第21話 キルアーマー
(さて……まずは状態の確認だけはしとかないとな)
俺は左手に剣を持ち、ホローレスとか言う鎧剣士と向き合っている。
既にボロボロの体ではあるが、コイツは俺的に許せない暴虐を働いた。だからせめてぶん殴ってやる――と思ってここに立ったわけだが、まず自分の体の状態を把握しないとな。
(まず右腕の痺れ。極正拳との衝突が原因。しばらくすれば治ると思うけど、逆に言うとしばらくしない内は剣一本持てない)
いきなりだが、俺は片腕で戦うことを強要されているハンデ戦ってことになるな。
(次に魔力量が残り僅か。自分の力量を遥かに超えた魔法剣技が原因。後無茶な加速法の使用もか)
力の源とも言える魔力がほとんど残ってない。戦闘を考えなくとも、生命力と言い換えてもいい魔力が尽きかけってのはまずいな。
(頭部と腹部に甚大なダメージ。投げで頭から落とされたのと、腹に極正拳の直撃を貰ったのが原因)
下手すると、いくつか内臓が潰れてたりするかもしれない。まあ魔法的な治癒があれば死んでさえいなければ何とかなるし、とりあえずいいだろう。
ゲーム風に言えば『打属性の特大ダメージと共に、能力低下系状態異常を全て対象に付加する』なんてトンでも性能が再現されてないだけマシだ。まだメイがこの技を極めていないからだろうけど、もし完成してたら俺の負けだったろうな。
頭に関しても、多分大丈夫。出血はもう止まってるし、今すぐ倒れる事は無いはずだ。
まあ冷静な思考とかそう言うのは失われてる気がするけど、吐き気がして気絶とかは大丈夫だろう。多分。
(ついでに、全身に数え切れないほどの青痣。これは打撲によるものだが、とりあえず無視していい。気影戦での削り合いが原因)
痛いだけだしな。もはや慣れちゃった程度のことだし、骨に異常は無いから問題ないだろう。
明日当たり痛みで悶え苦しむことになるかもしんないけど、とりあえずこの戦闘では大した問題ではないと言ってもいいと思う。
(総合して……右腕使用不可。魔力低下により総合力が大幅ダウン。体内魔力の乱れから考えて、加速法は後一回が限界ってところか)
……うん、ボロボロだな。今すぐ闘場なんかから離れて医務室に行った方がいい。
だが、こんな状態からでもやらないとな。多分万全の状態でも分が悪いと思われる、この鎧ヤローをぶん殴るのは決定事項なんだ!
「第十試合! 始めぇ!」
「ブォォォォォォ!」
「ッ!? いきなりか。だが――」
ホローレスは、不気味な叫び声を上げながら突進してきた。
とても全身鎧にグレートソードなんて重装備とは思えない速度の突進。一体どれほどの身体能力があるのかと、アレもう存在自体が反則なんじゃねーのと叫びたくなるほどの基礎能力の差。
走るだけでこれでもかと力量差を見せつけてくるが、それでも俺は前に出る。普通にやったら勝ち目は無いが、この一撃だけは恐れる必要なんてないからな!
「さっき見せた攻撃を繰り返すとか、舐めてんのか!」
ホローレスの技は、大剣を持っていない鉄に覆われた左手の手刀による突き技。俗に地獄突きとか気道潰しと呼ばれる、喉を狙った一撃必殺だ。
ハームさんも、この予想を遥かに超えた速度から繰り出される手刀突きによって喉を潰された。そして、そのダメージがでかすぎてそのまま戦闘不能となったのだ。
そんな恐ろしい技だが、しかし全く同じ速度、タイミングで同じ技を出すとか流石に舐めすぎだろう。
当然俺だって警戒してたし、逆にこれを利用して攻撃するくらいのことはするからな――!!
「でりゃ! ……え?」
「レ、レオン君の剣が折れた!」
とりあえず、俺は奴の兜を落とすことにした。それを狙って奴の攻撃を跳躍で回避し、そのまま鉄頭に剣を振るったのだが……逆にこっちの剣が折れちゃったよ!?
「……私との戦いが原因だ。クン流・極正拳にはあらゆる拳の技法が内包されている。当然、武器破壊もな」
「そうか! キミとの最後の激突の時、レオン君の剣は限界に達していたわけか!」
「そう言うことだ。あの時は私が倒されたのだから失敗したと思っていたのだが……どうやら、破壊の一歩手前までは成功していたらしい」
メイとクルークの話し声が聞こえてくる。どうやら、俺の剣は試合開始前から使い物にならない状態だったようだ。
……どうしよ?
