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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
最終章 神々の戦い
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第212話 不可能

 ――乾く。


「ゼアァァァァァッ!」


 砂漠を、一滴の水で潤すことなどできはしない。


「これも弾く――だが、まだまだ!」


 世界を作成したときより、ただの一人も現れることはなかった「神と対等の存在」に、史上最も近づいている。

 目の前で必死に、一秒先の生にしがみついている男は、我の目から見てもそういう存在だ。


「――解放、嵐龍!」


 剣の一振りで嵐を巻き起こし、その力をただの目くらまし程度にしか考えていない。

 人間という生物が誕生してから、我はその歴史の大半を見てきた。人間という生物が誕生する前から、この星に発生した全ての生物をこの目で見てきた。

 例外は封印されていた千年ほどだが、世界の歴史全ての中では誤差のようなものであり、その間の空白も世界破片(ワールドキー)による情報接続で概ね把握している。

 だからこそ、称えてやろう。神の領域までここまで迫った生物は、この男――レオンハート・シュバルツが初めてだ。神の力そのものである神造英雄や四魔王を例外とすれば、この生物こそがこの世界における最高傑作だ。

 元が女神が作り上げた生物兵器であるとはいえ、その身に宿している力はほぼ全てこの世界で発生したもの。神の失敗作がここまで来たことを神の手柄とするのはあまりにも無様な話である以上、神である我がその力を称えてやろう。


 だからこそ、我は嘆く。この乾きを癒やすことはできぬと嘆くのだ。

 予想を超えた生物の性能が、その力が、所詮はこの程度であるという予想通りの結末を――



(――強いってのはわかっていたけど、本当に底が見えねぇな……)


 魔王神と何とか戦いと呼べるものを開始してほんの数分。どちらかと言えば積極的に攻めてはこない魔王神を俺が攻め立てる形で戦闘は続いている。

 積極的に攻めてこないと言っても、ほんの一瞬、刹那の隙を見せればこの首が飛んでいることを確信できる綱渡りの戦いだがな。


(これだけ打ち合っても、未だにこいつの底が見えない……まだまだ本気じゃないってことか?)


 普通、直接剣を交えればある程度相手の力量を測ることができる。実力が拮抗していれば力量どころか更にその奥……心まで見えてくることも珍しい話ではない。

 だが、現状魔王神の本当の力すら俺は未だに見極めることができていない。初めから超強いとは思っていたが、それが上方修正されるばかりで結論がでないのだ。

 これはまあ、実力を隠しているってことだろう。それはつまり、まだまだ俺が相手じゃ本気を見せるまでもないってことなんだが。


(最低限の土俵には、立っているつもりなんだけどな……)


 面制圧の連続突きを放つ。これを受ければ、大抵の生物なら一秒後には肉片一つ残さずに消滅するだろうって攻撃だ。

 しかし魔王神はその連続攻撃の全てを余裕をもって回避してしまう。回避するってことは当たれば致命傷とは言わずともそれなりに危険ってことのはずなんだが、一体何を考えているんだろうな?

 こっちは身体も魂も、そして命すらも燃やし尽くす覚悟で挑んでいるってのに、何でこいつはこんなに冷めた表情を見せるんだ?


「……そら」

「ッ!?」


 魔王神は剣を振りかぶり、ただまっすぐに振り下ろしを放ってきた。

 当然俺は回避するが、その一太刀の鋭さ、破壊力に思わず目を見開く。今の一撃に込められていたエネルギー……もし斬撃に纏めずにただ放出していた場合、星の形を変えるくらいはできたんじゃないか?


「少し強く、速くいくぞ」

「――!」


 魔王神の攻撃が、その剣を境に激しくなっていく。

 何とか、ギリギリのところで直撃を避けることはできているが、避けるのに精一杯で防戦一方に追い込まれていくのだった。


「……少し本気になればこんなものか?」

「クッ――!」

「お前は強い。それは認めてやろう。泥臭い努力となりふり構わない力の吸収……おおよそ、神ならざる存在ができることは全てやった個の極致と言ってもいいだろう」

「まだまだ極めちゃいないがな!」


 褒めているのか貶しているのかわからない言葉の中でも、死の嵐が止まることはない。

 この鋭さ、この破壊力……とても世界破片(ワールドキー)の力で上辺だけなぞった強さではない。というか、さっきの神軍にいたどの英雄をコピーしてもここまで凄まじくはなかった。

