第33話 八王剣
(最強剣技、八王剣。完璧には絶対不可能だけど、今の俺なら途中までならいけるよな……?)
なるべく自信満々に、吸血鬼ミハイのペースを乱すように宣言したものの、俺はこの技を成功させた経験なんて無い。と言うか、本当の意味で成功させられる奴なんてこの世界にはいない。
何せ、あの親父殿ですら完全には扱えない技だからな。吸血鬼なんてドーピングを受けたからって、俺が使いこなせるわけもない。そもそも前提条件すら満たせて無いもん。
……まあ、『お前を殺す技がある』なんて宣言されて益々苛立っているミハイを見る限り、とりあえず宣言したかいだけはあったみたいだけど。
(戦いとは心の勝負でもある。冷静さを失えばそれだけ無駄が生まれ、隙が出来る。だから、自分と互角以上の強敵との戦いでは、まず相手のペースを崩すところから始めるべし。プライドの高い奴には挑発が有効。……ってのは親父殿の教えだけど、予想以上に効果的だったみたいね)
八王剣は未完成以前のバクチ技。俺の知る限り吸血鬼の再生を超える威力の技はこれしかないわけだけど、とても真正面から命中させられる錬度ではない。
だから、まず冷静さを奪い取り、注意力を散漫にする。そして、怒りから生じる隙を見出して打ち込むのが俺のプランなわけだ。
そんなわけで極端にプライドの高いタイプらしいミハイを挑発するために上から目線で自信を見せていたわけだけど、実際には余裕なんてこれっぽっちも無い。
最後に頼るのが今までの修練であることは間違いないが、同時にこの吸血鬼の身体能力と一発勝負の光の魔力を使わなきゃ絶対に勝てないからな。
「さて、では……行くぞ?」
「ほざけ下等生物がぁ!」
ミハイはモンスターの本性をむき出しにし、さっきまでのあどけない子供と言った風貌をかなぐり捨てている。
目は真紅と言うかもう血に染まっていると言えてしまう位に赤黒く輝き、牙が伸びて化け物の印象を強めている。表情も激しく歪んで憎悪をむき出しにしているため、もう最初の人間の子供って印象は全く無いな。
……だから、容赦する必要は無い。まだ人間を斬る覚悟はできてないけど、魔物に手加減するほど優しくはないんでな!
(迷いは捨てて、気合を入れる……闘気開放!)
最後の心の迷いを捨て去り、目の前の吸血鬼を斬ると誓う。
そうだ。どうせ、これから先多くの吸血鬼を斬らなければならないんだ。俺は、この世界に生れ落ちたときからそう決めていたはずだ。
だって、吸血鬼こそは、その王たるヴァンパイアキングこそは、諸悪の根源である魔王配下の最高幹部、四魔王の一人なんだから。
(魔王は全ての魔の頂点。でも、魔族にはそれ以外にも各種族の王が存在している。魔獣王、魔剣王、魔竜王、そして魔人王こと吸血王。この四体が全ての頂点である魔王の最高幹部であり、所謂四天王的なポジションにいる奴だ)
魔人王ってのは、所謂人型モンスターの中で最高って意味らしいな。本人の種族はアンデッドである吸血鬼だけど。
そして、ゲームではまあいろいろな理由があって、魔王を倒す前にまずこの四魔王を倒さねばならない。つまり、対魔王を目的としている俺としても、吸血鬼一族は滅亡させてやるくらいの気持ちでいなければならないのだ。
だから、ちょっと人に似ていると言うだけのミハイに一切に迷いを持つことなど許されない。ただでさえか細い勝利の糸を、無意味な情けなんてもので切るわけには行かないんだ!
(俺はレオンハート。人の英雄と成らねばならない男。いざ――参る!)
「フンッ! 返り討ちだ! 闇術――」
「させん!」
「ムッ!?」
また魔法を使おうと魔力を整え始めたミハイだが、それはさせないと思いっきり踏み込んで懐に入る。
そして、その詠唱を防ぐべく顔面目掛けてまず先制の突き技を放つ!