「ブロォォォォ!!」
「グハァッ!?」
空中で折れた剣を手に、俺は唖然として一瞬気を抜いてしまった。
その隙をつき、ホローレスはその手に持った大剣を叩きつけるように振るった。刃ではなく剣の腹で殴った殴打とは言え、純粋な鉄の塊だ。
そんな凶器に叩かれた俺は、意識が飛びそうな衝撃と共に思いっきり吹き飛ばされたのだった。
「まずいよレオン君。あんなボロボロなのに、更に大ダメージだ」
「もう一撃も貰うことは許されない。もし更なる直撃を食らえば、今度こそ命に関わるぞ!」
(わ、わかってるよチクショウめ。今だってさっさと気絶したいくらいだっての!)
もう本当にやばい。今の剣閃だって、剣を鈍器ではなく刃物として使っていれば俺は死んでいたはずだ。
それが殺しを避けるための配慮なのか、それとも一思いに殺る気なんて無いと言う意思表示なのかはわからない。
だが少なくとも、もう一撃もらえば今度こそ危ないってことと、敵はいつでも俺を殺せる力量を持っているのだけは間違いない。
「オォォォオォォォォ!!」
「はぁ、クソ……! 休む暇もなしか」
ホローレスはまたもや正面から突進してくる。確かに凄い速さだが、そこに技量を見ることはできない。
メイの突撃技には愚直ながらも確かな技術を感じた。それに対し、ホローレスの突進はこっちを侮っている慢心が見て取れる。
まあ事実俺は奴より格下なわけだが、もう俺に残された道は慢心を突く他無いな……!
「ぐぬぉぉっ! い、痛くない! ――闘気、開放!」
先ほどメイとの戦いで体得した【闘気開放・獅子の心】。
この技の要訣は、闘争心によって全身のリミッターを外すこと。そして、脳を戦闘思考に強制的に切り替え、第六感とでも言うべきものを得ることだ。
そんな技の性質上、やっぱり体への負担がでかい。全く、何でこう親父殿が俺に植えつけるシュバルツ流ってやつは、こうもハイリスクハイリターンなのかね。
だが、一度こうなれば全身の痛みなんて無視できる。過剰な痛みは、戦いの邪魔だからな。
俺はその心を持ち、痛みで抗議してくる体を黙らせる。そして、折れた剣を投げ捨てて拳を握るのだった。
「こいや、外道!」
「オォォォォォ!!」
この気を高めた状態なら、気影を見る事ができる。これで奴の動きを洞察し、慢心から来る動きの無駄を突いてやれば――ッ!?
(馬鹿な! 気影が見えない!?)
「オオオッ!!」
「チィ!?」
奴の動きを洞察し、カウンターを仕掛けるつもりだった。だが、何故か奴からは一切初動も意識も読み取る事ができなかったのだ。
おかげでかなり安全策をとるために大きく跳ぶ破目になってしまった。こんな回避ではカウンターなんて夢のまた夢だぞ……!
(鎧のせいか? 鎧が奴の動きを、意識を隠しているのか? ……いや、それにしたって見えなさすぎだろ!)
俺に気影の技術を叩き込んだのは親父殿だ。具体的な方法論は理屈では無く体に叩き込まれたわけだが、ともあれこれは親父殿直伝といっていいはずだ。
その技が、親父殿と言う人間の中では最高峰であるはずの偉人の技が、鎧一つで使えなくなるような底の浅い技であるわけない。
それなのに、動き自体は荒いからよく見えても、肝心要の意識の方が全く見えてこないんだ。
「どう言うことだ? 私には奴の気が動きが読めない……」
「……妙だね。僕も全く先読みできないよ」
……外野の二人も同じみたいだな。
となると、何かある。奴は自分の気影を隠すような技を持っているのか? だとすると、俺に不利な条件がまた一つ増えたってことになるのかな。
「オオオォォォ!!」
「チッ! バカの一つ覚えかよ!」
またしても正面から、今度は剣を振りかぶったまま突進してきた。それに対し、何の対抗策も持たない俺は無様に逃げ回るしかない。
加速法なしの俺はホローレスより遅い。万全の状態でもそれが正当な評価なのに、あちこちガタが来てる今の俺じゃ反撃なんて考えてる余裕がある訳無い。
(何か、何か無いか!)
