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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
魔王の侵攻
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第188話 防衛戦争・南の大陸

「ゴマ! ヘラクル! 貴様らであの怪物を止め――」

「それ吸血鬼化したオーガと昆虫人か? 残念ながら、そいつらもう死んだよ」

「ぎゃぶっ!?」


 吸血鬼化した影の住民(シャドウ)が縦に両断された。何が起きたのか見ることすらできないイカれた速度で。

 王を除いて軍最強の存在である公爵級吸血鬼。それが全滅したという信じがたい報告を受けてから再編成された我らが魔人王軍。

 残された兵力の中で特に優れたものを選別し、吸血鬼化させることで戦闘力を飛躍的に高めた『新生精鋭部隊』。次期ナンバー2になる(予定の)私がその地位を確固たるものにするために用意した最強の配下たちが次々と倒れていく。

 本来ならば将として、あの怪物を止めるべく指示を出さねばならない状況だろう。私は本来、ここで優れた知性と知略を吸血王様に、そして分不相応にも私を差し置いて次期ナンバー2の座を狙っている他の連中に見せつけなければならないのだ。


 だが、だが――


「た……戦うことすらできない速度で動く人間だと……? そんなもの、いったいどうしろと言うのだ!」


 軍勢対軍勢のぶつかり合い、戦場全体で考えれば今のところ互角の戦いをしているといっていい。

 しかし、本来質で圧倒的に上回る我が軍が敵軍を制圧しているべきなのだ。スタミナの差がある以上いずれは押しきれるだろうが、人間共の粘りが私の予想を遥かに越えているのは認めざるを得ない。

 だが、それも本来無意味な抵抗にすぎないはずなのだ。人間が多少頑張った程度では決して埋められない力を持った特記戦力、私直属の配下などを使えば瞬く間に崩壊させられるはずなのだ。


 その極当たり前の計算を、たった一人の人間が乱している。

 敵軍では押さえられないだろう戦力が前に出た瞬間、気がついたら殺されているとしか言い様のない速度で確実に吸血鬼化した戦士を殺している者がいるのだ!


(クッ……どうすればいい? ただ速い相手というだけならやりようはいくらでもある。足を止める手段などごまんとある……だが、だが――)


 どんな罠を仕掛けようが、それが発動する頃には遥か彼方へ移動している。既にいくつか試した足止めの罠や魔法なども、全て効果が発動する前に振りきられている。

 圧倒的なスピードの前にはどんな力も策謀も無意味。それを体現する男がどこかにいるのだ。


 だが、同時にこれはチャンスでもある。今まさに戦場を荒らしている高速男は間違いなく敵軍の切り札だ。

 それを打ち倒せば、当然私の評価は跳ね上がる――


『どうした? 何を遊んでいる?』

「は……ははッ!? こ、これはオゲイン陛下!」


 どうすれば私の手柄を増やすことができるかと考えていたら、突如通信魔法が繋げられた。

 相手は驚くべきことに、今もなお火の大陸の玉座に君臨されているのだろうオゲイン様であった。慌ててその場で膝をつくが、一体何用なのだろうか……?


『戦況が思わしくないようだが?』

「い、いえ! 確かに今は少々手こずっておりますが、今にも敵軍の切り札であると思われる高速男を仕留め、敵軍を蹂躙してごらんに入れましょう!」

『そうか。それができればベストだろうが……今も暴れている男の処理はお前たちには無理だ』

「は……は?」

『あれこそがレオンハート・シュバルツ。公爵級を一人で全滅させた男よ。あれから更に力をつけているようだが、まあ何れにせよお前たちでは勝てる相手ではない』


 私はオゲイン様の言葉に思わず絶句してしまう。

 人間一人を彼の方がそこまで評価するのにはもちろん、私の評価の低さにも唖然としてしまう。

 もちろん、レオンハートなる人間についての情報は受け取っている。だが、他の誰にできなくとも私ならば仕留めることも可能。その自負はあった。所詮は半端な吸血鬼もどきの人間……私が勝てない道理がどこにあるだろうと当然考えていたのだ。

 それを、よもやオゲイン様に真っ向から否定されたとなれば……唖然となるのも無理はないだろう。


 だが、すぐに正気に戻って否定する。これを認めては私に価値がないと認めるようなもの……そんなこと許されるはずがない!


