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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
世界を賭けて
201/241

第183話 決闘4―奥義対奥義―

「なあ、ミハイ」

「なにかね?」


 お互いに、実力以上の力を解放して戦っている。速度も同じくであり、もはや外から見ているとお互いに瞬間移動しながら戦っているようにしか見えないだろう。世界破片(ワールドキー)を解放しあった戦いというのはこれほど凄まじいのかと、もはや他人事のようにすら思ってしまう。

 そんな中で呑気に語りかけている理由は、こんな状況だからこそ言わなきゃならないことがあるからだ。すなわち――


「この世界、まだ持たせろよ?」

「……ふん。誰にものを――言っている!」


 ミハイは内に宿す獣性を開放するかのように吼える。

 ミハイは強気に返してきたが、俺は心配なのだ。ミハイが作ったこの異空間……戦いの余波で消し飛ぶんじゃないかってな。


「以前は神造英雄の一発で砕けただろ? だったら今の俺たちの一撃に耐えられんのか?」

「無論だ。俺の進化と共に異空間の強度も上がっている。――世界を滅ぼし得る力が二つあるとはいえ、そうそう砕けはせん!」


 断言すると共にミハイは更に攻撃を激しくしてきたが、俺ももっともっと力を高めていくだけだ。

 無限の力を提供してくる世界破片(ワールドキー)か……実際には量はともかく出力に制限はあるが、現時点でももう国や大陸なんて程度の相手なら、一瞬で滅ぼせる自信さえ出てしまう。

 その気になればそれこそ世界を滅ぼすことだって――何て考えに至ってしまうんだから、本当に恐ろしいものだ。過ぎた力は人を狂わせ不幸にするだけである何て言うけど、まさにその通りだと強く実感させられる。

 こんな力を使うことに慣れたら――この力を自分だけのものだと錯覚するようなことがあれば、きっと俺は世界の敵になってしまうだろう。自惚れと全能感に支配された狂人とは、なりたくない未来だな。


(今こそまさに、修行で鍛えた心の力を見せるときってか!)


 過剰な力に惑わされることなく、己の進んできた道を思い返し、誇りをもって自分を定義する。

 そう、俺が――俺たちが今まで鍛えてきたのは身体だけではない。何よりも心を強く持つために過酷な鍛練を乗り越えてきたのだ。簡単に力に飲まれてやるつもりなど――ない。


「ハアッ!」


 超加速法・30倍速ってところだろうか。もうやりすぎて自分でもどれくらい加速しているのかわからない無茶だが、それもいくらでも供給される魔力があればゴリ押せる。覚醒融合と吸血鬼化により強化した肉体だからこそ耐えられる限界突破加速法を発動させ、斬りかかる。

 この速度ではもう、通常攻撃ですらオーバーキルにしかならない破壊力を秘めている。魔剣王――は無理にしても、副将級ならかなり優位に立ち回れることだろう。


 もっとも、それは相手がミハイでなければの話だが。


「加速法か。だが、所詮紛い物の貴様と違い――我ら本物の吸血鬼にとって、魔力は生命力に等しい故に――」


 どんな無茶も、無茶にはならない。

 そんな言葉を続けるつもりだったのだろうミハイを無視して斬りかかるが、やはりというべきかミハイは反応して見せた。

 俺と同じくらいの超加速法によって、俺と同じ世界に入ることにより対応してきたのだ。加速法の発動技術では俺に劣るミハイがここまでやれば、当然反動により身体が崩壊する。しかし同時に超再生を行うことで実質相殺……魔力があふれでてくるからって、無茶をするな。


(この戦い、重要なのは通常状態よりも圧倒的に増えた魔力をどう運用するかだな)


 世界破片(ワールドキー)を使った戦闘で重要なのは、増えすぎる魔力をどう使うかということ。

 単純に大量の魔力をそのまま使っても十分すぎるほどに強いのだが、それは使いこなしているとはとてもいえない。どんなものにも当てはまる話だが、量が増えれば増えるほど細部が大雑把になってしまうのだ。

 力をぶつけるだけなんて不細工な戦い方じゃ戦士とはいえない。だが、自分の力量を大きく超える魔力を持たせる世界破片(ワールドキー)発動中となるとそうそう簡単には満足できる戦いってわけにはいかない。

