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【番外編完結】他力本願英雄  作者: 寒天
見習い騎士試験 第二次
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第16話 肩慣らし

「一方的だな」


 現在行われている第一試合『クルーク・スチュアートVSチジム』を見て、俺はそんな感想を持った。

 クルークの対戦相手のクラスは恐らく盗賊だ。手にしているのは短剣、身につけているのは回避力重視の魔法服。戦法だけではなく装備から言っても間違いないだろう。

 間違いないと思うが……ま、勝負にならないな。盗賊自体こう言った一対一のガチバトルに不向きな職ではあるけど、根本的に実力が一段階違うんだもの。

 一次試験で一緒に戦ってきたときから思ってたけど、本人の言う通り魔法の天才なのかもしれないな。

 俺と同じく見ている他の受験者達も、クルークの実力には驚いているようだし。


「あの魔術師……魔法の発動速度が半端では無いな」

「魔法待機時間も短い。かなりの使い手だな」

「間合いの取り方も見事だ。敵に全く自分の戦いをさせていない」

(確かに、中間距離から始まった勝負が今や一方的な遠距離戦だもんな)


 この試験では戦闘開始位置、つまり戦いが始まるときのお互いの距離は中間距離で始まる。

 近接型からすれば数歩踏み込まなきゃ武器が届かないけど、遠距離型からすれば気を抜けば近接格闘に持ち込まれてしまう距離ってことだな。

 この第一試合もそのルールに乗っ取り、どれだけ短剣を使った近接攻撃型の盗賊チジムが距離を詰められるか、あるいは遠距離攻撃型の魔術師クルークが安全に魔法を使える距離を保てるかって駆け引きから始まった。

 そして、その勝負は完全にクルークの勝ちだ。この戦いのペースを握っているのは徹頭徹尾クルークだと言っても過言じゃない。盗賊は降り注ぐ炎の弾丸を避けるのがやっとで、むしろ自ら背を向けて逃げるせいで距離を空けてしまうような有様だしな。

 まあそれが何かの作戦なのだとすればここから逆転もあるかもしれないが、恐らくそれは無い。盗賊の顔にあるのは必死の焦燥だけで、おおよそ勝つための策を用いているようには――


「ぎ、ギブアップ!」

「おや、終わりかね?」

「そこまで! 勝者、クルーク・スチュアート!!」


 ……終わったか。試合時間は二分ちょっとと言ったところで、格の差を見せ付けるような結果に終わったな。俺も、クルークと戦うときはどうするのか考えておかないと危ないか……。


「一次試験のときにも思ったが、あの魔術師……スチュアートはかなりの腕前だな。これは手合わせが楽しみだ」

「あ……メイさん」


 少し離れていたところで見ていたメイさんもやる気と闘争心に火をつけているらしい。強者を見つけると燃えるってのが武人魂って奴なんだろうが……今一俺には良くわかんないな。

 個人的には毎日命がけの日々から解放されてのんびりダラダラが理想だと思うんだが……ふぅ。それも魔王を勇者に倒してもらうまではお預けだよなぁ。


「諸君! この天才たる僕の芸術的な魔法。堪能してくれたかな?」

「…………」


 心の中で愚痴をこぼしていたら、クルークと盗賊が戻ってきた。しかしまあ、この無駄に自信過剰でバカっぽい発言が無ければもっと評価されると思うんだけどな。

 それにしても、まだまだ余裕そうなクルークと憔悴しながらも屈辱に顔を歪めている盗賊は対照的だな。正面切った戦いには向かないクラスなんだから、いっそ自ら距離を大きくとって罠を張るなり遠距離武器に切り替えるなりいろいろやればよかったのに。……ま、俺が考えても仕方の無いことか。


「では、これより第二試合の抽選を行う」


 第一試合が終わったことで、試験官は早速二回戦のくじを引いていた。可能な限り早く試合を消化したいと言う心の声が聞こえてきそうな手際のよさだ。

 さて、次は誰が戦うのかな? 俺達は総勢11人なわけだから、単純に考えて一人10試合することになる。総試合数は残り54だから、俺が戦う確率は約二割ってところなんだが……。


