最終話 未来へ
世界の存亡をかけた戦いから五年――俺たちは、今もこの世界で生きていた。
「……シュバルツ様。次お願いします」
「了解。次は何を?」
「えーと……1班は資材の運搬、2班はここで作業員の編成、3班は一度休憩ですから……シュバルツ様はこの辺りの土砂を退けてください」
「わかりましたよっと」
今となっては夢か妄想だったんじゃないかとも思えるような、神との殺しあい。その勝者となった俺たち人間は、今日もこの世界で生きている。
あの戦いは決して夢でも幻でもなかっと理解させる現実と向き合いながら。
「……ほっ!」
軽く魔力を放出し、目の前の土砂を吹き飛ばして平地をつくる。退けた土砂は後で一ヶ所にまとめて別の場所に捨てるが、建築作業を進めるにはこれで十分だろう。
土木作業の手伝いは本職ではないのだが、有り余った力を有効活用するにはこれが一番効率がいい以上わがままを言う余裕はない。
(人手が足りない……できることをやらないってわけにはいかん)
俺は一仕事終えた後で空を見ながら思う。
今、この世界は深刻な人手不足に陥っている。理由は5年前の戦いの爪痕。創造神が発動した理想郷への強制移住……その誘惑を断ち切り本来の世界へ戻ってきた人間は大勢いるが、逆に理想郷に閉じ籠った者も大勢いるのだ。
創造神がいなくなってもこの世界が残っているのと同じように、理想郷もまた創造神を倒しても消えることはなかった。今もなお、大勢の人々を都合がいい夢で満たしていることだろう。
その決断は、決して間違いではない。上手くいかないことの方が多い現実よりも、全てが思い通りになる理想郷を選ぶことを否定する権利は俺にはない。
それに、何もしていないくせに全てを手にしたがる怠け者は置いておくとしても、理想郷の中でなければ満たされない者だっているだろう。大切な何かがあるのなら、幻想ではなく本物を守るために現実を選ぶ。だが、大切な何かを失った人間が、二度と手にすることができなかったはずの温もりを取り戻すことができる理想郷を選ぶのは誰にも責めることはできない。
だからこそ、俺たちは無理に理想郷を破壊して現実に引きずり出すことはしなかった。そんなことをしても無駄な争いを生むだけだから。
しかしそうは言っても人が減ったのは事実だ。数年で調べたところ、世界人口は戦争の前の4割ほどにまで減少している。更に『家族を守るために現実に戻ったのに家族は理想郷から帰ってこなかった』といった事情で鬱状態になってしまった者も多く、人手不足は深刻というわけだ。
おまけに、仮初めの理想郷に魅了されなかったからといって善人というわけでもないからな。アグレッシブに自らの手で成功を収めてやろうという悪人も普通にいるので、その辺に煩わされることも多い。
と言うかもう、戻ってきたのはどいつもこいつも我の強い人間ばかりなのでトラブル多発なのだ。
おかげでこの5年、俺は各地の復興に走り回っている。
世界を救った英雄――そんな不釣り合いな肩書きの代わりに、俺は騎士の称号を返上した。理由はいろいろあるが、主なものは二つだ。
一つは当然この復興作業のため。マキシーム商会が主軸となって行われているこの復興作業に参加するには国に所属しているのは不都合が多い。もちろん国家として国力の回復は急務なので何をしようが文句は言わないだろうが、それでも国の都合が優先されてしまうからな。
とはいえ、それは所詮表向きの理由。本当の理由は、バランスを保つためだ。
(俺が一つの国に所属ってのは……今後のパワーバランスに問題出るしな)
世界に散らばった究極の力……世界破片。紆余曲折を経て、七つある世界破片の内六つは俺が管理している。
本当ならそんなもんを個人で管理するのは問題なのだが、他に置いておける場所もないので仕方が無い。その辺に封印しておくよりは俺が持っている方がずっと安全だ。
