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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
赤い目との戦闘
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第31話 吸血

「な、何だよこいつらは……」

「僕の命令にだけは忠実に従う兵士(オモチャ)達……下等吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の群れさ。君達の相手はそいつらが勤めさせてもらうよー」


 俺たちは囲まれていた。既に生きた人間ではないと証明するかのような、不気味な動きで俺たちを包囲する真紅の目を持つ集団――下等吸血鬼(レッサーヴァンパイア)によって。


「こんな大量のモンスターに、気がつかなかったと言うのか!?」

「ああ。これでも感知能力は上がったつもりだったんだけど、思い上がりだったのかな……?」


 悔しそうに愚痴を零しつつ構えをとるメイ。そんなメイに、俺はちょっと自信喪失ぎみに答える。

 だって、もう逃げるしかない。さっきまでそんな状態にまで追い込まれてたのに、今度は逃げ道すらないって状況に追い込まれたんだから。

 今の俺たちにできることは、ただここまで完璧に包囲されていることにすら気づかなかった自分達のマヌケさを呪うことくらいか……。


「さて、君達にはさー、そいつらとは違って自分の頭で考え、自分の力で僕の命令を遂行する便利なオモチャになってもらわないとね。だから、とりあえずは手足の二、三本くらいへし折って連れて行こうかな」

「……なるほど、このレッサーとやらは、主である貴様の命令なしでは動けない……と言う事か」

「んー? そうだよー。きちんとサーヴァントととして作ればある程度融通きくんだけどさ、レッサー共は簡単な命令を愚直にやることしかできないんだよねー。例えば、『目の前の騎士四人を死なない程度に痛めつけろ』とか、さ」

「ッ!? 来るぞ!!」


 吸血鬼、ミハイの命令によって、俺たちを囲んでいたレッサーヴァンパイアの集団は一斉に俺たちへと飛び掛ってきた。

 見たところ、このレッサーヴァンパイアの素体に使われたのは一般人だ。外見的特長からのみの推測だが、性別年齢問わず見境なく戦列に加えられている。

 なら、一体一体の強さはそれほどじゃないはずだ。少なくとも、曲がりなりにも騎士として訓練されていたはずのアードで作った奴よりは弱いだろうからな!


「クッ! それでも決して弱いわけじゃないってか!」

「ああ、これは遠慮だの手加減だの考えている場合じゃないぞ!」


 個としてみれば、元が一般人だとは信じられないほどの速さと力強さの持ち主ではあるが、勝てない相手ではない。

 だが、数が厄介だ。軽く村の一つくらいなら作れるだろう人数――ざっと数えて、50人ほどの吸血鬼の群れ。本物には遠く及ばない力しかないとは言え、とても四人ぽっちで戦っていい相手じゃない。

 その上、俺とメイ、それに多分シルビィ隊長は多人数を相手にするには向いていないのだ。まあメインウェポンが剣と拳ってところからもわかることだけど、俺たちは一対一の戦いを主眼に置いて鍛えているからな。

 一度に複数体をぶっ飛ばすのではなく、一体一体を素早く倒すってのが基本戦略なんだ。


(それはつまり、こんな一匹倒すのに時間と手間がかかる強敵の集団ってのは苦手ってことなんだけどな。まあ――苦手を苦手のまま放置するほど、歴史の中で積み上げられてきた技って奴はぬるく無いけどな!)

「ハアァァァ! クン流・手取(しゅど)薙刀(なぎなた)!」

「うばぁ!?」


 メイが敵の中から比較的小柄なのの腕を取り、そのまま力任せにぶん回した。

 石を投げれば何とやらと言うか、もう適当に剣を振れば敵に当たるような状況だ。こう言った、接近格闘では対処しづらい状況を打破するための技だろうそれによって、大勢の敵がドミノ倒しに倒れていく。


「――銀閃千迅!」


 そして、シルビィ隊長はまた剣を伸ばしての突き技だ。それも、今まで見せた連続突きとの合わせ技。

 複数のレッサーの体に無数の穴が瞬時に空いていく光景から考えても、やはり彼女の剣は機関銃に相当する力がありそうだ。


「剣技・蜂落とし!」


 そして俺は、とにかく手数重視の剣だ。一撃でこの化け物の群れを吹き飛ばすことはできないが、最低でも簡単には近づけさせないくらいの効果は見込める。

 そう、何だかんだいっても、剣は一人の敵しか相手にできない。それは誰もが知る弱点だ。

 だからこそ、どの流派もその弱点を克服する為の何かは持っているってことだな。


(まあ、だからってこの状況が好転するわけじゃないんだけどさ)

