第26話 チーム戦
「さて、とりあえずここが任務地だ。我々はここで逃げ出してきたゴブリンを仕留めるぞ」
「え? スタッカート隊長。巣には行かないんですか?」
私は初々しい若者……と言うか、子供達と言ってもいい年齢の部下を連れて任務にやってきた。
配属されてすぐであるため、四人の部下と詳細な情報交換なんてしている暇は無い。そこで、とりあえず上司だとだけ説明して後は現場でのアドリブでと連れてきたのだが、いきなり部下の一人、ガーライル副団長の息子に何故か驚いた様子で任務内容そのものに不満そうな声を出された。
「当然だ。たとえ相手がゴブリンとは言え、巣ともなれば危険は飛躍的に増す。まだまだ未熟なお前達に正面から巣を攻めるなんてやらせられるか」
「……あー、そうですね。……そりゃ、俺勇者でも無いし、他にもっと強い戦士が沢山いりゃそうなるよな……」
簡潔にこの任務に配置された説明をすると、レオンハートははっとした顔になって急に暗くなった。
……ふむ。大方、敵の本拠地に乗り込んで首級を挙げる妄想でもしていたのかな?
若い内にはよくある話だが、とりあえず釘は刺しておくか。功を焦って死なれてはたまらんからな。
「まだまだ諸君らは若いし、最初の任務なんてこんなものだよ。今は経験を積んでおくことだ」
「ハハハ。スタッカート隊長殿。貴女だってまだまだお若くお美しいですよ?」
「……褒め言葉だと思っておくが、この場においては少々場にあっていない言葉だなアード」
若輩者なんだから今は経験を積め、と言っている私が若いと言ってしまっては場がしまらないだろうに。この場では最年長のアパーホ・アードだが、どうやら状況判断力は今一のようだな。
そりゃ私だってまだ26歳であり、まだまだ若いつもりだ。だが、隊長たるものやはり威厳がなくてはいけない。未だに結婚どころか恋人の一人もいないのに年寄り扱いされるよりはいいかもしれないが……しかし部下に舐められるようではいけない。
「まあ、戦えるなら私には全く不満は無い。……ム?」
そして、12歳の少女とは思えない血に飢えた凶戦士のようなことを言っているメイ・クンにため息をつきたくなるが、それよりお客さんが来たようだ。
どうやらメイと……それにレオンハートも気づいているようだな。この二人は視認せずとも気配を感じ取る能力を既に身につけているのか?
「全員よく聞け。どうやら向こうから数体のゴブリンがこちらにやってきている。ひとまず私は手を出さないから、お前達で相手してみろ」
「了解しました」
「わかった」
「は、はぃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ! スタッカート隊長は戦わないなんてそんな無責任な――」
「――来るぞ!」
四人の内、アパーホだけはなにやら慌てているようだな。心の準備が出来ていなかったのか? 敵本拠地の比較的近くに隊を展開したのだから、いつでも戦える準備をしておいて欲しいのだがな。
まあいい。それよりも、噂の実力を見せてもらおうか。私がこのチームを任されたときに聞かされた、噂の実力を。
「では行くぞ!」
「よっしゃ!」
そして、その力はすぐに私に見せ付けられることになる。それと同時に、私はため息と共に数日前の出来事を思い出すのだった……。
◆
「シルビィ・スタッカート。入ります」
「はい、ご苦労様です」
私はその日、上層部からの指令で人事部へと向かった。
あそこは騎士団内における所属を決定する部署だ。主な用件は、遊撃騎士ならば任務への派遣、守護騎士なら配置換えだろう。
私は遊撃騎士だから、恐らく新たな任務の話だろうなと思っていたのだったな。
「シルビィくん。君に任務だ」
「はっ! 何なりと」
部屋に入ると同時に、騎士服を纏った中年男性に早速声をかけられる。
この方は人事部に勤めている事務担当の守護騎士の一人であり、騎士一人一人の使い方を決める権限をもった優秀な人物だ。
事務が主な仕事だけあって戦闘能力はそれほどでも無いが、騎士団への貢献度ならば剣を振るだけの私を遥かに超える人物だ。
「既に聞いているかもしれないけど、今度ゴブリン軍を討伐することになったんだよ。君にはそれに参加してもらうよ」
「ゴブリンですか。かしこまりました」
ゴブリンか。大した相手ではないな。
とは言え、民衆からすれば脅威だろう。大した事の無い敵であるうちに斬る。それが騎士の務めだ。
慢心することなく、全力を持って任務に当たるとしよう。
「ところでシルビィくん。君も大分力をつけ、経験を積んだ。そろそろ次のステップに上がってもいいころだよね?」
「次……ですか?」
「うん、次。次世代の育成って奴さ」
「……はい?」
次世代の育成? 私は学院の教職に付く気は無いのだが……。まさか左遷か? 何かミスしたか?
