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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
見習い騎士試験 第二次
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第18話 激闘

「待ち望んでいたぞ、この戦いをな」

「……そう」

「前回は中途半端に終わってしまったが……今日こそ我がクン流の力、その体に教えてやる!」

(いや、もう十分知ってるッス。その四肢が凶器なのは)


 戦闘開始前からテンションマックスのメイさん。こっちはそんな気力だけで押され気味なのに、見てるだけでわかるくらいに魔力高ぶらせないで欲しい。

 まあ、これから戦うんだから間違ってないんだけどさ。俺個人的にその喜悦と殺気の混じった闘気が肌に刺さって痛いだけで……。


(はぁ……胃が痛い……。でも気迫負けしてる場合じゃないよなぁ……)


 元々暴力には無縁の人間だった俺としては、この戦闘前の緊張感がたまらなく胃にくる。親父殿との模擬試合には流石に慣れたけど、まだまだ戦いそのものには慣れないなぁ……。

 でもま、いつまでも情けないこと考えてる場合じゃない。今は何でもいいから、とにかく意識を戦いに集中しないとな。


(相手はメイさん。恐らく初手はいつもの突撃技だろう……。上手く避けてカウンターを合わせられればベストかな)


 俺達は今、共に試合開始の合図を待っている状態だ。これが稽古だったら有無を言わさず斬りかかっているところだが、試合である以上は待たなければいけない。

 試合開始と同時に攻めて来るだろう、メイさんの動きを見失わないようにしないと――


「――第八試合、始めぃ!」

「【気功拳・空拳砲】!!」

(ッ!? 読みが外れたか――)


 戦闘開始と同時に突っ込んでくるかと思ってたけど……外れたか。メイさんの初手は魔力波動をぶつける遠距離攻撃技、空砲拳だったんだから。

 さて、ある程度実力が拮抗している者同士が戦う場合、結構読みが外れるって厳しいんだよね。どうすべきか……。


(風斬羽で空砲拳を斬るのは前に見せたし、多分一度見せた技を使ったのは誘っているんだろうな。一度見せた技は対策されているものと考えたほうがいい相手だ。ならばここは……わかっていても問題ない力で行くか!)


 同じ状況で同じ技を使うのはあまり上手くない。もしそれが予測されていた場合、更に追い詰められる事になるからな。

 ここは序盤のペースを掴む為にも、初っ端から本気で行くか!


「【加速法・二倍速】!」

「むっ!」


 最初の一歩に躓いたときは、とりあえず仕切りなおすのが一番簡単だ。相手は手を抜いて戦えるようなぬるい戦士じゃないんだし、温存とかはとりあえず忘れよう。


(自分から突っ込んだのならともかく、回避目的で加速すれば空砲拳を避けるのは全く難しくない。でも避けるだけってのもな……)


 ここでいきなりペースを握られたくないからとりあえず加速したが、次どうするかな。横っ飛びで空砲拳は避けたけど、やっぱ加速している間に斬りかかるべきか――ッ!?


「【気功拳・魔手扇風(ましゅせんぷう)】!」

「なっ!? 空砲拳を、叩いた!?」


 空砲拳の魔力衝撃波を避ける為、加速状態でも俺は一瞬意識をメイさんから逸らしてしまった。

 その意識の隙を突き、メイさんは自分の放った衝撃波を追った。そして、またもや魔力を込めた平手で叩いたのだ。

 衝撃波を叩くってどんな理屈なんだと叫びたいが、実際叩いているんだからしょうがない。それによって無理やり軌道修正された空砲拳が俺に向かって飛んできている以上、今考えるべきはこれへの対処法だからな!


(つってもどうする!? いくら加速していようが、地に足がついてない状態でできる事なんて無い! こんなことなら真後ろに跳ぶべきだったか!)


 俺は空砲拳を横っ飛びで回避した。その一瞬を狙われたため、今の俺は加速状態の引き伸ばされた時間の中で地に足がつくのを待っている状態だ。

 足がつくと同時に更に走って避けられればそれがベストだけど、メイさんは俺のリズムを完璧に読みきっているようだ。なんせ、叩いた衝撃で角度と速度をコントロールし、俺が着地予定ポイントへと到達するタイミングで迫ってるんだもんな!


