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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔王の侵攻
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第199話 逆転

「し……信じられん!」


 水の民が暮らす大陸で行われている戦争。戦地に建造された砦の中で医療班として活動すべく山人族(ドワーフ)の技術者として派遣されたワシは、手元の資料を見て思わず叫び声をあげた。

 ワシの声に反応して負傷兵の治療に当たっている同僚たちが何事かと振り返る。全員死ぬほど忙しいからあまり注意を払う余裕はないはずなのだが、ワシの様子があまりにも異様に見えたのだろう。比較的手の空いているものが近づいてきたのだった。


「なんじゃ? 何があった?」

「そいつは……健康診断の結果か?」


 近づいてきた同僚二人はワシの手元を覗きこみ、書類の内容を知る。

 ワシが今手にしているのは、兵士全員に対して行われた健康診断の個人データのうちの一つ。今も魔王の一人と戦っているはずの水の民の英雄――レオンハート・シュバルツのものだ。

 機械による全ての計算が終了し、完成版のデータが自動的に出てきたのを偶々手にしたのだが……そこに記されていたのは、想像を絶するものだったのだ。


「レオンハート……あの英雄殿の結果か?」

「まさか、何か重大な病気でも見つかったんか!?」


 名前欄を見た同僚たちから不安の声が上がる。

 英雄殿の勝利こそがこの戦争の絶対条件。それを理解しているものとして、大きな不安要素があるのではないかと思ってしまうのは仕方がないことだろう。


 じゃが、そうではないのだ。


「違う。むしろ、逆じゃ」

「逆?」

「健康ってことか?」

「……数字が異常なんじゃ」

「……それがどうかしたのか?」

「怪物級の数字が異常なのは当然のことじゃろ」


 ワシの言葉に同僚たちは釈然としない様子だった。

 確かに、既に南の大陸に住まう住民の基本データは一般人300人ほどの協力の元入手済みであり、そこから正常異常を判断する事はできるようになっている。

 しかし、英雄と呼ばれる輩の計測値は異常そのものだ。血圧一つとっても、常人なら血管という血管が縦に裂けるような負担を「出力を上げるため」と言いながら平気で心臓にかけ、その状態で平然と生活しているくらいには。

 その他肺活量骨密度などなど……まあ常人なら計測ミスとしか思えない数値が出る。仮に真実ならなぜこいつは生きているんだというか、人形生物のどこにこんなもん仕舞っておけるスペースがあるんだと問い詰めたくなるようなのがごろごろ出てくる。


 だからこそ、同僚たちは数値が異常だといってもさっぱりワシの言葉の意図が理解できないのだ。


「ここ、見てみろ」

「うん? 規格外用理論的適性値……これは!?」

「なんと……!」


 ワシが指差した項目『規格外用理論的適性値』を見て、同僚たちはようやくワシの言いたいことがわかったらしい。

 この項目は、簡単に言えば異常な数字が正常な状態である英雄(かいぶつ)が本当に健康なのかを判断するためのものだ。通常の健康診断から得られたイカれたデータを専用の計算装置に入力し、様々な要素から『この規格外の肉体が健康と言える数値』を算出したものとなる。

 あくまでも理論なので絶対ではないが、こうして算出された数値にある程度近ければ問題なし――それが山人族(ドワーフ)医学会における英雄の診断方法なのだ。


「全ての項目で、理論値ぴったりだと……?」

「いくらなんでも、ありえんじゃろ。どれだけ健康でも絶対に誤差はあるはず……?」


 同僚たちは結果を見て首を捻る。ワシも同意見だ。

 結果だけから言えば、レオンハート・シュバルツは健康そのものだと判断するしかない。しかし全ての数値が『このくらいの数値なら健康』という理論値と完全に一致するなどまずあり得ることではない。可能性が0というわけではないが、それに近い現象だ。


