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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔王の侵攻
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第202話 復活

『了解した、魔人王。いざとなれば本来の役目を果たそう』

(そうしてくれ、魔獣王よ)


 レオンハート・シュバルツとミハイ・イリエ。

 この両者と戦いながら通信を行い、魔剣王と魔獣王には作戦変更の了解をとった。後は魔竜王なのだが――そろそろ辛くなってきたな。


(ミハイはともかく、レオンハートの成長があまりにも異常だ。そろそろ戦いながら他に気をとられていては危な――)


「【嵐龍牙】!」

「【追撃形態・妄執の牙】!」

(チッ……流石に連携も取れ始めてきたか)


 レオンハートは嵐の刃で剣の範囲を拡張した斬撃、ミハイもそれと同質の槍撃。

 お互いの攻撃で私の逃げ道を塞ぐように攻めてくる。しかも、それぞれが武器そのものを防いでも無駄という性質の攻撃……避けさせない上で防御不能の攻撃とは、中々悪質だな。

 引き出しの多さでは私が圧倒的に勝る以上まだまだ決定的ではないが、始まる前は百回戦って百回勝利する勝負が今では五回は落とす、というくらいに迫られている。

 このまま続ければ更に厄介になるのは変わりなし……やはり、無理にこの争いに勝つことよりも魔王神様の復活を最優先に考えるべきか。


「……残るは魔竜王のみだが、流石に防ぎながらは厳しいか」

「何か言ったか!」

「いや……少しばかり、時間を貰おうと思ってな」

「なに――」

「あまりやりたい手段ではないが――【空術・時間停止(タイムストップ)】」


 内心嫌だなと思いながらも、仕方がなく魔法を発動する。

 発動と同時に、世界は停止する。レオンハートとミハイもまた、攻撃の最中のポーズで停止した。

 これは時間の流れに干渉し、極僅かな間周囲の時間の流れそのものを止める最高等魔法だ。

 生物にしか干渉できないなど、真の時間停止とはいえないが……まあ戦闘に使う分には問題ない。時間を止めていられるのは私の体感で一分ほどであり、女神の時戻しからすれば児戯のようなものだろうがね。


(この魔法の影響範囲は精々南の大陸全土といったところか。魔竜王の方は問題ないな)


 時間停止――これは所謂結界術に相当する魔法であり、今展開した大型結界が南の大陸を覆っている。

 結界が維持される僅かな間、内側に存在する生物にはどんな力でも干渉することはできない。話をすることもできないので魔竜王まで影響範囲にいては元も子もないのだが、奴は遠く離れた別大陸にいるので問題はない。

 ……こんな大規模に超高等結界を展開しなければならないせいで、本来ならば止まっている間にあれこれ用意しなければならないにも関わらずまともに行動することができず、精々が身動きせずに通信魔法を使う程度が限界だ。

 私ですらそうなのだから、他の誰が使ってもそれは変わらない。否、他の誰であっても発動すらできないだろう。かつて賢者、大魔術師と呼ばれたこの術を考案した魔法使いですら例外ではない。この魔法は机上の空論。不完全な理論だけが構築され、実用段階に当たる小規模展開を完成させる前に挫折した魔術理論……死した誰もが完成品を知らないのでは流石の私もお手上げということだ。


「それを思えば、つくづく女神の……真なる神の力の規格外がわかるというものだな」


 僅かな時間を止めるだけでこの有様なのだ。何十年単位で逆流させることの荒唐無稽さを誰よりも私が理解している。

 しかし、今はそのことをグダグダと考えている場合ではない。さっさと魔竜王に――


(……? なんだ? この違和感は?)


 魔竜王に通信をつなげる準備を止めはしないが、何故か目の前の何かに違和感を感じる。

 出所は……ミハイ・イリエか。時間の止まった世界に相応しく停止してはいるが、他の者とは何かが違っている。何か未知の魔力を感じる――ッ!


(時間停止空間で感じられる魔力など、一つしかない。すなわち、時間に干渉する魔力)


 ミハイが僅かに纏っている……いや、残り香の様にほんの僅かに身体に付着している魔力。その正体は何だ?

