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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
赤い目との戦闘
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第32話 誇るべき力

「……君、何者? その魔力……まさか、噂に聞く聖騎士って奴なのかい?」

「……いや、違うよ」


 体内に感じる、今まではなかった二つの魔力。一つは暖かい、安心感と力強さを覚える力。そして、もう一つが冷たさと禍々しさを感じさせる力。

 これらは、目の前に立つ少年――吸血鬼の男爵(ヴァンパイアバロン)のミハイによって流し込まれた闇属性の魔力。そして、数年前に謎のスライムに襲われたときと同じような条件で無理やり目覚めさせられたのだろう、レオンハートの体の中で眠っていた光属性の魔力だ。

 だが、例え悪魔とかアンデッドとかに対してほぼ間違いなく弱点属性を突ける光属性を得たとしても、それは俺が聖騎士になったことを示すわけじゃない。

 今はまあ、言ってしまえば光属性の魔力を操る資質がちょっと表に出てきたってだけだろう。少なくとも、本物の聖騎士に比べれば力はずっと弱いはずだ。

 何せ、いくら爵位級吸血鬼とは言っても、所詮最下級であるバロン如きの血も完全には跳ね返せなかったくらいだからなぁ。


「フン……。でも、その目を見る限り、僕の血で変化したのは間違いないよね。だったら、君は僕の従者(オモチャ)だ。いつまでも突っ立ってないで、さっさと跪けよ」

「……嫌だね。何で俺がお前如きに跪かなきゃいけないんだよ」

「――何だって?」


 体内に流れた吸血鬼の力。それを消すことはできなかった。おかげでちょっと人間の枠組みからは外れちゃったみたいだけど、でも最悪は免れた。

 すなわち、肉体的に吸血鬼の影響を受けても、頭の中は完全にナチュラルって点だな。


「……ちぇー。どうやら、本当に失敗したみたいだねー。こりゃ、皆に馬鹿にされる前にさっさと消しとこうかなー」

「へぇ。どうやら、少しは冷静さを取り戻したみたいだな。喋り方、戻ったじゃないか」


 絶対勝利を確信していたはずなのに、俺に吸血を跳ね返された。その動揺のせいで間延びした、人を馬鹿にしたような喋り方を忘れていたのに、あっさり平静を取り戻したらしいな。

 まあそりゃそうか。ついさっきまでの戦いとも呼べないやり取りで、俺たちよりも圧倒的に上だって確信を持っているはずだからな。


「リリスさん」

「は、はぃ!?」

「危ないから下がっててください。出来ればメイの方へ、ね」

「わ、わかりました!」


 これから、この吸血鬼と正面から戦う。となれば、俺のすぐ近くで腰を抜かしていたリリスさんはハッキリ言って邪魔だ。

 メイなら戦いの余波に対処くらいはできるだろうし、突発的にとは言っても命捨てる覚悟で庇った人があっさり死なれちゃやるせないからな。


「ふーん。逃がしたつもりなのかなー? あのお姉さんみたいに、今度は自分が盾になって時間を稼いでみせるってことー? でもざんねーん。どうせ逃げられませーん」

「ああ。逃げるつもりなんて無いさ。――お前は、ここで殺すからな」


 リリスさんが離れていくのを見届けて、俺はゆっくり剣を構える。

 あの下等吸血鬼(レッサーヴァンパイア)大群。全てコイツが殺した人間の成れの果てとは限らない。

 話しぶりから察するに、そして裏技(ゲーム)的な知識から推測するに、間違いなくコイツの後ろにはもっと強大な化け物(ヴァンパイア)が控えている。

 彼ら元人間の集団が、男爵級(ミハイ)とは比較にならない強大な吸血鬼による被害者である可能性は十分にある。

 でも、少なくともコイツは、全く親交も友愛も無いとは言え、一応俺たちの仲間だったアードを吸い殺している。耐え切った俺は今も生きているが、アードが今でも生きているとは到底思えない。