「第二試合! メイ・クンVSパーパム!」

「お、メイさんの試合か」

「対戦相手のパーパムとやらは……ああ、あの鎧だね」


 名前を呼ばれて前に出るメイさん。そして、同じように前に出たのは背中にでかい槍を背負った全身鎧の大男だった。

 この場には全身鎧で武装した人が三人ほどいるが……どうにもこの人はそんなに強そうじゃないんだよな。なんと言うか、身のこなしが雑と言うか鎧に負けてるように見えるし。


「フッハッハ! なんだぁ? 我の相手は小娘か! 一次試験は運だけでクリアできたかもしれんが、これより先は強者のみの世界だ! 今の内に降参しておけぃ!」

「……同感だな。さっさと降伏することを勧めよう。私に弱い者いじめの趣味は無い」

「ぬぅわにぃー!! 小娘! 自ら寿命を縮めたいようだな!!」

(……メイさん、容赦ないなー)


 小者全開の槍男に対し、メイさんはとても冷たかった。そりゃあもう、唐突に落ちたテンションと合わせて氷結能力でも使ったのかって感じだ。

 ぶっちゃけ俺も同意見だけど、こう言うことにたいしてストレートなんだな、メイさん。俺だったらもうちょっとオブラートに包むと思うんだけど……。


「双方位置に付け。これより第二試合を開始する! ……始めぇ!」


 双方の……と言うよりは槍の人の闘気が膨れ上がったところで、さっそく試合開始が宣言された。

 それと同時にメイさんは構え、槍の人は背中のでかい槍を両手で構える。どう見ても近接型の二人が戦う以上、最初から接近戦になるだろうな。


「小娘! 貴様に兵器の王と呼ばれし武器の力を見せてやろうぞ!」

「……確かに槍は強力な武器だ。だが、お前にそれを見せられるとは思えんな」

「ほざけ小娘がぁ!」


 俺達受験者組も戦いが見られるように巻き込まれはしない程度の距離こそ保っているとは言え、結構近くで見ている。

 そんな全員が全神経を集中して観察している中、先に仕掛けようとしたのは槍の人だった。槍を振りかざし、ずしずしと効果音がつきそうな重そうな足取りでメイさんの元に走り出したのだ。

 しかしまあ、薄々わかっていたことだけど、あの攻撃思考のメイさんがそれで先手を譲るわけもない。彼女は森の中で俺と戦ったときと同じように、槍の人の動きに合わせるように真っ直ぐ突撃技を仕掛けたのだ。


「愚かなり小娘! この圧倒的なリーチの差において正面から来るか! そのような無謀など、我が槍で貫いてくれる!」

(確かに、リーチって点で言えばどう考えても槍が有利だ。槍が近接武器の中でも強いと言われるのは、敵に何もさせない間合いの外からの攻撃が可能だからだしな。拳で戦うメイさんにとっちゃ、一番の曲者だろう)


 極端な話、槍は届いても拳は届かない距離を保ち続ければそれで槍が絶対に勝つ。実際には言うほど簡単じゃないけど、間合いの差ってのは近接戦闘で非常に重要な要素だ。

 でも、そんなことをメイさんが知らないわけも無い。どっちみち近づかなきゃ殴れないんだし、槍を捌いて懐に入る腹かな……?


「死ねぃ小娘!」

(いや死ねって……一応殺しは禁止されてるんだけどなぁ)


 物騒な掛け声と共に、槍による突きが放たれる。狙いは突っ込んでくるメイさんの頭。完全に殺すつもりの一刺しだ。

 とは言えまあ、これは限りなく実戦に近い試合。実戦で命を狙われたからと言って文句を言う者などいるわけもなく、少しでもでかいダメージを狙うのは当然の事だ。

 武人気質のメイさんも多分同意見だろうし、むしろ頭を狙ってくれと言っているようなあの前傾姿勢の突進は誘いだろうなきっと。


「遅い!」

「なに!?」

(完全に見切ってる。ギリギリいっぱいで、最小限の動きで回避したな)


 槍が命中する直前、僅かに体を屈ませて突きを回避した。そして、そのまま槍の内側へと入ることにも成功している。

 無駄に動いてない分突進の勢いがほとんど死んでおらず、そのまま攻撃に移れる状態だな――


「――掌波鎧通(しょうはよろいどう)し!」

「ぬぅぅぅぅ!?」


 メイさんの掌打が、槍の人の鎧の上に叩きつけられた。すると、物凄い轟音と共に槍の人は後方へと吹っ飛ばされた。

 豪いド派手な一撃だったけど、それでも流石に鎧の上からの一撃では大して効かないような気もするが……どうなる?