「チッ! やはり、この程度ではビクともせんな」

「全くだ。流石はアンデッドとしての性質をもつ吸血鬼の一門。心臓に穴を空けたというのにあっさり立ち上がってくるとはな」


 そう、敵は最下級種とは言え、高い再生能力を持った吸血鬼。こんな場当たり的な、倒すというよりは突き飛ばすと言うような攻撃でどうにかできる相手ではない。

 俺たちでこの下等吸血鬼を一匹でも倒そうとした場合、かなり気合を入れた本気の攻撃が必要なんだ。こんな、敵に囲まれまくってるなんて状況じゃあ決して手に入らない、魔力と力を溜める時間が必要な一撃がな……。


(やっぱり、俺たちに残された唯一の希望は……)

「――リリス! この状況からの突破、お前に託す!」

「は、はい!」


 俺たち戦士は、多人数を相手取るのが苦手だ。中には一人で砦一つ落とすような怪物もいるかもしれないが、少なくとも俺たちにその力は無い。

 だったら、残された希望は一つ。大規模攻撃を得意とする、魔術師の力のみだ。

 そして、俺たちの中でその条件を満たしているのはただ一人。先ほど見事な機転でアード製レッサーヴァンパイアを止めた、リリスさんだけだ……!


「隊長命令! リリスを中心に円陣を組め!」

「わかっている! 決して手出しはさせん!」

「了解っと!」


 俺たちはシルビィ隊長の号令に従い、リリスさんを中心にして円になるように陣を敷く。

 敵の攻撃は戦士三人で弾き、その間に魔法を使ってもらう作戦だ。もしかしたら求められている大規模破壊魔法は使えないかもしれないけど、最悪さっきの粘水魔法をひたすら撒き散らしてもらえばそれでいいしな。


「シッ! ……リリス! 貴様に、こいつらを一掃するような魔法はあるか?」

「え、えぇっと……」

「ハッキリしろ! この場に限っては時間が何よりも惜しい! この場で気にすべきは唯一つ。優れた働きをせよ!」

「は、はい! 申し訳ありませんが、私はそう言った攻撃魔法は使えません。でも――」

「でも、なんだ!」


 戦いながらなだけあり、シルビィ隊長の語気は非常に強い。見るからに気弱な性格のリリスさんではいろいろ萎縮してしまう場面だろう。

 だが、状況が状況だ。ここは耐えてもらうしかないなっと!


「フンッ! 【風術・拘束する渦(バインドウィンド)】! ……それで、何かあるの!?」

「は、はい! 念のために持ってきた、私の作ったアイテムを使えば足止めは出来ると思います!」

「作った? 錬金術か! お前の資料には、確か錬金術で非常に優秀な成績を収めているとあったな!」

(えっ! そうなの……って、それどころじゃねぇか!!)


 日常なら真っ先に食いつきたくなる話題なんだけど、今だけはそんなこと考えてる余裕は無い。全く、一般人がこんなに強くなるとか、俺の修行の日々を馬鹿にしてんのかっての!


「魔法の効果範囲を広げる自作アイテムを幾つか持ってきています! それでさっきのスライムタンクを広範囲に発動させれば、しばらくの足止めにはなるかと……」

「よし! やれ! 時間はどのくらいかかるんだ!」

「え、えっと、魔道具の起動と詠唱時間を合わせて……30秒くらいです!」

「……聞いてたなレオンハート! メイ! 命以外の全てを使って、その30秒を掴み取れ!」

「了解!!」


 リリスさんは、今までのおどおどした態度が嘘のように機敏な動きで懐から何かの巻物のようなものを取り出した。まるで、今までは何かの枷でも嵌められてたんじゃないかってくらいに見違えたな。

 どうやら、シルビィ隊長の叱咤が効いたらしい。今までずっとリリスさんに対して高圧的に接していたアードが人間止めてのた打ち回っているのも理由かも知れんけどさ。

 ま、それはとりあえずどうでもいい。今俺が気にすべきことは、これまでの攻防でも結構ダメージ受けちゃってるような敵を相手に、リリスさんの魔法完成までの時間を稼ぐことだ!


