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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
天才(?)になりました
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第1話 現実は非情

「もっと腰を入れろ! 重心をぶらすな!」

「はいぃ!」


 木刀を振る。今日も昨日も一昨日も。そしてもちろん明日も明後日も。

 レオンハート・シュバルツ。満七歳を迎え、今日も我が親父殿指南の下剣の修行中です。


「握りが浅い! そんなんじゃすっぽ抜けるぞ!」

「はいぃぃ!」


 俺は努力なんてできない普通の人。だからレオンハートみたいに厳しい鍛錬なんて乗り越えられない……昔はそう思っていた。

 でも、俺はまだ幼い体で毎日肉体を苛め抜いている。ぶっちゃけ逃げ出したいと毎朝思っているけど、何だかんだ言って今までやり抜いているのだ。

 その理由は、もちろん俺が思っていたよりも根性があったから――なんて前向きな理由ではない。レオンハートは若き天才、最年少騎士団長、聖剣の勇者にもっとも近い者なんていろいろな称号を持っていたけど、俺はそんな立派な人間ではないのだ。

 そう、本来のレオンハートに比べ、俺はぶっちゃけしょぼい。本当に、とても自慢できるような力はない。

 本来ならば後世にまで誇れる自慢の息子だったはずなんだけど、俺みたいな不純物が入ってしまったことに両親への謝罪をしたいくらいだ。今までにやらかしたことを考えれば、勘当されないだけでも器の深さに感動です。


 そんなつまらない駄洒落言いたくなるくらい、俺の第二の人生は情けないものだった。

 とりあえず、最初のケチは言葉の習得スピードだ。育児経験なんてないもんで、普通の赤子が喋りだすのに何年かかるのが普通なのかなんて俺にはわからないから確信はないんだけど、俺が言葉を覚えるのは遅かったのだろう。医者的な人たちが障害がないのか調べてたくらいだからな。

 一応自分を弁護するならば、一々単語ごとに当てはまる日本語を探り、それを少しずつ増やしていくなんて気の長い作業をしなきゃいけない状況だった以上は仕方がないと言えるだろう。むしろ指南役無しで流暢に喋れるようになったと褒めて欲しいくらいだ。


 もっとも、それすらも余計な知識を持った分赤ん坊特有の学習能力を喪失していた俺が悪いんだけどさ。自分の意思で転生したわけでもないのに文句言われても知るかとしか言えないんだけど、とにかく俺の脳みそは大人として固くなったものだったのだ。

 俺が俺として思考する以上、脳みそが俺のものに書き換えられているのはある意味必然。当然それ自体は健常者のものなので、魔法的な力で俺を精査した医者達も『異常は無い。ただ物覚えが悪いだけ』と結論出してたしね。


「心を揺らすな! 全ての動作に意思を持ち、惰性ではなく考えて剣を振れ!」

「はい!」


 おかげで12歳で一人前に認められる体を持ちながらも、センスが一般人になっちゃったわけだ。

 体自体は理想的に発達するのだが、技量が追いつかない。生まれ持ったセンスって奴が凡人のものへとランクダウンしてしまっている。

 そのせいで理想的な指導者、理想的な環境、理想的な肉体を全部台無しにしちゃってるわけだ。剣の修練を始めて二年ほどだが、未だに基礎の基礎を徹底的にやらされている段階である。

 まあ基礎ほど大切なものはないと言うし、どこまで極めても基礎鍛錬は一生続けるように言われている。そう考えれば俺の才覚無関係に素振りはやるべきなのだろう。

 だがそうは言っても、この剣の――戦いの才覚がないと言うのは、いろんな意味で誤算だった。


(俺にとって、強さなんてステータス上の数字でしかったしなぁ。修行方法もフィールドでモンスターを狩ることだけ。こんな当たり前にやるべき、現実なら当然の鍛錬が計算に入ってなかった……)


 聖勇をゲームとして見ていたころの俺にとって、キャラの強さとはステータスの高さだった。

 だが、現実ではもちろんそんなものは無い。ステータスと念じてみても叫んでみても出てはこないし、身体能力だけ幾ら高くても戦いには勝てない。魔物を倒していれば経験にはなるだろうが、雑魚モンスター一億匹倒しても大して成長なんてしない。

