外伝 シュバルツ姉弟3
「うーん……」
「何かわからないか? こういうのはお前が頼りなんだ」
静寂の森と呼ばれる小さな森の中で、僕は感覚を研ぎ澄ませていた。
ここに、犯罪組織が設置した転移魔法の設備がある可能性が高いのだ。転移魔法は個人で発動するのは極めて困難で、特に大陸間移動なんて可能なのは専門家にして空術に関しては世界最高の技量を持つと言われるボーンジさんくらいのものだ。旧魔王軍の魔王クラスなんかは普通にできたらしいけど、存命の術士の中でそんな真似ができて、犯罪行為に手を染める人間はまずいないだろう。
そう思って転移装置がないかと魔法的な感覚を研ぎ澄ませて探しているのだが……中々見つからない。
(……仮に転移装置を設置しているとしても、それはそれですぐれた魔法技術の持ち主であることには変わりない。敵は間違いなく魔法に精通……つまり、魔法の隠蔽技術にも優れているってことだ)
というか、そうじゃないと鳥人族部隊に見つかってるだろう。
僕程度の実力ではどうにもならない……という冷静な判断も頭の片隅にあるが、ここは賢い考えは捨てよう。
今考えるべきなのは、どうすれば発見できるか――
「難しいのか? それなら、森をなぎ払う……というわけにはいかないか。ここはこの国の民が懸命に蘇らせようとしている森なのだから」
「そうじゃなくても自然破壊はダメ……あ」
ノラ姉の提案は暴力的すぎるが、考え方自体は間違ってはいないような気もする。
相手の隠蔽技術……その精度によるが、魔法的探査を行っても全く見つからないくらいに精密な術を施している相手だ。
逆に、賢い人間なら考えもしない我が姉様的発想には弱いかもしれないな。
「試してみようか」
「うん? 何か思いついたのか?」
「ちょっと乱暴だけど……森は傷つけずに、なぎ払ってみるよ」
僕は、それだけ言って用意してきた僕の武装――両腕のガントレットに視線を落とした。
「それ、使うのか?」
「うん。この魔術札の籠手はクルークのお師匠さんとリリス工房の共同開発で産まれた魔法発動の補助具。自力じゃできないような多種多様の魔法を発動できる、とっておきだからね」
魔法使いとして最上位に君臨するクルークのお師匠さんの知恵と、リリス工房の技術が組み合わさって作られたこの籠手には、魔法発動を補助する魔法陣が刻まれた札が大量に収納できる機能が付いている。
発想の起点はアレスさんの鎧――マルチブレスらしい。複数の魔法陣を刻んだ鎧をより軽量、縮小化し、汎用性を追求すべく鎧に刻むのではなく札に刻み収納することで必要なものを付け替えできるようになっている。
欠点としては、札形式にしたせいで些か耐久力に劣ることと、札の差し替えに時間がかかる点だけど……元々、ガチの戦闘用というよりは将来商人として立つとき状況に合わせて手札を変えられるようにという発想で作られたものなので、そこは仕方が無い。
とにかく、これを使えば自力では使えない魔法でも連発できるというわけだ。
今回セットしておいた魔術札は、目的を考えて探索系を多めに入れている。その中の一つ――クルークのお師匠さんのオリジナル魔法、魔法による力業だと本人は笑っていたものを、発動――
「【炎術・魔法寄せの囮炎】」
「炎術? ……不味くないか? 森でそれは」
「大丈夫。これ、火力的には紙一枚燃やせないくらいにしょぼいから」
これは魔法によって発生する現象ではなく、魔法を使ったという事実そのものに価値を見いだした魔法だ。
いわゆる自動防衛機能の強制発動を狙う魔法であり、一定範囲で魔法を含めた害意を感知したときに防御、反撃を行うというシステムが組み込まれた結界系の魔法を仮想敵としている。
実際の威力はないにも等しいが、魔法が発動されたのだぞという信号をとにかく強く発生させ、それよる攪乱を狙うということだ。
これを広範囲に発動すれば、もしかしたら敵の設置した何かしらが反応するかもしれない。そうすれば――
「――捉まえた」
かすかに、反応した。
恐らくは自動迎撃魔法。重要な場所で何者かの攻撃意思を感じ取って反撃するタイプの、設置型魔法だ。
