第187話 開戦
「……そろそろか」
「早かったですね……二ヶ月」
朝日が照らし、植物が輝いて見えるかのような幻想的な景色。それが一望できる辺境の山の頂で、俺とアレスくんは朝を迎えていた。
二ヶ月という残された時間を全て修行に当てた。特に世界破片を使いこなすために精神修練に多くの時間を裂いてきたが……結果は上々だ。気力は充実し、絶好調といって全く過言ではないほどにな。
もちろんこんな短期間じゃ身体能力が飛躍的に上がったってことはないが、戦闘力だけで言えばかなり上昇したことだろう。半分賭けだったが……あの試みが上手く嵌まってくれて助かった本当に。
「……やっぱり修行の基本は山だな。何故かは知らんが充実する。空気もうまいし」
「前に読んだ本に書いてありましたけど、木々が出す何とかって物質が癒しの効果があるらしいですよ」
「へー。空気がうまいってのはそんな理由があるのか。……さて」
大自然を名残惜しむかのように軽い雑談をした後、俺は気持ちを切り替える。
予め国家会議で決められた行動開始の日付は目前に迫っている。今さら言うまでもないそれを改めて心のなかで唱えたあと、一歩を踏み出した。
俺たちはやるべきことを全てやった。あと残っているのは――
「今日はがっつり食ってしっかり休む日だ。とりあえず、こっから王都までは走って戻るけどな。距離はそこそこあるけど……まあほどほどに緩めても1時間もあれば十分だろ」
「そうですね」
ここから王都まで、山を五、六個越えてからそこそこ栄えた町一つが丸々入るくらいには巨大な湖を泳ぎ、後は馬で三日ほどかかる平坦な道をずっと行けばたどり着く。
一時間ってのはちょっと取りすぎかもしれないけど、まああまり疲れても仕方がないしな。ほどほどで行くとしようか。
◆
「……人間たちが動き出しています」
「うむ。約束の日にはまだ時間はあるというのに……疑っているのかな?」
「オゲイン様のお言葉に疑念を抱くなど不敬極まりないこと。ご許可さえいただければ私が罰を与えてきますが?」
我が居城にて、人間勢力の動向について報告を受ける。
人間の英雄たちを試し育てるために配下のなかではそこそこ上等と言えた連中を使いきってしまったからな。今残っているのは己の実力と敵の脅威を推し量ることもできない半端者ばかり――
(いや、我が一族は大体そんなのばかりだったか)
今私の周囲で騒いでいる吸血鬼では英雄と呼ばれる連中には歯が立たない。それを弁えない未熟者しかいないと内心で嘆こうかと思ったのだが、失った連中も相手を舐めてかかる傲慢さには変わりなかったかと苦笑する。
吸血鬼の祖である私の性質を受け継いだ結果なのだろうが……私はここまで傲慢なのか? 自分では謙虚で冷静であると自負しているのだがな。
「……さて、そろそろ黙りたまえ」
「はっ」
私が口を開いたことで配下どもは一斉に口を閉じ、膝をついた。
我が前であるべき正しい姿だ。我らが主である魔王神様、そして私と同格である原初の四魔王を除き、万物は我が前に頭を垂れるのは至極当然の摂理であるからな。
「我々の方針は変わらん。予告した時刻通りに攻め、人間どもを駆逐し精霊竜の首を取る」
精霊竜の撃破は魔王神様の封印を解く最後の条件だ。
死を司る私のコピーとして作られた水の精霊竜……あれを葬るタイミングと魔王神様が内側から最終封印以外を破壊するタイミングは揃えねばならんからな。
(自己修復だの吸収強化だのと面倒くさい封印だ。タイミングを間違えると最後の守りである精霊竜の守りがなくなったとしても他の封印術式が復活する恐れがある)
自動で修復され、周囲の魔力を食らうことで永続的に持続するどころか強化されていく神造封印。あれを破るには周囲の魔力を奪わせないよう悪魔どもが抵抗し、その上で内側と外側から同時に破る他ない。
