第189話 世界破片との戦い
――決戦前夜。
「……ん? ロクシーの足音か?」
既に太陽は沈んでいるころ、与えられた部屋で一人世界破片制御のための精神集中を行っていた俺は一人分の足音を聞き取った。
それは覚えのある足音であり、同時に聞きなれないものでもあった。何度も聞いた人の足音を聞き間違えるほど俺の五感は鈍くはないが、しかしこの音の隣にはいつも複数の音が伴っているのだ。
例え姿は見せなくとも、常に何人かの気配を消した護衛が控えている。ロクシーの足音とは、つまり特に隠さない本人のものにかすかな護衛数名の音が混ざったものだったのだ。
だが――
「こんばんは、シュバルツ様。夜分遅くに失礼しますわね」
「ああ。珍しいな、一人なんて」
「あら? そうですか?」
「表面上はともかく、“影”の人までいないなんて今までなかっただろ?」
「……表に出ないことを至上にする“影”もシュバルツ様の前では形無しですわね。そっちの専門でもありませんのに」
ロクシーはちょっと複雑そうに笑った。
まあ、影――マキシーム商会の諜報部隊みたいなもん――の皆さんは隠れるのが専門であり、それを発見するプロというわけでもない俺にばれるというのは些か不満なのだろう。
実際、俺自身は鍛え上げた五感に頼っているだけで特別な技術を習得しているわけでもないしな。特別な特殊能力ならあるけど。
「で、どうしたんだ? 護衛も付き人もなしで」
「……いえまあ、特に用事というわけではないんですが……」
ロクシーは珍しく歯切れの悪い返答を返してきた。いつもはもっと自信満々にズバズバ言ってくるのに、今日は本当にどうしたんだ?
「……明日、でしょう?」
「ん……そうだな。連中が約束を守ればだけど」
「ええと……もしかしたら今生の別れになるかもしれませんし、顔を見ておこうかと思いまして」
「おいおい……」
何やら一瞬迷った様子だったが、すぐにいつものように口角を上げて不適な笑みをつくり、なんだか挑発的な言葉を発してきた。
別にそれが悪意ある言葉ではないのはわかっているが、じゃあなんなんだろうか? まさかロクシーに限って『心配だったから』何て理由で会いに来るわけないし……。
「……はぁ。まあわかっていたことですけど、本当に脳みそまで戦闘で埋め尽くされているんじゃありません?」
「えー……いやまあ、決戦前夜だし、むしろそうなっているべきというか何というか……」
「まったく、この戦闘バカは本当に……。いいですか? シュバルツ様」
「あ、はい。なんでしょう」
ロクシーはため息を吐いて脱力したと思ったら、急に妙な迫力を醸し出してきた。何だか逆らえない雰囲気につい俺は姿勢を正して敬語になってしまったほどだ。
「あのですね、本当はこのようなことを口にするのは淑女として恥ずべきことなのですが、言わなきゃわかりそうもないその鈍い頭が相手では仕方がないので言いましょう」
「は、はい。すいません」
「いいですか、その……ですね。つまりアレなんですよ」
「いや、アレと言われても……」
世間一般では『アレ』で理解できなきゃ鈍感なのだろうか?
俺の認識としては、その領域に立つのは十年以上の経験値をもったベテラン夫婦くらいなもんだと思うんだが……。
「……だからですね!」
「お、おう」
「――そもそも、いい歳した殿方の部屋に女性が一人できた時点で察しなさい!」
「へ……?」
モゴモゴしていたと思ったら、何か怒りのゲージが貯まったのかいきなり怒鳴られた。
本当にどうしたんだロクシーは。いつもだったら冷静沈着に理路整然とした話の組み立てをするのに、今日はいろいろ無茶苦茶だ。
正直偽物じゃないかと疑い始めるレベルで様子がおかしいんだけど……というか、部屋に来たからってなんだと……って、ん? もしかして今の状況って、若い男女が夜の部屋で二人っきりってことなのでは……?