 もちろん俺もこれを発動させられるようになってから訓練はしたが、まだまだ完成はしていない。というか、完成する事はありえないだろう。だって自分の力量超えてんだもん。


(獅子奮迅による本能制御……最適解を身体が理解する状態だからこそここまでやれているが、どっちにしてもあまり長くは持たないな)


 獅子奮迅。この技の原理を簡単に言えば、絶好調状態って奴だ。

 自分でも理解できないくらい理想的に身体が動く――そんな状態に意図的になるのが獅子奮迅という技なのである。本来なら多大な集中を必要とするような技でも、身に着けているのなら限りなくタイムロスをゼロにして発動できるようになるってところだな。

 当然そんな状態は長く続かないので時間制限がある上に、その期限はそのときの体調に左右されるので安定しない。それがこの技の弱点と言っていいだろう。


 俺はそれを踏まえた上で、戦闘から切り離された頭でこの戦いの結末を予想する。

 今のままで行けば、恐らく負けるのは俺だ。単純にパワーを超ブーストしあった状態で力比べを続ければ、最後に勝つのは頑丈な方になる。となると、どうしても素が人間である俺と吸血鬼であるミハイではミハイが圧倒的有利だ。

 人間はあくまでも弱い生物だ。それを技術で補うからこそ他の生物と渡り合えるのであり、基礎スペックでは勝負にならない。その基本を忘れずに――だ!


(力が増えすぎて力道点破の極意が疎かになっている。これじゃ防御貫通って言うほどの効果は期待できないな)


 攻防を続けても決定打を与えられない理由の一つとして、防御貫通の極意が完全には機能していないことがある。

 獅子奮迅による絶好調行動の一つに明鏡止水・極が含まれているというだけであり、ただ獅子奮迅状態であればそれであらゆる異能をすり抜ける一撃が撃てるというわけではない。

 あれはあくまでも超精密な魔力と力のコントロールあっての技法……力ばかり増している今のままだと使えないのは当然のことか。


「どうした! このまま終わるか!」

「いーや、こんないい戦い……そう簡単には終わらせられねぇよ!」


 俺はミハイの無限とも思える槍の嵐と分離召喚した蝙蝠の群れ、それに空中を飛び回ってビーム連射してくる小さいのとか俺の動きを拘束しようと回り込んでくる紐とかを回避しつつミハイに牽制の一撃を放つ。

 ミハイにはこの内側から溢れるほどに湧き上がる魔力を持て余している様子はないな。あの無数の形態変化をもつ血の槍が凄いってのもあるんだろうが、あそこまで器用に使いこなしているのを見る限りじゃ魔力を完全に乗りこなしている。

 これは種族の差ってのもあるんだろうけど……どちらかというと個人的なセンスの差かな!


(今のままで行くと……後32手で俺に逃げ場がなくなるか)


 魔力の扱いでは負けていても、気影から次を読むといった技術では俺のほうが上。だからこそ行動予測を無意識に行うことで全体的に負けている現段階でも何とか対抗できているが、冷静に考えると徐々に俺の敗北が近づいている。

 というか、ミハイもそれを承知で攻めてきているんだろう。その手の土俵では俺に劣っていることを素直に認め、そんな有利何の意味もないぞと真っ向から潰しにきているのだ。

 ただ何も考えずに正面から力任せできていればもっとできることはあるのに……本当に技量を身に着けた人外ってのは厄介極まりないな!


(これは賭けだが……やるしかないな)

「フフッ! さあ、これで終わりだ!」


 俺の気影が全て潰された。すなわち、逃げ場を失ったのだ。

 後はその未来予測が指し示すとおり、なすすべなく一秒後に俺は死ぬしかない。それを覆す策として、俺は――力を一気に抜くのだった。


世界破片(ワールドキー)――解除!」

「なっ!?」


 流石に予想外だったのか、ミハイは驚いて一瞬動きを止めた。

 まあ、圧倒的な力と力のぶつかり合いをしている最中にその力を捨てたのだ。普通はありえない選択肢だろう。

 だが、こうでもしないとこの包囲網からは逃れられないんだ。


「【明鏡加速】」


 俺はいつもの自分に戻ったところで明鏡止水と加速法を同時に発動させ、ミハイの攻撃から脱出を試みる。本当は世界破片(ワールドキー)ありの状態でこれができれば一番なんだが、まだまだここまで精密な動きは出来そうにないからな。

 技自体は以前もミハイに見せた手であり、二度目は通用しないのが普通だが……世界破片(ワールドキー)を捨てるっつう奇策により一瞬止まった今なら問題ない!


