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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔王の侵攻
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第203話 魔王神

「……なんだ、この変質者は?」

「油断はしないでね」

「その心配は無用だろう。……この気を前に油断できる奴は本物の馬鹿だけだ」


 突如強制転移魔法で集められた俺たちは、全裸で仁王立ちしている一人の男を見上げていた。

 これだけ見るとただの変態だが、状況的にそれで済むはずがない。


 この男の正体は……間違いなく、魔王の神だ。


「……ム? 妙な目で見るな?」

「……そりゃ、そんな格好してればな」

「格好? ……何の話――ああ、衣服のことか。我が肉体は正真正銘神が創造せし芸術品。わざわざそれを隠す必要があるとは思えんが……この時代の者共は衣服を纏うのが常識なのだったか」

「多分相当歴史を遡らないと全裸が基本の文化には行き当たらないと思うぞ」


 どうやらこの推定魔王神は俺たちとは常識レベルで異なっているらしい。

 歴史には全くこれぽっちもさっぱり全然詳しくない俺だが、服を着るというのは結構基本的な文明なんじゃないだろうか。いや、恥ずかしいとか以前に、服着ないと寒いし危ないし。


「まあよい。では、これでいいか?」


 魔王神は右手から闇を放出し、身体に纏わせた。魔法で衣服を作るというわけか。

 まあ武器を作る魔法があるんだから服を作る魔法があるのはそれほど驚くことではない。魔法の専門化勢も特に反応していないし、珍しいものではないんだろう。

 闇から作ったくせにデザインが黒一色ではなく、所々に金糸っぽいもので模様が描かれていたりするのがムカつくが。


「さて、では改めて世界の強者諸君。我こそが神である」


 仕切りなおしのつもりか、無駄に豪華な上下のセットに加えてマントまで装着した魔王神が名乗りを上げた。

 普通に聞いたら頭おかしいってリアクションしか返せない発言だが、ただの事実なのだろうと俺たちは受け止める。

 明らかに違うからな。全身から漲る力の全てが、今までに見ていたあらゆるものと比べても一致するものがない。唯一無二って感じだ。

 性格的に速攻で攻撃しそうなメイやミハイが大人しく機をうかがい、警戒しているのがその証拠だろう。


「で、俺たちを呼び寄せたのは、殺し合いがしたいってことでいいのか?」

「ふーむ……結論を述べてしまえば、まあその通りだな。我が目的はこの世界の破壊と再生。そのためには貴様らこの世界の強者が邪魔であり、更に貴様らが持つ世界破片(ワールドキー)が必要不可欠だ」

「……やはり世界破片(ワールドキー)か。しかし、何故この世界を破壊しようとするのだ? そして再生とは何だ?」

「グレモリー……」


 魔王神の言葉に、グレモリーが問いを投げかけた。グレモリーは俺たちの中で唯一過去の大戦を経験している古代人だ。そんなグレモリーでも魔王神の目的を知る事はできなかったようだし、確かに気になるところだろう。

 まずありえない話だが、和解や共存の道があるならそれが一番だからな……。


 しかし魔王神は、俺たちの考えを察しているのかどうかもわからない軽い調子で答えるのだった。


「わからないのか?」

「わかるわけがないだろう」

「ふーむ、本来ならば我に問いを投げかけるなど不敬であると処断すべきところだが、神の意思を人が理解できぬのもまた当然の話。特別に許し、無知なる者共に我が言葉を授けてやろうではないか」


 超上から目線で魔王神は対話に応じた。

 非常にムカつくが、今は一つでも情報が欲しいところだ。それに、全く予定していなかった魔王神との対面で動揺している心を落ち着かせる時間も欲しい。精神的に乱れるのは一番危険だ。


「そもそもの話だが、この世界は我が創造した。これはわかっているな?」

「は?」

「ム? これも知らないのか? 世界の成り立ちなど自分の名前よりも先に知るべきことだろうに」

「確かにそれを知りたがっている者は多いが、確証は得られておらんな。神学では創造の女神がこの世界を創造したとされておるが」

「創造の女神? ああ……それは正解だな。知っているではないか」

「正解……ということは、まさかお前が創造の女神本人だとでも言うのか? 先ほど全身見させてもらったが、どう見ても男であったが?」


 さっきバッチリと見たからな、所謂ナニを。

 世界を創造したのは自分だと言っておきながら、創造の女神が世界を構築したって説が正解だという。それはおかしいだろう。

 まさか元女とか、神様の世界でも性同一性障害的なものがあるのかととちょっと妙な気分になったが、どうもそう言うわけではないらしい。


「我が女神なわけなかろう。今いる……お前たちのいう女神と我は元々同一の存在なのだ。宇宙誕生の前から唯一つ存在していた創造神。我と女神はそれが二つに分かれた存在なのだよ」

「……なるほど」


 グレモリーは何か納得したようだが、何がなるほどなんだろうか?

