第17話 見せ付けられる実力
「そこまで!」
(……いい勝負だったけど、これと言って気にするほどでもないかな)
今、見知らぬ人同士の第六試合が終了した。互角の戦いだったと思うけど、レベル的には鎧の人たちと変わらない。俺が戦えば加速法なしでも何とかなるかなーって程度だったな。まあ、アレが全力だったらの話だけど。
やっぱ、今のところ気になるのはクルークとメイさんかな。格下相手だったからってのもあるけど、圧倒的な試合は印象的過ぎた。
後気になるのはハームさんくらいだけど、まだ戦ってないしな。弓矢の破壊力は知っているけど、一対一での動きを知らないからなんとも……。
「……次! メイ・クンVSソウザ!」
「私か」
お、次はまたメイさんか。早くも二回戦目ってのは運がいいのか悪いのかわかんないけど、まあ全然疲労してないんだから問題なしだろう。
……しかし……はて? ソウザって名前、どっかで聞いたような……?
「おう、俺の相手は嬢ちゃんか。さっきの試合も見せてもらったからな、実力はわかっている。悪いが遠慮も手加減もしないぜ?」
「望むところだ。全ての力でかかって来い。それを私の武で上回って見せよう」
「ハハハッ! そりゃいい。俺も格闘家として負けらんねぇな」
「では、両名は試合場に行きたまえ」
……おお! 誰かと思ったら、最初の試験会場で出会った兄ちゃんか。そういや、あの光り輝くスキンヘッドとムキムキの肉体は見覚えがあったわ。
ちょっと話しただけの仲だけど、ちゃんと残ってたんだな。今の今まで忘れてた俺が言うのもなんだけど、良い人っぽい人が残ってるのはいいことだ。
メイさん的にも、さっぱりと気持ちよく戦えそうなのはいい事だろうし。さっきからメイさん的にはレベルの低い試合ばっかでテンション落ち気味だったのに、ソウザさん見た瞬間に目の輝きが増した気がするもん。
ま、今はんなことよりも大事な事があるんだけどさ。
(この戦いは重要だ。ソウザさんは見る限りかなりの実力者。そしてもちろん、メイさんは間違いなくこの試験の強敵になる。その彼女の本気に近い拳筋を一方的に見ることのできる絶好の機会。これは全身の細胞一つ緩ませること無く意識を集中せねば……)
俺はまだ、メイさんの本気を知らない。それを知る絶好の機会を逃すわけには行かない。
一応一次試験のときに実際に戦ったとは言え、あれはすぐに中断されてしまった。あの戦いからでもまあある程度分析できるんだけど、物足りない感は否めない。
その後マッドオーガ相手に共闘したりもしたけど、あれを基準に考えるにはちょっと例外多すぎだろう。ぶっちゃけ、敵が強すぎてこのレベルの戦いに要求される能力を見れてないし。
そして何よりも、その強敵との戦いから学んだ進歩が気になる。月並みな話だが、人間勝利よりも敗北から学ぶことの方が多いらしい。ならば、個人で見れば惨敗同然のあの戦いからメイさんが進歩していないなんて楽観にもほどがある考えだろう。
あの槍の人じゃ全然本気を出してなかったし、今の実力はさっぱり計れてない。その点、外見から察せられるソウザさんの実力なら試金石として持ってこいだと思うんだよね。
……と言うわけで、じっくり観察させてもらうとしようかな!
「では、第七試合……はじめ!」
「――ハァッ!!」
お互いに少し離れた場所に立ち、試合開始の合図が出された。
そして、例の如くメイさんによる突撃技によって戦いが始まる。右拳を腰の辺りに溜めたまま突進しているのだ。
それを受けるソウザさんだが……彼の構えは体に似合わず防御重視に見える。攻撃の意思が無いわけではないのだが、どちらかと言うと守備重視のスタイルみたいだな。
「クン流・走拳鉄砲撃ち!」
メイさんの技は、突進の勢いを乗せた正拳突きだ。
メイさんは、小柄な体には似合わない凄まじいパワーを秘めている。そのパワーを加減無く乗せた突進技の威力は、当然超強力だ。それはこの体で知っているんだから間違いない。
さて、ソウザさんは一体どうするのか……!?
