第216話 神の理想郷
「――よく頑張ったのぉ、妾の子らよ」
「――死んどけッ!」
魔王神をこの剣で切り裂いた直後、突然第三の神の気配が出現した。一度見た気配――創造の女神の出現だ。
女神は魔王神に戦闘能力がなくなった瞬間を狙い、精神体でしかないその姿を晒した。本来なら千回戦って千回敗北するはずの力を持たない姿で、力を失った魔王神を吸収しに現れたのだ。
千年以上もの年月をかけて狙っていたのだろうその瞬間を狙った行動は流石の一言で、魔王神との戦いに全神経を集中させていた俺たちはその暴挙を止めることができない。ただ黙って魔王神の力が吸収されていくのを見ていることしかできなかった。
だが、それも二秒とかからない時間での話だ。すぐさま攻撃の態勢を整え、女神へと斬りかかる。こいつは、間違いなく敵だから。
「物騒だのぉ。いったい妾をなんと心得る?」
「こそ泥だろ」
剣で斬りかかっても、女神は余裕の表情だ。今の俺の剣にはほとんど力が残っていない――それを理解しているんだな。
「……今の妾は創造神。もはや片割れの不完全な神ではない。人間の剣など、通じる訳がなかろう?」
「知るか!」
魔王神を吸収したことで、女神は精神体から本来の姿である肉体を取り戻した。しかしその精神のベースは100%女神のままであるようで、創造神に戻ったのではなくあくまでも女神が魔王神を吸収しただけみたいだな。
二つに分かれた心と力……力は戻っても、心は戻らないか。魔王神に完全復活されていても世界の終わりだったろうが、こっちはこっちで世界の終わりになる気がするんだよなぁ……。
「全く、生みの親に向かってなんと無礼な。少し教育してやろう――と言いたいところなのだがの。妾は寛大じゃ。人間の分際で不相応にも神の領域に足をねじ込んだ無礼者とはいえ、慈悲をかけてやるほどにな」
「……何をするつもりだ?」
「視野が狭いのぉ。既にお前以外の者は招待してあるぞえ?」
「――ッ!?」
そう言われて、周りの気配を探ってみたら……誰もいない。
さっきまで、間違いなくここには俺と女神以外にも人間がいた。魔王神を一緒に追い詰めた仲間がここにいたはずなのに、俺が察知することもできないほどに静かに消えていたのだ。
いや、メイやクルークだけじゃない。欲望と正義の二つで世界の全てと繋がっていたはずなのに、気がついたら力の供給が完全に断たれ、俺は通常状態に戻っている。まるで、世界から俺以外の全ての生命体が消えてしまったような状況だ。
俺が女神の出現を察知してから剣を一度振った――ただそれだけの間にだ。
「なに、これは自然の摂理というものじゃ。神の偉大さに目を奪われるのは自然なことよ。そう恥じることはない」
「――あいつらをどこにやった?」
「その答えは、自らの身で知れば良かろう?」
女神はそれだけ言うと、にやりと笑った。どこまでも人を見下した――ある意味で神という超越者に相応しい笑みを。
しかしそれは到底慈愛などと呼べるものではなく、ただただ悦に入っているだけの笑みだ。自分の方が上、そう確信しているからこその笑みなんだ。
はっきり言って、俺が一番嫌いな顔だな……!