「一つ目、【初速・唯一】!」
「クッ! 甘い!」
顔面狙いの刺突は、ミハイが体を曲げることで回避された。
まあ、当然だな。流石に、真正面からの攻撃を避けられないなんてことはないだろうし。
しかし、これで魔法の詠唱は中断された。ゲームだったら問答無用で魔法攻撃が飛んでくるところだけど、実際に魔法を使うのはそこまで簡単じゃないんだ。
そして、この一撃が避けられることも想定の内。あくまでも今のは最強剣技・八王剣の初弾に過ぎないのだからな。
「加速――二つ目、【倍速瞬剣・双牙】!」
攻撃が外されると同時に、加速法を使用。倍速状態で瞬間の連続技である双牙を放つ。
最初の突き技、唯一の狙いは魔法の妨害だけではない。顔面を真っ直ぐ突く、つまり視界を塞ぐことにより、一瞬こちらの姿を見失わせたのだ。
目が使えない以上、俺の次を避けるには予測に頼るしか無い。つまり勘と気影の二つだな。
だが、そこで加速法を使用することにより、相手の予測を大幅にずれさせる。これにより、二撃目の双牙を絶対に命中させるのだ。
「痛っ!?」
(よし……。ここまでは成功!)
俺の剣は瞬間に二つの線を描き、先ほどと同じようにミハイの両肩を斬りつけた。切断には届かないが、再生するまでの数秒間、ミハイは両腕を使えなくなったのだ!
「ぐぅ、キサマァ!」
「更に加速! 三つ目、【三倍瞬剣・三日月】!」
「ヌギィィィ!」
双牙を放った後、本来元に戻すべき体内魔力のバランスを更に傾け、加速法を強化する。
そして、次に放つのは下段からの斬り払い。半円を描く、腰の回転を利用した大技だ。
「ヌガァァァァ!」
(クッ! 流石に頑丈だな!)
吸血鬼の頑強さはさっき自分の体で理解したつもりだったが、やはりと言うべきかミハイの体は俺以上に頑丈だ。
思いっきり加速させた剣技を右肩に直撃させたと言うのに、ミハイの腕はまだ繋がっている。これじゃあ、数秒先には再生されてしまう。
下から強烈な力を加えたことでその体を浮かすことはできているから、剣技の連携としては成功しているけどな。
……やっぱり、このギャンブルに出る破目になったか。ミハイの体をも斬り裂く、最大の力を出せるかって言う、ギャンブルに。
「俺の限界はここだ……追加速! 四つ目、【四倍瞬剣・四肢断】!」
最強剣技、八王剣。この技は、つまるところ連続剣だ。
ゲーム聖勇において、システム的に出せる最大ダメージは999だ。そして、主人公サイドのキャラの最大HPもまた999である。
流石に敵モンスターなんかは平気で1000を超えるHPを持っているし、ボスモンスターなんかになると10000を超えるのも珍しくない。
そんな条件を背負う中で、プレイヤーは敵と戦っていく。だからこそ、連続剣たる八王剣は最強の剣技なのだ。
(一ターンで八回攻撃する。それが八王剣。通常なら一人につき999が最高のところを、八連続のダメージ判定により約8000近いダメージをたたき出すことすら可能にする技。その知識を元に家中の指南書を読み漁って、何とか概念だけは理解したのがこの連携剣技だ!)
まず初撃、唯一で敵の視界を塞ぐ。次に加速し、双牙で先制する。更に加速し、三日月で敵を跳ね上げる。
そうやって、一手ごとにスピードを激変させることで敵に自分の動きを掴ませない。そして、防がせもしない。それが一方的に八回も斬り続ける最強剣技、八王剣の正体だ。
だから、この技を使うには加速法でどこまで速度を得られるかが重要なポイントとなる。それも、ただ加速するだけではなく、複雑に計算させた剣技を放てるほどに制御された加速が求められる。
つまり、使ったら死ぬかも、なんて強引な加速法を使っているようでは絶対に成功しない。ぶっちゃけ、今日の朝の俺だったら三つ目の時点で破綻していただろう。
つまり、ここから先は完全なるギャンブルだ。賭けに出ても四倍速が限界だとは思うが、吸血鬼の肉体の頑丈さに賭けるってことだな……!