「――フンッ!」
「むっ!?」
「おぉ……あの突きを正面から受け止めたかぁ……」
ソウザさんは腰を深く落とし、大地に深く根を張る大木のような安定感ある構えを取った。
そして、その堅牢な構えがハッタリではないと証明するようにあの剛拳を真正面から止めて見せたのだ。全く持って素晴らしい技術と防御能力だな。
ぶっちゃけ守りごとぶっ飛ばされると思ってた俺的には物凄い意外な展開だけど、しかしまあそれで止まるメイさんでは無い。自分の一撃が止められたことに動揺すら見せずに、むしろ笑みすら浮かべているくらいだ。
きっと、元より突撃技一つで倒しきれるとは思っていなかったんだろう。だからショックの一つも受けていないんだと思う。
それに、見ていればわかることだけど……強敵との戦いは彼女にとって喜びでしかないのだ。確かな実力を証明するようなソウザさんの防御に、テンションが更に上がっちゃったってところか。
そんな心身ともに絶好調のメイさんは、更にその場で猛烈な突きのラッシュを仕掛けるのだった。
しかし――
「クッ! 私の拳をこうも容易く――」
「敵の全てを受け止める盾であり、鎧! それが我が流派の真髄だ!」
(ソウザさん……凄いな。防御に関してはとんでもない巧者ってわけか)
素早く、そして恐ろしい破壊力を秘めた拳の連撃。だが、ソウザさんはその全てを巧みな手捌きで逸らすように弾いてしまう。
その技を見る限り、どうやらあの二人は同じ格闘家であっても正反対のタイプらしい。
自らの体を武器そのものに変える破壊の武を振るうメイさん。手足を盾に、体を鎧のように堅固にするソウザさん。
攻撃と防御、まるで正反対の戦法を得意とする者同士の戦いってところか。
「ハァァァァァァ!!」
「ヌウゥゥゥゥゥ!!」
修めた技の違いか、ひたすら攻撃し続けるメイさんと防御し続けるソウザさんって形の攻防が続く。そして、その拳の乱打においても未だ二人は無傷。完全にメイさんの拳は受け止められていた。
一見すると、巧みな防御でメイさんを止めるソウザさんが一枚上手のようにも見える流れだな。あれだけ攻めているのに直撃なしってのは結構自信なくすだろうし、焦りも生まれるだろう。
戦いって心の駆け引きな部分も大きいからな。卓越した防御を相手にしたとき、強引な攻めから自滅するってケースは多いって親父殿も言ってたし。
「どうした! 守ってばかりか!!」
「ぐぅ……!!」
でもまあ、メイさんにはそれがあんまり当てはまらないみたいだけど。焦って技が乱れるどころか、一撃ごとに速さと威力が上昇しているようにすら見えるし。
ぶっちゃけ、実際に押しているのはメイさんだな。徐々にメイさんの体が温まってきたのもそうだけど、本当に防御一辺倒で未だに一撃も攻撃してないからな、ソウザさん。
動きを見ている限りは攻撃意思もあるんだろうけど……メイさんの拳のキレと威力に圧倒されて攻めに転じることができていない。多分本来は防いだ敵の拳を取って押さえ込むのが狙いだと思うんだけど、そこまでの余裕は無いようだ。
このまま行くと、いつかソウザさんの防御を抜けた拳がヒットするって結果になるのかな……。
「クッ! やるなお嬢ちゃん! 俺がここまで押されるとは!」
「貴殿もなかなかの腕前だ。私の技をここまで受けきるのだからな! だが、受けるだけでは勝てん!」
「もっともだな! ……ならば、ここは一つ賭けにでも出てみるかね!」
秒単位で鋭さを増すメイさんの拳。拳速もグングン上がっているように見えるし、遠くない未来にソウザさんの守りが抜かれることになるだろう。
それを自分でもわかっているのか、ソウザさんは今までとは違った動きを見せたのだった。
「……ふぅぅぅぅぅ」
「なにっ!?」
「拳が防御を抜けた? いや、あえて防がなかったように見えたぞ。一体何を考えて――」
まるで結界でも作っているんじゃないかって堅牢な守りを見せていたソウザさんだったが、何故か突然メイさんの拳をスルーしたのだ。
防御しないと言うことは、当然その破壊の拳はソウザさんの胴体へと真っ直ぐ向かっていく。一撃でも貰えばそこから崩されるのは十分ありえる未来だし、一体どうするつもりなのか……ッ!?
