第20話 決着――そして怒り
「信じられません……これが見習い騎士試験の……子供の戦いですか?」
「両者とも、明らかに気影を見た戦いをしている。見習い未満がするような勝負ではないな……」
メイ・クン。レオンハート・シュバルツ。どちらも12歳の子供だ。まだまだ未熟と言うべき年齢のはずだ。
だが、その戦いぶりはすでに一流……とまでは言わないが、一人前の技量を持っていると言っていい。
まったく、末恐ろしい子供達だな。
「今年は豊作と聞いていましたが……想像以上です。気影を見るなんて、十分下級騎士レベルの技ですよ」
「そうだな。例年ならば、一人気影戦に手をかけているくらいの者がいれば上出来といった程度なのにな」
今年の試験で言えば……ソウザと言う格闘家が丁度よかった。彼は気影の取っ掛かりを掴みかけていると言ったレベルに達していたのだからな。
だが、今年に限って言えば低レベル。そう言わざるを得ない状況になってしまったのだ。
「今戦っているメイ・クンとレオンハート・シュバルツ。この試験中に飛躍的なレベルアップを果たしましたね」
「ああ。クン家の娘はソウザとの戦いで何か掴んだみたいだが、副団長の息子はなんなんだろうな?」
「本気になった……のでしょうか?」
「いや、どうもそんな感じじゃない。どちらかと言うと、押さえ込んでいたものが開放されたって感じだ」
「……副団長の無茶苦茶な特訓が、ここで開花したと?」
「そんなところ……なのかな? 如何せんあの方の戦闘理論は我々の思慮の外にある。どんな常識外れを息子に仕込んでいるかわからんからな……」
クン家の娘はわかる。あれは戦いの中で今までできなかった技を習得したと言う話だ。常に命を危険に晒している我々からすれば、珍しくも無い現象といえる。
だが、副団長の息子はよくわからない。闘気の質が著しく変化したのも気になるが、何よりも動きの根幹が変化しているのだ。未熟ながらも剣を振っていた少年剣士が、突然怒り狂う猛獣になったかのように。
「他にも、スチュアート家の三男も素晴らしいですよね。彼の場合、最初から気影を完璧に見切ってましたし」
「ああ。相手が遥か格下だったのも大きいが、あれほど完璧に封殺するには気影を読む必要があるからな。全く、今年は本当に退屈しないよ」
クルーク・スチュワート。彼もまた、はっきりと気影を見据えた戦いを披露してくれた。
気影を把握する戦いができるのは、見習い騎士の中でも限られた上位者。今すぐにでも正式に騎士試験を受けるといったレベルのものが相当する領域だ。
そんなレベルの実力者が既に三人。異常だ。全くもって異常過ぎる。
「こうなると、他の受験者が不憫ですね。先に戦った全身鎧の二人、結構いい腕してましたもの。まあ実力差を見抜けない方が悪いと言えばそれまでなのですが、まだ幼い少年少女が自分より遥か格上であると見抜いて認めろと言うのも酷でしょう」
「そうだな。ま、だからと言って慈悲は無いが。こんな明日死ぬかもしれない商売の人間にとって、運とはある意味何よりも重要なものだからな」
「今年みたいな異常事態に出くわした不運を呪え、と言うところですか」
「そう言うことだな」
本来ならば、圧倒的な実力ありと認めてこの場で合格を言い渡しても問題ない逸材たち。だが、流石に三人も特別合格を言い渡すわけにもいかん。
となれば、もう目の前の戦いを見て『勝ち目なし』と冷静な判断をする他ないな。まさか彼ら以外にあんな規格外が紛れ込んでいることもないだろうし……。
◆
「剛拳・矢指貫手!」
「瞬剣・啄木鳥」
熊手打ちと呼ばれる、指を曲げた状態から放たれる掌打。それをメイさんは、恐ろしい事に全ての指で一本貫手を使う為の型として使用している。
対して俺は、剣先による突き技で応戦する。メイさんの気影に合わせるように、迎撃目的の連続突きを放ったのだ。
全身を闘争心で満たしているおかげか、考えるよりも先に技が出ている。実際その対処法は正しかったようで、気影の指し示す通りにメイさんの腕は突きつけられ、そして剣との衝突を避けるように引っ込められたのだった。
「チッ! やはり今まで通りにはいかんか」
「ヌラァッ!!」
「そして、打って変わって攻撃的になっている……か」
メイさんが一歩引いたので、俺は一歩前に出て更に剣を振るう。
闘争心をむき出しにした弊害か、どうも攻撃的になっているような気がする。そして、剣に容赦がなくなっているなと、まるで他人事のようにそう感じる。
だが、止める気が起きない。なんかやばい事のような気がするが、今はとにかく攻め続けることにこそ光明があると信じてひたすら攻め続ける。
だって、いつまでこの絶好調状態とも言える闘気開放モードが持つかわかんないしな!
