第208話 勇者
凍てつく烈風が身体を引き裂くような雲の上の世界。僕は、そんな場所で二振りの剣を構える。
世界最強の敵を相手に。
「問答無用の救済。指定した相手を世界破片の力によって作り出した金色の箱船に転送し、治療を行う……だったか?」
「ああ、そうだ」
僕の手の中で力を解放する聖剣アークの能力を、ついに僕以外の全ての戦士を倒してしまった魔王神が語る。
こいつとは、前の時間で戦い全てを出し切り、そして敗北した。世界破片の力を引き出していく内に思い出した、巻き戻される前の記憶がそう言っている。
あのときも、僕はこの能力を――奇跡の箱船を発動し、皆を守った。守りに守って、結局守れなかった。
今度は、そうはならない。
「しかし妙だな。先ほど……我が封じられていた場所で見たときはこんなことができるとは思えなかったのだが?」
「……お前に会ったせいだと思うよ。元々この聖剣を手にしたときから変なイメージが頭に浮かぶことがよくあったんだけど、お前と戦ってから急激に記憶が流れ込んできてね。おかげでもう一つの人生を一瞬で追体験する羽目になったんだ」
「……ああ、女神の巻き戻しか。そういえば、我らからすれば数十年の時が戻されてもさほどの影響はないが、人間からすれば人生をやり直すに足る時間だな。……ふむ、そう考えれば先ほどの拳士と魔術師の奮闘も理解できてくる。恐らく、完全ではないにしろ巻き戻し前の人生を取り戻していたのだろう。そのおかげで積み重ねた経験が単純計算で二倍になったといったところか」
魔王神は何かに納得したように頷いた。
実際、時間が巻き戻ったらしいことは何となくわかったけど、僕とは違う僕の人生が突然頭の中に流れ込んできたんだから正直混乱したよ。
まあ、師匠と出会う前までの生活はほとんど同じだったけどさ。
だから、記憶の整理に必要な部分を絞るのは簡単だったんだ。
「……僕に限って言えばそれで正解だよ。と言っても、記憶を、知識を得ただけでこの剣の能力を使えるようになるわけじゃないけどね。使い方を知ってからできるようになるまでに三時間もかかっちゃったんだから」
「……普通の人間では一生かけても世界破片の固有能力など使えるようにはならないのだがな」
魔王神はどこか呆れたように肩を竦めて笑った。
正直この力を使えるか使えないかで犠牲の数が桁違いになるだろうから、かなり焦って習得したんだ。前の僕は、この力を手に入れる前にほとんどの人が殺されていたんだからさ。
「しかし人生が二つか。我にも理解できん体験だな。元は同じでも全く異なる経験を積めば自然と価値観も考え方も大きく変わるだろうが、人格が分裂したりはしないのか?」
「……分離と言うよりは融合かな。正直何も変わっていないってことはないと思うよ。でも、そんなの大した問題じゃないさ」
「ほう?」
「僕はアレス。アレス・ニナイ。もっとも強い騎士、レオンハート・シュバルツの弟子だ。それだけわかっていれば、十分! 面倒くさいことは考えないのが僕らのやり方だ!」
「威張って言うことか?」
魔王神はますます理解不能といった様子で首を振るが、考えても仕方がないことは考えても無意味なんだ。
そんなことをしている暇があったら剣の一つでも振っている方が生産的。それが師匠の教えだからね。
「しかしな小僧。過去の――あるいは平行世界の記憶とでも言うべき物を取り戻した今ならわかるだろう? 貴様は聖剣の力を今以上に使いこなしていた時ですら我に敗北しているのだ」
「……そうだね。正直、僕一人の力でお前に勝てるなんて思うほど自惚れてはいないよ。前だって、結局は箱船ごと破壊されちゃったしね。でも、今なら話は別でしょ?」
「……そういえば、あの拳士と魔術師が言っていたな。我の弱点はスタミナだとか」
「どんな相手も一瞬で殺せるんだから気にしたことなかったんだろうけど、今なら前ほど無茶苦茶な力は使えないはずだ。だから、行くよ――【覚醒融合・精霊竜騎士】」
僕は手にした永遠剣シフルと融合し、精霊竜全ての力と一つになる。
