外伝 シュバルツ姉弟2
毎度誤字報告ありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。
「……事件の詳細は、大体わかったね」
「うん……結構、大きな話だったんだな」
魔王城から、元の南の大陸へ戻ってきた私とロンの二人は一度自宅に戻っていた。
魔王カーラ様から得た情報を一旦整理し、次の行動を決めるためだ。
「まず、事件の大本……最初の問題は、行方不明事件」
「近隣の村々から一般人が攫われ、行方がわからなくなった事件だな」
「うん。それ自体も許しがたい犯罪だけど、犯罪としてはよくあること……この段階では、きっと父さんが関わるような問題じゃなかったはずだ」
魔王城で聞いた話によれば、全ての始まりは南の大陸で一般人が攫われる事件であったという。
「問題は、その後。誘拐事件の調査に乗り出した騎士まで連絡が途絶えたこと……」
「現職の騎士をどうこうできるような奴、そうはいない。この時点でかなりヤバい話だけど、その後に北の大陸の魔王領でまで同じ誘拐事件が起こった」
「そうだな。魔王領の国民……つまりは魔族や魔物だ。その戦闘力は、人間の一般人とは比べものにならない」
「それに、いくら転移門が使えるっていっても、人さらいにまで開放するほどザルじゃないよ。……僕やノラ姉がフリーパスで大陸間移動ができるのは、父さんや母さんのコネがあってのこと。攫った人間や魔物を連れて公共の転移ネットワークなんて使えないはずだ」
「ああ。そして、魔物と人間……二つの誘拐事件が何度か起こった後に出て来たのが……」
『闇化生物』
私とロンは、声を揃えてその名を口にした。
「犯罪組織を中心に、何者かがばらまいている怪物……って話だったよね」
「父上クラスならばともかく、並の騎士では歯が立たない力を持っており、複数体を確認……か」
「何匹かは父さんやクンさんが討伐して研究班に回しているらしいけど、それのせいでかなりの被害が出ているって……」
「由々しき事態だな。国の治安を守る騎士が敵わない力を犯罪者共が持つなど、犠牲者の数が膨れ上がりかねない」
「実際、辺境の方では酷いもんらしいね……」
「最近父上が忙しくしていたのもそれなのだろうな」
「うん……そして、研究班からの報告が……」
「闇化生物とは、魔物の因子と人間の因子を何らかの形で融合させ、人工的に生み出した生命体である……か」
私には信じがたい話だが、そういった邪法の研究は歴史上何度も行われてきたものだったらしい。
研究班の長であるクルーク殿はその手の研究に対して特に深い見識を持っているらしく、判明はすぐだったようだ。
そして、それによって二つの大陸で起きた誘拐事件と闇化生物事件は繋がり、今や大陸を隔てた大捜査が行われている……というわけだ。
「……どうする?」
「何がだ?」
「話を聞いた限りじゃ、これもう僕らの手に負えるような話じゃないよ? 既に現職の騎士にまで犠牲者が出ているような話なんだから」
「……わかっているさ」
まだ見習いになる資格すら得ていない私では、とても太刀打ちできない事件であることはわかった。
しかし、な……
「ここまで知った上で、知らない振りをするのか?」
「そうは、言わないけど……僕らが首を突っ込んでも無駄な被害が増えるだけだよ」
「……そうだな。ここまでにしよう」
確かに、これ以上は危険過ぎる。これ以上、ロンを巻き込むわけにはいかないな。
「手間を取らせて悪かったな。勉強、頑張れよ」
「……うん」
ロンをおいて、私は部屋を出た。
……そう、ここから先は、命懸けになる。だから、ここから先は私一人でやる。
(私だって、騎士を目指しているんだ。罪のない民が悪意の犠牲になっているというのに、弱いから何て理由で引き下がっているようでは、一生その名を背負うことなどできはしない)
自分の弱さを理由に、脅威から目を背けるようなことは、レオンハート・シュバルツの娘として……レオノーラ・シュバルツとして、やりたくない。
しかし、騎士を目指しているわけではないロンを巻き込むことはできない。命を捨てるような真似はさせられない。
(犯罪組織を中心にばらまかれている、か……。手っ取り早いのは、誘拐の現場を押さえるか闇化生物を持つ犯罪組織から辿るか)
具体的な敵の手がかりはないが、こういうときは足だ。
父上も同じことを考えているんだろうし、まずはそこら中を走り回って何か手がかりを探してみるとしよう!