それ以外にも、結界系の防壁の発動やら術者への通信魔法やら、幾つかの魔法を検知することに成功。
通信魔法は厄介なのでジャミングするとして、これで場所の特定は完了だ。
「オーケー……場所はわかったよ。ちょっと警戒させたけど」
「どこだ?」
「ここから北東の方角、距離約一キロ……」
「わかった」
それだけ聞くと、ノラ姉は走って行った。
……今、強制的に厳戒態勢を取らせたんだけど……近づいて大丈夫かな? 走り出したノラ姉を止める方法とか無いから、僕には何もできないけど。
「ん? なんだこれ――うわっ!? 何をするか!」
……なんだかノラ姉の焦ったような声の後に、ボコスカといかにも野蛮な音が聞こえてくる。
多分、使い魔召喚とかその手のギミックだな。ノラ姉一人で……何とかなるかな……?
術者の力量的に、ちょっとヤバい気もするけど。
「――シュバルツ流の剣士を舐めるな!」
「あ、終わった?」
ノラ姉には追いつけないけど、それでも全力で走って追いつく頃には、無傷のノラ姉が勝利の雄叫びをあげていた。
……予想よりも簡単だったみたいだね? 術の規模的に、ノラ姉の力でも簡単には倒せないのが出て来てもおかしくないのに。
(……あんな隠蔽結界を張れる術士にしては、程度の低い召喚術だね?)
まあ、他にもいろいろ複合して仕込んでいるみたいだし、召喚術にはそこまで力を入れなかったのかもしれない。
自分の中でそう結論を出して、ノラ姉と二人で転移装置の場所まで向かった。
――そこにあったのは、結界に守られた魔法陣。迎撃系の魔法も併用した結界は、これ以上近づくと確実に反撃してくるだろう。
「結界破りか……」
「魔法で簡単に解決できるか?」
「それは……無理。単純に力量が違う」
いくら魔法使いでも、できないことはできない。この魔法の術者は僕よりも格上であり、だからこそ正攻法ではとても破れないだろう。
まあ、時間をかけてじっくりとやればその内できるだろうけど……
「わかった。なら、私がやろう」
「……ちなみに、方法は?」
「父上式の結界破りでいく。結界なんてものはな――」
ノラ姉は、父さんからもらった剣を抜き、腰を落として構えた。
……父さん流の結界破りとなれば、まあ、一つしか無いよね。
「――強い力でぶん殴れば、どんなものでも壊れる!」
魔法の迎撃範囲内に踏み込んだノラ姉に、結界から迎撃の砲撃が飛んできた。
かなり速く、威力もある魔法砲撃だけど……
「――遅い!」
ノラ姉は、残像を残すような足捌きで砲撃を回避する。
流石、シュバルツ流剣士として父さんの指導を受けているだけのことはある。速度だけならば、ノラ姉は遙か格上の相手にも肉薄できるんだ。
「――ハァッ!」
結界に接近したノラ姉は、全力で剣を振り下ろした。
しかし、結界には波が立つだけで、破るまではいかない。
「グッ!? か、硬い……!」
(やっぱりそうか)
ノラ姉は、速度こそあるがパワーには欠ける。それを補おうとクン流のメイさんのところに稽古に行ったりもしているけど、どうしたってまだまだ未熟であり、格上の術者が張った結界を一撃で破るなんて事はできないんだ。
「――おっと!」
結界に肉薄したノラ姉を迎撃しようと、砲撃も連続して飛んでくる。
ノラ姉はそれを間一髪で回避するも、どうしたものかと悩んでるみたいだ。
(結界を破れる攻撃力……僕が加勢しても、足りないことには変わりない。力が足りないのならば、どうする――)
結界を破れるだけの力が無い。技術的にも足りない。
それならば、どうすればいいのか。そういうときは、母さんの教えを思い出すんだ。
『何も、強い相手を打ち負かす方法はもっと強い力をぶつけるだけじゃないわ。まあ、お父さんはそういう方法の方が好きみたいだけど、ワタクシだったらもっと楽をするわね。例えば、相手が強さを発揮できないように工作する……とかね』
――そう、強い相手を打ち倒すのに、自分が強くなるだけが回答じゃない。
(結界より強い攻撃ができないんなら、結界を弱くすれば良い。そして、その方法は――)
今もバンバン飛んでくる砲撃を避けながらも懸命に剣を振るノラ姉。
――砲撃が、バンバン飛んでくる?