と言っても、他の封印と違い精霊竜の守りだけは再生できるものではないだろうが……時間的猶予を与えれば女神が何をするか分かったものではないからな。
何よりも、我らが神に無駄な労力を使わせるなどあってはならないことだ。
「決行の日は揺らがぬ。各自、そのときに備えよ」
一斉に頭を下げた配下たちから意識を外し、私は私の役割について考える。
当日は精霊竜を狙うが、それまでの間は――
(吸血鬼以外の『魔人王軍』の動員は確定だがそれは配下に命じれば終わりだ。後はどうするか……戦力の充実でも企ててみるか? しかし時間的に考えて無駄に終わる可能性の方が高いか。となれば――)
私自身の調整を始めよう。
本気で戦うなど時間逆行前の戦争が最後か。その程度の時間で鈍るほど脆い身体ではないが、やはり神へと捧げる戦だ。万全を尽くすのが礼儀だろう――。
◆
――あっという間に時間は過ぎ去り、魔王軍から指定された戦争開始日までもう三日を切った。
俺も既にアレス君と別れて南の大陸の拠点――聖都マーシャルの前に建造された砦に入っている。
この砦は山人族の職人が軸となって突貫工事で造ったらしいが……なんというか、凄い。
大きさだけで見てもちょっとした城にも匹敵し、全方位に睨みを効かせる大砲各種の武装は南の大陸では決して手に入らない性能を誇る。並みのモンスターならこれだけで撃退できるだろう。
更に内部の豪華さといったらもう……その辺のホテルでは太刀打ちできないようなレベルである。やりすぎだろと思わなくもないが、兵士に疲れを残すことなく決戦へ赴いてもらうために全力で造ったとのことだ。ここは素直にありがたいと受け取っておこう。
(メディカルルームまで完備だもんな。兵士の心身の管理までやってくれるとは恐れ入るよ)
俺はちらりと廊下の先にある白い『医務室』と書かれているドアをみる。
あのドアの先では、健康診断のようなことをやっている。僅かな不安も潰すためであるということであり、診断と同時によくわからない医療道具で本人も自覚していなかった不調を完治させるということだ。
……なんというか、何で魔剣王が自ら前に出て蹂躙を行ったのかよくわかるな。山人族を普通に敵に回したら確実に負けるよ。あらゆる点で基盤が違いすぎる。
「レオンハート・シュバルツさま。入室してください」
「はいよ」
俺は声にしたがって素直に立ち上がる。
俺が医務室の前にいる理由、それは他の兵士と同じく健康チェックだ。俺がこの砦に入ってからまだ日がないということもあり、実際に体験するのははじめてだ。
俺の身体なんて調べてもいいことないって断りたかったんだが……理不尽な命令というわけでもないし、規則だと言われれば従わざるを得ない。組織人の辛いところだな。
「失礼しますよ」
「おお、ようこそ英雄殿。お久しぶりですな」
「そちらもお変わりないようで」
俺は中に入り、椅子に腰かけている白衣の山人族へと挨拶する。
この人とはちょっとした顔見知りだ。以前魔剣王の呪いを覚醒融合で食ったときに面識が出来た医者の一人ってだけだがな。
「では早速始めましょう。まずは上着を脱いでこの装置の前に立ってくだされ」
(……レントゲンか何かか?)
医者の言葉に従い、上半身裸で謎の装置の前に立つ。
何をするものなのかはわからないが、何となく南の大陸では絶対にあり得ないハイテクマシーンな気がする。こいつら本当に未来に生きてるな。
「……はい、よろしいですよ。次はこちらで大きく深呼吸してくだされ」
(なんか、本当に地球で健康診断受けてる気分だわ)
やることの一々に前世――と言っていいかはわからないが――の記憶が刺激される。
彼らの技術、下手をすると千年単位で南の大陸より進んでいるのではないだろうか?
