外伝 シュバルツ姉弟1
番外編最終章となります
――これは、昔の夢だ。
『やーい! チビー!』
『悔しかったらかかってこーい!』
『や、やめてよぉ……』
何てことは無い、日常の光景。
幼い子供が徒党を組んで、他の子よりも発育の遅れている子供を虐めている……そんな、褒められたものではないにしろ、珍しいものではない一幕だ。
しかし、そこに一人だけ、普通ではないものがあった。この私――レオノーラ・シュバルツだ。
『止めろこの悪漢共!』
『ぶべっ!?』
『なっ! この! 女のくせ――』
『やかましい!』
私は、大英雄レオンハート・シュバルツと経済界の女帝、ロクシー・M・シュバルツの長女としてこの世に生を受けた。
この頃の私はまだ6歳か7歳くらいの子供であったが、産まれながらに受けてきた英才教育のおかげで、その辺の一般人の子供が相手ならば何人相手でも勝負にならない……そのくらいの武力は持っていた。
そして、何よりも私は父上に憧れていた。この世界に生きる誰もが知っている、救世の大英雄。いつか、私もそんな立派な英雄になりたいと何も知らずに夢見ていた。
だから、私は偶々そんなイジメの現場を見たとき、何も考えずに飛び出して、一方的な暴力でいじめっ子を成敗したのだ。父上から『身につけた力を安易に一般人にぶつけてはいけないよ』と常々言われていたけど、これは悪漢を成敗するためだから例外だと信じて。
それは勝つことがわかりきっている喧嘩。素人以前の、ちょっと身体が大きいだけの子供に、同じ年頃とはいえ父上から武芸を学んでいる私が負けるわけが無い。
それは過信でも慢心でもなく、見事にいじめっ子を打ちのめしてしまったのだ。
しかし――
『もう大丈夫――』
『う、うわぁぁぁっ!』
――助けたはずの小柄な子は、私を見て逃げ出してしまった。
その時は何故なのかわからなかった。何故、助けた私が恐れられなければならないのかと、本気で悲しくなった。
後に残ったのは、私に痛めつけられて倒れているいじめっ子と、その中心で一人唖然としている私だけ。今にして思えば、滑稽な姿だ。
そして、その日の夜に、父上にその出来事を話したら――
『痛いっ!』
『ま、約束破ったからな』
――まず、襲ってきたのは比較的強めのデコピンだった。もちろん本気ではないが、上半身が後ろにちょっとよろけるくらいには凄い衝撃で、当時の私は涙目になったものだ。
『な、なにするんですか!?』
『一般人殴ったんだろ? 必要もないのに』
『弱い者を助けるためです! 父上は、弱い者イジメを見過ごせというんですか!』
父上は、私が一般人に暴行を働いたとして罰を与えたのだ。
私には、それが納得できなかった。英雄とは人を助ける者。虐められている弱い者を救うために、虐めている悪漢を倒して何がいけないのかと。
もしかしたら、父上はあのいじめっ子達から都合の良い嘘を吹き込まれて騙されているんじゃないか――あのときは、本当にそう思ったものだったな。
『……いいか? ノーラ……俺たちは、まあ、普通の人よりはずっと強い。今のデコピンだって、お前と同じくらいの年頃の一般人が受けてたら最悪死ぬ。それくらいには力に差があるんだ。鍛えているからな』
『はい……』
『そんな力を、俺たちは自ら望んで身につけようと日々鍛錬しているんだ。だからこそ、俺たちみたいな人種は常に忘れちゃいけない。自分の恐ろしさをな』
『私の……恐ろしさ?』
『身につけた力は、それこそ気分次第でいつでも人を殺せる。道具も準備も何もいらない。ただ拳一つあれば、人なんて簡単に殺せてしまう。それは、とても恐ろしいことなんだ』
……人が死ぬ。当時の私にはよくわかっていなかったが、父上の言葉が怖いものであることは何となくわかっていた。
『だからこそ、俺たちは普通の人以上に、自分の力を使わない強さを求められる。今回だって、そのいじめっ子をやっつける方法は、直接殴ることしかなかったのか?』
『……?』
『もっとよく考えてみなさい。いじめっ子を撃退するだけなら、その辺の岩でも割るパフォーマンスを見せて戦意をへし折ったりとか、連続寸止めで脅すとか、直接攻撃する以外にも方法はあっただろ?』
『……確かに』
『いえ、そこはそのいじめられっ子を抱えて逃げるくらいでいいのでは?』
呆れた表情で会話に母上が入ってきたりもしたが、私は父上の言葉に感銘を受けた。
英雄とは、強いだけの者では無い。その強さを己の意思で制御し、本当に成すべき事を成せる者のことなのだと、あの時私は知ったのだ。