 ここが現実であることを、俺は痛感させられていたのだ。


「気を緩めるな! 教えを思い返し、剣に込めろ!」

「はい!」


 そりゃ俺だって、手っ取り早く成長しようといろいろやった。ゲームだったら有効だったドーピングアイテムの量産、アイテムを組み合わせることによる一時的な無敵化、それを利用したモンスターの乱獲。いろいろやった。

 でも、今の現状を見ればわかるだろう。まさに『ゲームじゃないんだからそんなに上手く行くわけない』ってな結果になってしまったのだ。


 ポーション一本飲むのだって戦闘中なら1ターンで、フィールドでなら連打できた。でも、ここじゃあ一本飲むのにも結構時間がかかり、腹の容量的な意味で使用限界もあった。それ以前にターンの概念なんて存在しないと言うのもあるか。

 そんな感じの『ゲームだったら当たり前、でもこの世界だったらできはしない』って事は非常に多かったのだ。

 まあそりゃそうだよね。ゲームだったら何時間戦い続けても回復さえすれば問題なかったけど、普通に考えて筋肉痛とか精神的疲労とかキツイよね。


「よし! 素振り終わり! 次は走り込みだ!」

「わかりました!」


 親父殿に言われて俺はいつものコースを走り出す。騎士足るもの体力第一であり、走りこみは欠かしてはならないのだ。

 なおその際、体には砂を詰めた重りをつけている。本来騎士とは鎧をつけて行動するものであり、その予行練習を兼ねているのである。


 走りながらも俺は考える。そんな普通に考えれば当たり前の事をゲーム的に考えて動いた俺は、普通じゃなかっただろうと。ぶっちゃけ異常者でしかなかったろうと。

 誇りあるシュバルツ家の嫡男が頭に欠陥を抱えている。そんな陰口を叩かれた事だって、一度や二度じゃないだろうと勝手に思っているくらいにやらかした自覚はあるのだ。


 現代ほど人権の類が無いこの世界では、弱い者は切り捨てられるのが当然。それなのに俺の事を見放さず、今日もこうして自ら相手してくれる親父殿は聖人か何かだと思う。

 流石は、本来の騎士の鑑たるレオンハートを育て上げた人物だ。

 そんなことを考えながら屋敷の訓練場をグルグル走る俺。肉体だけは完全無欠のレオンハートなので、七歳児とは思えない速力、持久力を持っているのだ。


「終わりました!」

「よし。では、これより実戦稽古を行う。構えろ!」

「はい!」


 親父殿が木刀を持って構えた。俺もそれに合わせて木刀を構える。

 これから始まるのは実戦形式での訓練。実際に戦い、技を高める為の稽古だ。


「デヤァァァァァァ!」

「踏み込みが浅い!」

「グベェ!?」


 気合と共に斬りかかったのだが、当然のようにあっさりカウンターで撃墜された。真剣だったら胴から真っ二つコースだな。

 基本的に、この訓練で親父殿から攻めてはこない。俺から斬りかかり、それを迎撃されることを繰り返している。


「せいやっ!」

「遅いっ!!」


 吹っ飛ばされてもめげずに放った俺の一太刀は当然のようにいなされ、腹に蹴りを入れられた。あくまで実戦訓練なので、剣以外を使った攻撃も当然ありだ。

 親父殿の蹴りはかなり痛い。後遺症が残ったりする事は無いように絶妙な手加減はされているが、しかしそれ以上の容赦は無い。

 現代日本なら虐待だ何だと言えるかも知れない手荒い修行だが、戦いの修行中に痛いことされたなんて喚いてもそれこそただの痛い子である。

 俺も、それがわからないほど馬鹿ではないつもりだ。そんな指導の賜物か、もうすっかり痛みになれてしまった俺は転がりながらも素早く立ち上がり、親父殿へと剣を構える。

 ここで体勢を立て直すのが遅れた場合、敵の前で寝転ぶとは死にたいのかと物理的に怒られるのである。


「よし、来い!」

「ハアァァァァァァ!」

「甘い!」

「アフンッ!?」


 また俺は簡単にぶっ飛ばされた。それはもう、少しは成長しろと自分でも思うくらいにあっさりと。

 親父殿は御歳35歳。現役バリバリの上級騎士だ。レオンハートが騎士団長になるころには引退しているはずだが、今はまさに油の乗った強者である。

