外伝 シュバルツ姉弟5
死を覚悟した、敵地での死闘……その果てに、私とロンの頭はパニック状態になっていた。
「ノーラ! ロン! 無断でこんな危ないことをして……後で修行な」
「え? いや、えっと……父上? 何でここに?」
「仕事だけど?」
「いやそうじゃなくて……え?」
ま、全く訳がわからない……!
何で父上がこんな都合の良いタイミングで、敵の召喚術を乗っ取るような形で現れるんだ?
今、召喚術の術者であるリップは、私達を殺すために無数の闇化生物を召喚しようとしていたはずなのだ。
それなのに、なんでこんな状況に……?
「あー……いや、もしかして……父さん? 実は薄々、都合良く情報が集まることに違和感は感じてたんだけど……そういうこと?」
「ど、どういうことだ? ロン?」
「つまりさ……魔王城から始まって、ここまで来るための情報全部……父さんが僕らに渡るように根回ししてたんじゃ無いかってこと……」
「……ええ?」
いや、流石にそんなことはない……よね?
「フフフ……ロンもまだまだ甘いな。それにノーラ。騎士を目指すのなら、後ろからずっとつけられていたことに気がつけないようじゃまだまだだな」
「ずっとって……」
「見習い騎士試験、受けたいんだろ? でも、あれ下手すると死ぬ危険もあるからな。……改造された魔物襲ってきたりとか。ま、そんなわけで、ここらでいっちょ実戦の空気って奴に触れさせておこうと思ってな?」
「……空気どころか、思いっきり死にそうになってるんだけど? というか、僕は騎士になる気ないし」
「商売の道も似たようなもんだ。いつどこで死ぬ思いをするかわからない世界だ――って、母さん言ってたぞ? 台本を書いた本人が言うんだから間違いない」
「首謀者は母さんかい!」
……フ、フフフ……。
ち、父上の目を盗んで手柄を上げるつもりが、全ては父上の掌の上であった……と。
いやはや、流石は父上――って、なるかぁっ!!
「酷い! あんまりだ!」
「世の中は酷くてあんまりなことばっかりなのだ。安心しろ、この程度、お父さんが経験してきた理不尽無理難題に比べれば大したことないから」
ハハハハ、と、私がぶつけた怒りは父上に朗らかな笑いと共に流されてしまった。
……こんな死にそうな思いをしたことを「大したことない」の一言で済ませないでよ……。
「……一つ、いいかしら?」
「うん? なんだ……えっと」
「今はリップ……とお呼びください。私は、事前に用意しておいた闇化生物を召喚したはずなのですが、何故貴方が出てくるのでしょうか?」
私達が叫んでいる間に、リップは動揺から立ち直っていたようだ。顔は冷や汗だらけだけど。
……いや、冷静に考えれば、この場で一番動揺しているのはこいつだよな。今まで勝ち確みたいな空気だったのに、突然よりにもよって父上が出て来たわけだし……。
「俺の持っているとある物は、呼ばれたら行くって性質があってな? ほとんど使いこなせているとは言いがたいが、召喚術への割り込みは比較的簡単なんだよ。後、闇化生物についてだが……誘拐被害者達の身体を使った禁呪生物は、全て制圧した」
「……在庫は、1000体ほどいたはずですが?」
「1000!? そんなに被害者がいたのか!?」
私は、リップの言葉を聞いて叫んだ。
確かに誘拐被害者はいるが、そんな大人数とは聞いていない。というか、いくらなんでもありえないだろう。
そんな私の疑問に答えたのは……父上であった。
「別に、闇化生物は誘拐被害者と一対一で作るわけじゃないらしいぞ? クルークの奴の解析によれば」
「ど、どういうこと?」
「何でも、内包する魔力を血液から抽出し、それを培養することで身体を形成する……とかなんとか。まあ、要するに、人と魔物の血液から作るらしいんだよ、闇化生物って」
「もう、そこまで解析されていますか……」
……血液から?