いや、そもそもゴブリン退治と話が繋がらない。一体何事なのだ……?
「そんな難しい顔をすることはないよ。言葉を変えれば、部下をつけると言うことさ」
「部下?」
「今期から採用された見習い騎士を、君の部下として四人ほどつけようって話が上がってるのさ。君が小隊長として五人一組のチームを率いると言うことだね」
「なっ!? それは――」
「別におかしなことじゃないだろう? 君も実力派の中級騎士だ。もう部下を率いるに足る人材だと僕は思ってるよ?」
――わ、私をそのように評価してくれるとは! か、感激のあまり言葉が出てこない……!!
「それでね? 銀麗剣と呼ばれる君ならば使いこなせると信じる人員のリストがこれさ。目を通しておいてくれ。詳しい任務はまた後日と言うことでよろしく頼むよ?」
「は……はっ!」
何とか声を絞り出し、了解の意と共に騎士の礼をとる。そのまま失礼な無作法をしないように注意しつつ、人事長殿から書類を受け取った。
「では、退室してよし。頑張ってね」
「はい! ありがとうございます」
ついに私も部下を持つようなところまでやってきた。それを喜びと共にかみ締め、気が逸ってついつい頭を下げながら渡されたリストを読んでしまう。
一体どんな精悍な若者達なのかと期待しつつ――ッ!?
「なあっ!?」
「……あ、見ちゃった?」
「見ちゃったって……ええっ!?」
人事長殿はイタズラがばれた子供のようなしぐさを見せる。だが、私としてはそれどころではない。
だって、この資料に書かれている部下候補リストって――
「シュバルツ副団長のご子息に、あのクン家のご令嬢!?」
超大物であり、この国の重鎮と言うべき三大武家と呼ばれる超人の後継者。その内の二人を纏めて部下として同じチームに?
もし傷一つでもつけたら責任問題なの!? いや、どんな事情があれ見習い騎士として部下になるんだから死んでも自己責任になるはず……ああでも!