「【加硬法・二倍硬体】!」
「なっ!?」
「こ、これは……!?」
まさかの三加法!? それも、肉体強度そのものを底上げする防御の法か!
なるほど、確かに三加法で強化すれば一撃くらいは無傷で耐えられるだろう。その隙に攻撃に出るつもりってことか。
いや、それどころか予想外に堅いものを殴った拳を痛めることも考えられる。ゲームではただの防御力アップ技だが、現実ではカウンター技としても有効なのは間違いないか。
「痛っ!?」
「フフフッ! 効かないなぁ!!」
メイさんの拳は、確かにソウザさんの体に突き刺さった。だが、肉体硬度が超強化された肉体はビクともしない。それどころか、逆にメイさんが拳を痛める破目になったくらいだ。
(まあ、あの程度の負傷なら気功術で簡単に治せるだろうけど……加力法を使ってなかったのが失敗かな。言っても仕方の無いことだけど)
通常の技でも十分人を破壊できる力がメイさんにはある。三加法が肉体に負担をかける技術である以上、不必要に使えって方が無茶だ。
まあそんなことよりも、今メイさんにとって一番苦しいのは反応が一瞬遅れたことだな。予想外の一手を前にしたせいで不意を突かれ、拳を引くのが遅れたんだから。
当然、ソウザさんがその隙を見逃す理由は無い。その一瞬を正確に狙い済まし、ソウザさんはメイさんの腕を両手で掴むことに成功していた。
「隙ができたな嬢ちゃん! この腕、貰うぞ!」
「……こぉぉぉぉぉ」
腕を取ったソウザさんは、そのままそのぶっといムキムキの腕に力を込めている。恐らくへし折るか……最低でも関節を破壊するくらいのことはやるはずだ。
いくら相手が小さな女の子だと言っても、これは真剣勝負。ましてや、さっきからとんでもない実力を見せ付ける格闘家の腕を掴んでおいて無事に離すなんて選択肢が存在するはずも無い。
だが、今もミシミシと負荷がかけられている筈のメイさん当人は全く慌てず、逆に力を溜めているように呼吸を整えている。
もしや、あれは……
「ハァッ!!」
「な、何だとぉ!?」
「す、すげぇ……あの巨体を、片手で持ち上げやがった……!」
メイさんは、気合と共に取られた腕でソウザさんを持ち上げた。どこかデジャブを感じる光景だが、メイさんの腕力は本当に半端では無いのだ。
いくらソウザさんが腕を掴んでいると言っても、突然空中に持ち上げられてしまっては力を入れることもできない。いや、それどころか防御もままならないだろう。だって、両腕塞がってる上に姿勢の安定まで崩されてるんだし……。
「右腕はとられたが、左腕は自由だぞ? ……ハァッ!!」
「がはっ!?」
持ち上げられ、加硬法の補正も失った胴体に綺麗な左ストレートが深々と突き刺さった。
流石にダメージがあったのか、ソウザさんはメイさんの右腕を離しつつ吹き飛ばされる。まあ、無理に掴んでいれば吹き飛ぶエネルギーまでダメージになってたわけだし当然だろうな。
そして、ぶっ飛ばされたソウザさんは地面に落ちた後もごろごろと転がっていく。ありゃ一撃で戦闘不能か?