「あ、えと、その、あー……えっと……」
「……その慌てっぷり。ようやく察したようですわね」
脳みそがストライキを起こしたかのような有様であたふたする俺に、こんなときでもなけりゃ「熱でもあるの?」と聞きたくなるくらいに顔を真っ赤にしたロクシーはプイッと顔を背けた。
えーと、つまりなんだこれは? この状況におけるcorrectなanswerは――
(いやいや待て落ち着け俺。言語が無茶苦茶になってるぞ)
頭の中が一瞬にして壊滅状態に陥り、何だか意味不明なことになっている。
でもこのままフリーズしているわけにはいかない。何をいうにしても、このまま固まっているのが最悪であることだけはわかる。
「……こほん。あー、まずはお互いに落ち着こうかロクシー君」
「……意見には賛成しますけど、テーブルに座って椅子に水を注いでいる人が落ち着いているとは思えませんが」
おっと、これはいけない。冷静にできる男を演じながら優雅にお茶でも勧めようと思ったら、何故かテーブルの上で水を撒く男になっていたようだ。
……うん、本当に落ち着こう。さっきから常に発動させている世界破片の安定が無茶苦茶だ。というか、押し寄せてくる思念がどいつもこいつも野次馬のように感じるのは俺だけなのか?
「……ふう、で、一体どうしたんだ本当に? 変だぞお前」
「今のあなたに言われたくはありませんが……まあ、そうですわね。確かに今のワタクシは冷静ではありません。ですが、こんなことシラフでいうなんてできないじゃありませんか」
「お、おう。何? ちょっと酔ってるのか?」
「ほんの少々。勢いつけようと思いまして」
「そ、そうだな。勢いは大切だな」
何が大切なんだろうか?
こんな生産性のない話をいつまでもしていても仕方がないんだぞ。いい加減核心に触れろ、俺。
「えっと、その……」
「そんなに固くならずとも……別に今すぐ何かしようというわけではないんですわよ?」
「え? そうなの?」
「はい。大体、明日が決戦なのに体力消費してどうするんですか」
「あ、そうですよね。そりゃそうですよね……」
ロクシーはちょっと呆れた様子でそう言った。
俺としては何かいろいろ想像して期待していた分、妙に落ち込んでしまった。
……いや落ち込むのも変だよな。別にあんなことやそんなことにそこまで憧れがあるわけでもないし、うん。
と思ったところでロクシーを見たら、いつものロクシーに戻っていた。その美貌に楽しそうな笑みを浮かべて。
「……もしかして、からかった?」
「ええ、まあ。相変わらず楽しい人ですわね」
「クッ……またやられた……」
今までの会話に流れは全てロクシーの手のひらの上で遊ばれていただけだったのか……。
何かもう、疲れたよ。いや明日の緊張を抜くって意味では効果抜群だったし、たぶんロクシーもそのつもりで来た――のか?
(よく考えたらおかしいよな? 冗談だったというには話題が何というか……らしくない。でもじゃあなんであんなことを……?)
ロクシーは商人であると同時に貴族だ。その称号に本人もプライドを持っているし、常に己の地位に恥じない言動を心がけていると思う。
だからあの手の冗談を口にすることは普通だったらないはずなんだが……?
「……なあ、ロクシー」
「なんでしょう?」
「顔、まだ赤いぞ?」
「えっ!? あ、そうですか? 少々演技に力が入りすぎてしまったようで……」
「いや演技でそんな自然に顔を赤らめる特技があるとか聞いたことないんだけど」
全身くまなく己の意思で動かすことができる俺みたいのならともかく、肉体的には普通の人間であるロクシーにそんな真似ができるとは思えない。
もちろん感情としぐさを切り離して自分の印象をコントロールするくらいのことは当然のようにやってのけるけど、意識的に動かせないものは動かせないはず……。
「なあ、もしかして……結構本気だった?」
「な、なんのことでしょう?」
「いや今にして思えばいろいろおかしいし、ひょっとして途中まではマジだったのかなーと思ってさ」
今度は攻守交代で俺が攻める番だ。
何というか、俺に口でやり込められるロクシーってのもまた珍しいな。不満そうに拗ねているような照れているような顔がかわいい……って、おい!