(でも、ただあやふやな肉体の力にだけ頼っちゃ絶対に成功なんてしない! 少しでも呼吸を整え、今までの教えを思い出せ!)
「グウァァァァァァ!!」
三日月で跳ね上げられたミハイは、吹き飛ばされたままで魔力を一気に練り上げている。多分、魔法の準備を整えやがったんだ。
本来なら一切の抵抗を許さないまま怒涛の連続攻撃を叩き込むのが八王剣の極意なのだが、やっぱりまだまだ未完だな。四倍速への移行がちょっと遅れたらしい。
これじゃ、跳ね上げた相手を今度は上から斬りおとしで叩き割る“四肢断”はちょっと不味そうだ。四倍加速の高速思考だからこその判断だが、ここはやっぱり正面から奴に打ち勝つのが一番の道かな……!
(風は奴に対してほとんど効果ないだろうな。やっぱ、ミハイに有効なのは光のみ。八王剣はどうせここで打ち止めなんだから、最後の一発は連携ではなく大技で行く!)
「シィネェェェェ!」
ミハイの両手の中で、ドデカイ闇属性の塊が生成されていく。上方に吹き飛ばされながらあんなもん作るとは、器用な奴だな。俺なら10分はかけないと同じものは作れそうに無いのに。
多分、いつか食らった闇爆弾の上位版だ。直撃したら本気でやばいだろうが……あえて乗ってやるよ! 真っ向勝負でな!
「風瞬剣の要領で、光の魔力を剣へ……!」
「全部吹き飛べぇ! 【闇術・上位邪念の爆発】!」
「ハァァァァ! 【光瞬剣・獅子白刀】!」
光属性の魔法剣技! ぶっちゃけ風の魔法剣技とほぼ一緒で何の捻りも無い技だけど、だからこそ奴には効果絶大のはず!
奴の闇魔力の塊を切り裂き、そのままぶった切る――
「舐めるナァァァァ!」
「――疾ッ!」
「ッ!?」
――なんて、正面対決を匂わせる突撃を、直前で中断。四倍速ステップ移動で巨大な闇属性魔力の塊を回避する。
いやだって、まともにぶつかっても俺に勝ち目無いもん。大体、俺の持ち味は真正面からの一撃の威力じゃあないからな。
「な、にぃ!?」
「自分で自分の視界を遮るような、馬鹿でかい魔力の球。そんなもん見せられちゃあ、不意打ちしたくなるだろ?」
「き、キサマァァァァァ!」
光瞬剣は奴を斬るために作った切り札であり、こんなわけの分からん魔法を迎撃するためのもんじゃない。
精々、演技で合わせてやるくらいだな。お前のブチギレ正面攻撃に付き合ってやる理由なんてのはよ。
「――右腕、貰った!」
「グ、アァァァァァァ!?」
奴の背後に回り、光の魔力を出来る限り詰め込んだ剣で右肩からたたっ斬る。これが、四つ目だ――!
「う、腕ェェェェェ!?」
一瞬白く染まった刀身により、ミハイの右腕が空中を舞う。同時に、今までとは比べ物にならない大量出血と共に、ミハイの絶叫が上がった。
間違いなく、今までに無い大ダメージだ。でも、ここで油断はできない――!
「メイ!」
「ッ!? ――そう言う事か!」
斬りおとした右腕を、足で蹴り飛ばしてメイの方へと飛ばす。
せっかく全力で与えた大ダメージだが、奴の体ならくっつけられる筈だ。これだけ消耗しながらやっと腕一本なのに、これが帳消しにされたら流石に立ち直れん。
だから……頼むぞメイ!
「――極正拳!」
「いや、そこまでしなくとも……」
なにやら鬱憤でも溜まっていたのか、飛んで来た右腕にメイは奥義を放った。その一発で右腕は爆散したからいいんだけど――って、どんな殴り方すれば腕が爆発するんだ?