「ヌリャァァァッ!!」
「ハァァァァ!!」
「……クッ! ここまでか!」
心の内から湧き出る衝動にしたがって剣を振るうが、ここで一旦ストップ。いい加減、加速法が限界だ。
メイさんはメイさんで加力法が限界みたいだし、ここで仕切りなおしかな。見たところ三加法の制御では俺に分があるみたいだし、しばらくは使えないだろう。
ここでまた加速して勝負をつけるってのも手なんだが……やめとこ。何となく、それをやると後に響くダメージが残りそうだ。
今の俺なら、多分頭で考える事よりも何となくの勘の方が信憑性高いだろうし。
「じゃ、普通に行くか!」
「本当に、人が変わったかのような烈火の攻めだな……」
自分でも不思議だが、とにかく攻めの手が考える前に出てくる。それも、多分考えてもできなかっただろう隙を突く妙手が。
同時に、防御にすら今までとは一段階違った動きの冴えがあると自分でも思う。気影のせいなんだろうけど、バシッと要所要所を守れるんだよな。
今なら親父殿に一本入れられるかも……何てな!
「フンッ!」
「ゼアッ!」
(クッ! つっても、やっぱ簡単な相手じゃないか……)
今の俺は、闘気開放の影響で思考が攻撃よりになっている。だが、それはメイさんも同じだ。
いやむしろ、彼女こそ生来の突撃思考。攻撃を御するために更なる攻撃をと考える拳士だ。
そんな相手と今の俺が激突すれば、自然と互いの攻撃を攻撃で撃ち落す攻め合いになる。必然的に、俺達の体は共に傷ついていったのだった。
「痛ぅ……」
「フ、フフフ……どうしたシュバルツ? もうお終いか?」
「いやいやまさか。この程度で止まるほど、ぬるい訓練は受けていないからなぁ!!」
闘気開放。これは己の全てを戦闘の為だけに使用する身体運用の一つと言っていい。
まあ戦ってる内に気づいたんだけど、とにかく戦闘に不要な思考は全て無意識に弾かれるんだよね。
つまり、今の俺は痛みにすらあまり反応しない。全く痛みを感じなくなっては逆に不便だが、程よくセンサーとして働く以上の痛みは遮断されているのだ。
全く、親父殿はどこまでわかっていて俺にこんな技を仕込んだのかね……!
「シッ!」
「何の!」
右手で剣を握り、刺突技を放つ。それを避けさせた所で左拳を打ち込む流れ技を放った。
だが、それは気影で見切られていたのだろう。メイさんは最小限の動きで最初の突きを回避し、続く左拳も完璧に受け止めてしまった。
やっぱ、お互いに気影が見えるってのは非常にやりづらいな。
(親父殿はなんて言ってたっけ? 何かこう、気影を見切れる相手にも有効な技的なものを話してた気がすんだけど……)
「どうした! 動きが鈍ったな!」
「ボブッ!?」
メイさんの諸手突きが、俺の腹に突き刺さった。顔面狙いの拳は防いだんだけど、同時に飛んできた腹狙いには気づかなかった……。
(ダメだ。余計な事を考えるな。下手に頭使うと闘気が鈍る)
我ながら悲しいが、考えれば考えるだけ俺は弱くなるらしい。
こうなりゃ、思ったままにやってみるしかないか。大丈夫、親父殿の教えは、命の危機と共に俺に刻み込まれているはずだからな!
