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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
最終章 神々の戦い
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第206話 弱者の意地

「状況は?」

「……第一防衛ラインを突破、続いて第二、第三防衛ラインも突破されました。このグレモリー研究所まで、推定30分です」

「そうか。今のところは急がずゆっくり移動してくれているようだな」


 私の研究所と魔王神出現ポイントの間に用意した、各種族の英雄級を複数の防衛ラインに並べた時間稼ぎを目的とした布陣が、次々と破られていく。

 何故戦力の分散などという定石から考えれば愚策そのものの手を打っているのかは言うまでもなく、全戦力でぶつかっても絶対に勝てないからだ。

 十人いても二十人いても、どうせ攻撃の一発で全滅する。ならば戦場を増やし、攻撃させる手間を少しでも増やさせた方が時間は稼げると判断してな。

 無論、かの神がこちらの兵を無視せず相手にしてくれれば、という希望的観測に基づいた手だがな。


(……これが貴い犠牲となるか、ただの犬死にになるか。それはこいつが正常に起動するかにかかっている)


 私はいくつも所有している研究施設の内の一つに、魔法兵器の実験塔がある。今いるこの塔には、対神を想定した切り札を用意しているのだ。

 千年前の戦いの時に感じた無力感……あれは今でも私の魂に刻まれている。当時は神造英雄が勝利したが、真の平和を手に入れるにはいつか復活するであろう神を我ら人間の手で滅ぼす以外にないと確信してな。


(危険すぎて起動実験すら最小規模でしか行えなかったこの最強の魔道兵器……神を殺すために考案したこれの起動準備が整うまで、時間を稼いでくれ……)


 今も未来ある若者が死んでいるのだろう。数秒の時間を稼ぐ――ただそれだけのために。

 だから私はやらねばならない。この犠牲が無駄に終わるかは私の千年にかかっているのだから。



「……兵を出すぞ」

「お、お待ちをバーン殿下! 今ここで兵を出しても犬死に! ここは期を待って――」

「いつまで待つのだ? 英雄の誰かが奇跡を起こしてくれるまでか? それとも、世界が滅びるまでか?」


 南の大陸の国王代理として、私は私を止めようとする大臣を強く睨み付ける。

 現在復活した魔王神がこの王都からやや離れた人気のない場所にあるグレモリー研究所へ向かっている。その目的は世界の破滅であり、奴を見た世界最強の戦士達は皆一切の迷いなく「奴の発言は真実だ」と告げた。

 すなわち、世界を滅ぼすと言うのは比喩でもなければ狂人の戯れ言でもなく、ただの事実であると言うこと。それを可能にする存在がいると言うことだ。


 そんな存在の真正面からの強襲に対し、国を守るべき我らが王軍のやっていることは住民の避難誘導と待機。避難誘導はともかくなぜ待機なのかと言えば、弱すぎて死ぬだけだから大人しくしているのが正解だというのだ。

 ああ全く、私はこれでも王になるべき存在として教育されてきた身だ。その教育の中にはいかなる状況においても冷静沈着に正しい決断を下すと言うものがある。

 そんな王子としての私の結論は、腹立たしいことに彼らの言葉に同意している。こういった人では対処できない災害を一握りの英雄に任せ続けてきた付けが回ってきたとでもいうのか、英雄が何とかしてくれると思考が止まってしまうのだ。

 彼らが敗れたのなら仕方がない。そんな依存とも言える信頼を我らは抱きすぎているのだ。


 だが、だからこそ――


「……此度の敵は、英雄と呼ばれる猛者ですら足止めも満足にできないと聴く。ならば我らと大差はあるまい」

「し、しかし――」

「この国は! ……この地は我らの住まう故郷。そこを土足で荒らされているというのに、王を名乗る我とその剣である軍が『弱いから戦えません』などと言って震えているつもりなのか?」


 私の言葉を聞いた大臣達は、皆顔を伏せて黙りこんだ。

 彼らも頭では理解しているのだ。英雄ですら足止め以上のことができないというのならば、肉の壁になるだけならば、我らと変わらないことを。命を捨てさえすれば、ほんの一秒にも満たない程度の時間なら稼げるかもしれないと言うことを。