「お、お待ちを! どうかこの私めにお任せください! さすれば――」

『無駄だ。あれは次元が二つは違う』

「で――では、ではどうせよと仰られるのですか!? よもや黙して死を待てと――」

『そうは言わんさ。犠牲は仕方がないがね』


 勝利は諦めろ。そのような言葉に頷くことは腹立たしい限りだが、ではどうしろと言うのだと問いかけたところ、オゲイン様は軽い口調で答えを返したのだった。


『あれは私が出る以外、どうしようもない。しかし私は精霊竜を引き摺り出すまで前に出る気はない。ではどうすればよいかわかるか?』

「……精霊竜を、前に出させろと?」

『その通りだ。方法は任せるが……まあ、この状況では一つしかあるまい? 英雄の弱点という奴だ』

「なるほど……心得ましてございます」


 オゲイン様からの通信が切れ、私は立ち上がった。

 あの人間を倒すことなく精霊竜を釣り上げる方法……一つしかないだろう。オゲイン様の助言で動くのではあまり評価を稼ぐことはできないが、それでも忠実な僕としてアピールすることはできるだろうしな。


「――我が配下に命ずる! 戦線を拡げ、敵軍を包囲せよ!」


 私と配下の間にある支配という名の繋がりにより、我が命令は距離を無視して伝わっていく。

 私はこの戦争の指揮官の一人ではあるが、総司令というわけではない。というよりも、本来我らを束ねていた公爵級の面々が全滅したため、指揮系統が纏まっていないのだ。本来ならば戦争までにその辺は整備しておくべきなのだが……誰一人としてナンバー2の座を譲らず、唯一命令できるオゲイン様も口を出さなかったため結局各派閥が思い思いに戦うという形になっているのだ。

 故に動かせるのはあくまで子飼いの手下のみであり、その数で包囲を作るのは普通に考えれば無駄だろう。軍として一つの意思の元に纏まっている敵軍に各個撃破されるのがオチだ。


 それでも兵の密度を下げて包囲攻撃を行わせる理由は、三つある。

 まずは――


「敵軍分散!」

「軍としての統率はない! しかし何らかの意思に従っている! 注意しろ!!」


 敵軍の伝令や指揮官が叫んでいるのが聞こえる。

 我らが魔人王軍全てが突如後退し、そのままゆっくりと横に広がり始めたのだから警戒もするだろうがね。


 そう、私の配下だけでは足りないならば、動員数を増やせばいいだけだ。先程のオゲイン様のお言葉は一介の指揮官でしかない私一人に向けられたというわけではない。恐らくは私以外の指揮官にも同様の指示を与えられているはずなのだ。

 となれば、作戦は全軍で行われるということとなる。それぞれの派閥の兵力が好き勝手に動いている関係上軍としてまとまりがあるかと言われれば疑問だが、そこは個々の質でカバーだ。


(二つ目の理由はそれだがな。隊列を乱し連携がとれないまま各個撃破されるリスクはあるが、元々の兵力差は歴然。この程度ではギャンブルにもならんのだよ)


 包囲を敷く二つ目の理由は、兵の質の差だ。いくら人間の中には極希に英雄と呼ばれる規格外が発生するといっても、所詮その数は少数。大多数の兵士は我が軍の兵士よりも遥かに劣るのは明白であり、度胸が必要な作戦もこうして簡単に打てるというわけである。


「……そろそろいいな、全軍――突撃ぃぃぃぃ!」


 私は散らばった配下へ攻撃命令を出した。もちろん、他の派閥の兵力とタイミングを合わせた上でな。

 これで二当たり目となるわけだが、さて人間軍はどう動くかな?

 こちらの動きを警戒して防御に優れる円形の陣形を取ったようであり、リスク度外視で包囲を敷いたこちらの攻撃に背後をとられることなく戦える形といっていいだろう。

 しかしその陣形では当然――


「戦場が増える。するとどうなるかな――?」


 オゲイン様は英雄の弱点を突けと仰られた。しかし同時に、英雄に勝とうと思うなとも命じられた。また、犠牲は仕方がないとな。

 それらの言葉から導きだされる答え――すなわち、英雄の数の少なさを、一度に担当できる戦場の狭さを突くのだ。


「英雄がどれだけ頑張ろうとも、できることは目の前にいる敵を殺すことだけ。ならば目の前にいない者を用意して攻めればいいということだ」


 我らの攻撃の第二波が始まってすぐ、効果は現れた。

 今まではどう動かしても強力な戦力は敵軍まで届かなかったのだが、あっさりと強戦力を戦線へ投下することに成功したのだ。

 無論あの高速男がいる場所ではバタバタ死んでいくが、その分他が攻められるならば何も問題はない。あくまでもこの作戦の目標は敵軍を食い破り、精霊竜の元へ我が兵力を送り込むことなのだからな。