といっても、この力は魔竜王にすら通用しなかったんだ。このままやっても魔王神に通用するわけがない。
だから、もう一つ重ねないとね。
「加えて、二重融合、聖剣アーク」
僕は覚醒融合の対象をシフルだけではなく、アークにも拡大する。
二つの力と同時に融合することはすでに師匠が行っている。師匠も剣である嵐龍と闇の力を引き出す心臓、二つの力と融合しているんだから。
僕はそれとは少し方向性が違うけど、聖剣と永遠剣の二つを同時に取り込み変化する。それ自体は、可能なんだ。
「――ほう。随分変わったものだ。世界破片との完全融合とは無茶をするな」
「……そうだね。正直、世界と一つになるってことだからね。危うく人格かき消されるかと思ったよ。これはもう一つの人生の追体験って修行ができていてよかったってところかな」
僕の身体は竜の鱗に覆われ、背中には光の翼が出現している。正直もう完全に人間ではない気がする。
この姿を、なんと呼ぼうか。前の僕は、ああ呼ばれていたし……うん。
「師匠流に名付けて、【モード・勇者】でどうかな?」
これが今の僕にできる最大最強の姿。この力で、今度こそ魔王神を――倒す。
「僕の実力はまだまだ師匠たちには及ばない。でも、世界破片は完全体だ」
「欠片ではないそれを本当に扱えるのならば、確かに凄まじい力を発揮できるだろうな」
「――いざ!」
加速法を発動し、全速力で空を蹴る。
疲労している今以外に勝ち目はない以上、最初から全力攻撃以外にはない。
「――瞬剣・竜尾聖斬!」
永遠剣を竜尾剣状態にし、聖剣の力を思いっきり込めて振り切る。
魔王神は上から見ていたときと同じように盾を出現させて弾こうとするが、それは無駄だ。
聖剣の力と融合した今の僕の一撃は、もう盾一枚で防げるものじゃない。
「中々だな」
出現した盾を両断した竜尾剣は、そのまま魔王神を切り裂こうと迫る。対する魔王神はやれやれと言いたげな緩慢な動きで、しかし実に無駄のない理想的な構成で魔法を発動させた。
完全無詠唱で発動されたそれは、障壁の魔法だ。懲りずに防ごうとしているならば、また斬り飛ばしてやる――え?
「簡単に、砕け――」
「【神の剣軍】」
竜尾剣が障壁に当たると同時に、予想に反して障壁は全く抵抗らしい抵抗もせずに斬られた。
今のは剣の威力が高いからではなく、障壁が不自然に脆かったのだ。僕がそのことに一瞬気を取られたその瞬間――魔王神から、無数の剣が凄まじい速度で飛んできたのだった。
「――無駄だ!」
意外な手を打って気をそらし、不意をつく。今まで見せてきた魔王神には似合わない戦術に一瞬面を食らったが、すぐさま聖剣を前に出して結界を張る。
覚醒融合状態の――僕の身体を通して精霊竜の力と一体化することで真の力を発揮した今の聖剣の守りは、決して破れはしない。
例えそれが、一流の剣士が生涯をかけても手にできないような名剣の弾丸であってもね。
「――超加速、15倍速」
防御と同時に攻撃に出る。今まさに竜尾剣が魔王神へと向かっているが、まだ聖剣を攻撃に使っていない。
能力的には剣というよりも盾として使う方が正しいんだけど、剣である以上当然攻撃にも使えるのだ。性質上攻撃から着弾までに時間がかかる竜尾剣を囮にし、聖剣との融合により得た身体強化に任せたごり押しで本来不可能なレベルの加速による一撃。
それが、僕が思い浮かべるプランだ。
「【超瞬剣・聖刃輪舞・極みの一】」
師匠直伝、加速状態を最大限に活かした剣撃を放つ。
刹那の間に僕は魔王神の懐に飛び込み、渾身の一刀を放つ――
「――ハッ!」
魔王神は僕の動きに反応したが、それ以上の速さで気合いと共に剣を振りきった。
どんな力も技も、それを使わせない速さで斬ればなんの意味もない。シュバルツ流の教え通り、僕の剣は魔王神の身体に確かな傷を残したのだった。
(よし、まずは一撃)
深追いは禁物と、僕は欲張らずに追撃はせず距離を取った。
本当なら今ので心臓を抉り出すつもりだったのだが、完全ではないにしろ反応されたせいで脇腹を裂く程度に終わった。
でも、まずは一撃を加えることに成功したんだ。これは大きな一歩だぞ……!