今の俺には武器すらない。この状態から、奴の鎧を砕くことは――無理か。
だったら、多少無理があっても一枚一枚剥がしていく他無いかな。
「狙いは頭一択! 攻めさせてもらう!」
「おお! レオン君がついに攻撃に出たぞ」
「だが何か策はあるのか? 今のシュバルツでは返り討ち以外に無いと思うが……」
「オオオォォオオォオ!!」
こいつの技はとにかく大振りだ。多分俺を舐めてるからだと思うけど、素人が枝でも振り回しているかのような剣技を見せている。
まあ、俺の身の丈はありそうな大剣を木の枝みたいに振り回してる時点でおかしいんだけど……とにかく気影なしでも最低限の回避はできる。
だから、一瞬の勝負を仕掛けるほか無いんだ!
「――――!」
「うまい! 敵の剣を足場に跳んだ!」
「一歩間違えれば死んでいてもおかしくないが……流石だな」
俺は、自分に向かって振り下ろされたホローレスの大剣の腹を蹴り飛ばした。同時に地面も蹴り、その反動で再び奴の頭へと接近する。
自分の頭付近。流石にこの位置からではその大剣も効果があるまい……!
「その兜――もらった!」
「む!? 左手一本で兜を奪い取る気か!」
俺はホローレスの兜に動く左手をかけ、力ずくで引っぺがそうと試みる。この手のタイプの兜は力で上に引っ張れば取れるはず――ッ!?
「ヤバッ!?」
「ウルガァ!!」
俺は急遽体を捻り、ホローレスの鎧を思いっきり蹴り飛ばした。もちろんそんなことでは大したダメージにならないが、その反動で奴から離れることには成功する。
しかし……なんて野郎だよ! まさか自分の頭に張り付いてる俺を殴る為に、手加減なしで自分の頭ごとぶん殴ろうとするとは……。
ま、まあいいか。少なくとも無理やり兜引っぺがすよりはダメージになったはず……!?
「な、なにぃ?」
「頭が、ない!?」
外野の唖然とした声が聞こえてくる。俺も同じ気持ちだ。
だって、奴自らの拳で吹っ飛んだ兜の下には、本当に何も無かったのだから。
「ま、まさか頭ごと吹っ飛んでしまったのか!?」
「いや、そんなはずは無い。そんな事になれば、おびただしい出血があるはずだからな」
「そ、そう言われてみると一滴の血も流してないね」
奴の頭からは血の一滴も流れてはいない。となると、今ので首が切断されたなんてグロテスクなことになったわけじゃなさそうだ。
じゃああれか? 実はアレは鎧じゃなくてロボット的な物だったとかそんなオチなのか……?
『ふーむ。まさか自滅攻撃を行うとは……まだまだ改良の余地ありだな』
「む! 誰だ今喋ったのは!?」
首なし鎧剣士に唖然としていると、どこからとも無く誰かの声が響き渡った。
『これは失礼。故あって名乗ることはできませんが、私はこの魔物兵をコントロールしているものです。今は少々特殊な魔法を使ってお話させてもらっています』
「ま、魔物兵だと!?」
『はい。こうなってはもはや隠す意味も無い。お見せしましょう、我が殺戮兵器を!』
その言葉と共に、ホローレスの鎧が変化していく。より大きく、より鋭く、より堅牢に。
こりゃ……変身なんてもんじゃない。今まではかろうじて人間が鎧を着けているんだと思える形状だったけど、今のコイツはどう考えても人間が身につけられる鎧では無い。
間違いなく、これは人間の道具を模した何か――魔物だ。
頭を持たないその姿から考えて、鎧人形の一種だろう。ゲーム知識なだけに、正確な種類まではわかんないけど。
『どうです? これは我々が作り出した強化魔物、個体名称キルアーマーです』
「キルアーマー……か」
『おや? 少年剣士君? キミは私達が作り出したモンスターを知っているのかね?』
「いや、別に」
おっと危ない。ついつい素で話してしまった。ゲーム知識は俺個人が墓まで持っていく類のものなのに。
まあ、ぶっちゃけ俺はこれを知っている。キルアーマーが鎧人形系のモンスターで、種族的な防御力の高さに加えて高い攻撃力を持ったモンスターであることを。反面魔法防御が低く、魔法弱点のモンスターであることを。高いHPと攻撃力で勇者一行を消耗させるのがコンセプトである、雑魚モンスターの一体であることを。
(しかしでかいな。あのマッドオーガと体躯で並んでるぞ)
「ちょっと待て貴様! これは見習いとは言え騎士試験だぞ! それをそんなモンスターが参加するなど、許されると思っているのかー!!」
俺が敵の巨体に驚いていると、試合の審判が突如現れたモンスターに、そしてその後ろにいるキルアーマーを操っている者とやらに叫び声を上げた。
『ホホホ! それは安心なされよ騎士殿。別に我々はこのキルアーマーを騎士にしたいわけではありません』
「ならば、一体何を考えて――」
『当然、決まっているでしょう。私の目的は――その少年剣士、レオンハート・シュバルツの命ですよ!』
「えっ!?」
『【結界術・隔離闘場】!!』
「ぬ!? ぐおっ!」
その瞬間、キルアーマーから半透明の膜のような物が飛び出してきた。その膜は大きく膨れ上がり、審判であった騎士を弾き飛ばしてしまう。
いや、その騎士だけではない。咄嗟に飛び込んできた他の試験官や参加者達までも、この膜にはじき出されてしまったのだ。
例外はただ一人、この俺だけみたいだな……!