「30秒か……。では、その間にどれだけの雑魚を仕留められるか一つ試してみるとしよう!」

「フッ! その調子だ、レオンハート。メイ! ……私も、覚悟はできている!」


 この状況で、なおも強気な強がり。そんなメイを獰猛な笑みで褒めたたえ、そしてシルビィ隊長の気迫も高まっていく。

 これより始まる僅か数十秒。その間に、全力を尽くすと俺たち全員の覚悟が決まったのだ。


「フッフフのフーってかい? ま、頑張ってねー」

(チッ! 一人余裕で高みの見物かよ!)


 ミハイだけは、先と変わらず余裕を崩さない、こちらを見下した態度だ。

 これは、俺たちじゃ自分の作り出したレッサーヴァンパイア軍団を倒せないという確信から来るものなのか、それとも……いや、今は、そんなこと考えてる場合じゃない!


(思考は鋭く、力を全開に――闘気開放! 【獅子の心(レオンハート)】!)


 体に力が漲り、死の恐怖に怯える感情が消えていく。

 正真正銘全ての力を搾り出す、このレオンハートの体の性能を100%発揮する闘気開放モード。

 数秒しか持たない加速法はこの状況だと使えないから、これが今の俺の全力だ!


「魔道書【魔術範囲強化付加エンチャント・ワイドマジック】、魔道書【魔術発動補助付加エンチャント・マジックセンス】、魔道書【魔力強化付加エンチャント・マジックブレス】発動――」


 リリスさんは複数の巻物(スクロール)形式の魔道書を広げ、そこに書かれている魔法陣っぽいものに魔力を込めていく。

 魔道書は、自分が会得していない魔法であっても一回限り発動できるアイテムだ。ゲーム時代にもあったアイテムで、今リリスさんが巻物の力で発動させようとしている魔法も全て分かる。概ね、自分の魔法の力を一時的に強化する補助魔法だな。

 まあ、使い方が紙に書かれている魔法発動補助の効果がある魔法陣に魔力を込めることだってのは知らなかったけどさ。確かに、アレなら魔力が扱えれば一切魔法の心得の無い戦士でも魔法が使えるな。

 にしても、あんな複数の魔法を使える魔道書を自作したとなると、本当にリリスさんは錬金術師として高い能力持ってるのかなっと!


「はあぁぁぁぁぁ!!」

「フフッ! レオンハート! 随分動きがよくなったな!」

「シュバルツは少々火がつくまでの時間に難があってな! ようやく本気になったか!」

「おいおい、それ褒めてんのか貶してんのかどっちだ!?」


 頭の中では余計なことを考えつつも、体と戦闘本能は的確に敵を殺そうと全力を尽くしている。

 闘気開放モードになるのには、確かにちょっと時間がかかる。戦場の空気と言うか、さあ殺し合いだって熱が全身に行き渡ってからじゃないと使えないんだよね。

 でも、この状況は最悪だけど、だからこそ本気モードになるに相応しい闘志と狂気が漲るってなぁ!


「うわー。凄いねー。実はさっきのゴブリン君相手には全然本気じゃなかったのかなー?」


 外野が何か言ってるが、無視だ。これでもまったく余裕無いからな。

 レッサーの攻撃方法は、爪で引っかくか、殴る蹴るの殴打。あるいはこっちの手足を掴んで引っ張るってところだな。

 この中で厄介なのは――まあどれも厄介なんだけど、親父殿から貰った実戦志向の一級品防具が既に傷だらけになってるくらいには厄介なんだけど、一番は引っ張る攻撃だ。

 この敵だらけの状況で、僅かでも体勢を崩すのは命取り。少なくとも、勝利するための絶対条件であるリリスさんのガードは間違いなく失敗に終わるだろう。

 だから、単純攻撃は致死コースのものは除いて鎧で受け止め、掴みかかろうとしてくる腕だけは斬りおとす戦闘が続くのだった。


(後何秒だ? 一秒ごとに命が削られてる気すらするな……!)