 この技は、力は紛れもなくこの男のものなのだ。何万年の結晶なのかは知らないが、いったい誰と戦うつもりで磨いたのかもわからない鍛錬の結晶――俺は、それをこの一連の攻撃に見てしまっている。

 魔王神の力が見えなかった理由は、本気になるとはなんてことはない――世界破片(ワールドキー)による人間のものまねを止め、自分自身の力を使うってことだったわけだ。


「だからこそ、この世界はやはり滅ぼそう。……極みに立ってなおこの程度では、希望などない」

「――ッ!?」

「これで最後だ」


 ――走馬灯。魔王神の宣言と共に、今までの人生で経験してきた全てが……それをも超えて、失われた魂の記憶すらもが俺の頭の中を駆け巡る。

 元々走馬灯を見ているってときと同じくらいに脳みそを活用していたところで更にそんなブーストが起こっているのは、魔王神の攻撃を予知したから。

 俺の手札の全てを使ってなお、防ぎようがない攻撃が来ることがわかるからだ。


「――【加速法・50倍速】!」


 今できる全てでは無理ならばと、俺は自分の技に殺される覚悟で限界を無視する。

 しかしその俺の超加速も気にした素振りすら見せずに、魔王神の剣は放たれた。


「――【星命終焉】」


 繰り出されたのは、今までのように自分の力を完璧にコントロールしているからこその一点集中攻撃ではなく、広範囲をなぎ払うタイプの斬撃だった。

 空間を歪ませるほどの力を剣に乗せ、その全てを空間転移の応用で他方位に飛ばしている。

 つまり、一つの斬撃を無数に分裂させる技。一撃が軽く街一つくらいなら吹き飛ばせるほどの範囲攻撃だというのに、それを俺を中心とした球形に配置、中心に収束するように撃ちだしているのだ。


(回避――無理、迎撃――間に合わない!)


 50倍に加速された時間の中で、俺は必死に生き残る道を模索する。

 だが、何をどうしても無駄。明鏡止水によるすり抜けは奴の神の魔力には通用しないし、一分の隙もなく形成された斬撃の包囲網が相手では避けることなどできるわけがない。

 となると、残されるのは一部の攻撃を迎撃することで道をこじ開けることなのだが、それは純粋な破壊力の差で難しい。俺の持つ最大最強の一撃をぶつけたとしても、恐らくは拮抗が精一杯。破ることができたとしても、それより先に他の斬撃で細胞すら残さずに消し飛ばされるだろう。


 どうみても個人に向けて放つ技ではない。これは、範囲を調整すれば国を、大陸を――いや、星すらも一撃で容易く消し飛ばすような攻撃なのだ。


(これが、神か――)


 人間では絶対に対抗できない存在。いくら強くなっても、いくら努力しても、いくら頑張っても決して届かない領域。

 戦うには、人間に合わせてもらわなければ釣り合わない。神が神として戦えば、あっさりと決着がついてしまう。

 なるほどなるほど。俺は今まで宗教とかには全く興味がなかったんだが、実際にこうして神を目の前にしてしまえば信仰心って奴が理解できるような気がするな。

 そりゃ確かに、こんなもんを相手にして人間にできることなんて、精々が祈ることくらい何だろうよ。


「――ふざけんじゃねぇぞ!」


 俺は、そんな現実を突きつけてきた神を全力で否定する。

 あの女神と違い、魔王神は神だから優れているというだけではないことは剣を交えて理解できた。何も感じない剣だったが、ただ少し本気を見せてくれたおかげで、その剣に乗せた感情をほんの少し見ることができたのだ。

 だから、ここでこのまま終わるわけにはいかない。


(神と戦うにはどうしたらいい? 俺の全てを使っても対抗すらできない相手に勝つには、どうしたら――)