 ただ、認めたくないと言うだけの話。いつもいざというときは何とかしてくれた英雄達が、今回ばかりはどうにもできないのだと言う事実を。


(……どうせ滅びるのならば、戦って死ぬ。その覚悟なくして何が王か、何が兵か……)


 拳を強く握りしめる。王族としての教養の一環として、運動程度の武術は習っている。だがそんなものが役に立つ場面ではないことは十分にわかっている。

 そもそも私は武人ではなく王子。ならば王族として民を率いるものとして行動しなければならないのだ。


「繰り返す。私が総司令として前線に出るぞ! 軍を動かす!」

「も、もしこの戦いで勝利したとしても、あなた様に万一のことがあれば……」

「私が死んでも代わりはいるだろう! だが、ここで動かなければ王家が死ぬのだ!」


 有事の際に行動せず、ただ城の中で震えているような者が王子などと、次期王なのだなどと名乗れるわけがない。他の誰が許しても、この私が許さない。


「そ……それでもダメなものはダメです!」

「陛下が床に臥せっている今、そのような御勝手は許されませぬ!」

「もし陛下が居られれば、きっとお止めになられましょう!」


 私の命令を、大臣達は断固として拒否する姿勢を見せる。

 なぜここまで頑固なのか……それは考えるまでもない。結局怖いのだ。王子である私が死地へ向かうといっている中で、彼らだけ安全地帯で嵐がすぎるのを待つことなどできないだろうから。

 今となってはこの世界のどこにも安全地帯などない……それを受け入れるのが怖いのだな。


 しかし、彼らが頷かなければ私は動くことはできない。

 この期に及んでしきたりだの法律だのと拘っている場合ではないが、それで長年培ってきたルールと言うものがあるのだ。

 今世界が危機に陥っていると叫んだところで証明する方法はない。元々現状を把握できたのは魔王神復活を目撃した少数の英雄のみ。彼らの言葉以上の証拠はないのだ。

 四体の魔王との決戦直後である以上信憑性は高いだろうが、直接の指揮権がない私に命じられて全員が動くことは難しい。優秀な者を選んでいるはずの大臣たちですらこうだというのに、直接命を賭ける――いや、命を捨ててもらう一般の兵士たちが現状を把握できるとは到底思えない。

 そして、状況を把握できなければ軍人が最優先すべきは当然軍の命令。いくら第一王子の言葉だからと言って、指揮権のない男の命令など絶対に聞くはずがない。

 せめて、軍――騎士団と兵士団を束ねる軍務大臣を説得しなければならないのだ。


(……そもそも、理解してもこの者たちと同じ思考になる者の方が多いだろうがな)


 恐怖を巧妙に隠して私を説得する大臣たちを見て、残念ながら確信する。

 こんな絶望的な状況……自分が死ぬことで世界が守られる可能性が0.1%でも上昇するならばそれでよしと豪語できるような者以外は、どんなに言葉を尽くしてもついてこない。それは仕方がないことだ。

 それでも、極僅かにいるだろう自分の命を壁に使ってでも国を、世界を守ると言える者達だけは動いて欲しいのだ。


 だがいくら願ったところで所詮、私は王の子供でしかなく、権威はあれど権力はない。大臣達を頷かせ、全軍の指揮権を握るには、絶対的な権力がいる――


「……私もお前に賛成だよ、バーン」

「ッ!? これは、陛下。御体は……?」

「良くはない。だが、世界の滅びが目前であるというのにベッドで横になっているだけでは示しがつくまい」


 八方塞がりになっていたとき、大臣たちと集まっていた会議室に小さく弱々しいが、覇気を宿す声が響いた。

 この国の王、身体を壊して寝込んでおられた私の祖父――国王が現れたのだ。


「事情は聞いておる。現状、これは国家の危機であり世界の危機である。指をくわえてみているだけで済まされるわけがない」

「し、しかし……」

「陛下はお身体を悪くなされ、正常な思考力を持たれているとは思えませぬ。どうか、ここは我らにお任せを――」

「……言葉を尽くしている時間も惜しい。しかし、私が指揮を執ることもできないほど弱っているのも事実。もはやこのような老骨に、貴様ら腑抜けに活を入れる気力は残っておらん。そこでだ、バーンよ」