他の連中に押しつけようとしたこともあるのだが、そんなもんを持っていて平静を保っていられるのはそういう生き物である俺くらいなものなのだと突っ返されたのだ。
だが、そのおかげというかせいというか、その気になれば俺は世界の全てを敵に回しても勝利を収めることができてしまう。相手が神でもないのに世界破片に頼るつもりは俺にはないが、他のものからすればそんな都合良く考えはしないだろう。
今はまだお互いに世界を救った盟友同士って認識が強く残っているから世界は平和だが、この先もずっとそうである保証はない。そして平和のバランスが崩れたとき、俺という存在は間違いなく強力なカードになるだろう。俺が何をするまでもなく、俺が何かするかも知れないと思っただけで不平等な交渉がまかり通ってしまう。
だからこそ、俺は国家間に対して中立……民間人であるって立場を選んだわけだ。
「他の連中も頑張っていることだし……俺もまだまだ頑張らないとな」
俺が抜けた穴は、メイやクルーク、アレス君達が十分すぎるくらいに埋めてくれるだろう。
メイは言うまでも無く武力の象徴。人類最強の戦士として数多の犯罪者に睨みを効かせている。
クルークも多大な功績によりスチュアート家に課せられた罪を許され、元のように貴族兼魔術師としてリリスさんと共同で多くの発見、研究を行っている。
そして、アレス君はなんと現騎士団長である親父殿の補佐……つまり副団長となっている。何せ聖剣を使いこなし、何の誇張でもなく今この世界に生きる全ての人を救った大英雄だ。本来ならそのまま団長の席に座ってもいいくらいなんだが、流石に指揮官としては経験不足ということで親父殿の下で目下修行中である。
「……一部頑張らなくてもいい人もいるけど」
俺は聖都と呼ばれる土地のことを思い出し、ため息を吐く。
自らが崇めていた神を自らの手で滅ぼすという凄まじい禁忌を犯した女神教は、速攻で教義を変更し崇める対象を変えてしまったのだ。
その逞しさと行動の速さは流石の一言だが、問題はその新しいご神体だ。
……女神教改め、守護神教。世界を救った新たな神である守護神レオンハート・シュバルツを崇める宗教らしい。
はっきり言おう。自分の銅像やら何やらがそこら中に飾ってあり、人々がそれを拝んでいる光景……逃げる以外の選択肢がない。
そりゃ確かに神の領域に上がってしまったのは事実だが、だからといって崇める必要は全くない。神を失った世界で人々が心の拠り所とする新たな宗教の必要性と言われれば否定はしないが、だからといって俺を使うなという話だ。
まあ、女神の代用品が務まる説得力のある偶像が、直接その女神を倒した俺になるってのは仕方が無いのかもしれないけどさ。
そんなことを思いながら、俺はここでの作業を片付けるのだった。
宗教の偶像が、やっていることは土木作業……ある意味これが最も神に対する冒涜なのかもね。
◆
「次の現場は……ここか」
俺は特に公共の移動手段を使うことなく、走って大陸を移動する。
海の上を走るのには慣れたとはいえ、流石に転移の方が速いんだけど……まあ修行ついでだ。仕事が忙しくて修行時間が上手く取れないからこういう時間を活用しないとな。
「……ここも大分発展してきたな」
俺がやって来たのは、鳥人族達の大陸だ。
彼らの国は魔王軍によって徹底的に疲弊させられていたが、山人族たちからの技術提供もありものすごい速度で復興と発展を遂げている。
種族の違いから娯楽施設などいろいろ理解不能なものも多いが……一目でわかるのはなんと言ってもこの豊かな緑だろう。
魔獣王軍の毒攻めにより汚された土地も、コツコツ毒抜きを繰り返したおかげで本来の自然を取り戻しているのだ。精霊竜がいなくなっている分大気の浄化力は落ちたが、まあそこは努力の賜だな。
「レオン様。ようこそいらっしゃいました」
「え? ……これはこれは、姫様。一体どうしてこんなところに?」
「もちろん、ご挨拶に伺いました」
突然声をかけられた俺は、予想外の人物だと思いながら頭を下げる。