◆
(……はぁ。バレバレだよ、姉ちゃん)
僕は、ノラ姉が出て行った扉を見ながら、姉の心境を推理してため息を吐いた。
あの猪突猛進でやると決めたら死んでもやるノラ姉が、あの程度のことで引き下がるわけもない。
多分、口では止めるとか言いながら、一人で続ける気だろう。思ったよりヤバそうだったから僕を巻き込みたくないとか思っているんだろうけど……何だかねぇ。
(生憎、野蛮なことは嫌いでも……僕だって、腰抜けじゃないんだけどな)
と言っても、あの姉のことだ。どうせ思考を巡らすよりも体力で事件の情報を集めようとするだろう。
しかし、この辺を走り回ったくらいで何か見つかるのならば父さんがとっくに事件を解決しているだろうし、多分何も見つけることはできないだろうね。
だから、今すぐ追う必要はない。それよりも、疲れて帰ってきたところでもっと有力な手がかりを見せる方が効率的だろう。
(商売において、もっとも大切なのは情報……そして、その情報を活かせるかは商人次第。思考し、推理し、今まで集めた情報から仮説を立てる)
僕は目を閉じ、思考を研ぎ澄ますべく集中する。
母さんは、集めた情報を効率的に活かす手段をいつも考えている。それに倣って、集めた情報から新たな情報を生み出す。
(魔術師にとって、思考こそが最大の武器。巨大な魔力だのは二の次。手元にある力を、如何にして最大限活用するかを考えることこそが、一流の魔術師の証明)
クルークのお師匠さんは、そう言っていた。
大きな魔力を持っているだけでは、強い魔法を使えるだけでは二流。真の一流は、最小限の力で最大限の成果を生み出せる業師であるって。
「魔王城で聞いた話によれば、事件の始まりはともかく、最近では一般人の誘拐は減っている。魔物の誘拐はそのまま、人間に関しては数ではなく質を求める傾向あり。その傾向が見られ始めたのは騎士の行方不明が出てから……」
闇化生物は人間と魔物の融合により生み出した生物兵器。となれば、素材は当然強い方がいいのだろう。
それを作成者が実感したのは、返り討ちにした騎士を素体にしたことであると仮定。そこから実験体の質を求める傾向が生れ、より強靱な人間を求めるようになった。
(となると、今後狙われるのは騎士や冒険者のような屈強な戦士である可能性が高い。でも、だからって騎士や冒険者を直接狙うとは考えにくい……)
当たり前だが、騎士団は強い。並の騎士には闇化生物で対抗できても、上級騎士クラスとなれば簡単にはいかないだろう。
更に、団長副団長クラスともなれば文句なしの大英雄だ。現団長のアレスさんや、その右腕である副団長のマクシスさんが相手じゃ、話に聞く闇化生物とはいえ手も足も出ないだろう。
何よりも、父さんにとっても騎士団は古巣だ。未だにそのパイプは太く、下手に狙えば父さんに見つかる恐れがある……それだけは避けたいだろう。もし自分の潜伏場所がばれれば、もうお終いなんだから。
冒険者も同様の理由で難しい。なにせ、冒険者組織の長は母さんで、冒険者の頂点は名目上のものとは言え父さんだ。ある意味一般人以上に安全保障がある職種で、下手に攫えばそこから逆探知される恐れがあるような組織に現段階で喧嘩売りたくはないはずだ。
(となると、狙いは必然的に、騎士団にも冒険者にも属さない在野の強者……もしくは、生まれ持って特別な力を持つ人間ってことになるかな。でも……)
全くいないわけでないが、そんな相手は希少だ。
何人か既に攫われている恐れもあるが、そんなものすぐに頭打ちになるのは確実だ。
なら、どうする? もし僕がその誘拐犯だったとするなら、次に狙うのは誰だ?