私は誘拐被害者を改造……という言葉から身体を直接いじくり回すようなイメージを持っていたのだが、そういうわけではないのか……。
「ま、そこは量産性を考えて……ってところなんだろうな。着眼点は、吸血鬼も使うような血液を媒介とする使い魔の召喚だろう……ってのがあいつの結論だったけど、間違いあるか?」
「いいえ……全くもってそのとおりよ。イビル様の研究成果の多くが吸血鬼に関するものだったので、応用させてもらったの。だから、一人から何度も血を抜いては回復させるって方法で使い回しができるわけ」
「強制献血とは、悪趣味な……。いや、でもあんなデカいのを作るための血液量となれば半端なもんじゃないはずだよね? そんな大量に血を抜いたら……」
「……犠牲者は、少なくはない。多分、大量に血を抜かれたことに耐えられなかった人もいたはずだ」
そこで、父上の目つきが変わった。
今までの、どこか気の抜けた雰囲気を纏っていた普段の父上から、戦士としての気迫を纏った大英雄のそれに変わったのだ。
「フフフ……そうですね。我々の研究に耐えられず、絶命した被検体は何人もいますよ」
「……それは、誘拐殺人の自白ってことでいいんだな?」
「隠しても無駄でしょうから。それに、仮にもこちらの最高戦力である闇化生物軍団を、私が気がつく暇も無く殲滅してしまうような化け物に、抵抗などしても仕方が無いでしょう」
「諦めたってことか? 殊勝な心がけではあるが……」
「嘘だよ、父さん。あの目は絶対悪巧みをしてる」
「同感です、父上」
リップの目は、諦めて観念した……なんてものではない。
まだ、何か企んでいる目だ。
「フフフ……賢いお子さんをお持ちで。お察しの通り、まだ悪あがきをさせて頂きます」
「俺が目の前にいるのに、何ができると?」
「月並みですが……人質作戦と行かせて頂きます。もし私に危害を加える、もしくは私の自由が失われた場合、素材として使っていた人間達は皆死にますよ?」
……なんだと!
ここで人質を持ち出すとは……卑劣な!
「人質、ね」
「はい。貴方のようなタイプには、これが一番効果的かと」
父上は、怒りを通り越して呆れたような目を向けているが、リップは全く気にした様子がない。
元より、矜持などないのだろう。あの女の中にあるのは、徹頭徹尾自分の都合だけ。自分以外は全て駒としか思っていない、傲慢な心しか持ち合わせてはいないのだ。
「正義の世界破片と相性が良さそうな奴だ。……さて、リップとか言ったか。お前の要望に対する答えだが……ここははっきりと『ノー』と言わせてらおうか」
「おや? 人質を見捨てるので? 何の根拠もありませんが、ここで見逃してさえ貰えればもう同じことはしないと神にでも悪魔にでも誓いますよ?」
「神も悪魔も俺の敵だよ。それで? 人質を見捨てるのか……だと?」
父上は、どうするつもりなのだろうか?
まさか、本当に人質を見捨てるようなことをするとは思わない。それは騎士の道に反する行いだ。
「逆に聞くけど、人質なんてどこにいるんだよ?」
「フフフ……もちろんここにはいませんが、この施設の中にも、そしてここ以外に用意したアジトにもバラバラに拘束していますよ。私は空術使い……この南の大陸の中でならば、移動はさほど苦労しないので」
「フン……なら、その自慢の空術で、大切な人質が本当にいるのか見せてもらおうか?」
「おや? お疑いで? 闇化生物製造の犠牲になって全員死んでいる……とでも思っているのですか? そんなもったいないことはしませんよ」
リップは、父上に見せつけるようにこの研究施設に用意されているモニターに向って術を発動させた。
あれは、離れた場所と通信を行う道具だな。山人族たちから輸入したもので、最近は一般普及もしているものだ。
「見ての通り、このように人質はしっかりと――」
「どこに?」
「……え?」
モニターに映し出された画像には、何もなかった。いや、牢屋が映っているのは確かなのだが、そこには誰もいないのだ。
「ば、馬鹿な!」