……いや、違うな。アレは自分から転がってダメージを少しでも流そうとしているんだ。どうやら、まだまだ戦えるみたいだな。
「ぐふっ……。や、やるな嬢ちゃん。今のは本気で効いたぞ」
「……私は今ので決めるつもりだったのだがな。クン流・人砲拳は決め技に分類される威力があるのだぞ?」
「人砲拳……敵を砲弾に見立てて殴り飛ばす技かい? なら差し詰め、君の左腕は大砲か」
「生憎、この技を授けてくれた父上には遠く及ばないがな」
……ま、確かにソウザさんは放物線を描いて飛んだな。砲弾と言うよりは、投石器くらいだったと思うけど。
それにしても頑丈な人だな。まだまだ未熟とは言うものの、メイさんの打撃は十分強力だった。少なくとも、ここに集まっている見習い未満の俺達レベルなら十分倒せるはずだ。
こりゃ、単純な肉体の耐久力でもソウザさんはかなり高い。直撃を当てても痛いで済むとなると、メイさんちょっと苦しいかな?
まあ、逆に言えばダメージは通ると言う事でもあるんだが……。
(ここまでの戦いを見る限り、総合力ではメイさんが一段階上にいる感じだな。ソウザさんの防御能力が頭一つ抜けてるせいで攻め切れてないけど、このまま適度に当て続ければいつかは落ちるはず……)
このまま戦い続ければ、多分メイさんが勝つ。だけど……長引くかもしれないな。
必倒の一撃が何の障害も無く直撃した。それでも倒しきれない頑丈さと耐久力を素で持っている相手じゃ時間はかかるかも……。
とまあ、普通はこう考える。俺だって実際に戦えばてこずるだろう。でも――メイさんの目には、明らかに何かがあると確信させる凄みがあるんだよなぁ……。
「……見事。貴殿の肉体は、まさに鍛錬の結晶だ。一人の武芸者として、心より尊敬する」
「そりゃどーも。……さて、こうなったら無理せず徹底的にいかせてもらうぜ?」
(何だ? 何か妙な魔力の流れがあるような……)
「【気功術・純回気】」
「む……」
ソウザさんが何かの能力を発動させた。見る限りは魔力がソウザさんの体を巡っているようだが……どうも攻撃技って感じはしないな。
(……いや、今純回気って言ったよな。これは聞いたことあるぞ。確かゲーム時代からあった……自動回復付与技か!)
マッドオーガも持っていた、ターン毎に僅かではあるが傷が治る自動回復状態。それを一時的に付加する格闘家のスキルか。
これで、時間によってソウザさんのダメージは回復していく。細かく当て続けてダメージを蓄積させる作戦はもう使えないってこったな。
「さて……これでも攻めるかい? 嬢ちゃん」
「無論。更なる守りを用意すると言うのならば、それ以上の力を叩きつけるまでだ」
(また防御の構え。それも、さっきよりも更にガチガチだ。スタミナ切れを狙う持久戦か?)