(避けるのは無理。ならば、加速を解除して全力防御しかない!)


 加速法はその性質上、速力以外の能力がほんの僅かに落ちてしまう。まあ最終的には上昇した速度により全能力を補えるからいいんだけど、速力が殺されると脆さが途端に浮き彫りになっちゃうからなクソッ!


(加速解除! 全身を固めて衝撃に備える!)

「フッ。やはり、加速法を修めた相手には奇手が効果的だな。あまりにも速すぎる為、一度動くと自分でも止められないのが加速法の弱点だ!」

「……ッ! 流石、よく知ってるな!」


 一見すると、加速状態の間は無敵のようにも感じられる。よほどの超範囲攻撃じゃない限りは絶対に避けられるし、この状態での攻撃を避けるどころか受け止めることも難しいだろう。

 もちろん、そもそもの実力に差がある場合はその限りじゃないけど、通常状態でまともに打ち合える相手ならば確実な先手が取れる技だ。

 でも、この世に完璧なんてものは存在しない。もし本当に加速法が絶対無敵の能力だったら、この世の戦士は全員加速法使いになっているだろうしな。


(加速法の弱点。それはあまりにも速すぎて、使い手自身すら速度を制御しきれないことだってか!)


 元々、限界を超越する能力を発揮するのが三加法だ。通常ではまだたどり着けない領域に強引に足をねじ込んでいるのに、その力が制御できるわけがない。

 ……と言う風に親父殿からも習ってたけど、こう言うことだったのね。加速状態で動き出したら自分の意思でも止まれないか。少々痛みを伴いそうだが――もう忘れないと誓うよチクショウッ!


「ぐはっ!」


 結局、為す術無く空砲拳の直撃を受け、俺はそのまま吹き飛ばされた。

 そして、メイさんがこの隙を逃すはずも無い。ハンマーでぶん殴られたような衝撃と共に魔力衝撃の中でもがいている俺に向かって、今度こそ真っ直ぐ突っ込んできたんだからな。


「弓肘突破!!」

(前の戦いの奴か! 狙いは右肘を前に出しての体当たり。今の状態じゃ避けるのは不可能だし、剣で受けるしかない……!)


 せめてもの抵抗として、剣の刃を前に置いておく。どうせメイさんは肘にもプロテクターをつけているし、あまり効果は無いかもしれない。だが、それでもノーガードよりはましだろう。

 その予測は当たらずとも遠からずと言ったところで、何とかメイさんの肘鉄を剣で止めることはできた。カウンターの効果は無かったようだが、まあいいだろう。

 何て安心していたら――即座にメイさんの次の一手が襲い掛かってきた!


矢腕形打(しわんけいだ)!」

「なっ! ぐあっ!!」


 右肘と剣がぶつかると同時に、肘の後ろから左掌打が伸びてきて俺の胸を打った。その衝撃に耐えられず、俺は更にぶっ飛ばされてしまった。


(き、効いたぁ……! 今の打撃はまさに矢。右肘を弓に見立て、左腕を矢にした超接近戦用の技か!)


 今の掌打、もっとも特筆すべき事は前に出していた右肘で一瞬だけ腕を止めることでタメを作った点だ。さながらそれは大規模なデコピンと言ったところで、本来まともに力なんて乗せられないはずの距離でも思いっきり食らっちまったよ。

 しかし、さっきから一体何なんだ? まるでこっちの動きが全部読まれてるみたいに次々と攻撃を受けちまってる。このままじゃ、ホントにやばいぞ……ッ!


「ハァァァァァァ!!」

「クッ! ヌゥ! チィ! ほ、ホントに俺の心でも読んでるのか!?」


 吹っ飛んだ俺に対し、メイさんは息つく暇も無い拳のラッシュで勝負をかけてきた。

 一撃一撃が俺をぶっ飛ばすのに足る威力を秘めた凶器のような突き。しかも、それが何故か俺の防御をすり抜けるかのようなコースで向かって来てる!