「そうか!」
「どうした!?」
「姉ちゃん! 一旦結界への攻撃は中止! 回避に専念して!」
「――わかった!」
「あ、でもあんまり離れすぎないで!」
ノラ姉は僕の指示に素直に従い、攻撃の欲を捨てて回避に専念した。
あの程度の砲撃なら、守りに徹すれば当たることはないだろう。父さんがよくやらせている回避訓練に比べれば、あの程度ならイージーコースだし。
「それで! 避けているだけで何とかなるのか!?」
「なるはずだよ。自動迎撃も結界も、術式を見る限り大本の魔力は同一のはずだ。補給はもちろん別の場所から受けているはずだけど、その補給路を僕の方で塞ぐ!」
「――なるほど、そういうことか!」
ノラ姉は納得がいったと、気合いを入れて回避を続けた。
そう、いくら強力な結界が相手でも、それを構成する魔力の方が不足すれば強度はガタ落ちになる。
砲撃の方は範囲内に何かしら生命反応があれば自動で放たれるみたいだし、術への魔力供給さえ断ってしまえば、無駄撃ちを誘うことで力がなくても結界を崩せる!
(結界自体には干渉できなくても、魔力の補給路を断つくらいならできるしね!)
僕は魔術札の籠手の中から結界術を選択し、発動する。
精密に術の構成を見破れる目があればもっとスマートに行けるんだけど、今の僕にそこまで瞬間的に他者の魔法を分析できるような実力は無い。
だから、まるごと囲う。どうも周辺の木々にかけられた成長促進魔法から魔力を奪う方式みたいだから、そことの接続さえ切り離せるような結界で囲ってしまえば――
「――封鎖、完了!」
「後は、弱るのを待てば良いんだな!」
「そう! 死なないように避け続けて」
「容易い!」
結界は補給がなくなったことを理解することもなく、機械的に攻撃を続けてくる。
……僕の予測では、結界が破壊できるところまで消耗させるのに、今のペースなら五分くらいだろう。その間、ノラ姉には命懸けの回避ゲームをやってもらうことになるけど……。
「どうしたどうした! そんなものでは私を捉えることはできんぞ!」
「……別に挑発はいらないんだけどなぁ……結界相手だし」
元気なノラ姉を見る限り、問題は無いだろう。
あれの十倍は苛烈な弾幕――高速移動でほとんど分身している父さんが、直撃すると数メートル吹っ飛ぶくらいの強さで石を全方位から投げてくる――を、何時間も動けなくなるまで避けさせる訓練とかやらされてたし……ま、当然か。
――そのまま、予定時間まで何事も無くノラ姉は避け続けた。頃合いを見て、僕はそれをノラ姉に伝える。
「今なら行けるよ!」
「わかった――シュバルツ流、牙獣突破!」
全体重を乗せた、突撃技。ノラ姉は剣を脇に抱えるように持ち、そのまま結界に体当たりしたのだ。
先ほどはびくともしなかった結界は、ノラ姉の一撃に大きく歪み、そして――
「――抜けた!」
「よし!」
結界を力で貫き、破壊したのだった。
全ての術の起点である結界が崩壊したことで、他の迎撃魔法も沈黙する。もう、転移装置……魔法陣へ向かうことを妨げるものは存在しない。
「……もう大丈夫か?」
「うん。後は、この転移魔法陣を解析して転移先を探知するだけだよ」
僕はそれだけ言って魔法陣に近づき、魔力を流し込む。
転移ネットワークの場合は、転移門と呼ばれる転移魔法専用の装置を作るのが普通だ。しかし、ここでは材料費を浮かすためか、建築の手間を惜しんだのか、魔法陣一つでその役割を熟せるようにしている。
それはそれで高い魔法技術だけど、どうしたって転移門に比べれば脆弱になる。これなら、僕にでも解析可能……のはずだ。