「妾は神として、精神体となりながらも――否、それよりも前からずっと主ら人間を、それ以外のあらゆる生物を見てきたのじゃ。そのあまりにも脆弱で下等なあり方は思わず目を背けてしまいたくなるのじゃが、そんな下等生物を導くのも神の務めだからのぉ」
「余計なお世話だよ」
「妾はそんな下等な存在をどうすれば幸福にしてやれるのか……それをずっと、ずっと考えておった。しかし、その答えは神であっても困難なものでのぉ。同種の存在の中ですら平気で争う下界の生物……万物へ幸福を与えてやるのは至難じゃろう。下界の生物は食わねば生きることすらできない欠陥品なのじゃからな」
幸福にしていただく必要など全くない。俺達は俺たちで勝手に幸せになる――と睨み付けるが、なしのつぶてだ。
……まあ、目的はともかく言っていることには肯定するしかない。人間や獣……種族を問わず、生物は他の生物を殺すことではじめて生きることができるようにできているのだ。
本気で全ての命に幸福を――なんてことは、生物が生物である限り不可能だろう。幸福の第一条件である腹が膨れている状態になるためには、まず他の生物を殺して食わねばならないのだから。
「そこでじゃ、妾は一つの妥協をした。下界の下等生物は一緒にしていたら争い殺し合う。ならば、引き離せば良いのじゃとな」
「引き離す……?」
「つまり、こういうことじゃよ。妾の加護の中で、永久の幸福に酔うことを許す。そのための世界の創造――【創世術・理想に至る神の慈悲】」
女神が何かの術を発動した瞬間――意識が途切れた。記憶も何もかも白く染められていくような強烈な精神汚染に痛みを覚えながら、俺は一瞬気を失ってしまう。
すると――
「……ここ、どこだ?」
気がついたら、俺は知らない……いや、よく知っている場所にいた。
俺の家の中。俺の部屋。全てを終わらせて戻ると約束した場所に……。
◆
「あら、帰ったのですね」
「ロクシー……?」
いったい何がどうなったのかと今一回らない頭で考えていたら、何故か当たり前のようにロクシーが部屋に入ってきた。
……いやまあ、仮にも結婚してくれなんて言った身だ。部屋に入るくらいは別に構わないのだが、せめてノックくらいはして欲しい。
「もう準備は済んだのですか?」
「準備?」
「今日は式典の日でしょう? これからは上に立つ者として、しっかり頑張ってくださいね」
……上に立つものの式典? 何の話だろう?
訳がわからないと首をかしげたら、ロクシーが優しく微笑んで教えてくれた。何だろう、凄い違和感がある。いつもなら俺の察しが悪いときは「はぁ」と、決して下品にはならないギリギリを狙ったため息の一つでもあるのに……。
というか、俺が今より上にいく……騎士団長にでもなるのか? でも親父殿が引退なんてするわけ――
「義兄様ももうリビングでお待ちですよ」
「おにーさま?」
……誰? 俺、一人っ子……だったよな? 違ったか?
と言うか、この世界のあちこちから違和感を感じる感覚……前にもあったような……?
そんな風に、記憶と認識が時間が経つほどに曖昧になっていく。ボーッとしたままでロクシーについていけば、そこにいたのは――
「ようやく来たのかい? こんな大切な日に遅刻ギリギリとは、大物と言えばいいのか何と言えばいいのか……」
「何、これから先レオンが成すことの大きさを考えればこのくらいの方がいいだろう」
「親父殿と……レオンハート?」
礼服に身を包み、優雅に茶を飲んでいる二人の男。一人は俺の父親であるガーライル・シュバルツ。もう一人は、兄……らしい男、レオンハート・シュバルツだった。
でも俺もレオンハートなんだからそれはおかしい、というか消えたはずの記憶世界のレオンハートがなぜここに? おかしいはずなんだけど……うん?
というか、遅刻したのに叱咤の一つもないのがまずおかしい。あの親父殿だぞ……?
「ほら、レオン。あなたの衣装よ。今日は記念すべき日だわ」
「母上……何ですかそれは?」
よくわからない状況に固まっていたら、今度はどこからか母上が現れた。手には俺用だと思われる礼服を手にしているのだが、何かおかしい。
何の式典なのかは知らないが、騎士が着るものではない。その派手さ重視で実用性皆無の服は、貴族辺りが好んで着る類いのものだ。
さっきから感じていた親父殿や兄レオンへの違和感も、これか? 二人とも無駄に豪華な礼服を着ているのがおかしいんだ。
「ほら、早く着替えましょ」
「さあ、着替えるのよ」
「え、ちょ、あれ……?」
母上とロクシーがさあ着替えろと詰め寄ってきたと思ったら、いつのまにか着替えさせられていた。
本当に、どう言うことなんだ……?
「さあ、行きましょう――」
誰かがそう言った途端、いつの間にか俺たちは歩き出していた。俺の意思を無視して身体が勝手に動いているかのような、そんな感覚。しかし何かしらの術で操られているのではなく、そうするのが正しいのだと何となく思ってしまうのだ。
そうして到着した先は、王城。まあ任命式にせよなんにせよ、重要な儀式の類いははここでやるのが当然だから、特に驚くこともない。
「さあ、いよいよね」
ロクシーが、花が咲くような――とかそんな表現が似合いそうな、無邪気で好意に満ちた笑みを浮かべた。はっきり言って違和感しかない。
ロクシーってのは、もっとこう……99%の邪気の中にほんの僅かな優しさを持っているのが魅力なのであって、こんなビジネススマイルではない笑顔の安売りをするタイプじゃないんだ。
「さあ、こちらへ」
「あ、ああ……あ?」
城の兵士に案内されてついた先は、やはりと言うべきか玉座の間だった。ここは王への謁見の際に使用される部屋だが、同時に騎士への任命など王が承認する儀式を行う際にも使われる。
ここに来た以上、王から何かしらを貰うってことになるんだけど、重大な問題があった。まず、玉座に王がいない。その代わりな訳がないだろうが、何故か玉座の前に置かれている台座の上に王冠が輝いている。
まあ王の入場が最後なのは別におかしい話ではない。最高位の存在は待つ側ではなく待たせる側であるべきってのは常識だ。
でも、王冠がおいてある理由はさっぱりわからない。それは王の頭の上に置かれていなければ何の意味もない代物だぞ……?