「ぶ……ぶるごぉぉぉ!!」

(うわ。なんか凄い鎧がへこんでる。どんなパワーなんだ……)


 メイさんは吹き飛ばされた上に断末魔の叫びを上げている槍の人に対し、再び構えた。多分、更に殴る為と言うよりは油断しない為の残心と言う意味合いだろう。

 だって、どう見ても決まっただろあれ。鎧の防御力に任せて隙の大きい突進突きなんてやったのに、その鎧ごとぶち抜くような技をカウンター気味に食らったわけだし……ん?


「ぬ、ぐぅ……。ば、馬鹿な。この我がぁ……」

「もう終わりだ。今から治療すれば残りの試合を戦えるかもしれんし、降参しろ」


 打ち込まれた腹を押さえながら、震える声でとは言え立ってるよ、槍の人。思ったよりも根性あるのかな? てっきり意識まで刈り取られたと思ったのに。

 でも、それだけだな。はっきり言って、死力を尽くさなきゃ勝てない相手に子供だからと油断した時点で終わってる。あんな震える体で更に槍を振っても、一矢報いることすらできないだろうな……。


「わ、我が。我が貴様如きガキにやられるものかぁー!!」

「……救えない馬鹿だな」


 メイさんは、きつい感想と共に拳を握る。かなり厳しい意見ではあるけど、まああんなに綺麗に一撃貰っても実力差がわからないんじゃしょうがないな。

 ……様子を見る限り、格下の子供だと思っていた相手に負けることを認めたくないだけみたいだし。


「ぬぉぉぉぉ! 食らえぃ! 身中三段突きぃ!!」

(頭、胸、腹の三箇所を狙う技か。殺人技としちゃ確かに威力高そうだけど……ま、ダメだな)


 槍の人が放ったのは、重要臓器が集中している人間の体の中心線を上中下の三段連続で突く技だ。

 もし一撃でも直撃すればそれだけで戦闘不能……最悪死ぬ一撃を連続で繰り出すってのは確かに強力で恐ろしい。一撃で殺せるってことは、一撃目二撃目を無理に避けても三撃目で仕留める三段構えの技とも言えるわけだし。

 ……ま、当たんなきゃいいだけなんだけどさ。と言うか、三発も撃たせるわけ無いしね。


「技が荒いな」

「な、なにぃ!?」


 初撃。まずは当てやすい腹を狙って放たれた槍は……メイさんの体を避けるように進んだ。と言うか、吹き飛んだ。

 本来ならばすぐに引き戻さないといけないにも拘らず、槍は使い手の意思以上の勢いで明後日の方向へと伸びていく。それに連動して、槍の人の体まで無様に伸びている状態になった。まるで槍に引っ張られてるみたいだ。


(完全に見切ってる。あんな完璧な攻性防御をされるほどの実力差があるのに正面からとか、殴ってくれと言ってる様なもんだ)


 メイさんがやったことは単純明快。自分へと向かってきた槍の側面を裏拳で叩き、弾いただけだ。それで槍は見当違いな場所を空しく突く事になったわけだな。それも、殴られた勢いまでつけて。

 そんなの、槍の勢いを完璧に見切っていなければできない芸当だ。つまりはメイさんと槍の人にはそれだけの差があり、今の攻防を見るだけでも勝負にならない大人と子供の戦いってことだな。