 決まっている。時間に干渉する力など、私の魔術以外にはたった一つしかない。

 ではそれはどこで着いた? どこで発動した?


 それも、当然決まっている――


「クククッ……ミハイ・イリエ。レオンハートに敗れ、死んだと私ですら思った傷と状況から貴様がそうして五体満足で現れることができたのか。それを考えることを棚上げにしていたとは、我が無能さに唾を吐きたくなったぞ」


 私は自嘲なのか歓喜なのか、自分でも分からない笑い声を上げる。

 これで、わかった。時戻しがどこで発動したのか。どこに存在するのかがな。


「貴様がレオンハートから受け取り、宿したのは正義の世界破片(ワールドキー)。それは女神が創造した神造英雄の素材! すなわち、その存在は女神の眷属であるともいえる! そんなものが自らの側で死したとなれば、救うべく小規模な時戻しを発動させるのは必然だな!」


 そんな巨大なものを千年も発見できなかったとは……いや、巨大すぎて視界に入らなかったというべきか。

 まったく、神と言う者は……どこまでもスケールが大きいな。


「さて、となれば――暢気に戦いを楽しんでいる場合ではあるまい。聞こえるか、魔竜王――」



(ッ!? なんだ? 今、何か起きたか?)


 ミハイと組んで吸血王を攻め立てていたら、急に何か違和感を感じた。

 吸血王がほんの僅かだが突然移動していたことか? いや、それも違和感の一つだが、それだけではない何かが起きたんだ。多分。


(俺の感覚と頭じゃ正しく言語化する事はできないけど、何かしたな。それは間違いない)


 攻撃の手は休めることなく続けているが、今の違和感は無視していいものだろうか?

 ほとんど第六感に引っかかっただけって感じなんだが、妙に気になるな……?


「……おい、今何かなかったか?」

「ん? お前も何か感じたのか?」

「『も』、ということはお前もか」


 槍の先から黒い魔砲を撃ちながら、ミハイは不機嫌そうな顔で俺に話しかけてきた。

 こいつも何か感じたのか。一人なら気のせいで済む話だが、二人とも感じたとなればもう確定だろう。吸血王がまたなんかしたってことなら、最低限『なんか』ってところくらいは解明しないとやばいかね?


「その心配はない。もう無意味だ」

「なに?」

「今のはただの時間停止だよ。時間を止められたことに気がつくことができたのは流石だが、もう意味が無いんだ。既にこの戦いは終わっているんだからな」

「……時間だと?」


 吸血王は何でもないことのようにサラッと言ったが、今凄いこと言わなかったか?

 時間を止めたとか……マジだったらちょっと困るんだけど。いや今でも俺達が生きている以上そこまで自由度はないんだろうけど、そんなあっさり止まられると困るな、うん。

 時間は休まず不眠不休で仕事してくれ。


「本来ならば、全てを倒して我ら四人全員で魔王神様に再びお仕えすることが理想であった。しかし、我らは元より道具。魔王神様が復活する際に警戒しなければならない不安要素がなくなった以上、道具の消耗など気にするべきときではない」

「……なんだ?」

「これより封印を解除する。もうこの戦闘(おあそび)は終わりだ」

「――ッ! 引けミハイ!」

「命令するな!」


 突如全身を突き刺した殺気、悪寒。生存本能が全力で後退を叫び、俺とミハイは本能に逆らわずに吸血王から距離を取った。

 一体何なんだ……? まさかここから本気モードとか言わないだろうな……?


「――精霊竜。いつまで引きこもっているつもりだ?」

「は?」

「引きずり出してやろう。【土術・大噴火(イラプション)】」


 吸血王が精霊竜が住まう山――水聖山に魔法を放った。

 あれは、地下水なんかを噴出す魔法の極大版か? ということは……


「ッ!? やらせるか!」


 俺は吸血王が放った魔法の軌道を読み、妨害すべく高速移動を行う。

 どんな魔法も発動ポイントまでに魔力を飛ばしているのは変わらない。中には座標指定だかなんだかでショートカットする技法もあるらしいが、今吸血王はそれを使っていない。

 だから、魔法として完成する前に魔力を潰す――


「俺を無視するか!」


 一方、山に向かって走り出した俺とは反対に、ミハイは再び吸血王へと向かって行った。

 それじゃ一対一になってしまうが、ある意味ナイスだ。このまま後方を狙われ続け一方的に撃たれるよりは、一人が足止めしてくれたほうが――


「そうだ、それでいい」

「――え」


 俺を黒い影が追い抜いた。全速力で走っていた、この俺を抜いたのだ。

 影の正体は、当然吸血王。その身体能力が絶大なのはわかっているが、先に走り出した俺を追い抜かすほどの脚力なんて、いくらなんでもありえないだろ!


