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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
世界を賭けて
202/241

第184話 決闘5―決着―

 世界一つを滅ぼす光の魔槍。自らが放った一撃をそのように表現したくなるほどの極光を見ながら、俺は驚愕の表情を浮かべた。


「――キサマッ!?」

世界破片(ワールドキー)には世界破片(ワールドキー)。悪いが、俺はこいつをさほど信用していない。だから――こんな使い方だって、惜しくはない」


 正義の光。他のすべてを悪と断じ自らの意思を貫く傲慢の狂槍。

 我が闇と混ぜ合わせることによって更に狂暴性を増し、理論上破壊できないものはない絶対消滅攻となった俺の一撃を――レオンハートは止めやがったのだ。

 恐らくは唯一これを防御できる存在――正義の世界破片(ワールドキー)を盾にすることで、その力をすべて相殺に回すことで止めやがったのだ。

 そんなことをすれば、しばらくは世界破片(ワールドキー)を使えなくなる。そんなことはわかっているはずなのに。


「これで終いだ」

「ッ!? まだだァッ!」


 止められた俺の隙を突くように、レオンハートは剣を振りかぶった。

 そのまま受けるわけにはいかない以上、俺も決断が求められた。攻撃に全パワーを回している世界破片(ワールドキー)を切り捨て、レオンハートの世界破片(ワールドキー)と相殺させるかどうかを。

 いかに盾として展開したとはいえ、無視すればその力は俺をのみ込む。それを防ぐには、俺も捨てるしかないのだ。


 ――考えるまでもないがな。


「我が勝利のため、礎となれ!」


 俺の勝利のためならば、こんなものに固執する必要はない。

 我が勝利、それ現実にするためならば――最強の力ごとき、惜しくもないわ!


「食らって消えろ! 【混沌術・絶対なる消滅球(フルカオスボム)】!」


 世界の力を捨てた以上、後は自力で何とかするしかない。しかし渾身の一撃を放った直後である関係上、体技は事実上封じられている。


 だが、俺にはまだ魔法がある。


 直撃すれば欠片も残らず消滅する混沌の爆弾――対処法は避けるしかない。例の防御技ですり抜けてくる可能性もあるが、ここまで極限状態にあってあのような技を使うことは不可能だろう。

 すなわち、状況はレオンハートと最初に戦った時と同じだ。即死級魔法による正面攻撃……となれば、次の一手は直撃寸前に回避してからの一撃。以前はそれでやられたが――今度はそうはいかん!


(魔法の起爆を制御。ギリギリで回避しようとしたところで炸裂させ、直撃させればよい!)


 以前の俺は魔法を打つことばかり考え、回避されることを考えていなかった。いかにも真っ向勝負という雰囲気を出していたしな。

 だが、今の俺は違う。回避された後の手まで用意する――そんな先まで考えて戦うことを知っているのだ。


(その成長を思えば、今までの因縁――悪くなかったぞ、レオンハート・シュバルツ!)


 以前ならば人間が自分の攻撃に対処してくるなど想定もしなかっただろう。

 この思考の変化が良いものなのか悪いものなのかは判断が難しいが、はっきり言えることは一つ。俺は、強くなったのだ。


「貴様の死をもって俺は更に上に行く! 貴様には、いずれ世界最強に敗れた……その称号をくれてやるわ!」


 俺が想定したタイミングがやって来た。今も脳裏に焼き付いている、ギリギリのタイミングで魔法を回避された光景が甦る。

 ここだ、ここで魔法を炸裂させれば、確実に命中する――


「……悪いなミハイ」

「――え?」

「成長しているのは、お前だけじゃない。そして――」


 レオンハートは俺の予想を裏切った。何と、真っ直ぐ前に出て魔法球とそのままぶつかったのだ。


「世界最強に敗れた。未来にその称号を得るのは、お前だよ」


 レオンハートは混沌の爆弾に飲まれて消える。そうなるはずだったし、そうであるべきだった。

 それ、なのに――!


「覚えておきな、お前の敗因はただ一つ――」


 明鏡止水――魔力攻撃をすり抜ける、レオンハートの特殊な魔力運用術。

 しかしそれは極度の集中と安定した魔力制御が不可欠であり、今のようなギリギリの状態では――魔力を安定させられない状況では発動できない。

 それは何一つ間違った認識ではなかった。それは確かなのに、こいつは――!