「さあ、レオンハート様」
「え、なに?」
「――新王レオンハート陛下、万歳!」
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ……」
導かれるまま、流されるまま俺は王冠の前までつれていかれ、何と頭の上にそれが置かれてしまった。
流石にこれが不敬罪に当たることくらい、俺にだってわかる。だと言うのに、回りから巻き起こるのは万歳三唱だった。
訳がわからない。わからないが、これは気持ち悪すぎる……
「いや、これからの人類の未来は明るいですな」
「レオンハート王が提唱なされたいくつもの政策、改革案はどれも素晴らしいの一言です。これからはどうか、より大きな立場から我らをお導きくだされ」
「特に農地の改良計画は素晴らしい。これからは作物の収穫量が例年の倍になる試算ですからなぁ」
貴族らしき人たちが、次々と俺に称賛に言葉を浴びせてくる。
……政策とか改革案とか、なにそれ? 俺知らないんだけど。作物の収穫量を増やすことが俺にできると思ってるのか?
いやまあ、前世の知識から何か言ったかもしれないけど……それ実現したの全部現場で試行錯誤を繰り返したのだろう職人の皆さんの手柄だから。俺がそっちの分野で評価されるなんて天地がひっくり返るよりありえないから!
「まさか、畑に水を撒くことで植物の生長を促進させるとはまさに発想の外!」
「天才と言うほかありませぬな……」
「いや舐めとんのか」
混乱していたところに聞こえてきた言葉に、思わず素でツッコミを入れた、
貴族達の賞賛の言葉のレベルが、あまりにも低する。これは褒めるどころか馬鹿にされているだろう。
畑に水撒くだけで褒められるとか、俺は猿か何かか? いくら何でもそこまで馬鹿じゃないぞ……。
「流石だな、レオンハート!」
「凄いわ!」
「……誰?」
混乱の極みに至り、硬直していたら左右から腕を掴まれた。いや、抱き抱えられたと言うべきか。
そんなことをしたのは二人の女性……よく見知った顔だが、あの二人がこんなことをするのは絶対にあり得ない。この柔らかさよりも大胸筋のたくましさが優先的に感じられる胸部装甲は本人そのものだが、それでもあり得ない。
メイとカーラちゃん……この腕力と戦闘で出来ている師弟コンビが、こんな潤んだ瞳で見上げてくるなんて何が起ころうともあり得ない。というか気持ち悪すぎる!
「ちょっと、ワタクシのレオンに何をしているのかしら?」
「誰がお前のだ。レオンハートは私の――」
もはや鳥肌すら立つ状況に、さらにロクシーまで現れて収拾がつかなくなっていく。
この状況を整理すると、つまり――
(……俺の人生に喧嘩売っているってことで、いいんだな?)
俺を巡る女の戦い? 本来の魅力を喪失した女たちのハーレムの主にでもなって自惚れていろというのか?
俺を王にする? 中身のない権力と金に溺れろとでも言うのか?
俺の功績? 身に覚えのない名声で悦に入れと言うのか?
俺が必死になって積み上げてきた全てを足蹴にして、用意された金と権力と女で幸せになれと言うのか?