 そんなこといつものことなのだが、あくまでも気を抜いたら死ぬと言うだけの訓練と、明確に殺意を持っている敵との戦いでは緊張感が違う。

 実際には、少なくともコイツら自身は俺たちを半殺しにしようとしているだけで殺す気は無いのだろうが、その後に控えているイベントを思えば大した違いは無い――


「じゅ、準備できました! 皆さん固まってください!」

「ムッ! よし、固まれ!」

「はいっ!」

「わかったっ!」


 気が遠くなりそうな長時間に感じられた戦闘の末、ようやくリリスさんから準備完了の声がかかった。

 それに合わせて、俺たちは魔法に巻き込まれないようにリリスさん周囲に移動する。

 さて、これで何とかしてくれなきゃ揃ってお目眼赤くして吸血鬼の手下に成り下がる破目になるぞ……?


「【待機魔法(デュレイマジック)粘水の池(スライムタンク)】開放! 続けて通常詠唱【水術・粘水の池(スライムタンク)】!」

(デュレイマジック……? 知らないな)


 ゲームにはなかった魔法と共に、待ちに待った起死回生の魔法が放たれた。

 まず、先ほどとは比べ物にならない巨大さを誇る粘水の塊が空中に出現した。これが時間をかけて強化魔法をかけまくった成果と言う事だろう。

 更に、もう一つ別の魔法が発動した。先ほどの巻物型魔道書(マジックスクロール)にも書かれていた魔法陣が空中に出現し、そこから粘水が湧き出てきたのだ。

 多分、あの魔法陣がデュレイマジックなんだろう。二重詠唱のスキルを使った様子は無いから、恐らく、唱えた魔法をしばらくの間発動させないでストックしておくことができるんだろうな。タイミングを合わせれば、一人で魔法を同時に複数個放つのと等しい効果が得られるってことか。


「うばぁ!?」

「うわ、気持ち悪い光景だねー」

(……確かに)


 放たれた二つの巨大粘水は、それぞれ別々の方向へと飛んでいった。そして、複数のレッサーヴァンパイアを絡めとり、軒並み平伏させたのだ。

 だがその為に、知性のないゾンビの如き集団が、地面に貼り付けにされているかのようにウゾウゾ蠢く姿を晒すことになってしまっている。

 実際には体にまとわりついた粘水が地面に張り付いているだけなのだが、なかなか不気味な光景だ。この様子を撮影すれば、元の世界でもB級ホラーくらいには通用するかもしれない。

 ついつい、手下全てがこうなっても余裕綽々のミハイの言葉に内心で頷いてしまうくらいだ。


「――走れ!」

「ッ!? はい!」


 ちょっと呆けていたら、シルビィ隊長が激を飛ばしてきた。

 そうだ。せっかく包囲網が崩壊したんだ。今逃げないでいつ逃げるんだっての!


「走るぞメイ、リリスさん! 全力でだ!」

「わかっている!」

「はぃ!」


 今度こそ、俺たちは全力で走り出した。

 そこら中に足を絡めとる粘水があるのが邪魔だが、まあよく見ていれば避けるのは容易いな。まともな思考力さえあれば、罠としてはあまり怖くない魔法だ。


「やれやれ。所詮下等種(レッサー)ってことなのかな――ん?」

「ハァァァ!」

「ふーん……。そっか、そう来るのかー」

(ッ!? 隊長!?)


 全力でミハイとは反対方向に駆け出した俺たちとは対照的に、シルビィ隊長は真っ直ぐミハイに斬りかかっていた。

 しかし、勝ち目は無い。未だに剣も拳も合わせた事の無い相手だが、それでもハッキリわかることはある。今の俺たちでは――恐らくシルビィ隊長ですら、奴に攻撃の一つも打ち出す前に倒されてしまうと言うことだ。

 では、何故? ――何て、考えることすら無粋な話だろう。絶対に勝てない力の差がある相手に正面から挑む理由なんて、力の差がわからない愚か者か自殺志願者である場合を除いて一つしかないのだから。


「――クッ! 振り向くなよ!」

「分かってるっ!」


 メイが屈辱をかみ締めるかのような声で、自分に言い聞かせるようにそう叫んだ。そして、俺もそれを叫ぶように肯定して走り続ける。

 だって、そうするしかないじゃないか。シルビィ隊長は、ただ俺達が逃げるための時間を稼ぐべく、命を捨てて爵位級の吸血鬼に立ち向かっているんだから。


「ま、覚悟だけは認めてあげるよ? でもまあ……逃がさないけどね」

「――ハァ!」


 背中越しのことではあるが、気配で分かる。ミハイはシルビィ隊長の突撃を受け止めるべく構え、そして隊長は最初から全力の攻撃を放ったのだ。

 恐らく、その攻撃は銀麗剣の二つ名の由来の一つであろう、機関銃の如き銀の閃光。銀色に輝くレイピアを使った連続突きだ。きっと、加速法に近い技法を使って攻撃速度を上げる技なんだと思う。


「ハハハのハー。ほらほら、もっと頑張らないとー」

「シッ! ハッ!」

(……クソッ!)