『あー、コホンッ! ま、とにかくアレだ。これからは、何かあっても一般人に暴力ってのは最終手段だと思って行動しろよ? 大義名分があれば約束を破っても良い何て考えは、悪いことだ。それとな――』
そこまで言って、父上は私の頭に手を置いた。
そして、わしゃわしゃと撫でてくれたのだった。
『ま、手段はともかく行動としてはよくやったよ。虐げられる弱者を助けるのは、間違いなく良いことだからな』
後でもろもろのケアは必要だけど……と、ぼそりと呟いた父上。
それが何のことなのかはそのときはわからなかったが、この後、父上は私が叩きのめしたいじめっ子達の親元に話に行ったり、いじめられっ子がこの一件で更に虐められたりすることのないようフォローしに行ってくれたのだ。
でも、私はそのときは何も考えずに、ただ父上の手の感触を感じていたのだ――
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…………………………
「……朝か」
夢はそこで終わり、私は本来の自分――今年で12歳になる身体を思いっきり伸ばした。
さて、今日も頑張るか!
◆
「――隙ありっ!」
「甘い甘い」
私的に一番鋭い、一番自信のある剣閃を繰り出すも、余裕の表情で受け止められてしまう。
しかし、その程度は想定範囲内。更にここから、私が昨日寝る前に編み出した新技を――
「ガードが甘い」
「あっ!?」
剣を持った腕を後方に引き、そのまま遠心力で斬りかかるという画期的な秘剣・回転斬りは、剣を下げた瞬間に喉元に刃を突きつけられるという形で終わりを迎えてしまった。
……うぅ……そっか、この技、繰り出す前に隙がでかいという致命的な欠点が……
「ま、何でも試してみるのはいいことだよ。その度に欠点、遠慮無く教えてあげるから」
「うぅ……父上、酷いです……」
「酷くはないとも。手加減はしても遠慮したら修行にならないだろう? さ、実戦稽古で負けたら素振り1000回ね」
新必殺技をあっさりと破られ涙目になる私を、父上は――大英雄、レオンハート・シュバルツは爽やかな笑顔でスルーする。
……普段は優しい父上でも、鍛錬のときにはこれだからなぁ。いやいや、修行をつけてくれと頼んでいるのは私なんだし、泣き言言っている場合じゃないんだが。
私は、偉大な救世の英雄、守護神として崇められるレオンハートの娘、レオノーラ・シュバルツなんだからな!
「父上ー、姉上ー! 食事の時間ですよー!」
「おっと、もうそんな時間か。朝の稽古はこれくらいにして、朝ご飯にしようか」
「むう……もう一回だけダメ?」
「ダメ。遅れるとまたお母さんに課題増やされるぞ」
「うぅ……」
「まだ小さいんだから、栄養はちゃんと取りなさい。あ、素振りはご飯が終わってからね」
もう一回だけリベンジしておきたかったのだが、父上は取り合ってくれなかった。
……素振りのことだけは忘れていないのが父上らしいけど、母上に怒られるのも嫌だしなぁ……。母上の課題、見るだけで頭が痛くなるし。
何故か、今呼びに来た弟のローラントは嬉々として母上の課題に挑んでいるけど、私には理解できない。
ともあれ、私と父上は、ローラントと合流して屋敷の方へと向かうことになった。
御爺様達が住んでいるシュバルツ本家とはまた少し違うけど、私が産まれる前にお母様がデザインして建てたという家は家族四人で住むには広すぎるくらいに立派で、今いる修行場兼庭の広さはちょっとした街が入るくらいにあり、歩いて行くと食卓まで結構時間がかかる。
だから――
「それじゃ、二人とも。目標は玄関まで5分ね。ノーラはそのまま重り付きで」
「……父さん、その二十四時間修行思想何とかなりません?」
「適度な運動は健康維持のために必要だよ、ロン? 将来は商人になりたいという夢は応援するけど、商人も結構体力商売だしな」
「まあ、それは否定しませんけど……」
……私の弟、ローラント――通称ロンは、将来商人になりたいらしい。
つまりは母上の後を継ぐのが夢ということだが、父のような英雄になりたい私とはいつも意見が合わない生意気な弟だ。
それでも、最低限の運動ということで父上から指導を受けているが、本格的に鍛えている私に比べれば随分と温い。
今だって、同じ距離を同じ速度で走るという課題を出されていても、私は朝練のときからずっと付けっぱなしの総計500kgほどの重りを付けっぱなしだしな!
