第211話 神軍リベンジ
「……一撃いれることは、できたか」
悪魔王を下し、全速力で聖剣の神殿から南の大陸まで戻ってきた。正直生身で移動する距離じゃないってところだが、今の俺には丁度いい運動程度だったな。
でも、そんな自惚れを抱いていられる時間は短い。あと数秒遅れていたらアレス君は殺されていたって場面に遭遇してしまうくらいにギリギリだったからな。
「……随分と強くなったな?」
「ああ。死にかけてパワーアップしてきたぞ」
不意打ちのような拳が魔王神を捉えたが、当然致命傷ではない。でも、全く効いていないってわけでもないな。
本当なら剣を使って大技を当ててやりたいところだったが、弟子を支えるのに剣を持ったままというわけにもいかないし、抜くまで待ってもらったらもう初撃を入れる隙は無くなっていただろうから仕方がない。
「……便利な身体をしているんだな。では、後5、6回ほど殺せば更に上に来れるのか?」
「さあな!」
実際には死にかけたからパワーアップしたのではなく、ちょっと川を渡りかけたところで新しい概念に遭遇しただけだ。
ここで負けてもまた復活してパワーアップ……なんて奇跡はもう絶対に起こらない。何がなんでも、ここで勝たなきゃな。
(と、言いたいところなんだけど……何であいつまでパワーアップしてるんだよ)
自分自身の成り立ちを理解し、その特性を最大限活用する魂加速の技法。それによって飛躍的に力を増し、更に魔王神との戦いを望んだ大勢の魂たちの助力を受けることで俺は確かな勝算を得たつもりだった。
だが、それはさっき俺を殺した魔王神を基準にしての話だ。今の魔王神……黒い太陽とでも言うべき莫大な魔力を纏う状態なんて、流石に想定外だぞ……。
「元々安定した勝利なんて、望める相手じゃないか」
俺は魔王神の力を計り、ため息を吐く。新たな力で格好よく圧勝ってわけにはどうもいかないらしいな。
こりゃ、初めからギャンブルしなきゃいけないようだ。
「【加速法】」
俺は加速状態となり、同時に自分の魂に意識を向ける。肉体の加速に合わせて、魂の活動加速を更に早めることができれば、加速法の限界を越えることができるはず――
「――ハッ!」
「一撃以上は許さんぞ?」
超高速抜刀術で先制攻撃と共に抜いたが、今度は魔王神の剣であっさりと弾かれた。
……魂加速の更なる加速は、失敗してるな。そもそも練習もなしにいきなり使いこなせって方が無茶なんだよ。
(実戦の中で使いこなすしかない!)
練習している暇がないならここでやるしかない。
実戦こそ、最高の修行だ。
「……どら、せっかく立ち上がって来たのだ。リベンジのチャンスをくれてやろう」
「何――」
「集え、世界に名を刻みし戦の歴史よ」
魔王神が剣を天に掲げると、前にやられたときと同じように無数の剣が、槍が、斧が――その他無数の武具が出現した。
それら全てが強大な魔力を有する、伝説に謳われてしかるべき至宝。だが、それが全て俺に向かって飛んできたとしても撃墜するのは容易い。どれ程の名剣であっても、道具とはそれに相応しい使い手がいて初めて輝くものなのだから。
「集え、世界に名を刻みし歴戦の英雄よ」
魔王神は兜を煌めかせ、天に向かって命じる。すると、儚くも強大な力が次々と集まってくるのだ。
前に見たときはわからなかったが、今の俺にはわかる。あれは魂――の模造品だ。無数の武具と同じく、世界破片の力により再現された魂――至高の武具の力を最大限に引き出せる達人たちのコピーだ。
「集え、世界を構築する小さき粒よ」
禍々しい鎧が輝くと、目に見えない何かが集まってくる。
それが何なのか――それを俺に理解することはできなかった。だが、それが集まることでどんどん大きくなっていくにつれて何を作っているかはわかるようになっていく。
人間だ。あいつは、どういう理屈かは知らないが、人間を作っているのだ。外側だけ人に似せた土塊の人形などではない、血肉を持った正真正銘人間の肉体を。
「集え、世界にて育まれし生命よ」
しかし、どれほど精巧に作られていようともそれは生命ではない。生命を生命たらしめる命の力が欠けているのだ。
それを、最後に残された盾を起動させることで解消する。生命の力、どれほど精巧であっても作り物では持つことができない輝きを受けた人形達は、途端に生気を持ち始めた。
生気を持つ肉の身体に、限りなく本物に近い魂が吸い寄せられる。魂は己の肉体があるのならば自然にそこへ向かうのだ。
本物と同等の肉体と、本物に限りなく近い魂。そして本物の英雄が持っていたものと同じ力を持った武器。
それはつまり、古今東西あらゆる英雄の再現だ。どんな武具をも再現する力、どんな経験でも再現する力、自然界のどんな物質でも再現できる力、そしてどんな生命の力でも再現できる力。それを同時に使うことで、神軍は完成する――!