「後ろを見捨てて二人がかりなら、あるいは止められたかも知れんな」

「クッ――舐めるな!」


 捨てゼリフを残して見る見る小さくなっていく吸血王に追いつくべく、更に加速する。長距離走で加速法を使うわけには行かないが、素の状態で出せる最大速度を更に越えるべく全身の筋肉を酷使する。

 あいつをあの場所に――他の一般兵たちが戦っている戦場なんかに行かせたら、終わりだ。


「俺の目の前で、虐殺なんて出来ると思うなよ!」


 それをさせないために、俺はここにいるんだからな。

 だから、限界なんぞさっさと超えろ――


「フッ」

「え?」


 吸血王の狙いは精霊竜、そのはずだ。それが行われれば、精霊竜の前で踏ん張っている人間軍もまた死ぬことになる。

 だからこそ俺は吸血王自身とその魔法を止めるべく走っていたのだが、吸血王は俺の予想を超えた行動に出た。

 何故かは分からないが、高速で水聖山に向かって行ったと思ったら急に空間転移で移動し、山から離れた俺の遥か後方へと向かったのだ。


「――【魔法解体】」


 俺は吸血王が何をしたいのかと疑問に思いながらも、まずは噴火の魔法を破壊しておく。

 これでとりあえずは安心だが、一体何を企んでいるんだ。


「十分な挑発にはなっただろう?」


 空に立つ吸血王は邪悪としかいいようがない暗い笑みを浮かべる。

 どう言う意味だとかはまあ後回しにして、とりあえず斬りかかろうと屈んだそのとき――大きな地震が大地を揺らしたのだった。


「ッ!? これは――」

「私が何をしようとしているのか、あそこまで接近されて貴様がわからないわけがない。となれば、出てくるしかないだろう?」


 地震が収まる気配はない。というか、これは自然現象の地震ではない。

 大きな力が、大地を揺らしているのだ。この力は――水の精霊竜だ。


『……それをさせるわけには行きません、死の化身よ』


 山を砕いて姿を現す水の精霊竜。今までは俺たちに任せて引っ込んでいたというのに、何かを感じて自分の住処を破壊するほどに大急ぎで出てきたようだ。

 今の吸血王の一連の行動は、精霊竜への挑発か? 俺にはわからない何かを精霊竜に関知させ、自ら前線に出ざるを得ないようにしたってところかな?


「貴様らの役目は封印の守護。それを破壊するに足るものなど近づけさせるわけにはいかないだろうな。だが、もう遅い」

『――【精霊竜の流水砲(アクアブレス)】!』

「我らは、既に決定を下した」


 精霊竜は有無を言わせないブレス攻撃を仕掛けたが、吸血王は動じることなく左手を自分の顔の前に持っていった。

 今まで使っていた魔力とはどこか異質な力を込めた左手から黒い何かがあふれ出し、吸血王の頭を覆っていく。

 流動する黒いものの動きが収まり、固定された後に残るのは――


「……兜?」


 吸血王は黒い兜を被っていた。鬼をイメージさせるような捻れた二本の角が目を引く漆黒の兜を被った吸血王は迫る水のブレスを前に今度は右手を突き出し、魔力波を放つ。

 それだけで、たったそれだけで世界最強種と謳われる精霊竜のブレスは弾け飛ぶのだった。


「嘘だろ……! せめて、互角なんじゃないのかよ、魔王と精霊竜って……!」


 ブレスは竜種の最強攻撃だ。それを、あんな後出しで出した魔力波一発でかき消すとか、明らかに格上としかいいようがない。

 吸血王……いや、あの兜の力か? なんだか分からんが、とんでもない切り札を隠していたらしいな……。


「さて、時間も無い。こうなった以上はな」

『させません!』

「二度言わせるな。もう遅いのだ」


 吸血王が高速移動で消えた。目で追えないほどではないが、さっきよりも早いのは間違いない。

 しかし俺も黙ってみている必要はないわけで、追撃するためにその場から移動する。当然――加速法併用だ。


(いくらお前が速くなっても、こうなれば俺のほうが速い!)