 でも、人間としては間違いなく高レベルのその剣技を持ってしても、きっと歯が立たない。

 実際、二人の戦闘音を聞く限り、ミハイは吸血鬼の再生力を使うまでもなくあの連撃を全て避けているのだ。シルビィ隊長はあくまでも人間の中の強者であり、人を大幅に超えた力を持つ吸血鬼には到底及ばないってことだ。


 ……ああ、そうさ。人間は弱い。魔物はもちろん、その辺の動物にすら劣る武力しか持たない生き物だ。

 だからこそ知恵で立ち回り地上に覇を唱えたのが元の世界の人間だが、この世界には人間並みの思考力を持つ魔物――別称魔族共が住んでいる。その頂点に魔王なんて怪物が君臨する、人間なんて比べる気にもなれない強力すぎる種族が。

 当然吸血鬼ほどの存在となれば、ただの魔物とは一線を画する魔族に分類される。ならばもう、人のアドバンテージなんて存在しないも同然だ。

 人を遥かに超えた力と、人に匹敵する頭脳。そんな化け物に一人で対抗できる存在なんて、親父殿みたいな英雄級か、あるいは勇者なんて逸脱者しかいないんだよ!


(でも、だからって、逃げるしかないってのかよ! この俺が、レオンハートが……!)


 レオンハートは英雄だ。そりゃゲームでは冒頭で殺されてゾンビにされたけど、それでも人間という枠組みを超えた極少数の一人だったのは間違い無い。

 もし俺がレオンハートに成り代わったりしていなければ、ここで隊長を見殺しにするような選択肢を選ばなくてもよかったのか?

 英知以外の、人のもう一つの武器。結束による数の力を使って、シルビィ隊長と一緒に戦うこともできたのか?

 ……考えるな! どうせ、今の俺じゃ助太刀するなんて考えること自体無駄なんだ!


「んー。このまま遊んでもいいんだけど、あんまし遠くに行かれると面倒くさいなー」

「フッ! 私は、絶対に奴らが安全圏に行くまでここをどかんぞ!」


 俺は別に、自殺志願者じゃない。そして、親父殿に叩き込まれた修練のおかげで、力の差を理解できない一般人と言うわけでもない。

 でも、だからこそ歯がゆい。もし俺が何も考えない、気づかない馬鹿だったら、英雄みたいに戦えたのかな……。


「よし、決めたよー。……とりあえず、お仕事は片付けちゃおうねー」

「な、何を――」

「大丈夫だよー。この場で殺したりはしないからさー。――【闇術・精神汚染(マインドカース)】」

「う、がぁ……!!」

(ッ!? やられた!)


 はっきりと、感覚で奴の魔力を感じ取れた。まるで心を蝕むような、悪意を圧縮したような、不安をただひたすら煽る。そんな感覚を感じさせる魔力だ。

 そして、マインドカースは精神攻撃系の魔法だ。ゲーム風に言えば、抵抗に失敗した場合スタン状態と錯乱状態、ついでに呪いの状態異常を与える中級魔法。やっかいなことに状態異常それぞれに成功判定がある為、使われると耐性が無い場合どれか一つくらいは食らってしまう魔法だ。

 その闇属性の魔法の発動を感じ取った直後、人が崩れ落ちる音が聞こえた。きっと、シルビィ隊長が一瞬で意識を奪われたのだろう――


「さて、それじゃあ、次は君達を捕まえようかなー。もうレッサー共は動けそうにないしねー」

「クソッ! とにかく走れ!」


 俺は、せめてもと声を張り上げて叫ぶ。あの魔力を感じ取り、戦意を失って立ち止まらないように。

 メイはともかく、リリスさんはちょっとやばそうだからな……。


「逃げることしか、出来ないのか……!」

「できない! だから――」

「いや、それはちょっと間違った認識だねー。正しくは、逃げることすらできない、だよー」

「ッ!? な、馬鹿な!?」


 シルビィ隊長が命をかけて稼いだ時間。俺たちはそれを使って全力で走ったはずだ。

 いつの間にか馬鹿みたいによくなってしまった聴覚を使って会話や戦闘音はばっちり拾っていたとは言え、今持てる脚力をフル回転させて走ったはずなのだ。身体能力的には俺とメイより遥か下のリリスさんだって、先ほどの強化魔法の恩恵でしっかりついてきていたはずだ。