「脱出――からの【モード・唯我独尊】!」


 危機から抜けたところで再び世界破片(ワールドキー)を発動させる。この世界破片(ワールドキー)の切り替えは、初代と戦ったときに身に着けた戦法だ。

 あの人はあの人で本能で戦う――というか本能でしか戦えない原人タイプだっただけに、大量の魔力との相性は良かった。本当にセンスのある奴ってのはどうしてああも簡単に難しいことができるんだ?


 まあ、そんなのと一週間くらいぶっ通しで戦ったおかげで、俺はこのパワーが必要な時と技術が必要なときを見極め、モードを瞬時に切り替えるって戦術を会得できたわけだが……後何回通じるかね?


「……ならば、押し切るまで!」

「やっぱそう来るか」


 俺がやったことを理解したミハイは、すぐさま猛攻を仕掛けてきた。

 所詮はその場しのぎであると判断したのだろう。実際その通りであるが、今のは緊急時の脱出手段でしかなく、勝利には結びつかない。だからこそ、俺の限界を見越してひたすら押すつもりなのだ。

 その反動でミハイの身体が今にも壊れそうと言った様子で軋みを上げ、それがすぐさま修復される。こいつは本当にずるい生き物だな。


「でも、勝つのは俺だ」


 弱気は禁物と一言口にしてから、俺も前に出る。とにかく、今のミハイに自由な攻撃なんて許してはならない。正面から攻撃と攻撃をぶつけ合うのは肉体的な限界で俺が先に参ってしまうが、それでも攻めの気配だけは感じさせないとな。


(持久戦は圧倒的に不利。全ては一撃を放つ隙を見つけられるか……それにかかっている)


 俺はミハイも重々承知しているのだろう勝利への道筋を思い、前に出る。

 この戦い、恐らく――決着の瞬間はそう遠くはない。


(八王剣は前に見せたことあるし、恐らく警戒されている。狙うのは一撃必殺――全パワーを集中させた逆鱗ノ払)


 俺は嵐龍閃のエネルギーを刀身に集め、カウンターで凪ぎ払う逆鱗ノ払を決め技にすることとした。

 今のように間合いの外から遠距離攻撃を仕掛けてこられると使えない手だが、一度明鏡止水と加速法の組み合わせで回避できることを見せたのだ。恐らく、次は確実に仕留めるためトドメは接近戦を選ぶだろう。

 俺はミハイがそのトドメの一撃を放つ瞬間を見極め、一瞬やつより早く斬りにいかねばならない。

 一瞬たりとも、油断するな。気を抜くな。命の火を消すなよ……俺!


「そらそらそらっ!」

「ぐっ!?」


 先ほどの攻防の焼き直しをしているかのように、ミハイは俺を多彩な手段で攻め立ててくる。

 すべての攻撃が俺の退路を少しずつ削るように計算されている攻撃群は、まるで俺が操り人形にでもなったかのような気分になる。

 ミハイの計算通りの迎撃と回避を繰り返させられ、徐々に詰みへと導かれる……こいつ、チェスとか強そうだな。


(だが、踊ってやるのは最後の瞬間の一手前までだ。最後に計算を乱すのは、どっちかな!)


 徐々に徐々に俺が不利になっていき、そして――ほんの僅かにミハイの放つ闘気に変化が生じた。


 ――――来る!


「【最強形態・英血の牙(ロンゴミアント)】!」


 回避が限りなく困難な態勢まで追い込まれた次の瞬間、ミハイの槍が形状を変化させた。

 槍の先端から血が吹き出ているかのような濃厚な魔力を穂先に集め、一撃必殺の体現を行っているかのごとき突撃槍の形態。その槍をもって、ミハイは躊躇することなく前に出てくる。

 これで決める――そんな覚悟と決意が目に見えそうなくらいの気迫が乗った一撃だ。


「――勝負!」


 俺も当然逃げずに正面から撃ちに行く。正面から一瞬だけ速く――斬る!