「……まだか?」
「ちょっと待ってくれる? 今忙しいから」
魔法陣を解析していたら、ノラ姉がちょっかい出してきた。基本的に黙って待っていることができない人なのだ。
そんなんだから母さんの勉強について行けないんだと文句言いたいけど、今は集中集中……。
「んー……上手くアレが使えればな」
「姉ちゃん、まだアレは上手く制御できないんでしょ? まあ僕もだけど、安定しない力に頼るのなんて危ないだけだよ」
「まあ、そうだな」
ノラ姉の愚痴に付き合いながらも解析を続け、しばらくして――
「――ん。完了」
「終わったか」
「うん。この転移魔法陣で飛べる先は、この大陸を越えた先――南の大陸だね」
「やはり、そうか」
「僕じゃ転移魔法は使えないけど、この転移魔法陣は空術の術者がいなくても魔力さえあれば使えるタイプだ。まあ知性のない闇化生物を飛ばす目的で配置したんなら当然だけど、とにかくここからすぐに飛べるよ。どうする?」
正直なところ、手柄というだけならここまででも十分だ。
後は父さんや鳳さんのような強者に任せるのが一番賢い選択肢だろう。
僕の受験もそうだけど、ノラ姉の見習い騎士試験への推薦だってここまでの成果があれば十分なはずだ。自分の損得だけを考えれば、ここで引くのがもっとも賢い。
それはノラ姉にもわかっているはずだけど――
「……ロン。お前は戻って鳳様にこのことを伝えてくれ」
「……姉ちゃんは?」
「既に、この大陸の住民にまで魔の手が伸びているのだ。南からは実際に攫われた被害者が大勢いる……それを、我が身かわいさに見殺しにして、何が騎士か」
「……一応言っておくけど、罠の可能性は十分にあるよ? 敵対勢力に逆利用されたときのことを想定して、この手の転移装置の先に罠や警備を配置しておくのは基本中の基本だ」
「わかっている。だが、勝てなくても逃げるくらいのことはできる。一秒先には一人犠牲者が出ていてもおかしくはない状況である以上、ここで万全な準備など望む暇はない。ここは拙速こそが最上だ」
「……ま、筋は通っているね」
相手は攫った相手を実験材料に使うような狂った思想の持ち主だ。それを思えば、誘拐の被害者は人質としての扱いすら受けていないのは自明の理。
救出作戦は、一秒でも早いほうが良い。
「なら、僕も行くよ」
「……それは……」
「ここまで付き合わせておいて、今更見捨てるなんてできないって。……ほい」
僕は、自身本来の属性である風の魔力を生み出し、それを鳥のように加工する。
いわゆる使い魔の作成で、ちょっとした伝言を伝える伝書鳩くらいには使えるものだ。
「頼むよ」
バサバサと翼を動かし、風に乗って飛ぶ使い魔。風の魔力はこの風の大陸によく馴染み、最速で送り先――鳳さんのところまでここで得た情報を伝えてくれるだろう。
これで、最低限の務めは果たした。しばらくすれば救助部隊も派遣されるだろうし、保険としては上出来だろう。
「じゃ、行こうか」
「……死ぬかもしれないぞ」
「そのときはそのとき……なんて割り切れないけど、死なないように頑張ろうか」
僕は本来、こうした最前線で荒事に携わることを是とはしていない。僕はあくまでも戦闘は専門外なんだから。
それでも……だからといって、ノラ姉を一人で行かせることなんて、できないよね。
「――転移陣、起動」
僕は誘拐犯が仕掛けた転移陣に魔力を流し込み、転移魔法を強制発動させる。
さて、鬼が出るか蛇が出るか――
◆
――危ないッ!