リップは初めて表情を崩し、焦った様子で画面を次々と切り替えていった。
しかし、どこを映しても牢屋の中はもぬけの殻。偶に映るのは、警備兵として置いていたのだろう闇化生物達の残骸くらいだ。
「な、なぜ……」
「どうして、俺がこの子達がお前らの元に向かうのを止めなかったと思う? ……簡単には死なない戦闘力を持ちながらも、初手で人質作戦に出る程脅威とは思われないからさ」
「……ッ! ま、まさか……!」
「お前らがこの子達に気を取られている間に、お前らのアジトに一斉攻撃を仕掛けた。流石に無数の人質がバラバラに捕えられているって状況で正面突破は危なかったからな。一般人に犠牲者が出かねない」
「……それ、要するに囮では?」
「そうとも言う」
ロンが力なくツッコミを入れるが、父上は全く気にしなかった。
……そうか。私達がこいつらの前で戦っている隙に、父上達が一気に敵勢力を制圧する作戦……だったのか。他の方々は皆それを知っていて、私達だけがそれを知らなかったと……。
「あ、メイさんやクルークのお師匠に……鳳さんや魔王様もいるね」
映像には、よく見たら知り合いも映っていた。
皆、誘拐されていた被害者達を介護しており、引き連れている配下に指示を出している。あんな豪華メンバーが参加している作戦だったんだな……私達の誘導も含めて。
「まあそう落ち込むな。無断でこんな危ないことをしたんだし、危険な目に遭う覚悟はあったんだろ? いずれ、こんなもんじゃない死の危険に触れたとき、この経験は役に立ったと感謝する日が来る」
「うう……また死にそうになるのは、確定なんですね」
「人間、人と競うように生きる、すなわち戦いの道を生きるとはそういうことだ。剣で戦うのかペンで戦うのかは人それぞれだが、その真理だけは変わらん」
……こ、心に刻もう。そして、もっと修行頑張ろう。
いつか、顔面に一発ぶち込んでやるために。
なんて思っていたら、リップが震えた声で父上に話しかけた。
「な、なぜ、私達のアジトの位置が……?」
「マキシーム商会の情報収集力を侮らないことだ。流通の流れを調べれば、世界のどこに不自然な物資が流れているのかくらい、半日で丸裸にできる。範囲さえ特定してしまえば、そっちからは感知されない高度から鳥人族部隊に調べてもらえば簡単な話だ」
「各アジトには、警備システムが……」
「魔法的な仕掛けはクルークがこっちにいる時点で無意味だぞ? そこから見ただけで簡単に解除してしまった。お前らにはわからないようにな。それに、魔法を使わない仕掛けなら山人族たちの協力を仰げばいくらでも対処できる」
「人質だって、アジトのどこにいるかは……」
「クン流の気配察知能力があれば、チンケな施設一つ程度余裕でカバーできるよ。場所さえわかれば、後は壁ぶっ壊して入るだけでいい。魔王軍の臣下なら人間には入れないような場所にも簡単に入れるしな」
「簡単に壊せる壁じゃない……なんてのは、言うだけ無駄ですね」
リップは、現実が受け入れられないのか終わったことを一々口にし、父上はそれに丁寧に答えていた。
……何というか、その豪華メンバーで対処するとか、いっそ哀れになってくる……。
「で? まだ何か手はあるのか?」
「う、うぅ……」
「空術で転移するか? その素振りを見せたら拘束するけど」
「フ……そう、ですね。私如きでは、貴方の前で転移魔法を発動することなど不可能でしょう……」
リップは、今度こそ諦めたのか、その場で膝を突いた。
最後の切り札を失ったのだし、これで解決――
「なら、その隙を作るだけです! 行け!」
「――わかったよぉ、リィップちゃぁん!」
「ッ!? 何だと!」
諦めたのだ――と思った瞬間、リップは動きを止めていたヘッドを動かした。
同時に、膝を突いた姿勢から地に手をつき、空術のための魔法陣を描いていく。
まさか、まだ諦めて――
「自爆魔法か」
「そのとおり! それも、以前のそれとは比べものにならないわ! 自分の子供が大切なら、精々しっかりと守ってあげなさい!」
「――ッ!」
――本命の人質は、私達か!