「まあ、まあ。落ち着きなさい」
「いや、しかし!?」
「その二人は確かに血筋だけでもすばらしい価値があるが……今期試験の責任者が太鼓判を押しているからね」
「はい? 何をです?」
「実力だけなら、既に正規の騎士に迫っているとね」
「……あの、まだ12歳ですよね?」
いくら三大武家の血を引いていると言っても……こんな子供が正規の騎士レベル? ありえない。
「私も直接見たわけではないがね。だが、責任者によれば近年まれに見る高度な試合を繰り広げてくれたらしいよ。将来の騎士団を背負って立つ人材だそうだ」
「そうですか……」
まだ納得は出来ないが、これ以上何か言うには自分の目で見極めるしかない。人事長殿を疑うのもあまりよく無いしな。
「ふむ、ここまで語ったのだからついでに残りの二人についても何かあるかね?」
「残りの二人ですか? そうですね……」
パラパラと書類をめくり、あまりにも存在感のありすぎる二人の後ろに書かれていた部下候補についても目を通す。
……両者とも、学院から見習い騎士に転属したのか。学院の生徒は無駄なプライドに凝り固まっていることが多いからあまり部下にしたくはないのだがなぁ……教育が面倒だから。
「アパーホ・アード……アード伯爵の血縁ですか?」
「そうだ。家柄を鼻にかけた盆暗……などと言ってはいかんな。まあ、そこは君の手腕に任せる」
「貴族の坊ちゃんの教育ですか」
「下の者を指導するに当たっては避けられんことだよ。特に、身分ではなく階級で全てを決める騎士団に当たってはね」
「分かりました。騎士としての心構えを叩き込もうと思います」
騎士団の中では、貴族だろうが平民だろうが全て平等だ。そこに差をつけるのは生まれでも権力でも無い。個人の実力と功績であるべきと言うのが騎士団の規定だからな。
で、最後の一人は……?
「ほう、学院組でありながら平民出身ですか。これは優秀なのでしょうね」
「そうだね。彼女の名はリリス。魔法の腕前と素晴らしい頭脳によって、学院に僅か11歳で入学を認められている。それも、特別枠でね」
「それは……すばらしいですね」
騎士学院は身分ではなく実力で人を見るべし、と定めている騎士団の意向で平民にもその門は開かれている。だが、それでも平民があそこに入るのは非常に困難だ。
なんと言っても、学院には狭き門と言われる試験を突破しなければ入学できない。これは例え王族だろうが決して曲げられないことだ。国を守る騎士が賄賂や腐敗で堕落し、使い物にならない飾り物に堕ちたとなれば国家存続の危機だからな。
故に、貴族だろうが平民だろうが平等な条件で試験を受けることになる。だが、だからこそ平民が合格するのは困難なのだ。
貴族は程度にもよるが、学習に多くの時間を取れるし、教材を豊富に揃えられる。正確に言うと貴族だからではなく金持ちだからと言うべきかも知れないが、どちらにしても普通の平民にそんな余裕は無いからな。
一応平民向けの学習教材を提供する施設もあるとは言え、教師はいない。つまりは、自力でそこに記されている様々な理を理解できるだけの才能が必須なわけだ。
逆に言うと、その条件の中から這い上がってきた者は皆例外なく優秀と言うことなのだが。更に特別枠となればもう、将来国を支える重鎮として君臨するのも夢ではあるまい。
……だが、だからこそ気になるな。何でそんな優秀な学生が学生の身分を捨てて見習いに志願したのだろう?
「ちょっとよろしいですか?」
「何だね?」
「特別枠で入学できれば授業料などが大幅に国からの援助で賄われます。普通に入学するのとは比較にならない高難易度の試験を突破しなければならないとは言え、特別枠が取れれば平民でも問題なく6年過程を就業できるでしょう。それが何故4年過程で見習い騎士に……?」
「……さあね。とりあえず、成績不良が原因で無いことだけは保証するよ。とにかく見習いとして騎士団に所属したいと希望したのでこっちに配属されたわけだ。我々としても非常に優秀な少女を無益に散らせたくないので、チームには中級騎士の中でも最高峰と評価の高い君を隊長とし、メンバーは同じく絶対に失うわけには行かない武家の後継者を入れたわけだ。実力的にも間違いないしね」