「……その剣には神殺しの力が宿っている。元々は女神が我を倒すためだけに造り上げたものだからな」
「……?」
今になって飛んできた竜尾剣を、魔王神は手にした魔剣王の剣で容易く弾き、静かに語りだした。
この剣――聖剣アークとは、魔王神を倒すための兵器なのだと。
「故に、それを持ち出すのなら少々神には相応しくない対応をせねばならんのだ。二度目とはいえ、人間風情に向けるには過剰な力を使う無礼、先に謝罪しておこう」
魔王神は馬鹿にしているとしか思えない謝罪を口にする。
……魔王神、神様からすれば、人間相手に本気を――あるいはそこそこ真面目に戦うといった程度のことすら、あり得ないってことか。
「今の貴様は膨大な力を宿しているが、さて一つ問題を出そう」
「なに……?」
「未だ未熟な貴様の力を支える完全体の世界破片である希望。では、我はいったいいくつの完全体世界破片を持っているのかな?」
その瞬間、魔王神は太陽になった。そう表現するしかないほどに、異常な力を解き放ったのだ。
どうやら闇属性の魔力であり、神のオーラとは違うようだけど……だからどうしたって圧力だね……。
魔王神がここにいるってだけで、世界が滅びそうなバカでかい力なんてさ。
「お前たちの言い方で言えば、覚醒融合だったか? 意思を持った魔力との融合――精霊化とも呼ばれる力だ」
「クッ――」
魔王神が口を動かすだけで、巨大なハンマーにぶん殴られているような衝撃を感じる。無意識に言葉と共に飛ばしている魔力だけで、十分すぎるほどの攻撃になっているというのか――
「魔剣を代表とする、魔力を宿す武具には自我こそないが意思がある。これは我が千年前に滅ぼした精霊族の力が原因だ」
「……それがどうしたんだい?」
「意思を持たないものと融合することはできない。ならば精霊族が滅ぶ前にこの技術は存在しなかったのか? いやそんなことはない。ここにあるように、意思を持つ武具を作成すればな」
魔王神は全身に纏う魔王の武具を、世界の意思と呼ぶべきものを宿す武具達の存在を主張しながら語る。
「融合により飛躍的に自らの力を高めることができるわけだが……何故我が、そして女神が世界破片を武具にしたのか。それが答えだ。貴様もまた自ら答えにたどり着いたことは誉めてやろう。しかし、その事実に気がついたのならば……貴様がすべきだったのは勇敢に立ち塞がることではなく、絶望と共にその命を絶つことだったのではないかね?」
長台詞だけで遥か彼方へ吹っ飛ばされそうになるのを、聖剣の盾で防ぐ。
ここに来ての魔王神の超パワーアップ。その秘密は、四魔王が残した四つの武具との覚醒融合――一欠片だけのこった魔王の意思を、そして世界破片から流れ込む意思を自らに取り込んだからだったのだ。
僕が希望の力と一体化することで得たエネルギーの、単純計算で四倍。装備を度外視した素の実力では言うまでもなく僕の方が圧倒的に下。
……まったく、参っちゃうよね。
「千年前のように足元を掬われては流石に堪える。遠慮も加減もない神らしからぬ攻撃だが……それほどの力と相見えられた幸福を噛み締めよ」
魔王神は剣を掲げる。そして、これと言って特別なことをせずにただ振り下ろした。
今の僕と魔王神の距離は、どう見ても剣が届く間合いではない。しかし振り下ろされたその一太刀は、極大級の風術でも話にならない烈風となって僕を襲うのだった。
「――それでも、聖剣の守りは破れない!」