 すなわち、オゲイン様が命じられた英雄の弱点――それは『無視』ということだ。


「戦場が広がれば広がるほど英雄一人がカバーできる数は少なくなる。強引な包囲攻撃の布陣を敷いたことで、戦場は現状考えられる最大規模に膨れ上がっている……後は時間の問題だな」


 戦場は流動する。人間たちもこちらの狙いに気がついたようで密集することで少しでもお互いのフォローを行えるようにしているが、焼け石に水だ。

 現在の戦況で我が軍とまともに戦えている地区は、高速男が現れる場所と鳥人間共の配置されている場所くらい……後は防戦一方といったところのようだからな。

 このまま押しきれるだろう。本当なら敵を全滅させた上で精霊竜討伐に動き出したかったのだが、オゲイン様の命令では仕方がない。精々精霊竜を消耗させた上でオゲイン様の舞台を整えることに――


『【闇術・骸骨兵士の軍勢召喚サモンアーミー・スケルトンソルジャー】』

「うん? 召喚術だと?」


 後は時間の問題だと笑みを浮かべたとき、突如下等アンデッドの群れが出現した。

 あれは召喚系の魔法によるものだろうが……アンデッド召喚などできるものがいるとはな。


「皆ノモノ! 焦ルナ! イツモ通リ、生キ延ビルコトノミヲ考エヨ!」

「その通り。我らが役目は敵の足止め――無理に勝つことを考えず、死なぬことを考えるのだ!」


 劣勢に陥った自軍を鼓舞するかのごとく、二つの影が前に出てきた。

 それ自体は理解できる作戦なのだが……なんだあれは? 何で人間を鼓舞するのにスケルトンとゴブリンが出てくるんだ?


「おっと、連中にばっかりいい格好はさせられねぇな」

「冒険者最高位の名に懸けて、ここで頑張らないわけにはいかないね」

「いやいや、ここで民間人に任せちゃ我ら騎士の名に傷がつくでしょう?」

「そうだな。フィール騎士団がシュバルツとそのおまけ扱いされてはかなわん」


 なぜか敵軍に混じっていた下等モンスター共に遅れはとるまいと言わんばかりに、更にぞろぞろと出てきた。今度は人間のようだ。

 どいつも普通の人間よりはやるようだが、切り札でも出しているつもりか?


「なんだかよくわからんが……貴様ら程度、雑兵とさほど変わりはないわ」


 私は面子の濃さに少し唖然としてしまったが、すぐに気を取りなおして攻撃命令を出す。

 前に出てきた連中の力をパッと見で図ってみるが、正直そこまで恐ろしくはない。今の兵力で十分倒せる相手だ。スケルトンとゴブリンは少し厄介そうだが、それもこの戦のために集められた魔人王軍と比較してしまえば笑いになる程度のものだからな。


 そう思って戦況を観察していたら――どうにも苛立ちを覚えずにはいられない結果が現実となってきたのだった。


「何故だ……なぜ押しきれん!」


 個々の能力では明らかにこちらが上回っている。包囲するために多少兵力を分散させたといっても、そこまで数に差があるわけでもない。

 それなのに、崩せない。局所的には勝利を繰り返しているのだが、軍としての大きな視点で見ると戦線が崩れないのだ。

 どこか一ヶ所でも穴が開けばそこから崩せるのは間違いないのに、決定的な戦果をあげることができない。これが苛立たずにいられるかという話だ。


「クッ……何故あの程度の軍が崩せんのだ!」


 これ以上に策を持たない私は苛立ちのままに叫ぶことしかできない。

 このままでは本当に不味い。これ以上醜態は下手をすると命に――


「見事なものだな。一人一人が集団を生かすことを念頭に動き、防御に徹している。あれほどの集団戦術を身に付けているのならば、多少の戦力差などものともせずに持ちこたえられるだろう」

「は? あ……」

「英雄の弱点を突いたつもりだったが、その程度は先刻承知といったところか。防御に徹し、英雄が駆けつけるまでの時間を稼ぐことに特化するとは恐れ入った。私の軍では不可能な作戦だな。そしてそんな戦法を取らせる、ただ守りさえすれば勝利してくれるとあの人数に信じさせるレオンハート・シュバルツも見事なものよ」