 ……吸血鬼の血を流し込まれたせいか、わかるんだよね。どうも、そう言った生命の波動的なものがさ。


「構えなミハイ。お前に手加減する理由も慈悲をかける理由も、何一つ思い浮かばない」

「……ったく。やっぱりちょっとおかしくなっちゃったのかなー? あんなに丁寧に、僕の力は教えてあげたはずなんだけどねぇ!」

「ッ! 危ないシュバルツ!」


 マントを翻し、その場からミハイの気配が消滅する。さっき突然回り込まれたときと同じだ。

 それを見たメイが、俺に危機を伝える叫び声を上げた。きっと、彼女の視界にはさっきまでと同じように、突然ミハイが消えたように見えたのだろう。

 でも、今の俺なら――


「そこだぁ!」

「グッ! なんだと!?」


 俺は何も無い空中に、光の魔力を込めた剣で斬りかかる。すると、そこから血飛沫を上げたミハイが現れたのだった。


「な、何故――」

「体を霧状に分解する。それがお前の瞬間移動の秘密ってわけか。……全く、吸血鬼の目ってのは随分よく見えるんだな」

「チッ! そう言う事か……!」


 人間は弱い。身体能力的にもそうだが、魔力的に考えても決して優れた種族ではない。中には勇者とか親父殿(えいゆう)みたいな超例外的な存在もいるが、基本的には脆くて弱い生き物だ。

 反面、吸血鬼は凄まじく強い種族だ。魔王と言う正体不明の存在がいる以上最強とは呼べないが、それでも世界トップ5に入る強者の種族と言っていいだろう。

 じゃあ具体的にどんな力を持っているのかと言われると、ステータス的なことしか知らない俺に分かるわけ無いだろとしか今までは言えなかったが、とりあえず一つわかった。

 目がいいんだ。若干赤みがかっちゃうのが玉に瑕だけど、人の目では見ることのできない魔力の流れがハッキリ見えるんだな。

 例えば、瞬間移動しているように見せかけて、体を霧状にすることでこっちのあらゆる感覚器からすり抜けていた吸血鬼の魔力とかさ。


「どうやら、本当に体だけは吸血鬼(ぼくら)の力を得たらしいね。なんて都合のいい……」

「あんまり嬉しくは無いけどな。この年で成長止まったりしたらどうしてくれる」


 吸血鬼って、広義の解釈だとアンデッドだからな。正直、目茶目茶気分悪い。

 ひょっとして、今の俺ってお約束的に回復薬とか回復魔法でダメージ受けちゃうんじゃないか? 聖勇ではそう言う仕様だったし。

 ……とりあえず、心臓は動いてるな。どうやら完全な動く死体になっちゃったわけではないらしい。差し詰め状態異常“アンデッド”ってところか。


「全く、となると、もう霧移動(ミストウォーク)は使えないか」

「使ってくれてもいいぞ? 俺が光の魔力を少量であっても使える以上、斬りたい放題の的だからな」


 ミストウォークってのは知らないが、体を霧にする能力はゲーム時代からあった。

 文字通り数ターンの間だけ“霧の体”って状態異常になる能力で、その状態だと物理攻撃に完全耐性を得ることが出来る。代わりに、魔法的な攻撃のダメージが二倍になっちゃう欠点もあるんだけどな。

 そして、今の俺には吸血鬼が大の苦手とする光の魔力がある。生憎知識が無いから魔法として使うことはできないけど、魔法剣技の要領で剣に乗せてやることくらいはできるのさ。


「まあいいさ。それなら、直接すり潰してあげるよ――」

(ムッ! 流石に早い!)