 ……外見的には、メイさんが子供で槍の人が大人だけど。


「……二度目の慈悲は無いぞ!」

「ぶごっ!?」


 メイさんは槍の勢いに流されて崩れた姿勢を狙い、歩法によって鎧の側面に入り込んだ。そして、先ほど正面から打たれた場所の丁度反対に位置する背面へと二撃目を放った。

 その背面打ちを槍の人が避けられるわけもなく、吸い込まれるように分厚い全身鎧をへこませる掌打(きょうき)が叩きつけられる。

 すると当然、鎧の人はまた物凄い轟音を響かせながら吹っ飛ばされたのだった。


「うわ……えぐい」

「一撃受けた場所にもう一発か。あれはもう立てないな……」


 さっきと違ってカウンターでもなければ突進の勢いも無い。その分威力は低下しているはずだけど……場所が問題だ。

 あれはまるでマッドオーガとの戦いの再来。ダメージで弱った場所を連続して狙うことで、敵の防御を突き破る打ち方だ。

 いやまあ、それ以前に全然威力低下してる気がしないんだけど。二度目の慈悲は無いってことは、最初の一発はホントに力抜いてたのかもね。

 ……十分無慈悲な破壊拳だった気がするけど。本気出したら鎧がへこむどころかぶち抜いてたんじゃないか?


「……それまで! 勝者、メイ・クン!」


 審判が倒れた槍の人に駆け寄り、状態の確認を行った。そして、高らかにメイさんの勝利を宣言したのだった。

 多分、槍の人は気絶してるな。流石に死んでは無いと思うけど、もう試験を続けるのは無理かねあれは。早くも参加者残り10人になっちゃったか……。


(にしても、何かメイさん楽しそうじゃないな。前は全身から喜色が溢れ出てたのに……)


 一次試験で戦ったときにはあのマッドオーガとの戦いですらどこか楽しそうだったのに……敵が弱すぎるとダメなのか?

 いやまあ、戦闘で喜び全開になる女の子ってのもどうかとは思うけどさ。


「おい! 担架急げ!」

「了解!」

「……なにやら、早くも救急作業始まってるね」

「まあ、ぶっちゃけ最初の一発だけでも普通なら病院送りだよね……」


 俺は、近くにいたクルークとあの剛拳について正直な感想を話した。そして、今まさに担架で運び出される鎧の人の惨状に軽く息を呑む。

 ありゃ、軽装の俺達じゃ直撃したら死にかねないな……。


「やあ、ミス・メイ。勝利、おめでとう」

「ああ、ありがとう」

(あ、やっぱりテンション低い)


 戻ってきたメイさんに、クルークは賛辞を述べた。そして、俺は声こそ出さないが軽く手を上げて挨拶した。

 そんな俺達に、メイさんはかなりローテンションで返事をした。やっぱり、敵が弱かったのが気にいらないのか?


「次! 第三試合グレストVSレオンハート・シュバルツ!」

「あれ? いつの間に抽選を?」


 ごたごたと会話に気をとられて、抽選してるのに気づかなかったな。まあ、別にいいけど。

 それよりも、今俺の名前呼ばれたよな? 対戦相手は誰だ……?


「…………」

「アレじゃないかな? レオン君の対戦相手」

「……あれも雑魚だな」


 気軽なクルーク、そしてテンション低めのメイさん。その二人が指差しているのは……さっきの哀れな槍の人と被る全身鎧を身につけた大男。

 兄弟か何かなのかと言うくらい格好が被っているが、まあ運営側が用意した装備をつけているんだ。全身を覆うタイプの鎧を身につけている以上、被るのはしょうがない。持っている武器が槍ではなく大斧であるって点で見分けもつくし、別にそれはいい。

 そんなことよりも、俺にとって大切なことは一つなんだから。


(……こ、怖えぇ……)


 さっきの槍の男と同じく、この斧の男も身のこなしからして修行不足だ。おおよそ、さっきメイさんに叩きのめされた男と同レベルだと俺の観察では出ている。

 まあ、隠している力や特殊能力の類が本命かもしれないし、過信はできないけどな。俺の眼力を欺ける武芸者なんて、この世に腐るほどいるだろうし。

 だか、それでも直感的に武器使いとしての位は俺の方が上だと思う。単なる斬りあいなら、俺が勝つって叩き込まれた経験が教えてくれてる。

 でも……そんなこと無関係に怖いよ! 外から見ている分には観察結果だけであれこれ判断できるけど、実際戦うとなったら実力云々よりも見た目の怖さ優先だよ! 全身鎧と向き出しの戦斧持ってる大男とか、実力無関係で怖すぎるよ!