 ぶっちゃけ、今の親父殿には本物のレオンハートだって勝てないだろう。もちろん成人した一人前のレオンハートならば勝利できるだろうが、七歳では流石に無理だ。


 では何故こんな模擬試合を行うのか。親父殿の性格上無意味に人を痛めつけることはしないので、必ず意味があるのだ。

 恐らくは、親父殿の剣捌き、そして体捌きを俺に見せること。学習させることこそが目的なのだ。

 基礎の基礎。一番大切なことは手取り足取り教える。だが、その先の発展系、すなわち技はそうは行かない。

 いつどのタイミングでどのような動きをするのか。言ってしまえば敵が居ることを前提とした技の類は、こうすればいいと明確にはいえない。時と場合の要素が強いのだ。

 故に、親父殿は自分の技を俺に見せ、自分の技として取り込ませようとしている。技の意味、理由を自らの体で理解させ、最適な選択ができるように導いてくれているのだ。

 それはわかっている。頭ではわかっているのだが…………


「体のバランスを忘れるな! 剣で斬るのではない、全身で斬るのだ!」

「グハァ!!」


 また成長も無くぶっ飛ばされた。一つの事に集中すると、他の事が散漫になる。常に無数の可能性を読み合う剣術において、俺みたいなタイプはとことん相性が悪いらしい。

 だが、泣き言は言っていられない。そんなことしている隙なんて見せたら今よりもっと酷くなるんだから。


 そう、俺の凡人メンタルでもこのつらく厳しい修行に耐えられたのはつまるところそんな理由なのだ。

 辛いとか苦しいとか、逃げたいとか止めたいとか。そんな泣き言と、弱音を吐く体力なんて、余裕なんて全て修行に使ってしまえ。

 そんな、人生とは修行の為にあるなんてマジで思っていそうな親父殿の超スパルタトレーニングを前にすれば、俺でも頑張れたってだけだ。

 まず目の前の修行に全力で挑まなければ明日の命がない。余計な弱音なんて抱いている暇もない。そんな状況になれば、どんなボンクラでも気合が入るってことだなぁ!




「ウム。本日の稽古はこれまでだ」

「あ、ありがとうございました……」


 時間になり、本日の稽古が終了した。いつものように全身が赤くはれ上がりボロ雑巾となっている俺だが、ちゃんと感謝の言葉だけは述べておく。

 そんな俺に苦笑いの親父殿は先ほどまでの厳しい騎士の顔から優しげな父の顔になり、パンパンと手を叩いて人を呼ぶのだった。


「お呼びですか、旦那様?」

「ウム。レオンを屋敷まで運んでやってくれるか?」

「かしこまりました」


 すぐ側に控えていた、親父殿付きの執事さんがやってきた。彼は白い髪と口髭の老人だが、未だ日本刀の如き鋭い気配を感じさせる敏腕執事である。

 親父殿はこの後仕事があるので、俺の面倒を任せるらしい。毎度の事なので俺も文句は無いが、いつもいつも成長無く叩きのめされた俺が面倒をかけてしまって申し訳なく思っている。


「レオン様。失礼いたします」

「い、いつもありがと――痛ッ!」


 そっと両腕で持ち上げられた俺だが、叩きのめされただけあって全身痛んでいる。稽古の熱が引き、感覚が平常時に戻ってくるにつれて痛みまで戻ってきたらしい。

 そんな俺に優しく微笑み、執事さんはそっと手に魔力を集める。そして、痛み止めの魔法をかけてくれるのだった。


「あー、ありがとう……」

「私のできるのはこのくらいですので。本日もご立派でしたぞレオン様」

「いやまぁ、今日も散々醜態見せちゃったけど……」


 治癒魔法ではなく、痛み止めの魔法。これもまた、執事さんの心遣いだ。

 体を元の状態に戻してしまう治癒魔法を使われると、せっかくの鍛錬が無駄になってしまう。鍛錬を始める前の状態に戻ってしまうのだ。

 だから痛み止め。ゲーム時代には存在しなかった、戦闘コマンドには入らない魔法を使ってくれているのだ。


(はぁ……知識を武器にする、か。その知識を基にしたお手軽レベルアップはとことん失敗。母上や親父殿に迷惑と心配をかけただけ。更に、ゲームとしてしか物を見れない内は絶対に見えない世界の広さ。そんなものまで毎日突きつけられるなぁ……)


