第22話 暗躍する影
「この化け物が持っているらしい結界の要石的なものを破壊すればいいのか……」
などと小声で意思表示してみるも、さあどうするとなると止まってしまう俺である。
闘気開放で思考を戦闘向けにするのも今は解除中だ。敵を殴り倒す以外の目的で動く場合は頭で考えたほうがいい。
が、残念ながら俺の頭は決して上等なものではないようだ。俺を軽く殺す力を持っているキルアーマーの弱点、対策こそいくらでも知ってはいるが、全てないもの強請りなんだからな……。
(キルアーマーなんざ、魔法使い一人いればどうにでもなる雑魚だ。だが俺は魔法使いじゃないし、かろうじて使える魔法もレベルが低すぎて話にならない。そして魔法の代用にできるようなアイテムに持ち合わせもなく、助けもなし、か。これでどうすりゃいいのか誰か教えてくれ)
レベルが足りなくて、装備はもっと足りない。支給された剣はへし折れるし、鎧なんて一撃でぐしゃぐしゃされてる。事実上裸で遥か格上に挑んでるようなもんだよこれ。
(……って言うか、これもうつけてる意味ないな。動きづらいだけだし、外すか)
俺は元々軽鎧とは言え、もはや鉄くずと言ったほうが正しいくらいに可哀想なことになった鎧を投げ捨てる。
これで多少は軽くなった。できればこのまま気楽な格好で一年くらいゴロゴロしたい所なんだけど、まあ頑張るか。
もうこんな人形なんかに何をしたところで虚しいだけだけど、背後にいる誰かさんとやらはいつか必ずぶん殴るけど、今は純粋に命の為に頑張んないとね。
『フフフッ! もう作戦タイムは終了でいいのか?』
「ああ、待っててくれたのか?」
『ああ。勝てるかもとか、助かるかもとか、そんな希望は少しでも持っていたほうがいいだろう? ……最後の絶望が、より愉快になるからなぁ』
「……お前の性格が完全治癒でもどうにもならないくらいに歪んでるのはもうわかったけど、一体俺に何の恨みがあるんだよ」
ここまで人に恨まれる覚えはないんだが。あれか、一次試験にボコった参加者の身内とかか?
……ちなみに、完全治癒とは聖勇に登場する中で最高の回復魔法だ。
『知る必要はない。ただ、可能な限り無様に死んでくれればありがたい』
「絶対嫌だね! ――【風術・拘束する渦】!」
再びなけなしの魔力を使い、一つの魔法を構成する。
もちろん攻撃魔法じゃない。ダメージゼロの魔法を二度も使うほど俺は酔狂じゃないし、余裕があるわけでもない。
これはゲーム時代にもあった、所謂スタン効果の魔法だ。成功すると一ターンのみ行動を封じると言う、一見強そうでその実非常に微妙な効果の魔法である。
だって、ターン終了時に効果消えちゃうんだもんこの魔法。
つまり、術者が対象よりも遅く行動した瞬間に無駄うち確定と言う鬼仕様。それに単純に発動失敗とかまで考慮に入れると、もう絶対に普通に殴ったほうが早いのだ。大半のボスには耐性的な意味で効かないし。
多分、プレイヤーの中でも使ったことない人の方が多いと思う。
まあ、ターンの概念がない現実ならそこそこ使える魔法なんだけどさ!
『ほう、拘束魔法……。そこそこ厄介だが、しかし力量が足りなさ過ぎるな』
(だろうな。ゲームと違って、誰が使っても効果が同じってわけじゃないだろうし)
俺の放った風がキルアーマーに纏わりつく。
それはほんの一瞬とは言え敵の動きを止めてくれるだろうが、如何せん弱弱しい。本当に一瞬でも止まってくれればありがたいってレベルだ。
だが、それでも俺の持ち札の中では一番有効なはずだ。全員揃えたようにターンの中で順番に行動するゲームと違って、現実では一瞬の間にできることは沢山あるんだからな!