……まあ、いいか。とにかく、これでもう奴の右腕は再生しないはずだ。斬りおとした腕があるのならともかく、何も無いのに四肢の欠損がにょきにょき生えることは流石に無いはずだからな。
あの赤目ゴブリン――ヴァンパイアゴブリンサーヴァントとでも言うのか? は、上下に分断した後体を引き剥がしたら元には戻らなかったし。
もし『本物の吸血鬼は四肢の欠損も簡単に治る』とか言われたら……またその時に考えようかね。
「ああぁあっぁっぁぁっぁ!! わ、私の、私の腕ェェェェェ!?」
「……どうやら、再生はできない……ゴフッ!」
奴は失った腕からダラダラと大量の血を流しつつ、無様に悶え苦しんでいる。
それを見て、とりあえず腕が元に戻ることはなさそうだと安心したのもつかの間、加速を止めると同時に俺の口から血が出てきやがった。
……どうやら、無理な駆動のせいで内臓が幾つかつぶれたらしいな。今まで感じたことの無いタイプの激痛が腹の中から襲ってきてる。
まあこれも魔力さえあれば元に戻ってくれるはずだから、痛みにさえ耐えられらば何の問題も無いはずだ。
(ったく、八段階加速の内、使ったのはまだ半分だぞ? これを生身の人間だってのに使いこなしてたのかよ、本物のレオンハートや勇者はよ?)
八王剣の半分、四倍速で人間の体だったら生死の境を彷徨いかねない反動だ。正直気分のいいものではないとは言え、今だけは吸血鬼の再生能力に感謝しよう。
まあ、体内魔力の乱れが原因でちょっと再生が遅れ気味ではあるけどな。それでも、吸血鬼体質がなかったら危険すぎる技だと永久封印したい気分だぞ。
「血、血ィ! 私の血がぁ! 魔力がぁ!?」
「ったく、再生できない傷には慣れてないらしいな。……しかし魔力? どう言う意味……ああ、なるほどな」
腕から先を元に戻すことができないためか、奴の傷口は止血の為の再生すらなされていなかった。どうもこの再生、万能ってわけじゃないみたいだな。
その流れ出る血を見て恐慌状態のミハイだが、俺にはその慌てぶりの理由が理解できた。と言うか見えた。
魔力だ。奴の流した血には、膨大な魔力が流れている。恐らく、あの血こそが奴ら吸血鬼の膨大な魔力の肝なんだ。もしかしたらこの再生力、血に流れる魔力に依存する吸血鬼が少しでも出血を抑えるために身につけたものなのかもな……。
「クソッ! クソッ! クソォォォ! 絶対、絶対に許さない! 殺す! 殺してやるぞぉぉぉぉ!」
(凄まじい憎悪と殺気。ここまで強烈なのは、俺の経験の全てを見返しても初めてだな)
右腕から血を流しながら、殺意をむき出しにしてミハイは俺を睨んでいる。
だが、それはただの虚勢だ。本人は今でも俺を殺せる力があるつもりなのかもしれないが、あの出血に伴う魔力の流出……。もう、今の俺と同じくらいに力を失っているはずだ。
まだ俺の勝利が確定したってわけじゃないけど、もう今までみたいに上位者としての戦い方は通用しない。それに、今のコイツならもうメイやリリスさんも十分戦力に数えられるはずだ。
さっきまでだったら参戦すると同時に死ぬだけだとしか言えなかったけど、ここまで力が落ちれば元気満タンのメイは超強力な戦力になる。
技術だけなら俺やメイの方がミハイよりもずっと上だし、このまま押し切れる――
『そこまでだ』
「ッ!?」
確実な勝利を得られる算段を立てていたら、不意にどこからか力に満ち溢れた声がしてきた。
何だ? 誰だ? 今の、声だけで人を殺せそうな圧倒的な力を感じさせる奴は……!
「お、オゲイン様!?」
(オゲイン? ……それ、吸血王の名前じゃね!?)
俺の記憶が正しければ、ゲームに出てきた四魔王の一人、魔王軍最高幹部の名前がオゲインだった。
と言うことは、アレか? まさかとは思うが、今ここにいるってのか? バロン級のミハイを1000人用意しても到底敵わないだろう、頂点の一人が……!