(――南の大陸で今以上に活動するのは難しい。世界規模で見ても個としては最強の戦力が集まっている大陸で、これ以上手を広げるのはリスクが高すぎる)
同時に、そこから全ての元凶……闇化生物の製造者は南の大陸出身である可能性が極めて高いことがわかる。
自分のテリトリーというわけでもなければ、救世守護三神とまで謳われる三人が住まうこの南の大陸で犯罪を働くメリットは無いに等しいのだから。
(魔物と人間の融合ってことだけど、それは南の大陸の人間である必要はあるのか? もっと強い素体がゴロゴロいる種族じゃダメなのか……?)
技術的にそれが可能なのかはわからないが、試してみようと考えてもおかしくはない。
頂点クラスの能力は桁外れとは言え、南の大陸の人間は戦闘力の平均値で言えば四大陸の中で最低だ。東や西の住民……鳥人族や山人族の民を使えるのならば、もっと簡単に強い素材を集められると考えるんじゃないか?
(……うん。実際にできるかはわからないけど、そう考える可能性はある。問題は、その実行犯はどうするかだ)
南の大陸で誘拐を働くなら、現地の犯罪者を雇えば良い。多分、闇化生物の製造犯はその手の連中にコネがあるんだろう。
しかし、大陸が変わるとそういうわけにはいかない。相手が強いだけに南でその辺のゴロツキを雇うってわけにはいかないはずだ。
それに、旧魔王軍の侵攻……って言っても僕が産まれる前の話だけど、そのせいで両大陸は南とは比べものにならない被害を受けているってことだから、国民一丸って感じで活動していて犯罪組織の活動は難しい状況だって聞いたことがある。
でも――
(どの程度の自由度があるのかはわからないけど、闇化生物っていう兵力が向こうにはあるんだ。それを使って誘拐を行い、更に強い兵を造り出すことは可能なんじゃないか?)
その路線で考えるのなら、こちらにとっても有利なことがある。誘拐という裏仕事でありながら、その手駒が凄まじく目立つことだ。
闇化生物の外見は、一言で言うと巨大な人型生物……らしい。個体差はあるものの、確認されている中での最小サイズでも二メートルは下回らない。更に全身に黒いオーラ……闇の魔力を纏っており、視覚的にはもの凄く目立つということだ。
反面、魔力探査で見つかることはないようにそっちの隠蔽結界は徹底しているということだが、どっちにしても発見するのは難しくないだろう。
(――そう、これから誘拐犯が現れる可能性が高いのは、西か東――)
絞れるのはそこまでか?
流石にこれ以上の情報は――
「……ただいま」
「あれ? 早かったね、姉ちゃん」
一人推理にふけっていたら、もうノラ姉が帰ってきた。
随分早いけど、何かあったんだろうか?
「そうか? いや……そろそろ帰らないと、母上に見つかるかと思ってな? 夕食に遅れると心配をかけてしまう」
「え……あれ? もうこんな時間か」
気がついたら、大分時間が経っていた。どうやら考えに集中している間にもう日が暮れており、夕食の時間が近づいていたようだ。
……これからもこの件に関して調査するつもりだってことを、父さんや母さんに見つかるわけにはいかないしね。それは正しい判断だ。本人は僕にもバレていないつもりみたいだけど。
(明日は、東か西の大陸で張り込みすることを勧めてみようかな)
そんなことを考えているうちに、母さんも帰ってきて、食事の時間になった。
ただ――
「今日は、父上は帰らないのですか?」
「ええ。お父さん、ちょっと忙しいから今日は帰らないんですって」
済ました顔でパンを口に運びながら、母さんはそう僕らに伝えた。
……父さんに限って心配はいらないだろうけど……うん。
(帰らないってことは、なにか見つけたって事かな?)