「ゼアッ!!」
「っ! これは!?」
「お? 何か気影が二つ出た?」
普通に打っても読まれる。それもお互いに読み合ってるから、小競り合い以上の戦いにならない。
その状況を何とかしようと思って、本命の軌道に加えて予備の軌道も考えてみたら……俺の気影が二つになったよ。
「クッ! チィ!!」
「右を防ぐんなら……左貰うぞ!」
「カハッ!?」
二つに分かれた気影は、それぞれ右わき腹と左肩を狙ったものだった。
この内メイさんは右のみに防御の意思を見せたので、遠慮なく俺は無防備な左肩に剣を打ち据えたのだった。
「な、なるほどな。体は構えを維持したまま、意識だけを複数の攻撃に振り分ける。そうすれば気影を見られても撹乱できるというわけ――か!!」
(ッ!? 一瞬で今の攻防を自分のものにした!? しかも三つ!)
咄嗟に使った対気影技と言えるもの。それを、メイさんは一度の攻防だけで自分の技として取り込んでしまった。
まさに天才。戦っているだけでどこまでも強くなっていく。これが勇者パーティの基準なのだとすれば、そりゃ魔物と戦っているだけでメキメキ強くなっていくよな!
(正面から突撃の気影が一つ。右に回りこんで回し蹴りを仕掛けてくる気影が一つ。そして跳躍して蹴りを狙ってくるのが一つか!)
この気影によるフェイント。普通に体で反応したらさっきのメイさんの二の舞になる。
気影を作ったと言うことは、今メイさんはこの三つの動き全てを繰り出せると言うことだ。ならば、その内の一つに対処しては他の二つに反応できなくなってしまう。
じゃあどうするかだが……目には目をだ!
「何っ!? 気影で気影を防いだだと!?」
「自分の次の動きを示すのが気影……。だったら、気影で防げたってことは本当に打ち込んできても防げるってことだろ?」
気影三つに対応できるかは賭けだったけどね。
「クッ! ならばこうだ!」
「ぬ? それなら……!」
「おっと、その手は食わん!」
「チィ、やっぱ流石だな!」
◆
「なあ、あいつ等突然動かなくなったけど、一体何やってんだ?」
「さあ? いよいよ体力切れか?」
僕のすぐ近くで、初戦で戦った盗賊君とまだ戦っていない弱そうなのがそんなことを呟いた。
誰かに答えを求めたわけではなく、ただ疑問を口にしただけなのだろう。信憑性のある回答が無くとも、ただ首を傾げて二人の戦いを見つめていた。
見たところ、試験官である現役騎士を除いてほとんど全員同じ心境のようだ。まあ何人かいる心を閉じる術を身につけている奴はわからないが……少なくとも盗賊君の疑問に答えるものは誰もいないだろうね。
公平であるべき試験官がライバルであるレオン君やメイ君の技を解説するわけもないし、僕だって教えてやる気は無い。
僕が兄や父から必死になって盗み取った気影の技法を、誰がただで教えてやるもんか。
(僕には見える。二人の間で行われている激しい戦いが。気影を使った技の読み合いをしている光景が!)
二人は、同時に三つの気影を放って激しい攻防を繰り広げている。
気影とは一瞬先の未来を示すもの。実際にその動きをとることができ、そうやって行動しようと本当に考えているときに初めて現れる未来の幻影。
その気影を動かす為に、初動作だけが表面に現れている。だから、それすら見えないものにはただ棒立ちしているようにしか見えないだろうね。
実際に繰り広げられているのが、どれほど熾烈な戦いであるかなんてわからないだろうけど。
(三つ同時の攻防。体技を用いた戦いではメイ君がやや有利だと思うが、気影戦ではレオン君も負けていないな。恐らくあの高ぶったオーラが実力をより引き出しているんだろうけど……シュバルツ家秘伝の技か何かなのかな? いずれにしても、凄い勝負だ)
気影が三つと言うことは、正真正銘同時に三つの事を頭の中で考えていると言うことだ。
そんな高次元の戦いへと、あの二人はこの戦いの中で成長した。元からそうなるべく大切に育てられたからこそたどり着いたんだろうけど、それでも凄まじいことだ。
(優れた指導者に恵まれた才能。そしてそれに耐えられる器、か。全く……羨ましくて……やめよう。考えるだけ無駄さ)
今まで僕が歩んできた道程。それに比べて、あの二人はどこまでも恵まれている。
だからこその進歩。だからこその進化。恵まれているが故の成長。それを前にどうしても湧き上がってくる衝動を、僕は自分の胸の内だけに留める。
魔術師にとって、冷静さは何よりの武器。それを忘れては、僕は明日にも死ぬだろうからね……。
「おっ! 動き出したぞ! 勝負再開か?」
(おっと、少し考え込んでしまったか。どうやらお互いに集中力が切れてきたようだね。それでできた隙をお互いに突き合う削りあいに発展したようだが……どうなるかな?)