こちらへ突っ込んできたヘッドの身体は、突如不自然に膨れ始めている。あれは恐らく、禁断の外道魔法と呼ばれる、体内に埋め込んだ魔石を起点とする自爆魔法だ。
今まともに動けない私達があんなものを食らえば、ひとたまりも無い。となれば、父上は転移の妨害ではなく私達の守りに動かざるを得なくなってしまい、リップは一人悠々と逃げ出せるという企みだろう。
まさか、最後の最後に足手まといになるなんて――
「そんな顔をするんじゃない。ちょっとはお父さんを信じなさい」
「えっ――」
「なっ!?」
――その瞬間、父上は分身した。いや、速すぎて複数の影が見えているだけなのだが、これは――
「ご、はっ……!」
「な、なにが、起きたの……?」
――次の瞬間、全ては終わっていた。
リップは腹に強烈な拳を受けて悶絶。自爆しようとしていたヘッドは、魔力の起点であった魔石を抜き出されて気絶。それで、終わっていた。
「悪いけど、俺も前とは違うんでね」
父上は、貫手の要領で体内から抉りだした魔石を握りつぶして笑った。
……や、やっぱり凄いな、父上は。普段の稽古の時には手加減しているのはもちろん知っているが、実戦となるとあそこまで動けるのか……。
「は、はやざ……」
「うん?」
「速さ、だけで、あらゆる知略をねじ伏せる……この、化け物が……」
「……ま、その領域を目指して修行してきた身だ。化け物呼ばわりは否定しないが……自分の欲望のために人の命を平気で利用するような化け物には言われたくないね」
父上は、それだけ言い残してリップの意識を今度こそ刈り取った。指一本動かさない、威圧による気絶だ。
「さて……二人とも、死んでないな?」
「え? え、ええ。もちろん」
「死んでたら返事できないよ」
「ならばよし! この施設に捕らわれていた人質ももちろん救出済みだから、後は現役の騎士連中と研究所の連中に任せて引き上げるとしようか」
父上は、これで仕事は終わったと宣言した。
本来、ここは怪我がないかと聞くべきところだと思うんだが……父上的には、死んでいないのなら勝ちなんだろう。座学でそういった心得を教わったことはあるが、実際に死にかけた上でそう言われると……何というか、現役の騎士と私の心の差を思い知らされているような気分だ。
なにせ、本来父上は現役を退いた民間人。今回はどこからかの依頼を受けて動いたようだが、現役騎士となれば父上以上の覚悟を持って事に当たっているんだろうし……私もまだまだ修行不足――え?
「ち、父上!?」
「ん? どうした? どっか痛いか?」
「父さん……これは恥ずかしいんだけど」
ロンは、どこか冷静に今の状況に関して感想を述べたが、私のがもっと恥ずかしいぞ!
だって、今、私は父上に抱きかかえられているんだぞ! ロンは背中でおんぶだが、私はまるで赤子のように抱きかかえられているのだ。
抵抗する暇も無いくらいに一瞬の出来事だったが、ロンを左腕で、私を右腕でそれぞれ支えて抱えられてしまったのだ。
「何照れてんだ?」
「いや、その……」
「お前らを抱っこにおんぶなんて、赤ちゃんの頃からもう何万回もやったことだぞ? 久しぶりだけどな」
「もう赤子じゃありません!」
こ、この歳になって父上に抱っこされるとか、何か恥ずかしい! でも抵抗しようにも身体が動かないし、動いても父上に腕力で抗うとか不可能だし……。
「そういう台詞は自分の足で立てるようになってから言うんだな」
「むぅ……」
……実際、もう動けないんだから、誰かに運んでもらわなければならない。見知らぬ他人に抱えられるくらいなら父上の方が……という気はするが、いややっぱり恥ずかしい!