「シュバルツ、お前こそ……一体どんな体をしているんだ? これだけ当てても全く崩れんとは、ソウザ殿とは違った意味で驚異的な耐久力だな!」

「クッ! 生憎と、打たれ慣れてるんでね!」


 不幸中の幸いなのは、今のメイさんの連打は回転重視で威力に欠けるって点だ。まあそれでも軽く意識が飛びそうになるんだけど、毎日三途の川一歩手前まで追い込まれているのに比べればマシだ!

 ……なんて強がってみるけど、これはホントにヤバイ。要するに、今の俺は根性論で気絶だけは堪えてるだけってことだからな。

 こうなりゃ、お約束で悪いがもう一回行くぞ……!!


「か、【加速法】!!」

「……ふんっ!」

「っと、この状態なら当たらん!」


 さっきみたいに不意さえ突かれなきゃ、加速状態で攻撃を避けられないなんてありえない。

 まあ自爆技も同じである加速法を緊急回避の為だけに使ってる時点で大分まずいんだけど、とにかく今の内にペースを立て直さないとな。


「よっと!」

「む……距離をとったか」

「加速解除……からの加速!」

「っ!?」


 とにかく距離を取る。じゃなきゃ、突撃技で相手を崩してから連打をかけるメイさんの基本戦術から抜け出せない。

 でも、加速法には肉体への負担ってリスクがある。それは加力法を使うメイさんもよく知っているだろう。

 だからこそ、だからこそ行くんだ。一度加速法を使えば、体内魔力を整えるまでは加速する事は無い。もし無理にやれば、負荷が倍増する破目になるんだからな。

 その思い込みを、当然の思考を突く。俺の動きを完全に読みきっているメイさんだが、流石にこの奇襲は予測できないはずだ!


「瞬剣・牙獣突破!」


 剣を真正面に構え、速さに任せた正面からの刺突体当たり。メイさんの十八番を奪い、俺からの突撃技だ。

 心の隙を突いた上での瞬剣。一応急所は外すが、流石に対応できないはず――


「いや、それも読めている」

「なっ!?」


 最小限、本当に小さく素早い動きで、メイさんは俺の剣を下から手で払った。動きに無駄を無くすことで、俺の速度についてきたんだ。

 そんな芸当、俺がどこを突くのかわからないとできる訳がない。メイさんの言葉はハッタリじゃない。本当に、俺の動きを事前に読みきっているんだ。

 これじゃまるで、親父殿と戦ってるようじゃないか……!


「クン流・奈落投げ」


 剣を払われ、狙いを外しても俺は止まれない。加速法を使った突進を止めることなどできるわけがない。

 結局、メイさんに体ごとぶつかってやろうと方針転換して突っ込んだら、腕を取られた上で自分の体を軸にした縦回転の投げ技にかけられた。


(な、投げだと!? 今までメイさんが使ったのは全て打撃技だったはず! 投げなんてあるのかよ!?)


 加速法の連続使用で心の隙を突いたつもりが、逆に俺が『メイさんは打撃技だけだ』って思い込みを突かれてしまった形となった。

 しかも、この技は敵の速さをそのまま投げの勢いとして利用するタイプのものだ。それはつまり、加速法によって俺ですら制御できない速さがそのまま俺へのダメージになるってこと。

 おまけに叩きつけるのは顔面からの即死コース。俺に止まる手段は無いが、マジでこれは死ぬかも――


「グボッ!?」

「……流石に、これで終わりかシュバルツ?」


 轟音を立てて、俺は頭から地面に落ちた。

 全速力をそのまま跳ね返す投げ技。俺の天敵みたいな技だけど、まさか加速状態にキッチリ合わせられるとは。

 ……あ、やばい。脳が揺れる。これは、流石に意識が……。



(……終わりか)


 父上に教わった、対超高速型の格闘技術。二週間の付け焼刃でどこまでやれるかは不安だったが、上手く行ったようだな。

 これで、シュバルツの剣士への借りは返した。クン流は、決してシュバルツの剣に劣っているわけではないと証明したのだ。


「さて、審判。判決を――」

「――ぬりゃっ!!」

「なっ! クッ!」


 な、なんだ!? いきなり何かが肩を打って――って、シュバルツか!?

