第29話 赤目小鬼の恐怖
最初にちょっとモブ視点入ります
「第一から第八班、全員の生存を確認しました!」
「第九班と第十班は依然消息不明です!」
「そうか……ご苦労。引き続き捜索を続けてくれ。くれぐれも残党ゴブリンには注意してな」
「ハッ! 了解です!」
騎士団流の簡易礼をとったあと、私の部下の騎士が走り去った。このゴブリンの巣壊滅作戦に参加した騎士の中で、謎の失踪を遂げた者達を探すために。
(一体どうなっているのだ? ゴブリン如きに我ら騎士が後れを取るわけが無い。だと言うのに、まさか二つも部隊が消息を眩ますとは……)
私は団長、副団長両名の連名により、このゴブリンの巣壊滅作戦の前線指揮を任されている。任務としては少々物足りないが、名誉なことだ。
だと言うのに、預けられた騎士部隊100人10班の内の二割を失ったかもしれんとは、申し開きのしようが無い。しかも、彼ら九班と十班がどうなったかも分からんと言うのだからな。
(ここのゴブリンは何か特殊だったか? いや、私の知る限りは極普通のゴブリンだった。範囲殲滅系のスキル、魔法を持った騎士で部隊を固めただけに、作戦開始から僅か30分でゴブリン共の大半は始末できていたはずなのだ)
巣の壊滅、と言う意味でなら既に作戦は成功したも同然だ。既にこの森の中の洞窟を利用した巣の隅々まで我ら騎士が制圧したし、中にいたゴブリンは一匹残らず退治した。
問題は、作戦に参加した九班、十班と連絡が取れないことだけなのだ。
「巣の構造から考えて、彼らが向かったのはゴブリンリーダーの住処だと考えられるのだったな?」
「はい。今までの経験から考えて、彼らが向かったのは恐らくこの巣の部族の長がいた場所でしょう」
「うむ……」
副官に確認を取り、私は眉間のしわを深める。作戦開始時の予測はやはり間違ってはいなかったのだ。
だからこそ、私は念には念を入れて班を二つもそこに向かわせた。どれだけの警備があるかは分からんが、今作戦における班二つ――計20名の騎士で向かえば万が一もありえないだろうと考えて。
「きみに尋ねるが、ゴブリンリーダーとはそこまで強い魔物だったか? 騎士総勢20名でかかっても勝てないような」
「いえ、そんなことはありえません。ここに集まったのは総隊長を含めた上級騎士による班長十名と、各班に中級騎士4名、下級騎士5名の編成です。そして、過去のデータから考えて、ゴブリンリーダーと言えども取り巻き付きで、かつ平均よりも一割り増しで見積もって下級騎士なら三人、中級騎士なら一人で十分勝てる力しかありません。当然、上級騎士なら同レベルの個体を五匹くらいなら同時に相手に出来るでしょう」
「だよな……」
班を二つ、つまり上級騎士が二人に中級騎士が八人もいる構成だったのだ。多少個体として優れていたとしても、ゴブリンリーダー相手に負けるわけが無い。
となると、何か全く別の要因があったと考えるしか無いか。騎士20名が全て消えた――死体すら残さずに行方不明になるような、何か我々の想定していなかった要因が。
「しばらく捜索した後、外の残党狩り部隊と合流するしかないか」
「はい、もしかしたら九班、十班も外に出されている可能性もありますからね」
「未だ見つからない、ゴブリンリーダーの死体と合わせてな……」
◆
「避けろシュバルツ!」
「わかってる!!」
ゴブリン、と言うかもうゴブリンっぽい何かと呼びたくなる、真紅の目を持つ魔物。そいつが手にした棍棒による一撃を、命からがら避ける。
そして、そのついでに手にした剣で軽く腕の皮を斬ってやった。無駄だとは、分かっているが。
「ムダダッ!」
「わかってるよコンチクショウめ!」
ゴブリンっぽい魔物の癖に口を利く赤目ゴブリンは、皮一枚とは言え斬られたことなど全く気にせず追撃をかけてくる。
まあそりゃそうだろう。どんだけ攻撃しても、ほんの数秒で何事もなかったかのように回復しちゃうんだから。
(クソッ! ゴブリンなのにマッドオーガが可愛く見える超高速自動回復持ちだってのか!?)