 俺としては結構突拍子もない事を聞かされたような気がするんだけど。


「では、改めて問おう。何故自らが創造した世界を破壊するなどと考える?」

「簡単な話だ。この世界は失敗作であると判断したためだよ」

「失敗作……?」

「そうだ。失敗した作品は破壊し、よりよい物を作り上げる糧とする。こう言えば人間でも理解できるだろう?」

「……糧、か。それで世界破片(ワールドキー)が必要と言うことか?」


 ……どうしよう。段々ついていけなくなってきた。


「そうだ、人間よ。世界破片(ワールドキー)は世界の始まりであり記録装置である世界核(ワールドコア)への干渉権。次の世界を創ったとしてもこの世界より上質なものでなければ意味がない。ならばこそ、世界核(ワールドコア)を手にし、この世界の何が失敗だったのかを精査した上でやり直す必要があるというわけだ」

「……では、何故女神を狙う? 過去の戦いでは確か、女神を殺すと宣言していたと思うが?」

「まるで過去から今まで生きているような口ぶりだな? ……まあいい、簡単な話だ。我と奴は意見を違えたからだ。我はこの世界を失敗と判断し、破壊することを決定した。しかし女神はそれに反対した。元は一つの存在だった我らも元はそれが原因で分かれたのだがね」


 神様というのは考えが二つに分かれると分裂するらしい。なんと言うか、一々やることが派手だな。

 もし今日の晩飯を肉か魚かで悩んだりしたら、肉派と魚派で分裂するんだろうか……?


「つまり、お前の行動を妨害してくる恐れがあるからということか?」

「半分はな。分かれた理由がそれである以上確実に妨害してくるだろうが、それだけならわざわざ殺しに行かなくともこちらに干渉してきたとき返り討ちにすればいいだけのことだ」


 魔王神はそこで言葉を切り、クククと愉快そうな笑い声と共に言葉を続けた。


「と言っても、奴は二つに分かれたとき神としての創造の力の大半を持って行った代償に、世界へ干渉する生命の力を我に奪われた身。この世界に現れることすら出来ない幽霊のようなものである以上、実際にはそうは行かないだろうがな」

「……ほう。それが女神を殺す理由か?」

「察しががいいな、人間。我がわざわざ奴を殺しに行かねばならない理由はまさにそれだ」

「……どういうこと? 簡単に解説してくんない?」


 察しがよくない俺は話についていけないので、クルークに耳打ちして教えてくれと頼んだ。

 するとクルークは、ちょっと呆れた表情になりながらも小声で解説してくれるのだった。


「あくまでも推測だけど、魔王神の言葉を信じるのなら彼の目的は世界の破壊だけではなく、その先の新世界創造こそが本命なんだ。となれば、女神が持っている創造の力とやらがなければ始まらないだろう? 魔王神だけでも壊すだけならできるかもしれないけど、創るには女神の力が必須なんだ」

「あー、なるほど。となると、殺すというよりは融合しに行くってことなのかね?」

「だろうね。恐らく二つに分かれた意思を力ずくで統合するつもりなんだろう」


 クルークの解説を受けて何とか俺は魔王神の目的を理解した。

 ようするに、元の創造神に戻ろうとしているってわけか。全てはより良き世界のために――ってわけね。


「では、根本的な質問をしよう。何故この世界を失敗作であると断定した? 一体何が気に食わないのだ?」

「……それは神の決定に関わる話だな。人に聞かせる話ではない」

「では、その考えを覆すことはできないのか? この世界にはまだ可能性があるとは――」

「考えないな。決断したからこそ我はここにいるのだ。――さて、では理解したところで我に世界破片(ワールドキー)を献上せよ。我らが二つに分かれた際に、お互いが確保しようとした世界特権(マスターワールドキー)は耐え切れずに七つに分かれてしまったが、全て回収せねばならないのでな」

「――渡すと思うか?」


 俺たちは全員が戦闘態勢に入る。

 どうやら交渉は無意味って結論に至ったようだし、ここからは暴力の時間だ。


「貴様らの意思など、聞いてはいないとも」

「――そうかい」


 俺、親父殿、ミハイの三人が同時に飛び出した。他の面子もそれぞれ動いているのだが、この三人が前に出たのは単純に速度の違いだ。


「――来るがいい、そして見せよ。この出来損ないの世界で、どれだけ育ったのかをな」


 魔王神は余裕綽々の態度で、構えすら見せずに俺たちの突撃を受ける気でいるようだ。

 自信か油断かは知らないが――いずれにせよ、今以上の好機はない!