 今度は小細工なしで、脚力による高速移動によってミハイは接近してきた。

 今のほんの僅かな会話の間にさっきの一撃は治癒してしまったようで、何のダメージも無い様子で拳を振り上げている。

 いや、アレは拳ではなく――


「【魔力の爪(マジッククロー)】!」

「魔力強化を施した爪か!」


 ミハイの武器は、自らの爪。しかも、それに魔法剣技と同じ理屈で魔力強化を施している。

 アレならば、大抵の鎧はバターのように引き裂けるだろう。とりあえず、俺の鎧の耐久力では耐えられそうに無い。

 その上、奴の身体能力は文句なく化け物クラス。まだまだ上にもっと凄いのがいるとは言っても、見習い騎士でしかない俺にはちょっと対処できない。

 ……見習い騎士でしかない俺なら、だけどな!


「――遅い!」

「なっ! 馬鹿な!?」


 ミハイの爪をギリギリで見切り、ステップで回避する。今までの俺では不可能な見切りだが、今なら楽にこなせることだ。

 今の俺は、光の魔力に目覚めたと同時に吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントとしての力も手にしている。従者と言ってもコイツに従う気はこれっぽっちも無いわけだが、力だけは本物だ。

 そして、吸血された生物がもっとも変化するのは――爆発的に増大する、身体能力なんだってことだな!


「剣技・双牙(そうが)!」

「痛っ! クソッ!」


 双牙。他の剣士も使っている、連続で斬撃を放つ技。ゲーム風に言えば、通常攻撃よりもちょっと低めの威力で二回攻撃する技、だ。

 それにより、ミハイの両腕を斬りつけてやった。流石に斬りおとすと言うところまでは行かなかったが、ダメージには違いあるまい。

 正直まだ筋力不足で完璧には使えない技だったんだけど、やっぱり使えたな。吸血鬼ってのは本当に反則的な力を産まれ持っていやがる。


「グゥ……! こんのぉ、奴隷如きがぁ!!」

「グッ!? ……ようやく、本性を出してきたな……」


 ミハイの両眼が禍々しく輝き、今まで本気じゃかかったんだと言わんばかりの殺気と怒気がぶつけられる。

 ……正直、親父殿の気迫を毎日受けてなかったらこれだけで気絶してたかも。蛇に睨まれた蛙って感じで。


「許さん! 一度ならず二度までも、この私にぃぃぃ!!」

「おいおい……。一人称まで変わってるぞ……」


 たかが人間。それも、支配できなかったとは言え自分の従者。その程度の存在に二度もやられたのには相当プライドが傷つけられたらしい。

 それに伴って、恐ろしい魔力が噴出している。これ、ひょっとして煽りすぎたかな? ついさっきまでは『これなら勝てる!』的な自信に満ち溢れてたんだけど、急にまた冷や汗出てきそうだよおい。

 こりゃ、余裕かましてる場合じゃないかも――ッ!?


「【闇術・痛みの鞭(ペインウィップ)】!」

「グ――アッ!」


 さっきの爪のときとは比較にならない速度で、ミハイは手のひらから闇を凝縮したような鞭を作り出した。

 そして、それを避けることなど不可能な速度で自らの手足のように操り、俺を打ち据えたのだった。


(ぐぅ……! あ、あんな鞭で体ごとぶっとばされた!?)


 一度打たれただけで、信じられない衝撃と共に俺の体は水平に飛んだ。

 やっぱ、こいつとんでもなく強い――いぃ!?


「【闇術・邪弾連弾(ダークネスガトリング)】!」

「グ……ぬぉぉぉぉ!!」


 ぶっ飛ばした俺に、ミハイは更に闇術の射撃魔法を、それも連射能力を持たせた殺す気満々の奴を放ってきた。

 感知できるだけでも、軽く50発はありそうだ。まだまだ増えそうだし、こりゃ不味いよ――


「ッ! ガァ! うわぁぁぁぁぁ!!」

「クソッ! シュバルツ! やはり私も加勢を――」

「来るなぁぁぁぁぁ!」

「ッ!」


 闇の弾丸に体を撃たれる度に、泣き出しそうになるくらいの痛みが襲ってくる。体を貫通するようなことは無いのがせめてもの救いだが、このままだとやばい。

 でも、今メイの助けを借りるわけには行かない。俺と違って、偶然にもこんなインチキくさいパワーアップなんてしているはずもない今のメイでは、犬死にしかなりえないんだ――!