◆
「そこだっ!」
「何の!!」
メイさんの手刀を肩にくらいつつ、剣先で太ももを僅かに斬る。
本当は人を斬りたくは無いんだけど、今はそんなこと考えてる場合じゃない。何せ、全く余裕なんてないからな。
俺ではなく脳みそが勝手に考えていたのだが、気影を読むのは物凄く疲れるんだ。言ってしまえば三冊同時に全く違う内容の本を読み進めるようなもの。全く別のことを同時進行で処理するのは、脳への負担がでか過ぎる。
そんな超高速処理を前提とする気影の読み合いを頑張りすぎた。おかげで比較的ダメージを受けなさそうな攻防を切り捨てる結果になり、お互いにその僅かな思考の穴を突くような削り合いに勝負が進んでしまったのだ。
「爪襲乱打!」
「痛ッ――りゃっ!!」
「クッ!!」
爪を立てるような型からの拳打。無論事前に読めている場所は防ぐが、致命的ではないと切り捨てた場所にはヒットする。
だが、それはこっちも同じだ。ただ防ぐだけではなく、キッチリ反撃を入れる。既に俺の体はあちこち青痣だらけ。そしてメイさんはあちこち斬り傷だらけだ。
このまま持久戦。決定打は望めない消耗戦。そうなるのはまずい。圧倒的に俺が不利だ。
だって、俺は既に投げ技と奥義級の二つを直撃で貰っているんだ。このままジワジワ削りあっても、先に倒れるのはこっちだろう。意識ぶっ飛ぶような攻撃を受けるのには慣れているが、それでも限界はあるんだからな。
(と言っても、メイさんだってこれ以上の消耗は避けたいはずだよな。気影も大分荒くなってるし、一応連戦なんだから。この後の戦いの事を考えても、そろそろ決めたいと思ってないはずがない!)
だったら……誘ってみるか? 一か八かに近い一発勝負。お互いの最強技を、真っ向からぶつける決戦に……。
(いや、多分ダメだ。そんな誘いをかけても、メイさんは大技の隙を突くだけだろう。彼女は戦いに対して真っ直ぐな心の持ち主。だからこそ、疲労で戦いを投げるような大味な真似はしないはず)
そもそも、一発勝負は俺の都合だからな。
既にボロボロの俺には一発勝負に持ち込むしか勝ち目は無いけど、体力はともかくダメージ的にはまだ余力のあるメイさんからすればこのまま削り合えば勝利できるんだし。
となると、何か考え――感じないとな。メイさんに勝利する大技には一つ心当たりがあるけど、そんな大技を命中させられる何かを直感するんだ!
「もう限界か? 隙ができているぞ!」
「クッ! 本当に本当によく見ている……!」
メイさんの突きが俺のわき腹を打った。彼女は本当に俺の動きをよく見ており、ほんの僅かな隙でも正確に突いて来ている。
だが、それって利用できるんじゃないか? 隙を、気影の穴を作れば確実にそこへ打ち込める目を持っている。
だったら、こっちから誘い込んでやれば――
◆
「……む?」
心躍る打ち合い。紛れも無く互角の力を持った敵との本気の戦い。実に心躍る。
それはいいのだが……急にシュバルツの動きが止まったな。どうやら、何やら大技を繰り出すべく魔力を練り上げているらしい。
私個人としてはぜひその奥の手を見てみたいのだが、しかし今の状況でそんな誘いに乗る必要は無い。ここは腰を据えて、一撃一撃に気持ちを乗せるべき場面だ。
「悪いが、そんな大技は潰させてもらう!」
体内で大量の魔力を練るからには、その全てを使う大技の初動と思って間違いない。
いくら大量の魔力を持ったところで、そんなものを保ち続けるのは難しいからな。例外なんて、一撃必殺の大技に全てを注ぎ込むくらいのものだ。
ならばそんなもの、発動する前に叩き潰せばいい。集中一つ乱してやれば、それだけで潰せるはず――!?