「【瞬剣・炎竜一刀破断】!」

「【瞬剣・刃輪舞・極みの一(エッジロンド・ワン)】!」

「【瞬撃・最強形態・英血の牙(ロンゴミアント)】!」


 それぞれが全力の加速法を発動した上での奥義。油断したまま、こちらを舐めたまま死んでくれと言わんばかりの初手必殺だ。

 正直、俺たち三人が全速力で襲いかかって倒せない相手なんてまずいない。三対一なら四魔王でも相応の深手は覚悟しなきゃならないはずだが……。


「速いな」

(――ほとんど動かずに避けた!?)


 タイミングもリズムも異なる超高速の三連撃を、魔王神は見切っているとしか言えない最小限の動きで回避した。

 歴史上に存在したあらゆる技術を体現できる吸血王ですら、こんな真似はできなかった。つまり、それは魔王神の基礎能力そのものがあまりにも規格外と言うことだ。

 今のは特別な技でも何でもなく、ただ見えたから避けた――それ以上じゃないって動きだったんだから。


(加速状態の俺たちでも捉えられないってことは――)


「ハアッ!」


 俺たちに少し遅れて第二陣が飛び掛ったが、結果は見えている。俺より遅い攻撃では奴にかすらせることすらできるわけがない。


 そう、何らかの策を用意しない限りはな。


「動きの速い相手には、まずそれを封じるのが鉄則だ」


 メイたちの攻撃が繰り出される直前、クルークとグレモリーから行動阻害の魔法が飛んだ。

 そう、速い相手はまず止めてからしとめる。基本中の基本だが、最高位の魔術師であるあの二人の魔法を受ければ身動き一つ取れなくな――


「そこそこ高度な術だな」

(ッ!? 魔力の放出だけで弾いた、だと……?)


 魔王神は二つの妨害魔法を、ただ魔力を放出するだけでかき消してしまった。文字通り、指一本使わずに世界最高峰の魔法を打ち消したのだ。


「ハッ!」

「こちらはやや遅いが、力はある」

「――舐めているのか?」


 加速法による一撃を全く体勢すら崩さずに回避し、続いた魔法すら予備動作なしで無効化した魔王神。当然メイやオオトリ殿たちの攻撃も問題なく回避できるはずだが、魔王は攻撃を受けた。直撃ではなく腕を使ったガードの上からだが、ガードごと吹き飛ばす破壊力抜群の一撃をわざわざ受け止めたのだ。

 明らかな手抜き、最善をとらず、俺たちを舐めきった行動。本来ならば怒り怒鳴るべき行動なのだが、俺はそれを見て思わず……


「……凄げ」


 賞賛してしまった。破壊力において世界最高を誇る連中に寄って集って攻撃されて、ほんの一歩の後退すらせずに完全に受け止めているのだ。

 見たところ、特殊能力の類は一切使っていない。完全なる見切りと身体能力。それだけであんな奇跡を起こしているのだ。


「――【竜尾剣】!」


 攻撃を受け止めている魔王神に、一人始動を遅らせていたアレス君が不意打ち気味に一撃放った。

 俺たちと同じく加速法が使えるのに先制攻撃組にアレス君が混じらなかったのは別に出遅れたわけではなく、これも作戦である。所謂時間差攻撃だ。

 攻撃速度順に打ち込んでいると思わせて一人だけ速いのを残しておき、不意を突く。ついでに聖剣の力と個人対応力の広さで各種サポートにも動けるから後方に残して臨機応変に対応してくれって寸法だ。


「……ほう。この攻撃には女神の力が込められているな。少し幼いが、よく見てみればあの時の男か」

「え――」

「戻されている以上こう言うのもおかしいが、腕を上げたな人間。前よりは楽しめそうだ」


 魔王神は鞭の形態をとった斬撃を、空中に出現させた魔力の盾で受け止めた。数で攻めるのも無意味ってわけか。

 侮蔑するのではなく、賞賛しながらも圧倒する――一番困るタイプだな。


「……仕方がないか」


 俺は誰にも聞かれないように小さく呟く。

 こうなった以上、ここで長々と戦うのは俺たちにとって不利になるだけだろう。今の一連の流れだけでハッキリした。

 こいつは、準備もまともに整えていない遭遇戦でやりあっていい相手じゃない。


「全員、離れろ!」


 俺は魔王神に攻撃を止められたままで固まっている味方に向かって叫び、剣を掲げる。

 ありったけの魔力を込め、嵐龍閃を放つのだ。


「魔力砲撃か?」

(当然無効化される。でも、一度仕切りなおしはできたな)