「大体、敵地で動けなくなっている方が悪い。今の自分の実力ではどうにもならない強敵といきなり遭遇戦になるなんてのは珍しくもないけど、明確な敵がまだ残っている状態で行動不能になること確定の自爆技なんて使ってどうする? どうせやるなら敵を全滅させるくらいのことをしなけりゃ結局負け何だからな?」
「……はい」
「というか、今回に至っては遭遇戦どころか自分から喧嘩売りに行ったんだからな? 時にはそんな相手に勝負を挑まなければならない状況もないわけじゃないが、そうなったのならば極力周りに助力を求めること。今回はお前達が無理をする必要があるわけでもなければ手助けを呼ぶことができないわけでもなかったはずだろ? 例えば、静寂の森探索の前にオオトリ殿辺りに一声助力を求めておけば、それだけで戦力は整ったんだからな?」
「……僕らを誘導した父さんにそれを言われるのは何か腑に落ちないけど……」
「返す言葉が、ないな」
何か釈然としないが、父上のお言葉は正論だ。確かに、今回のピンチは突き詰めて言えば、私が功を焦ったのが全ての原因。
今回は父上の掌の上だったからこそ生きて戻ることができるが、そうでなければ死んでいたのだ。それを思えば……私に文句を言える筋合いはないな……。
「……ま、若い内は誰しもが通る道って奴だけどな」
「え?」
「俺も、お前らよりもっとちっちゃいときに一人で無茶して魔物退治とかやろうとしたことがあってな。あのときは手も足も出ずに返り討ちにされた上に、親父……お爺ちゃんに思いっきり怒られたもんだよ」
「父上がそんなことを?」
私に……私達姉弟にとって、父上は最強の代名詞だ。その父上が敗北すると言うこと自体想像もできないが、そんな無茶をしてあの甘い御爺様に叱られたというのもまた信じられない。
いや、もちろん父上にだって未熟な時期があったことは頭では理解しているのだが……その、感情的にな。
「若い内の苦労は買ってでもしろ……なんて言葉もある。一人前の大人になってしまえば、ミスしても自分の責任で自分で対処しなけりゃならないことがほとんどだ。だから、本当にやってはいけないミスって奴を大人がフォローしてくれる内に学んでおく……ってのは、結構大切なことだと思うぞ?」
「……失敗から学ぶ、ですか」
「ああ。今回は、少なくともお前たちよりも強い悪党なんてそこら中にいることを、そして自分の実力を過信し、正義感で突っ走れば何も成せずに死んでしまう……ってことを学んだはずだろ?」
「……そうだね。強烈に学んだよ」
……正直、反論の言葉がなかった。
確かに、もう私は迂闊に敵陣に突っ込むような真似はしないだろう。そして、必要以上に功を焦り、無謀な行動に出ることも……多分しない。必要に迫られればまた別だが、無理をする必要が無い場面で見栄を張るようなことはしないはずだ。
なにせ、私はまだまだ一人で立っているように思い込んでいるだけで、いつも父上達に見守られている子供であるらしいからな。
だから、今日の失敗を私は心に刻む。
この先でどんな困難に出くわしても、私は今日という日の失敗を……そして、これからも重ねるのだろう失敗を決して忘れないと。
父上ですら未熟な時には失敗をしたというのなら、私だってそれを恥じている場合ではない。それを糧にして前に進むことが、きっと私が目指す未来への道になっているんだと、きっとそう思うから――
◆
「……それで? あの子達から聞いた話と、ワタクシが聞いていた話……少し違ったようですが?」
「え? ええと……なんのことかな?」
一連の事件が解決し、疲れ切った子供達が自分の部屋で寝静まった後、夫婦の部屋で俺は本日最強の強敵と相対していた。
構えは、古来より後ろめたい側の人間の基本――正座である。
「ワタクシ、今回の一件を利用して、あの子達にほんの少しだけ実戦の空気を感じさせるだけだ……と聞いていたのですが?」
「えーと……そうだね」
「もし悪漢と直接対決などということになれば、すぐに助けに入る。そういう約束で、あの子達を誘導する台本を書いたつもりなのですが?」
「いやー……いろいろありましてね?」
「あなたであれば、それこそ見るだけで外敵を排除するくらいのことはできたはずだと思っているのですが、ワタクシの思い違いだったかしらねぇ……レオンハート?」
「……仰る通りです」
……やばい。これは想像以上に怒ってる。
いや、ギリギリまでは手を出さないけどヤバくなったらすぐに助けるって約束だったのは事実だよ?