「クッ! 結界術か!」
「今すぐ破壊しろ!」
『それは無駄だ。これは我々が独自に開発した遠隔結界。数分やそこらで破壊できるものではない』
……その言葉通り、見習いどころかそれぞれが一流であるはずの試験官たちの攻撃を受けてもこの結界とやら、ビクともしてない。
どうやらクルークやメイも結界破壊に混じっているようだが、効果は薄いな。流石に永久に破れないって事は無いだろうが……俺を殺すには十分ってところか。
(結界……ゲームにはなかった。なかったが……心当たりはあるな)
結界で思いつくスキルや魔法は存在していなかった。だが、ゲーム中のイベントでならその存在をよくアピールしていたとも言える。
よくある、『この たたかいからは にげられない』って奴だ。イベント戦闘では逃走コマンド使用禁止なんて聖勇じゃなくてもよくある話だけど、その原因がこの結界ってやつだとすればわかる話だ。
……ついでに、戦闘中に嵐を起こしたりとか、大爆発を起こしたりとか、隕石を召喚したりしても周囲に全く被害が無いのもこれかもな。
(まあとにかく、俺の心当たりはそんなもん。つまり――対処法は全く知らないってことだ!)
外の騎士達に助力してもらえれば――と言うか、代わりに戦ってもらえれば多分勝つだろう。外の人たちは、きっとそのくらいには強い。
だからこそコイツは結界で外界と俺とを遮断した。その法を破る手段を持たない俺は――死ぬな、うん。
(やれやれどうすっかな。ここにはホローレスと名乗る男の顔を一発ぶん殴りに来たってのに、当の本人は顔どころか頭も無い化け物。あんな鎧が本体のモンスター殴っても俺が痛いだけだし、正直マジでヤバイな……)
敵の言葉を信じるのならば、あのモンスターはキルアーマー。ゲームを参考にすれば、あのマッドオーガと同格くらいのモンスターだ。
まあ、実際には登場時期的な問題でマッドオーガほど話題に上がる事は無い雑魚だけど、今の俺から見れば遥か格上で間違いない。
スキルの類が無いだけマッドオーガよりはマシだが、基礎能力は間違いなく同等。魔法防御に隙があるのがせめてもの突破口かもしれんが……ローレベル縛りプレイやってるんじゃないぞ全く。
(マッドオーガとやったときは、四対一の上に敵は負傷していた。その上不意打ちみたいな一気呵成でようやくってとこだったのに、今回は一対一でボロボロなのはこっち。勝てる訳無いな)
気影が見えないのも、この魔法生物系モンスター自身には意識ってのもが無いからだろう。流石に今の俺じゃ、キルアーマーに指示を出しているどこかの誰かさんの意識を読み取るなんて不可能だ。
せっかく会得した秘技も通じない。こりゃ勝てないと、否応なしに理解させられる。
しゃあない。こうなったら――外の騎士達が結界破って助けに来るまで決死の時間稼ぎ戦と行くか。勝てないからって負けてやる道理は無いしな。
(相手は無生物の鎧モンスター。以前の戦いみたいに心臓狙いってわけにも行かないよな。やっぱ徹頭徹尾回避に専念して耐えるしか――)
『フフフ、ではやれいぃ!』
「オオオォォオオオォォ!!」
「ッ! 速い!?」
『人化の法を解いたのだ! もはや先ほどまでのセーブされた力とは格が違うぞ!』
人化の法? さっきこの化け物が人に姿を変えてた奴か!