 気合いを入れたところで、答えがないことには変わりはない。

 斬撃の包囲網は時間と共に凄まじい速度で迫っている。こうして加速状態でなければ考え事をしている暇など全くなかっただろう。

 そんな極限状態だったからか、俺の五感は――第六感は不意に何かを捉えた。俺のすぐ近くの何もない空間に、何かがある気がしたのだ。

 俺は、その何かの正体のことなど考えることもせずに、俺はそれに手を伸ばした。そこになじみのある気配を感じたから。


………………………………………………………………

…………………………………………………………

……………………………………………………


「うおっ!」


 俺は地面に叩きつけられた衝撃で叫び声を上げ、同時に自分の生を理解した。

 不死身だろうが無敵だろうが容赦なく消滅させるだろう空間から抜け出るべく手を伸ばした直後、俺は遙か天空から一瞬で地上に移動していたのだ。

 頭で理解していたわけではないが、あの違和感は空間転移のゲートだったようだな。


「何とか生きていたようだね」

「……お前らもな」


 何とか周囲の状況を観察する余裕を取り戻してみたら、辺りには大勢の人間がいた。周囲から死角になる断崖絶壁の谷間に大勢で集まっているようだ。

 クルーク、メイを初めとする俺の仲間達……親父殿やクンの当主にグレモリーのジジイもいるな。正直何人かは死んだかもと思っていたけど、無事に生き延びていたらしい。

 それもこれも、黄金に輝く魔力空間を展開することですでに俺の治療を始めてくれている優秀な弟子のおかげのようだがね。


「皆さんの回収、完了しました」

「おう。……相当ボロボロみたいだけど、大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃありませんけど、箱船から下ろした皆の位置を把握しているのは僕だけでしたし。戦う力が残っていないなら、せめてこのくらいはしないと」

「そうか。……おかげで命拾いしたよ」


 限界を超えた加速法の反動で今にもバラバラになりそうな俺の身体を治療しつつ、アレス君は少し誇らしげに話をしてくれた。

 詳しいことはわからないが、皆の命を救ったのはアレス君――希望の世界破片(ワールドキー)の力なのはわかっている。

 アレス君は一人魔王神と戦ったボロボロの身体のまま、各地に散った仲間達をあの短い戦いの間に集めてくれたのだ。その助力によりあの窮地を空間転移で救われたってわけだが……ふぅ。やっぱり、どうしようもなくなったときに頼れる仲間がいるってのは嬉しいな。


「……それで? どうなんだ?」

「どうって?」

「勝算があるのかという話だ。すでに殺される一歩手前だったようだが」


 完全ではないにしろ、負傷を感じさせないくらいに回復したメイが問いかけてきた。正直、世界で一番答えづらい質問だ。


「あー、今のままじゃ無理」


 ここで誤魔化しても仕方がない以上、俺は両手を挙げて素直に答える。

 努力が報われるとは限らない……ってのはよく言われる話だが、アレはその極致だ。頑張って追いつけるような低い壁じゃないというか、死ぬ気で頑張っても無理なものは無理って確信させられたな。