(外見から見て、それっぽい石はない。だったら、きっとターゲットは鎧の中だ……!)
『さあ、もうこの程度の魔法は破れるぞ? どうする?』
「――【加速法・二倍速】!!」
俺はほんの僅かでも敵が動きを止めた隙を利用すべく、一気に残り魔力を爆発させる。正真正銘、最後の力で加速法を発動させたのだ。
これで、一瞬であってもキルアーマーの速度を超えられる。普通の状態で奴の近くに自ら進むのは自殺だが、これなら――
「ダッシュ!!」
『ほう、確かに速い。だがな少年、いくら速くなったところで――このキルアーマーには傷一つつけられんぞ?』
高速で向かってくる俺に対し、キルアーマーの操り主は実に余裕そうだ。既に風の拘束を破っていると言うのもあるだろうが、本気で俺に負けることなんて欠片も考えていないんだろう。
まあ事実だが、流石にそこまで舐められるのもムカつく。ここは一つ、驚かせてやろうじゃないか――
「追加速――三倍!」
『むっ!?』
加速法の効果を更に引き上げ、マッドオーガ戦で使ったクラスの速さを手にする。
既に俺に二回目の加速法を使う魔力は残されていないが、単純に効果を上げるだけなら何も魔力を注ぎ込むだけが能じゃないんだ。
強化バランスを崩すのが三加法。だから、同じ魔力でも体内にある魔力の天秤のようなものをより傾けることで効果を上げられるんだ。
「むっ!? あれは、強化バランスを著しく崩しているのか!? 無茶だぞシュバルツ!」
「あんなことしたら、一瞬だけ通常よりも強化率を上げられるかもしれないけど、反動も更に膨れ上がるよ!」
……うん、その通りだね。俺のやってることは、要するに『発動時間と体への負担を犠牲にして効果をアップさせる』って荒業だからね。燃料を注げない代わりに、器の方を削って無理やり勢いを増してるようなもんだからね。
こんなことばれたらまた親父殿に叱られるだろうなぁ。でもまあ、この場に限ってはこの速度こそ必要なもんなんだけどさ!
「取った――」
俺は瞬間的に増した速度を用い、迎撃しようと剣を振るうキルアーマーへと向かっていく。そして、全ての攻撃を回避して真っ直ぐ中へと飛び込んだ。
そして――
「バビルバブベボッ!?」
『愚かな。リビングアーマー系のモンスターにとって、自らの内側は何よりの死角。それをわざわざ改造した我々が放置すると思うか』
「――内側に電撃を流しているのか!?」
『ああ、雷術を発生させる魔道具を内側に仕込んである』
が、ががががががが!? し、しびれる! ビリビリする! バチバチしてる!!
ゲ、ゲーム内のモンスターはゲーム内で明かされた能力だけ使ってくれよ! 弱点を補おうなんて当然の考え起こさないでよ!! 内側に電撃とか完全に想定外だよ!?
『フフフッ! これはこれで面白い。せっかく飛び込んできてくれたのだ。ここは一つ、このまま黒焦げになってもらおうか?』
「ぐ、ぐがが……!! く、クカカカッ! な、舐めるなよ……!」
『ん? 強がりかね?』
はい、そうです。強がりのやせ我慢です。
バチバチ感電しながら強気な発言してみるけど、電撃無効の装備なんて何一つ持ってない。属性完全防御とかゲーム内ですら超貴重品だし、それどころか属性軽減装備すら持っていない。
だから、だからこそ――残ってるのは根性だけだ!