「……生意気だよ、お前――【闇術・邪念の爆発(ネガティブボム)】」

(あー、あの黒いの、きっと爆弾か何かだなぁ……)


 闇の魔弾を撃ち終えたミハイは、手を休めることなく指先から黒い小さな塊を放ってきた。明らかに危険そうな魔力放ってるな……。

 でも、避けられない速度じゃないんだけど……ダメだこりゃ。散々魔力弾に撃たれたせいで、体が動かんぞ……ッ!


「がぁぁぁぁぁ!?」


 黒い塊が俺の体の上に到着すると同時に、弾けた。

 闇属性の魔力が爆発し、俺の体を貫く。炎と熱をともなう普通の爆発とは違って、周囲の物を拡散した魔力で打ち抜く魔法だ。

 せめてもの抵抗として、光の魔力を高めて防御する。でも、完全に防ぎきれるわけもなくからだがミシミシ悲鳴を上げやがる。

 こりゃ、ちょっとまずいかも……。


「フ、フフフのフーっとね。僕としたことが、ちょっと本気になりすぎちゃったかな? 考えてみたら、いくら従者の力を得ても所詮従者。真正のヴァンパイアである僕に及ぶわけも無いんだからさー」


 全力を出すと共に圧倒。その事実によって余裕を取り戻したらしいミハイが、最後の決め台詞のようにそう語った。

 ああクソ。結局、ダメなのか……ん? あれ、ちょっとおかしいな、これ――――



(全く、僕としたことがちょっと取り乱しちゃったよ。いくら吸血に耐えた人間を初めて見たと言っても、こんな姿を他の奴らに見られたら50年はからかわれちゃうな)


 所詮、相手は人間でしかない。その程度の下等な種族を相手に、僕の使える中でも上位の魔法を連発してしまった。

 いくら魔力量に恵まれた吸血鬼の一族だからと言っても、やっぱり無駄遣いはよくないよね。


(ま、おかげであいつは完全にくたばっただろうけどね。所詮は人間だし)


 でも殺しちゃ意味無いんだよなー。僕がオゲイン様から命じられたのは『来る日の為に、一人でも多くの兵を揃えよ』だったしね。

 まあ吸血でも僕らに従わないような例外なんて殺して問題なしだとは思うけど、結局骨折り損のくたびれ儲けに終わっちゃったわけだし。

 あー、わりと作るの大変な従者(サーヴァント)用の吸血鬼の血を丸損したとも言えるのか。こりゃ大赤字だ。

 既に当面の目的は果たし済みだと言っても、やっぱ気分悪いなー。


「さて、と。それじゃーお嬢様方? 最後に君らを貰おうかなー」

「クソッ……!」


 あの男が偉そうに逃がしたから、今は人間の少女二人が同じ場所で構えている。

 さっきの戦闘中に逃げたほうがよかったのにとは思うけど、まあ結局関係ないか。あの忌々しい魔力の持ち主さえいなければ、僕から逃げられるわけないんだからね。


「……リリス。逃げろ。ここは私が引き受ける」

「で、でも!」

「既にお前の魔力は大部分尽きているはずだ。あんな無茶な魔法の使い方をしたのだからな。……この場は、誰か一人だけでも生きて戻らねばならない。ならば私がその役を負うべきだ」


 前衛戦士っぽい子が前に出て、魔法使いの女の子を逃がそうとしているね。

 この連中、ちょっとワンパターンじゃない? そりゃ勝ち目が無い以上は逃げるしか無いんだけど、逃げるならとっとと逃げてればよかったのに。

 ……それだけ、あの無礼な男を信頼していたってことかな? まさか、この僕に勝利するなんて、本気で思っていたってことなのかなぁ?