でも、俺の言うギリギリとロクシーの言うギリギリには言葉の定義に差があったようですね……なんて、口にしたら本当に殺されかねんなこれは。
「レオノーラはまだ12歳。確かに貴方が見習いとはいえ騎士となり、更に正式な騎士に取り立てられて一人旅をした年齢ではありますが、それでも子供に違いはありません。それに、ローラントに至ってはまだ10歳……明らかに本物の死闘を経験させるには早いと思いますが?」
「いやー、その……世の中には、それよりも若い内から死闘の世界に入る子供もいるよ?」
「だとしても、大人が保護できるのならばまだ保護されるべき年齢であることに変わりありません。一歩間違えれば死んでしまうような状況に親自らがたたき落とすなど、些か問題があると思いますが?」
「一歩間違えれば死ぬくらいならまだ優しい方――」
「稽古では、まあそれも仕方が無いのでしょう。ワタクシとて、シュバルツ家の貴方と子をもうけた時点でそれは覚悟しています。ですが、いざという時の保証ができない環境でもそれを貫くのは問題があると思いますが?」
「まあ、そうなんだけどね? でも死にかけてって経験はこの世界で生きていくなら必要――」
「日常的に半殺しにしているじゃありませんか。でも、今回は半殺しでは済まなかったかもしれないんですよ?」
「…………えっと」
「まだ何か? なんなら、今回の一件……あなたが何してたのかあの子達にわかりやすく解説してあげましょうか?」
「………………それは勘弁してください。その、父親の威厳的に」
それは本当に勘弁して。
ぶっちゃけ、今回の一件……俺、走り回ってただけで捜査の段階ではほとんど何の役にも立ってなかったからなぁ……そっちに関しては本当にノーラと同レベル。
誘拐問題だからってそれっぽい異界まで調べたのに、思った以上に近場の犯罪で空回りしただけだったし……そういうのはあんまり見せたくない部分なんですよ、父親としては。
(……この分野で戦うのは無謀すぎるな)
やっぱ、口で勝負になるわけ無いな。
ロクシー、教育は厳しくとも子供達に甘いからなぁ……二人を危険な目に遭わせすぎた後の怒りは、ちょっとやそっとじゃ鎮火してくれない。
今回の件で度胸と慎重さも身についたことだし、ノーラの見習い騎士試験の受験を許可しようと思っているんだけど、この分じゃ後数時間は説教に付き合わないと話も切り出せないだろうなぁ……。
「聞いていますか?」
「はい、聞いてます」
二人の将来のためには必要な経験であるとロクシーも一定の理解は示しているので、そこまで強烈に教育方針への反対はない。
しかし、やっぱりマジモノの犯罪者の前に二人だけで戦わせたのは許容ライン外だったみたいね。
今回は流浪の行なんかよりも危険度はかなり上だったことだし、思ったよりもいい修行になるかなと思って調子に乗った部分もあるので反論もしづらく……困ったねこれは。
(……ノーラ、ロン。父さん、今夜は眠れそうにないよ……お説教的な意味で)
こうして、俺たち夫婦の部屋では眠れぬ夜を明かすこととなっていく。
これがまた、割とよくあることでもあるわけで……俺も、まだまだ修行が足りないってことだな……修行しても一生勝てないと思うけど。
ま、それでも幸せな人生送っているわけだし、これもまた幸せの一つって思うしかないね、こりゃ。
「大体あなたは、もっと危機感というものを持って――」
(神でも魔王でも倒してやるけど、世の中勝てない相手ってのはいるもんだなぁ……)
夜は更けていく。
余談だが――この日、俺が許してもらったのは、都合が付く日に二人っきりで買い物にいくことを約束した後のことなのであった。
これで番外編は完結となります。
お楽しみいただけたでしょうか?
よろしければ感想、評価などよろしくお願いいたします。
なお、これは番外編ということで、人物設定は投稿しないつもりです。もしこの先気まぐれにまた番外編だそうかなと思った時に邪魔になりそうですし、あくまでも本編ではないってことで。
~宣伝タイム~
以前より予告していた通り、新連載スタートしました。
下の方にリンク貼り付けましたので、お時間ありましたらそちらより見ていただければ幸いです。
ここの主人公は人とかほぼ殺さない系だったので、新連載でははっちゃける予定……。