「機械の故障か? それとも誰かがデータをいじったのか?」

「故障はありえんじゃろ。念入りに準備した新品なんじゃし。……パッと見てみても、これといっておかしなところはないようじゃしの」

「しかしデータを改竄するとか不可能……というより、そんなことする意味がわからん」

「個人のデータごとに理論値も変わるしの。そんなもんいちいち狙って改竄とか専門家でも面倒じゃぞ」

「入力データの打ち間違いでこうなるとか、それはそれで奇跡じゃしな」


 結果を前に『データがおかしい』と結論したくなっているワシらじゃが、どう考えてもそれはあり得ない。

 つまりこの測定結果が真実ということになるんじゃが……うむむ……。


「まるで、作り物みたいな数値じゃな。この決戦のため、確率すらも文句を言えない完全な身体を用意している、とでもいうのかの?」

「そんなことができるなら、それはもう神の所業じゃな」

「神か……そう考えると、なにか嫌なものを感じるな。まるで兵器の整備でもしているようではないか」


 絶対に勝利するための、完璧な調整が施された生きた殺戮兵器。

 この結果を前に、ワシらは技術者らしくもなくそんなことを考えてしまうのだった……。



「邪魔だレオンハート!」

「こっちの台詞だミハイ! ぼやぼやしてるとお前ごと斬るぞ!」

「よく言ったなレオンハート! 貴様も精々背中には気をつけておきな!」

(……やれやれ、これでは2対1というよりもバトルロイアルだな)


 私は乱入してきたミハイと共に襲いかかってくるレオンハートの攻撃を捌きながらも呆れてしまう。

 せっかく数の利を得たのだから、もっと連携なりなんなりできるだろうに、こいつらは自分勝手に一人で戦っているのだ。お陰でお互いの攻撃の動線がかぶり打ち落としあっているし、味方が巻き込まれるような規模の攻撃を平然と行う。

 結果として、こいつら私を攻撃するついでにお互いも攻撃しているのだ。これでは三つ巴と言った方が正しい――という無様な連携ということだな。


「……いつまで遊んでいるつもりだ? 私を前にそのような児戯、いささか不敬である」

「ッ!?」

「チッ!」


 流石に見ていて不快だ。私を前に不完全なものを見せるのは罪。罪には罰ということで、無詠唱による衝撃波の魔法を叩き込んでやったわ。


「――効くか!」

「そうだな!」

(……ん? 予想よりも復帰が二秒ほど早いな?)


 今まで集めたデータから算出して、今の魔法を受ければこいつらなら体勢を建て直して攻撃してくるまでに三秒かかると思っていた。

 しかし実際は一秒もかけずに剣を振りかぶり、槍を突きだしている。何か見落としがあったか……?


「どちらでもよいがな」

「――風術が俺に効くか!」


 世界破片(ワールドキー)の影響だろう。光の力が強すぎて(つね)の精霊化が行えていないレオンハート・シュバルツだが、しかし闇がなくとも風・水・光の三属性を吸収する能力は健在だ。

 おかげで私が発動した風術による攻撃は僅かな傷をつけることもできなかったが、それは当然想定内。本命は風に対する防御能力など持ち合わせてはいないミハイの方だ。


「――チッ!」


 ミハイは吹き飛ばされ、舌打ちしながらも後退する。しかしダメージのないレオンハートはそのまま突っ込んでくる。

 つまりは簡単に一対一に持ち込めるわけだ。


「お粗末すぎて連携と呼ぶ気にもなれんな」

「ぐおっ!?」


 死した達人より読み取った(ロードした)体術を使い、レオンハートを迎撃する。

 流石に頑丈だが、このまま削っていけばそのうち倒れるだろう。こいつ自身も達人といっていい技量は持っているが、世界誕生よりの記録の中にはそれ以上の技量をもつ存在などいくらでもいるのだからな。

 まして、身体能力では私が圧倒的に勝る。一対一では勝ち目がないことはわかっているだろうに、いったい何を考えているのか――


「――隙ありだ」

「おっと」


 レオンハートが吹き飛んだ瞬間に槍が伸びてきた。ミハイの吸血牙槍だ。

 ……この槍も懐かしいな。元はと言えば私の世界破片(ワールドキー)の弱点――と言うほどでもないが、制限のようなものである『道具を使った技の再現にはそのための道具が必要』という問題解決のために作った武器だ。

 血の支配能力を使うことで液体を硬質化させ、様々な用途に対応できるような武器というコンセプトの元に作成したのだったな。

 結局そんな武器を持っていたところで使う機会がないということで気まぐれに配下にくれてやったものだが、巡り巡って私に牙を向くというのも皮肉なものよの。


「しかしなミハイ。その槍でできることは当然私も知っている。ただ振るうだけでは傷一つ付けられんぞ?」

「クッ!」


 幻術による半実体による槍を作り出し、軽く払ってやる。同時に風術の弾丸を何発か撃ち込む。

 そう、私にはこの現実に干渉するほどの幻術魔法がある。これがあればどんな武装も自在に作り出せる以上、吸血牙槍は不要になったのだ。


「――【嵐龍閃】」

「殺す気か!」


 ミハイが吹き飛ばされたタイミングで、レオンハートが後方から魔力砲撃を繰り出してきた。

 後一秒でもずれていればミハイがひき肉になるところだが……わざとか?