ターンごとにHPが回復するスキル。それが自動回復だ。基本的にその回復量は本人の防御力を参照して決定され、また単純にスキル自体のレベルによっても変化する。
その聖勇時代の計算式に則って考えれば、恐らくこの赤目ゴブリンは後者。軽く斬っただけでも斬れる程度の防御力しか持たないのにこの回復力となると、かなり上位のスキルを持っていると考えた方が妥当だ。
でも、俺にそんなゴブリンに思い当たる節は無い。考えられるのは他の魔術師が持続回復呪文でも唱えた場合だけど、そんな回りくどい魔法を使えるゴブリンにだってやっぱり心当たりは無いんだ。
そんな知識外の怪物を相手に、今俺とメイは二人でタッグを組んで戦っている。シルビィ隊長の命令だ。
明らかに他のゴブリンとは様子が違う赤目ゴブリンを前にした隊長は、即座に俺たちに命令を出した。
俺とメイで奴を足止めし、その間にアード、リリス、隊長の三人で周りの雑魚を倒す。そして、その後に五人がかりで赤目ゴブリンと戦うことにする、と。
「足止めだけでも死にそうだなおい」
「ああ。正直、こんな化け物をゴブリンと言っていいのか?」
「さあね。強いゴブリンに幾つか心当たりはあるけど、少なくともこんなのは知らないさ!」
赤目ゴブリンの恐ろしいところは、回復能力だけではない。どうやら魔法の類は使えない――少なくともまだ見せていないが、身体能力は余裕で俺たちを超えているんだ。
そりゃまだまだ未熟なガキである俺たちより強い奴なんて珍しくは無いだろうけど、まさかゴブリン討伐でそんなのと戦うことになるとはな……。
「よし、雑魚は片付いた! 後は私がやるから一旦安全距離まで下がれ!」
「ッ! はい!」
正体不明の赤目ゴブリンについて精一杯考えつつ戦っていたら、物凄い速度で取り巻きの雑魚ゴブリンを倒し終えたシルビィ隊長が駆けつけてきた。
俺とメイがこの赤目ゴブリンと戦っている間にもう残りのゴブリン片付けたのか。まだ足止めを開始してから30秒くらいしか経ってないぞ。二人のサポートありとは言え、どんだけ簡単にやられたんだノーマルゴブリン共は。
いや、赤目ゴブリン相手にその30秒で何度かやられかけた俺が言うことじゃないけどさ。
「これより私を主軸とし、お前達は左右で奴を牽制しろ!」
「了解!」
「つまり囲んで袋叩きにすると言うことだな」
戦闘開始時は10対5くらいだったけど、あっという間に雑魚は倒してしまった。これで赤目ゴブリン一匹VS俺たち五人ってバトルになったわけだ。
そして、シルビィ隊長の作戦は正面からは隊長が戦い、俺たち見習いはその隙を縫って背中や側面を狙うと言うもの。当然隊長が一番負担でかいけど、そこは中級騎士の力の見せ所ってところだろう。
その作戦に従うと了解の意を述べた後、俺とメイは揃って安全距離から再び奴に攻撃できる位置まで走るのだった。
「準備完了……って、スゲ」
「流石中級騎士、だな」
俺たちが戦闘位置に着くまでのほんのわずかな間に、既に赤目ゴブリンとシルビィ隊長は戦い始めていた。
長い銀髪を風に乗せ、まるで舞のような美しさすらある見事な立ち振る舞い。きっと、アレが銀麗剣の二つ名の由来なんだろうな。
そのシルビィ隊長の武器はレイピアのようだ。物凄く細い刀身を持つ両刃の剣である。そのいかにも扱いにくそうな剣を巧みに操り、赤目ゴブリンの力任せな攻撃の隙を縫ってバシバシ急所目掛けて刺突が飛んでいる。
でも――
「あいつの攻撃を完全に見切っているのは凄まじいが……相性が悪いな」
「うん。隊長の技は急所狙いが前提だ。でも、あいつは全身が岩みたいな筋肉に包まれてる上に強力な自動回復がある。そのせいでまともに攻撃が効いて無いみたいだ」
シルビィ隊長の剣は、この一瞬の間にも赤目ゴブリンの喉やら目やら心臓やらを抉っている。だが、信じられないことに目玉に剣が突き刺さっても赤目ゴブリンは全く怯む事はなく、そして次の瞬間には目玉が再生している有様だ。
ありえないだろって叫びだしたくなるような光景だけど、それが魔力を使った能力の理不尽さって奴なんだろうな。
「あ、ありえないだろうあんな化け物! 何でこの僕があんなのと戦わなきゃいけないんだ!」
「お、落ち着いてくださいアード様!」
……どうやら、反対サイドのあいつも同意見らしいな。隊長と赤目ゴブリンの戦いにビビッて乱心してるみたいだけど。
あのリリスって子はアードのお守りに忙しいらしい。となると、まともに加勢できるのは俺たちだけってことか?