聖剣の守護により、烈風が僕に届くことはない。
でも、あれだけの力があれば突破することは可能だろう。いくら希望の世界破片が無敵の加護であると言っても、所詮無敵なんて絵空事だ。特性だけで言えば、聖剣の守りは無敵の守りであり、あらゆるエネルギーを完全に遮断することができる。
でも、どんな守りを与える特殊能力だろうが、それ以上の力を持って当たればねじ伏せられるのは世の習いだ。所詮特別な耐性なんて、ある一定以上の実力者からすれば無視して当然って程度のものなんだから。
だからこそ、僕は聖剣の力を過信しているように見せるんだ。その気になれば破れる障壁に依存して戦術を狭めている未熟者……そう思ってもらいたい。
僕を見下し、慢心してくれればまだチャンスはある。
「……フ」
(消えた……高速移動、いや瞬間移動か)
僕をまるごと覆う聖剣結界を展開しつつ、視界から消えた魔王神を探す。
そこら中が魔王神の放つ大魔力で覆われており、気配や魔力探知で探すのは不可能。ならば頼れるのは、今まで培ってきた戦いの勘だけ――
「終わりを告げよう――【終焉】」
(――【箱船の救済】!)
言葉にできない不安、命が危険に晒されていると叫ぶ第六感――いつも修行中に感じている感覚に従い、僕は反射的に隠し球を発動させる。
魔王神は真上から剣に纏わせた闇の波動をぶつけてきたのだが、結界と魔剣の力がぶつかる直前に僕の姿はかき消える。
聖剣結界は数秒も持たずに破壊されたが、僕は無傷だ。だって、今僕は上空に浮かべた黄金の箱船――救済する奇跡の箱船に移動しているんだから。
(少しだけ休憩だ。ここなら数秒で身体を休められる)
聖剣アーク、その最大の能力――それは、聖剣結界による隔離空間を形成することだ。
今僕が乗っている箱船は、全て聖剣結界によって造られている。この中にいる限り希望の力による治癒と加護が発動され、乗っているだけで死んでいなければ全回復以上の体調にできるという優れものなのだ。
それだけならただの頑丈な病院に過ぎないけど、この空間には僕自身を含めてあらゆる生命体を強制収容することができる。
射程距離は全世界。一度箱船を出してさえおけば、任意のタイミングで世界中のどこにいてもこの箱船に乗せることができ、即座に治療が行える。
問答無用の絶対救済。それこそが、聖剣アークの真の能力なのだ。
(出してるだけで世界破片の供給なしだと死にそうになる上に、治療のための魔力まで考えると負担がでかすぎるのが難点だけどね)
何事も完璧というものはないので、今もこうして身体の疲労は休息に癒えているのだが、魔力はガンガンすり減っている。世界破片の供給のおかげで何とか持っているけど、正直この能力燃費が悪すぎるんだよね。
特に、今出している箱船は魔王神との戦いに赴いた全生命体を収容できるよう特大サイズで造っているからね……。
「こうまでしなきゃ死人を出していたと言っても、ちょっと無茶だったかな……」
世界破片から膨大な魔力が流れ込み、そのまま箱船へと出て行くというのは中継地点にされる僕の身体に非常に悪い。
どっちにしても長くは持たないことを改めて自覚しつつ、箱船を降りることにする。もちろん瞬間移動だ。
ただし、乗るときはどこからでも行けるけど、降りるときは箱船の下にしか出られない。ある程度融通は利くけど移動されたら奇襲はできない。
勝負は、この一撃で決める。
(魔王神の真後ろに出て、そのまま聖剣で切り裂く。それで終わりだ!)