(あ、足の震えが止まらん。いっそマッドオーガくらいに人間離れしてれば冷静に対処できるんだけど、見た目怖くて実力大したこと無い奴ってどうしても日本人が出てくるんだよなぁ……)


 流石に震えているところを試験官に見られるわけにも行かない。だから生前から培ってきた外面を整える技術で押さえ込んでいるが……ええい! 気合を入れろ!


「じゃ、じゃあ行ってくる」

「気をつけたまえ。まあ、君なら余裕だろうけどさ」

「さっさと済ませろシュバルツ」


 ……うん。わかるよ。わかりますよ。あいつ弱いよね。俺程度から見ても修行不足むき出しだもんね!

 でもさ、実力的に上なら怖くないなんて言えるほど俺の心臓は図太くないのよ。いやレオンハートの心臓は超頑丈かもしれないけど、俺の肝っ玉はヘタレそのものなのよ。

 大体さ、勝てるから怖くないなんて理論が通るんだったら、この世に蜂とか蛇とか怖がる人間いないでしょ? 踏み潰せばいいだけなんだから。

 でもさ、実際には毒を持ってるから怖いとか、噛まれたり刺されたりすれば痛いから怖いって思うのが当然だろ? これだって同じだよ。絶対に当たらない自信があっても、それでも馬鹿でかい斧が怖くないわけないでしょ!?

 ああ、なんて愚痴ってる間にもう試合場に着いちゃったよ。もう審判手を上げてるよ。試合始まるよ……!!


「それでは、第三試合……始め!」

「……少年。怨みは無いが……叩き潰させてもらおう」

「ご、御免蒙(ごめんこうむ)る!」


 とりあえず剣を抜き、構える。同じように、鎧の斧男も両腕で斧を抱え上げる。

 お、落ち着け。大丈夫。森での戦いを思い出せ。あの時は他の受験者と戦っても平気だっただろ。不意打ち闇討ちだらけでこうして緊張している時間が無かっただけだけど、それでも戦えただろ?


(クソッ! いっそマジで命が危ないって戦いなら修行と同じ感覚で戦えるのに……中途半端に強い奴にはどうしても震えが……)

「ぬぅん!!」

「わっ!」


 俺目掛けて、斧男の戦斧が叩きつけられる。その動きにキレはなく、スピードもない。通常状態でも十分余裕をもって回避できるはずだ。

 だが、主に精神的なものが原因で、加速状態とは別の意味で今の俺は普通じゃない。そのせいか、必要のないくらい大きく避けちゃったぜ……。


「……? シュバルツの動きが鈍いな。体調でも悪いのか?」

「さあ? 体が温まってないだけじゃないかな?」


 外野からの疑問が耳に入ってくる。その疑問の答えが何とも情けないせいで顔が赤くなっている気がするけど、今はそれどころじゃな――


「食らうがいい……斧術・大斧乱斬(たいふらんざん)! ――ぬりゃりゃりゃりゃりゃあっ!!」

「ちょ、わっ! うおっ!?」


 斧男は武器の重量を利用し、遠心力を加えた連続攻撃を仕掛けてきている。見た目の迫力と合わせて、非常に危ない。

 俺は、それらを一つ一つおっかなびっくり避けていくのだった。


「何をやっているのだ、シュバルツは? あんな程度に苦戦するわけもないだろうに」

「うーん……でも、段々いつもの彼になってきたみたいだよ? ここで見ている他の受験者に実力を悟られないように演技しているんじゃないかな?」

「なるほど。自分の実力を見せ付けるための試験とは言え、序盤戦ではそんな駆け引きもありえるのか」

(……すいません。ただびびってるだけです)


 クルークとメイさんの冷静な考察に、何だか頭を下げたい気持ちでいっぱいになる。何かゴメン、ヘタレで。

 でも……大分見えてきた。何かこう、体のエンジンが少しずつ入ってきたような気がする。思考がクリアになると言うか、ようやく心が戦闘体勢になってきたようだな。

 やっぱ、目の前に命の危機がないと今一スイッチ入らないのが俺の弱点だな……。


(大振りの連続攻撃。確かに破壊力は脅威だろうが、同時に軌道を読みやすい。言ってしまえば振り回しているだけだからな……攻撃のリズムに合わせて、キッチリ見ていれば避けるのはそう難しくない!!)