「ふんがぁぁぁぁぁ!!」
『なっ!? ばかな! この電撃内で動けるわけが――』
「こちとら毎日死に掛けてるんだよ! 今更ちょっとしびれるくらいで止まれるかぁ!!」
俺は痺れと痛みを無視し、電撃の地獄で手足をばたつかせる。どう考えても攻撃にはならない無様な動きだが、これでいい。
どうせ、俺が内側から攻撃したくらいでこのキルアーマーを倒すことはできない。俺の目的は、決して攻撃じゃないんだからな。
『クッ! この化け物がぁ! 離れろぉ!!』
「うわっ!?」
キルアーマー内の電撃地獄。そこで無理やりしびれる体を動かしていたら、キルアーマーの手が俺を掴み、つまみ出した。
あの魔法攻撃扱いでいいと思う電撃の中に腕突っ込むとか、キルアーマーにもダメージあったと思うんだが……まあいいや。そうなってりゃざまあ見ろってところだ。
何せ――目的だけは達成したからな。
『クッ……! キ、貴様!!』
「貰ったぜ……? これだろ? お前の要は」
俺の右手にあるのは、赤黒い光を放つ宝石のようなもの。何やらこの結界と近しい魔力を感じるし、十中八九これが結界の要だ。
コイツをぶち壊す。これが俺にとっての唯一の勝ち筋ってね!
『その右腕、動かないのではなかったのか!』
「動かなかったさ。電撃で強制的に動かされるまではな」
『……チッ! そういう事か……』
メイの極正拳でマヒさせられた右腕だけど、電気ショックで強制的に感覚が戻されたんだよねこれが。
非常に体に悪い治療法だけど、今だけは、本当に今だけは感謝しておこう。もしこの右腕が使えなかったら、電撃の中でこの石ころをつかみ出すのは無理だったろうし。
『だが、その体でその結界石を無力化できるのか? そんな敵の前で大の字になっているような有様で』
「………………」
それは……正直きつい。強引な加速法と思いがけない電撃攻め。この二つによって、俺の体は完全に限界を迎えてる。
この石ころがどの程度の硬度なのかは知らないけど、指一本動かせないくらいの重態の身で何かできるのかって言われれば何もないとしか言えない。
さっきのでもう根性エネルギーで何とかなる次元は超えちゃったし、本当にどうしようかね……。
「レオンハート・シュバルツ! その魔道石に結界の停止を命じてくれ! 元はどうあれ今は君が所持している! ならば、魔力を通しさえすれば君が操れるはずだ!」
『ッ!? チィ! 外の騎士め、余計なことを……!!』
……なるほど、所詮道具は道具ってわけか。
ゲーム時代には敵のアイテムを自分が使うなんてありえなかったけど、そう言われれば当たり前のことだ。道具は道具でしかなく、使う奴が誰かなんて気にしないだろうからな――!!
「結界――解除!」
『クソッ! 破られたか!!』
「よし! 結界が消滅するぞ! 総員戦闘態勢!!」
なけないしの、もう意識を保つために残してあったような最後の魔力で停止命令をだす。どうやらそれはうまくいったようで、無事に結界が消滅しているようだ。
でも、もう本当に限界。今目を閉じたら死ぬような疲労の中だけど、もう意識が…………
◆
(クソッ! 結界が破られたか!)
結界石がその機能を停止させたことで、私の用意した隔離結界は消滅した。私自身があの場にいればすぐに張りなおすことも可能だが、流石に強化魔物を遠隔操作しているだけの現状でそれは不可能。
こうなった以上、後はこの強化魔物でどこまで王国騎士団と戦えるかが見所か。
「フン……まあいい。既に今までの戦闘データだけでも、強化魔物二号が件の見習いを遥かに超えた力を持っていると証明するだけなら十分だろう」