 まさか、思いっきり頭から地面にめり込んでいたシュバルツが反撃してきたと言うのか? 頭で逆立ちした状態から、意識を失うどころか蹴りを入れてきたと言うのか!

 とてつもない耐久力。柔軟性。そして、根性だ。流石はシュバルツの名を持っているだけの事はある。かつて父上を倒した男の、あのガーライル殿の後継者として相応しい訓練を受けているらしいな……!


「あー……」

「な、なんだ? 気絶している……のか?」


 立ち上がったのはいいが、シュバルツの目は完全に焦点が合っていない。あれは気絶してると思うのだが……何故立っているのだ?


「ぬ……おぉ……あれ? ここは一体……?」

「き、気がついたようだな?」

「あーそっか。投げられたんだっけ。いや、今のは死ぬかと思った。ホントにやばかったよ……」

「……謙遜するな。今程度で死ぬほどやわではあるまい」

「いやいや……普通は死ぬと思う……」


 ……若干目が揺れているが、はっきり意識を取り戻したようだ。

 父上からは『ガーライルの指導を受けてんだったらこのくらい大丈夫だ。むしろトドメに数発打ち込んどけ』と言われていたが……やはり父上の教えには従うべきだったな。

 正直綺麗に入りすぎたと手を緩めてしまったが、あの程度では全く動じないのか……。


「うー……首痛い。一瞬意識飛んじゃったし、今のは本当に危ないって……」

「やはり気絶していたのか?」

「え? うん。流石にあんなの食らったら気絶くらいはね」

「その割には、随分早い目覚めだな。いや、それ以前に何故立っている?」


 確かに、一瞬ではあるがシュバルツの戦意は消えていたはずだ。だからこそ終わったと思ったのだが……本当に一瞬で意識を立て直したというのか?

 だが、今のは一瞬で意識を戻したと言うよりは気絶しながら立っていたと言った方が正しいような気がしたぞ。今の蹴りがとんでもなく鋭かったのも気になるが、一体どう言う事なんだ?


「ああ、まあ……意識を失うのとか割と日常だし」

「は?」

「いつも模擬試合中に気絶させられた後、三秒以内に立ち上がらなかったらとあるクソジジイの実験台にされる罰ゲームが待ってるんだよ。おかげで気絶しても立ち上がり、とりあえず一撃入れるなんて妙な特技が身についちゃったのさ……」

「す、凄まじいな……」


 その何某の実験とやらはよくわからないが、流石あのシュバルツの家だけあって壮絶な修行をしているようだな。

 確かに実戦の場で気を失うなど、殺してくれと言っているも同じ。その理論には同意するが……だからと言って気絶しても立ち上がれるように刷り込むなど正気か?

 いくら父上でも、修行中に気絶したら手を止めてくれるくらいの事はするぞ……。


「っと、いけないいけない。まだ試合中だったよね?」

「あ、ああ。まだ戦いは終わっていない」

「んじゃ、今度こそ行くぞ! 【加速法】!!」

「クッ!」


 全く予測してなかった事態に、一瞬戦いの流れを見失ってしまう。そして、防具の上からとは言え一太刀貰ってしまった。

 勝利したと確信したときがもっとも危険な瞬間である、か。父上の教えをこうも忘れるとは、やはり私はまだまだだ。

 だが、一撃以上を許すつもりはない。心を静め、シュバルツの“気影(きえい)”を見定めろ……!


(上段からの肩狙い。その後は左前蹴りのフェイントを入れた後接近して左肘からの二段斬りか)

「なっ! 当たらない!?」

「全て読めている。加速法でいかに私よりも速くなろうとも、事前にわかっていれば避けられないことはない」

「く、そっ!」


 私の最大速度を遥かに上回る斬撃の攻撃群。だが、それらは全て見えている。

 二週間前に父上から伝授された、自分よりも速い相手と互角に戦う為の技術。敵の次の動作を予知する“気影を見る”技術。

 戦士として一段階上に上がったものだけが見る事のできるステップと言っていたが……確かにこれは凄い。この技術を持っていない者と持っている者では、圧倒的な差が生まれる。

 この敵の次の動作を表す”気影”が見えていると言うことは、事前に自分の防御を、攻撃を教えてもらっているようなものだからな。

 そんな攻撃など絶対に当たらないし、そんな防御をすり抜けることなど容易いことだ……!