俺を迎えてくれた鳥人族の作業員に混じって、何故か鳥人族の王族である雪姫様、相談役のサフィリア姫様、そしてその護衛のオオトリ殿が現れたのだ。
何でいるのって驚きで少しどもってしまったが、まあ許してくれるだろう。
「ここも大分復興が進みました。これも皆様の協力のおかげです」
「いえいえ。何よりも、皆さんの強い思いの賜ですよ」
すっかりと成長し、昔のように暗い印象を与えない雪姫様と軽く会話をする。
裏切りによって閉ざされた心も大分癒え、今では王族として日々成長している。と言っても荒れ果てた環境の復興なんて大事業を滞りなく進めるにはまだ経験不足なので、それを補っているのがサフィリア姫様だ。
「シュバルツ様……こちらに来ると聞いたのでご挨拶に伺ったのですが、よろしいのですか?」
「サフィリア様……何がでしょう?」
「何がって、明日……」
「心配は無用です。転移ネットワークを使えばどこにいてもすぐに戻れますし、そもそも私なら本気になれば世界の端から端までくらい1時間で行けます」
サフィリア姫様の言葉を強引に断ち切る。明日のことはまだ考えないで行きたいのだ。準備はしっかりしているし……。
にしても、この姫様は本当に優秀だ。本人はどさくさに紛れて兄であるバーン王子が国王の座に着いてしまったことに荒れていたそうだが、それでも異種族の中に混じって政治を動かすのは中々できることじゃないだろう。
フィール王国の王座は埋まってしまったが、間違いなく彼女は歴史書に名前を残すことだろうな。
「……はぁ。まあ落ち着かない気持ちはわかりますが」
「……姫様方。そろそろ会議の時間です」
「あ、もう? ……ではシュバルツ様。また明日に」
姫様達はそこで会話を打ち切り、去って行った。その顔にやれやれという感情を乗せつつ。
「さて、ここが終わったら今度は山人族大陸か」
姫様方の心の声は聞こえなかったふりをして、俺は次の仕事のことを考える。
まずは目の前の荷物を全部運ぼうと、全身に少しだけ力を込めるのだった。
◆
「ふぅ……到着。山人族大陸での今日の作業はあんまり時間かかららずに終わりそうだな」
俺はマキシーム商会発行の指令書を確認し、到着した山人族王国の王都の中で一息つく。
元々この大陸は魔剣王の軍勢によって滅亡寸前まで追いやられていたが、現状では発展具合トップだな。元々の技術力の差はかなり大きいのはもちろんのこと、山人族は比較的理想郷に囚われた比率が低いのだ。
職人気質の住民が多いせいか、楽に手に入る理想郷にあまり惹かれないらしい。魔王軍によって引き起こされた惨劇の心の傷が原因で戻らないと思われる者も、もちろんいるが。
「あら、レオン様。お久しぶりです」
「あぁ……リリスさん。今日はこっちに?」
「ええ。山人族の皆さんとの共同研究は楽しくていつまでも止められませんから」
予定の確認をしていたら、俺の姿を見てリリスさんが声をかけてきた。
彼女、以前は俺の名義で立てた工房で研究開発をしていたが、今は留学扱いでこの山人族大陸の研究所に所属している。
先ほど訪れた鳥人族のところの大地改善技術なんかもここで研究開発されたものだ。彼女の本来の所属は俺の所有研究施設――実際の管理はマキシーム商会――なので、俺の懐にもとても貢献してくれている。
「でも、レオン様がどうしてここに……?」
「どうしてって、仕事だけど?」
「仕事ということは、兵士の皆さんの教導ですか? でも明日は……ああ、そういうことですか」
リリスさんは少し首を傾げてから納得したと頷いた。しかし、その顔には何か別の納得も含まれているようで、ちょっとニヤニヤ笑いが含まれている。
俺はそれをスルーするが、ちょっと居心地が悪い。これは早々に会話を切り上げ、早く仕事に向かうべきかも知れない。
「大変ですね……山人族の兵士の皆さん」
「ええ。本来ついて行くべき英雄がほとんどいなくなってしまったわけですから。彼らも早く一人前にならないと山人族王がいつまでたっても安眠できませんよ」