「フ、フフフフ……だとすれば、ムカつくなぁ……」

「――ハァ!」

「無駄無駄」


 前に出た女の子が、僕に向かって突撃してきた。

 でも遅い。あまりにも遅い。拳の威力はどうだか知らないけど、とても命中させられる速度ではない。

 と言うか……まともに相手にしてあげる理由も無いね。


「クッ! また消え――」

(霧の体。こうなってしまえば、それだけでそんな単純な技は無力と化すのさ)


 吸血鬼一族秘伝の能力、霧移動。これをもってすれば、それだけで大半の攻撃は無力と化す。

 代償として、肉体的な防御力がなくなるために、体の核とも言える魔力を攻撃できる能力に弱くなる欠点もあるが……この子にはそんな力は無いみたいだね。

 それに、霧になってしまえば視覚聴覚その他もろもろの感覚器では捕らえられない。後は一部分だけ実体に戻して、後ろからそっと気絶させてやるだけ――ッ!?


「言わなかったか? その能力、俺には通じないってよ!」

「痛あ!? キ、キサマァ!?」


 格闘家の少女に一撃入れようとした瞬間、不意に私の体に鋭い痛みが走った。

 この感覚、先ほどと同じだ。忌々しい清浄な魔力を纏った、剣の一太刀。まさかまさか、二度ならず三度までも、この私に傷を付けたと言うのかぁ!?


「ぐぅ……! 何故、何故まだ動ける! いや、生きている!」


 私の前に、この無礼者は再び立っていた。アレだけの魔法を打ち込んでやったと言うのに、五体満足で剣を握っている。鎧はグチャグチャになっているが、当人は無傷ではないにしろ健在に見える。

 ……おのれおのれおのれおのれぇ! この私の攻撃が、効かなかったとでも言うつもりかぁ!? 吸血鬼の男爵(ヴァンパイアバロン)たるこの私を三度も愚弄しおってぇぇ!


「シュバルツ!? どうして……?」

「ああ、メイ。簡単なことだよ。……吸血鬼ってのは、本当に凄いな。あれだけのダメージが、ほんの数秒寝てただけで動けるくらいには回復するんだもん。反則だろ」

「――ッ! なるほど、サーヴァントとしての回復力かぁ……!」


 奴の突然の復活に、少女も驚きを露にしている。当然だ。先ほどの攻撃は、人を破壊するには過剰な力だったのだからな。

 そして、その答えは私に授けられた血の魔力、その能力の一旦か……。だとすれば、矛を収めるしかあるまい。無論、私に力を渡されながらも反抗するその態度は極刑に値するが、吸血鬼一族の高貴な能力ならば今の状態も納得できる。

 吸血鬼の再生を使ったならば、当然奴を襲っているだろう消耗も含めてな。


「……反則なのは、そっちも同じか。やっぱりすぐに傷が消えやがる」

「当然だ。もとより、真なる吸血鬼である私と、所詮血を注がれただけの紛い物のキサマ。どちらが強大かなど、論じるまでもあるまい」

「……そりゃそーだ」


 奴に付けられた三つ目の傷。だが、それは既に再生済みだ。霧の状態で光の魔力をぶつけられるのは痛手だが、それでも三秒あれば修復できる程度のものでしかない。

 ……消費した魔力を考えなければ、だがな。


「あれだけ念入りに破壊したのだ。となると、平然とした顔を装ってはいるが……相当消耗したのだろう?」

「……ああ。吸血鬼の再生ってのも、タダじゃないんだな。体の傷は気持ち悪いくらいの速度で消えていったけど、魔力まで今まで感じたことの無い速さで消えていくんだもんよ」