そんなことを思いつつ、俺はいくつかの検査を言われるままに受けていったのだった。
「……よろしい。これで終わりです。結果は後日お知らせいたします」
「どうも。まあ、あまり興味はないですが」
流石にすぐに結果が出るものではないだろう。俺は特に関心もなく曖昧に頷いておいた。
……自分の身体のことは、自分が一番わかっているからな。
……………………………………
………………………………
…………………………
夜になった。決戦予告日は二日後であり、最低限身体を鈍らせない程度の運動以上のことをする気がない現状では寝るだけの時間だ。
もちろん、いつ夜襲をかけてくるかわからない以上見張りの兵士たちが交代で寝ずの番についているが、いわゆるVIPみたいなもんである俺は惰眠を貪ることを制限されてはいない。
事実、戦いの時に最高のパフォーマンスを発揮するのが俺の仕事である以上眠れぬ夜を過ごす兵士たちに遠慮などはしない。彼らに感謝してさっさと寝る。それが一番彼らに報いる方法だからな。
(……安定しているな)
眠りにつこうと無駄に豪華なベッドの上で横になっても特に問題はない。
戦いが近づけば平静ではいられなくなるんじゃないかと心配していたが、思いの外俺も度胸があるらしい。
(……すぅ)
転がって5秒もしない内に意識がほとんど消えていく。
寝付きのよさは技能の一つだ。限られた時間でどれだけ効率よく回復できるかというのも戦士にとっては必要な能力だからな。
旅慣れていることもあり、俺なら周囲が猛獣だらけの森の中でもすぐに眠れる。もちろん襲われたならすぐに動ける寝起きのよさも必須だがな。
(……アレス君もしっかり寝られているかね?)
俺ははじめてと言ってもいい大役に弟子が緊張していないかちょっと心配しつつ、意識を完全に落としたのだった。
◆
「……眠れない」
僕は王都の師匠の家に居候している。当日は師匠のお父さん……ガーライル様も一緒に出陣するということもあり、師匠がいなくとも住まわせてもらっているのだ。
そう、師匠と別れてから既に数日経過し、決戦の日は目の前に迫っている。
だからこそ僕は全身万全に整えることだけを考え、今も横になっているベッドの中で眠るべきなんだけど、不安と緊張でどうしても目が冴えてしまう。全身の安定も崩れているし、自分でも情けなくなるような状態だ。
いやまあ、師匠命令でどんなときも身に付けている聖剣が激しく邪魔ってのも大いにあるんだけどね。
(こんなとき、師匠はどうするのかな……って、考えるまでもないかな?)
僕は目標とする師ならどうするかと考えてみたが、心臓に毛が生えているどころか心筋が超硬金属でできていそうな人が夜に眠れないなんてあり得ないかと思い直した。
師匠なら明日世界が終わるかもしれないと言われても「終わらせなきゃいい」と自分の役割を定めてそれだけを考えることができるだろう。今の僕のように『他にできることがあったんじゃないか』とか『今からでもやるべきことがあるんじゃないか』なんて思わないはずだ。
師匠はいつだって、全力で自分のやるべきことをやって来た人だから。
「あー、ダメだ。ちょっと夜風に当たってこよう」
結局悶々とするばかりで一向に休んでくれない頭を振り、ベッドから抜け出す。
心が乱れれば思考も歪んで当然の状態なのは自覚しているけど、今までならここまで酷いってことはなかったんだけどな……。
「……師匠がいたから、か」
今まで堂々と構えていられたのは、師匠が隣にいたから。何かあってもいざというときは何とかしてくれる――そんな存在が隣にいたからこそ僕も安定した状態を保っていられたんだろう。
それが一人になればこの有り様とは……自覚していたつもりだったけど、それ以上に僕は未熟だったんだな。
「……ふぅ」
庭まで出てみると、冷たい夜風が身体を冷やした。その冷たさが身体の熱を外に出してくれているようで気持ちいいが、しかし思わずため息が漏れる。
でも、いつまでも心を不安定にしているわけにはいかない。こんなときは深呼吸するのが一番だ。
吸っては吐いてを何度か繰り返すと自然と落ち着いてくる。何となく気が休まってくると、そのままつい癖で軽く構えて拳を握ってしまった。いつも訓練の前に気を落ち着けるべくやってる動作として身体に染み付いていたみたいだけど……まあいいや。
ついでだし、軽く運動して疲れてみよう。そうすれば自然と眠くもなるだろう。