「……レオン様の教導を受けることって意味だったんですけど」
俺は激流の中で落ちる針の音すら聞き分ける聴力を誤魔化し、最後の台詞は聞こえなかったことにする。
……理想郷はともかく、山人族たちの戦争での被害者はかなりの数に上る。特に英雄と呼ばれるような戦士の大半を失っている山人族たちに最も欠けているのが、優れた武力を持った個人。
国としても技術面ばかりで防衛力に劣るというのは問題なので、ここで俺がやる作業とは主に教導である。土木作業員として山人族以上に優れた種族はいないこともあり、俺は生き残っている兵士達に武芸を教えているわけだな。
正式な弟子入りではなく、週一で顔を出す程度の外部協力者だ。流石に他国の軍人の指導の責任者はできない。
あくまでも鍛錬のメニュー作りと指導を任されているだけなので、マニュアルにちょっとアレンジをするくらいに止めなきゃいけないのが不満と言えば不満だが……まあ、これも仕事だ。
(本音を言えば質と量をそれぞれ後五倍は上げられると思うんだが……まあ、死なれても困るし仕方が無いか)
「では、私はこれで失礼します。明日は頑張ってくださいね」
「ああ、うん」
リリスさんは笑顔で会釈してから離れていった。
……さて、個人的にはちょっとばかり安全に気を配りすぎなメニューを頭の中で組み立てながら、今日も元気に修行を付けるとするか。
これが終わったら、次は……北の大陸だな。
◆
「……ここも変わったものだな」
北の大陸。元魔王軍の総本山であった大陸だ。
ここは火の精霊竜による攻撃で常時灼熱地獄のようなことになっており、草木一本生えない死の大地であった。恐らくは魔王神の封印関係でうかつに手が出せなかったのをいいことに、創造の女神がチクチクとした嫌がらせをしていたわけである。
まあ、そんな環境でも魔族は普通に生きていたのであまり意味はなかったのかも知れないが。
しかしそれも昔の話だ。アレス君チームと魔竜王の戦いの最中火の精霊竜があっさりと殺されたことで、ここも本来の環境を取り戻している。
まあ自然と言えるのかはわからないが、初めから壊滅しているなら失敗してもいいじゃないと言わんばかりに徹底的な環境改造を行ったことで不自然な速度で自然を取り戻しているのである。
不毛の大地というのは本来敬遠されるべき場所なのだが、商魂たくましい連中によってすっかり様変わりというわけだな。
……その過程で生み出された、砂漠よりも酷い環境を復活させたいくつかの魔法や技術は普通に世界を救う以上の功績だったんじゃないかと俺は思っている。
「あら、レオン。どーしたの?」
「……俺は仕事だよ。そっちこそこんなところで何をやっているんだ? まおーさま」
風景を眺めていたら、一人の少女が俺に向かって歩いてきた。
俺が魔王と呼んだのは、誰であろう……カーラちゃんである。あのカーラちゃんである。
いやなんでこの子が魔王なんだと今でもいいたいのだが、他にいなかったのだ。
何せ魔王軍との戦いで、全て総大将であった魔王神を筆頭に四魔王、四副将、その下の幹部と全員倒れている。唯一生存している元魔人王軍副将……つまりカーラちゃんの父親は引退を宣言して表舞台に出るつもりはないようだし、そうなると生き残った魔を率いる者が誰もいなかったのだ。
もう魔王神もいないのに「魔物だから」なんて理由で討伐して回るのは気が進まない。魔物といえども手を取り合い共に戦うことができることは証明されていたことだし、今だって多くの魔物が世界の復興のために汗を流しているのだ。
しかし指導者のいない魔物を野放しにするのもそれはそれで危険。人間だって無秩序のままでは危険なのだからそこは当然の結論だ。
かといって、魔物の王を人がやるのは無理がある。生態そのものが違う相手を支配するのにどれだけ無理が出るかは俺でも予想がつく話だ。