(いやいや、俺はロクシー相手に何を考えているんだ? こいつは可愛いげから180度反対にいるような女だぞ。それをかわいいなんて……)
「……仕方がないじゃないですか」
「え?」
「次の戦いは今までとは違います。今までも命がけでしたが、恐らくはシュバルツ様の人生全てを振り替えってなお比肩するものはないほど危険な戦い……不安になって、当然じゃないですか」
「ロ、ロクシー……お前、俺を心配してきたのか?」
「何か文句ありますか? ワタクシだって……わたしだって、いつでも気丈にあれるわけじゃないんですからね」
ロクシーは今まで見せたことのないような、弱さを覗かせていた。
ロクシー・マキシームという希代の商人としての仮面の奥に隠されていた、一人の女の顔。それが俺の前にあるのだ。
あれ、何というかその……かわいいな、やっぱり。普段が普段だけにこんな顔されると、何かアレだ。
「……シュバルツ様、約束してくださいよ」
「うん……何をだ?」
「絶対に死なないって、約束してください。帰ってくるって、誓ってください」
「……もちろんだ」
俺はロクシーの言葉に間を置かずに頷いた。
俺は死なない。それは相手が魔王だろうが……神だろうが変わらない誓いだ。いつだってどんなときだって、俺は生きるために戦うんだからな。
「口約束じゃ足りません」
「え?」
「口約束なんかに何ら意味はありません。証拠をください」
「証拠って……えぇー」
もはや不安を隠しもしないだだっ子のようになってしまった。
こんなロクシーはじめて過ぎてどうすればいいのかまったくわからない。生きて帰ってくる証拠を出せと言われても……。
「うーん、そうだなぁ……」
はじめて見るロクシーの『弱さ』に思いっきり動揺していることを自覚しつつ、必死に頭を回す。
無事に帰ってくることを保証することなんてできっこないし、だったら絶対に帰ってくる意思とかを見せればいいのか?
俺が絶対に生きて帰るってモチベーションを保つと客観的証明ができる――ああもう! 頭グチャグチャになってきた!
こうなら余計なこと考えるのはやめだ! 心の赴くままに言いたいこといってやる!
「そうだな……じゃあ、この戦いを終わらせたら結婚するか?」
「……はい、よろこんで」
……そんな感じで、気がついたらプロポーズしてた。
何も考えずに気持ちをストレートにっていったら自然と求婚に行き着いた俺の思考回路が自分で理解できないが、何かそうなったのだ。
昨日の夜の出来事はなんだったのか。もしかしたら決戦を前にして気がおかしくなっているだけなんじゃないのか。
そんな風に戦闘開始までらしくもなく悶々と悩んだりもしてしまったが、しかし確実に言えることがある。
ロクシーのあの顔。いつもの凛と澄ました顔ばかりしているロクシーが見せた、あの『はい、よろこんで』と夢遊病患者みたいな様子で口にしたときのあの顔。
アレを思い出すと、何というか――
「負ける気がしねぇんだよ! 正義も欲望も――今は俺の意思の元にある!」
「ぬおっ!?」
力を引き出し魔力として使うことしかできなかった二つの世界破片。
しかし、今は不思議とそのあり方がよくわかる。自分が何をしたいのか、それがはっきりとわかるからこそ――。
「使える! これをな!」
正義の世界破片の能力、断罪。悪と認定した相手への問答無用の特攻攻撃により、吸血王は大きく吹き飛ぶのだった。
◆
――西の大陸、鳥人族達の住まう地で、私は魔剣の王と相対していた。
流石は三種族の中でもっとも平均兵力が上の鳥人族。私が何をする必要もなく戦況は拮抗――むしろ圧倒してすら見せた。
結果として、魔剣王が早々に戦場に姿を表すこととなる。その相手をするのもちろん私、メイ・クンだ。
「……前の戦いで懲りなかったのカ? 勝ち目はないゾ」
「ああ、だからリベンジに来たんだよ。生憎、負けたままでは気分よく眠れない性質でな」
「やれやれダ。ならバ、何か成長はあるのだろうナ?」
金属が軋み擦りあうような不快な音を言葉とし、魔剣王は私に力を見せろと促してくる。
確かに、以前の戦いでは多勢でかかって一方的に捩じ伏せられたのだ。アレからそれなりに成長はしていても、その程度で埋まるような力の差ではないだろう。
だからこそ、出し惜しみはできない。それが敵の狙いであろうとも、見せるしかないのだ。
欲望の世界破片……その力をな。
「最低限、自分の力として扱えるくらいにはしてきたつもりだ。だがまだまだ不格好でな、先に謝っておこう」
「ほウ?」
「――欲望、解放」
世界の起点に接続する権限を手にし、実行する。
世界創成より歴史の全てを記録した世界核より、今この世界に存在する全ての生物が保有する欲望というエネルギーが私の身体に流れ込んでくる。
意識は無数の強烈な思念に押し流されそうになり、自分を保つことすら覚束なくなる。
これで三分の一だというのだから恐ろしいものだ。こんなもの、初めから狂っているというのでもなければ一時間と耐えられるものではないな。
だが、それでも力は力――勝つために、必要な力だ。
「ふぅぅぅぅ……」
全身に力が行き渡り、私の身体を黒く染める。
漆黒の魔力が全身を覆い、髪の毛に至っては本来の色である赤から黒へと変わっているほどだ。さらに瞳の色まで変化しているはずであり、かなりの違和感を覚えるな。
……前々から思っていたのだが、シュバルツはしょっちゅう種族が変わるような変化を行っているが気持ち悪くないのだろうか?