……これでも、一番弟子のアレス兄の子供時代の半分程度だっていうんだから、まだまだ未熟者扱いされているんだろうけど。
でも、私だってもう12歳になったんだし、そろそろもっと認めてくれても良いと思うんだけどな……。
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「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ありがとうございます」
毎日朝食を作ってくれる派遣料理人の方にお礼を言うと、彼は優雅に一礼して応えた。
「どうでしょう? 会長。本日のメニューは」
「そうね……スープはちょっとクドかったかしら。でも、卵料理は朝食としてはあっさりとしていて中々美味しかったわ。軽食メニューとしてなら売り物になると思うから、食品部門長に申請しておいてくれる?」
「ありがとうございます」
……料理人の人は、母上の部下の一人だ。
我が家の毎日の食事の提供を職務としている料理人達は多くいるのだが、父上も母上も何かと忙しく、家で食事を取らないことも多い。
そのため毎日ではないが、偶に食事を作るとそれは母上相手に行われる新商品のプレゼンタイムを兼任することになる。
最近母上のマキシーム商会は食品部門にも大きく手を広げており、その関係で忙しくしているらしいのだ。
まあ、私としては毎日美味しい料理が食べられるのは有り難いのだが……偶に父上に連れられてサバイバル訓練を行うと、その辺の虫とかで飢えを凌ぐことも多いし。
「……さて、私はこれから商会の方に顔を出しますけど、あなたたちはどうするの?」
「僕は、国院の試験勉強で一日家にいるつもりですよ」
「私は父上と稽古です!」
ロンの奴は、国立なんとかかんとか院とかいうもの凄く小難しい学院に入学するつもりらしい。
本当は最低でも20歳以上の学者達が更なる知識を学ぶため……とかそんな目的で受験する場所らしいのだが、こいつはまだ10歳のくせに入学してやるつもりらしいのだ。
私だって、もう父上が見習い騎士として活動を始めた年齢なわけだし、そろそろ見習い騎士として試験を受ける許可をもらっても良いと思うんだけどな……。
「俺は……午前中はノーラに付き合うつもりだよ。午後はちょっと出かける予定があるけど」
「例の件ですか?」
「ああ。クルークの奴に、何か進展がないか聞いてくる。手かがりがなければまた足を使っての調査だな」
(……例の件?)
何やら情報をぼかしたまま話をする父上と母上だったが、何の話だろうか?
気になる……そうだ!
(もし、父上と母上が解決できないような問題を解決したら、私も認めて貰えるんじゃないか?)
最近は平和だから人生そんなに慌てる必要はない、なんて父上は言うが、私は父上のような偉大な英雄になりたいのだ。
そのためには父上と同じように見習い騎士試験を受けたいところなのだが、許可が下りない毎日……つまり、毎朝の父上との実戦稽古で一撃入れられれば許可という条件がクリアできないという日々なわけだが、これなら万事解決だ。
私はあまり頭脳派ではないと思っていたが、中々名案ではないか。
よし、そうと決まれば、まずは――
「ロン! 私についてこい!」
「嫌だよ! 姉ちゃんの思いつきとかどうせ碌でもないもんでしょ!」
午前中の、父上との稽古を終えた後、私は自室で引きこもっているロンを引きずり出すことにした。
「いいから、父上の後を追うぞ! 父上が抱えている問題とやらを、率先して私が解決するのだ!」
「父さんが苦戦しているような事件が姉ちゃんに解決できるわけがないでしょ!」
「だからこそ意味があるのだ! この一件を、私は私伝説の最初の一ページに加えることにした!」
「このバカ姉! できないことをできるって言うのが一番アホなんだぞ!」
「誰がバカでアホだ! 私はできることしか言わん!」
「具体的に何が問題なのかもわかってないのにできるって言い張る人をバカと言って何が悪い!」
ロンは、私より幼いとはいえ母上にいつもくっついて教えを受けているから頭が良い。
だから役に立つと思ったのだが……この石頭め。まさか最初の一歩から躓くことになるとは。
「うるさい! いいから来い! ロンなんて、400キロも走るとバテる貧弱野郎のくせに!」
「何をこのゴリラ姉! ノラ姉なんて、賢者認定試験で80点しか取れないバカのくせに!」
「ノラ姉言うな! 野良犬みたいでなんかヤダ!」
「そこはゴリラに反応しろ!」
気がついたら、何故か協力するどころか姉弟げんかになっていた。
いやいや、こんなことをしたいわけではないのだが……よし!