「はっ!?」


 陛下は――御爺様は頭に被っている王冠を、王の証を手に取った。

 この状況下で考えられる、陛下の行動……まさか。


「緊急事態につき、あらゆる手続きを無視する。現国王バージウス・フィールの名において、王位継承権第一位、バーン・フィールに命ず」

「……はっ!」

「我が位を受け継ぎ、フィール王国の新たなる王となれ」


 ……王位、継承。本来ならば無数の審査議論の果てに式典を開いて行うべきことを、今この場で、このやりとりだけで行おうというのか。

 それは、面白い。私は震えそうになる身体を意思の力で押さえ込み、不敵に笑って見せた。


「へ、陛下!?」

「何を仰いますか――」

「バーン・フィール。陛下の勅命、しかと承りました」

「で、殿下!」

「これ、もう殿下ではないだろう。陛下と呼ぶのだ」

「そ、そんな陛下……」

「私はもう陛下ではない。隠居のじじいだ」


 私に王冠を渡したへい――御爺様は、大臣たちの言葉にプイッと顔を背けた。

 とても王位についていたお人のやることではないが、なるほどもう王ではないのならどんな態度を取ろうが文句は言えないな。


「――ちょうどいい具合に、この場には各部門の最高責任者がそろっているのだ。ならば、細かい連絡はできるな?」

「殿下……」

「御爺様が仰っただろう? もう殿下ではない、陛下だ」


 私は御爺様の言葉を借り、にやりと笑う。

 正直力業もいいところだが、文句は言わせん。どこの誰だろうが、国王命令に逆らうことは許されないのだからな。


「……わかりました」

「ぐ、軍務大臣殿! 何を――」

「もとより、これは覚悟の問題です。私は文官ですので剣は握れません。しかし、それでもこの国の守り手を束ねるものとしてのプライドはあります。でん――陛下がそれほどの覚悟を固めておられるのならば、もはやお止めするのは不忠。この命、国に捧げます」

「感謝する。だが、兵を集める際には現状をはっきり過不足なく伝えるのだ。行かなければ世界が滅ぶかも知れないが、行けば確実に死ぬとな」

「よろしいので? 他の者たちが何とかしてくれる可能性に賭けて逃げ出す者も大勢いると思いますが?」

「それで逃げない者にこそ価値がある」

「……かしこまりました」


 要である軍の指揮権をもつ防衛大臣が頭を下げたことで、他の者たちも皆頭を下げた。

 この期に及んで抵抗するのは無意味と悟ったのだろう。そもそも、皆優秀で忠誠心に溢れると評価されたからこそ今の地位にいるのだ。吹っ切れてしまえばこうなって当然だ。




 ……私はおそらく、この国始まって以来の短命の王となるのだろう。

 だが、それを語り継ぐ者がいなくなるのでは何の関係もない。新米なんて言葉すら烏滸がましい王だが、その最初で最後の責務――見事果たして見せようぞ!


(……私が死に、世界が救われたのならば誰が玉座に座るのだろうな。……私が推薦するなら、サフィリアがいい。せっかくだから、出陣の前に一筆書いておくかな)