「お、オゲイン様!?」


 突如、私の後方から威厳に満ちた声が聞こえてきた。

 今私がもっとも聞きたくないその声の持ち主は、いうまでもなくオゲイン様だ。先程とは違い、通信魔法ではなく御身自らが戦場に足を運ばれたのだ。


「こ、これはこれは……」

「つまらん挨拶はよい。これ以上見ていても戦力を無駄に消費するだけのようだからな。こうなればベストではないが、せめてベターな手を打たねばならんだろう」


 オゲイン様は慌てて膝をついた私を見ることすらなくそういい放った。

 その声色を聞いて、私は確信する。オゲイン様は私に用事や興味があってここにやって来たのではなく……偶々私の側に現れただけなのだと。


「精霊竜を相手にする前に消耗するのは避けたかったのだが、ここで大敗するよりはマシよのぅ――吸血鬼の王、オゲインが我が眷属に命ずる。その血を覚醒させ、殺戮の兵器となれ」

「な、なに――うぉ!?」


 オゲイン様から凄まじい魔力が放たれた。

 一体何事なのかと問いかけようとしたとき、我が力の源である心臓が跳ねた。自らの意思を持って(まりょく)を精製するとき以外は沈黙しているはずの心臓が勝手に動き出したのだ。

 それも、私の意思を無視して異常な魔力を生み出すために。


「吸血鬼とは、元を正せば全て私から派生したものである。故に、その力を私以上に支配してのけた一部例外を除き、全てを意のままに操ることができるのだよ」

「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「お前たちに理性を与えても役には立たんようだからな。ならば、死の一瞬まで本能のままに戦い続けよ。己の命を無視してな」


 全ての兵力が暴走したかのように狂い、暴れる。その力は先程までとは比較にならないほど強大で、戦況を一気に覆してしまう。

 その変化は私も例外ではない。消えていく思考、塗りつぶされる理性。ただただオゲイン様の命令のみを残して全てが消えていく刹那――私は見た。

 オゲイン様が血の支配を発動させたのを見たのだろう。人間の英雄がこちらに突っ込んできているのだ。

 オゲイン様の絶対命令を無視し、己の意思で吸血鬼の血を支配していることを主張するかのような紅い瞳光らせて――


「――吸血王オゲイン! その首、今度こそ貰うぞ!」

「やはりこうなるか。だからこの手は使いたくなかったのだがな」


 人間の英雄の剣と、オゲイン様の爪が激突する。その衝撃波だけで近くにいた私の身体は砕け散った。

 完全に暴走し、獣に落ちる前に死ねたことに僅かな安堵を感じながら……。



「爪で弾くかよ」

「……想定より強いな。だがいいのか? お前がここにいては他の人間共は死ぬぞ?」

「あまり俺たちを舐めるな!」


 思いっきり助走つけての一撃を、吸血王は余裕の表情で爪を使い受け止めた。

 衝撃の余波で周囲が消し飛ぶってくらいの力込めたのに微動だにしない、か――


「ふしゅぅぅぅぅ――フッ!」

「うん?」


 問答は必要ない。幻術使いに時間を与えることに一切の利益はない。

 だから攻める。ただ真正面から、スピードに任せて。


「おいおい、格上相手に身体能力のごり押しとは……初めから自棄になっているのか?」

「誰が格上だって?」

「――なに?」


 上段からの振り下ろしに見せかけた左足の膝蹴りを、吸血王は予見していたかのように丁寧に腕で止めた。

 だが、構わずそのまま押し込む。すると、たった一歩だけだが、吸血王が後ろに下がった。


「――以前とは別人だな。魔剣王にやられてから進化でもしたのか?」

「ああ、日々進化しているよ!」


 相手が下がったのならこちらは押す。その基本に忠実に、嵐龍閃を剣に纏わせて間髪いれずにぶっ放す。

 吸血王はなおも余裕を見せるためか片腕で嵐龍閃を受け止めて見せるが、構わず二撃目を撃つ。二撃目をも止めるならば、三発目、四発目を――


「――【20倍速嵐龍閃】!」


 連撃を放ちながら限界まで加速法を発動させ、とにかく撃ちまくる。

 楽に止められるってんなら好きなだけ止めてろ。俺はただ耐え切れなくなるまでぶっ放すだけだからさ!