(相手は……そうだなぁ)
イメージトレーニングの要領で、仮想敵を設定することにする。いつも一人稽古のときはこうして実戦に近い設定を作ることを心がけているんだ。
元々はシュバルツ家直系でなければ行うことができない『英霊の行』ってやつを僕に疑似体験させるために師匠が教えてくれたものだ。英霊の行の代用としてではないけど、師匠も一人で旅をしていたときよくやっていたと言っていた。ただ素振りをするよりも為になるし、これが結構楽しいのだ。
修行になるよう限りなくリアルなイメージを作るところから始まるこれは、頭の体操としても中々にハードだ。何せ自分を甘やかさないようにしながら人数分の最適解を常に考えていなきゃいけないから、雑念の入る余地がないんだよね。
と言っても、今からやるのはあくまでも寝る前の軽い運動。あまり強いのを仮想敵にしても疲れるし、そうだな……。
(相手は素手の吸血鬼が五体。階級は公爵級でいいかな)
対戦相手として、魔剣王と戦う前に師匠が一人で殲滅した吸血鬼軍団の内の五体を設定する。追加条件は全員素手、魔法の使用はありってところかな。
「すぅぅぅ――フッ!」
脳内設定が完了し、僕の目の前には吸血鬼が五体現れた。妄想といってしまえばそれまでだけど、そこにいると自分自身が信じることこそ肝心なのだ。
そのうちの一体へと、先手必勝ということで殴りかかる。動く瞬間に一瞬加速法を発動することで初速からトップスピードに近いものを出す、シュバルツ流ならではの突進攻撃だ。
(正面の吸血鬼は後方へ回避、他の四体は二人が接近戦を、残りは魔法による妨害――)
脳を分割するイメージで敵を動かす。それぞれが実に嫌な動きで数の利を活かしてくるか。
こういう場合は――
「逃げた奴を追う!」
集団に囲まれたときは敵の懐を狙う。敵の身体を盾にする作戦だ。
「――シッ!」
元々前に進んでいた僕と静止状態から後ろに下がる吸血鬼なら当然僕の方が速い。
最短距離で仕掛けた追撃は吸血鬼の腹を抉るが、しかし吹き飛びはしない。僕がそのまま掴んだからだ。
「――どっせい!」
殴られて怯んだ吸血鬼をそのまま背負って投げる。
それは襲いかかろうとした別の吸血鬼の頭に落ち、揃って地面に倒れた。
「――明鏡止水・静」
飛んできた魔法は明鏡止水の極意ですり抜ける。この二ヶ月の心の鍛練を軸とした特訓のお陰で、僕もかなりこれを使いこなせるようになったんだ。
師匠からも『俺よりもずっとこれと相性いいな』って言われたし。
「【光術・光の雨】」
間髪入れずに吸血鬼が弱点とする光の魔法を使って牽制。空から貫通性の針のような魔力を大量に降らせるこれは、一発一発の殺傷力こそ低いがまともに受ければ全身穴だらけになること間違いなしだ。
ましてや、術者が今の僕じゃね。
(倒れていた二人はそのまま穴だらけに、残り三人はそれぞれが闇の魔法で防御――)
今ので二人倒した。……ということにする。
残る三人は防御しちゃったけど、さてどうしようか。
「素手じゃ致命打は難しいとなると、魔法主体で――」
「うむ、見事なものだが……そこまでにしたらどうかな?」
「――あ」
イメージ世界の外から声をかけられたことで、幻影が消えていく。
声の主はこの家の主――ガーライル様だ。
「ガーライル様……起こしてしまいましたか?」
僕は申し訳なく思いながら頭を下げる。いざ始めたらつい熱が入ってしまったけど、今は本来寝床に入っているべき時間だ。うるさくしすぎたのは間違いない。
ガーライル様はそうして頭を下げる僕に、ちょっと困ったように答えるのだった。
「まあ確かに、少々近所迷惑な時間帯だな。特に光の魔法を使うにはな」
「申し訳ありません……」
「いやいや、そこまで畏まらんでもよい。この家は色々な事情があってご近所さんとは少々離れているからな」
ガーライル様はおどけたようにそういった。
確かにこの屋敷は色々な事情――主に命の危機と断末魔の叫び――があるので周囲に家はない。しかしこうしてガーライル様に迷惑をかけている以上『じゃあいいか』で済むはずもない。
そんな僕の様子を悟ったのか、話題を変えるようにガーライル様は口を開いたのだった。
「今の一人稽古はレオンに教わったのか?」
「は、はい」
「そうか。少し教えただけだったが、覚えていたか」
「……ということは、この稽古はガーライル様が……?」