「世界破片より生み出した魔王達ではこれを成すことは叶わん。『死』も『武具』も『生命』も一度に一つ再現するのが限界であり、『自然』はただ大きく力を動かすばかりでこのように極小の力を使うことはできなかったからな」
「……力を使いこなすには、どれだけ精密に使えるかが重要ってことか」
「その通り。ただ大きく強く撃つだけでは力に使われているだけということよ」
魔王神は自らの力の強大さと、それを完全に使いこなしていることをはっきりと俺に見せつける。
自分に勝つには、これ以上の力とそれを完全に使いこなせる器がなければ不可能なのだぞと天上から語りかけているのだ。
「以前の貴様はこの軍勢を前に数秒といったところだったが、今度はどうかな?」
「……試してみるか?」
俺は武器を向けてくる軍勢は、多種多様だ。そこには男も女も、剣士も魔術師も、人間も鳥人族も山人族もいる。
まさに世界の英雄大集合と言った様子の軍勢を前に、俺は二つの世界破片を起動させ力を増加させる。
魂加速により、今の俺は一度に使える魔力の総量が増加している。前にやったときはそんなドーピングなしでも一人一人と基礎性能を比べるのなら俺の方が上だったが、元々技ってのは自分よりも強い存在に勝つために考案、精錬されていった技術。基礎性能で上回ったところでそれを跳ね返すことができるからこそ英雄と呼ばれるのだ。
まして、数で圧倒的に劣っている以上普通にやったらすぐに追い込まれる。最低限勝負になるだけの力があれば数が多い方が勝つのはものの道理だ。
「――進撃せよ」
英雄の軍勢は、神の兵団は感情を宿さない目のまま一斉に突撃してくる。
やはりこの軍勢、身体的な能力と技術的な能力は完全再現しているが、意思はないようだな。まあそこまで再現してしまうと誰も魔王神に従わないだろうから当然の話だが。
(こいつらはいくら強くても所詮は雑兵。まともに相手にするだけ損だな)
無限に作れる恐れもある軍隊と真っ向勝負する時点で敗北だ。この場における俺の勝利条件は敵の全滅ではなく、どうやって魔王神にたどり着くかだろう。
(正面突破か大回りして迫るか……)
一瞬考えた隙に、敵軍の戦士がもう目の前まで詰めてきた。
流石に速いな。
「フッ!」
繰り出された剣閃を紙一重で回避する。この数の差を前に、紙一重以上に大きく避けていてはだめだ。
(まず一人)
カウンターで放った一撃で、迷いなく首を落とす。どれほど精巧であっても所詮はまがい物ということなのか、この兵士たちは戦闘不能と同時に消えてしまうので死体が邪魔になることはない。
同時に、今の手応えで俺の取るべき道は決まった。正面突破か迂回するかって選択の答えは――
「正面突破に決まっている!」
俺は最初に突撃してきた一人を囮にして側面に回り込んできた戦士二人を無視するように大きく前に出る。
迂回して迫ったところで、好きなだけ兵力を生み出せる以上どこから攻めてもどうせ敵の壁ができることはわかりきっている以上、初めからそれしかないのだ。
「最速で抜けて、少しでも戦闘回数を減らす。それで行く!」
つまりは力で突破するということなのだが、それこそが俺に相応しい答えだろう。
こいつらの弱点も、もう見えている。
(前の二人が上段と下段を同時に攻めてくる。横に飛べば後ろで構えている弓兵と魔術師の的に、受け止めようとすればその間に背後に別の戦士が回り込むか)
かなり頭が痛くなる作業だが、俺はこの数の英雄たちの気影を全て見切っていく。
こいつらの弱点。それは意思を持たず、それでいて再現性が高いことだ。
本物の人間であれば、必ずミスをする。あるいはミスとまでは言わなくとも最善ではない行動を取る。その揺らぎこそが次を読む上で最大の障害であり迷彩となるのだ。
しかし、こいつらにそれはない。こいつらは皆「全盛期の状態」をベースに再現されており、意思なき戦士を操るのは決して間違えることのない「神」。
すなわち、持ちうるスペックと技術を活かしてもっとも優れた行動を絶対に取ると言うこと。
だから、読める。
「――加速法」
前の二人が攻撃してくる直前、加速することで先制攻撃を放つ。
長々と加速していては後の反動で死ぬからほんの一瞬だが、その一瞬で計算を狂わせる。一度見せれば次はそれを計算に入れた上でまた最適解を出してくるのだろうが、まずは凌いだからよしとしよう。
(最適を読みきるって時点で脳みそ沸騰しそうになるくらいに疲れるんだが――まだまだ行ける!)