「ロン、全力で後ろに飛んで結界を張れ!」
私は、転移と同時にロンに向かって指示を出し、自分は剣を抜いて前に出る。
その直後に、前方から先ほどの結界でも見た魔力砲撃――ビームが複数飛んできた。
「オオオォォォォッッ!!」
私は母上に聞かれたら怒られそうな雄叫びをあげ、魔力ビームを剣で弾く。
一撃一撃は中々の威力だが、先ほど散々見たのだ。もう、回避以外の対処法も概ね完成している。
「――【結界術・魔鏡壁】!」
その間に、ロンが魔力を反射する性質の結界を展開した。やはり、こいつもあのビームへの対策は既に思いついていたか。
「さっき散々観察したおかげで、対応する術の改造は終わっている……。あんまり強烈なのは無理だけど、性質上この手の術には弱いはず……!」
私はその時点で剣を引き、ロンの結界の中に避難する。もし結界を貫いてくるようなら改めてロンの壁になるつもりだが、その心配は杞憂であったようだ。
「……大丈夫みたいだね。この部屋の自動防御なら、この結界で反射できる。後は、自爆を待つだけで良い」
ビームがロンの結界に跳ね返され、ビームの発射台が破壊されていく。ちゃんと反射させる角度もロンが調整しているようで、瞬く間にこの転移先の部屋の防衛機能は沈黙したのだった。
「……ふう。収まった」
「許可が無い者が転移してくると、問答無用で蜂の巣か」
「多分、自分の組織のメンバーかどうかを識別する証みたいなのがあるんだろうね。……これで、侵入はいきなりばれたと思った方がいい」
「上等だ。こそこそするよりはずっと性に合っている」
迎撃システムを迎撃してしまったのだから、よほどザルじゃない限りはこの施設の管理者に私達の存在はバレているだろう。
となれば、最速で捕らわれているかもしれない誘拐被害者の捜索を始めるべきだ。
「もし人質として使われたりすれば、厄介なことになるよね」
「ああ。急ごう」
ロンも同意見のようで、私達はこの転移先の部屋から出るため扉を破壊し――どうやら、資格を持たない者には開かない仕掛けらしい――廊下に出た。
「……何とも、無機質というか何というか……」
「リリス工房を思い出すね。この実用性しか考えてない感じからして、ここの主は根っからの研究者タイプだと思う」
先ほどの転移の部屋もそうだが、とにかく飾りがない。廊下は一面何かの青みがかった金属板で加工された壁や天井で作られており、金属特有の光沢だけが飾りとなっている。
どうやら金属自体に発光機能があるらしく、中は明るい。しかし青い金属以外何一つ飾りのない作りは、この施設の主の心の異常さを示しているようにも感じられた。
「被害者の探知は?」
「……無理だね。どうも、施設全体に強力な妨害魔法がかけられている。この中で特定の何かを魔法的に探すのは僕じゃ不可能だよ」
「なら、しらみつぶしだな」
効率よく発見する方法がないのならば、扉を一つ一つ開けて調べるしかない。廊下には幾つもの扉が等間隔に並んでおり、調べるならまずはここだろう。
しかし、いくら開けても生活空間らしいこれまた無機質な部屋が並ぶのみ。どうやら、同じデザインの部屋をいくつも作っているようだ。
ならばと耳を澄まし、僅かな息づかいだけでも聞き取れないかと神経を尖らせるも、防音機能も万全らしいこの施設の中には隣のロン以外生物の気配というものが全くない。