元々そんな証明、全く必要ない。それくらいのことが言えるだけの力は持っているはずだ。
だが、この強化魔物計画にケチをつけたがっているものは組織内に多い。大方自分の腕力以外に誇るもののない武闘派の筋肉馬鹿共だろうが、我が強化魔物計画が成功すれば自らの地位が脅かされることになるからな。
それを気にして我が計画を潰したいのだろう。全く、嘆かわしい話だ。
だが、既に奴らの主張である『子供にも劣るモンスター兵を作るなど資金の無駄だ』などと言う妄言を黙らせるだけのデータは取った。
最初から二号は使い捨てのつもりだったし、後は戦闘データを取るのに専念するかな……。
『囲め! きゃつめを完全破壊する!』
『了解!』
ふむ、流石は王国騎士団と言ったところか。実にすばやい対応だ。結界が破れると同時にあの小僧を確保し、二号を包囲したか。
『受験者は下がれ! これより先の戦いに進むことは許さん!』
『クッ! 何故だ! 私も――』
『足手まといだ! 先ほどのレオンハート・シュバルツの戦いを見ていただろう! あの少年と同格の君らでは勝負にならん!』
……何やら、見習い未満の受験者の少女が戦いたがっているようだな。なんとも命知らずな。
っと、そういえば、あれはバース・クンの娘だったな。だったら納得だ。腕力にしか見所のない筋肉馬鹿の血をしっかり受け継いでいると言うことだろう。
『ミス・メイ。ここは彼らの言葉に従おう』
『……クッ!』
フンッ! クルークめ、あの娘を下がらせたか。
まあいい。既に私の興味はあの小僧にも、受験者などと言う未熟者にもない。正規の騎士にこの二号がどこまで通用するのかだけが興味の対象だ。
……まあ、場合によってはこの程度の人数、倒してしまうかもしれんがね。
『かかれ! まず奴の剣を封じろ!』
「やってみるがいい。これより始まるのは先ほどまでのようなお遊びではない。この強化魔物――キルアーマーの真の力を見る事になるぞ――」
【緊急事態発生! 実験体二号の周囲に異常な魔力値を確認!】
「――ッ!?」
な、何だ突然! 計器からの異常連絡だと?
……む? 二号に向かって超高速で高魔力保有体が接近中? 一体何が――?
◆
「な、なんだ? 動きが止まったぞ?」
「一体どうしたと……ッ!? た、隊長! あれを!」
「どうした――ッ!? あ、あれは……ふ、副団長殿!?」
我が隊の騎士たちで魔物を囲み、さあ戦おうとしたとき――空から超スピードで副団長ガーライル・シュバルツ殿が降って来た。
い、一体何事だ? 何で突然副団長殿が降ってくるのだ!?
「うむっ! そこまでだ!」
「は、はっ!」
突然の停止命令。上官命令に逆らうわけにもいかないが、しかし曲がりなりにもモンスターの前で無防備を晒すわけには行かない。
その為、私を含めて全員が構えをとったまま静止するような格好になってしまった。
「副団長殿! 一体何故ここに!?」
「あー、まあその、偶々だ」
「た、偶々!? どこの世界に偶々空から降ってくる副団長がいますか!」
副団長は今日非番だったか? 正直上層部のスケジュールなんて把握してないぞ。まあ今日は鎧も身につけてはいらっしゃらないようだし、多分非番なんだと言うことにしておこう。
だが、この人暇なときは空飛んでいるのか? いやそんなわけないだろうが!
「……副団長。今日はご子息も試験に参加しておられましたな。本日は見学ですか?」
「……秘密だ」
……おお! そうか、そう言えばレオンハート・シュバルツは副団長のお子さんであったな。
部下がそれを言うまで忘れていた私も私だが、今日はわざわざ遠目で息子さんの活躍を見ていたのかこの人?