「どちらでもいいがな」


 魔力障壁を展開し、嵐の砲撃を遮断する。あらゆる技術を自在に扱えるということは、どんな攻撃に対しても有効な手段を取れるということだ。当然この技を防ぐための魔法とて何の問題もなく使うことができ――


「【砲撃形態・消失の牙】」

(む、ミハイも砲撃か。タイミングを合わせてきた――偶然か?)


 まるで連携しているかのようなタイミングで追撃を仕掛けてきたミハイだが、偶然だろうと結論する。

 吹き飛ばされてから最速で体勢を立て直し、そのまま攻撃した結果このタイミングになっただけだろうからな。


「しかし闇の砲撃は私の専門だ」


 槍先が砲台となって繰り出された闇の魔力砲を左手で受け止める。中々の破壊力だが、私を倒すほどではないな。


「クソ、今のでもダメか」

「やはり貴様と組んでも戦力は半減するだけだな」

「……その言葉、そのまま返してやるよ」


 大技を撃ったということで、連中は仕切りなおしとしたようだな。

 しかし……確かに敵同士だったとは言え、もう少しまともに協力しようとは思わないのか?

 私が思うのもおかしな話だが、これでは茶番につき合わされているようにしか感じん。


「んじゃ行くぞ!」

「命令するな!」

(また同時に突撃か。速度と勢いだけは一人前だが……そろそろ殺すか)


 もう見られるものもなさそうであるし、殺して世界破片(ワールドキー)を奪うとしよう。

 存外詰まらん結果に終わった――


「ハッ!」

「死ねや!」

(ッ!? 鋭くなった?)


 先ほどの焼き増しになるかと思われた突撃だったが、完全に無力化したはずなのに頬を刃が掠めた。何故かその威力が増していたのだ。

 動きのキレが増している……何があったのだ?


「だが、多少の誤差で歴史を埋める事はできん!」

「――借り物の人の力で威張ってんじゃねぇぞ!」


 また技を変えて叩きのめそうとしたら、レオンハートの剣がわき腹を掠った。

 命中するはずがないのだが……何故だ?


「カアッ!」

「――なんだと?」


 掠っただけとは言え予想外の被弾に驚いていたら、今度はミハイの一撃が左肩を抉った。

 これは言い訳のしようがない直撃。様子見の時点ならばともかく、世界破片(ワールドキー)を発動させた私に直撃だと……?


「不思議な感覚だな!」

「ああ、まったくだ!」

(……気のせいか? 一撃ごとに鋭くなっているような……)


 一撃入れたことに気分をよくしたのか、二人は立て続けに攻めてくる。

 相変わらず連携も何もあったものではないが、防ぐのが一秒おきに困難になっているような感覚を覚える。

 いったい、何が起きている?


「フンッ!」

「オラッ!」

(――気のせいではない。間違いなく、この二人は攻撃のたびに成長している)


 信じがたいことだが、レオンハートとミハイ、この二人はこの戦いの中で強くなっている。

 死闘の中で成長するケースは珍しくないが、いくらなんでも一撃一撃撃つたびに進化するというのは異常だ。

 そもそも、ミハイはともかくとして種族としての限界を超えるくらいには鍛え上げているレオンハートがそんな簡単に成長するはずがない。楽に進歩できるような隙があるのなら既に身につけているはずなのだから。

 この謎を解かねば厄介なことになりかねんが……何が起きているのだ?


「どうしたミハイ! ちょっと遅くなったか!」

「フン、誰にものを言っている。俺のほうが速いに決まっているだろうが!」

「貴様ら、私の前で喧嘩するとはいい度胸だな」


 こいつらの態度に苛立ちを感じるが、ふと思いついてしまった。

 まさか、こいつらお互いを追い抜こうと意地の張り合いをしていないか? 相手が少し成長すると自分はそれより少し成長する……などという無限ループを構成していないか?


(いやいや、流石にそれはないだろう。隣に敵対する相手がいるから奮起するのはわかるが、それだけで強くなれるほど甘くはない。しかし事実として伸びているのは事実……何が――!)


