレオンが正規の騎士として認められることになるとはな。

 だが、こうなった以上はレオンを旅立たせねばならない。まさか国王命令に背かせるわけにはいかないからな。

 まあ、もう十分基礎は叩き込んだのだ。世界を知るためにも、旅をするのも悪く無いだろうな――

なんと レオンハートは せいしきに きしになった!

……実情はともかくですが、何とか予定通りに昇進した主人公であった。ただし、中央からは大きく離れることになりましたが。

将来有望な少年→使いこなせれば強力な武器になりえる爆弾

この変化をプラスと思うかマイナスと思うかは人それぞれでしょうね……。


次回でこの章もラストの予定です。

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