 俺は当然のように最大威力の嵐龍閃をかき消した魔王神に引き攣った笑みを向けると共に、ハンドサインでクルークへと全員へ念話を繋げる様に指示を出した。

 本当なら一箇所に集まって会議でもしたいところなんだけど、範囲攻撃で一網打尽にされては元も子もないからな。


『全員へ通達。ここは一度引くべきだ』

『……意見には賛成するが、可能か? 相手は強制転移で我々全員を他の大陸から集めてしまうような怪物だぞ?』

『はい。でも、こっちの魔術師なら一度受けた魔法への抵抗魔法くらいは作れるかと』


 俺の意見を伝えると、親父殿が反対意見を出してきた。当然の意見だが、ここに留まれば全滅するしかない。俺は確信している。

 諦めるわけではない。ただ、魔王との戦いなんて極限の緊張状態から連戦で相手にしていい敵ではないって話だ。今逃げる事は負けではない。ここでの敗北とは、この場でこの怪物に対抗できる可能性のある戦士が全滅することなんだと俺は思っている。

 そのためには最低条件として、さっきの強制転移魔法への対策が必要不可欠なわけだが――


『一度受けた魔法の無力化など造作もない。既に対抗魔法に関しては概ね完成している』

『流石』


 グレモリーは俺の無茶振り同然の要求に、あっさりと応えて見せた。ここに飛ばされてからの僅かな会話と戦闘をこなしつつ、対策は用意していたらしい。

 この対応力こそが魔術師に求められる能力だけど、真似できないね本当に。


『ここからの逃走は?』

『それは何とかしましょう。魔法の霧もない以上、転移で逃げる事は可能です』

『じゃあ、十秒後に全員でボーンジの元に集まって転移。その後対策を練るということで』


 全体としての方針を手早く決めた後、俺は自分個人の覚悟も決める。

 ここからが、勝負だ。


『待て、逃げようとしても、相手がそれを許すとは思えん。ただ逃げるだけでは――』

『そこは考えがある。いいから、まずは逃げることを考えろ』

『考え? 貴様にものを考える能力があったとはな』

『……お前はこの場で死んでいいぞ、ミハイ。命をかけて一秒でも時間を稼いでくれて全く構わないからな』


 全員で逃げ、戦力を整える方針にするのはいいが、ミハイはまあ死んでいい。下手に生き残られても後の災厄になりそうだし。

 ……まあいいや。いつかまた雌雄を決するときが来るとして、今は戦力として無理やりにでも当てにさせてもらおう。


『時間は俺が稼ぐ。魔法起動の十秒くらいなら何とかなるから』

『考えとはそれなのか? ……大丈夫なのか?』

『本気で殺しに来られると不味いけど、まだまだ余裕見せるつもりみたいだからな。ああ、それと転移魔法と同時にこの辺りに転移阻害かけておいてくれ。強制転移を封じても、追ってこられたら意味が無い』


 ただの力技に若干呆れたような視線を感じたが、気のせいと言うことにしておく。

 とにかく必要事項だけ伝えた俺は、気を整えるべく大きく息を吐くのだった。


「――ふぅぅぅぅぅ」


 魔王神へ向かうべく、魔力を高める。全身の筋肉を膨張させ、限界以上の力を引き出す。

 勝負は、十秒!


「神造英雄、起動」


 正義の世界破片(ワールドキー)を完全開放し、神造英雄の能力を全て引き出す。

 これだけでは対抗できる相手ではないが、まだまだこっちを舐めているようだし、時間稼ぎの真似事くらいはできるだろ。


「セイッ!」

「一人か?」


 加速法なしではあるが、出せる限りの剣速で斬りかかる。が、当然のように避けられた。

 どうやら速さには速さ、力には力で対応し、圧倒するのが好きなようだな。ムカつく奴だが――好都合!


「――嵐龍牙」


 刃から嵐龍閃と同質のエネルギーを放ち、間合いを広げる。防御、回避を行っても嵐の魔力が敵を斬り裂く技だが、魔王神はしっかり見切って広げた間合いの分も考慮して避けている。

 やっぱり、俺が手札を見せれば見せるほど完璧に対処したがるようだな。そうして付き合ってくれるなら、とことん見せてやる!