そういや、ゲームでもよくあったよなその手のイベントは。人間の兵士だったのに、いざ戦闘となったら突然モンスターに変身するってのがさ――!!
「でりゃっ!」
「上手い! 最小限の動きで初撃を避けた!!」
「いや……私にはそうは見えん」
「え? どう言うこと?」
(はいその通りです。最小限とか、そんなんじゃありません!)
ギリギリ、マジでギリギリの回避に成功した。
今のは敵の動きを見切った最小限回避とか、そんな格好いいものじゃない。ただ単に、後先考えない全力回避なのにあと数ミリで当たってたくらいにやばかっただけだ。
――無理! こんなのに時間稼ぎとか、絶対無理! もって数秒だろこれ!
「クッ! ――でりゃ!!」
『フンッ! そんなヘナチョコキックがこのキルアーマーにかすり傷一つでも付けられるものか!』
「ですよねーっと!」
何かの奇跡が起こらないかと一回蹴ってみたが、やっぱり俺の脚が痛くなるだけだった。
こんな化け物に素手でダメージ与えるのとか、後三年はじっくり修行させて欲しい。ぶっちゃけこれ、全身鎧を装備した男を素手でぶっ飛ばせるメイでも無理だろ!?
「クッ! やはりさっきのはマグレか! 今のシュバルツの動きには繊細さが欠けている!」
「あれじゃなぶり殺しがオチだよ! クソッ! 【炎術・貫く槍】!!」
(不吉なこと言わないでくれない!?)
クルークの炎術が、またもや結界に阻まれて消滅した。
全く、一太刀かわすだけでも全身のパワー使い切るってのに、唯一の勝ち筋である援軍はまだまだ期待できそうにない。
でも――あきらめる選択肢は無い。俺に死んで楽になる選択肢なんて端から存在しない以上、何とかして死中に活を見出すしかない。
何よりも、ハームさんの敵を討つなんて息巻いておきながら何もできずに殺される何ざ、レオンハートじゃなくても格好悪すぎだよなぁ!
(キルアーマーは物理攻撃に特化したモンスター。反面、弱点は魔法攻撃。とりあえず、セオリー通りにやってみるか!)
俺の魔力は残り少ないが、ゼロじゃない。
元々苦手な魔法の構築には無駄が多いが、普通に身体強化して殴っても効果ないんだから試すだけ試した方がいいだろ!
「はぁぁぁぁぁ! 【風術・風の刃】!」
「おおっ! シュバルツには魔法剣技以外の魔法の心得もあるのか!」
メイの驚きの声と共に、風属性魔法の中でもっとも初歩的な術が俺の手の中で構築される。作り出すのは刃。俗に言うカマイタチって奴だ。
「でやぁ!!」
『ほう、生意気にも魔道の心得があるか。下賎な剣士如きが』
俺の拳に集められた風の魔力が、一本の刃となってキルアーマーに襲い掛かった。
キルアーマーは、それを避けようともしない。その結果――
『……で? なんだねこのそよ風は?』
「い、いくらなんでも酷すぎやしないかい? レオン君……」
「……まだ果物ナイフの方がマシだな」
(……だから、苦手なんだってば)
奴の弱点は魔法。それに間違いは無いんだけど……俺の魔法攻撃力、低すぎだ……。
作り出された風の刃は、奴の言う通りそよ風。あの頑丈な鎧には傷一つ付ける事は無かった。と言うか、あんなモンスターじゃなくても怪我一つ無いってくらいにしょぼかった。
まあ、元々ショボイ俺の攻撃魔法だ。それをこんなボロボロの状態で使えば……こうなるよね。
「やっぱダメかー」
『当たり前だろう。さて、キルアーマーよ。遊んでやれ』
「オオオオォオォォオオ!!」
「チィ!」
ジジイ直伝の魔法。それは不発に終わった。
元々悲惨なまでに魔法の才能が無い俺だ。資質はあるらしいんだが、どうしても純粋な魔法って技術と相性が悪い。
ジジイに言わせれば『こんなセンスの無い奴に魔法を仕込むとか、本当に私は天才だな!』らしいけど。あくまでも天才なのは自分ってところが実にジジイらしい。
まあ、魔法職でもない俺に初歩の初歩とは言え魔法を会得させたんだから凄い指導力なのは確かなんだろう、きっと。
「い、いくら速くても、そんな大振りじゃ当たんないぜ!」
『フフフ、強がりはよしたまえ。結界が破れるまでにはまだまだ時間がある。その間少しでも遊んでやろうと言う私の情けがわからないのかな?』
「どんな情けだよ!」
キルアーマーはとにかく大振りだ。おかげで毎度毎度死が見えてくるとは言え、ギリギリ避けられる。
もし愚直にただ攻めるだけではなく、一個でもフェイントを混ぜられたら俺の負けだ。確実に対処できない自信がある。
それなのに俺が何とか対処できる悪手しか打ってこないとは、本当に俺をなぶり殺しにしようってことかね!