箱船の下の映像は自由に見られるので、タイミングの確認も問題ない。
魔王神は覚醒融合状態のまま周囲を見渡しているようだ。僕が死んだのではないことは世界破片の能力でわかっているだろうから、警戒しているんだろう。
でも、どんな達人にも絶対に隙はある。その一瞬を、見逃すな――
(――今!)
僕の身体が箱船から消失し、魔王神の背後にでる。
同時に加速し、剣を振り抜く――ッ!?
「見え見えだな」
「――手が、増えてる……?」
完全に背後を取ったのに、何故か剣で受けられた。
それは魔剣王の剣ではなく、別の伝説武器だ。それが、魔王神の背中から生えた三本目の腕に握られており、奇襲を弾いてしまったのだ。
「生命の世界破片はあらゆる種族特有の能力の情報を引き出すことができる。肉体をスライムやゴーストに変えることに比べれば、腕を増やす程度大した問題ではあるまい?」
「――何でもありか!」
この怪物に二度同じ手は通用しないだろう。また箱船に戻って体勢を立て直すことは可能だけど、こんどそれをすれば確実に箱船の場所を探知され、破壊される。
そうなれば箱船に収容している重傷者達の命にも関わる以上、もう使えない手だ。
「だけど、一撃防いだだけじゃ――」
聖剣がダメなら永遠剣をと追撃を仕掛けるが、首だけで振り向いた魔王神はにやりと笑うのだった。
「今の我をそちらの剣で斬るのは無理があるだろう? とはいえ、一撃では不満なら何度でも防いでやろう」
「――う」
「千手斬撃」
腕から腕が生え、見る見るうちに増殖していく。しかも増えた腕全てが強力な魔力を宿した武器を握っている。
その全ての剣が振り下ろされ――魔王神の超魔力と合わさり空間を破壊する規模の一撃となっていった。
「神の戦いにおける一撃は、最低限このくらいではないとな」
(攻撃の全てが世界を滅ぼすに足る魔力量ってことか!)
斬撃として圧縮しているからこそ対個人攻撃となっているが、込められた魔力の総量だけで言えばグレモリー様の空間破壊魔法に匹敵する。
当たり前のようにこんなのを撃ってくるんだから、本当に人間が戦うには過ぎた相手だよ――!
「――【魔法の霧】!」
聖剣から霧が吹き出し、周囲を包み込む。
これは聖剣の能力の一つ、魔法の霧。世界を分断していたものと同じ物であり、聖剣の適合者以外のあらゆる魔力を消し去る効力がある。その性能は世界が証明しているものだ。
特に、これは元々魔王神を封じるために用意された物。ならば、効果はあるはず――
「我は常に進化する」
(――止めきれない!)
威力を減退させることはできているが、完全には止めきれない。
僕が未熟なせいなのか、相性の差を魔王神が力によって遙かに上回ってしまったのか、魔法の霧ですら満足な妨害はできていないのだ。
無数の刃は勢いをいくらか失いながらも、僕を切り裂こうと迫ってくる。
僕は、それを――
(前の僕だったら、ここで終わりだったね!)
にやりと笑って迎撃する。
どうしようもなくなったときこそ、笑え。師匠はいつだって、そうしてきたんだ。
(前の僕と、同じでいいはずがない。今の僕は――レオンハート師匠の弟子であり、騎士のアレスだ!)
膨大な魔力と共に叩きつけられる無数の刃を聖剣で受け止め、自前の加護の魔法を全開にして拮抗する。
魔力量で言えば、今の魔王神は僕のざっと100倍ってところだろう。元々の基礎能力の差や世界破片の数、そして一つ一つから引き出せる量……全てにおいて僕を超えているんだ。
でも、それでも――勝たなきゃいけないときに道理も無茶も無視して勝利できなきゃ、英雄になる資格なんて――ないんだ!