 盾を作ってレオンハートの剣を弾こうとしたが、直前で刃を倒すことで逆に押し込まれた。

 僅かに体勢が崩れたところでミハイが追撃を仕掛けてきたのでまた傷を受けてしまう。この程度の傷、いくら受けても瞬間再生するので問題はないのだが……このままでは、それではすまない傷を受ける恐れもあるか。

 この二人は共に正義の世界破片(ワールドキー)を起動しているのだ。その効果により絶対なる攻撃を行える以上、下手をすると私ですら防ぎきれない攻撃に到達される恐れがあるからな。


「仕方あるまい。精霊竜を殺すためには温存して置きたかったが、そうも言っていられんようだ」

「やっぱり出し惜しみしてたな」

「仮にも俺たち吸血鬼の王だ。この程度が全力なわけないだろうが」

「軽口を叩いていられる余裕があるとは、ますます不敬!」


 言霊に魔力を乗せ、吹き飛ばす。しかし二人ともその場に踏ん張って留まるが、一瞬でも隙を見せたことに変わりはないぞ?


「絶望をくれてやろう――【闇術・破壊牢(ダークジェイル)】」


 両の手から二つの闇の玉を放ち、レオンハートとミハイに当てる。

 命中の瞬間玉は膨張し、二人を包み捕らえる。後は身動きのできないまま闇の中で消えていくのみだ。

 脱出しようと足掻いたところで、私の魔力から逃れる事は不可能。それだけの力を使うためにこちらとしてもかなりの消耗を余儀なくされるが、これで後はただ圧殺されるのみ――


「【明鏡止水・嵐龍閃】」


 眼前に二つ展開された闇の玉の中から、全てを無視して嵐の砲撃が飛んできた。

 あの玉の中から攻撃することなど絶対に不可能なはず――


「ヌッ!?」


 咄嗟に発動させた防御結界すらすり抜け、砲撃は私の左腕をもぎ取っていった。

 ……なるほど、これが話に聞いた力をすり抜ける技法か。世界核(ワールドコア)の記録に存在していないこの技……恐らくはレオンハートが考案者なのだろうが、中々に厄介だな。

 しかし、それを考慮して戦えば問題はな――


「ふん、なるほどこうするのか」

「……おい、人の技パクるんならもうちょっと苦労しろよ。俺がどんだけ苦労して習得したと思ってんだ?」

「人の技で戦うのは吸血王の専売特許だろう? これは俺が独自に身につけた技だから何も問題はない」

「……どういうことだ?」


 闇の玉からするりとレオンハートが抜け出してきた。それ自体はあの技がある以上仕方がないことなのだが、ミハイまで同じ技で出てきたのだ。

 話しぶりから察するに、こやつ……今身につけたというのか?


「貴様に出来て俺にできないことなどない。それは既にわかっていると思ったがな?」

「出来るようになる分には構わんが、もうちょいオリジナルに敬意とか何かないのかよ」

「敬意? それを言うなら、この俺に技の踏み台にしてもらったことへの敬意が足りないと言いたいのだがな」


 なんとも下らん会話をしながらも、この二人はまた何事もなかったかのように攻め立ててくる。

 このありえない成長速度、これは――


「なるほど、そういうことか……」


 私の中で全ての線が繋がった。この二人――というよりも、レオンハートの中にあるものの力か。

 神が作りし神を殺す兵器としての性能。どんな理由かは知らんが、今まで発揮されていなかったものがようやく機能しだしているということだ。

 同時にミハイの中にある世界破片(ワールドキー)は、レオンハートから分かれたもの。オリジナルの側にいることでその影響がミハイにまで及んでいるとなると……。


(……想定外だが、想定内だ。こうなってしまえば、計画を破棄し次善の策に出るべきかもしれんな)


 二人は急速に成長している。それはもはや常識の範疇ではなく、この世の者ならざる者の干渉すら感じるほどだ。

 それが正しいとするならば、自分の勝利を前提に据えて行動するのは間違いかとも考える必要がある。我らの目的は魔王神様の復活。それ以外のことに、拘る必要など――ない。


 かつて一度は魔王神様すら退けた神造英雄。その本来の力が目覚めつつあるというのなら、私の死すら計算に入れてやろうではないか。

 私はそこまで考えた後、無詠唱で通信魔法を発動させるのだった。


『――魔剣王、魔獣王、そちらはどうなっている?』



「カーラちゃんバージョンアップモード! これでらくしょーね!」

「……おい、これはどういうことだ?」


 戦場に現れ、しばらく戦った後――私の弟子、カーラは胸を張って立っていた。なんと言うか、いろんなものに喧嘩を売っている質量を張っているのだ。

 あれはなんだ? 私の弟子にあんなものはついていなかったぞ? ついでに何で身長まで伸びているんだ?