 生きていればわかる。この世界の事なら誰よりも知っていると思いこんでいた自分が、どれだけ思いあがった馬鹿だったのかを。

 そりゃ、ゲームに登場した魔法を全部暗唱するくらいのことできるさ。その効果、設定まで諳んじてやるよ。

 でも、それ以外はわからない。ゲームに登場しなかった、ただそれだけで俺は何一つ答える事ができなくなる。

 毎日毎日それを痛感させられる。簡単でお手軽なパワーアップ。そんな世界を舐めた考えなんて、さっさと捨てろと叱られてるみたいだ。


「そんな風に落ち込む必要は無いと思いますよ。レオン様は、十分立派に成長しておられます」


 自分の浅はかさに落ち込んでいた俺だったのだが、執事さんには別の事で悩んでいるように見えたらしい。どうやら、俺が自分の情けなさを悔やんでいると思ったようだ。

 いやまあ、それはそれで悔しい。とは言え、悔やんでもしょうがないことでもある。そんな事を悩んでいる暇があったら、反省会の一つでもしろ。

 親父殿なら、きっとそう言うから。


「ん……もう大丈夫。痛くない」

「左様ですか」


 俺はそう言って執事さんに降ろしてもらう。やっぱ、抱っこされて運ばれるのはいろいろ恥ずかしいものだ。やはり、痛みが引いた以上は自分の足で歩くべきだろう。

 実際には痛みだけしか消えておらず、体のダメージ自体は残ったままなんだけどさ。

 とは言え、ぶっちゃけ問題ない。確かに痛み止め無しだと全身痛くて動けないけど、親父殿は剣の達人だ。体に致命的なダメージが残るようなへまはしないから、痛い以外の問題は無いんだよね。


「わかっていると思いますが、私の魔法は三時間ほどで切れますよ」

「大丈夫。それだけあれば治る」


 俺……と言うか、レオンハートの体はやはり凄い。驚異的なタフネス、回復力を持ち合わせており、ちょっとした怪我なら二、三時間で治ってしまうのだ。

 これもちょっとした怪我で抑えてくれてる親父殿相手だからこそ通じる手段であり、致命的な怪我を当然のように狙ってくる実戦では頼れない能力ではあるんだけども。


「流石ですね、レオン様は」

「お世辞はいいよ。それより、次は母上の所でいいのかな?」

「はい。奥様もいつでもいいと仰られています。もちろん、レオン様が休憩をとられた後でも――」

「いや、それなら今すぐ行くよ。母上を待たせるのは申し訳ないし、痛みさえ引けば頭の方はまだまだ冴えてるからね」


 母上との修練は、体ではなく頭を使ったものだ。だから肉体的に疲労していても大して問題は無い。

 まあ、剣の修行後に頭が疲れてないから上達しないのかもしれないけど。別に俺の根性云々が優れているわけではなく、この体が逞しすぎるだけなんだけど。


「では、奥様にそう伝えておきます。もちろん、屋敷まではご同行しますが」

「うん。ゴメンね、いつもいつも……」


 執事さんがこうしてついて来るのは、まあ親父殿にそう言われたからってのもそうなんだけど、俺を見張る為でもあるんだろうなって思ってる。

 散々奇行をやらかした立場的に、親からすれば一人で放置するのは不安だろう。完全無欠の子供だったらそれを鬱陶しいと思えるかもしれないが、一応それなりに成熟したつもりの精神を持った俺としては文句を言えない。思うことすら恥ずべきことだ。