「――俺を舐めたことだっ!」


 魔法をすり抜ける――それは完全なものではない。完全に受け流す事はできずに、左肩から突っ込んだことで左半身が焼け崩れるように傷ついている。

 俺の必殺の魔法を、左半身が爛れる――その程度で突破したのだ。不完全なすり抜けでは大きなダメージがあるとわかっていながら真っ直ぐ突っ込むことで、最良の結果を呼び寄せたのだ。


「――フ」


 小さく笑い声がこぼれた。

 レオンハートは、半分焼けただれた顔に化け物じみた笑みを浮かべながら無事な右半身に手にした剣を降り下ろす。ダメージにより全力とは行かないものの、十分勝利を決定付けられる威力を持たせた剣を。

 俺は俺の持てる全てを出し切り、レオンハートもまた自らの意思で、自らの力の全力を振り絞った決着。

 その最後は鋭く斬られ、流れ込むのは混沌の魔力。再生能力を上回り、蹂躙する消滅の力。決定打を浴びたのは、俺。


 ――ああ、クソ。


(悔しいが……全力を出して敗れるというのは、何故か悪くないものだな)


 俺は、あらゆる言い訳の聞かない完全なる敗北を知った。


…………………………

……………………

………………


「……ん?」


 俺は死んだ。そう思っていたのに、何故か意識があった。

 今も斬られた場所からは血が流れ出しているし、全身を流れた混沌の魔力により余すことなく破壊されている。吸血鬼は気絶などしないが、それでも当分動くことができない有り様だ。

 しかし生きている。この身が消滅することはなく、しっかりと意識を保って元の空間に倒れているのだ。戦闘の余波で消し飛んだ大地の大穴に落ちないよう、ギリギリの位置に運ばれたかのように。


「さすがにそこまでやったら異空間を維持することもできないか」

「……レオンハートか」


 状況の確認をしていたら、隣から声をかけられた。

 そこには我が宿敵、レオンハート・シュバルツが腰かけていた。戦闘のダメージで今にも死にそうなほどの身体だが、わりと元気そうに笑みを浮かべている。非常にムカつく、勝者の余裕を感じさせる笑みを。


「今回は俺の勝ちだな。誰に憚ることなく完全勝利を謳ってやるよ」

「フン……」


 一対一で、お互いに万全の決闘。使われた力のすべてはお互いに了解していたもののみであり、最後までそのルールは破られていない。

 別にそんなルールを設けての紳士的な試合をしていたわけではないが、奇策も奇襲もなく真っ向からの敗北――それを受け入れないなど、そんなことを口のするわけにはいかない。それは俺の沽券に関わる話だ。

 まあ、だからといって負けたなどと口にはしてやらないが。


「……その様でよく勝ち誇れるな。一歩間違えればゾンビ扱いされても文句は言えんぞ」

「なーに、いつものことだ。致命傷は受けてないんだから問題ない。すぐに治癒ができる俺の弟子が来てくれるしな」

「フン……で? 何の用だ? 話が勝利自慢だけならさっさと殺せ」

「……やれやれ。本当にプライドの高い野郎だな。命乞いの一つくらいしてもバチは当たんないぞ?」

「そんな無様を晒すくらいなら死を選ぶわ。……下らん冗談を言っていないで本題に入れ」

「はいはい……。お前が持っているって話の転移玉はどこにある?」


 レオンハートは何故か馴れ馴れしく無駄話をしてきたが、相手にしなかったところようやく本題に入ったようだ。

 狙いは決闘の報酬である転移玉。我々の居城がある北の大陸への進入を行うためのものだ。

 もちろんそれの用意はあるが……ふむ。


「その話、本当に信じているのか? 俺が言うのも何だか、罠だとは考えないのか?」

「罠? ああ、うん。120%罠だと思ってるよ」

「ならば何故転移玉を求める? そもそも、何故決闘に応じたのだ? この戦い自体が客観的に見れば罠でしかあり得ないだろう」


 この戦いは俺が吸血王様に願った褒美のようなものだ。お互いに一切の消耗なく、正々堂々一対一で決着をつけたいというな。

 故に俺からすれば罠などあるわけないが、レオンハートから見れば怪しすぎる招待だったはずであろう。伏兵を伏せているのかもしれないし、こうして決着がついたところを狙うつもりなのかもしれない。そうは考えなかったのだろうか?