「なるほど……。となると、実はこのアード家の坊ちゃんも優秀だったりするのですか?」
さりげなく私に対しての賛辞が入ったが、極力その衝撃を表に出さないように注意しつつ残る疑問を口にする。
三大武家のシュバルツとクンの後継者。そして平民出身でありながら特別枠を勝ち取った天才と言うべき少女。これと組まされるのなら、悩みの種である貴族の坊ちゃんもそれなりに使えるのではないかと言う希望を。
まあ、曖昧な笑みを浮かべる人事長殿を見る限り、その希望はあっさりと消え去りそうだが。
「とりあえず、君はもう少し内心を隠す修練を積んだほうがいいね。顔、赤いよ?」
「は、はっ! すいません!」
「謝る必要は無いけどね。それでアード家の坊ちゃんだけど、一言で言うならバランス取りかな?」
「バランス……ですか?」
どうやら隠したつもりの歓喜は人事長殿にはバレバレだったようだ。それを指摘されてよけいに熱くなっていく顔を意識しないように注意しつつ、人事長殿の言葉の意味を考える。
だが、どう考えてもいい意味では捉えられそうに無いな……。
「言わなくても分かるかもしれないけど、君の部下として配属されるのは見習いとしては超一級の力の持ち主ばかりだ。僅か12歳とは思えない才覚と力を見せるレオンハート君、メイ君の両名は当然として、リリス君も魔法使いとして類まれなる才覚を見せている。だが――」
「どんな事情があれ、一つのチームに優秀なのを集めすぎるのはよくない、と言うことですか」
「そう言う事だ。決して失ってはいけない国の宝であるからこそ、多くの上に登る騎士が味わう苦労を先に経験させる必要もあるしね」
多くの優秀な騎士が味わう苦労。それを端的に言うのならそう、無能な味方は敵より怖い、と言う奴だ。
如何せん優秀で高い能力を持っているだけに、自分より劣る……所謂普通と言われる人間の能力を正しく把握できない。自分ならこれくらいはやれると言う判断を仲間に押し付け、結果として失敗すると言うのはよくある話だ。
これは、特に自分が特別であると理解していない若い天才にありがちなことで、かのシュバルツ副団長など新人時代に訓練だけで一個小隊を潰したなんて逸話が残っているほどだからな。優秀と言うのもしっかり経験を積まないと毒になりかねないんだ。
……まあ、副団長の場合、今でもかなり常識を逸脱していると評判だが。あの人が未だに副団長なのも、もしストッパーである団長がいなくなれば騎士団が訓練で壊滅するから、なんて笑えない冗談が流行るくらいには。
「つまり、アードは彼らに凡庸を学ばせる為の教材、と言うわけですか」
「まあね。そもそも学院成績トップの評価を持つリリス君に、試験成績トップ2のレオンハート君とメイ君を一つのチームに纏めるのは他のチーム長からやっかみを受けるかもしれないしさ。その保険って意味もあるけどね」
「なるほど。了解しました」
事情はともかく、結果だけ見れば私が将来有望なエリート候補を軒並み手中に収めたようにも見えるわけか。アードはそのカモフラージュ役……増えすぎたプラスを抑えるためのマイナス役と言うことなのだろう。
こう考えると、これはこれで恐ろしいな。いきなり超特級の部下を三人も任されるのも緊張するが、その三人の足を引っ張るためなんて理由で配属されるアードとはどんな盆暗なのやら。
万が一にもその三人を死なせるようなことにならないよう監視しつつ、アードから目を離さないのが私の職務となりそうだな。
「では、大変だろうが、頑張ってくれたまえ」
「はっ! 改めて、任務を了解しました!」
今度こそ私は頭を下げ、退室する。だが、このときの私は気づいていなかったとようやく理解する。
人事長殿が褒め称えたのはあくまでも能力のみであり、人格面については意図的としか思えないほど省かれていたと言うことに。
その『大変だろうが』の一言に、一体どんな意味が秘められているのかと言うことに……。
◆
「瞬剣――」
「剛拳――」
「牙獣突破ァ!!」
「弓肘突破ッ!!」
小さな体の子供達が、恐ろしい威力の突撃技で一気にゴブリンの群れをひき潰していく。
「ほ、ほら何をやっているのだ! さっさと僕の前から汚らしい亜人を消したまえ!!」