 効果が切れる数秒後が怖いが、追いつけないのではどうしようもない。そう思って加速法を使い一気に距離を詰める。

 気配を探って見てみれば、同じ考えに至ったのかミハイも加速法を発動させて追ってきている。吸血王は精霊竜目掛けて移動しているが、やらせはしない――


「【瞬剣・嵐龍閃】!」

「【射撃形態:狙撃の牙】!」


 吸血王と精霊竜の間を狙って俺たちは高速の遠距離攻撃を撃ち込む。

 命中すればよし、妨害できればそれはそれでよしと言った牽制攻撃だ。


 しかし、吸血王は俺の予想を裏切る行動をとった。精霊竜を狙っているとばかり思っていたのに、速度に反応できていない精霊竜を無視したのだ。おかげで俺たちの攻撃も外れ、吸血王は一人水聖山へと向かっていく。

 狙いは山の方なのか!?


「――クッ!」


 慌てて追おうとしたとき、加速法の限界時間が来た。数秒は動きが鈍り、到底あの速度の吸血王に追いつくことなどできはしない。

 黙って見ていることしかできない中――ついに、吸血王は誰の妨害を受けることもない状況で水聖山の頂上まで高速で到着してしまったのだった。


「さあ、封印の解放だ……魔王神の兜として、真の姿を見せた最後のショー……精々見物してくれたまえ」

(真の姿……? 兜が本体? 言われて見れば、吸血王の身体が薄くなっているような気が……?)


 もう常人では豆粒程度にも見えないほどの高所へと移動してしまった吸血王だが、俺には普通に見えているし聞こえている。

 よく見ると、吸血王の身体が透けているのだ。身体が薄くなるに比例して頭の兜は存在感を増しており、どこからか兜を取り出したというよりは兜に変身しているようにも見える。

 吸血王と言う恐ろしいほどの力をもったモンスターが、一つの武具に姿を変えているのだ。


(でもなんだ? 何で、俺はあの兜に既視感を感じているんだ?)


 見たことのない現象なのに、どこかで見たような気がしている。

 生まれる前から記憶の操作を受けているらしい俺にとっては珍しい感覚ではないが、この感覚はそんな生易しいものじゃない。

 確実に、俺はアレと同じ何かを見ているんだ。


(……ちょっと待て。吸血王が兜に変身って……世界破片(ワールドキー)はどうなるんだ?)


 俺たちを散々苦しめた死の世界破片(ワールドキー)。吸血王はそれを間違いなく持っているが、それはどこにいった?

 それすらもあの兜になっていると考えれば、それってつまり――


「女神の聖剣と同じ、世界破片(ワールドキー)を素材とする武具か……?」


 どこかで見たことがあるような気がするのも当然だ。

 あの兜から感じる途方もないエネルギー。それは、今はアレス君が所持している――ここ一月以上毎日見ていた聖剣と同質のものなんだ。

 いや、そう言う目で見てみればもっと前から似たような感じはあった。世界破片(ワールドキー)から作られた武具が聖剣なら、他にもあるだろう。

 世界破片(ワールドキー)から作られた、意思を持つ擬似生命体が――


「気がついたか、神造英雄の器よ」

「ッ!?」

「そうだ、我ら原初の四魔王(メモリーズ)とはすなわち、世界の創造神の半身である魔王神様が所持している四つの世界破片(ワールドキー)そのもの。お前の中にある神造英雄と同じ、世界破片(ワールドキー)より作られた存在なのだよ」


 兜を被った――兜に変化して行っている吸血王の言葉に、俺は無意識のうちに納得する。

 わかるのだ。自分の中にあるものと、こいつらが同じであるということだ。


「魔王神様の手足となるべく残り僅かな創造の力で意思と身体を与えられたが――これより御方は復活なされる。一発逆転の切り札は今度こそ存在しない。ならば、本来の役割に戻るのが道理だ」