普段使わない脳みそだが、この一歩前に冥界が広がっているようなギリギリの戦場で使うために存在しているのだ。こういうときに働いてもらわないとな。
(左から――右――いや上と背後の同時――)
ギョロギョロと目を動かし、頭を全力で回して先を読む。
つーっと、鼻から血が垂れてくる。早くも働かせすぎた脳みそが抗議の声を上げているようだが、まだまだ。
こいつら一人一人の技量は間違いなく俺よりも上。所詮俺はこの道を歩き始めてから20年かそこらの若輩者であり、俺以上の武芸者などいくらでもいるのだ。
そんな連中の一挙手一投足から次の動きを見極めるのは至難の業だが、だからこそ楽しい。一秒おきに自分の技量が上がっているような感覚を覚えるのが、最高に楽しいのだ――あ。
(――やば)
刹那の読み合いの中、このままだと詰むことを悟る。
今のままでは避けきれない攻撃が来ることがわかるのだ。これを覆すには――
「――ダメージ覚悟で行くか」
ここで大技に頼るのは悪手。強いだけの相手なら強引な手も有効だが、強く上手い相手には隙を見せるだけだ。
だから、嵐龍閃で吹き飛ばすといった手は選ばずに身体を小さくまとめてまっすぐ飛ぶ。少しでも被害を抑える基本のような行動だが、結局最後は基本に帰るのだ。
「後、少し――」
ダメージ覚悟で危険地帯を突破。だが、そこで俺は過去最大級の危険を感じ取る。
囲まれているのだ。もちろん敵陣に単騎で突撃した以上右も左も敵だらけなのは当然だが、お互いに邪魔にならないよう俺がいる場所へ攻撃ができる布陣が整っており、離脱することも不可能と言うしかないほどに完璧な包囲網が完成しているのだ。
今までの全ての攻防。その全てが、ここへの誘導。それがはっきりとわかるほどの、完全無欠の包囲――。
「中々よい読みだったな。この軍勢を前に曲がりなりにも戦いを行える人間がいるとは思わなかったぞ?」
数秒先の明確な死に息を呑む俺に、少し先から魔王神の余裕に満ちた声がかけられた。
野郎……自分には及ばないことを前提に、ここまでの戦略を立てていたのか。俺の行動も能力も何もかも見切った上で、子供が虫を弄ぶかのような視点でこの局面へと導いたのだ。
ここまでは完全に奴の手のひらの上だったわけだが――ならば、ここからはその想定を破らなきゃな。
「【超加速法・20倍速】――」
限界突破の更に先の加速を行うと同時に、死の危険をビリビリ感じている魂に活を入れる。
今ならできるだろ。火事場の馬鹿力の、一つや二つ――!