もしかしたら、僕らが何かするまでもなく事件は解決するかもしれない。
そんなことを思いつつも、だからといって動かないなんて事はしないんだろうなーとノラ姉を横目で見ながら、今日の食事を終えるのだった。
◆
――朝日が昇った。
今日は父上がいないから、私の早朝訓練も自主練……つまり自由時間だ。
本来ならば稽古をサボることなどないのだが、今は話が別。最低限の基礎練だけはしておくが、ここからは調査の時間だ。
昨日は結局、足で調べても何も出ては来なかった。まあ、そんなことは騎士団がやっているんだから当然と言えば当然なんだが……。
「いや! 諦めない限りは可能性は――」
「ゼロではないけど、もうちょっと増やそうよ、可能性」
「……なんだ? どうしたんだロン? 姉はこれから修行なのだが?」
気合いを入れていたら、ロンが背後から声をかけてきた。
私は努めて冷静に、闇化生物事件のことなどもう考えていないという振る舞いをするが……何故か、ロンは呆れるような仕草をとるのであった。
「姉ちゃんの演技力こそゼロなんだから、そういうのはもう時間無駄なんでスルーするよ。それで? また走り回って適当に聞き込みするつもり?」
「う……気づいていたのか?」
「姉ちゃんの企みに気がつけないようじゃ、僕は今すぐに商人になる夢を捨てるよ。それで? 何か考えは?」
「……特にない」
渋々と、私はノープランであることを明かした。
実際、父上や騎士団の精鋭達が未だに解決できない事件だ。私一人でそんな簡単にいかないことくらいはわかっているんだ。
「僕にはあるけど、聞く?」
「……いいのか? お前も言った通り、私達程度の実力では手に負えんかもしれない危険な話だぞ?」
「……ま、合理的に考えれば何もしないで大人に任せるのが一番ではあるんだけどさ。……だからこそ、ね」
「だからこそ……?」
「僕だって、父さんの息子だからね。敵が強いから引き下がる……じゃ、格好つかないでしょ」
「フッ……! 言ったな? それでこそ私の弟だ!」
「馬鹿な選択ではあるけどね。……それで、次に行くべきなのは――」
………………………………
…………………………
……………………
「おお、シュバルツ……いや、レオンハート殿のご息女とご子息か。久しぶりだな」
「お、鳳様。お久しぶりです。まさか貴方にお会いできるとは……」
「うむ。確かに暇な身分ではないが、貴殿らは恩人の子だからな。礼儀を払うのは当然のことだ」
――私達が目指したのは、西の大陸。鳥人族達が住まう、風の国だった。
何故ここに来たのか。それは、犯罪者が人さらいをするのならばここの方が都合が良いだろう……というロンの予測である。
鳥人族は、虹の樹と呼ばれる巨大樹を代表とする、樹木をくりぬく形で加工することで住居を作っている種族だ。
その高さは文字通り天を衝くもので、翼を持つ鳥人族以外では足が竦んで動けなくなること確実の、南の住民からすれば満場一致の危険住宅である。
当然、その性質だけで防衛力は極めて高く、人さらいなど侵入することも難しいだろう。
しかし、そんな鳥人族達の住居は旧魔王軍の侵攻によってほとんどが失われ、今やここ、虹の樹以外は残されていない。
新しく育てようにも、住居になるほど巨大な樹は十年かそこらでは育たない。成長促進の魔法で懸命に一から育てようとはしているらしいが、過去の戦いでこの大陸全土の大地が強力な毒物に汚染され土壌が弱っているということもあり、中々上手くいっていないのが現状だという。
そのため、今は虹の樹以外の場所――私達の常識に沿った地面の上に建てられた仮住まいに住んでいる住民も多く、人さらいが狙いやすいだろうというのが根拠だ。