「――ああっ!!」
身体を小さくまとめて、刃の嵐を最小限のダメージでやり過ごす。
ここまで肉薄しているんだ。この攻撃を耐えきれば、後は剣を押し込むだけなんだ――!
「健気な物だな」
「――ク、ソ。だったら――【奥義・双龍ノ払】!」
剣撃を凌ぎきろうと必死に耐えていたが、いつまでたっても攻撃が終わる気配がない。
よくよく見てみれば、魔王神は攻撃が終わった剣と腕を破棄し、新しいものを造って再度攻撃準備を整えているのだ。
つまりこれは、一度間合いに入った相手を殺すまで攻撃し続ける技なんだ。
守りに入っていては絶対に勝てないんだってことを理解した僕は、最後の賭けにでる。一か八か守りに回していた魔力を全て攻撃に回し、迎撃という形で死中に活を得ようと考えたのだ。
ほんの些細な力でも、魔王神の攻撃を抜けて反撃に転じることができれば、きっと変わるはずなんだと、僕は師匠直伝の剣の魔力を解放した状態で斬りかかる剣技を繰り出す。
それも、僕個人に合わせた二刀流の技としてだ。
「愚か。千を越える刃にたった二本で挑むのか?」
「無謀は承知の上だ!」
こっちは人のみで神様に挑もうって愚か者の極みみたいなもんなんだからな。
そんな程度のことで、今更驚くな――!
「――ラアッ!!」
もう、全身どこを見ても傷がないところなんてない。左目は見えなくなっているし、耳もおかしくなっている。多分血の流しすぎだ。
聖剣が急速に僕の身体を治そうとしているみたいだけど、ここまでやられたらそう簡単には復活なんてできない。箱船の維持もできなくなって、中にいた人たちが近くにランダム転移されているようだ。
はっきり言って、生命維持が精一杯。そんな姿になってでも放った双撃の結果は……
「……やはり、前よりも遙かに強くなったものだな。よもやこの姿の我に傷を付けられるものがいるとは思わなかったぞ?」
……鎧の右肩部分が破壊され、そこから血を流している。
致命傷にはほど遠い、ほんの小さな傷。あの程度、数秒で癒やせる物でしかないだろうってものが、僕の限界か。
僕は、ただただ申し訳なさを抱えてゆっくりと落ちていく。僕が最後だったのに、僕の勝敗に、皆が戦いの中で紡いできた思いの全てが乗せられていたのに、こんなことしかできないなんて――
「――すいませんでした」
情けないけど、言わないわけにはいかなかった。
もっと僕が強ければ、こんな結末には――
「いや、十分頑張ったよ。お疲れ」
落ちていく僕の身体を、力強い腕が支えてくれた。
身体中に傷を受け、胸に至っては大穴が空いている痛々しい姿で、その人は戦場に現れたのだ。
「……師匠?」
「おう。皆死なせないで、よく持たせてくれた。後はこの師匠に任せておけ」
どう見ても満身創痍。今の僕と大して変わらないような姿であっても、師匠は――レオンハート・シュバルツは僕を安心させるように笑った。
その笑顔を見たら、自然と心のモヤモヤが晴れていく。せめて迷惑をかけないように何とか自力で飛び、ふらふらながらもその場から一時離脱することを決心できる。
師匠こそが、誰もが最後にすがり、命を預ける英雄って呼ばれる存在なんだと、どこかで理解しながら。
「……貴様、確かに殺したはずだが……女神の奴、やはり介入してきたか。だが、どうやって死んだ身体を動かしているのだ? 女神の奴にそれほどの力は残されていないはずなのだが……?」
「あ? んなもん、決まっているだろ――」
師匠をみた魔王神に僅かな驚きが宿る。
その次の瞬間、師匠の姿がかき消えた。魔王神や僕がやったような瞬間移動によるものではなく、純粋にして最強の、速さによって。
「身体の問題なんざ、筋肉があれば大体何とかなるんだよ」
「――なっ!?」
超速の拳が、魔王神を吹き飛ばしたのだった。