「は、はい! 【水術・水の鞭】」
剣こそ持っているが、完全に引け腰で構える姿すら見せようとしない男。その前に立たされた少女が、手にしたボロボロの杖から水で出来た鞭を構築してゴブリンを叩いている。
「き、君達もっと僕を守るような陣形をとりたまえ――」
「邪魔だぁ!!」
「メイ! そっちは任せるぞ!!」
(……ま、全く連携が取れてないな……)
レオンハート・シュバルツ。メイ・クン。アパーホ・アード。リリス。
上記四名を部下とした私、シルビィ・スタッカートに告げられた任務は、突撃部隊が打ちもらしたゴブリンの掃討だ。
ゴブリン共が軍を作っているとされる巣の中には、我々とは別に100名ほどの騎士で編成された突撃部隊が既に攻撃を仕掛けている。だが、如何せん数が多いためにどうしてもかなりの数のゴブリンに逃げられてしまうのだ。奴らに主君への忠誠なんて欠片もないからな。
そんな、逃げたゴブリンがもし街のほうにでも言ってしまえば大惨事になる恐れがある。その為に、我々はこうして巣がある森からやや離れた場所で待機し、残党狩りをやっているわけだ。
それ自体は問題なく進んでいるのだが……騎士“団”としては物凄く問題があるな……。
(メイは猪突猛進。レオンハートは一応メイと協力しているが、ほとんど個人戦で戦う。アパーホは実戦の空気にビビッて役立たず。リリスはそんなアパーホに命じられるまま非効率的な攻撃を繰り返している。……とてもチームとして連携できているとは言えんな)
僅か四人だと言うのに、事実上メイとレオンハート。アパーホとリリスの二チームに分かれてしまっている。
しかも、メイとレオンハートはお互いの邪魔をしない距離を保って個人戦。アパーホとリリスに至ってはリリスが一人で戦っている。これでは四人のチームではなく、腕自慢三人と役立たず一人が同じ戦場にいるだけではないか。
それで確かな戦果を上げているのだから、大したものだと言えば大したものだ。あくまでも、個人能力だけで言えばだが。
「……そこまで! お前達、もっと協力することはできないのか?」
最初の標的、ゴブリン20匹ほどの集団は瞬く間に壊滅した。ほとんどメイとレオンハートが勝手に暴れただけだが、とりあえず初戦闘は勝利だ。
だが、とても褒められない、反省点が多すぎる戦闘内容だった。敵は全滅でこちらは無傷なんて戦果なのに、だ。
「協力?」
「精一杯協力したよね?」
そんな私の複雑な心境を知っているのかいないのか、メイとレオンハートは揃って首をかしげている。
このチームの長として派遣される前は『優秀な者は劣った者の心を理解できるようにならねば』などと考えていたが取り消そう。
こいつら、心の底から自分達の個人戦を邪魔しないことを協力だと思っている。優秀も劣等もなく、徹頭徹尾自分の全力を発揮することしか考えてないぞ……!!
「は、ハハハッ! これはこれはスタッカート隊長殿。この程度の雑魚、この僕が出るまでも無いというだけの事ですよ。そうだろうリリス?」
「は、はぃ。ええっとぉ……はぃ」
それに対し、アパーホはさっきまでの醜態を忘れて欲しいのか、敵がいなくなった途端に強気な態度を取り出した。そして、リリスは弱弱しくこんな戯言に頷いている。
役に立たない愚者の癖にリーダーシップを取りたがる無能者と、そんな無能者に口答えも出来ないで粛々と従う優秀な部下。こっちも非常に問題だ。そもそも、リリスはアパーホの部下ではく、私の部下として同列の団員であるのだから、奴の命令など聞く必要はないのに……。
「はぁ……。いいか? お前達は、全員私の部下としてここにいるのだ。ならば、当然独断専行も力の出し惜しみも、そして臆病風に吹かれることも許されるわけがない。それはわかっているな?」
「独断専行? 私は言われたとおり目の前に現れたゴブリンを一掃しただけだぞ?」
「お、臆病風とはまさかこの僕に、恐れ多くもアード家の三男であるこのアパーホ・アードに言っているのかね!? いかに隊長とは言えそんな無礼が許されるとでも――」
「えっと、あの、そのぉ……」
(……前途多難だな)
いくら訓練したわけでもない寄せ集めとは言え、これはちょっと酷すぎないか?