「食らえ! 見様見真似第二号!」
「む? あの構えは――」
「手刀打ち!!」
俺はメイの技を模倣し、素手でキルアーマーを叩いた。正直効くとは思わないが、これで少しでも流れが変われば――ッ!?
「ぐばっ!?」
『余計な攻撃は死期を早めるぞ、小僧』
時間を稼ぐ。それが俺の唯一の生き残る道。ならばと俺を舐めきっている内に攻勢に出てみた。
本来防御とは、決して亀のように蹲ることを指すのではない。むしろその逆。常に攻撃の意識を見せる事で、相手の動きを牽制することにこそ防御の真髄があるのだ。
その教えに従い、少しでも時間を稼ぐヒントを――と思ったのだが、全く躊躇しないキルアーマーには通じなかった。それどころか、逆に思いっきり鉄の拳で殴られ、結界の壁にぶつかるまでぶっ飛ばされてしまった。
「がはっ! ぐぼっ……」
「だ、ダメだ終わった! あんな体で受けた一撃! 完全にトドメだ!!」
『その通り。これで我らの目的は達成され――!?』
「なんのぉ!!」
「なっ!?」
い、今のはやばかった。シュバルツ家式極限組み手の半ばくらいにはやばかった。慣れ親しんだ三途の川が一瞬見えた!
「な、なんで今のを受けても平然と立ち上がってるんですかね?」
「流石は副団長の息子、と言うところか……」
外野の騎士がどよめいてるな。でもこのくらい普通だろ?
だって親父殿は『死の淵を飛び越えてこそ騎士だ。だが、実戦とは訓練とは違って過酷。故に、修行中から死の覚悟をもって望まねば本番で死ぬぞ?』って笑顔で殺しに来るぞ? ちゃんと一歩手前で止まるけど。
(しかし、一度や二度死に掛けるくらいなら戻ってこれるが……どうする? 流石にこれ以上は本当に死ぬぞ)
「……少年。振り返らず、聞こえない振りをしながら聞け」
軽く死に掛けつつも立ち上がると、結界の外にいる騎士の一人が声を掛けてきた。
「これほどの結界、とても遠隔操作で発動できるものではない。となれば、必ず仕掛けがある」
「……仕掛け?」
「恐らく、予め魔法を込めたマジックアイテムの類だ。それも持続的に発動し続けるとなると、恐らく魔道石だろう」
ふむ、その手のアイテムはゲームにもあった。使い捨てアイテムであり、使うと対応した魔法効果が発動する『魔道書』アイテムだ。
ゲーム的に言えば“使用者の魔法攻撃力に威力が依存し、MPもしっかり取られる”と言う仕様上、戦士系のキャラはそんなもん使うよりも殴った方が強く、魔法系キャラは素直に自分の習得している魔法を使った方が安上がりと言う残念さから重要度の低いアイテムだった。
魔道石と言うのも、多分その亜種。話を聞く限り、一発使い捨てではなくこの結界のように持続的に発動し続けるタイプなのかな?
「その魔道石を何とかして見つけ出し、破壊してくれ。そうすればこの結界は消え、我々の手で奴を始末することができる」
「――なるほど、了解しました」
俺は振り返りもせず、顔もわからない騎士に向かって何事もなかったかのように振舞いつつ小声で礼を言った。
魔道石の破壊。それがどんなものなのかはわからないが、多分魔力を放つ石とかだろう。
それさえ破壊できれば何とかなる。今まで全く無かった勝ち筋が見えた。これはでかい。
俺はそんな希望を見つけた事を悟られないように、ボロボロをそろそろ通り越した体で構える。どこにあるかは知らないが、絶対にぶっ壊してやるぞ――!!