メイさんはほとんど消耗していないとは言え、既に一試合戦った後だ。加えてあの体格差と年齢差、守り重視の流派を身につけているって言葉から考えても体力ではソウザさんに分があるだろう。
しかも自動回復付きだ。これで持久戦を挑むのは文字通り時間と体力の無駄だろうな。さっさと棄権して次の試合に力を温存する方が賢い。
(ま、そんなことはメイさんが一番よくわかってるだろうけどさ。俺だって親父殿に体のできていない子供の弱点とその対処法は叩き込まれているし、メイさんもよくわかっているだろう)
その証拠に、ほんの僅かながらもメイさんの口元には笑みが浮かんでいる。
あれは何かあるな。守りを固めたソウザさんを貫く秘策のような物が……。
「改めて感謝する」
「なに?」
「貴殿の守りの技。それをこの身で体感させてもらったこと……私は、おかげで更なる高みに登れそうだ」
「ほう……? 俺の守りを破る策でも思いついたのかい?」
「いや、それとは別件だ。それについての策は、既にある」
そう言って、メイさんは低く屈み……一気に跳び上がった。
「ぬっ!? 頭上から来るか!!」
「――クン流・転回断頭脚!!」
跳躍によってソウザさんの頭上を取ったメイさんは、器用に空中で一回転しながら遠心力と重力を乗せたかかと落としのような蹴りを放った。
対するソウザさんの構えは、両腕をクロスさせる十字受け。全パワーを防御に集中するあの構えなら、相当の破壊力でも受けきれるだろう。
その結果は――
「――残念。効かなかったな。確かに体重をも乗せた回転蹴りは見事だったが、俺の守りを破るほどではない」
メイさんの蹴りは、ソウザさんに完璧に止められていた。俺なら受け止めるなんてそもそも選択肢に入らない凄い蹴りだったが……見事だな。
これでメイさんの策は破られたことになる。さて、どうなるか……ッ!?
「勘違いするな。こんな力任せで破れると思うほど、私は貴殿を侮ってはいない」
「なに?」
「素晴らしき技の礼だ! 私も新技を見せよう!」
今、メイさんの右足は十字に重ねられたソウザさんの両腕の上にある。
本来なら後は重力に従って落ちるしかないはずなのだが、メイさんは受け止められた右足を軸に回転。逆さになりながらも振り子のようにソウザさんの腹へと向かっていった。
「【気功拳・開門破鎧掌】!!」
「なっ、にぃ!!」
相手の腕を使って逆立ちした上での掌打。まるで大道芸だが、その効果は絶大だった。
アレはただの掌打じゃない。手のひらに魔力を込め、相手の魔力を吹き飛ばしたんだ。しかもただ魔力を打ち飛ばすだけじゃなくて、当たった部分の筋肉を強制的に緩めるような特殊な打ち方だよあれ。
(開門……ってのは知らないけど、破鎧掌ってのはゲームにあったな。効果は敵の防御力を一定確率でダウンさせるだったはずだが……あんな技だったんだな)
ゲームにあった技だけに、俺は大体の効果を知っている。知っているが……あんな原理の技だったのか。
如何せん効果しか知らないから、具体的にどんな術理なのかはさっぱりなんだよね。
まあとにかく、あのソウザさんの鉄壁の肉体を構成していた魔力は今ので消し飛んだ。その一瞬を逃すほど、メイさんは未熟でも甘くも無いだろうな……!