騎士は試験によって優秀な人材にのみその門を開く。その絶対原則は変わっていないはずだが、何か試験基準そのものがおかしくなっているような気がしてくる。
確かに騎士試験組の二人は強い。ありえないと大口開けてアホ面晒したくなるくらいに、実は年齢サバ読んでるんじゃないかと疑りたくなるくらいに強い。だが、協調性と言うか連携と言う点だと非常に見ていて不安だ。
それに学院組の二人はもっと不安だ。アパーホは心の底から、何故コイツが栄誉ある国立騎士学院に入学できたのか学院担当の者に問いただしたくなるような醜態を晒している。確か学院では実地訓練もやっているはずなのだが、何故ゴブリンの集団相手にここまで引け腰なのだ?
(……何となく、周囲の人間の力を頼りに突破してきたような気がするな。今回は自分の味方が学院での訓練よりも少ないから怯えているとかか?)
だとすれば、案外アパーホは司令官向きなのかもしれん。もちろん、性根を叩きなおせれば、だがな。
このままだと、勝ち戦では優秀な戦果を上げても負け戦になったら無駄な被害を出しかねんし。
(それにリリス……彼女はそもそも何故騎士になろうと思ったのだろうな? 気質を見る限り、後方の学者をやっている方が似合っていると思うのだが)
おどおどした小動物のようなその仕草。男心をくすぐるものなのかもしれんが、生憎私は女で騎士だ。はっきり言って、苛立ちしか覚えん。
だが、魔法使いとしては確かに優秀な能力を持っている。しかし、前線で敵と戦うには能力以上に度胸が求められる。どれだけ優れた力と技を持っていようとも、やはりそれを発揮するための勇気がなければ宝の持ち腐れなのだ。
今は遥か格下のゴブリンを相手にしているだけ、しかも最前線で大暴れしているお子様二人の打ち漏らし程度だから大丈夫だが……このままでは同格との戦いで確実に死ぬな。資料では学業の成績も非常に優秀らしいし、将来は学者や魔法職人になったほうがいいだろう。
もっとも、彼女の将来を決める権利など、私には無いがな。
「さて、何はともあれ最初の一陣は全て撃破した。だが、今のような戦い方をしていればいつか足元を掬われるだろう。今回のゴブリン共はどこか戦略性のある動きを見せていると言うし、こちらも個人技頼りでは危険だ」
「ふ、フン! そのときはこの僕が本気を出すだけさ。こんな下賎な連中など、僕の足元にも及ばないと教えてあげるさ!」
「……アード。何度も言うようだが、騎士団において血筋や地位に意味は無い。何かを示したいのなら、口ではなく行動で示せ」
恐らく、この坊ちゃんは学院でも貴族としての特権をフル活用して生活していたのだろう。実際、学院では貴族ごとに派閥くらい珍しく無いからな。
嘆かわしいことに、私たち本家騎士団にすらその権力はある程度介入してきているのだ。どこどこの何々家は騎士団に対してこれだけの貢献をしているのだから、何かあればその戦力を彼ら貴族の為に使うべきだ、などと言う様な風潮が。
我々王国騎士団は国の平和と安定を司るもの。本来なら、貴族だから、偉いから、金があるから、権力者だから、そんなことに活動を縛られてはいけないのだがな。
(っと、いかんいかん。考えが脱線したな。とにかく、まずアパーホには貴族としての見栄とプライドを捨てるように何とか指導せねば。私は、こいつらの上司であると同時に指導者なのだから)
私がこいつらのチームを監督する真の理由。それは、この将来有望な若者を教え導く為だ。
そんな大任を任されたものとして、厳しく誇り高くも理想的な騎士になれるよう指導せねばなるまい。
使える権力を活用することは全く間違っていない、むしろ政治的手腕の一つとして高く評価されるべきことだとは言え、それがここでも通用すると思われては困るからな。
(このゴブリン討伐作戦の間に、レオンハートとメイの個人戦力に頼ろうとする協調性のなさを。リリスのおどおどとした弱気を。そしてアパーホの権力にすがる根性を。私が何としてでも叩きなおしてやらねば……!!)