「こ、これは!?」
「引っかかったな……。即席秘技・気影包囲陣!」
シュバルツの放つ三つの気影。それが、私の周囲を取り囲んだ。
それだけならば問題は無い。先ほどまでのように、こちらも気影をぶつけて技の読み合いになるだけだ。
しかし、今回の気影は先ほどまでとは大きく違う。その存在意義、それが全く違うのだ。
(シュバルツめ……私を倒す気が無い気影を放つとはな。真っ直ぐ正面からシュバルツの奥の手に対処する以外の、からめ手を打ったら容赦なく貫くと言う意思の現われか)
多くの魔力を練ったことによって発生した隙。それを突くべく迂闊に距離を詰めたのが失敗だった。
今の私は、気影に完全包囲されてしまっている。それはつまり、逃げ道を絶たれたと言うことだ。
この包囲網。唯一の隙はシュバルツ自身だ。次の一手である気影を全て私の包囲に回しているから、正面から直接殴りこむことができる大きな隙をさらしているのだ。
だが、それは間違いなくシュバルツの誘い。正面から行けば気影を作れるほどに気を回していなくとも、確実にシュバルツは反応してくる。
言ってしまえば、シュバルツ自身が第四の気影として機能していると言うわけか……!!
(どうやら、今構えている大技にそれほどまでの自信があるらしいな。気影の無い隙だらけの体を打つのなら、私も最強の一撃を用意するのは当然の事。その上、防御の気影が見えないと言うことは、つまり私に先手を譲ると言うことだ。奴は私の必殺を、後出しで捻じ伏せる自信があると言っているのだからな!)
屈辱と怒るべきか、その覚悟を見事と言うべきか。
いずれにしても、そこまで挑発されては受けないわけには行くまい。元々無理に正面以外に移動すればかなりの深手を負う陣形に誘い込まれてしまったわけだが、こうなれば我が拳に誇りを載せてぶつけようじゃないか!
「二度目だ――【加力法】!!」
「やっぱ、そう来るよね」
「そして、次の一撃もわかっているだろう? だが、先ほどのものとは比較にならんぞ――!」
私の必殺は、クン流の奥義である極正拳。それも、加力法で全てを強化した状態で放つ紛れもない最強だ。
この絶対なる技に、それでも正面から上回ると言えるかシュバルツ!
「【加速法】……。んじゃ、俺も行くぜ? 見様見真似! 親父殿の必殺アレンジバージョンをな!」
「な、なに? 見様見真似?」
ま、まさかこいつ……この場面でそんな行き当たりばったりな攻撃をするつもりなのか?
「ああ。その名も魔法剣技。超威力の必殺剣って奴さ」
魔法剣技……。剣に乗せた魔力を使い、別の魔法を発動させる技術か。剣と魔法の両方のダメージを同時に使えるため、飛躍的に破壊力を上げることができる高等技だな。
クン流にもその秘伝が伝わっている。もっとも、父上はまだ早いと言って教えてはくれないが。
「親父殿は、それを息するみたいに使えるんだよ。まあ演舞的に見せてもらっただけなんだけど、とにかく凄かった。何で騎士クラスが使えるのか不思議な高位技だし」
「なるほど、流石ガーライル殿だ。だが……それが今、何の関係がある? まさか、そんな高等技を使えると言うのか?」
「いや、何度か練習した事はあるけど、成功した事は無い。一応苦手ながらも魔法だって教え込まれてるんだけど、剣を振りながら魔法を使うってのがどうしてもできなくてさ」
当然だな。本来魔力を使った戦闘において、動作の一つ一つに細心の注意を払わなければならない。
さもなければ、肉体の限界を超えた力に自らを傷つける結果となりかねないのだから。
「でも、今ならできる。そんな気がする」
「……フッ! ならばその妄言、真実だと見せてみろ!」
既に私のチャージは完了した。今こそ見せてやろう、正真正銘全ての力を解放した、最強の一撃を!
「行くぞ!」
私の拳が、最短距離を通ってシュバルツへと向かっていく。私の修めた全てを複合した拳が、風を切り裂いてシュバルツを打ち砕く。
その未来、変えられるものなら変えてみろ!