 無駄な動きを排除し、敵の攻撃に合わせるように少しずつ動きを調整する。そうしている内に、段々と斧男の攻撃が予知できるような気にすらなってきた。

 こうなればもう大丈夫。いける。キッチリ体さえ動けば、この程度の攻撃なんて絶対に当たらない!


「ぬ、ぬぅ! 少年! 避けるのだけは上手いようだな!!」


 斧男も、最初は気分よく俺を追い詰めていた。だが、そろそろ俺の変化に気がついたのだろう。斧を振り回すことこそ止めないものの、声に僅かな焦りが混じりだした。

 どうやら、自分の技が一発も当たらないのはまぐれじゃないと気づき始めたようだな。


「もう見切ったからね……いくよ!」


 加速法は使わない。アレは体への負担がでかいからな。こんな後何試合あるのかもわからないような状況で、使わなくても勝てる相手に使う必要などない。

 俺は、たださっきまでのように斧の軌道を見極めていればいいのだ。決定的な隙を晒す、その一瞬がくるまで。


「――でりゃ!!」

「……そこ!」

「なに!?」


 俺の狙いは横なぎの攻撃で発生した遠心力を利用し、回転しながらの打ち下ろしの流れだ。

 その攻撃が来たと同時に、俺は半歩引くことで俺を真っ二つにする気かって上段からの攻撃を回避する。そして、必然的に前傾姿勢になっている斧男の兜の側面を狙うべく跳び上がった。


「剣術・飛燕――」

「ぐっ!? ……ふ、フハハッ! 鎧越しに、そんな細腕からの剣戟など大した効果は」

「――挟撃!!」

「ぐはぁっ!!」


 飛燕挟撃。あのマッドオーガとの戦いでメイさんと協力して使った、衝撃波のラリー。あれを何とか一人で再現できないかと考えて作った技がこれだ。

 まあ要するに、飛び上がって相手の頭を剣で打ち、その反対側を蹴り飛ばすと言う技だ。本来は胸を狙う技として考えてたんだけど、サイズの問題で頭を狙う技として落ち着いた。

 考案したのがつい最近の荒削りなものだが、その効力はジジイのゴーレムで実験済みだ。特に、兜をつけている類の奴はいろいろ大変だろうな……。密閉空間で衝撃増幅されるし。


「ぶ……ぎょ……」

「おっと、気絶したか」


 ズシン! なんて効果音が付きそうな勢いで斧男は倒れた。人体の急所である頭を思いっきり揺らされたわけだし、まあ当然だろう。

 あ、審判の人が駆け寄ってきた。今斧男の状態確認中だ……これで突然立ち上がってきて、真の力覚醒とかないよね?


「……勝者、レオンハート・シュバルツ!」

「ま、順当だね。しかしこれまたえぐい攻撃だな……」

「別にあの程度、問題なかろう。少してこずったのは問題だが」


 ……外野の辛口評価を聞きつつ、無事勝者となったことにとりあえず一息つく。

 いやー……やっぱ実戦って慣れないなぁ。いつかはなれなきゃいけないんだけど、元平和主義民族としてはいろいろ厳しいよ、やっぱり……。


(ま、とりあえずウォーミングアップにはなったな。俺の火付きの悪さを考えると、初戦がこのくらいの怖い人だったのはある意味都合がよかったかも……)


 せっかく上がった戦いのテンションを逃さないように、俺は気合を溜めたまま剣を腰に収める。

 ……なんかまた担架隊が出動している気がするけど気のせいだろう。俺、メイさんほど無茶な攻撃してないし……。

 そう思うことにして、俺は次の試合の組み合わせを聞くべく戻るのだった。

Q.数年間命がけの修行しました。これでもう戦いに恐怖なんてないよね?

A.んなわけねぇーだろ! 元平和主義者の現代人舐めんな!


真面目な話、父親兼師匠のガーライルはレオンハートを守る者にする気はあっても殺す者にするつもりはありません。

なので、争いや戦いに対して恐怖を持つことは重要な資質だと考え、あえて矯正していないのです。

まあそれで実力を出せずに死んでも問題なので、常にギリギリに追い込んで死の恐怖には敏感に反応して本気出せるように指導してはありますが。

……まあ、そもそも根底にある徹底した非暴力主義の教育に気がついてないので、ガーライルが思っている以上のビビリなんですけども。

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