 こうして監視つきとは言え自由にさせてもらってるだけでも、感謝すべきであろう。




 しばらく歩いて家にたどり着き、俺は真っ直ぐ母上――レリーナ・シュバルツの元へと向かった。

 執事さんは俺を母上の下へと送った後、別の仕事があるからと既に分かれている。俺が命じたわけでも俺が雇っているわけでもないんだけど、お疲れさまですと頭を下げておかないとな。


 ちなみに、なんで父親が親父殿で母親が母上なのかと言うと、まあイメージだ。

 父親は偉大な騎士であり、屈強なイメージが一番に来る。それ故父上よりも親父殿の方がしっくり来るんだよね。

 その逆に、母親は凛とした淑女と言うのが相応しい。まさに母上と言う言葉に、そして騎士の伴侶に相応しい女性だ。

 自分の親の事をこんな風に客観的に観察してしまう時点で俺が子供に相応しくない気がするが、仕方が無い。俺だって、二人を親だと認識できるようになるまで時間かかったしね。


 なお、一番しっくり来ないのは父上だの母上だのといった、時代劇かって言うくらいにお上品な言葉を口にする俺である。本来ならお袋と親父が一番しっくり来る俺なのだが、流石に七年もこんな環境で育てられれば慣れてくるものだ。

 逆に、前世の両親を思い出すことができなくなってるんだけどさ。と言うか、既に聖勇関連を除く前世のことの大半はあやふやになっているんだよ。

 我ながら薄情だとは思うが、月日ってのは重いものだな。既に意味のないものであると言っても、親を簡単に忘れるとは自分の薄情さを突きつけられているようだ。


「来ましたねレオン。今日もやるのですか?」

「もちろんです、母上」


 なんてことを考えつつ、俺は礼儀正しく母上に答える。母上は俺のマナー指南も担当している為、言葉遣いから足運びにまで細心の注意が必要だ。

 自分の性格なんて、そんなことは夜寝る前にでも自戒すればいい。今は母上の授業に集中だ。



「では、本日もこの教本に従って進めましょう」

「よろしくお願いします」


 母上から習っているのは、主に学問だ。

 先ほども痛感したが、俺は非常識だ。自分が学の無い非常識な人間であると――異世界的にであり、元の世界でまでそんな人間ではなかったと信じたいが――認識できるくらいには成長したとは言え、やはり常識とは人の世界で生きるのに重要なものなのである。

 ……子供が非常識なのは親の責任だと今までの俺なら言ったかもしれないが、俺に関して言えばその情操教育を今更聞く価値無しと聞き流し、挙句散々失敗した俺に全責任があるのは間違いあるまい。


 まあとにかく、そんな訳で母上自ら俺の教師役を買って出てくれたと言うわけである。普通に教師を雇ってもいいと思うのだが、それはしないらしい。

 もちろん、金銭的な理由ではない。むしろシュバルツ家は名門なだけはあり、超がつく金持ちだ。

 上級騎士の中でもかなりの発言力を持つ親父殿は高給取りなんてレベルではなく、そんじょそこらの貴族豪族よりも地位も収入も上と言うスーパーマンなのである。もちろん先祖代々受け継いだ資産もあるので、シュバルツ家が金銭的に困る日が来るとすれば国が傾いた時くらいだろう。


 俺個人が馬鹿やって家を傾ける恐れがあるので、絶対にとは言えないところが悲しいものだが。

 では何故親父殿が剣術指南、母上が教師をやってくれているかと言うと、代々騎士の家系であるシュバルツ家の伝統として『子供を育てるのは自らの手でやるべし』と言うものがあるからだ。

 国を守る騎士が自分の家を守れないなど本末転倒。そして未来の家をついで行く子供達は、誰の手でもなく自分の手で立派に育てろと言うのがその理由との事だ。

 実に立派な考えだとは思うが、そのせいで今まで隙の無い勝利と栄光に満ちた人生を送っていた親父殿や母上に失敗(おれ)を経験させてしまったわけだ。まあ、それは教えを作った初代シュバルツよりも俺を責めるべき事だろうけど。


「今日は薬学――ポーションの効能について話しましょう」

「はいっ!」


 こうして、母上に様々な事を学んでいく。内容はまあさすが異世界と言うか、それは子供に教えることなんだろうかと首を傾げるものではあるが、将来騎士にならんと励む身としては必要なことだろうと納得する。