……だったら、もうちょっと早く助けに来てもよかったと思うんだが……。
「しかし副団長。近くに居られたのならもっと早く来ていただくわけにはいかなかったのですかな? 副団長のお力ならあの結界を外から破ることもできたでしょうに……」
おや、また部下の一人がちょっと呆れ気味に私の心境を語ってくれたな。
「ふぅ……。まあいいか。確かに、私は近くから今日の試験を見ていたよ。有望な若者が集まっているようで実に結構」
「えっと……ありがとうございます?」
おや、受験者も混乱しているらしいな。まあ、いきなり試験が魔物に荒らされ、更には空から超有名人の副団長が降ってきたんだから当然と言えば当然だが。
「って、いやいや、質問に答えてくだされ副団長殿! 何で今まで助けに来られなかったのですか!?」
「そうですよ! 今まで危機に晒されていたのは誰でもないアナタの息子なのですよ!」
「その通りです! 一歩間違えば死んでいたと言うのに、ただ黙ってみていたと言うのですか!」
未だ敵は目の前にいるのに何をしているんだと自分でも思うが、これはまあ副団長殿への信頼がなせる業だ。
この場に副団長殿がいる。その時点で、既に脅威なんてものは存在しないのだから。
「うむ。まあ、あれだ。自分よりも強い敵との命がけの勝負。これに勝る修行はあるまい。何の訓練もしないうちに死にかけるのには意味がないが、そろそろそんな修行も悪くない時期だろう」
副団長殿はそう言い切った。そりゃもう、当然のことを言っただけだと言いたげに。
「――いやいや! 死んだらどうするんですか!」
「それは大丈夫だ。本当に危なくなったらいつでも駆けつけられるように準備はしていた」
「えっ? 大分前からずっと危なかったと思うんですが……」
「いや? あの程度ならまだ大丈夫だろ。流石に意識を失っては手を出さざるを得んが」
(こ、この人の危ない状況ってのはどういう基準でできてるんだ!?)
普通に考えて、我々常に命を賭ける必要がある騎士としての視点からの“普通”でも、明らかに危険なモンスターと未熟な子供が一対一と言うのは十分すぎるほどに危険だ。
だからこそ我々も即結界破壊に動いたわけだし、決して間違えてはいまい。
だが、この人はそれを『あの程度』と言った。途中で二回ほど死んでいてもおかしくないような事態もあったはずなのだが、それでもこの人は手を出すほどではないと流した。
……流石は、訓練の厳しさで有名な王国騎士団内ですら恐怖される伝説を量産する修行狂いのシュバルツ家当主。全ての力を使い果たして気絶しないと息子すら助けないのか……。いや、もしかしたら息子だからこそかもしれんが。
「まあそれはいいだろう。それよりも、下がっていろ。こやつは私が相手する」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ。見たところ、そこそこ強そうだ。諸君らが連携すれば負けることはないだろうが、何人か怪我人は出るかもしれん。近頃は魔物被害が増大しているからな、できれば騎士の消耗は極力避けたいのだ」
「……そう言うことでしたら。総員に通達! 敵モンスターを包囲しつつ後退せよ!」
「了解!」
副団長殿が戦うと言うのなら、我らはその邪魔をしないことだけを考えるべきだ。
我らとて一人の騎士として、己の武芸には自信もプライドもある。だが、そんなものでは太刀打ちできない遥か高みにこそ副団長殿はいる。
シュバルツ的常識論だけはさっぱり理解できないが、その実力、騎士としてのあり方は騎士団全員が尊敬するに値する。
その副団長が我らの前で力を振るってくれるのだ。ならば、しっかり見ることだけを考えよう。
『フフフ……まさか王国騎士団の副団長様が出てくるとは。これはこれでいいデータが取れそうだ』
「フンッ! どこの誰だかは知らんが、顔も名前も見せずに安全地帯から高みの見物をするような輩と口を利く気はない!」
『そうかね。では――キルアーマーの力、しかと見るがいい! 圧倒的な力と速さを持ってすれば、いかなる技も無力であるとな!』
あの鎧モンスター――キルアーマーは、基本的に力押ししかできないようだ。今も副団長殿に向かって真っ直ぐ突っ込んでいるしな。
とは言え、確かにその速度は驚異的だ。決して誰にも比類することのない素早さと言うほどではないが、あの巨体と体の大きさを考慮に入れれば危険極まりない。
現に、レオンハート少年はあの突進力に対処できなかった。正面からぶつかれば吹き飛ばされ、大回りで斬りつけても鎧の硬度によってはじかれる。そんな戦いであった。
だが――
「ふむ、力と速さか。いいことを言うな」
『なっ!? 馬鹿な! いくらなんでも――』
キルアーマーの突進。それを、副団長殿は片手を前に突き出すだけで止めてしまった。
そして、軽く腰を落として基本に忠実な回し蹴りを放ったのだった。
「ちえりゃぁぁぁぁ!!」
『ぬ、ぬぉぉぉぉぉ!?』
「なんと!? あの巨体を吹き飛ばした!?」
「レオン君でも傷一つつけられなかった鎧を、素手で……!!」
副団長殿の蹴りは、鎧の胴へと吸い込まれるように突き刺さった。
その一撃で、奴の鎧は大きく凹んだ。そして、まるで紙か何かのように軽々と吹き飛ばされたのだった。
(恐ろしい……。今の攻撃、恐らくは何の魔法もスキルも使ってはいない。あれは純粋な身体強化からの体術。鍛え上げられた肉体だからこそ可能な、絶対なる技と言ったところか)
抵抗できない力と速さがあれば、どんな技を持っていようが意味がない。あの鎧を操っている何者かが言ったことだ。
その言葉は正しい。どれだけ敵が強力な能力を持っていようが、それを突き破る力と回避不能の速度があれば絶対に勝てる。
そして、それを体現している男こそが王国騎士団副団長、ガーライル・シュバルツなのだ……!