「……吸血王の仕掛けてきた絶望の方が、幾分ましだったな」
「レオン?」
嫌悪感と怒りのあまり、俺は仕掛けられていた術を――世界の法則を心から発する力でねじ伏せてしまう。
物が上から下に落ちるように、朝が来て夜が来るように、命が誕生し、やがて消えるように――世界には法則が存在する。その法則の一つの中に、この紛い物の世界には精神支配が組み込まれているのだろう。
用意された幸福を疑うな、自分に都合がいいものだけを信じ、ただただ幸せになっていろ――とでも言うようなものが。
「へへへ……流石は欲望の世界破片を手にすることができなかっただけのことはある。根本的なところをわかっちゃいねぇな」
青筋を浮かべ、ただ静かに呟く。
万能の神に欲望はわからない。いや、魔王神はある程度理解していたかな? かなり限定的なものだったけど、あいつも自分の欲望に従っていたのは間違いないから。
しかし、この世界を作った神――創造の女神は何もわかっちゃいない。人間ってのは、ただ玩具を与えられればそれで満足して遊び続けるほどいい子じゃないってことをな。
「レオン?」
「レオン?」
「レオン?」
「……お前らに罪はないってわかっているけど、やっぱムカつくよ」
個性も何もかも無視して、ただ俺のことを称えるだけの生きた人形の舞踏会。生憎、お人形遊びはとっくに卒業しているんだ。
こいつらは全員、創造の女神が作り上げた偽物。本物が洗脳されている可能性も少しだけ考えたが、見ればわかる話だ。
だから、後はここから出るだけだな。
「方法は――苛立ちに任せた破壊でいいか」
ここがどんな理屈で成り立つ空間なのか――それは、呆れるほど壮大なスケールの話だ。
かつて、吸血王はこれと同じような攻撃を俺に仕掛けてきたが、あれは超高度の幻術だった。しかし、ここは幻術空間ではなく、本物の世界だ。
呆れるほど凄まじい能力だが、創造の女神は創造神としての力を取り戻したことで世界を気軽に作れるようになってしまったらしい。ただレールの上に乗っかっていれば単調な欲望が全て叶ってしまう、箱庭の理想郷を。
「金、異性、権力、武力、名声……欲しいものは全て与えるから、自分の庇護下で永遠にお人形遊びしていなさい――それが必ずしも間違いと断言できるほど俺もできた人間じゃないけどさ、やっぱ反抗させてもらうよ」
頭に乗せられた俺には全く縁がない冠を放り投げ、身に包んでいた無駄に豪華なマントを脱ぎ捨てる。
幸い、腰の剣はそのままだ。後は、この箱庭の理想郷を破壊するだけでいい。
(……世界を一つ滅ぼすのが脱出条件か。本当ならもっとスマートな方法があると思うんだけどな)
この世界から脱出する方法を一つしか見つけられない俺だが、まあ一つ見つければ十分だろう。
俺は、他の全ての生命体とつながりを断ち切られた世界破片を起動する。他の正義も欲望も吸収できないのではエネルギー源として利用できないが、ここが偽物であっても虚構ではない世界であることを利用すればいい。
ただ俺が気分良く、ここで一生幽閉されることを受け入れさせるために作られた命――彼らから力を集めてやろう。
世界ごと滅ぼすために力を吸い上げるってのは、何というか後味悪いが……仕方がない。
「レオン?」
「……俺が明確に意思を持って拒絶すれば、もう壊れた蓄音機か」
ロクシーの、メイの、カーラちゃんの、それ以外にもサフィリア姫や名前も知らない女達の顔をした人形が俺の名前を連呼している。
この世界からの干渉を断ち切ったことで、次にどうすればいいのかわからないのだろう。こんなことのためだけに創造された命に哀れみはあるが、だからといって止まることはできない。
さあ、断ち切ってやろう。用意された幸福を踏みにじり、過酷な世界へと戻ろう。
最強の敵は、もう倒し終わっている。残っているのは、ただの雑用だ。
「――【神龍閃】」
他力本願英雄の姿に、一瞬だけ変化する。この世界の住民は自意識が乏しい人形同然であるため、あまりエネルギーが集まらない。
でも、一瞬変化できればそれでいい。それだけあれば、小さな箱庭を破壊するには十分な時間だ。
放った神属性の魔力が城を吹き飛ばし、大地を裂き、空間を崩壊させる。
見知った顔を自分の手で破壊しなければならない――これはなかなかの精神攻撃だな。本物を守ることと天秤に乗せれば比べるまでもないが、この落とし前は付けさせてもらうぞ……?
「――頼むぞ」
世界が崩壊した瞬間、一つだけ感じ取れた意識にとある依頼をした後、俺は崩壊する次元へと飲み込まれていった。
◆
「……戻ってきたか?」
偽りの世界を粉砕すると同時に、俺は上も下もよくわからない空間に放り出されたが、すぐに元の世界へと戻ってこられた。
どうやら世界と世界の狭間的な場所を通ったようだが……うん。実は結構危ない橋を渡ったか? あの子は割と平気そうだったけど、移動手段を持たない俺には結構な無茶だったかもな。
一歩間違えると永遠に世界の狭間を漂うとか、そんなことになっていた恐れがあったような気がする。やってみてからの感想だけど――ッ!
