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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔王の侵攻
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第201話 勇者の片鱗

「――なんだ?」

「隕石だと?」


 火の精霊竜。魔王神に創造された我の劣化コピーを蹂躙していたら、突如空が暗くなった。

 見上げてみれば、我の身体よりも更に巨大な岩が落ちてくるではないか。自然現象ではありえない以上、何者かの攻撃なのだろうが……


「――くだらん」


 よもやこの魔竜王を、たかがでかい石程度で殺せると思っているのか?


「【風】」


 一言命じると、大地が我が意思を汲み取り烈風を生み出す。

 巨大な岩を持ち上げるように風が動き、その動きを止める。後は精霊竜ごと砕いてやればよい。


『【竜炎術・竜火爆炎(ノヴァ・ドラゴニック)】』

「――惨めな抵抗だな、精霊竜よ」


 隕石を止めるべく意識を逸らした我を攻撃すべく、竜言語魔法を精霊竜は行使してきた。無数の爆発する炎弾を発射するものだ。

 その威力は人間風情が使うものとは隔絶しているが、我に通じるほどではない。我が鱗を焼くには、その程度では足りぬのだ。


「――もろとも消えるが良い。我が咆哮でな」


 魔法を無視し、精霊竜の腹を殴りつける。

 一撃で怯み僅かに後退した隙を突いて更に尻尾で打ち据え跳ね上げる。

 風でとめた隕石と精霊竜を直線上に置き――口から極大魔力砲撃を撃ち込むのだ。


「【魔竜王の咆哮(カイザーブレス)】!」


 漆黒の魔力が精霊竜と隕石をもろとも吹き飛ばすべく進む。

 以前の戦いではこの一撃をギリギリ回避されて逃亡されたが、今度はそうはいかん。精霊竜が守る聖地さえ破壊できれば魔王神の封印は破れるが、またやり直しなどされては堪らんからな。今度は胴体に風穴を空けて――


「【聖剣の守護(ガード・オブ・アーク)】!」

「――なんだと?」


 我がブレスの前に、光の盾が現れた。光の盾は生意気にも我がブレスを押し留めている。我が咆哮が、破壊できない……?


「――創造の女神か」


 過去に一度だけ、我が攻撃を止めた存在があった。それは創造の女神が世界破片(ワールドキー)から作り出した紛い物の英雄であり、そやつが持っていたもう一つの世界破片(ワールドキー)から創造された剣の力だった。

 あの光の盾は、間違いなく――


「……本物の化け物だな。風を起こしてくれたおかげで熱気はある程度飛んだけど、ちょっと強すぎるでしょ……」

「――ほう。貴様か」


 何者かが希望より作られた聖剣を持って現れたのだろうと予測し、周囲を見渡してみれば一人の人間の子供が浮いていた。その手には予想通り、光り輝く聖剣が握られている。

 記憶にある者よりもやや幼い気が、アレは確かに『前』で聖剣を手に魔王神に挑んだ人間だ。結果は返り討ちであり、あやつの死と共に時が戻されたわけだが……この時期に既に聖剣を手にしていたのか。


(――ここで殺して時が戻っても面倒だ。しかし殺さずに聖剣(ワールドキー)だけ奪うのもまた面倒。ここは先に精霊竜をしとめてしまうか)


 面倒なことだが、優先順位を決定する。ひとまず聖剣を持つ子供は無視し、精霊竜を狙うこととする。

 希望の世界破片(ワールドキー)の能力は絶対防御。魔王神の攻撃すらも辛うじて受け止めることが可能な力。

 それに守られると厄介だが、まだまだあの剣の性能を引き出せているとはいえんようだな。


「――女神の聖剣の真の力を持ってすれば相応に厄介だが、その程度ならば少々硬い壁にすぎん」


 先ほどのブレスで破れないのならば、さらに強力なものをくれてやればいい。

 ブレスに加え、世界破片(ワールドキー)の力をプラスするのだ。


「【噴火】」


 我が口内を火山とし、溶岩の塊を生成する。

 同時にブレスも準備し、放つ――


「――ム?」


 何かが口に当たったような感触があった。

 これは……矢か? どうやら空間跳躍を併用して命中させたようだが、人間が使うサイズの矢など食らったところで何ともない。が、気分が悪いな。


(どうやら目障りな羽虫が何匹かいるようだ。雑魚共に足止めを命じていたはずだが……フン)