 初仕事に遺書を残していく王というのも、きっと私が史上初だな。

 内心でそんなことを考えながら、慣れない王冠を被り胸を張って歩き出すのだった。


 戦場にて、視界が光に包まれる最後の瞬間まで、決して下を向かないままで。



「いいか野郎ども! 俺たちは、今日死ぬ! その覚悟ができていねぇヘタレはいるか!!」


 冒険者組合の本部――マキシーム商会が保有する冒険者たちの寄り合い所で、現役冒険者の代表である俺は戦場からとんぼ返りで緊急招集した冒険者たちへと声を張り上げる。

 魔王とかいう化け物の軍勢を退けたと思ったら、今度は魔物の神様が現れて世界の危機って話だ。

 正直何が何だかさっぱりわからねぇが、はっきりわかっているのはシュバルツの旦那ですら勝てなかった相手だってことだ。

 時間さえ稼げれば何とかできる可能性はあるって話だが……となれば、俺たちがやるべきことは決まってるわな。


「敵は神様で、ほっとけば世界が滅ぶんだそうだ! 一秒でも長く足止めすれば、それだけ後ろにいる奴らの寿命が延びる!」

「神様……なんだそりゃ」

「よくわからん」

「でも、戦わなきゃ死んじまうってことなんだよな?」

「田舎の連中も皆死んじまうってんなら、オラがやらなきゃ誰がやるんだって話だなぁ」


 魔王軍との戦いの後だってのに、冒険者連中はこれといった動揺も何もなく俺の話を受け入れていく。

 そりゃそうだ。俺たち冒険者は毎日死んでもいいって思いで仕事しているんだ。わかりやすい敵がいるのに今更死ぬことに怯えて縮こまるようなヘタレがいるわけねぇ。

 そんな奴は、とっくに冒険者やめて田舎で畑耕すなりしているだろうさ。


「うっしゃ行くぞコラッ!」

「ぶち殺すぞ!」

「俺らなめんなよ!」


 冒険者らしく、学も教養もないが血の気だけは多い連中が話も最後まで聞かずに立ち上がった。

 まあそうだな。俺らが動くのに細かい理屈はいらねぇ。暴れるか殴るか蹴るか、俺らが考えることなんてそのくらいのもんだ!


「はっきり言うぞ! 敵はシュバルツの旦那よりずっと強いって話だ! 勝つか負けるかの勝負をするんじゃねぇ、死ぬまでに何秒かかるのかって話だ! それでもいいんだな!」

「上等だコラッ!」

「死なないだけってんなら、俺は今まで一度も死んだことねぇぞコラッァ!」


 何も考えていない、でも何かは確かに持っている荒くれ者達が声を張り上げる。

 行った奴は全員死ぬだろうって言ってんのに、気にもとめていないってんだからあほだぜ。


「……来ルノカ? ナラバ急グノダナ」

「お、マエスの旦那。あんたも行くんですかい?」

「無論ダ。コノ我ガ死ヲ恐レテイテハ沽券ニ関ワル」

「そりゃそうだ」

「吸血鬼ノ小娘ノ部下共モナ」

「すでに準備は整っております、各々方」


 今ではすっかり慣れた光景だが、人間以外の戦士達もみなやる気満々で完全武装している。

 よっしゃ、それじゃあ行くとするか。


 こんな商売やってりゃいつ死んでもおかしかねぇ。

 だから、俺らの死に少しでも価値があるってんなら本望って奴だからな。


 だから俺は、最後まで剣を握った。神様とやらが放った一撃の直後、視界が真っ白になる最後までな。



鳥人族(バードマン)山人族(ドワーフ)混合部隊、再編成完了しました」

「いつでも出陣できます」


 魔王神の元から戻ってすぐ、我々は故郷へと戻り魔王との戦いを経てもまだ戦える者を集めて軍を再編成した。

 すでに戦場となる南の大陸へ長距離転移陣を用いて到着済みであり、後は今も迫っている魔王神と戦うのみ。戦う覚悟は当然持っているが……正直、勝てるイメージは沸かないな。