「――ハァッ!!」
メイさんは逆さのままで素早く右拳を引き、両腕が滑車で繋がれているかのように左手を突き出した。
魔力防御も筋肉による防御も打ち消された上での攻撃。しかも、体勢的に避けることも受けることも不可能。必然的に、メイさんの左拳はソウザさんの腹に直撃した。
「ぬぐおぉぉぉぉ!!」
ほぼ無防備な状態で一撃を受けたソウザさんは、フラフラとした足取りでしばし後退した後、大の字に倒れたのだった。
「ふぅぅぅぅ……」
倒れるソウザさんの巻き添えにならないよう、これまた器用に体を捻って着地。そのまま倒れたソウザさんに構えなおした。
まあ、あのタフさを見せたソウザさんだ。警戒しすぎて丁度いいくらいだろう。
何せ流石のメイさんでも、相手の腕を支柱に逆立ちした状態ではそれほど力を乗せられなかったのだろう。ソウザさんは吹き飛ぶどころか、意識すら失ってはいないみたいだ。
でも、いくらタフなソウザさんでももう動けないみたいだな。自動回復があるからしばらくすれば立ち上がるだろうけど……この試合は終わったも同然だろう。
「う、うぅぅ……。こ、これほどの技、よくその歳で身につけたものだな……」
「……以前、あまりの頑丈さに拳が通用しない敵と戦う機会があってな。今偶々生きているが、この武で言えば完全なる敗北であったほどのな。だからこそ、もし再び戦う機会があったときに同じ轍を踏まぬようつい最近習得した技だ」
「なるほど……敗北をばねに身につけたってことか……」
(強敵……マッドオーガか)
彼女にとって、あの戦いは到底納得できるものじゃなかったんだろう。一対四で、しかも殺される瀬戸際が数度あった戦い。そしてその中でも特に気に食わなかったのが、魔力障壁に阻まれて拳が無力化されたことだったってことか。
自分の武術を何よりの誇りとしてるっぽいメイさんが、頑丈さに阻まれて拳が通らないなんて屈辱を晴らす鍛錬をしないわけがないか……。
「フ、フハハッ! ……まいった。俺の負けだ!」
メイさんのプライドに触発されたのか、ソウザさんは気持ちよく自分の敗北を宣言した。同じ格闘家同士、何か通じるものがあるのかもしれないな。
ともあれ、降参宣言が出た以上は試合終了だ。それを聞いた審判は、高らかに手を上げて宣言したのだった。
「……勝者! メイ・クン!」
勝者の名が、そして試合の終了が告げられた。それに合わせて、メイさんも構えを解いた。
……これが修行だったら『降参した相手が不意打ちかけてくるのなんてよくあることだぞ?』とか言って襲われかねないし、一切気が抜けないんだけどね。何か間違ってる気もするけど、まあこんな場じゃないと敗者が敗者として粛々としているなんて無いんだろう、きっと。
「ふむ……素晴らしい戦いだったね。息つく暇も無かったよ」
「そうだなー……野次馬も皆無言だし」
戦いが終わった事で、隣で見ていたクルークがポツリと感想を漏らした。まあ実際、両者の力量が高い為か今までで一番高レベルの戦いだったな。
メイさんもさっきまでもローテンションが嘘のように闘気充実状態だし、今戦えば文字通り初手から全力で来るヒートアップ状態と言えるだろう。
戦いを見ながらイメトレする事で試合の緊張感を持続させようと頑張ってはいるけど、気迫負けしちゃうかも……。
「次! 第八試合! メイ・クンVSレオンハート・シュバルツ!」
「げ……」
「ほう、連戦かい。運がいいのか悪いのかはわからないが……君達の戦いが見られるとは楽しみだね」
早々にくじが引かれた。そして、よりにもよってくじに示されているのは俺とメイさんだった。
クルークは涼しい顔で適当なことを言っているが、相手は短期決戦に成功してまだまだ余力を残しているメイさんだ。しかもウォーミングアップなんてレベルじゃないくらいに闘気で燃え上がっており、気力体力充実状態なんだぞ……。
しかも、次の相手が俺とわかった瞬間にメイさんの闘気が倍増したような感じがする。距離があるにも関わらずここまで突き刺さるような闘志とか……すんごく逃げたい。
「フッ。最高のコンディションでやれそうだな、シュバルツ」
「あ、あはは……」
いつの間にやら近くにやって来てのこの一言。この闘志を前に逃げるなんて言ったら、この場で襲われそうだ。
俺としても、絶対勝てない格上以外に負けるつもりも頭を下げるつもりも無い。騎士を目指す者が、レオンハートたる者が恐怖で逃げ出すなんてあってはならない。
多少のテンションの差が何だ。メイさんの闘気を取り込み、自らのエンジンを素早くかけろ。
これから戦うのは、さっきの鎧の斧使いとは桁が違う同格の強者なんだからな……!!