ちなみに、東の大陸の山人族たちは山をくり抜くことで住居とする文化を持つ民族であり、こっちは新しい家を簡単に作れるので今も変わらず生活を行っている。加えて技術力では全種族中トップであり、防衛、防犯機能も万全な状態であるため、人さらいとしてはやりづらいだろうという判断も加える。
(だからまずは仮建設された街の顔役に聞き込みを……と思ったのだが、まさか鳳様がいらっしゃるとは……)
ロンの予測は、闇化生物を直接使った誘拐を行う可能性がある、というものだった。
だからターゲットにされそうな復興部隊が滞在している仮建設の街でそれらしい情報が無いかと、実質的には村長のような立ち位置にいるという人に聞き込みに来たのだが、何とそこにいたのは鳥人族最強の戦士として知られ、今は引退しているとはいえ精鋭部隊の隊長を務めていたという鳳様だったのだ。
その実力は、戦士としての技量だけで比べるのならば父上にも匹敵……あるいはそれ以上であるとも言われる豪傑。私としても、尊敬する人物の一人として確実に名を挙げる英雄なのだ。
今では戦士としては現役を引退して風の大陸の女王……雪姫様の側近として仕えているということだったはずなのだが、何故こんな場所にいるんだろうか……?
「最後に会ったのは……雪姫様の生誕祭のときであったか?」
「はい。あのときは、両親と共に出席させて頂きました」
私も世界規模の英雄である父上の娘として、割と各国の王族のパーティなどに参加することがある。
私も父上もそう言った場はあまり得意ではないのだが、招待されて無視するのは無礼ということで参加し、こういった著名人とも面識があるのだ。
だからこそ鳳様とこうして会うことができるわけだが……いや、別に会うつもりがあったわけではなかったのだけども。
「改めて感謝するぞ。時に……そんなに武装して、いったい何事なのだ?」
「そ、それは……」
今、私とロンはいざという時に備えて武装を整えてきている。
もちろん訓練用の模擬剣や張りぼての鎧ではなく、母上の商会と父上の工房が共同開発した本物だ。
母上デザインで儀礼用としても使える華やかさと、父上監修で作られた実戦を想定した性能を兼ね備えた武具。未だ騎士ですらない私がこのような分不相応な武装を持っている理由は、シュバルツ家の娘だから……つまり、正攻法では勝ち目のない父上を狙う外敵に人質目的で襲われる危険性があるから護身のため、ということである。もちろんロンも私のとは違うが武装を贈られており、今回しっかりと身につけている。
とはいえ、こんなものを普段持ち出すことはない。ここまでの完全武装などこれから戦いに出向きますと言っているようなもので、下手なことを言えば鳳様から私達の動きが母上達にばれる恐れがある。
……どうしよう。
「……実は、父に内緒で武者修行に出たいと姉が言い出しまして」
「ほう? 武者修行とな?」
「はい。といっても、今の太平の世でそんなことをする意味があるのかとは思ったのですが……父も、かつては世界を巡り腕を磨いたと聞きます。そこで、各国で見聞を広げたいと武装しての旅をすることになりまして」
「……ほほう? なるほどな。今は引退したとは言え、私も戦士だ。その気持ちはよくわかる。とはいえ、ご両親に心配をかけるのはよくないが?」
「ご安心を。少々温いですが、今は転移ネットワークがありますので、日帰りの予定ですので」
「日帰りの武者修行とな?」
鳳様は、どこか笑いを堪えているようだった。
……ロンの説明では、私が騎士ごっこをするために仮装して遊びに来た……としか思われないだろう。事実、鳳様はそう考え、子供らしいことだと思っているのだ。
これは非常に恥ずかしいが、そう思ってくれているのならばわざわざ母上や父上に連絡しようとはしないはずだ。何せ、日帰りで遊びに来ているだけなのだから。
「それで? こんなところにいったい何の用なんだ?」
「はい……あの、ところで鳳様は、こんな場所で何を……?」