「【超魂加速】!」
魂を削り、瞬間的な質を劇的に向上。それにより魂による魔力強化の効率が大幅に高まり、全身に力がみなぎっていく。
ああ、そうだな。この感覚は――
「俺が生まれて初めて魔力を使ったときと同じだな」
随分昔の、スライムに窒息させられる寸前まで追い込まれた記憶を懐かしむ暇もなく、全ては動き出す。
だが、もう遅い。さっきまでだったら四方八方から襲いかかってくる刃の数々に対応する手はなかったが、今の俺からするとあちこちに穴が空いている布陣だ。
「【超明鏡加速・流】」
流れるような動きで、隙間を縫うような動きで加速しすり抜ける。
全ての攻撃を見切っていなければできない――そんな風に見えるような動きを体現する。走馬灯を見るって奴と同じ、通常よりも何百倍も何万倍も時間を引き延ばしているかのような感覚を二つの加速法で強引に会得しているからこそできる動きだ。
「――なに?」
「どうした? 予想外のことでもあったか?」
操り手の魔王神の予想を超えることができたのか、軍勢は少しその動きを鈍らせた。
今までだったら回避しても何のブレもなく次の動きに移っていたのに、少しだけ止まったのだ。
その一瞬は、ことこの状況では長すぎるな。
「――今の俺の大技は、少しばかりでかいぞ。【超瞬剣・混沌嵐龍閃】!」
さっきまでだったら各々の技量で捌けただろう砲撃に、英雄のまがい物達は皆飲まれていく。
基礎ステータスだけなら俺の方が高いのだ。真正面から破壊力特化の一撃を受ければ、何人いようが消し飛ぶしかない。
「……見事。よもや、これを真っ向から打ち破れる人間がいるとは想定もしていなかったな」
そこで俺の加速法は終了し、魂加速も通常のレベルまで落ちる。
今攻められると正直きついって時間が後数秒続くが、魔王神は追撃を行わず、それどころか残っていた神軍を皆消してしまった。
それは神軍を維持するために使われていた力が全て魔王神の元に戻ったと言うことであり、決していいことばかりとは言えないのだが……何のつもりだ?
「合格だ。もう一度名を聞いておこう」
「合格だと?」
「ああ。世界誕生より、この我が本当の意味で戦う必要があると判断した者は我と同等の存在である女神とそれに属する駒以外にはいない」
「……俺も、一応その分類らしいけど?」
「だろうな。だが、お前は女神の意思の中にはいない。あくまでも一個の生命としてこの我に挑み、その力を示して見せたのだ。これを賞賛せずして何が神だとは思わないか?」
「俺、神じゃないんでな」
よくわからないが、魔王神はとても機嫌良く話しかけてきた。
加速法の反動時間を稼ぎたい俺としてはありがたいのだが、一体なんなんだろうか?
「もう一度問おう。貴様の名は?」
「……レオンハート・シュバルツだ」
「そうか。前の男と同じ名なのは些か惜しいが、まあよい。では、レオンハートよ。これより我が貴様を敵と認めて相手をする。くれぐれも、失望させるなよ?」
――魔王神から闘気が放たれた。余興や気まぐれではなく、俺を認めて戦うことにした――ただそれだけで、空気が軋み世界が滅びるんじゃないかというほどの熱気が満ちていく。
ここからが、本番ってわけか。
「あの神軍は、強い能力を持っているだけの者では絶対に破れない。それを破ったお前には、我が知らない何かがあるのだろう。それを知ることができれば――我の計画は更に先に進む」
「勝手な、野郎だ!」
身体が万全に戻ったことを確認し、全身に力を込める。
……よし、いつでも来い!
「――フッ!」
魔王神はその場から瞬間移動を行い、俺からやや離れた場所に出現。同時に今度は高速移動で距離を詰め、手にした剣を振り下ろしてきた。
空間移動で距離を詰めるのではなく、感覚を狂わせるための小細工として利用するか。なるほど、ただ力任せに押し込むだけってわけじゃないのは本当みたいだな!
「ほう」
「悪いが、見えている!」
俺はそんな魔王神の剣を、しっかりと剣で受け止める。同時に右足の蹴りを腹に繰り出すが、それはしっかりと回避されてしまう。
だが、十分。一方的に蹂躙されるのではなく、戦うことができている。これならば、十分勝算はある。
「少し速く行くぞ」
「俺には遅いくらいだ」
魔王神の高速連撃を、互角以上の速度と反応で対処。
恐ろしく鋭いが、ついて行けている。ああ、全くあの言葉は真実なんだなと実感させられる。
そう、あれだ。
「実戦に勝る修行はない、だったか? お前が用意してくれた英雄軍団、しっかりと俺の血肉にさせてもらえたようだ」
「それはよいことだ」
数多の歴史に名を刻む英雄と極限の戦いを行った。しかも、数え切れないほどの数と。
その経験は俺の技術を飛躍的に高めてくれている。俺より強い相手に立ち向かうための、人の武器。それをこの土壇場で高めてくれているのだ。
「さあ、勝負だ!」
俺は再び、神に挑む。
だが、今度の戦いは決して勝ち目のない時間稼ぎ目的の殿ではない。正々堂々、正面から勝ちに行かせてもらうぞ!