 どうせ消える存在とは言え、使えない。

 苛立ちを感じながらも、気にせず攻撃を続行する。雑魚などいないと同じだ。


「【噴火咆哮(マグマブレス)】」


 大自然の怒りとも称させるエネルギーと共に、ブレスを火の精霊竜へと放つ。

 仮にも炎の眷属である奴ならば溶岩の熱エネルギー程度では傷一つ着かないだろうが、これは結界破りのための補強だ。属性などなんでもいい。


「――【聖剣の守護(ガード・オブ・アーク)】!」


 人間の子供は精霊竜を狙った第二撃に再び結界を展開するが、無駄だ。

 その結界の硬度は既に理解した。聖剣の力を完全に活かしきれていない程度の性能で、我が力を二度止める事は不可能だ。


 溶岩を伴った漆黒のブレスは火の精霊竜の前に張られた結界に激突し、そして――何かが砕ける音がした。


「――なんだと?」


 ブレスと結界が激突し、負けた方の力が砕けた。ただそれだけだが――何故我が咆哮が砕け散っているのだ?


『……人の子よ、私の祝福、確かに渡しました』

「どうも、できればもうちょっと声のボリュームを落としてくれるともっと嬉しいんですけどね」

「――そうか、貴様が手を加えたのか」


 結界の強度が飛躍的に上昇していた。その理由は、火の精霊竜が奴の剣に力を与えたから。

 元々女神の聖剣も精霊竜も創造の女神が作った戦いの道具。そのエネルギー源は似通ったものであり、一つに束ねることでその力を高めることが出来るというわけか。

 小細工の種はわかった。となれば、更なる力を加えてやればいい。


「――ならば更なる焼き直しといこうか」


 一撃目よりも、二撃目よりも更に強く撃つ。我がエネルギーは無限、この世でもっとも強大な力が我が体内に流れているのだ。

 どれほど成長しようとも、無意味。


「【魔王竜の逆鱗咆哮カイザーブレス・イーラ】!」


 ブレスに込めるのは火山の噴火、そして全てを吹き飛ばす大嵐のエネルギー。

 この二つに我が魔力を加えれば、火の精霊竜の力を受け強化された聖剣であろうとも――


「おいおい。そろそろこっちにも手番を譲っておくれよ」

(――瞬間移動だと?)


 また同じように結界を張ると思ったら、人間の子供は空間を跳躍してこの場から消えた。

 同時に火の精霊竜が我が一撃を回避しようと翼を動かしている。それで逃がすつもりはないが、何を企んでいる?

 さっきから矢だの衝撃波だのと相手にする必要もない小さな攻撃が我が身に届いてはいるが、我を傷つける方法が何かあるというのか……?


「【覚醒融合・精霊竜騎士(エレメンタル・ナイト)】」

「――上か!」


 どこに行ったのかと気配を探ってみれば、我が頭上でそこそこ巨大な魔力が開放されていた。

 そこにいたのは、聖剣を持っている人間の子供が四色の鱗を身に纏っている姿。手にした聖剣――とは異なるもう一つの剣と一体化し、精霊化した姿だったのだ。


「僕はここに来る前に、元々持っていた風に加えて水と土の精霊竜に会いに行き、その力をこのシフルに受け取っている。そして今、火の精霊竜からも力をシフルに込めてもらった。四大精霊竜全ての力を込めた剣との覚醒融合だ。これで少しは戦えるようになったんじゃないか――なっ!」

「――ヌウ」


 聖剣ではないほうの剣が伸び、我が鱗を傷つける。鱗にかすり傷がついただけの軽症だが、我が身に傷をつける威力があるとはな……。


「――なるほど、理解した。ならば次は貴様が理解する番だ。我と戦うという意味をな!」

「……凄い迫力だな。というか、あんな大見得きって撃った一撃でかすり傷だけとか、ちょっとは僕の立場とか考えて欲しいんですけど……」


 我にかすり傷をつけるという偉業を達成しながらも引きつった笑顔となっている少年を前に、ここで初めて我は奴らを敵と認定した。

 今までのはただの狩り――遊びと言ってもいい。火の精霊竜を含めて、我がわざわざ倒すなどと意識する必要のある敵などいない。ただ適当に力を振るえば、それだけで壊れる程度の脆いガラクタにすぎぬのだ。