もちろん力で従えるだけならできないことはないが、それでは意味が無い。あくまでも魔物は魔物として発展していくことがこの世界を進化させるために必要なことなのだ。
そんなこんなで、結局全ての魔族の頂点として選ばれたのが、魔物を率いる者として結果的に最大勢力を築いていたカーラちゃんになったわけである。娘のためならばと元魔人王軍副将カーネルも相談役を引き受けたことだし、もう仕方が無いのである。
「アタシ? アタシは最近できたレストランに行ってきた帰りだけど?」
「……仕事は?」
「ちゃんとやったわよ! ……ケーが」
「ゴブリン隊長さんか……カーラちゃんも少しは頑張らないと、世界初の過労で倒れるゴブリンの称号が与えられちゃうぞ?」
しかしまあ、魔王と言っても実質頑張っているのはカーラ軍の幹部達である。
カーラちゃんはあくまでも魔物達の象徴であるとし、君臨すれども統治はせず……なんて考えているわけではないだろうが、実務は他の魔物が共同で行っている。カーラちゃんは今でも食って鍛錬してまた食っての生活を送っているようだ。
そうして力を付けた王が上にいることこそが、魔物の統治には必要なことなんだろうけど。
「ところで仕事って何?」
「今度新しい街を作るんだろ? そこの整地を頼まれてるんだよ」
「あー……あそこね」
カーラちゃんはそれだけで何の話なのか理解したようだ。どうやら、少しは成長しているらしい。
この大陸も今では魔族が住まう土地として立派に発展しており、まだまだ伸びていく。正直何のためにあるのかさっぱりわからん建物も沢山あるが、きっと魔物にとっては必要なものなんだろう。
俺は、そんな世界の発展にこれからも貢献していく。神を倒した人間として、神以上にこの世界のために働くのは義務みたいなもんだろうと、俺は思っているから。もちろん有料だけど。
「……あ、そうだ。言い忘れてた」
「ん? 何を?」
一人でシリアスに決めていたら、カーラちゃんがぽんっと手を叩いた。何か思い出したらしい。
「えーと、おめでとうございます」
「……何が?」
「何って……結婚するんでしょ? 前から話は聞いてたけど、ようやくねー」
カーラちゃんはケラケラと笑いながら祝福を述べてくれた。
いや、うん……そうなんです。落ち着かなさすぎて何故か一日で世界一周する仕事計画とか立てちゃったけど、ついに来たか……。
みんなニヤニヤするだけで核心には触れてこなかったけど、この子は来るよね、うん。
……世界の復興のために延びに延びていたんだけど……俺、明日結婚します。
◆
「師匠、おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」
時は流れて、ついにこの日が来た。五年前の告白から、ここまで来るのに随分と時間がかかったものだ。
この着慣れない白い服に身を包み、将来を誓い合う儀式。人生の晴れ舞台、あるいは人生の墓場と呼ばれる行事の日だ。
既にお決まりの予定は消化済みで、最初の挨拶から始まり、友人代表スピーチから誓いの言葉、そして……誓いのキスまで完了した。
今は格式張った式の予定から離れた知り合い一同への挨拶なのだが……我ながら、招待客の個性が強いな。
弟子であるアレス君や家族である親父殿と母上の時点で世間的にはかなり強烈だし、そうじゃなくても自国の王族から鳥人族から山人族の王族……果ては現魔王からその配下のモンスター軍団も普通にいるからな。
「アレス君は予定無いの? 告白されまくっているって聞いてるけど?」
「え? えっと……その、まだ僕には早いかなって……」
アレス君は照れて顔を背けた。噂によればここ数年で背はあまり伸びていないがますます逞しくなってきた英雄のハートを射止めようと貴賤無くお嬢様軍団が動いているとのことだ。
肉食獣に狙われる草食獣の気分……気持ちはよくわかるが、まあその内良縁もあるだろう。
「しかしシュバルツ……びっくりするくらいに似合わないな、その格好」
「レオン君は普段黒系ばっかりだもんね。騎士を引退する前は基本騎士服だったし」