「――爪撃!」

「吸血鬼の爪か。人間ではなかったか?」

「【風術剣・獅子風刃】!」

「魔法剣か、先ほどと大差ないぞ?」

「【魔眼・殲滅の目】!」

「魔眼? また吸血鬼の能力か。しかし、その程度では何も感じないな」

「――【風術・風の矢(ウィンドアロー)】」

「……随分弱弱しいな」


 剣術、体術、特殊能力……魔法。

 手札を全部見せてやろうと、できる限りの魔法まで使ってみたのだが、何か対処される前に呆れ――いや、同情するような目を向けられてしまった。

 ……悪かったな、魔法しょぼくて。


「でも、十分!」

「転移の準備は完了した。急いで!」


 とにかくできることをぶつけてやった結果、時間は稼ぐことができた。

 全員での集団転移は完了したようだし、後は逃げるだけって持っていけたんだ。だから後は――


「なあ、実は俺、一つだけ魔法の練習続けていたことがあるんだよ」

「何をいっているんだ! 早くこっちへ!」

「結局理想にはさっぱり届かなかったけど、必死に頑張ってこれだけはできるようになったってのがさ」


 ――空術・強制転移介入。俺はその言霊と共に、魔法を発動させる。

 本当は第三者を別の場所へ飛ばす魔法を目指したんだけど、俺には結局そんな高度な魔法を習得する事はできなかった。

 だから、俺にできるのは他の誰かが準備した転移魔法を強制的に発動させることだけなんだ。全く、本物のレオンハートなら、格好よく誰でも飛ばせたんだけどな。


「な――」

「何を!?」


 仲間達が驚いているが、もう遅い。本来俺如きの魔法なんて簡単にキャンセルできるだろうが、今魔法を使っているのは俺ではなくボーンジを主体とした魔術師三人だ。俺はただ、彼らが用意した魔法のスイッチを入れただけであり、アレは間違いなく人類最高レベルの魔法なんだからな。


「……ただ逃げても、すぐに追いかけられたら意味が無い。このまま戦う誰か一人は必要だろ」

「ふざけ――」


 最後の言葉を残す時間もなく、全員転移魔法でこの場から立ち去った。

 そう、ただ逃げるだけでは意味が無いのだ。最低でも、こいつが追ってくることがないように足止めする役割を果たす必要がある。

 それも、すぐに追う事はできないってくらいに傷をつける程度のことができる奴がな。


「……自分を犠牲に仲間を逃がすか。美しき自己犠牲か?」

「まさか。なんで自分を犠牲にしなきゃならないんだよ。――俺がこの場に残った理由はシンプルだ」


 俺は嵐龍を大きく振り、空気を断ち切る。気合を入れる儀式だ。

 そのまま切っ先を魔王神へ向け、俺は宣言する。俺はここで死ぬために残ったわけでも、未来のために犠牲になろうなんて殊勝な考えでいるわけでもない。

 俺には、生きて帰らないといけない理由があるしな。


 ただ、俺がここに一人残ったのは――


「俺が一番生き残る可能性が高かったからだよ。あの中で一番強いのは、俺だ」


 既に正義の世界破片(ワールドキー)……神造英雄は全力で起動している。

 でも、俺にはそれ以外にもある。初代から受け継いだ、欲望の世界破片(ワールドキー)。これも、同時に起動――


「正義の世界破片(ワールドキー)は光の魔力に近しい性質を持っている。対して、欲望の世界破片(ワールドキー)に一番近いのは、闇。つまり、これで――」


 世界破片(ワールドキー)規模の混沌属性を、混沌の覚醒融合を完全なものとして両立できるということだ。


「覚醒融合・混沌世界騎士(ワールドカオスナイト)


 背中から生える、竜と吸血鬼の翼が大きく広がる。まだまだ未完成で、周りに味方がいる状態では危なすぎて使えない切り札だが、今ならいける!


「行くぞ――」

世界破片(ワールドキー)二つか。ひとまずは、回収させてもらおう」

「――え?」


 大幅にパワーアップしてさあこれからだと思ったら、気がついたら――魔王神が、俺の腹を腕で貫いていた。


「そろそろ付き合ってやるのも終わりだ。神の慈悲はあまり長くは持たないのだよ」


 ぐちゅ、という嫌な音が腹から聞こえてくる。

 それでも俺は自分の腹に突き刺さっている腕を震える手で掴み、そして――笑った。


「――舐めるなよ」


 まさか、この俺を相手にするのに、腹に穴を空けたくらいで終わると思っているのかってな!

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