「ま、マジで俺の動きを全部事前に察知できるのか!?」

「ああ、気影を読む技術を体得した者ならば、その段階に達していない者の動きなど手に取るようにわかるのだ」

「き、きえい……?」


 言うほど簡単ではないがな。それ故に僅か二週間では付け焼刃にもならなかったが、先ほどソウザ殿と戦う事ができたのは僥倖であった。

 彼も完璧ではないにしろ、気影を読む技術の入り口くらいは見えていた。それこそがあの完全防御の正体であり、父上の教えを私の中で形にするのに大きく役立った。

 もし彼との戦いで経験を積めなければ、これほどこの戦いの流れを読むことはできなかっただろうしな。


「グゥ! やばい、もう加速が……」

「限界だろう? 加速法の連続使用には驚いたが、その分負担も大きいはずだ……!」


 シュバルツの動きが、目に見えて遅くなってきた。この速さならば、こちらの攻撃を入れることも可能だ。流石に加速状態のシュバルツ相手に攻撃するほどの余裕は無かったが、これならばいけるな。

 今こそ使おう。父上から授けられた、もう一つの必殺を!


「行くぞ? 死んでくれるなよ……」

「な、何をする気だよ!?」


 シュバルツは、加速状態を停止しつつも冷や汗を流している。自分の攻撃が全て無力化されている最中に必殺を宣言されれば、不安になるのもわかるがな。

 何よりも、今から放つのは我が流派における究極の一つ。私の持つ技の中では最強の一撃。貴様の耐久力でも、まともに受ければ一撃で沈むだろう。

 その気配を、感じ取っているだろう? シュバルツ!!


「はっ!」

「……へ?」


 狙うのは、拳における格闘術の基本中の基本である正拳突き。前腕と手の甲を平行にし、拳を最短距離で飛ばす基本技。

 クン流における奥義であると同時に、基礎を学んだものならば誰もが使える基本技でもある。

 だからだろう。シュバルツが一瞬唖然とした後カウンターの流れに入ったのは。こんな基本的な技なら、上手く捌いて自分のペースを取り戻せると思っているのだろうからな。

 しかし、それこそが油断だ。これは代々クン流の後継者達が学んだ全てを複合させ、外見上は正拳突きであっても、その実あらゆる技法を内包した必殺の一撃に変化しているのだからな。

 私ではまだこの奥義の一割も再現できないが、基本技を進化させた技である性質上、未熟者であっても形だけならば使う事ができる。

 いわば、この技そのものがクン流をどれだけ身につけているかを示す試金石。クン流の技法をどれだけ自分のものとしているかが試される流派の象徴。

 その威力、その身をもって味わうといい――


「【絶招(ぜっしょう)極正拳(きわみせいけん)】!」

「こ、これはっ!?」


 シュバルツは私の正拳に対し、拳の内側に手を入れて弾こうとする。だが、それは気影によって既に見えている対処だ。

 故に体を一歩進める事で打点をずらし、極正拳を真っ直ぐ胴体へと吸い込ませる。それと同時に魔力、身体運用、拳の握り、重心移動、その他あらゆる技術を駆使して破壊力を増幅させる。

 インパクトの瞬間に僅かに打点を逸らすことで意識的な防御が無い場所を突く暗拳。衝撃を拡散させずに後方へ打ち抜く浸透拳。体ごと押し込むことで二乗の衝撃を与える重拳。

 その他私の持つ技法を、全て一つに纏め上げて放つ。これこそ極正拳。クン流が伝える技術の結晶。私の打てる最強の技。

 さあ、これでも立っていられるか……!?