『ここは撤退せよ。このような細事で、我ら一族の者を失うわけにはいかない』
「ッ! 失礼ながらオゲイン様! よもや私がこのような人間如きに劣るとでも――」
『ああ。そうだ』
「なっ!」
俺の驚愕を尻目に、ミハイと謎の声はなにやら討論をしている。
……この声の主、ここにいるわけじゃないのか? もしこの声の正体が吸血王にして魔人王と呼ばれる怪物だってんなら、ちょっと出てきて小指の一本でも振るえば俺らを全滅させるくらいは容易いはずだ。
つまり、この場には来ずに何かしらの魔法で声だけ飛ばしてるってことか?
『今のお前は魔力を大幅に消耗している。しっかり治癒すれば元に戻せるだろうが、このまま戦えばお前は死ぬだろう』
「わ、私はこのような下等生物如き! 全て倒してごらんに入れます!」
『くどい! これは命令である!』
「クッ……!」
迫力ありすぎの怒声により、ミハイは完全に黙ってしまう。
……どうやら、撤退命令のようだな。この場に本物の化け物がいないってんなら、妥当な判断だろう。
既にリリスさんは魔力切れと考えても、俺とメイで2対1の勝負だ。俺もほとんど魔力切れのガス欠だけど、それはミハイも同じ。片腕のハンデも考慮に入れれば、案外この場で最強なのはメイかもってくらいに弱っているんだ。
ならば、冷静に戦況を分析できればだが、このまま戦うなんて選択肢、ミハイには無い。さっさと逃げるが最善だろうからな。
『安心せよ。既にお前は我の命令を果たしている。こんな戦い、ようはついでであろう?』
「そ、それは……そうですが」
『ならば文句などあるはずも無い。むしろ、我はお前を評価する。だが、それもここで無駄死にすれば意味が無い……わかるな?』
「……かしこまりました」
……命令を果たした? どういうことだ? 俺たちとの戦いだけで言えば、被害はアードがレッサーにされて死亡同然になったくらいだが、流石にアードを殺すことがこいつの目的って事は無いだろう。
まあ貴族のボンボンが死亡ってのはいろいろ問題あるかもしれないけど、騎士団に入った以上死も自己責任だ。多少もめるかもしれないが、内部分裂を起こすことじゃないんだよなこれが。この世界、命の価値はそう重くないのだ。
となると、俺たちの前に姿を見せる前に何かしたのか? ……何か、激しく嫌な予感がするんだけど。
(まあ、今はそんなこと考えてる場合じゃないか。どうやら、向こうの話はついたらしいしな)
ミハイはこの声の命令に従い、逃亡を受け入れたらしい。アレだけ激昂して理性を失っていたのにその判断をするとは、どうやらこの声の持ち主の言葉にはミハイの意思の全てを捻じ曲げられる力があるみたいだな。
とは言え……こっちがそれに付き合う理由は無いけどね。
「逃がすと思うか?」
「全くだ!」
(メイもわかってるな)
俺とミハイを挟む位置にメイが移動した。挟み撃ちだ。
ここまで弱らせといて、こんな大騒動引き起こしてくれた吸血鬼をみすみす逃がすわけは無い。さっきと立場が逆になったが、簡単に逃げられると思うなよ……?
「……不本意だが、ここは引かせてもらう」
「だから、逃がさないって」
「今のお前の力は大幅に落ちている。今なら、私の拳でも十分倒せるだろう」
メイはそんなセリフを言いながらも非常に悔しそうだ。やっぱり、できれば実力で勝ちたいのだろう。
まあ、それは今後の努力次第だ。実際、俺の知るメイ――ミーアイだったら、バロン級如き一ターンで楽に倒せる使い手に成長するしな。
「……舐めるな。確かに不覚を取ったが、元々お前達とは能力の幅が違うのだ」
(……確かに、俺もメイも得意分野一点に絞って鍛えてるタイプだ。流石に対応力や汎用性って面では大して威張れることは無い。それに引き換え、魔法に加えて吸血鬼としての特殊能力もある奴はいろんな種類の手札を持ってるんだろうな)
全身を覆っていた殺意満々の魔力を引っ込め、ミハイは戦闘用の魔力を腕の止血に回しているようだ。どうやら、本当に戦う意思は無いらしい。
となると、逃げる振りをして襲い掛かってくるってのは考えなくてもいいかな。その上で今までに分かっている情報だけで次の手を予測するのなら……霧になってメイの方へ逃げるとかか?