 なのに、その努力をあざ笑うかのように、ミハイは一瞬にして俺たちの目の前に現れた。それが魔法なのか、それとも純粋なスピードなのか。それすら分からないほどに一瞬で。


「アハハのハー。わかったー? 君達なんて、所詮僕に遊ばれてただけのオモチャなんだよー?」

「クッ……! こうなれば、やるしかないか……!」


 逃走は、最初から不可能。一瞬『この たたかいからは にげられない』なんてイメージが浮かぶくらいに不可能だ。

 だったらもう、きっと勝率1%もない戦いに挑むしかない。そう決心したのか、メイはミハイに対して構えをとった。

 でも、無駄だ。今の俺たちじゃ、さっきのシルビィ隊長の二の舞になって終わるしかない。このまま、吸血鬼なんて脅威を他の人に伝えることすらできないままに――!


「……散るぞ」

「なに?」


 意味があるかはわからないが、小声でメイとリリスさんに声をかける。このまま戦っても絶対に勝てない以上、誰か一人くらいは生き残れるかもしれない道を選ぶために。


「合図を出す。その後は、三人ばらばらに逃げる。これくらいしか意味のある手を思いつかない」

「……もし一人でも生き残ったら、その人が王国に危機を伝える。という事ですね」

「そう言う事です」


 三人――いや、シルビィ隊長とアードを合わせて五人。その全ての人としての死を犬死にするか、それとも意味のある戦死にするか。その決断だ。

 もちろんこれも全く意味が無いことなのかもしれないが、自棄になって突っ込むよりはましだろう……?


「さーて。実は一人分の毒ならそろそろ生成完了なんだよねー。どうしようかな――」

「今だ!」

「んー?」


 牙をむき出しにして、例の如く残虐な笑みを見せるミハイ。

 そんな、狩る者の気配を出した瞬間に、俺たちは別々の方向へと走り出した。


「ふーん……。なかなかいい選択だけど……ゲームが増えただけだねー」


 メイはミハイの左に。リリスさんは右に。そして、俺は真っ直ぐ後ろに走り出す。

 三人別々に逃げ出した以上、全員を捕まえるのは手間のはずだ。だと言うのに、ミハイの余裕はどこまでも消えない。

 ……このくらいのこと、なんとも無いって自信かね、やっぱり。


「よーし、それじゃあまず、君にしようかなー。いろいろと面倒くさい魔法を使ってくれたしねー」

「っ! ひぅ!?」


 ミハイが最初に目をつけたのは、リリスさんだった。

 まあ確かに、レッサーの包囲網を突破したのもリリスさんの魔法あってのことだ。万が一にも奴が不覚を取るとすれば、それはリリスさんが原因である可能性は高い。

 だから、その選択は予測できて当然のものだ。こうして散開して逃げ出した以上、仲間がやられている時間を使って自分は逃げるべきなんだ。


 そうだと言うのに……なんで、俺ミハイに向かって走ってるんだろうな?


「【加速法――四倍速】!!」

「んー? どういうつもりかなー?」


 ミハイは既にリリスさんの腕を捕らえている。そして、その首筋に牙を立てようとしていた。

 でも、俺はその間にさっさと逃げなきゃいけなかった。なのに、いつの間にやら命の危機すらある四倍速でミハイに斬りかかっていたのだ。

 全く……英雄希望ってのも、楽じゃないね。


「瞬剣――」

「ま、別に君でもいいよ?」

「――え?」


 四倍速。俺の、文句なしの全力状態。そんな力など、奴は容易く笑って見せた。

 リリスさんを捕らえていたミハイに斬りかかった筈なのに、いつの間にやら俺の後ろに回りこんでいたのだ。

 そして――そのまま、俺の首にカブリと噛み付いてきたのだった。


「シュ……シュバルツゥゥッ!」

「レ、レオンさん!」


 あー、いきなり飛び出した俺が言うことじゃないけど、メイもリリスさんもさっさと逃げてくんないかな。

 と言うか、気持ち悪いなこれ。なんか首に牙刺されて痛いし、なんか変なもん流れてきてる気がする。

 それに、加速法の副作用とはなんか違う違和感が全身を駆け巡ってるな。それに意識もなんか変になってきてる気が――って、ざけんなチクショウ!