「今のアタシはおとー様から血を貰ってレベルアップしたスーパーモードよ! ついでにおっきくなったんだから!」

「血……なるほど、お前の父――魔人王軍副将の(ちから)を受け取ることで飛躍的なパワーアップを行ったということか。吸血鬼ならではの継承だが、何故大きくなる必要があった?」


 主に首の下で腹部の上辺りが。


(……純粋な強化ではなく、一時的な強化か。吸血鬼という奴は吸った血を自分のものにするはずだが、力がでかすぎて一時的なドーピングとなっているのだろうな)


 私は戦いぶりから考えた仮説について考える。

 戦場に現れてすぐ、今まで通りに子供の姿だったカーラが黒い光に包まれたと思ったら大きくなったのだ。

 年齢の頃は20代前半と言ったところ。不必要な胸周りの贅肉がとても気になる姿だ。中身は変わっていないようだが。

 能力は大幅に上昇している。そのおかげで、こうして魔剣王に膝を突かせることができたんだからな。


「ヌ、ウ……」

「まだ立てるの? しぶといわねー」

「当然だ。元々こいつは私たちよりも格上――お前が妨害してくれたおかげで大技を連続で叩き込めたが、本来余裕など見せられる相手ではないんだぞ?」


 カーラは強くなっていた。身に纏う魔力が大幅に強くなったことで、魔王とも戦いになるレベルまで成長していたのだ。

 おかげで魔剣王の剣を止めてもらい、その間に私が殴るという連携をとることができた。自分は魔王軍を裏切れない代わりに娘に力を託すなんてややこしいことをしたカーラの父、カーネルの奴には、ひとまず感謝しておこう。何故胸が大きくなる必要があるのかは問いただしたいが。


(このまま行けば勝てる。だが――これで終わってはくれないのだろうな)


 クン流の師弟として魔王を倒す。それは実に胸躍る話だが、まだまだ勝利を確信するには早い。

 鎧をあちこち凹ませながらも立ち上がり、剣を握りつつ何かぶつぶつ言っている魔剣王を見る限りはな。


「――魔人王、お前の作戦に従おウ」



「ぐあ……」

「獣の狩りはそろそろ終わりにしたいんだけど、流石にしぶとい」

「三対一でここまで苦戦させられるとは、流石というべきか」

「だが、もう一息だ」


 一人で魔獣王と戦い、手も足も出なかったころから一転。今僕は応援に駆けつけてくれたオオトリ殿とザグ殿とチームを組み魔獣王を追い詰めていた。

 元々、僕は直接戦闘タイプではなくサポートタイプだ。魔術師は前衛を勤めてくれる仲間がいてこそその本領を発揮できる。すなわち、チーム戦こそが最強となる条件なのだ。

 まして、協力してくれる仲間は二人とも英雄の領域を超えた戦士。そんな戦力を持ってなお負けることなど、ありえない。

 僕は基本に忠実に、味方を強化し敵を弱体化させる。それに徹すればいいんだからね。


「にしても、流石ですなクルーク殿。貴殿の魔法の冴え、見事でした」

「全くだ。ワシもここまで気分よく武器を振れたのは初めてだったぞ」

「どーも。でも、これくらい出来なきゃ魔術師は名乗れないんでね」


 今、魔獣王は僕の作り出した縛術の鎖で縛り上げられている。

 しかしこんなものを振り払うのに二秒もかけないだろう。一人だったら捕らえても砕かれてお終い――だけど、仲間がいるなら僕はその二秒を使って更なる拘束を行えばいい。

 僕が敵を倒す必要はない。攻撃は仲間に任せ、役割分担をしっかりと。これだけできれば、これだけの実力者が揃っているのなら――魔王にだって勝てるさ。


「……魔人王、つまりはどういうことだ?」

「ム? 何か言っているぞ?」

「……通信魔法かな? 誰かと連絡を取り合っている……?」


 捕らえられたまま、魔獣王は誰かと話をしていた。

 何を話しているのか傍受するのは難しいけど、何か嫌な予感がするな……。

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