「ま、罠の可能性はもちろん考えたよ。一応決闘の指定地になにか仕掛けがないか事前に調べるくらいはしたし、監視もそれなりにしたさ」

「それで何もなかったから安心したと? だとすれば慢心だな。我々には人間風情では見抜けない罠を張る手段などいくらでもある」

「まあ発見できていないだけって可能性はあったけど……その辺は信頼だな」

「探索を行った仲間を信頼したと? 愚かなことだな」

「いや、どっちかって言うとそっちには懐疑的だ。正直、能力で圧倒的な差があるのは認めるしかない事実だしな。本気でやられたら見抜けないだろうと思ってるよ」

「……では、何を信頼したと言うのだ?」


 味方以外の何を信頼したと言うのか、俺にはわからない。そもそも何かを信頼したことなどない俺にとって、信頼など理解不能な感情だがな。


「……俺はただ、敵を信じただけだよ」

「敵、だと?」

「ああ。吸血鬼ミハイなら下らん罠なんて仕掛けないだろう――ってな。この程度も見抜けないのか――っていやがらせ目的で簡単な罠仕掛けるくらいはするかもとは思ってたけど、本気でそんな手段を取るとは思ってないよ。自分の力に絶対の自信を持っているお前はな」

「……フン」


 俺を信じた、か。意味不明な言葉だな。本当に、何をいっているのかすら皆目見当がつかん。


「お前だって似たようなもんだろうが。俺も協定なんて無視して大群を率いて来る選択肢だってあったし、ホームの利を活かしてここら一帯に罠を張り巡らせることもできない訳じゃなかったんだからな。それでわざわざ決闘形式を申し込んだのは、つまりそういうことだろうが」

「……何をいっているのかわからんな」


 もうわからん。俺にはわからんのだ。だからこれ以上余計なことを口にするな殺すぞ。


「まあいいけどさ。別に意味のある話でもない。……で、転移玉を罠だと思っても求める理由だったか? そっちは簡単だ。ばか正直にそのまま利用する気がないだけだな」

「ほう、できると思っているのか?」

「やるのは俺じゃないからな。どうなるかは専門家任せだけど、まあなんとかなるだろ」

「そういうところでは人任せなのだな」

「できないことをできないって自覚するのは立派な能力の一つだぞ? できもしないのに首突っ込んで被害を広げる方が100倍問題だろ」

「それでもだ。己にできないことがあるなどとよく恥ずかしげもなく言えるものだな」

「だから仲間がいるんだろ。何でも一人でできるなんてのは寂しいことらしいぞ? そんな奴がそういってたから」

「くだらん」


 誰のことを言っているのかはわからんが、くだらんことだ。

 世界には己が一人いればそれでいい。世界はただこの俺一人の存在で完成するのだ。他者に協力を求める――それは必要だからこそ屈辱と共に行われるべき行為であり、断じて受け入れるものではない。

 転移玉を改変することでこちらが設定した座標以外に跳ぶつもりのようだが、確かにそれは技術者でなければ難しいだろう。しかしそれでも、俺なら自力で何とかするところから始めるがな。


「……ならばくれてやる。俺の持つ転移玉の欠片はこれだ」


 俺はほとんど動かない身体を無理矢理動かし、流れ出る血を使って魔方陣を描く。異空間に物を保管しておく魔法の一種だが、予め設定された魔方陣をキーとしなければ干渉できないという防犯性能抜群の特別製だ。