「その構えは……極正拳、か?」


 カーネルは私の構えをみて小さく呟いた。

 そう、カーネルが初代式最強の技を繰り出そうとする傍ら、私が選んだのは極正拳。クン流の奥義だ。


「その技は何度も見た。ボルグのオリジナルよりも随分変質してはいるが、はっきりいってこの一撃に対抗するのは不可能だぞ?」

「そうかな? お前はこの技の本当の意味を知らないだろう?」

「本当の……? まあいい、ならばそれがハッタリではないことを祈らせてもらおう」

「ああ。せいぜい期待しろ」


 カーネルは腰を更に落とし、突撃の気配を濃厚に漂わせる。

 対する私は極正拳を放つべく拳を握り、不動の構えをとる。自らの動きを最小限とし、相手の行動予測に全力を傾けることである種の未来予知すら可能にする明察不動の構えだ。

 この構えから繰り出す一撃は、初代が考案したものではない。長い歴史の中でクン流がシュバルツ流に対抗するために磨いてきた『己より早い相手を倒す技術』の集大成だ。

 カーネルは、初代以外の技を知らない。すなわち、この構えの意味もまた知らないはずなのだ。

 だからこそ狙える。最高のタイミングを狙う、渾身のカウンターを――


「――チェイッ!」


 瞬きする隙もないほどに素早く、カーネルは一本の矢と化した。刹那のときを使いカーネルは私の懐に入り込み、拳をぶつけようとしている。

 その後は拳に蓄えたエネルギーを密着状態で爆発させ、確実な絶命を狙うつもりだろう。その攻撃には一秒の十分の一も使ってはいないのだろうが、私は当然のようにその拳を、挙動を観察できている。

 この時間が引き伸ばされていくかのような感覚。一瞬あとに死が待ち受けていることを理解してなお前に出る狂気。この瞬間こそが――拳士が命を輝かせる時!


「――明王極正拳!」


 カーネルの動きから予知した未来に合わせて拳を繰り出す。この刹那のタイミングで放てば、一瞬早く私の拳が届く。

 これで、終わりだ――ッ!?


「生憎だが、情報収集は怠っていないとも」


 必倒の一撃となるはずだった拳は、空を切った。カーネルは正真正銘必殺の一撃だったはずの突撃を寸前で止めたのだ。

 その気配を消して、動きを見切ることに特化していた私にすら悟らせることのないほど完璧なフェイントとして。


「その技は征獣将相手に一度使っただろう? これでも私は慎重な性格でね。敵の情報収集など基礎の基礎。やらない方が愚かと言う話だろう?」

「クッ――」


 全力の一撃を空かされた私の身体は大きく流れている。そんな致命的な隙を逃すほど、カーネルも甘くはない。

 勝ち誇った言葉と共に、素早く二撃目の構えを取るのだった。


「残念だったな。私の動きを見切ったつもりだったのだろうが――千年と二十年。その差を知れ」


 私の腹に、抉り込む一撃が入る音がした。



「――逆鱗ノ払!」


 ミハイの突撃に合わせ、剣を振るう。タイミングは文句なし。確実にミハイの攻撃をすり抜け、僅かに速く一撃入れられる――ッ!?


「そんな程度の策で俺をやれるかぁッ!」


 攻撃の命中を確信した瞬間、ミハイのスピードが上がった。すでに加速法をお互いに発動させているというのに、何故――!


「まさか、八王剣――」

「連続の段階加速攻撃。再現には至っていないが、原理の応用くらいなら可能だ!」


 追加速。加速状態から更にアクセルを踏み込む、シュバルツ流奥義にも通じる加速法の応用技。

 ガキの頃に一度見せただけの技を、こいつ、この土壇場で――


「お前の名を永久に俺の魂に刻む。約束しよう」

「なろ――」

「シネ」


 吸血鬼が怪物であることを証明するような狂気に顔を歪め、ミハイは手にした槍を真っ直ぐ突きだした。


「――【我が正義、唯一無二(ミハイ・イリエ)】」


 超圧縮された魔力を先端に集めた一撃が、俺の胸を抉ろうとしていた。

 正義の世界破片(ワールドキー)の機能をフルに発揮することで使える、正義の主張――他者否定の力を込めた絶対攻撃能力によって。


 ――だが。



 ――だが。



「この程度では――」



『死なん!』


………………………………………………

…………………………………………

……………………………………




「……馬鹿な」


 必殺秘中の一撃。そのはずだった。ボルグの末裔が企てた策を撃ち破り、その命を我が武功としたはずだった。

 あとほんの数ミリ、それだけ前に拳を前に出せばそれは叶ったはずだった。本来の目的である世界破片(ワールドキー)の確認はできなかったが、満足行く結果となるはずだった。

 だが、事実は私の予想に反するものとなった。完全に捉えたはずの一撃は、止められたのだ。メイ・クンが纏う、魔力の巨人によって……!