「そうだな。正確に言えばしシュバルツ家に限らず様々な流派に存在する一人稽古でしかないのだが、私たちはこれを気影を読む訓練として利用している」
「あぁ、確かに……これをやると嫌でも複数の予測を同時にやることになりますね」
「レオンがそれを理解してやっていたかはわからんがな。それに、昔のレオンよりもずいぶん上手だったぞ?」
フフッっとガーライル様は小さく笑った。僕もつられて小さく笑う。なんというか、死んでしまった父ちゃんを思い出すような笑みだったのだ。
「さて……稽古も大切だが、睡眠も大切だ。そろそろ眠ったらどうかね?」
「あ、はい。お休みなさい」
「うむ、お休み。体作りは食事と休息から成り立つものだ。肉体をいじめ抜く稽古の優先順位は三番目だぞ」
ガーライル様はそれだけ言い残し、踵を返した。
早く眠って明日に備えろ……そう言いに来てくれたんだろう。僕も十分動いたことだし、今度こそ眠れるはずだ。
もう、不安はない。できることは……やったんだ。
◆
――来たか。
「突如出現した巨大転移門より無数のモンスターが出現! 数は……現在確認できるだけでも一万を越えています! 依然増加中!」
伝令兵の悲痛な叫びが響き渡った。
決戦の日。律儀にも約束を守って現れたのは魔人王軍。総戦力不明、最低でも一万を越える外陸種の集団である。
転移魔法によりあっさりとこれだけの大軍送ってきやがるとは……やろうとしていることは同じとはいえ、規模はもはや反則だな。
(構成員は鬼族や巨人族、昆虫人族などなどの亜人種とアンデッド系のモンスターの混成部隊。想定通りだな)
人形モンスターの王にしてアンデッドの支配者、それが魔人王こと吸血王オゲインだ。
それが率いる軍勢となれば、まあこんなものだろう。
今見る限りでは、吸血王はまだ来ていないようだ。奴の目的が精霊竜であるのはほぼ確定……とすれば、開戦してもしばらくは姿を表さないだろうな。
作戦としてはあの軍勢で精霊竜を消耗させ、確実に仕留めるってところだろうし……少なくともこっちから精霊竜が出ない限りは前に出ることはないか。
(本当なら精霊竜と連携とりたいんだけど……あいつら人の話聞かないからな)
俺はつい最近の交渉を思い出してため息を吐いた。
一応、俺たちと精霊竜は共通の敵を持つ同士だ。だから協力しよう……と持ちかけたのだが、文字通り話にならなかったのである。
「まあ、しょうがないか」
俺はダメだったことはすぐに忘れ、既に展開し終えているこちらの軍勢を見る。
主な構成員はフィール騎士団だ。そこにうちの組合員――冒険者が加わり、更にカーラ魔獣軍と鳥人族のところから出向してきた精鋭数名が加わっている混成軍だ。
一般人相当の力しか持たない兵士は数に加えていない。はっきりいって時間稼ぎにもならないだろうからな。
(俺の見る限り、軍としての戦力にそこまで差はない。でも――)
「聞けぃ人間共! 我こそは魔人王様の忠臣である――」
(あれはちょっとヤバイな)
ある程度数が揃ったところで、一体の巨人が前に出てきた。人間なんて軽く踏み潰せるような巨体を持つ亜人であり、他の特徴としては一つ目であること――所謂一つ目鬼って奴かな?
その戦闘力はかなりのものと推察される。5メートルはある巨体はもちろん脅威だが、何よりもあれは吸血鬼化しているようだ。まともにぶつかると被害は洒落にならないだろう。
高らかに名乗りを挙げているところからも、敵の中でも一目おかれる存在なのは間違いあるまい。
ならば――
「よっと」
俺は自軍の頭を飛び越し、一番前に出る。吸血巨人の前に一人で出る形でな。
「ほう、貴様が我の相手か! ならばまずは貴様の首を王に捧げ――」
「いいぜ、もう終わったけど」
「あ?」
俺は目線の高さくらいから聞こえてくる声に返事をする。
既に胴体から離れ、地に落ちていることにも気がついていない様子の首とな。
「は……? は?」
「悪いけど、今のに着いてこられないスピードじゃ俺とは喧嘩にもならねぇよ」
いくら吸血鬼でも首と心臓だけはダメだ。それを証明するように、首を失った吸血巨人の目は自然の法則に従い白く濁っていった。
俺の役割は後ろでふんぞり返っていることではなく、前に出て特にヤバイのを狩っていくこと。その間に身体を温め――吸血王を倒すことだ。
だから――声をあげよう。何が起きたのかわかっていない様子の軍勢へ、覇気を込めて叫ぼう。
今より――
「――開戦だ!」