「……確かに受け取ったけど、その身体でもそんな魔法が使えるとはな。やっぱその分野じゃ一生勝負になりそうもないか」

「ただの手品だ。……さあ、これで用件は全て済んだだろう。殺せ」


 この程度の魔法で驚嘆されても嬉しくもなんともない。こんな戦闘不能状態でも使える程度の低い魔法なのだからな。

 仮にこの戦いで俺が殺されていた場合自動的に排出される等、実のところ防犯性能も完全ではない低レベルの術なのだから。

 しかしこれで俺がやるべきことは終わった。後は、敗者として死ぬだけでいい――


「あー……悪いけど、別に殺すつもりとかないんだけど」

「……ふざけているのか?」


 だと思っていたら、このバカはそんなことを抜かした。俺とこいつは不倶戴天の敵同士だ。殺意を向けることはあっても情けなど絶対にあり得ない関係である。

 もし立場が逆であれば問答無用で殺している。少なくとも、それは断言できる。


「まさかここで非殺主義にでも目覚めるつもりか? 情けでもかけようというのか?」

「それこそまさかだ。そりゃ殺す必要のない相手を意味もなく殺す気はないけど、やらなきゃならないときに躊躇するほど善良でもないよ。それに情けもあり得ないな。お前が今までやって来たこと――どれだけ殺したのかを思えば、情けなんぞ雀の涙ほども持てん」

「じゃあ何が狙いだ? 拷問でもしたいのか?」

「んな趣味ねぇよ。まあここで止めを刺さない理由はいくつかあるんだが……まあ、一番の理由はな」


 レオンハートはそこで言葉を区切り、隅から隅まで性格の悪さしか感じられないような笑みを作った。

 こいつ、実は悪魔の血でも引いているんじゃないかってくらいに邪悪な笑みを。


「お前への嫌がらせだ。満足行くまで戦ってそのまま死ぬとか……そんな戦士の本懐みたいな最後を誰が遂げさすか。お前は俺に完全敗北したって過去を持ちながら生き長らえてもらう。お前みたいなのにはこれが一番だろ?」

「な……っ!?」


 この男……本気か? 本気で俺を殺さず、生きながらえさせることを罰とするつもりなのか?

 確かにそれはある意味で恐ろしい刑罰と言えるだろうが……甘い男だな。


 このミハイ、敗れようとなお屈するつもりは――ない。


「フン……」

「そんな身体でどうするつもりだ?」


 俺はまともに動かない身体を気力だけで動かす。

 と言っても拳一つ握ることもできない有様で何をするつもりなのかとレオンハートは訝しげに見ているが、こんな様でもできることはある。


「……言っとくけど、自殺とかなしだからな。勝者は敗者の生殺与奪権を握るってんなら、俺はお前から死を奪わせてもらう」

「……本当に甘い男だな。勝利は望んでも相手の死は望まんか」

「当然だ。こうして正面からの実力勝負で一度敗れた以上、もうお前は魔王の命令を聞いて俺たちと敵対なんてしないだろ? だったら――」

「――だから俺はお前が嫌いなんだよ」


 勝者の言葉は絶対。それは戦いと言う儀式におけるルールである。

 ならば俺はそのルールに従い生きるべきなのだろう。だが、どんな形であれ――俺は誰にも屈するつもりはない。


 それは例え圧倒的な力を有する魔王であろうが、恩のある先人であろうが……俺に勝利した(ライバル)であろうともだ。


「覚えておけ。これが敗者に残される最後の矜持だ」

「――おい」


 何をする気なのか悟ったレオンハートは立ち上がろうとするが、遅い。

 俺よりもダメージは少ないかもしれないが、それでも満身創痍に変わりはないのだからな。


「――俺に勝ったんだ。なら、この先も負けるなよ。せめて最強に負けたというのならば格好もつくが、頂点にも君臨できない男に負けたでは格好がつかんからな」

「……よせ」

「さらばだ」


 俺は、戦いの余波で空いた大穴に背中から倒れこんだ。

 この底も見えないほどの大穴だ。今の身体ではまあまず死ぬだろうが……それもまた一興。

 もし本当に俺にまだ生きるべき何かがあるのか。それを試すには丁度良かろう……。


「……馬鹿野郎が」


 俺に向かって手を伸ばし、そして空を切った右手。

 それを見ながら、俺の視界はただただ暗く染まっていったのだった。



「お帰り。五体満足のようで何よりだよ」

「当然だ」

「そう簡単に死ねないよ」


 戦いを終えてしばらく休息をとった後、俺はアレス君と一緒に王都まで戻ってきた。

 心の整理がついたのかといわれれば……まあついているだろう。俺もこんな生活を続けて長いからな。あれがあいつの選択であるというのなら、それは受け入れるしかないのだ。大体、俺に悲しんでもらってあいつが喜ぶとは思えないし、そもそもあんな不死身を地で行くような男が本当に死んでいるとも限らない。案外普通に生き延びててひょっこり背中を刺しに来るかもしれないしな。