「これが弐式覚醒の真骨頂……極限まで圧縮した魔力はそれ自体が実体となり、究極の鎧となる、覚醒巨人。……クン流は生身で兵器を圧倒することを真髄とする。これもまた、答えのひとつだ」


 メイ・クンは会心の笑みを浮かべ、拳を握った。

 今の私はメイ・クンの動きとは独立して動いた巨人に囚われており、身動きがとれない。このパワーなら振り払うのにかかる時間は3秒ほどだろうが、それはこの相手を前にしてはあまりにも遅すぎる。

 故に、私は振り払うのではなく更に前に出ることにした。


「コアッ!」


 発声と共に全身を突きだし、魔力の巨人を突き破る。それがこの状況を打破する唯一の手段だと直感したのだ。

 もう一度いってやるぞ、ボルグの末裔よ。我が千年の研鑽を、舐めるな――


「ふんッ!」

「なっ!?」


 メイ・クンは拳を繰り出してきた。しかしその狙いは無防備を晒している胴体ではなく、私の拳――今まさに巨人を破ろうと全パワーを集中させている場所だったのだ。

 一番強固な場所をあえて狙うとは、いったい何を――


「さっき、お前はいったな? 千年と二十年の差だと。ならば今度は私が見せてやろう――私たちの千年をな!」

「ぐ、ぬぅぅぅっ!?」


 拳と拳のぶつかり合いのなかで、私は徐々に押されていった。

 何故かはわからない。確かに巨人に止められ勢いは殺されたが、しかしそれでも負けるつもりなどなかった。私が知らないなにかが、この拳にはある。自らの最強を真正面から破られる。これは、そうだな……


(これは、完敗と言うしかないな)


 我が最強(こぶし)は、若い人間の最強(こぶし)によって砕かれたのだった。


…………………………

……………………

………………



























「……ボルグの末裔、メイ・クンよ」

「なんだ?」


 私は倒れていた。千年待ち望んだ、敗北の記憶を塗り替える機会。私を倒し、私を魅了した武を持って勝利を得る戦い。

 それに敗れ――正面から倒された私は両腕を吹き飛ばされて倒れ伏しているのだ。


 丁寧に再生阻害の打法を加えた一撃を受けた以上、しばらく再生することはできない。

 両腕を失った以上、もはや勝ち目はない。まだ種族的な能力などで悪あがきする事は不可能ではないが、それはこの戦いを穢す蛇足となるだけだろう。

 ならばこそ私は素直に敗北を認めたのだが……どうしても不可解な点がある。それを聞かない限りただ倒れているわけにはいかない。


「二つ……いや三つ、聞かせろ」

「なんだ?」

「私は、何故負けた? 敗北するような要素などなかった。特に、拳のぶつかり合いで劣る道理はなかったはずだ」


 最後のぶつかり合い。そのとき、何故かメイ・クンは私の全エネルギーを集中させた拳を狙って来た。

 ならばパワーで勝る私が勝って当然。そのはずだったのに、結果は両腕の完全粉砕だ。納得できるわけがない。

 そんな私の問いに、メイ・クンはあっさりと答えたのだった。


「その答えは簡単だ。私のほうが強かっただけだろう」

「……そうだな」


 そういわれるとぐうの音もでない。勝者の方が強かった。結局はそれだけの話だ。


「……まあ、何故私のほうが強かったのかと言う話ならば……技術の差だな」

「技術? 敗者の身で言うことではないかもしれないが、私としてはそこまで劣っていたつもりはないのだがね?」

「ああ、そう言う話じゃない。単純に身に付けていた流派の差と言う話だ」

「流派……? 同じクン流だろう?」

「いや、同じじゃない。お前のは千年前のクン流だ。そこから一人千年模倣に費やした努力は認めるが……数多の天才強豪が跋扈する中で磨かれ、変化と進化を繰り返してきた今のクン流とお前のクン流では大きくレベルに差がある――それだけだ」