私の場合は覚醒融合にしても大きく姿は変わらないので欲望の力がある意味『肉体変化』の初体験なのだが、慣れれば気にならなくなるのか?
まあ、中には一時的に変化するどころかまるっきり怪物の肉体となっている奴もいるし、案外私が気にしすぎなだけかもしれないが。
「……なるほド、確かに変わったようダ。ならバ!」
魔剣王は私の変化が完了する前に、自らもまた世界破片を発動させた。
流石に私よりも遥かにスムーズな発動であり、先に発動した私と同時に起動を完了させてしまっている。
本当なら余裕を見せている間に先制攻撃を仕掛けたかったんだが……そこまで温くはないようだな。
「この戦場においテ、出し惜しみはせヌ。死ぬがよイ――」
「――ッ! 【弐式覚醒】! 拳気の巨人!」
殺気を感じると同時に、なにも持っていない右手を振るう魔剣王に対して私は気の巨人を出すことで防御形態をとった。
世界破片の影響で黒く染まった気の巨人は、現れると同時に大きく削れる。この攻撃の正体は、恐らく――
「見えない剣か」
「如何にモ。これは剣本体だけではなク、纏わせた魔力まで完全に隠蔽する力を持つ魔剣・無我」
「前とは違う魔剣……予想はしていたが、やはり貴様の世界破片の能力はそれか」
私は確信と共に魔剣王へと言葉をぶつける。
流れてくるエネルギーに負けないよう耐えるのが精一杯の私たち人間と違い、奴らは更に世界破片ごとに存在する特性を利用した特殊能力を有している。それはあくまでも神造英雄の話からの推察だったが、これで完全に確信した。
奴の能力、それは――
「古今東西のあらゆる武器防具を作り出す能力――か」
そのパワーも特性も希少価値も関係なく、世界核に記録された『世界に存在した武器防具』の情報から実物を作り出せる。
恐らくは、それこそが魔剣王の真骨頂だ。
「おおむね正解ダ。一つ訂正するならバ、いかに世界破片の力といっても同じ世界破片由来の武具は再現できヌ、といったところカ」
「……ずいぶん親切だな。そこまで教えてくれるとは」
「虚言や小細工は流儀ではなイ。なによりモ――」
魔剣王は手にする剣を変更し、振りかぶった。
「知ったからといっテ、なにかできる訳ではあるまイ」
魔剣王が新たに手にした剣を一振りすると、そこから無数の風の刃が放たれた。
恐らくあれは風術系統の魔法が込められた魔剣なのだろう。シュバルツの剣と似たような奴だ。
「――フンッ!」
私は魔法の風刃を正拳突きの拳圧で迎撃する。
しかしそれで魔剣王が止まるわけもなく、次から次へと様々な魔法の武器を消しては手にして攻撃してくる。
――確かに、奴の能力がわかったところで対処法などない。大前提として、奴が作れるのは歴史に登場した剣――だけではなく、武器というカテゴリの物ならなんでもありだ。
以前の戦いでも槍を出していたし、空術空間を攻撃する杖なんて物まで使用していた。つまり、刃物という制限すらなく本当に『戦いに使えるもの』ならなんでもありだと思った方がいい。
それに――
「――幻想剣・ガルドバラ!」
「『無敵のガルドバラ』か。――幼少の頃に読んだことがあるぞ!」
魔剣王が取り出したのは『一振りすると敵を捉え、二振りすると勝利する』という説明が有名な絵本の中で行われている剣だった。
その一振り目は物語通りに私の動きを止めるが、同時に魔力を解放し即座に自由を取り戻す。同時に飛んできた二振り目――巨大な気刃は蹴り壊して対処する。
(よし、対応できないわけでないな)
無事に対応できたことに安堵し、すぐに気を引き締める。
やはり、奴が作れるのは歴史の史実に登場するものに限らないようだ。今まさに、絵本作家のイマジネーションによって作られた『存在したことのない剣』すら創造してみせたのだからな。
……だが、能力限界はある。あの剣は縛られれば絶対に抜け出せないと書かれていたはずだし、二振り目の正体が魔力の刃であるなどとは書かれていなかった。といっても子供の頃に読んだ絵本の内容をそこまではっきり覚えているわけではないが、子供向けだったからこそそこまで細かい理屈がついていなかったのは間違いない。
恐らく、空想を現実にする際、実現不可能なものは補完なり劣化なりさせて実現させているといったところか。
それなら『手にしているだけで勝つ』なんてどうしようもない理不尽はないだろうが……。
(実在した魔剣にせよ空想上の魔剣にせよ、厄介極まりないのに代わりはないがな)
同時に、魔剣王はその膨大な情報の中から必要なものをこの高度な戦闘に対応しながら選んでいるということだ。
グレモリー老が言うには、世界破片の力を真に発動させるとは無限の本の中から必要な単語一つを探し当てるようなもの……だったか?