(……それ以外の部分の話は、結構頭痛いんだけど)


 ミハイのことを除くと、残るのはあの戦場跡の惨状だ。修復にはかなりの時間と労力と金が必要だろうが……まあそれは世界が平和になってから考えよう。そんな思いで色々忘れた俺は、アレス君の回復魔法を貰って無事な姿で戻ってきたわけである。

 途中経過を考えると正直五体満足とは言えない気もするが……まあ今無事なんだからいいだろう。


 戻ってすぐの出迎えはクルークだ。実にタイミングよく同時刻に戻った俺とメイをこれまた図ったようなタイミングで出迎えに来たのである。

 大方戦場の様子を遠くから観察していたんだろうけど、異空間で戦ってた俺の方は後半ほとんどわからなかったはずだ。それなりに心配かけたかな。


「それで、目的のものは?」

「これだ」

「こっちもあるよ」


 安保が確認できた以上これ以上は時間の無駄だということか、長引かせるつもりはないとクルークは早速本題に入った。

 俺たちはそれに文句を言うことなく手に入れたものを渡す。二つで一つになるはずの、転移玉の欠片だ。


「……うん、確かに一致するね。後はここから座標データを抜き出して転移先を変える作業だけど――」

「それはお前に任せるけど……実際可能なのか? 転移門もないのに」

「転移門はあくまでも出入口の役割を持つだけだからね。そこは優秀な転移術士がいれば解決するよ」

「つまりボーンジがまた干からびるわけね」

「あいつは干からびているくらいで丁度いいだろう。下手に元気だと煩くて敵わん」

(……高位の転移術が使えるストーカーってのも厄介だろうな)


 能力は折り紙つきだが人格面に問題を抱える男のことを少し考え、まあ俺に被害はないかと脳の隅っこに放り投げる。

 ターゲットはか弱さから星一つ分は離れた場所にいるメイだし、自力で何とかするだろう。できれば殺害以外の解決法を見いだしてほしいところだが。


「ま、ここから先は本当に僕ら術士の仕事だ。君たちは残された二ヶ月の時間をどう有効活用するか考えてくれ」

「……その事なのだが、少し話を聞いてくれ」

「ん? なんだメイ?」


 クルークがまとめに入ろうとしたところでメイが待ったをかけた。

 メイがこうした会話に口を突っ込むのは珍しいなと、俺はちょっと驚きながらも先を促した。


「私が倒したカーネルからの伝言というか忠告というか……」

「カーネル? カーネルって……」

「アタシのおとー様よ!」


 今までの会話をつまらなそうに聞いていたカーラちゃんが反応した。父親の名前が出たからだろう。

 俺には面識ない――通信魔法越しならあるかもしれないけど――吸血鬼だったな。何でもクン流武術を使うとか。


「奴曰く、勝者への賞品とのことだ。内容は二ヶ月後の魔王侵攻計画の内容について」

「……それは信じていいものなのかい?」

「私は嘘ではないと思うぞ? 武人としての言葉に嘘はなかった」

「……ま、聞くだけならタダだけどさ」


 拳を交えたからか、メイはカーラちゃんの親父さんを信頼しているようだ。反対にクルークは全く信用していないようだけど、それでも聞くだけは聞いておこうという腹らしい。


「何でも、四体の魔王が攻める場所ははじめから決まっているらしい。鳥人族(バードマン)たちの元にいる風の精霊竜は魔剣王が、山人族(ドワーフ)たちの元にいる土の精霊竜は魔獣王が、魔族の本拠地にいるらしい火の精霊竜は魔竜王が、そしてここ南の大陸の水の精霊竜には魔人王が攻めこむそうだ」