なんて決意を固めてから30分ほど。とりあえず敵は最初の一陣以来訪れていない。
流石に緊張感を緩めるようなことにはなっていないが、皆は少々退屈してきてるな。
「にしても、ゴブリンがわんさか出てきたってことは、もう突入作戦始まってるんですかね?」
「ん、ああ。既に巣は壊滅状態だろう。所詮はゴブリン。連携して騎士が攻め込めばそう時間をかけずに殲滅できるはずだ」
「じゃ、出てくるのは敗北を確信して逃げてきた雑魚ばっかってことですか」
レオンハートが森のほうを見ながらそんなことを言った。ちょっとだけ連携の部分に強いアクセントを入れたんだが、それは気づいてもらえなかったのかな?
……まあとにかく、確かに出てくるのは攻め込まれて負けを認めた敗残兵だけだろう。もしかしたら不利をを悟って群れのまとめ役が避難してくるなんてこともあるかもしれんが、そんな知性を持っているとは流石に考えにくい。
きっと、上位ゴブリンは皆突入部隊に正面から戦いを挑み、そして壊滅させられるのがオチだろう……?
「どうやら、また来たな」
「この感じだと、後30秒くらいでここにやってくるね」
「そうだな。お前達、急いで戦闘準備を済ませろ!」
主に、心の準備をな。今度こそしっかりやってもらいたいものだ。
「は、ハハハ……。じゃあ今度こそこの僕の華麗な技を見せてやるとしようか。リリス、お前は僕をサポートするんだ!」
アパーホが一人で盛り上がっているが、リリスは既に私が言った通りに魔力を練り始めている。
まあ、アパーホにはその華麗な技とやらを期待するとしようか。次に出てくるのもゴブリンでしかないだろうからな……?
「あれ、ゴブリン?」
「何か一回りでかいな」
「それに目が充血してると言うか血走っていると言うか……」
「いっそ、最初から赤い目のゴブリンだと言われたほうが納得できるな」
森から現れたのは、数体のノーマルゴブリンを引き連れた、逞しい体を持つ赤い目のゴブリンだった……。
◆
「ここか?」
「はっ! 我々の調査の結果、彼奴らの根城はこの山中の中腹にあります」
山賊討伐。そのために私自らが出向くのは実に久々だ。副団長などと言う大任を任される前はよく前線に出向いていたが、最近はすっかり後方でデスクワークばかりだったからな。
……血が騒ぐ、と言ったところか。
「では、お前達は手筈通り、山を包囲して逃げ出してきた賊を捕らえろ」
「はっ!」
頷く少数の密偵たちを散開させ、私は一人腰の剣を握って山へと入る。
彼らは情報収集担当とは言え、それでもそれなりに戦闘能力を持ち合わせている。戦意を失って逃げ出した程度の賊如き、容易く捕らえられるだろう。
「さて、元来は守護騎士であるが……このガーライル・シュバルツ。これより貴様らの根城を踏み潰させてもらうぞ……!!」
勇者は選ばれし者だから一番重要かつおいしい仕事を任される。
でも、所詮一介の騎士であるレオンハートに勇者と同じ仕事が回ってくるとは限らないのだった。
次回予告:親父無双伝