 だが、ほんの少しだけ認識を改めてやることにした。力をぶつけるだけではない、戦ってやることにしたのだ。


「命ずる! 天よ、大地を白く染めよ!」

「何を……雪?」


 我が咆哮と共に、隕石を持ち上げるための嵐により雲が吹き飛び晴天となっていた空が再び雲に覆われた。

 チラチラと降り注ぐのは氷の結晶――一般に雪と呼ばれる自然現象だ。この灼熱地獄とも称される火の大陸で雪などありえぬことだが、我が命はそのような細事を無視する。

 相手は精霊竜の力を与えられた人間と、火の精霊竜。これと戦うのならば、まずは片方の力を削ぐべく場を整えてやろう。

 火の精霊竜の力が支配する灼熱の大陸から、雪と氷に覆われた氷結地獄へとな。


「――グルァァァァァァッ!」

「――ッ! 急にとんでもない冷気が……あいつ、炎系統だけじゃなくて氷系統の能力も持っているのか!?」


 咆哮と共に周囲の気温は大きく下がり、炎も熱も存在すら許されない極寒地獄へと姿を変えていく。

 竜種は寒さに弱いのが通例であるため、もしかすると我が配下共も影響を受けるかもしれんが、細事だ。この程度で死ぬならさっさと死ねばいい。少なくとも、我には全く問題がない。

 だが、火の精霊竜は文字通りの炎の化身であり、この冷気の中では身動き一つ叶わないだろう。そもそも火の精霊竜がいながら冷気に包まれているという状況自体、その力が完全に我に劣っているということなのだからな。

 そんな状況を作り出した我を前に人間の子供がなにやら驚いているが……その認識は、正しくはないな。


「――小僧、我が力は炎だ氷だなどと、そのような小さな括りの中にはない。――全てだ、我はこの世界に存在する全ての力を操ることができるのだ!」

「全て、だって……?」

「――我が(つかさど)るは自然の力! 我が所有するのは『星』の世界破片(ワールドキー)! 生物では決して抗えぬ大自然の猛威、それこそが我が力である!」


 我は己の力を声高に宣言する。

 星の世界破片(ワールドキー)は自然界に存在するあらゆる力を世界核(ワールドコア)から読み込み、再現できる。

 過去に大英雄と呼ばれた男をなす術もなく殺した嵐だろうが、大軍を一掃した火山の噴火だろうが、一つの種を滅ぼした氷河期が如き冷気だろうが、文明を滅ぼした大地震だろうが……全てをな。


「――知るがいい! 我に挑むと言う事は、すなわち星に挑むということであるとな!」


 人では自然には敵わない。否、人でなくとも己の住まう星の怒りに抗えるものなどいない。

 すなわち、我こそが最強なのだ。星を創造し、星を滅ぼすことも容易く行える“神”を除いてな。


「自然の力、か。なるほどそう言う理屈だったとはな。お前の脅威はよーく知っておるが、情報の穴を埋められたのはありがたい。ならば知るがいい、星をも蹂躙する人の力をな」

「――ヌ」

「最上位魔法の中でも、私のオリジナルだ。ありがたく受け取れ――【空術・次元断(スペーススラッシュ)】」

「――空間破壊攻撃だと?」

「如何にも。空間ごと斬り裂くタイプの特殊攻撃にはどんな硬度も無意味。何をどうしようが、存在するための空間そのものが傷つくのだからな」


 突如、下から形容しがたい魔力の刃が飛んできた。しかし避ける必要もないと鱗で受けたのだが、なんとその刃は我の鱗を切り裂き、肉を抉り、血を流させて見せた。

 どんな攻撃だろうが、我の鱗を砕くことなど不可能。そう思っていたのだが……まさか防御力そのものを無視してくるとはな。


「魔王はいずれにせよ強力無比。圧倒的な力を持つ怪物をどうやって倒すのか千年考え続けた答えの一つだ。これならいかに頑丈でも問題はない」

「――千年だと? 人間種の割には長寿だな」


 我に血を流させたのは、人間の老人だった。よく見てみれば上の隕石もあの老人によるもののようだ。

 人間種の生態には詳しくないが、千年もの時を生きるものだったとは少々意外だな。多少評価を改めるべきかもしれん。


 だが――


「――小さきこととは、哀れなものだ」

「……巨大すぎて、今程度の刃ではかすり傷にしかならんか」


 老人は疲れたかのようにため息を零した。

 今の一撃は、確かに我が鱗を斬り裂いた。しかしその程度、我が肉体の極一部をほんの少し傷つけたに過ぎないのだ。

 いくら空間ごと断ち切ることで硬度を無視できるとは言っても、魔力で編まれた刃であることには変わらず、絶対的な大魔力が渦巻く我が体内を貫通する事はできないのだからな。


「――術の発動媒体に他の人間を使っているのか。その消耗振りでは、我を殺すほどの威力は出せそうにないな」

「……なに、貴様如き前座に本気を出すまでもないだけのことだ」


 老人の側には更に数人の人間がおり、槍を構えているのと弓矢を持っている人間以外はかなり疲労しているようだ。

 術の発動を複数人で行っているのだろう。力の少ない人間種なりに精一杯工夫した結果なのだろうが、弱きこととは悲しいものだ。


「しかしな魔の竜王よ。生憎、ここにいるのは私だけではないぞ?」

「――フン。今の攻撃以外、我に敵と認識すべきものなどおらん。そこの冷気に蝕まれている精霊竜を含めてな」

「傲慢だな。いや、星の力ともなれば攻防共に優れていて当然。だが――世の中には、星を砕く力をもったものもいるものだぞ?」

「――なに?」

「未だ未熟ではあるが、その片鱗くらいは見せておる若造がそこにいるだろうが」


 老人の言葉に呼応するように、力の高まりを背後で感じた。

 これは、聖剣をもった子供の魔力か……?