「ふーん……相手を決めている理由は?」

「それは知らないらしいな。何か魔王神の封印を解くための魔術的な理由でもあるんじゃないか?」

「それはあり得ないことじゃないね……」


 クルークは腕組みして考え始めた。何か自分が納得できる理由を考えているんだろう。

 しかしそれは長考というほどは長く続かず、すぐに結論を出したのだった。


「まあ、正直いくつか考えられる理由はあるけど、いずれにしても情報が少なすぎてあまり意味がないね。案外精霊竜との相性で決めてるだけかもしれないし」

「そりゃそうだな。考えてもわからないことなんて忘れるに限る」

「そこまできれいさっぱり諦めるのもどうかと思うけど……まあいいや。とにかく今はその情報を正しいと考えて動こうかね」

「ん? いいのか? 疑ってたみたいなのに」

「他になにも情報ないからね。嘘だったならそれはそれで問題ないし」


 クルークはおどけたように肩をすくめた。

 ……まあ、実際嘘だったら嘘だったで目の前の敵に勝つしかないしな。どうせランダムにぶつかる相手と戦うつもりだったんだし、あまり変わらないか。


「決戦当日は各魔王が配下を引き連れて軍として動くそうだ。もちろん精霊竜相手に雑兵など意味がないが、疲労させて力を奪う捨て駒にするつもりらしい」

「合理的だね。精霊竜は超越者といって何ら過言じゃない存在。魔王であっても気楽に攻められはしないんだろう」

「でも、決して劣っているわけじゃない。超級の個が互角であるならば、勝負を決めるのは二番手三番手になるが……」

「精霊竜はそんなもの持っていないだろう。つまり、数に対抗するのは私たちの仕事というわけだ」


 俺たちは精霊竜を狙う魔王軍と対決する。最初の一手は数の暴力で来るってんなら、まずはそこをつぶさなきゃな。

 そして、その奥にいる魔王を倒す。精霊竜に頼るのではなく、俺たちの手でな。


「数に対抗するのは数が一番いい。魔王を相手にできるのは僕ら世界破片(ワールドキー)の持ち主だけだとしても、それ以外を相手にするのは他の戦士たちに任せるべきだね」

「……友好関係を結んでいる大陸はいいとして、問題は火の大陸だな。魔王を含めて情報が全くない」

「まあそこはおいおい考えるとして――誰がどこにいく?」


 クルークの一言で、場の空気が変わった。

 もちろん本当に目的の相手と戦える保証はないが、それでも倒すべき敵をイメージできるのは大きい。

 特に、因縁がある相手がいる場合はな。


「俺は吸血王だ」

「私は魔剣王を倒す」


 俺とメイはほぼ同時に発言した。

 俺はガキの頃から因縁がある吸血王を、メイは一度敗北した魔剣王へのリベンジを望むようだな。


「……まあ、問題はないよ。後残っているのは情報に乏しい魔獣王と魔竜王だけど――」

「――僕に、魔竜王をやらせてください」


 クルークがさてどうしたものかとアゴに手をやっていたら、今まで黙っていたアレス君が自分の希望を口にした。

 そう、四魔王に挑むのは俺とメイにクルーク、そしてアレス君だ。希望の世界破片(ワールドキー)である聖剣アークを手にいれたアレス君以外には勤まる仕事じゃないだろう。

 ――心配なのは、間違いないが。


「一応聞くけど、何で魔竜王なんだ? 本人から配下まで一番情報がないとはいえ、竜となれば強大なのは間違いないぞ?」


 正直これは俺の勘だが、多分四魔王最強は魔竜王だ。記憶の中に魔王の詳細情報はないから、本当にただの勘だけど。


「……深い理由はないんですけど……」


 そんな俺の問いに、アレス君は背負った聖剣を軽く撫でた。

 そして、気合いをいれるように宣言するのだった。


「――強い奴に挑みたい。それだけです」


 狂気と理性が同居した、戦士の目。アレス君はそんな目ではっきりと自分の中にある衝動を言葉にした。

 守られる側ではなく、守る側にいくと。一番の強敵を仕留める、そんな役に立つ男になって見せると。


 そんな弟子に、俺は――


「……後二ヶ月、死ぬ気でついてこい。その剣に頼るようじゃ無駄死にするだけだぞ?」

「――はいっ!」


 子供の無謀は死なない程度のところで止めるのが大人だ。だが、一人前の男の言葉を否定できるものなどこの世にいない。

 俺はそう信じて、弟子の成長を喜び、背を押すことにしたのだった――。

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