「時に、頑固弟よ」
「なに? 脳筋姉よ?」
「昔徒手格闘術の出稽古で、クンさんに教わったいい言葉があるんだが、聞きたいか?」
「……え」
「『最後にものを言うのは、腕力』だ」
「え?」
「あっ!」
古典的な手だが、突然大声を出すと共に窓の外を指さし、一瞬だけ意識をそらさせる。その隙に弟の首根っこを掴み、反抗する前に――
「ダッシュッ!」
「ヤメ――ぐえっ!?」
その状態のまま、全力で外に走る。急激なGによって一瞬気道が潰されて潰れたカエルのような声を出すロンに、抵抗する余裕などない。
もちろん、手加減はしている。本気でやればこの首取り加速で落とすこともできなくはないが、この程度ならいくら貧弱弟でも数秒動きを止めるだけで終わりだろう。
しかし、その数秒の隙に外にさえ出してしまえば――
「姉の言うことには絶対服従なのだ!」
「この脳筋アホ姉!」
一度外に出てしまえば、何だかんだ言っても私の弟だ。父上のお困りごとに興味が無いはずがないし、見聞を広める大切さも十分に理解している。
そう――要は、一歩外に出してしまえば後はなし崩し的に協力者にできるというわけだな!
さあ、後はどうやって父上の抱えている問題について調べるかだぞ、弟よ!
◆
「ったく……で? これからどうするつもりなの?」
「うむ! 父上は朝食の時、クルーク……スチュアート殿のところに行くと仰られていた。つまり、私達の行くべき場所もそこだ」
強引に連れ出された僕と誘拐犯のノラ姉は、近所の喫茶店でお茶を飲みながら話をしていた。
僕は、この脳みそよりも筋肉で物事を考える駄姉に渋々協力することにしたのだ。
まあ確かに、父上が簡単に解決できない事件というのには興味があるし、国院の受験には今までの功績という項目もある。元々それぞれの分野で一定の成果を上げた人間が集まり更に上を目指すためにある場所だから、やはり筆記試験だけではなく何かしらの分野で功績をもつ人間が求められるのだ。
その点から考えても、ノラ姉に協力するメリットはないと言えば嘘にはなる。
なる、けど……
「スチュアート研究所に父上が行ったのは間違いないと思うけど……そっからどうやって情報を抜く気? あそこ、所長のクルークのお師匠さん自らが施した防犯、防諜対策がこれでもかと張り巡らされた魔法の要塞だよ?」
「え? そ、それはだな……無理かな?」
「無理。そりゃ、僕はクルークさんに魔法を習ったりもしてるから並の魔法使いの守りなら突破できる自信はあるけど、相手は世界最高の大魔道士だよ? 姉さんが全力の父さんに勝利するってくらいには無理」
自慢ではないが、僕は商売人としての知識の他に、魔法使いとしてもそれなりのものである。
父さんの言うように商人には体力が必要というのは否定しないが、それ以上に、やはり汎用性は魔法が一番だ。
商売上、最低でも知識だけでもあれば役に立つ場面は多いと、僕は父さんのコネで世界最高の魔法技術の持ち主であるクルーク・スチュアートさんに弟子入りしている。
おかげで知識、実技ともにそこそこできる方だという自信はあるけど……だからといって、お師匠さんの魔法技術にはまだまだ手も足も出ない未熟者ってことはわかっているんだよね。
「うーん……となると、どうすればいいんだ?」
「多分騎士団の方にも情報がある可能性高いけど、あっちはあっちでお爺ちゃんがいるしね」
「御爺様、私達が近づくと目視もできない距離からでも反応するからな……」
僕たちのお爺ちゃん、父さんの父さんであるガーライル・シュバルツ騎士団顧問。
昔っから可愛がってもらってはいるんだけど……その、何というか……最近、愛が重いというか鬱陶しいというか、そんな感じで疎遠になっている。孫が可愛いっていうのは書物にもよく出てくる表現だから、多分そういうことなんだろうけど、僕にはいまいちよくわからない。
会う度にお小遣いとかプレゼントとかもらえるのは嬉しいんだけど、やっぱりスキンシップが過剰すぎて……僕らが関わらなければ老いてなお厳格な元騎士団長として騎士団のご意見番を務めている偉人なんだけど、僕らの前だと、ねえ?