「役目……」

「我らは魔王神様の身を守る鎧であり、兜であり、盾であり――あらゆる敵を斬り裂く剣である。本来の姿に戻るこの僅かな時こそが自らの意思で本来の力を使える唯一の時間だ。精霊竜、そして人間の英雄に裏切りの吸血鬼よ。今の私を、貴様ら程度が止めることは不可能だ」

「言ってくれるな……!」


 加速法の反動制限時間が終了し、身体の魔力が制御下に戻る。

 今すぐにでも斬りかかってやろうと足に力を入れたとき、今度は俺に向かって通信魔法が入ってきたのだった。


『レオン君! 聞こえるかい!?』

「あ? 何だ? 今忙しいんだけど」


 通信魔法で繋いできた相手はクルークだった。向こうも魔獣王との戦いの真っ最中のはずなんだが……。

 無視するわけにもいかないので、山の頂上の更に上にいる吸血王のところへ向かうまでの間に話をすることにした。


『やっと通じた……緊急事態だよ! ミス・メイ、そしてアレス君からも同じ情報が入ってきた。何故かキミのところに繋がらなかったけど!』

「ん? そうか? さっきのやつのせいかな……?」


 吸血王が時間停止とかやってたらしいからな。そりゃ通信魔法障害の一つや二つ起きるだろう。


『時間も無いから手短に言うよ。魔王たちが変身して精霊竜の住処を破壊した!』

「変身? もしかして、武具にか?」

『……ということは、もしかしてそっちも?』

「ああ。成りかけだけど、吸血王が兜に変身しかけてる」

『そうか。こっちはそれぞれ魔剣王が剣に、魔獣王が盾に、そして魔竜王が鎧に変化した。同時に凄いパワーアップして精霊竜の住処を破壊したんだ。目的は不明、精霊竜本体は無事だ!』

「そうか。まあ、目的の方は見当つくけどな」


 奴の話しぶりを聞く限りじゃ、魔王神の復活だろう。どうすれば復活するのかはイマイチわからなかったが、やっていることから推測するに……。


「精霊竜の住処に封印の鍵があったってことだろうな」

『となれば、絶対に阻止だよ、レオン君』

「わかってる。かなり面倒なことになりそうだしな」


 クルークのどこか焦った声に同意するが、内心ではそう上手くは行かないだろうなと考えていた。

 奴を止められればもちろんそれが最良だが、この距離は――


「遅い」

「間に、合わない……!」


 吸血王の身体のほとんどを兜へと移行したその角から、黒い魔力が走る。

 放たれるのは、間違いなく魔力砲撃。それも、過去に例がないほどの超強力な――


(奴を止めるよりも、下の奴らを守る!)


 俺は吸血王を止めることを諦め、他の兵士達が流れ弾で死ぬことを阻止する方向へと切り替えた。

 今のままじゃ、全員死んじまう――


「――世界破片(ワールドキー)、全開!」

「【閃光・英知の兜(レコード・レイ)】」


 空の上から降り注ぐ漆黒の砲撃に、俺は兵士達を守るべく魔力を放つ。

 神造英雄の技――それを持って、迎撃する!


「【神の裁き(ジャッジメント)】!」


 俺は光の矢を形成し、吸血王が兜の角から放った魔力砲を迎撃する。

 しかし、威力が違いすぎた。とても全てを迎撃する事はできずに、最小限の目標――砦とその周辺の被害を最小限にすることが精一杯という結果しか出せないまま、その威力に吹き飛ばされるのだった。


「ガハッ――」


 吹き飛ばされ、強烈な勢いのまま地面に叩きつけられる。

 しかし痛がっている場合ではない。どうなったのか、状況の確認を――


「……な、に?」

「……やってくれるな」


 側に来ていた……というか、偶々俺が落ちた場所のすぐ近くにいたミハイが苦々しい表情で呟いた。

 吸血王の兜から放たれた黒い閃光によって、水聖山は――精霊竜の聖域は消滅していた。それどころか、更にその下――地面に大穴が開いているのだ。巨大な聖域であった山が一瞬にして底の見えない大穴になってしまうとは、なんと言う……。