 例え、それが我ら鳥人族(バードマン)と同盟関係にある山人族(ドワーフ)軍との共闘であったとしてもだ。


「鳳殿。我ら鳥人族(バードマン)兵一同、最後まであなたについて行きます」

「……うむ。全ては世界のため、雪姫様のためだ。各員、死する最後の一瞬まで翼の戦士としての誇りを忘れるな」


 だが、私は鳥人族(バードマン)軍総隊長として、内心は隠して毅然と振る舞う。振る舞わねばならないのだ。

 怖いから戦えないのでは戦士として話にならない。怖くとも戦えるからこそ、我らは戦士なのだ。


「……伝令! 魔王神、この地へ到着まで推定3分!」

「そうか。各員、気合いを入れろ! 無理に勝とうと思うな! 一秒でも長く時間を稼ぐのだ!」


 神を相手にしたことなどあるわけがない。だが、勝つ可能性はあると聞いている。

 そのために時間が必要であるというのならば、やってやろうではないか。


「行くぞ、天覇。あるいは、これが私の最後の戦場になるだろう」


 愛用の武器に最後の感謝を告げ、視認できるところまで近づいてきた人影をにらみつける。

 暢気に悠長に、ゆっくりと歩いているな。こちらを全く脅威と見なしていないということか……。


「全軍、武器を構えよ! ――弓兵隊、撃て!」


 先制攻撃として、遠距離武器の部隊に攻撃命令を出す。

 そして――世界は、謎の光に包まれるのだった。



「……やはり、脆いな」


 世界破片(ワールドキー)の気配に向かって歩く中、ここまで来るまでに現れた者達のことを思い返し、我はそっと落胆の思いを抱く。

 複数の人間達が、鳥人族(バードマン)が、山人族(ドワーフ)が……果てにはモンスター共まで立ち塞がった。

 しかし、その全ては我に傷の一つも付けることはできていない。唯一の例外が最初に戦ったあの人間の戦士だけ。

 やはりこの世界は失敗作か。我の力を知り、それでもなお抗おうとするほどの精神の持ち主ですらこの程度の力しか持たないのだから。


 もはや、我の前には誰もいない。何万といた兵共も、もはや一人も残ってはいないのだから。


(……気にかかることはあるがな)


 全て殺すつもりで対処してやったが、違和感がある。全てが死体すら残さない消滅……それは力の差を考えれば当然のことであり、我以外であれば気にもかからないことだろうが、残念ながら我だけはそう流すことなどできはしない。

 四つの世界破片(ワールドキー)を持つ我であるからこそ、この違和感を無視できないのだ。


「覚えのある感覚だ。そうか、あの()()――」

「……とうとう、ここまで来たか、魔の神よ」

「……ああ、ここで終着点か?」


 直に消える世界を眺めながらゆっくりと歩いていたら、いつの間にか目的地――世界破片(ワールドキー)の元へたどり着いたようだ。

 どうやら、この森の中に建てられた小さな塔の中にいるらしいな。塔の頂上で我を迎えた老人……あれが最後の守りか?

 見たところ魔法的な守りがあちこちに仕掛けられた要塞らしいが、意味があるわけもない。

 この期に及んで巻き戻し前のように世界破片(ワールドキー)を封印して隠すような真似をしなかったのは褒めてやるが、道中の妨害の全てがあまりにも単調で簡単すぎる作業であったな。


「……皆、殺したのか?」

「死体の確認はしていないがね。死体すら残らなかったのだから。ほんの僅かな時間を稼ぐだけの死……己にできることを必死にこなすという精神は讃えるが、それだけだ」

「そうか。ならば、貴様も死体すら残さず消してやろう。皆が稼いだ時間は、決して無駄ではない」


 老人が片手をあげて何かの合図を出した。恐らくはこの辺り一帯の防衛装置を発動させるつもりなのだろうが、効果があると思っているわけでもあるまい。


「多重封印結界。発動」

「四方を障壁で囲む封魔結界か。その程度の物が何か役に立つと思うか?」

「続けて、二番、三番封印回廊、起動」

「今度は空間をねじ曲げる封印術か? 子供の遊びに付き合うつもりはないぞ、人間」


 無数の術が発動するが、どれも対処する必要すらない。封印と言われても、何をするわけでもなくただ歩くだけで破壊できてしまう程度の物なのだから。


「どうやら本当に手品しかできないらしいな。では、さっさと世界破片(ワールドキー)を献上してもらおうか」

「慌てるな、神よ。今のはただの準備だ。世界を滅ぼさないためのな」



(……そう、これは下手に使えば世界を滅ぼしてしまう危険な兵器。今使った数々の結界、封印魔法は奴を封じるためではなく、我が最強の魔法兵器の破壊領域を限定するためのなのだ)