「チッ! 短期決戦でも狙っているのか? だがお前の魔力切れのほうが先に――ああ、なるほど」


 一度守りに入った隙を徹底的に突くべく次々と攻撃される。そんな現状にやや苛立ちを覚えたような表情を浮かべる吸血王だったが、すぐに笑みを浮かべた。

 今の攻防だけでもうある程度手品のタネを見破ったってわけか。まあ、隠すつもりも意味もないけどさ。


「お前が使っているのならば遠慮なくいくか――【世界核限定接続ワールドコア・リミテッドアクセス承認権限・死(ワールドキー・デス)】」

(やっぱそう来るか、世界破片(ワールドキー)!)


 吸血王は連射された嵐龍閃を受け止めつつ世界破片(ワールドキー)を起動させた。

 同時に吸血王は手のひらの上に黒い玉を作り出した。あれは――


「【空術・異界転移結界ディメンジョンテレポーター】」

「……スマートな解決法だこと」


 吸血王が作った黒い玉はそのまま空中で形を変え、多層魔法陣を形成した。

 その魔法陣を基点として吸血王を中心に据えた球形結界が構成させ、それに触れた者は全てこの世界から消えていく。異界に転送してしまっているのだ。

 ぶっちゃけ、何かしらの特別な対処法がないとあれ絶対防御だよね……。


「空間転移術を極めたものというのはいるものだよ。癖が強く使い勝手が悪いが、極めればこれほど強力な魔法もない」

「自画自賛かよ!」

「まぁな。しかしお前も中々に驚きだぞ? よもや世界破片(ワールドキー)をこの短期間でそこまで使いこなすとは。注意して観察しなければ発動していることにも気がつかないほど自然に使うなど、私でも難しい」

「そこは努力の賜物だ」


 俺は吸血王の賞賛を素直に受け入れつつ、気と魔力を練り上げる。

 俺が一連の無茶苦茶な攻撃を行える理由――それはもちろん世界破片(ワールドキー)だ。吸血王の言う通り、俺はこの戦闘が始まる前から――いや、修行の最中からずっと世界破片(ワールドキー)を小規模に発動させ続けていたのである。

 その目的はもちろん、修行だ。俺と正義の世界破片(ワールドキー)の相性が悪いのはもう仕方がない。そこは生まれついての性質なので変えようがない。

 ならばどうするかと一晩寝ながら考えた結果、起きがけに思いついたのだ。うまく馴染まないのならば『慣れるまでやればいいんじゃない?』と。


 というわけで微弱ながら世界核(ワールドコア)に接続しっぱなしで生活してみたのだが、これがきついのなんのって。

 常時膨大な情報の海から他人の念が押し寄せてくるという悪夢のような生活だったわけだが、できるまでやってみたらできちゃったのだ。やはりできると信じてできるまでやる――それが修行の極地だな。

 まあ、そうはいっても完全解放ではなく、自分に扱える程度の出力に絞るという前提条件での話だがな。


「おかげでお前とも少しは戦えるくらいになったぜ!」


 話しながらも戦いの手は止めない。

 空間転移であらゆる攻撃を異界に飛ばす防御術――ならば、その手の無敵にはこれだ!


「獅子奮迅――【明鏡止水・極】!」


 集中を無視。獅子奮迅ぜっこうちょうじょうたいであらゆる魔法的な要素をすり抜ける一撃を放つ。

 こればかりはどんな技巧を凝らそうが、無敵は通用しない!


「ふむ、なるほど。その気の高ぶりはそのせいか? だが、その程度で勝てると判断したのだとすれば甘いと言わざるを得ないな」

「いや、これだけでお前に勝てるなんて自惚れちゃいないさ」


 吸血王は、今度は自分が転移することで俺の攻撃をかわした。それも、ほんの数メートルだけ転移するショートジャンプだ。

 ほぼ予備動作なしの転移……また一つ手札を見せたな。


 まあそれはそれとして、一つ言っておかなきゃいけないな。俺は彼我の戦力差を見分けることもできずに調子に乗るほど馬鹿ではないぞ?


「誤解のないようにいっておくが、俺のテンションが高いのはまあ、個人的な事情だ」

「個人的な?」

「ああ。まあ大したことじゃないんだが――」


 思い返すのは昨日の夜。明日は予定通りに行けば決戦――ということで激励にきたロクシーと話したときのことだ。

 いやまあ、何でかしらんが俺、別れ際に――


「――『この戦いに勝ったら結婚しないか?』とか言っちゃったからな。もう勝たなきゃダメだろそりゃ」


 何かフラグを立てているとしか思えない臭い台詞を、昨晩言っちゃったのである。いやもう、真顔で。

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