「今のままってことは……まだ何か考えていることがあるのかい?」


 正直諦めかけているって心情で出した答えだったが、クルークはそんな俺の言葉尻を捉えた。

 ……まあ、まだ可能性はゼロではないからな。できればやりたくなかった最終手段だけど。


「……グレモリー」

「何だ?」

「アンタと同じことをする必要がありそうだよ」


 俺はシンプルに、唯一の可能性について語る。

 死の世界破片(ワールドキー)を持つ魔王神ならば、俺がまだ死んでいないことにすぐ気がつくだろう。

 となれば、ここを魔王神が突き止めるのは時間の問題。あまり余裕はない以上、話はさっさと終わらせないとな。


「……完全なる世界破片(ワールドキー)か?」

「あぁ。欠片となっている欲望を一つに纏める。それがあの怪物に対抗する唯一無二の手段だ」

「私はそれに頼った身だ。故にあえて否定しないが、それをすればどうなるのかはわかっているのか?」

「わからないね。わからないから恐ろしいんだけど」


 完全なる世界破片(ワールドキー)の使用。それは人間の限界を大きく超えた力であり、一時的に強力な力を得られる代償にどんなリスクを背負うのかは未知数だ。

 唯一の実例であるグレモリーで言えば、肉体の老化と不死化なんて嫌がらせみたいなコンボを喰らっている。

 俺も同じことになるか、それに匹敵するようなダメージを負うかもしれないが……ここで世界ごと滅びるよりはましだよな。


「……それなら僕がやってもいいんじゃないかい?」

「いや、私がやろう。今度こそあの顔にこの拳を叩き込んでやりたい」

「千年前の焼き直しをするつもりか? ……世界破片(ワールドキー)の扱いは俺が一番慣れている。俺がやるべきことなんだよ」


 俺と同じく欲望の欠片をもっているクルークとメイが自分がやると主張するが、そこを譲る気はなかった。

 心情的なものもあるが、俺じゃなきゃダメなんだよ。奴に勝つためにはな。


「完全な世界破片(ワールドキー)を使えるのは俺だけだ」

「何故、そんなことを?」

「産まれたときから世界破片(ワールドキー)と一緒に成長してきたのが俺だぞ? 慣れているのは間違いなく俺だ。元々世界破片(ワールドキー)を使える器として作られたらしいしな」

「それってどういう――」

「長々と説明している時間はない。それに、完全な世界破片(ワールドキー)を一つ手にしたところで奴には勝てないしな」


 俺はそこでアレス君の方を――アレス君の手にする剣を見る。

 あれは完全なる世界破片(ワールドキー)である聖剣アーク。それを持っているアレス君でも勝てなかった以上、ただ世界破片(ワールドキー)を所有しているってだけでは勝てないのは明白だ。

 そもそも、奴はその完全な世界破片(ワールドキー)を4つも持っているんだしな。


「……ミハイ。そこにいるんだろ?」


 俺はそこで皆から視線を外し、離れた場所の岩陰に目をやる。

 いくら気配を消していても、俺の目は誤魔化せない。少なくとも、この男の放つオーラを間違えることはありえないだろう。


「……フン」

「魔王神に挑むには、世界破片(ワールドキー)一つじゃ足りない。お前が持っている正義も返してもらうぞ」


 俺はミハイに世界破片(ワールドキー)を差し出すように要請する。

 これでもまだ数の上では半分だが、俺が用意できる最大の力がこれだ。正義と欲望……二つの世界破片(ワールドキー)を完全な状態で保有できれば、今よりも遙かに巨大な力を得ることができるだろう。

 その負担がどんなものなのかは、考えるのも恐ろしいが。


「俺が素直に差し出すと思うか?」

「差し出すさ。一度戦って負けたんだから、勝者の言葉には従うべきだろ?」

「……チッ!」


 ミハイはこちらを見下すような笑みを浮かべるが、すぐに不機嫌そうに舌打ちした。

 こいつもプライド高いからな。一度戦って負けた以上、何かしらの借りがあるように感じているのは間違いない。しかも魔王神と直接戦って負けたんだろうし、なおさらだな。


「というわけだ。正義と欲望の同時使用が可能なのは世界で俺だけ。だから、俺が戦うしかないんだよ」

「……ッ!」


 この場に集まっている皆が、よく見知った顔から俺からすると名前も知らないような大勢の人が辛そうな顔をしている。

 皆、理解しているのだろう。僅かな可能性とは、俺に頼り、俺を犠牲にすることしかないんだってな。


「自己犠牲は嫌いだが……これだけやってもどうにもならなかったんだ。仕方がないさ」


 俺はふぅと息をついて最後に締めくくった。

 もう、最善の結果――誰も犠牲にしない結末は十分に探した。残っているのは、こんな方法だけだ。


「……反論は、思い浮かばないね」

「じゃあ頼むよ。無駄な体力は使いたくないし、それ以上に時間もない」


 どんなに離れていても感じ取れる魔王神の魔力が徐々に近づいている。どうやら、おおよその方向くらいは掴んだらしいな。

 急がないといけない。俺は、その意思を込めて手を伸ばした。


「師匠……」

「アレス君。君の聖剣は最後の希望だ。正直俺が手にしても言うことは聞いてくれないだろうし、いざって時は頼むぞ」


 俺は不安そうに聖剣の光で俺を治療し続けてくれているアレス君の頭を乱雑に撫でる。

 単純に考えれば聖剣も俺が手にして戦った方が強くなれるんだろうが、この剣を使うことができないのは既に実験済みだ。これ、アレス君以外が持つと本来の性能をさっぱり発揮してくれないんだよね。それでも並の人間が相手なら剣の性能だけで天下取る夢くらいは見られるだろうけど、このレベルの戦いでは手になじんだ武器の方がいい。