 実際、傷を癒し力を高めるポーションに一番縁がある職業の一つだろうし。


「ポーションには様々な効果がありますが、どんなものがあるかわかりますか?」

「えーっと、傷を癒す治癒のポーション。一時的に肉体能力を高める強化のポーションの二つです」


 これはまあ、ぶっちゃけゲーム知識だ。少なくとも、俺の知る限り『ポーション』に分類されるアイテムはそれしかなかった。

 だが、それは間違っていないのだろうが正しくも無い。それはもう十分理解している俺だった。


「よく知っていましたね。ですが、それだけではありません。そもそも治癒のポーションといった魔法薬は、特殊な水に錬金術師が魔法を込めたものです。つまり、魔法の数だけ種類があると思っていいでしょう」

「そうなんですか……」


 俺は新しい知識を得たと頷いた。

 ぶっちゃけ、ポーションの具体的な作り方とか始めて聞いた。ゲーム時代にはそんな設定無かったし、テキスト欄には『ちゆの ポーション。つかうと HPが100 かいふくする』みたいなことしか書いてなかったし。当時発売されていたファンブックにだってそんな記述は無かったはずだ。

 でもまあ、少し考えれば当然の事だ。ポーションが存在している以上、それを作った者が居る。ならば当然、製法の類も存在するのだ。

 そう言う事を知らなかった――考えもしなかったからこそ、俺はこの世界でありえないような奇行と失敗を繰り返す破目になったんだよな。


「では、ポーションを使うにはどうすればいいかはわかりますか?」

「……飲むんですよね」

「その通りです。一部例外はありますが、基本的にポーションは規定量を体内に取り入れる事で始めて効果を発揮するのです」


 ポーションは飲むもの。常識だが、アイテムは使うものとしか思っていなかった俺はそれすら知らなかった。


 そのことを痛感したのはそう、二年前のことだ。俺はその日、初めてのお小遣いを貰い、好きなものを買ってみなさいと社会勉強ついでに家族三人で出かけたのだ。

 そして、俺は大人の目を盗んで脱走した。五年間ほぼ何の収穫もなかった、強いて言えば言葉を覚えたことくらいって現状に焦っていたのだ。

 俺はその辺の店で絶対飲みきれない量のポーションを買い込み、それを頼りに魔物狩りに町を出たのだ。王都は所謂始まりの町だっただけに、ゲーム知識を過信して周辺の雑魚モンスター相手に経験値稼ぎしよう、なんて思ってさ。


 防御力を参照して回復量が決定する持続回復薬(リジェネポーション)と、一時的に防御力を上げる防御上昇薬(プロテクトポーション)を組み合わせればダメージをほぼ遮断できる。敵の攻撃力が低い序盤だけしか使えない技だけど、しかしその序盤ならば無敵の鎧だ。

 今考えるとありえない行動だけど、この世界に生れ落ちてすぐ頃は『聖勇について俺が知らないことなんてあるはずが無い!』と無意味なプライドを持っていたせいか、俺はその知識をそのまま鵜呑みにしていたのだ。


 今にして思えば、一発殴られただけで動転し、痛みで何もできなくなるようなお坊ちゃまに何が出来るんだと自分に説教したい気分になる。本当に何にも考えてなかったんだな。

 あの時は、心配で目を血走らせながら俺を探してくれた親父殿の救援が無かったら享年五歳になるとこだった。その後思いっきり殴られて、そして思いっきり泣かれたのが一番きつかったけどね……。


「では、今日は治癒のポーションについて学んでいきましょう。服用したらすぐに効果の出るもの、継続的にしばらく回復し続けるもの、それ以外にもいろいろな種類がありますが、頑張りましょうね」

「もちろんです」


 そうして、今日もまた俺の知らない知識を学んでいく。ゲームの知識は決して無駄ではないが、絶対ではない。

 それを理解した俺は、まず自分の考えが正しいのかを判断する為にも母上の教えを頭に刻んでいくのだった。

ゲーム知識を用いたチートになろうと思った。でも世の中そんなに甘くはなかったの巻。

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