「この世に対価のない奇跡は存在しない。それは我らとて同じよ」


 そう、一見無敵に見える我ら吸血鬼の再生だが、当然それを成すための対価が必要だ。

 それこそが魔力。体を修復する度に、体内の魔力を消耗しているのだ。言ってしまえば、我らの再生力とは自分限定で自動発動する回復魔法、と言ったところだな。

 もっとも、我ら吸血鬼一族には他とは比較にならん膨大な魔力が宿っている。故に何度再生しようとも大して影響は無いが……吸血鬼の能力だけを得たこの人間にとっては、無視できないことだろうなぁ。


「クククッ! 私がお前に与えたのは、魔力によって作り出された人体改造の毒だ。魔力そのものではない!」

「ああ。体質が変化したおかげで身体能力は馬鹿みたいに跳ね上がったけど、魔力量自体に変化は無いみたいだな」

「その通り! 私ならば問題ないが、お前は後何回再生できるのかな……? ククッ!」


 さあ、蘇ったと言うのならもう一度殺してやろう! この私が、ヴァンパイアバロンのミハイがなぁ!


(フン……奈落の牙(アンダーファング)でいくか)


 これは足から地中に魔力を散布し、それを変化させて貫通性のある闇属性の槍を地中から生やす魔法だ。

 いかに今の奴には吸血鬼の目があるとは言え、地面の中の魔力までは見渡せまい。気づかれないように魔力を流し込み、一瞬で串刺しにしてやろう!


「ああ、そうだ。俺は別に強くなったわけじゃない。ただ変な能力を一つ手に入れただけだ」

「何ぃ?」

「全く、恥ずかしい話だ。ちょこっと新しいことができるようになっただけで、一番大事なことを忘れてしまうなんてな」

「……フンッ! 反省会ならあの世でしろ!」


 よし、奴の足元まで魔力を十分に行き渡らせた。さあ、死ね!


「【闇術・奈落の牙(アンダーファング)】!」

「――無駄だ!」

「ムッ!?」


 奴は闇の槍が出現する一瞬前に、高らかと跳躍した。

 これでは流石に当たらんな。もっと魔力を伸ばして追撃する手もあるが……別の手を打ったほうが早いか。


「魔力の感知。そして気影の洞察! これは親父殿とジジイから体で叩き込まれた技術!」

「――【闇術・撃墜する槍(ファールスピア)】!」


 闇を固めた黒い槍を作り出し、空中の奴へと発射する。もしこの槍に刺されば、そこから闇が侵食して体内の生命力を直接蹂躙する!

 ……だが、奴はその闇の槍を手にした剣で弾いてしまった。光の魔力、やはりアレだけは厄介だな。


「そうだ。俺の力の源は、今まで何度も人生終了しかけた鍛錬と修練! 断じて貴様如きに植えつけられたものじゃない!」

「ならばこれでどうだ。【闇術・蝕む茨(ライフイーター)】!」


 複数の茨を背後の空間から生成。その全てが私の意志のままに動き、まさに鞭の如き武器となる。

 当然生命力を削る効果を宿しているから、一撃毎に力を奪って行くぞ……?


「って言うか当たり前だ! 何が悲しくてあんな毎日お花畑に連れて行かれるような修行が、ほんの一瞬噛み付かれただけで否定されなきゃならん! こんないきなり降って沸いた力なんて、当然今まで培ってきた力より下だ! 単に手札が一枚増えただけなんだ!」

「――チッ! よく動く」


 何かわけのわからんことを叫びながら、奴は私の茨を器用に避ける、あるいは斬りおとしていく。

 どうやら、こういった複数攻撃の対処には慣れているらしいな。日常的に複数の敵とでも戦っているのか?