 メイ・クンは確固たる自信と共に言い放った。

 ……なるほど、それは確かに道理かも知れんな。同じところから始まっても、一人で延々同じことを繰り返していた私と、多くの拳士の才能の中で育まれた技。どちらが広がるかと問われれば、確かに答えは一つしかないだろう。


「千年一人で鍛え続けたお前の技量は確かに私を越えていた。だが――千年間、継承の中で発展してきた技がそれを越えたのだ」

「ふぅ……一人では限界がある、ということか」

「当然だ。修行方法一つとっても一人でやるのと集団でやるのとでは圧倒的に効率が違う。――特に、極正拳は習得した打撃技術の練度と広さが威力に直結する。初代十二拳を初めとして、様々な技を融合させた一撃――初代が口伝でのみ残した究極の一撃の正体こそ、未来に誕生する極正拳なのだからな」

「……武術の真髄は発展と進化か。模倣ばかりではその深遠に到達できるはずもないというわけか」


 周囲と競い合う。それは確かに、千年かけてもやらなかったことだ。

 技術を磨くなどくだらない、力で全てをねじ伏せてこそである――というのが魔族の基本的な考え方だからなぁ。


「……理解した。だが、それでもわからんのだが……何故お前は決着のとき、俺の拳に向かって攻撃した? もっと効率よく破壊できる方法はいくらでもあったはずだ。いくら同条件での一撃の比べあいなら自分に分があると思っていたとしても、一番強力な部分を打つ合理的な理由などあるまい?」

「ん? それは……」

「何よりも――何故私を殺さないのだ? 今はこうして戦うことなど不可能な状況になってはいるが、それも一時的なものだ。敵である以上さっさと息の根を完全に止めるのがお前の今やるべきことだろう」


 私は咎めるようにメイ・クンへ問いかける。

 私が聞きたかったのは、最後の一撃の理不尽な破壊力はどこから来たのかということ。何故最後に私に付き合うかのように拳と拳をぶつけたのかということ。そして、何故速やかにトドメをささないのかということだ。

 よもや手加減したわけではないだろうが……理解できん。もし情けをかけてなどという理由であれば、この身体であろうが一矢報いるくらいのことはするつもりだがな。


「……その二つは同じ理由だな」

「同じだと?」

「あぁ。……あれだ」


 メイ・クンは僅かに視線を別の方向へとやった。私もそれに倣って首を動かしてみると、そこには――


「おとー様!」

「……カーラ」


 視線の先にいたのは、全力で駆け寄ってきているカーラだった。

 戦闘が終結したと見て走ってきたようだが、随分焦っている様子だ。速さはかなりのものだが、慌てすぎて転びそうになっているほどに。


「……弟子に言われたからな」

「言われた? 何をだ?」

「――死なないで欲しい、だ」


 メイ・クンの言葉に、少々驚き目を見開いてしまった。

 ……死ぬな、か。残念ながら、私はそんなこと言われたことがないな。隣にいる者が死ねばその分自分の取り分が増える――吸血鬼本来の仲間意識など元来そんなものなのだから。


「だから死なせなかった」

「なに? どういうことだ?」

「決まっている。あいつの言う死なないでほしい相手と言うのは私だけではない。あいつは、父と呼ぶ存在の死をあっさりと認めるほど薄情でもなければ諦めもよくないよ。だから、そのためにあえて一番威力が殺される場所を狙って打った。それだけだ」

「……なんだと? 情けをかけたというのか?」


 命を賭けた戦いの中で情けをかけられる。それはこれ以上ない侮辱だ。それが例え、娘の願いであってもだ。

 もしそんなつもりで私との戦いに挑んだというのならば、どんな手を使ってでも戦闘を再開させてもらう。両腕がない以上拳士としては戦えないが、魔法で食い下がる事は可能――


「情け? そんなわけあるまい。むしろそれと真逆――無慈悲な通告と言っていい」

「……どういうことだ?」

「決まっている。相手を殺すだけならまぐれ当たりでもできる。だがな――」


 メイ・クンは駆け寄ってくるカーラに場所を譲るように踵を返して私から離れていった。

 最後に、僅かな言葉だけ残して――


「――相手を殺さずに倒す。それができるのは、絶対的強者のみ。私はお前にただ突きつけただけだよ。どちらが格上なのかをな」


 そういって、照れ隠しであることを悟らせないために顔を背けているかのごとく去っていったのだった。

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