そのせいで余計に拗れて、今では僕らの気配を厳戒態勢の見張りより敏感に捉えてくるので、こっそり騎士団に忍び込んで最近の事件の情報を抜く……というのはスチュアート研究所と同レベルに難易度が高い。
「母上も知っているみたいだけど……商会は商会できついよな、影がいるし」
「諜報特化部隊だからね。僕らが出し抜くのは無理」
マキシーム商会諜報部門、通称『影』。彼らは戦闘力を持たない代わりに諜報能力に特化している、母さん直属の配下だ。
その能力は情報戦に限ってはもの凄く優秀で、逆立ちしても僕らが何とかできる相手ではない。
そしてもちろん、朝食の席であえて誤魔化すような言い方をしていた以上、母さんには僕らに情報を渡すつもりはないってことだろう。
となると、そっちの方からも無理ってことになるね。
「うむむ……ならば、どうすれば……」
「……確実性には欠けるけど、手はあるよ」
「なに? どんな方法だ?」
早速手詰まりになったノラ姉に、僕から一つ思いつきを語ることにした。
「父さん、情報がなければ手当たり次第……みたいなこと言ってたじゃない?」
「言っていたな」
「ということは、その事件の情報提供を信頼できる知り合いに広く求めていると推測できるよね?」
「そうだな」
「となればつまり、父さんの交友関係の中で、一番口を滑らしやすい人を当たれば可能性はあるってことだ」
「……なるほど、あの人か」
「うん」
ノラ姉は僕の考えを一言で察し、なるほどと頷いた。
そう、こういう情報戦で一番にあたるべきなのは、口が軽くて深く物事を考えない人。
すなわち――
「あら、あんたら久しぶりね。元気してた?」
「お久しぶりです。魔王陛下」
――現魔王、カーラ・ドラカその人である。
父さんの騎士時代は違ったらしいけど、平和になった代償に昔より人口が減ったらしい今の時代では、お互いの協力が生きるのに不可欠となっている。つまり防衛の観点から使用を厳しく制限されていた転移装置もかなり使用条件が緩くなり、大陸間移動も特別な許可なく気楽に使えるようになっている。
母さんは『人間は数が多いと争うが、少ないと協力し合う生き物』だなんて言ってたけど、今は協力の時代ってことなんだろう。
そんなわけで、僕らが北の大陸にある魔王城城下町まで来るのには全く困らない。母さんのコネで、転移装置の無料パスポート持ってるし……。
この町はまあ、いわゆる魔族の人たちが主な住民だけど、最近はほかの種族の移民も増えており、にぎわっている。
この町の建設には父さんも母さんもかなり協力したらしく、カーラ魔王個人との縁もあってシュバルツの名前はかなり強力だ。
それこそ、アポ無しで魔王様との謁見が叶ってしまうくらいには……。
「前に会ったのは……三年前くらいだっけ?」
「はい。魔王陛下も、お変わりないようで何よりです」
ノラ姉は、気さくな魔王陛下に笑顔で挨拶していた。僕も、声には出さないまま頭を下げて応える。
魔王カーラ様は、何というか……魔王という肩書きからは信じられないくらいに明るく奔放な人だ。いわゆる物語的な邪悪さとは無縁の、無邪気な人という奴である。
その正体は、吸血鬼。いわゆる人を襲い血を啜るアンデッドとして恐れられる存在であるが、同時に現騎士最強の人間、メイ・クン上級騎士の弟子という顔も持っている。
まさか魔王が人間の弟子というだけでもいろいろと、事実は小説よりも奇なりって感じだが、まあそんなわけで人類と魔族の関係はすこぶる良好である。
「それで? どうしたの二人だけで? レオンの奴は一緒じゃないの?」
「え、ええ。今日は私達二人だけでご挨拶にと……」
ノラ姉は、そこで無言の視線を僕に向けてきた。
確かに、魔王陛下は気さくで無邪気……オブラートを外すと考え無しな人だが、それでも僕らだけで先触れもなしにいきなり会いに来たとなれば何か疑問に感じるだろう。
陛下の言葉どおり、直接会うのは三年ぶり……つまりは、僕らからすると父さんの友人という関係性の薄い相手であり、突然会いに来たとなれば怪しまれないような言い訳が必要になるわけだけど……。
「あ、もしかしてレオンのお使い? 最近迷惑している闇化生物って奴の」
「……はい!」
……何か、コッチが何かするまでもなく話してくれそうな気がしたので、元気よく返事をしておいた。
でも……闇化生物? 聞いたことないけど、何の話なんだろう。
「こっちも困ってるのよねー……。うちの国民の魔物の行方不明者も日に日に増えてるし、そっちも同じような状況なんでしょ?」
「ああ、はい。そうですね」
僕は、それに関しては本当に心当たりがあると頷いた。
と言っても、余り詳しいわけではなく、母さんから『最近人さらいが出ているらしいから気をつけなさい』と注意されただけなのだが。
……あのときはただのお小言かと思っていたが、もしかして、父さんが追っている問題っていうのはその人さらいのことなんだろうか……?