それはつまり、魔剣王の戦闘思考力はやはり人間を遥かに超越しているということだ。下手に読み合いを仕掛けるよりも――己の長所で押すべきだな!
「ハッ!」
「――近接戦闘が望みカ? 受けてたつゾ!」
私の長所は――クン流の極意は一撃必殺の力だ。
どんな剣を持ち出そうがどんな盾で守ろうが、全て正面から粉砕する。どんな能力を見せてこようが――私はただ正面から打ち抜いて見せよう!
「勝負!」
◆
「……生命の世界破片。所有能力は『あらゆる生物の特性を自分の身体に宿す』で合っているかな?」
「ご名答だ。我はあらゆる生物が生来有する能力を全てこの身に宿すことができる。しかし、よく見抜いたものだな?」
「情報収集と分析は僕の役割みたいなもんでね。このくらいできなきゃ仲間に合わす顔がないんだよ」
「それは感心なことだが……その様ではどの道合わす顔などないのではないか?」
山人族たちが住まう東の大陸。かつて魔剣王に敗北した地で、僕は戦争に参加していた。
全ての魔獣系モンスターたちの王――魔獣王。初めて戦場で顔を合わせた僕は、山人族兵とその技術力を持って開発させた兵器により魔獣王軍へ対処。目論見どおり魔獣王を戦場に引きずり出すことに成功。
その後は欲望の世界破片の持ち主として魔獣王に戦いを挑み、そして――
「確か……クルーク・スチュアートとか言ったか? たった一人で我の相手を引き受けようとする度胸は評価してやるが、これが現実だ」
魔獣王は地に伏した僕を嘲笑う。
現在の身体の損傷は……左腕がへし折れているのと、右足が斬り飛ばされたこと。わき腹が食いちぎられて多量の出血……と言ったところだ。
対して、今まで情報が全く入手できなかった四魔王の一人、巨大な体躯を持つ魔獣王は無傷。厳密に言えば多少は傷を与えたはずなのだが、下手すると吸血鬼すら上回りかねない再生力により全て回復してしまっている。
不死者の再生力ではない、生きる者としての強い生命力だ。恐らくは自身本来のものだけでも恐ろしく強いのに、世界破片の力で自己治癒能力を持つ生物や魔獣の能力を身に宿してしまっているのだろう。
おまけに、炎をぶつければ溶岩の中に住む魔物のような耐熱特性を獲得し、冷気をぶつければ極寒の地に住む動物の特性を獲得し、電撃をぶつければ絶縁特性を獲得してしまう。
その様子を見て所謂『種族特性を全て自分の好きなように獲得できる相手』と推測したんだけど、当たっちゃったか……。
「まったく、魔法使いが戦うべき相手じゃないよ本当に」
破壊された左腕を修復し、失った右足はストックしている合成獣肉で補充、わき腹も同様に修復する。
これで僕も無傷に戻ったと余裕を見せて立ち上がってみせるわけだけど……どうしようかな、本当に。
「……なるほど、お前も合成獣か」
「そういう貴方も、ベースは同じだろう?」
「まあな」
魔獣王。その外観はかつての敵、征獣将グラムと類似点が多い。
四肢の下半身に人型の身体が生えている半人半獣型のモンスターであり、四本生えている腕からはこっちの守りの結界を一撃で砕く剛撃がいとも簡単に繰り出される。
その脚力はまさに肉食獣のような迫力と瞬発力を持っており、普通なら弱点であるはずの持久力に関しても完璧としかいいようがないものを持っている。
しかし征獣将と決定的に違う点は――
「征獣将が一億の魔獣の集合体だったのに対し、魔獣王は世界破片による無限補充で成り立つ合成獣ってことかな」
僕は今、この世界に存在した全ての種族と戦っている。
平たく言えば、そういうことだ。
恋愛描写の限界(作者の力量的な意味で)