(これが【吸血】! 実際受けるとはっきりわかる! この、俺を作り変えようとしている体内の異物が!)


 ゲームだったら、これ一つで永遠に吸血鬼の僕になるなんて理不尽なことはなかった。

 でも、これはその理不尽に当たるものだ。このまま何もしなけりゃ、俺はこの吸血鬼のクソガキのオモチャに作りかえられちまうのだろう。

 ――冗談じゃない! 絶対に嫌だ!

 じゃあどうする? どうすればいい? 考えろ、考えてみろ俺!


(ゲームの常識が通用するかはわからない。だけど、ゲームじゃ間違いなく【吸血】されても数ターン魅了されるだけだった。だったらあるはずだ。この毒に、耐える方法が……!)

「フフフのフー。噛み付いているからよくわかるよ? 全身の魔力を高ぶらせて、僕の魔力()に対抗しようって言う、無駄な努力がさー」


 俺に噛み付きながら、器用に喋るミハイ。俺が抵抗できるなんて、微塵も考えてないらしいな。


「もうそろそろ毒は入れ終わる。魂にまで毒が入れ終われば、吸血鬼の従者ヴァンパイアサーヴァントの完成だよー」

「ぐぅおぉぉぉぉ!!」


 そうだ、魔力だ。コイツの言っている通り、きっと魔力だ。

 そもそも今俺の体内に注がれているのはコイツの魔力! だったら、この力をねじ伏せる魔力を注ぎ込めばいいだけのことだ!


「がぁぁぁぁぁ!」

「だから無駄だって……?」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「何だ……? この、忌々しい感じのする魔力は……?」


 気張れ俺! レオンハートは、こんなところでこんな雑魚にやられるほど弱くないはずだ。

 俺はレオンハート! 将来は聖騎士になれる力を持つ男! それが、吸血鬼如きに負けてたまるかぁぁぁ!!


「これは……光属性の魔力だと……! 馬鹿な、何でこんな人間がこんな魔力を……」

「だっしゃぁぁぁぁぁぁ!」

「く、クソッ!?」


 体内から、そして今まで使ったことも無いんじゃないかと思える力を全て搾り出す。

 そして、全身を巡る俺の物ではない魔力を封じ込める。この魔力に一番効果がありそうな魔力を生成するイメージで。

 全身の魔力を、爆発させた。


「グアッ! クソ、馬鹿な! 僕が弾かれただと!?」


 ミハイが何故か俺から離れたが、とにかく体内魔力の流れを制御する。

 今、俺の体内にはミハイの禍々しい魔力と、いつの間にか湧き出てきた暖かい魔力が流れている。この暖かい魔力はどうやらミハイの魔力を押さえ込むのに適した性質を持っているみたいだけど、永遠に押さえ込むのはちょっときつそうだ。

 だから、制御する。一番流れてきちゃいけない、頭に、魂には届かないように、俺の魔力でミハイの魔力が流れる道を強制する。

 こうすれば、最悪の事態だけは避けられるはず……!


「ふぅぅぅぅ……」

「シュ、シュバルツ? その目は……」

「ん? 目が、どうかしたの?」


 何とかルートを強制し、俺の魔力でミハイの毒が頭に回るのは阻止した。

 だが、すっかり逃走を中断しているメイが、俺の顔を見て震える指先を俺に向けているのだ。


「その、何だ。……赤いぞ。真紅の目、と言う奴だ」

「え? マジ?」


 どうやら、俺の対処療法は完全には至らなかったらしい。瞳に吸血鬼の特徴が現れ、言われてみれば心なしか視界が赤く染まっているような気がする。

 更に、全身からわけのわからない力があふれ出してくるのだ。つい先ほどまでは絶対に勝てないと思っていたミハイを前にしても、思ったほどには恐怖しないような力が。

 そして――そんな風に変わってもなおハッキリと、ミハイに対して敵意と怒りを覚えることができる俺がいるのだった……!

ようやく、ゲーム設定的にはチートの塊であるレオンハートの力を発揮した……のかもしれない主人公であった。

毎度毎度死にかけなきゃ全力になれないタイプ。

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