「ふむ、この程度なら剣はいらんな」
『……言ってくれるな!』
「私は正しいと思ったことしか言わんよ」
私の目でもギリギリ追えるか追えないか、それほどの速度で繰り出される拳の連打。
恐らく、部下の内の何人かは副団長殿の技を目で追えていないだろう。受験者達の中では頭一つ飛びぬけているスチュアートとクンの二人でも、副団長殿が瞬間移動しているようにしか見えないはずだ。
これで全く本気ではない、剣すら抜いていないのだから凄まじい。まさにこの国で最強の男だ……!
「ふむ、頑丈だな」
『……フンッ! このキルアーマーは、物理攻撃に対して鉄壁の防御力を有している! いくら貴様とて、そうそう倒せるものではない』
(確かに、副団長殿の拳であちこち凹んでいるのは間違いないが……決定打には届いていないな。副団長殿が負けることはありえないが、驚異的な耐久力だ)
もしあの魔物と我々が戦っていた場合でも、勝っていたのは間違いない。
だが、それまでの間に負傷者がでると言う副団長殿の言葉も正しかっただろう。あの耐久力で強引な攻めに出られれば、我々一般騎士では止められないだろうからな。
だが、副団長殿なら別だ。副団長殿は魔法の心得もあるし、あの鎧でも――
「確かに、この魔物には魔法攻撃が有効だろう。だが――それもつまらんな」
『なにぃ?』
「この程度の魔物如き、騎士の剣を抜くには値しない。だが、息子を可愛がってくれた礼も兼ねて――少しだけ本気でやってやろう」
「ッ!?」
その瞬間、副団長殿から吹き荒れるような魔力の渦が放たれた。
その量、質ともに圧倒的。膨大な鍛錬によってのみ作られる多量の魔力を完璧に制御していることを肌で感じさせる絶対なる力。
それほどの力が、全て副団長殿の肉体へと再び注ぎ込まれていったのだった。
「【加速法――五倍速】」
「なっ!? ご、五倍だと!?」
「うむ、バースの娘よ。私ならば、後遺症なく五倍までなら出せるのだ。このようにな――」
「き、消えた!?」
加速法を使った瞬間、この私の目にすら副団長殿の動きは捉えることが不可能になった。
わかるのは、一方的に凄まじい速さの拳打があの鎧モンスターに叩き込まれていること。瞬きする暇もないほどに、あっという間に魔物の鎧がただの鉄くずへと変えられていることだけだ……!