 封印術を受けて何のリアクションも起こさない魔王神を殺す最強の攻撃――その準備のための時間を稼いでくれた数多の戦士達に、感謝しよう。

 我が千年の研鑽と、この命を持ってお前達の覚悟に応える。これが、その証――


「開門、次元砲」


 我が研究所である塔の中央から、大砲が出現する。もちろん火薬で弾を飛ばす火器ではなく、魔法の発射装置だ。

 はっきり言って、地上にあるどんな兵器を使おうが魔王神の守りを破ることなどできない。いかなる武術でも、魔法でも奴を本当の意味で傷つけることなどできはしない。

 ならば、その守りを無視する類いの攻撃をすればいい。その実験は、魔竜王で済ませてある。


「文字通り、世界を破壊する恐れがある攻撃だ。危なすぎて事前に溜めておくことはできぬ上にチャージに6時間もかかるのが、欠点だがの」


 砲の起動に合わせて私も魔法準備に入る。

 破壊力自体はこの塔の力を使うが、性質を決め制御するのは私にしかできない。

 正真正銘、これが私の――この大魔術師グレモリーの、千年の集大成だ。


「ほぉ……よかろう。なんだか知らんが自信があるようだな。ならば邪魔はせん。撃ってみるがいい」

「――その自信過剰な性格に感謝しようではないか。そして消えよ、世界の一部と共にな」


 全術式展開完了。起動システム最終チェック、オールクリア。

 発動、究極破壊魔法――


「――【極術・世界消滅(ワールドクリア)】」


 砲から巨大な魔弾が発射される。しかしこれは、ただの魔力砲ではない。

 この砲撃は、空間を削り取る。魔竜王へ放った空間遮断の魔法を更に強化した代物であり、無数に複合した性質の異なる魔力が反発し合うことで空間に歪みを作り出す。

 結果、着弾すると――


「破壊範囲の空間を、世界を消滅させる」


 魔力弾は魔王神に直撃し、そのまま無数に張った保護結界を吹き飛ばす勢いで膨張し、中にある全てを消し去る。 

 そこに耐久力など何の意味もない。物体が存在するための空間そのものが失われるというのは、そういうことだ。


「下手に撃って穴を開ければ、そこから世界が崩壊するかも知れない……そんなことを大真面目に検討しなければならない、最強最悪の破壊兵器だよ」


 人間の限界をあまりにも超えた魔法を放った反動で、私の身体に残されていた生命力が一気に失われていく。

 今にも気を失うどころか死にそうだが、そのまえに結果だけは確かめねばならない。

 理論上、この一撃を受けて生存できる存在などいない。必ず、殺せているはず――


「――クハッ、クハハハハハッ! 見事、見事だったぞ老人よ」

「なっ――」


 空間が消滅し、景色が歪むような闇に覆われている場所から笑い声が聞こえてきた。

 あり得ない。絶対にあり得ない。なぜ、空間が消滅し何一つ存在しないはずの場所から声が聞こえてくるのだ……?


「この我がかすり傷ではない確かな傷を受けたのは、女神の奴の駒を除けば初めてのことだ。誇れ、貴様は人間の中でもっとも優れた快挙を成し遂げたのだ」

「ク……あ……」


 もはや声を出す力も残っていない私は、かすれた音を漏らすことしかできない。

 そんな私をあざ笑うかのように、破壊された空間から足が、腕が、身体が出てくる。そこにいたのは、本人の言うとおり傷を負った様子の魔王神。

 あちこちから出血してはいるが、決して致命傷ではない。転んですりむいた、という程度の傷を見せびらかすような神の姿だった。


「しかし惜しいな。もし我が神でなければ、今ので決着がついただろう」

「ウ……」

「前にも言ったが、改めて覚えておけ老人。この世界を創造したのは我と女神が一つとなった存在。ならば、世界が創造される前には何があったのか。その答えが、あれだよ」


 魔王神は愉快そうに私の魔法で作られ、世界自体の修復力により徐々に塞がっていく穴を指さした。

 ……そうか、神とは、何もない場所に世界を作り出した存在のことである、か。


「知るがいい。世界を滅ぼす一撃。それは、神を相手にする最低限の基準でしかないのだよ、老人」

「ク――」


 もはや、あらがう手立てなどない。最強の兵器を持ち出してもだめだったのだから、どうすることもできない。抵抗しようにも、初級魔法を使う余力すらないのだ。

 ――無念。死した兵士達よ、お前達の死を、活かすことはできなかった――


「いや、そうでもない」

「十分、効果ありましたよ!」


 死を覚悟したそのとき、私を殺そうとする魔王神の前に、二人の若き世界破片(ワールドキー)の所有者が塔から舞い降りたのだった。

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