「闘気開放。この極意があれば、技を同時に放てる。だったら、できるだろ……!!」
「なっ! これは!?」
「親父殿は炎を得意としているが、俺は違う。だからこそのアレンジ、俺流魔法剣技!」
「――いいだろう! 勝負! 【絶招剛拳・極正拳】!!」
「――魔力全開! 【風瞬剣・獅子風刃】!!」
極正拳に遅れて、風を纏った超速の剣が放たれた。
シュバルツの得意属性は、風。その圧倒的な速さを更に活かす、風の刃。風の刃が守りを打ち破り、神速の剣が敵を斬る一拍子で行われる二段攻撃か。
(凄まじい……! 素晴らしい……!!)
これが私と同年代の者が放った一撃か。その凄まじさは、思わず見とれてしまうほどの美しさすら感じさせた。
まず風の力が私の拳を押し留め、弾き飛ばす。そして、無防備となった体にそのまま迫る本命の剣。
それに対処することはできず、いつの間にか刃とは反対の向きに変わっていた剣により、私の体は凄まじい衝撃と共に弾き飛ばされたのだった。
「ガハァ!?」
「はぁ、はぁ、はぁ……。こ、これは予想以上にきつい……」
峰打ち。そんな一撃でありながらも、私は生命力を根こそぎ奪われたかのような凄まじいダメージを負った。
これは――完敗、だな。
「ふ、ふふふ……シュバルツ。どうやら、私の負けらしい」
「ああ、そう? 正直、これで負けてくれなかったらどうしようかと思ってたよ……」
「そうだな。まだまだ戦いたいのだが……体が動かん。これでは流石に意地を張ることもできん」
「そうなの? メイさん、まだまだ元気そうに見えるけどね」
武人の意地。弱った姿を見せるのは、敵に弱点を見せるも同じ。地に伏したまま何を言っているんだと自分でも思うが、習性のようなものだ。
そう教え込まれてきたからこそ精一杯虚勢を張っているが、正直今にも意識を失いそうだ。これでは負けを認めるしかないだろう。
それにしても、他人行儀な奴だ。私を倒すほどの実力者。そんな奴に敬意を払われるのも癪だな。
「メイでいい」
「へ?」
「呼び名だ。呼び捨てで構わん。お前は、私より強いのだからな」
「あー、そう? んじゃまあ、そうさせてもらうよ、メイ」
「――勝者! レオンハート・シュバルツ!」
私の敗北宣言を聞き、審判が試合終了を告げた。
どれ、私はしばらく休ませてもらおうかな……。
◆
「お疲れ様、二人とも。いい試合だったよ」
「ああ、そう……?」
「負け試合だ。私には何も言わないでくれ」
試合に勝利して戻ったら、いきなりクルークに声をかけられた。
そう、俺は勝った。ギリギリ、本当にギリギリで俺はメイさんに……メイに勝利したんだ。
(でも、体はボロボロだ。戦闘中に蓄積した分はもちろん、最後の激突が無茶苦茶響いてるな……)
最後の加力法を乗せた極正拳。あんなのを正面から受け止めて、無事でいられる訳がない。
何とか魔法の風で軌道をずらしたけど、それでもとんでもない衝撃が俺の右腕を襲っていたんだ。こりゃ、右腕しばらく使い物にならないかも……。
(そもそも、最後の技自体無茶だよなーやっぱり。闘気開放でできるできないなんて頭からすっ飛んでいたとは言え、普通できるわけないもん)
戦闘が終わっていつもの精神状態に戻ってきたが、やっぱできないものを無理にやるのは体に悪いよね。
おかげで枯渇状態なんて言うほどではないにしろ、体は中も外もボロボロになっちまったし。
「次! 第九試合! ハームVSホローレス!」
「私ですか」
「おや、ミス・ハームの出番のようだね」
「ハームさんか……。まあ、大丈夫だろうな」
ハームさんとはマッドオーガのときに共闘しただけだが、大した腕前であったのは間違いない。
相手の実力しだいではあるけど、まあ余裕を持った戦いになるだろう。できれば体を回復させる為にも、長引いて欲しいんだけどな……。
(って言うか、これ以上戦う必要あるのか? さっきの試合で俺の手札は全部とは言わないけどほとんど使っちゃったし、正直あれ以上の戦いができる気はしないしな)