「お前ら……本当のことを言ってどうする」
メイやクルークも礼服に身を包んでお祝いに来てくれているが、こいつらだって人のことは言えないだろ。
いやまあクルークは流石にこういった式典での服も着こなしているが、メイなんて女性用の礼服が死ぬほど似合ってないぞ。いや、こいつがきちんと女性用の服を選んできたことだけでも評価すべきかもしれないが。
……とりあえず、お前はあっちのバイキングコーナーを一人で殲滅しようとしている魔王様を止めてこい。
いやまあ、種族問わず招待する分メシは大量に作らせたから大丈夫だと思うけど。
「にしても、誓いのキス……思ったよりも堂々としてたね?」
「ふんっ! いい大人がキスの一つや二つで狼狽えるか!」
「ああ、慣れていると? これはお熱いことで」
「いや、そういう意味じゃ……」
その後も、主に俺がからかい倒される形で会話は弾んでいった。
そんなやりとりをしている内に、もう一人の主賓が近づいてくる。今日から正式に俺の妻となった、ロクシーだ。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました」
定型文から始まって、和やかに会話が続いていく。
普段から基本ドレスなのであまり新鮮さはないが、やはりウエディングドレスという奴は心に来るものがあるな。
こう……うん、なんかね。
「……ところで、準備は万全ですか?」
「ええ、もちろん。新婦のお願い、準備万端整えていますよ」
「それはよかった」
「……何の話だ?」
ロクシーは何かを企んでいたらしく、笑顔で参列客と話をしている。
何か余興でも準備していたのか? しかしさっき有名音楽団の演奏だとか一流サーカスやらが散々余興やってたし、今更素人芸をやっても冷めるだけだと思うんだが……?
「では、お色直しと行きましょうか、アナタ?」
「アナタって……そんな予定あったか?」
「あったんです。さ、こちらに」
ロクシーは強引に俺を連れ出して、衣装を着替えるように命令してきた。
何が何だかわからないままで、俺は用意された衣装に手をかけるが、そこには……。
「俺の鎧に剣じゃないか」
用意してあったのは、何と鎧と剣だった。神と戦ったときにも使用した俺のガチ装備……普段使いするには強すぎるからと家に置いてあるこいつらが、なんでここに?
「記念撮影でもするつもりか?」
訳がわからないながらも、とりあえず身につける。
……やっぱり、この格好が一番落ち着くな。
「レオンハート。準備できたかしら?」
「ああ。で、何するんだ?」
「来ればわかります」
着替えて外に出たら、少々動きやすい格好に変わっていたロクシーがまた俺の手を取ってずんずん前を歩いて行く。
そのまま抵抗せずについて行くと、そのまま外に連れ出されてしまった。
そこで待っていたのは……。
「……何をするつもりだ?」
メイ、クルーク、アレス君……それ以外にも大勢の、それも世界屈指と言うべき戦士達が戦闘準備万端で待ち構えていた。
いったい、これから何が起こるんだ?
「シュバルツ。神になれ」
「え? 守護神として崇められろと?」
「違う。神の魔力を発動させろ。できるんだろ?」
「そりゃまあ、できるけど」
俺は真剣な表情のメイに促されるまま、世界破片なしで神の魔力を発動する。
これはこの五年の修行の成果だ。神の魔力とは高い出力が必要なのではなく、光と闇の魔力を完璧に調和させることで発動できる。
つまり、世界破片の完全解放で出力を高めて誤差の範囲を広げる……そんなことをしないでも、繊細な技術があれば可能なのだ。
……成功例を自分の身で体験しておきながら、まともに発動できるようになるには四年以上かかったけどさ。
「それでいい。では、私も……ハッ!」
「え゛?」
メイが気合いを込めたら、纏う魔力の質が変化した。
俺が纏っている魔力とはまた違うが、この感覚は……神の魔力じゃね?