メイさんのような気の探知ができればまた話も変わるのだろうが……と思いながら扉を開いたら、今までとは違う内装の部屋に出たのだった。
「ここは……」
「うーん……一見するとただの部屋だけど、ここだけ他と違うってなると気になるね」
入った部屋は、生活に必要な最低限のものだけを用意したという感じの部屋とは異なり、やけにごちゃごちゃと物が散乱していた。
生活用品もあるが、娯楽品のような物もある。しかし、整理整頓ができない住民が住んでいる部屋……というには、少々妙だ。
「……生活感がないね。これは、だらしのない人間の部屋……ってテーマで何かをカモフラージュしているのかもしれない」
ロンは部屋の中に入り、食器などを眺めてそう言った。
そう、いくらだらしがない人間でも、生活するのならば頻繁に使うだろう生活用品の全てにうっすら埃が積もっているのだ。
もちろん、住民が物を捨てて部屋を放棄した後という可能性もあるが、埃の量が他のガラクタと生活用品で違いが無い。
これは、同時期に物がこの場所に置かれ、それ以降誰も触っていない証拠だ。
「……アレだね」
そこまで推理したら、ロンが早くも何かを見つけたらしい。
あれは……時計、か?
「この時計の蓋。これだけ埃が積もってない。頻繁にここだけ触れているんだろうね」
ロンが目を付けたのは、入ってすぐの棚の上に置いてある置き時計だった。
どうやらガラスの蓋で文字盤をカバーしているタイプのようで、今も正確に時を刻んでいる。
「……蓋は、外せる。それと……なるほど、これはパスワードの入力キーか」
「パスワード? 入力キー?」
「最近開発されたセキュリティで、扉を開くのに規定の数字を入力しないといけないってものだよ。この時計の一から十二の文字が……正確には、一から九までが押せるようになってる。この数字の組み合わせを正しく入力すれば、多分そこの隠し扉が開くって仕掛けだ」
「隠し扉……」
「掃除すればいいのに、そこはずぼらみたいだね。そこの壁だけ不自然な埃の積もり方がしているから、多分それ壁に偽装した扉だよ」
ロンの示した壁を見てみれば、確かにうっすらと扉のような溝の中に埃が詰まっている。
更に、床には何かに引きずられたかのような丸まった埃の塊。これは、当たりだろうな。
「問題は、パスワードがなにかってことなんだけど……」
「いや、それは悩むくらいなら考えないでいい」
「え?」
「扉の場所さえわかっていれば――」
「あ、ちょ、ノラ姉!?」
「ぶち壊して進めば良い!」
私は、隠し扉に向かって拳を振りかぶり、全力でぶん殴る。
その威力に、扉はひしゃげ、地下への階段が姿を現したのだった。
「……乱暴だなぁ」
「これが一番早い。さ、いくぞ」
私は、吹き飛ばした扉を外に放り投げ、地下への階段を降りていく。
ロンも私に続いてため息を吐きながらも後を追い、奥へと二人で向かっていった。
さて、この奥には何があるのかな……?
◆
「ひ、ヒヒヒッ! お客さんの、ようだねぇ」
コツコツと、この研究施設の心臓部へと続く階段を降りる子供の足音が聞こえてくる。
僕をこんな目に遭わせた元凶の子供が、僕らの理想を打ち砕いた悪魔の子供がここにやってくるのだ。
「楽しみだよねぇ……リィップちゃぁん?」
「そうですね――」
全身に埋め込んだ、延命兼肉体強化のパーツで塞いだ傷が疼く。
今こそ、かつて潰えた我らの偉大なる理想復活の時なのだ。
その邪魔は、させないからねぇぇぇぇ??