「永遠剣シフルの『竜尾剣』形態は、言ってしまえば刃の鞭。力の全てを、切っ先に集めてこそ本領を発揮する。感謝するよ、魔竜王。貴方が僕たちを敵とも思わなかったおかげで、安心して全力を叩き込める」

「――ほう」

「【瞬剣・日輪ノ払】!」


 聖剣の子供は、聖剣ではないほうの剣を長く伸ばしてブンブンと振り回していた。一度回すたびに剣からあふれ出る四体の精霊竜の魔力が遠心力を伴って剣の先に集まり、一つの太陽のように輝いている。

 それを、回転の勢いそのままに我にぶつけようとしているのだ。不自然な高速状態を伴いながら。


「――星を落とすのに太陽をぶつけるか」


 四体の精霊竜の加護をぶつける。なるほど強力な力だろう。

 人間の範疇ではな。


「――少し認識が違うぞ、小僧。我は貴様らを敵と認めている。認めたうえで――さして警戒する必要などないと結論しているだけだ」

「……うわ。これでもかすり傷か」

「――無防備に受ければ多少の傷にはなったかもしれんが、防ごうと思っておればそれほど脅威でもない」

「思うだけで防げちゃうって程度なわけね……でも、まだまだ」


 人間の子供は再び剣を振り回し始める。今のをもう一度放とうというのか?

 しかし……いくらなんでも、そんな隙だらけの技を、二度も撃たせてやるはずがないだろうが。


「【魔王竜の(カイザー)……」

「やはり舐め腐っておるな。敵として認識していても、脅威としては認識していないというわけか」

「マクシスさん。今度は、貴方の矢に込めます――!」

「おう、どんとこい!」


 今度は下の者達の魔力が膨れ上がった。

 交互に攻めてくるつもりなのか? 片方を狙うともう片方が撃ってくるとは、鬱陶しいことだ。


「【次元破壊の矢(Dシュート)】!」

「――ならばもろとも吹き飛ばすまで! 【烈風】!」


 星の力を解放し、大嵐を巻き起こす。上も下も前も後ろもない、完全なる全包囲攻撃だ!


「でも、この矢は止められない」

「――空間破壊に妨害は無意味といいたいのか? だが、貴様らは砕け散るのみだ」

「そうさせないために、私たちがいる」


 烈風を起こしている空間を食いちぎって矢が飛んでくるが、あの矢が一本刺さった程度では大した損傷は受けない。

 逆にこの嵐で全滅するのみ――と思ったところで、槍をもった人間の女が前に出てきた。

 女は槍から魔力を放出し、何かをなぞる様に空を斬る。あれは……風を斬っているのか?


「星……自然の力。確かに強大だが、生憎暴風の扱いには慣れていてな」

「――なるほど、選択を誤ったか。風を無力化する術を知っているとはな。だが、お前達は防げても聖剣の小僧は死ぬぞ」

「あまり舐めないでくれない? 今の僕は、簡単には死なないよ」

「――聖剣の力による結界か? それは無意味、それを破れる強さで撃っている」

「だから、舐めないでくれない」


 聖剣の子供はまた光の盾を展開するが、それでは防げない。防げないはずなのだが――


「――強度が増しているだと?」

「僕はこの聖剣の力を完全に引き出せているわけじゃない。それは確かだ。だけど、それは逆に言えば――この聖剣は、まだまだ引き出せる力があるってことだ。人間が成長しないとは思わないで欲しいね」

「――バカな。一度発動するたびに進化しているというのか? そんなことが……」

「ムカつくだろう? しかし、それが天才と言う輩らしい。ところで魔竜王よ、矢が刺さっているぞ?」


 聖剣の少年は『前』にも見た。そのときも神には届かないとはいえかなりの力を秘めていたが、あそこにいるのは以前よりもずっと幼い。にも拘らず、前以上に実力を秘めているというのか?