世界破片(ワールドキー)を完全解放した一撃か。俺たちの戦いで空いた穴もこんなもんだったが……それを一人でか」

「確かにな。お前が落ちた穴もこのくらい……いや、これよりはマシだったと思うが」


 幸いにも、俺の抵抗のおかげか砦とその周辺は無事だったようだ。しかし、それでも無視できない巨大な穴が大陸に空いちまった。

 俺はぶつけた頭を摩りながら、これはどうしたものかと途方に暮れたくなる。でも、そんな余裕もなさそうだな。


「……気がついているか?」

「ああ。不思議な感覚だな。まるで世界そのものが怯えているみたいだ」


 出所が分からない禍々しくも力強い力が、周囲を覆っている。これは吸血王のものじゃない。もっと別の何かの力だ。

 すぐ側にあるようで、しかしずっと遠くにあるようにも感じられる。巨大すぎて、全貌がつかめないんだ。


「……時戻しは星に偽装されていた。否、星の中に隠されていたというべきか」

「吸血王……?」

「今の一撃で、それも破壊した。これでもう、時間の巻戻しなんて真似はできん。さあ、刮目せよ。我らが神の復活だ!」


 楽しそうに、満足そうに吸血王のほどんと消えていた身体の残りも消滅した。

 残されたのは、主を失った兜のみ。未だに強烈な魔力は微塵も衰えてはいないが……この空間全体を覆うような重い魔力に比べれば、大した事はないって錯覚しそうになるな。


「――来るぞ」

「ああ。何かが、出てくる」


 世界の滅び。そんな言葉がふと頭を過ぎる。

 くだらないと笑い飛ばしたくなるような予感を感じさせる魔力は徐々に一箇所に集まっていき、そして――世界を斬り裂いて現れるのだった。


『……大義であった。我がシモベたちよ』


 ――通信魔法。いや、そう言う類のものじゃないな。

 あえて言うのならば、神の声。ここにいないのに、まるで耳元で囁かれているような気持ち悪い感覚を覚える。

 どこだ。どこに現れた?


『二度目の復活か……女神め。本当に面倒なことをしてくれる』

「――上か!」


 全神経を鋭敏にして探って見れば、力の出所が上空にあることを感じ取った。距離は――大陸の外。これは、聖剣の神殿の真上か!


(どんな魔物も近づけない最強の聖域。その遥か上空――なるほど、魔王の神を封じるのには確かに最適かもな!)


 場所を特定した以上、行かないわけにはいかない。とにかく急いで、この異常な力の持ち主のところへ行かないとな!


「クルーク、まだ繋がっているな? すぐにボーンジに連絡して俺たちを――」

『……ふむ。幾つか知らない気配があるが、この歴史でも英雄は健在か。となれば、まずは神への謁見を許そう』

「ッ!?」


 ボーンジの転移魔法で聖剣の神殿へ向かおうと思ったら、急に景色が変化した。

 これは、強制転移魔法――


「レオン君!」

「クルークか!? それに、メイにアレス君……ジジイと親父殿たちにミハイもいるのか」

「それと、オオトリ殿やザグ殿もね。どうやら、世界屈指の戦闘力を持つ者が集められているようだ」

「……そんな面子を、一人も抵抗させることなく転移させたってのか?」

「如何にも、我が招待した。この世界を作り上げた神として、お前たちのように強き者が生まれたことを嬉しく思うぞ」

「――え」


 気がつけば、俺たちは聖剣の神殿の前まで飛ばされていた。

 本体である聖剣がなくなったことで聖域としての力は大きく落ちているとは言え、それでも魔の者が入れるような場所ではない。

 そんな場所で、こんなことをやらかした張本人は、神殿の屋根の上で仁王立ちしていたのだ。

 この世の闇を凝縮したかのような腰まで伸びた黒髪と、対照的な大理石のような白い肌を持つ男が――一糸纏わぬ姿で、恥じ入ることなく堂々と仁王立ちしていたのだった。


 ……隠せ、せめて。

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