「いくぞシュバルツ!」
「お、おう!」
相変わらず、メイにも怯むと言う概念は無いらしい。あの化け物じみた戦いを繰り広げる二人へと、嬉々とした様子で早くも突っ込んでいった。
……俺も、出遅れるわけにはいかないな。
「わかっているなシュバルツ!」
「ああ、手加減も出し惜しみもしてる余裕は無い!」
「そう言う事だ――【加力法・二倍力】!」
「【加速法・二倍速】!!」
目の前のゴブリンは、中級騎士であるシルビィ隊長と互角に戦える力を持っている。所詮、見習いである俺たちなんかじゃ相手にならないだろう。実際、さっきほんの僅かな戦いの間に何度か死に掛けたしな。
となれば、素の能力のままで参戦しても足手まといにしかならない。三加法のドーピングは必須条件だ。
「――剛拳・走拳鉄砲撃ち!」
「瞬剣・一ノ太刀!」
「グル?」
メイは顔面狙いの打撃。俺は速度をそのまま乗せた胴斬り。それぞれが隊長と戦っている為に生まれた隙を狙っての攻撃だ。
だが、敵は間違いなく俺たちより上の強敵。二倍速に加速してようやく同等と言った程度の速度を使い、不意打ちで放った俺たちの技を両腕で防御して見せた。
……まあ、それじゃダメなんだけどさ。
「私を忘れるとはいい度胸だな!」
「私も、先ほどとは違うぞ!」
メイは赤目ゴブリンが防御に使った腕を掴み、そのまま思いっきり握りつぶす勢いで力を入れる。
ただでさえ大人顔負けと言うか、いっそ化け物じみた腕力の持ち主であるメイだ。握力も凄まじいものがあり、更に加力法で強化すればもう人の腕くらい簡単に握りつぶすことができるだろう。
そしてシルビィ隊長。今まで対等に戦っていたのに、それが両腕を別のことに使ったんだ。そりゃもう、好き放題どこでも自由に切り刻むに十分な隙だな。
「クン流・握撃!」
「銀閃連射撃!」
メイが掴んだ腕は、そのまま握りつぶされた。どうやら人どころかこの正体不明のゴブリンを握りつぶすに十分なものだったらしい。
そして、シルビィ隊長の剣は更に鋭さを増し、一瞬で無数の穴を赤目ゴブリンの体に開けた。その、まるで機関銃でも相手にしたかのような傷跡を見る限り、間違いなく普通の生物なら絶命必至の連撃だ。
が、敵が異常な回復力を持っていることは既に分かっている。ならば俺もまた、ここで手を休める選択肢は無い。攻めるときは炎のごとく一斉に、勝負を決めるつもりで全てを出し切るべし。それが親父殿の教えだ!
「――追加速、三倍! 【風瞬剣・獅子風刃】!」
俺は防御された剣を一旦引き戻し、加速法を更に強めて風を作り出した。そして、そのまま魔力を剣に乗せて今にも再生しそうな胴に向かって渾身の一撃を放った。
俺の風瞬剣は、まず風で相手の守りを打ち払い、そして高速の剣によって敵を斬り裂く二段構えの必殺剣だ。
その効力はちゃんと目論見通りの効果を発揮し、隊長の剣によるダメージから再生しつつあった肉体を真っ二つにしたのだった。
「ていっ!」
「流石だ。全く容赦がないな」
上と下に分かれた赤目ゴブリン。その上半身を、俺はついでとばかりに蹴り飛ばした。
今までの戦いっぷりを見る限り、どうも両断したくらいでは死んでくれない気がしたのだ。まあ杞憂かも知れないけど、せっかく斬ったのに元に戻られてはしゃれにならない。だが、流石に上半身と下半身が別々の場所に置かれたら再生できないだろう。
ちょっとやりすぎな気もするけど、警戒するに越したことは無いはずだ。三倍速と風瞬剣の反動で、しばらくまともに動けないしな……。
「褒められることじゃない気がするけどね――加速終了」
体内魔力を正常に戻しつつ、俺はメイにちょっと曖昧な表情で一言言っておく。
上半身を蹴り飛ばした俺に対し、メイは何故か賞賛の声を上げた。戦術的には間違ってないつもりだけど、些か人道に反した行為である自覚はあるんだ。
だから褒められることではないと言ったんだけど、シルビィ隊長まで俺の言葉に待ったをかけるのだった。
「いや、今のはいい判断だぞレオンハート。ここまでやれば、流石にあの再生力も効果がないはずだ」
「そうだねー。いくらなんでも、この状況から巻き返すのはそのゴブリン君じゃ無理かなー」
「まあだからそうしたんだけどって……誰? 今の?」
つい普通に返事しちゃったけど、今隊長に乗っかる形で発言したのは誰だ? 聞き覚えの無い声だったぞ……?