「――加速破棄」
『……これほどか』
副団長殿の加速が行われたのは、ほんの五秒ほどだったろう。三加法のリスクから考えても、恐らくその程度が無理なく加速できる限界のはずだ。
だが、たった五秒の間に、キルアーマーと呼ばれていた鎧は見るも無残な姿に変えられていた。物理攻撃に対する耐性。そんなもの、初めから関係ないと見せ付けるかのように……。
『ふむ、まあいいだろう。十分なデータは取れた』
「む? 負け惜しみか?」
『いやいや。いくら私でも、この試作品にお前ほどの男に通用するような力は求めていないよ。負けて当然、と言ったところだ』
「そうか。では、そのまま死ぬといい」
『ああ。ではさような――』
「フンッ!」
もはや人の形をそもそも留めていなかった鎧モンスターだったが、最後に通信魔法を仕込んでいたと思われる心臓部を踏み潰された。
もはやこれ以上の戦闘はありえないだろう。当然と言えば当然だが、副団長の勝利に終わったのだ。
「うむ。……ここの責任者は誰だ?」
「はっ! 私です」
副団長殿の問いかけに、すぐさま私は一歩前に出た。
「この残骸、魔法研に送っておいてくれ。何かわかるかもしれん」
「はっ! 了解しました!」
「…………」
私は指示に従い、魔物の残骸を急ぎ王立魔法研究所へと手配する準備をするよう部下に指示する。
このように魔物を使ったテロ行為を行うものがいるとなると、国家の一大事だ。我々としても急ぎ対応する必要があるだろう。
「では、引き続き試験の運行を頼むぞ。このようなイレギュラーが発生したとは言っても、試験を中断する理由にはならないからな」
「はっ!」
「ああそれと、レオンハートを連れて行ってもいいかな? どう見ても後三日は動けないだろうし、残りの試合は全部棄権だろう」
「了解しました」
レオンハート・シュバルツはもう限界だ。まあ既にその力は十分見せてもらったし、これ以上戦わなくとも問題ないだろう。
そう思って私も副団長殿の言葉に頷いた。ここの簡易医務室に運ぶよりも、シュバルツ家の設備のほうが回復も早いだろうからな。
(さて、では残りの試験を早く終わらせるべく準備をするか。闘場の整備にしばらく時間がかかるだろうが、受験者達が平常心を取り戻すための時間としてはちょうどいいだろう――)
◆
「所長。王国騎士団副団長、ガーライル様の名で緊急に調べてほしいものがあると荷物が届きました」
「了解しました。それは私の研究室へと運び込んでください。ああ、極秘性がありますので、決して中を見ないように。私の研究室も専属チームを除いて人払いをしてください」
「かしこまりました」
私は秘書を下がらせ、手元の紅茶を口にする。そして、内心の激情を深く沈める。
全く、この私に、スチュアート家当主、イーグル・スチュアートに命令を出すとはな。
少しは身分の違いと言うものを弁えてほしいものだ。剣の腕しか持ち合わせていない、下賎な戦士如きが。
(しかしまぁ、おかげで強化魔物二号を回収できたのだからよしとするか)
我が組織。王国転覆を目的とする闇の一団【真の誇り】。
その目的達成の為の新戦力を生み出すための最重要工場。それこそがこの王立魔法研究所だとは誰も気づいていないのだ。
そう、わかるはずがない。この偉大なるスチュアート家の当主たる私が入念に仕込んだのだからな。この私の本当の価値を理解できないような愚民共が理解できるはずがないのだ!
「ククク……。この私がこの魔法研究所の所長である限り、【真の誇り】の最高幹部、コードネームイビルがここを牛耳っている限り、組織の重要な兵器の情報は全てもみ潰せるのだからなぁ」
まさに最高の隠れ蓑だ。王国の財を使って組織を強化し、情報は潰せるのだからな。
(ああ、そう言えば、極秘研究の方も上手くいっているようだな。改造人間――強化魔導師のサンプルも無事勝ち残ったようだ)
このまま上手く敵の懐に入れられれば、未来の決戦において強力な駒が一つ増えるだろう。
今に見ていろガーライル! バース! そしてグレモリーぃ!
この私を三大武家に置いても一歩下の存在だと、そして何よりあのグレモリーなどと言うクソジジイ以下の魔導師であるとほざく愚民共の過ち!
それを正し、この私こそが真に崇高な存在であることを思い知らせてやるぞ! 我が魔道の知によって生み出される、至高の軍団でなぁ……!
クククッ……くははははははっ!!