「ん? ああ、私か。私はもちろん雪姫様のお供だ」
「雪姫様も? ということは、ここに雪姫様が?」
「そのとおりだ。視察兼陣中見舞い……と言ったところだな。今は奥でお休みになられているので挨拶はできないが、最近妙な事件が起きているということで民を励ましに来たのだ」
「妙な事件?」
「なんでも、黒い巨人が暴れている……とか」
「ッ!? その話、詳しく聞かせて頂けませんか?」
このタイミングで現れた、黒い巨人。それは……確実に私達が探しているものだろう。
「よかろう。といっても、大した情報は無い。数日前にこの仮設村をその黒い巨人が襲ってきたという話だ」
「その、犠牲者は……?」
「……復興部隊には我が……いや、鳥人族部隊の精鋭、雄々しき翼のメンバーが護衛として付いている。その黒いのも、問題なく迎撃に成功した」
「それはよかったです」
「……でも、なにかあったんですね?」
私は、安堵すると同時に少しだけ残念な気持ちになった。
もちろん犠牲者がいないのは良いことなのだが、それでは手がかりにはならない。
不謹慎ながら一瞬そう思ってしまったのだが――ロンは、鳳様の表情から何か読み取ったようだった。
ロンの言葉に、鳳様はそこから更に話を続けられたのだった。
「ああ。その後、黒い巨人は東の方へと逃げていってな。追撃部隊も出したのだが、静寂の森の辺りで見失った……ということだ」
「え? 逃げたのですか?」
「ああ。勝てないと判断し、逃げたのだろう。そして……その隙に、復興部隊の非戦闘員が襲われた」
「それでは……被害が?」
「いや、寸前のところで追跡に出ていた部隊が異変に気がつき、引き返すことで最悪の事態は免れた。だが、それでも警戒すべき事ではある。戦闘部隊の注意を引いている間に別働隊が誘拐――という組織的な犯行だろうからな」
――陽動。屈強な実力者を目立つ闇化生物で引きつけておき、その隙を突く。
考えてみれば定石とも言える作戦だが、厄介だな……。
「……その、静寂の森……というのは、どの辺りなのでしょうか?」
「ここから……そうだな。お前達の足ならば三時間くらい歩いた先にある小さな森だ。昔は広大な森林だったのだが、先の大戦で滅び、現在は復興中なのだがね」
「わかりました。ありがとうございます」
「うむ。話しておいてなんだが、この問題は我々にとっても深刻な問題であり、現在全力で調査中だ。君たちは気にする必要はない。……では、武者修行の成功を祈っているぞ」
私とロンは、鳳様に一礼して退室した。
これは重要な手がかりだ。敵にとって闇化生物一体がどの程度の価値を持つのかはわからないが、それなりの危険とコストを支払っているはず。となれば、可能ならば使い捨てにするようなことはしたくないだろう。
逃げ出した以上は、回収する意図があったはず。
闇化生物は自我を持たず、他者の命令に従うだけの人形であるという話なので、それは確実だ。
それを、今育て直している森の辺りで見失う――
「索敵能力にも優れる鳥人族の精鋭が、そんな浅い森で敵を見失うはずがないよね」
「ああ。そこから考えられるのは――」
――この鳥人族の大陸にある、敵組織の転移装置。
それがあるのは、静寂の森だ!
◆
「……これでよかったのかな?」
「ええ。ありがとうございました」
「全く……可愛い子には旅をさせよと言うが、苛烈なことだ」
「そうですか? これでも結構甘いつもりですけどね」
「フフフ……。確かに、そうかもしれん。わざわざ旅先に看板設置して回っているようではな」
「そこまで親切じゃありませんけどね。ま、子供の好奇心は大切にしたい……ってだけですよ、オオトリ殿」
あの姉弟は、結局気がつかなかったようだがな。
この部屋にいたのは、最初二人であったと言うことには。