「――そこかっ!」
(うおっ! 剣が伸びた!?)
シルビィ隊長はこの声の持ち主の居場所にすぐ気がついたようで、即座にその場所に攻撃を仕掛けた。
何と、レイピアの切っ先がビヨンと伸びるなんて無茶苦茶な方法によって、近くにあった木の上を貫いたのだ。まあ、もしかしたら伸びたんじゃなくて剣先からビーム的なものを出す技だったのかもしれないけど。
いずれにしてもゲーム時代にそんな技なかったと思うが……いや、よく考えたらあったかもしれない。どう考えても剣の届かないところにいるモンスターを普通に剣で斬ってたりしたしな。
……ところで、まだ敵と決まったわけでも無いのに攻撃ってのはいいのか? まあこの状況下で姿を隠している奴なんて十中八九敵だろうけど、やっぱり騎士ってのは喧嘩っ早いのが多いんだろうか。
「うっわー。あぶなーい」
「……欠片の緊張感も無い声だなおい」
突かれた誰かさんは、全くビビった様子もなく木から下りてきた。どうやら伸びる剣でいきなり突かれた事など、微塵も気にする必要は無い存在らしいな。
(……子供?)
そして、肝心の何者なのかだが……少年だった。あくまでも外見的特徴のみでの判断だけど、年齢は俺と同じくらい。多分身長も大差ない。ついでに、髪の色も俺と同じ金髪だ。
瞳の色は俺と違って、非常に鮮やかな真紅って感じだけどさ。
後、黒いマントを全身に巻きつけている。ちょっとだけ開いた隙間からは白いシャツに黒い半ズボンが覗いており、いいとこのお坊ちゃんスタイルってところかな。毎日馬鹿みたいに鍛えてる俺と違って、あんまり筋肉もついてない細い体つきだしな。
……まあ、怪しさ100%のマントがなければ、だけどさ。
「は、ハハハッ! 何だい君は? ここは子供の遊び場じゃないよ?」
ん、さっきまでビビリ倒してたアードが急に強気になったな。どうやら赤目ゴブリンが倒され、そして次に現れたのが細い子供だったおかげで立ち直ったらしい。
どう考えても普通じゃないこの子供にそんな侮りは禁物だと思うけど、放って置こう。正直、あの馬鹿の面倒を見ている余裕はなさそうだ。
「んー? お兄さんさ、もしかして残念な人?」
「な、何だと貴様! このアード家――」
「アパーホ・アード! 黙れ! そして下がれ!」
無警戒にあの子供に近づこうとするアードを、シルビィ隊長が怒鳴って止めた。そりゃ当然の判断だな。
「貴様、何者だ?」
「……さーあ? 誰だろーね?」
さっきのアードとは違う、シルビィ隊長の覇気を叩き付けるような質問。だが、あの子供は相変わらずへらへら笑うばかりでちっとも緊張感と言うものを見せない。
……こっちはアード以外、シルビィ隊長まで含めて心臓バクバクの上に顔中冷汗まみれだってのにさ!
「そんなことよりさー、困るんだよねー。いくらゴブリンだって言っても、せっかく作った従者を簡単に壊されるのはさー」
「……作った、だと?」
あの赤目ゴブリンは、この少年が作ったってのか?
それがどんな意味なのかはわからないけど、やばいってことだけはわかる。たかがゴブリンに中級騎士一人じゃ倒せないような力を与えたって意味だとすれば――このガキ、正真正銘の化け物ってことになるからな!
「そうだよー。僕が作ったの。このサーヴァントをさ。……こんな風にね!」
「ッ!?」
その瞬間、謎の子供は一瞬で姿を消した。一瞬たりとも目を離してないはずなのに、いきなり視界から消えたのだ。
何をしたんだ? 瞬間移動? 透明化? それとも――
「クッ! 避けろアード!!」
「え? ――え?」
「な、なあっ!?」
シルビィ隊長の叫び声に反応し、さっき怒鳴られてしぶしぶ下がったアードの方へと視線をやる。
すると、そこにはアードの首筋に噛み付いている謎の少年がいたのだった……!
哀れアード少年。碌にいいところ無いままで何か大変なことに
そして、前座相手に最強技を撃ってしまった主人公の運命やいかに