(俺も大分魔力を消耗したから、もう光の魔力はほとんど使えない。少なくとも、加速法との併用はまず無理だ)
この事実を考慮すれば、最初から霧状態への対処方がないメイの方へ逃げられたら多分追いきれない。
まあ、それは当事者である俺だからこそ理解できることであり、ミハイには判断つかないことだろうけどな。もしまだまだ俺が光の魔力を練り上げられる場合、下手に霧になったらそのまま消滅させられるリスクがあるんだから。
(何はともあれ、余計なことをする前にさっさと攻めるのが吉かな)
「……今の力では、この程度の物しか作れんな」
「何をする気かは知らないけど、やらせない!」
「ああ。行くぞシュバルツ!」
魔力はほとんど無いが、体だけは再生した俺と、レッサーの群れと戦っただけでまだまだ元気なメイ。
共に所詮12歳の子供だけど、身体能力だけならかなりのもんのはずだ。今のミハイ相手なら、魔法を使う前にしとめられるはず――
「覚えておけ。我らが使うのは、何も魔法だけでは無いとな。――【特殊能力発動・低級死霊作成・動死体】!」
「なっ! 一瞬で、モンスターを呼び出しただと?」
「これも吸血鬼――上位のアンデッドが持ち合わせる能力か?」
魔力の集中。魔法に絶対必要な手順を省略し、いきなりミハイの周りに二体のモンスターが現れた。
呼び出されたのは、人間の死体だ。当たり前と言っていいのかはわからないが、ちょっと腐っていて臭う。ついでに見た目もグロい。血色最悪の肌からは、何か蛆虫っぽいのが覗いてる。
なんと言うか、見た目だけで俺を殺せそうなモンスターだ。ドット絵の時でもちょっときつい絵柄だったけど、リアルアンデッド怖すぎるだろ。レオンハートになる前に見たホラー映画を思い出すなこれ。
(もっとも、本物の死体ってわけじゃなさそうだけど。現れた二体はほとんど同じ姿をしているし、人間の死体から作られたのではなく、魔力でゾンビというモンスターを作ったと思うべきか)
特徴と状況から考えて、あれは本物の死体ではない。ただ魔力から作り出されたというだけの、生前なんてものは存在しないアンデッドモンスターなのだろう。
まあ、だからと言って気持ち悪さが消えるわけじゃないけど、そこは腹を括るしかないか。別に敵としては脅威じゃないしな。
そう、あくまでもゲーム的に言えばだが、ゾンビは外見以外は全く怖く無いモンスターだ。何せ能力的にはスライムやゴブリンと同等の、アンデッド系の中で最下級のモンスターだからな。
注意することがあるとすれば、意思を持たないアンデッドだけに精神攻撃系の魔法に対する完全耐性があるくらいか。
「一瞬でこんなものを呼び出すとはな……。だが、この程度で足止めできると思うな!」
メイはこの精神攻撃用生物兵器を見ても全く動揺していない。
……今思えばゲームのころからそうだけど、何で多種多様なモンスターに素手で殴りかかれるんだろうな? お化け屋敷とか、絶対微塵も動揺しないで踏破するタイプだメイって。
(ま、俺も腹括るか。多分一瞬でこいつらを呼び出したのは自動発動型のスキルだからだろうし、それ以上は別に考える必要も無い)
剣を構えつつ、一応俺はスキルについて頭の片隅で整理する。
スキルってのは、俺たち戦士が使う技のことだ。だが、実はもう一つ意味がある。あくまでもゲーム的な意味合いの話になるが、ターンを消費せずに発動するスキルってのがあるんだ。
例えば、それはマッドオーガのスキルである【追い討ち】だ。アレはターンを消費して繰り出す技ではなく、プレイヤーが逃亡コマンドを選択した場合に自動発動するものだしな。