 ――ならば、先ほどと同じように回避も防御も不可能な連続攻撃で行くか……。


「つまり、さっきみたいにこんなわけの分からん力に頼った戦い方をしたのがそもそもの間違いなんだ。真に信頼するべきものを見失っちゃあ、ダメに決まってる!」

「もう一度、これで死ね。【闇術・邪弾連弾(ダークネスガトリング)】!」

「そう、俺が真に信じるべきなのは親父殿から授けられた剣術! そして、不本意ながらジジイに叩き込まれた魔術! その二つだよな!」

「フン。何をほざいているのかはわからんが、今度こそお前に逃げ場は無いぞ?」

「いーや、あるね。俺を、しっかり使いこなせばな。――【加速法・二倍速】!」

「ムッ!?」


 ば、馬鹿な!? 私の闇の魔力弾の連発を、全て避けているだと!?

 ありえない。あんな速度、今までの奴にはなかった――


「吸血鬼の身体能力。それに浮かれて、こんな当然のことも忘れちまった。その上、自分の動きまで乱しちまった。……自分の基礎速度を倍化させる加速法とこの肉体の力。それが相性最高なんて当然のことにも、気がつかないくらいにな!」

「ぬ、ああっ!?」


 奴は一瞬で私の背後に回り、背中を斬りつけて来た。そして、私はそれを防ぐことができずに無様に流血することとなった。

 ……こ、この私が反応できなかった? 私を四度も傷つけただけではなく、このような屈辱を与えた……?

 ――フザケオッテェェェェェェェ!!


「加速終了。……そう怒るなよ。どうせ三秒あれば元に戻る程度の傷だろうが」

「ヌアァァァァァ!」

「……ったく。プライド高い奴ってのはこれだから」


 血の魔力を全開にし、吸血鬼としての本性を露にする。これが私の真の本気だ!

 たかが未熟な人間、しかも私が作り変えた従者如きに本気になること自体屈辱的な話だが、こやつへの怒りはそれすらも上回る!

 ……グチャグチャにしてズタズタにして、再生する度に殺してやるぞぉぉ! 魔力が尽きたのならば、回復させてでもなぁぁぁ!


「正面から身体能力任せの打撃、か。十分脅威だけど、化け物の本性むき出しにした理性の無い攻撃。こんなもん、比較的手加減少な目の親父殿との正面対決に比べたら大したことないな」

「チィ!」


 何故だ何故当たらん! 何故私の力をこんな奴如きが避けられる? 防げる!?


「気影を見切り、その動きについていけるだけの身体能力。それさえあれば、何の技術も無い攻撃を避けることは容易い。これはメイとの戦いで知り、身につけた技術だ」

「この奴隷如き! だが、キサマの攻撃も私には通じん!」

「ああ。そうだな」

「ッ!?」


 奴は大きく跳躍し、私から距離をとった。このまま追いかけてもいいのだが、流石にそれは短慮が過ぎるか。

 やはり魔法と合わせて奴の動きを止め、そしてその隙を狙って奴の頭を潰してやろうか。どうせ、奴が何度私を斬ろうとも、何度でも再生できるのだからなぁ。


「……ちょっとは冷静さを取り戻したか。んじゃ、今度はこっちから行くぜ?」

「なにぃ? 私に有効な攻撃など、キサマにあると言うのかぁ? その光の魔力さえなければ、本来傷一つ付けられんと言うのになぁ……!」


 そうだ。あの忌々しい清浄な魔力。アレさえなければ、奴の剣は私の体を傷つけるレベルには至っていないのだ。

 まるで私の魔力を消滅させているかのような力。あの、私との相性が悪すぎる力さえなければぁ……!


「ああ。正直、普通に何度斬ってもお前を倒せはしないだろう。だから、普通じゃない方法で行かせてもらおうか」

「何ぃ?」

「見せてやるぜ。修行しながら必死で調べ、そして見つけ出した最強剣技。俺の知る限り最強にもっとも近い技……八王剣(はおうけん)をな!」

降って沸いた力に溺れた結果、あっさり沈められました。

そもそも本家の力の欠片でしかない以上、絶対に本家には勝てないのですよ。


重要なのは、全ての力を使いこなすことなのです。

それを思い出したレオンハートによる奥義宣言。はたして、そんなもの本当にあるのか!?

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