最悪の場合、これ以降の試合は全て棄権でいいかもしれない。
もう俺に見せられるものはほとんど見せたんだし、これでダメなら純粋に実力が足りなかったと諦めるしかないくらいだ。
むしろ、これ以上は自分の限界を見極められない奴と見なされて評価を下げる恐れすらある。
そう考えると、むしろ棄権が最善解な気がしてきたな。
(ま、とりあえず出番が来てから考えるか。とりあえずハームさんと……あの三人目の全身鎧との試合だしな)
俺は、どの程度回復するかなどの不確定要素も考えて決断を保留にした。後で考えればいいやなんて、悠長なことを考えながら。
だが、そんな暢気な……もうやる事はやったみたいな気分はすぐに吹き飛んでしまった。目の前で繰り広げられる、凄惨な戦いを見たせいで。
「が……ぁ……」
「もう止めろ審判! これ以上は死んでしまうぞ!」
「始めに喉を潰されているんだ! 彼女は降参することすらできないんだぞ!」
まだ試合が始まってほんの1分足らず。始まったばかりの時間だ。
本来ならば、一対一の戦いに口出しするのはマナー違反だろう。試合とは言え決闘のようなものなのだから、人の戦いに干渉しないのは戦士の常識だ。
だが、今はそんな事を言っている場合ではない。今すぐに試合を止めろと、俺もメイも声を張り上げる。
なぜならば――俺たちの目の前には、喉を潰され、武器をへし折られ、あの重そうな鎧越しに頭を踏み砕かれそうなハームさんが横たわっているのだから。
「――そこまで! 試合終了だ! 勝者! ホローレス!」
「担架だ! すぐに医者へ回せ! 死ぬぞ!」
試験官たちの怒号が響き渡る。急いで治療をと叫ぶ中、俺は鎧の男――ホローレスを睨みつける。
ほんの一分の内に、ハームさんの体は徹底的に破壊されていた。それが可能な力を、あの大剣を抱えた全身鎧の男は持っていた。
それ自体は脅威だが、別にいい。この世界に強い奴なんてごろごろしているだろうし、俺より格上の戦士がいたと言うことに驚く要素は全く無い。
だが、俺が許せないのは実力云々じゃない。戦いの内容そのものなんだ。
「あいつ、ハームをわざと痛めつけていたぞ!」
「最初に喉を潰し、降参を潰す。その上でギリギリ死なないラインを見極めて徹底的に体を破壊か。惨い事を……」
近くのメイとクルークも、明らかに怒りのオーラを放っている。そして、それは俺も同じ気持ちだ。
奴の実力ならもっとスマートに勝てたはずだ。一撃で気絶させることもできただろうし、なんなら無傷で制圧することすら可能だったかもしれない。
だが、あの野郎はわざとハームさんを痛めつけた。ただ苦しませる為だけに、その優れた武を振るったんだ。
「……今の試合に思うことはあるだろうが、ルール上は問題ない。よって、次の試合を始める! 第十試合! レオンハート・シュバルツVSホローレス!」
「なっ! シュバルツだと!?」
「クッ! とても無理だよ! まだ全然体は回復していないだろう? いや、たとえ万全だったとしても……」
メイとクルークが俺のほうを心配そうに見ている。
ああ確かに無茶だ。奴は間違いなく俺以上の実力者。そんなの相手にほぼ連戦なんて、無茶すら通り越した無謀だ。
だが、ここで引くわけには行かない。レオンハートに相応しくあろうと努力してきたのに、あんな外道から逃げ出したのでは意味が無い!
「勝てる勝てないじゃない。ただ……あんな奴から逃げることだけはできない」
これは俺の誓い、俺の誇り。悪戯に人を苦しめるような奴を前に、レオンハートが逃げ出すなどありえない!
「レオン君……本気かい?」
「まず勝てんぞ。それでもやる気か?」
「ああ。逃げる選択肢だけは無い」
「……そうか」
俺の意思を感じ取ったのか、二人はこれ以上何も言わなかった。
本来なら棄権してもいいと思ってたけど、予定変更だ。この試合で死ぬ恐れもあるが、ここで逃げては魂が死ぬ。一度妥協すれば、俺は二度とレオンハートに戻れなくなる。
だから、絶対にあのクソ野郎の兜引っぺがして、その面に思いっきり鉄拳叩き込んでやる……!!