「……言っておくが、私は諦めたわけじゃないからな」

「ああ」


 クルークとメイから欲望の世界破片(ワールドキー)の欠片が手渡された。

 これで、一つ完全な世界破片(ワールドキー)が俺に宿った訳か。欲望の力は他の世界破片(ワールドキー)の力を大きく上回っている……それは千年前、正義と希望の二つを持っていた神造英雄に欲望単体のグレモリーが勝利したことからもわかることだ。

 後は、この力をどこまで使いこなせるかだな。


「……チッ! 負けたら殺すぞ」

「勝っても殺すんだろ?」


 続いて、ミハイからも正義の欠片が投げつけられる。元々は俺の中にあった神造英雄の力が飛び火したものってことだが、これで神造英雄も完全体になったわけか。

 どこまで伸びているのかは知らないが、耐えられるかねぇ……。


(死ぬつもりは、ないけどさ)


 こちとら、このいざこざが終わったら幸せな人生計画をスタートさせるつもりなのだ。そう簡単にくたばってたまるかって話だな。

 そうやって、生きることへの気合いを入れた後、俺は心臓も含めて治癒が完了した身体を大きく伸ばして体調を確認する。

 ……うん、問題ないな。流石はアレス君。見事に聖剣の力を使いこなしているようだ。


「んじゃ、行ってくるか」


 ここで戦うわけには行かない以上、俺は一気に走り距離を取る。

 こっちを目指して飛んでくる魔王神も気がついたようだし、後は待っているだけでいいだろう。

 唯一の勝機は、俺がこの力をどこまで使いこなせるか……か。相手が4つの世界破片(ワールドキー)を全て完全制御している怪物でさえなけりゃ、負ける気はしないんだけどな。


「……別れの挨拶は済んだか?」

「そのためにわざわざゆっくりと飛んできたのか? そりゃお礼を言わなきゃな」


 魔王神が余裕たっぷりに到着した。ここからの第二ラウンドは地上戦か……俺はこっちの方が得意だな。

 さて、行くか――


「欲望、正義――完全起動!」


 一切の欠損がない世界破片(ワールドキー)の発動。

 その力は、太陽を思わせた魔王神の力を理解させるほどに激しく、強く、そして――


「がっ――ッ!?」


 俺の覚悟や決意なんて鼻で笑うほどに凄まじく、意識を一瞬で飲み込んでいく。

 ああ、そりゃグレモリーのジジイがあんなにもなるわな。こんな力を宿したら、暴走の一つや二つ、そりゃ起こるよな――



「……ほう」


 レオンハート・シュバルツが変化した。内から放たれる膨大なエネルギー……先ほどまでとはまた異なる力の濁流に飲まれるようにその身体を漆黒の光で包んでいく。

 ……明らかに、正気を失っているな。さながら、今の姿は魔力の塊。かろうじて人型は保っているようだが、全身真っ黒の発光体であり、顔の部分には目と口のような裂け目があるだけの存在だ。

 どうやら世界破片(ワールドキー)の力を完全なものにしたようだが、それは無謀だ。いくら世界破片(ワールドキー)の力に耐えられるように女神が作成したとはいえ、それはあくまでも神の支配下にあることが前提。耐えられるだけで使いこなせるようになっているわけではないのだから。


「最後の最後に、つまらぬ結末になりそうだ」


 自滅に近いような結末となってしまったが、この失敗作の世界の結末には相応しいのかもしれん。

 我はそんな下らんことを考え、剣を構える。せめてもの情けだ、一撃で葬って――


「◼◼◼◼◼◼◼◼◼!!」

「ム――?」


 レオンハートだった何かは、理解不能な叫びを上げた。それは天を裂き、大地を揺らす狂気の咆吼。

 この我が不覚にも手を止めてしまうほどの力を有したものであり、そして――


「なにっ!?」

「◼◼◼◼◼◼!」


 漆黒の魔力体を震わせ、跳躍。一瞬とは言え我の認識を超え、神の左腕を食いちぎったのだった。

 狂気。その言葉を体現したかのような歓喜の雄叫びを上げながら。

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