「あぶっ!」
周囲の状況を確認する間もなく、俺は第六感が訴えてきた危険を察知し、その場で大きく跳んだ。
次の瞬間、俺がさっきまで立っていた大地は爆発した。元々魔王神との戦いを行うために何もない場所を選んだとはいえ、更に酷いことになってしまったな。
「……何故じゃ?」
「……どうした、神様? そんな不機嫌全開な顔をして」
俺を狙っていたのは、言うまでもなく創造の女神――いや、今は創造神と呼ぶべきか?
創造神は手を開いて俺に向けた姿勢で固まっている。どうやら、手のひらから魔力弾を撃ったらしいな。
「望みうる全てがあったはずじゃ。貴様ら人間が、望む全てが」
「生憎だな。お前は人間のことを何も知らない。人間と一口に言っても、いろんな奴がいるんだよ」
自分の思い通りに動かなかった人間に対し、憤怒の形相を浮かべる創造神に剣をむけてはっきりと言う。人間とは、決してそんな単調な存在ではないと。
「足が速い奴、力が強い奴、頭がいい奴……他にもいろんな奴がいる。そんな記号的な特徴ですら無数にあり、望むものも目指す場所も全く違う。そんな個性を、歩んできた人生を無視してただ成功者の結果だけを渡されても、人間は満足できないんだよ」
人が頑張るのは、優勝トロフィーが、メダルが、ベルトが欲しいからではない。そんなものなど所詮はただの記念品でしかなく、本当に欲しいのは己の力で勝利をつかみ取ったという事実だ。
優勝トロフィーを手に入れるだけなら金で買うなり同じものを作るなりいろいろあるだろうが、そんな方法で手にしたトロフィーに価値を見いだすのはその手の物を集めるのが趣味のコレクターくらいなもんだろう。
優勝の座を賭けて争ってる選手達からすれば、優勝したから手に入れたトロフィー以外に何の意味もないのだから。
「非合理な……やはり下等生物じゃのぉ」
「悪いね、初めから勝つのが大前提の神様にはわからない気持ちさ」
「……まあ、よい。どうせ妾が創造せし理想郷から出てくるような愚か者は、お前一人であろう。ならば妾が直々に失敗作たるお前を廃棄し、それで終わりじゃ。神が創り、神が管理する究極の理想郷がの」
「……文字通り、お前が神の視点から全てを見下せる世界ってだけだろ?」
創造神の目的は、俺には到底理解できないものだ。何せ、目的の一点に関しては思考回路が俺と似通っている魔王神と正反対であるが故に分かれた心なんだからな。
迷惑なほど向上心の塊であった魔王神の反対となれば、初めから頂点であったからこそ上を見ることを誰よりも望んだ男の正反対となれば、まあ下を見ることってところだろうがな。
自らよりも劣った生物を上から目線で見下し続け、気まぐれに救ってやる娯楽。こいつの目的は、大方そんなものだ。
気まぐれに人が困難に陥ったとき、救いの手を差し伸べてやる。そうやって、ただ自分を崇め這いつくばっていればいい。そんな歪んだ心が目に見えるようだよ。
何せ神に人間の手が届く可能性を知った途端に理想郷に封じようとするんだから、もう間違いあるまい。
「神が神の視点でものを見て何が悪いのかや? そもそも、この世界の生命体は全て個別に作成した妾の理想郷に招いておる。当然お前の世界破片も使えぬ以上、分不相応にも再び神の領域に足を踏み入れることはできまい。されば、勝ち目はないということぞえ?」
「忠告、どうもありがとう。それならまあ、そうだな……」
他の連中が戻ってくるのを、待つとしようか。
下を踏みつけていれば満足なんてちっぽけな奴は俺一人で十分だと言いたいところだけど、力だけは洒落にならないからな。
用意された幸福では満足できない、どれだけ辛かろうが自分の手で掴んだ物以外は認められない――なんて馬鹿は、間違いなく俺だけじゃないことだしな……。
メリークリスマス(一歩手前)。
恋人達の性……聖夜を目前にして、恋人に対して「自分に無邪気な好意を寄せてくるとかありえない」とドン引きするのがレオンハート。