「お前が使っているのは創造神の魔力の再現。しかしその実体は極めて質の高い魔力……ならば、私だってできるだろう? 私自身の力が神の領域に上がることもな」
「……やっぱ、お前は凄いわ。で、どうするつもりだ?」
驚くべきことに、メイはゼロから自力で未知の神の領域に足を踏み入れていた。こいつはやっぱり、まともに比べるなら俺とは比較にならない天才だな。
今の俺とメイは、戦闘力という意味で同格だろう。出力では世界破片発動状態に大きく劣る以上、俺の全力を超えたあの姿になれば、また話は別だが。
「……これが私たちからの結婚祝いだ。その姿よりも更に上の姿……創造神を倒した姿を見せてみろ」
「世界破片は、封印したんだがな」
「使おうと思えば使えるんだろ? もう五年もなりふりを構わない全力で戦える相手に出会えなかった。そのストレスを解消してやるよ」
「……あの姿になったら、いくらお前が神の領域に入ったと言っても勝負にならないぞ?」
同じ神の領域でも、その力には大きく差がある。
例を出せば、人間の思念が形になったという人後神とかいう連中がいる。そいつらも神ではあったらしいが、神の傀儡でしかない神造英雄に全滅させられている。
同じ神でも、力の差はあるのだ。
「それはお前が証明してくれただろう? 純粋な出力では劣っていても、それで勝負の結果が決まるわけじゃない」
「……そりゃ、そうだが」
「いくらあの姿が強くとも、私の拳なら同じ神の領域なら十分通用する。私を助けてくれる戦士もこんなに大勢いる。お前が心ゆくまで戦えるよう、周囲の安全にも十分気を配ってある。どうだ? 最高の祝いだろう?」
メイはニヤリと笑い、周りの戦士達も獰猛なオーラを放つ。
同時に、アレス君が聖剣の奇跡を全員にかけていく。……なるほど、英雄の軍勢を前にするってのはこんな気分なのか。
「……ずるいねぇ。俺が今まで戦ってきた敵達は、皆こんな気分を味わっていたのか」
五年ぶりに、俺は俺の中にある力を解放する。
世界の全ての欲望と正義を一つに束ね、更なる領域に上がる――
「【モード・他力本願英雄】」
俺も、心から笑顔を浮かべて構えを取る。
さあて、こっちの立場から戦うのは初めてのことだな……。
「どうやら、喜んでいただけたようですわね」
「お前の企画か? ロクシー」
「ええ。最近退屈していたようですので、偶には羽目を外すのも悪くはないでしょう」
「フフ……ありがとうよ。やっぱ、妻に選ぶならお前しかいないぜ」
「当然でしょう? アナタもワタクシの夫なら、世界の全てを敵に回したくらいで負けてはダメですよ」
「当然!」
いつの間にか離れていたロクシーが安全地帯から飛ばしてきた通信に答え、俺は豪快に笑う。
さて、それじゃあこの余興……盛大に楽しもうじゃないか!
「行くぞ! 簡単に俺に勝てると思うなよ!」
「こっちの台詞だ。私たちに勝てると思うな!」
俺の剣と、歴戦の英雄達の力がぶつかる。
俺たちは、こうやって成長していく。かつてこの世界を創造した神が夢想したように、そして想像もしなかったところまで駆けていく。
この世界で生きていく条件は、ただ一つ。常に、進化し続けること。
誰が来ても負けないと、足掻き続けることだけだ。
「さあ、戦おう!」
俺たちは、これからも戦い続ける。前に進み、更なる進化に至るために――。
完
最後は結婚式エンド……でも誓いのキスで締めは何かありきたりでつまらないので、祝いの世界連合エンドです。
これにて他力本願英雄のの物語は最終回。最後に人物設定を投稿しますが、これにてお別れです。
では、いつか次回作を上げたときはまたよろしくお願いいたします。