いや、そんなことよりも、ここで考えるべきなのはさっき出た『闇化生物』と人さらいの関係だ。
モンスター……魔物は今や全て目の前の魔王カーラ様の支配下にあり、魔物なりの秩序のルールに従って生きている。
もちろん、そんなことを理解できない知性の無い怪物は今でもいるが、その手の連中も魔王領の家臣達が回収しているということで、ここ数年は魔物被害なんて滅多に起きない事件と化しているって本には書いてあった。
その魔王様が困るモンスターの名を持つ存在と、行方不明者の関係……?
「あー、それなら、レオンに伝えておいてくれる? こっちの調査によれば、犯人はこっちの国民ではないって。行方不明者が出た付近には儀式魔法による転移痕があったってことだから、多分他の大陸から転移で攫って行っているって」
「……わかりました。伝えます」
……一先ず頷いておいたが、まだまだ情報が不足しているな。もっと、詳しい話を聞きたい。
「魔王陛下」
「何?」
「よろしければ、その事件……もっと詳しい内容をお聞かせ願えませんか?」
「ん? レオンからは聞いてないの?」
「ええ、まあ。そこまで詳しい話は聞いていないので、せっかくならば一から聞いてみたいなと」
「そうねぇ……アタシも結構忙しい人だし、そういうことなら……ケー!」
「はい、陛下」
魔王陛下は、側近のゴブリン……今や魔王領に関する教科書にも載っている有名ゴブリンのケー宰相に声をかけた。
ゴブリンでありながらゴブリンとは思えない精悍な身体と知性を持ち、魔王領の実質的な政務を行っている偉人ならぬ偉ゴブリンだ。
「簡単に説明してあげてくれる?」
「よろしいのですか? これは機密情報扱いとなっていますが」
「主導しているレオンの子供なんだから大丈夫でしょ」
……今は有り難いことなんだが、それでいいんですかね魔王様?
まあ、それだけシュバルツの名前が強いってことなんだろうけど……。
「わかりました。では、別室で簡潔にご説明させて頂きましょう」
「よろしくね。それじゃ、アタシも重要任務に……」
「どこへ行かれるので?魔王様はこの後北部の領主陣と会合です」
「……今日、新装開店なのよ、城下町のケーキ屋」
「ケーキは買いに行かせますから――仕事です」
「……フッ!」
「ハッ!」
約束を取り付けたあと、急に漫才が始まったと思ったら……魔王と魔王の側近の姿が消えた。
いや、僅かな影が目端に残ったことから考えて、超高速で移動したのだ。
「おお……流石は魔王陛下。速い」
……僕にはよく見えなかったが、ノラ姉にはギリギリ見えていたらしい。
話しぶりから考えて、仕事をさぼって逃げ出した魔王様とそれを追う宰相という非常にくだらない話だったんだろうけど……うん。
やってることのくだらなさはともかく、流石は魔王とその側近だね。
「さ、お二方。こちらへどうぞ」
「あの、放っておいてもいいんですか……?」
「ええ。いつものことなので、その内捕まりますから」
超高速で消えたお二方にとくにリアクションも起こさない他の配下の皆さんは、僕らを別室へと案内してくれた。
いや、流石は魔王城。僕の常識とはいろいろ違うんだなぁ……。