「例の作戦は、上手く行っているのかね?」

「はっ! 上手くもぐりこませることに成功しました」


 私は組織の幹部の一人、魔法研究者イビル様の質問に淀みなく答えていく。

 我々の組織が開発した改造モンスター。その内の一体を人化の法を使って人の中に紛れ込ませることに成功したと。


「ふむ。それは上々だ。それで、制御はきちんとできているのかね?」

「はっ! 今のところ、暴れだすことなく潜伏しているようです。戦闘に入っても問題なく制御できるかと思われます」

「そうか。前回の失敗は、下手に自我のあるモンスターを使ったのが原因とされていた。ならば自我を持たない無生物モンスターを使えばよいと言う発想だったが……今のところは成功か」


 我々はモンスターを改造し、強化すると共に支配することで強大な兵力を生み出す計画を進めている。

 その試作段階。能力的に単純なオーガ種を強化する実験によって産まれた強化(コンバート)モンスター第一号が先日脱走してしまったのだ。

 単純なだけに頭も悪く、支配することは簡単だと言う試算だったのだが……その目論見は外れたのだ。研究者達によると、こちらの指示を理解することすらできないのが原因だったらしい。

 ならばもっと頭のいいモンスターをベースにするのも一つの考えなのだが、それはそれで謀反の恐れがある。支配対象など、愚鈍であるのに越した事は無いのだ。

 そこで、モンスターの支配をより強固にする研究と共に考案された第二のアプローチ。それが自我を持たない無生物モンスターの強化改造だ。

 逆らう意思も自由意志も持たなければこちらの命令を100%聞くはずだ、と言う発想だな。


「まあ、所詮は試作品だ。まだまだ試行錯誤の段階にあると言っていい。失敗しようがそれを次に生かせるのならばそれでいい」

「はあ……」

「しかし、しかしだよ君。失敗するだけならまだしも、『成功しても役に立たない』などと言われては困るのだよ。それは……わかっているね?」

「は、はい! もちろんです!」


 一瞬ではあるが、イビル様の気配が不機嫌そうなものに変化する。

 我々は法の裏側で生きる影の人間。犯罪者。故に、部下の一人や二人気まぐれで殺すくらいの事は全くおかしくない事だ。

 故に、私は自分にできる限り背筋を伸ばして少しでも機嫌を損ねないように努力する。こんな他の者の失敗のとばっちりで殺されては溜まらんからな。


「まあね、別に現役騎士クラスに遅れを取るのは構わんよ。我々の最終目標は最強のモンスターを作る事ではなく、最強の軍勢を作ることだからね。しかしぃ……それでも弱すぎていい訳がないよね?」

「いや……あの、第一号も制御こそできませんが十分強力で……中級騎士くらいまでなら余裕を持って倒せる力があったはずですが……」

「うん。それは知ってるよ。でもね、世の中って結果が全てなのよこれが。例え能力的には中級騎士を殺せようが、実戦で見習い以下の子供に倒されちゃったら評価はそうなっちゃうのよやっぱり」

「…………」

「だからさ……なんとしてでも雪辱を果たせ。いいな?」

「りょ、了解です!!」


 完全制御を可能にする、無生物モンスターの強化実験によって作られた強化モンスター第二号。

 それが、今現在とある場所に派遣されているのである。それも、組織内における強化魔物計画コンバートモンスタープロジェクトの威信を保つ重要任務に。

 それこそが、見習い騎士試験第二次試験場。従来の参加者を闇討ちし、我らの強化モンスターを紛れ込ませた場所だ。

 目的は、戦闘データを取ること。第二号自体はそこで破棄する算段だが、一体でどこまで騎士団の実力者と戦えるかを知るのが目的だ。

 上級騎士や副団長クラスが出てくれば流石に破壊されるだろうが、中級騎士くらいまでなら数人殺すこともできるはずだしな。

 だが、それは主たる目的ではない。最大の目的は、第一号を殺したとされる見習い騎士試験受験者を殺すこと。

 特に、実際に手を下したとされる受験者、レオンハート・シュバルツの息の根を止めることだ……。

いい加減戦いばっかでしたし、そろそろ裏でストーリーが進みます。

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