 女神の介入……ではないだろう。もし女神が何らかの力を行使したのならば原種の人間など使わずに神造英雄を再び作り出すのが当然。それができないほど弱体化しているというのに、あの人間を強化する必要性を全く感じない。

 一体この『二度目』では何があったというのだ――と柄にもなく驚愕していたら、いつの間にか腹の下に矢が刺さっていた。先ほどの空間破壊の魔法を込めた矢だ。

 やはりというべきか、刺さったことにすら気がつかない程度の損害だった。だというのに、あの老人は何をそんなに――


「アレス」

「はいっ! 【聖剣の加護】!」


 聖剣の少年は光を刀身から放ち、老人に力を与えた。

 それは聖剣の能力の一つだが、何を企んで――


「そこに転がっている赤トカゲ。氷原ではまともに動けんかもしれんが、力だけは貸してもらうぞ」

「――火の精霊竜に魔力糸を伸ばし、魔力タンクとして利用する気か!」

「役に立つなら本望だろう――さて、体力的に考えて後何発持つかは知らんが、行くぞ」


 いつの間にか、氷の世界に閉ざされて地に落ちた精霊竜の元に無数の糸が伸びていた。

 それを伝って、あの老人が魔力を奪っている。魔法発動のための装置として仲間の人間を使うどころか、精霊竜すらも飲み込むつもりなのか――


「貴様の纏う魔力のせいで、お前の周りに空間転移は通用しない。だが――」

「俺の矢を基点にすれば、跳ばせるってことだ」


 我は初めて焦りの感情を持った。

 腹に刺さった小さな矢から、高熱が発せられているのだ。空間転移術を用いた、体内への火炎術の発動――


「【竜式炎術・竜炎(ドラゴン・フレイム)】」

「――ヌ、オォォォォォッ!?」


 体内から燃える。肉が爛れ、血が蒸発する。

 精霊竜の炎など何度食らっても我が鱗はびくともしないが、体内から燃やすだと――


「――されど、炎は封じている!」


 未だ大気を凍らせる冷気は健在。それを少し操ってやれば、挽回は十分可能――


『――魔竜王、聞こえるか?』

(――ッ! 魔人王か? 何用だ!)


 攻撃の対処と傷の手当を行おうとしたら、通信魔法で声が聞こえてきた。相手は魔人王だ。

 今は忙しいのだが、一体何用だ――


『緊急の提案だが、精霊竜を無視して封印の破壊を行うことにしたい』

(――何故だ? そのようなことをすれば、また時戻しが発動する恐れが)

『理由は抵抗勢力が想像以上に力をつけているため。負けるとは言わんが、100%勝利を掴む保証ができるほど弱くはないと判断した。ならば確実な復活を遂げていただくために切り替えるべきだろう』

(――確かに、予想よりは強いがな)


 このまま戦っても負けるとは思わないが、万が一がありえないかと問われれば否定せざるを得ない。

 正面から勝利し、封印を破るのがもはや確実な方法ではないならば次善の策を使うのはわかるが、時戻しがある以上それではダメだと散々話し合っただろうに。


『時戻しのほうは問題ない。発見した』

(――発見? 何をだ?)

『女神が創造した、時戻しを行うための物質。それを発見した。場所さえわかっていれば発動を封じることなど容易いだろう?』

(――それは、そうだが……いったいどこにあったというのだ? 千年探し続けても発見はできなかったのだろうが)

『予想外のルートから気がついてね。今目の前にいるのだ、一人小規模な時戻しの影響を受けた者がな』

(――どういうことだ?)

『名はミハイ・イリエ。私の配下の吸血鬼にして、今は裏切り私に攻撃を仕掛けてきている。その者は本来件の神造英雄の器、レオンハート・シュバルツに敗れ死亡したはずなのだが……何故か五体満足で私に抗っているのだ。さる理由により私はその原因こそが、死すらも裏返す時戻しであると確信した。ならばわかるだろう。時戻しがどこで発動したのかもな』


 魔人王は自信満々に断言した。詳細がわからぬ故我にはどうともいえないが、とにかく時戻しの場所がわかったというのは本当らしい。

 ならば――計画は確かに変更すべきかもしれん。


『よって、魔竜王。キミに再度提案しよう。精霊竜の破壊を破棄し、直接封印の霊地を破壊して欲しい。全力でな』

「――了解した」


 魔人王との通信を終了し、今の体内で燃え盛る炎を無視する。

 無難に勝利し魔王神の元へと参じるのは中断。確実な方法で封印を破壊するならば……もはやこの肉体は不要だ。


「――さあ、復活のときを迎えよう」


 体内の世界破片(ワールドキー)を起動。力を限界まで引き出し――我は、あるべき本来の姿へと戻る――。

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