そして、その系統に『なかまをよぶ』と言うものがある。所謂ボスモンスターがお供の雑魚モンスターを呼び出す行為のことで、大体お供モンスターが全員倒されたターン終了時に自動発動し、新しいお供が現れるって奴だ。
それに照らし合わせれば、奴の高速スキルの理由も何となくわかる。具体的な理屈はさっぱりだけど、きっとアレはゲーム時代で言う『なかまをよぶ』なんだ。
どうやら、ゲーム時代にターンを消費しないで起こせたアクションは超高速で発動できると思っておいたほうがいいみたいだな……。
「でも、こんなのじゃ確かに足止めにはならないな!」
「セイッ!」
(まあ、メイみたいに素手でこんなのぶっ飛ばす気にはなれないけど)
俺は剣で、メイは拳でゾンビを一撃の下に沈めた。時間にしておよそ五秒。十分早い決着だろう。
当然ほとんど足止めになっていないわけだが、しかしミハイは薄っすら笑っていた。まるで、目的は十分果たしたと言わんばかりに。
「十分だ。お前に一回剣を振らせる。それさえ果たせば――私がこの場を去るのに必要な条件は揃う」
「なっ――」
「先ほどのような、怒涛の連続攻撃を行う力は残っていまい。――霧移動」
「クッ! 待て!」
奴は俺が剣を振り下ろした――つまり、次の攻撃の為に剣を振り上げる必要がある状態であることを見極めた上で霧になった。
そして、この場の誰もが干渉できない領域である“上空”に向かって進んでいったのだった。
「どこだ、どこに行った?」
「上だよ、メイ」
俺と違って、普通の人間の目しか持たないメイには霧状態の奴は追跡できない。だから警戒することしかできなかったみたいだけど、その必要は無い。
もう魔法なんてさっぱり使えない俺には対空攻撃の手札は無いし、奴を知覚できないメイにも上空の敵を撃つのは不可能だろう。
つまり、霧という気体としての性質を利用した空への逃亡を許した時点で、俺たちはミハイを完全に逃してしまったわけだ。
「この場は引く。でも、絶対に、絶対にキサマは殺すぞ。人間!」
「……殺意向ける前に、せめて名前くらいは覚えてくれない? 俺の名前は、レオンハート・シュバルツだ」
「……よかろう、レオンハート。お前の名、殺すまでは忘れんぞぉ……」
最後に憎悪を向けて、ミハイの気配は完全に消えた。どうやら、立ち去ったらしいな。
これでこの場における戦闘は終了か? いや、まだ粘液に捕らわれてるレッサーヴァンパイア軍団がいたな。あれを何とかしないと……あれ?
(な、なんだ?)
「ム? どうしたシュバルツ?」
「いや、体が急に重く……」
緊張の糸が切れたせいか? それとも、ここにきて今までの無茶が祟ったか? あるいは、吸血鬼化の副作用でもきたか?
いずれにしても、もう倒れる。全く体に力入らない……。
「あ……」
「……よく、生きていた。遅れてすまない」
俺は、力を失って倒れた。だが、その瞬間に、なにやら力強い腕が俺の体を支えてくれた。
この感じは……全く、遅いよ。どうせ助けに来るんなら、出来ればもうちょっと早く来て欲しかったな、親父殿……。
最強の技(ただし、半分も成功しない)で、初のボス級自力勝利(結局逃げられたけど)を飾りました。
なお、実際謎パワーアップまでして逃がしましたけど、実際快挙ですよこれ。
吸血鬼能力と光属性を得たと言っても、まともに一対一で戦えば千回に一回勝てればいい方ってくらいの力の差はまだありますから。
今回の場合、敵が冷静さを失ってくれたのが最大の勝因ですね。
しかしいくら強いと言っても、魔王級から見ると雑魚もいいとこなんで、この程度で満足したら魔王とその下に各種族の王が四体もいることが判明した真の敵には遠く及ばないのは間違いありません。