第156話 レプリカ
「き、貴様何者だ!」
「さっきも名乗ったろ、レオンハート・シュバルツという者だよ、元王族のコウモさん」
俺はサフィリア姫の首を落とそうと振りかざされた腕を掴みながらも、その下手人であるコウモへと笑いかける。
元とは言え友好を結んだ種族の王族だ。これが最低限の礼儀だと思って欲しい。もっとも、友好的なものではなく威嚇のような犬歯むき出しの笑顔かもしれないが。
「……助かりましたわ、シュバルツ様。後1秒遅れていたら首と胴体が泣き別れしているところでした」
「姫様が時間を稼いでくれたからこそですよ。おかげで、その1秒に間に合いました」
「司令室からあなたが復帰して救援に向かっているとの連絡はありましたからね。何とか時間を稼いでくれという大雑把な指示でしたが、会話で稼げて助かりましたわ」
「クルークを初めとして、司令室の面子もほとんど戦力として出てしまっていますからね。どうしても全体指揮が疎かになってしまっているのですが……申し訳ありません、姫様。ですが、その失態はここで返しますよ」
俺は掴んだ腕に込めた力を強める。
さて、こいつのことはここに来る間に聞いているし、それ以前にもオオトリ殿からある程度聞いている。とりあえず……敵だな。
「――王の腕をいつまで掴んでいるか無礼者が!」
「お?」
思ったよりも強い魔力の放出により、掴んでいた手が弾かれる。
見た目より強いのか……とも思ったが、もしかしてこれが例の何とか玉の力か? 王族専用とは言え、持っているだけで超パワーが手に入るとはまた……便利だが、気に食わないな。
「まあとりあえず、ここには非戦闘員も多い。場所を変えるぞ」
「何を――」
「そら」
俺は右腕を大きく後ろに引く。つまり右パンチの構えだ。
それを見たコウモは当然のように俺の右腕に意識を向けた。まったくもって、素人の反応だな。次にどう動くのかって、気影を見るまでもなく簡単に読めるし。
「せい」
「ぶっ!?」
俺は右手に意識を集中させた後、左の蹴りでコウモを吹き飛ばした。このくらいの視線誘導に引っかかられても、あまり達成感ないな。
(だけど、今の蹴った感触からするとあまり効いていないな。強力なバリアみたいなものを全身に張っていやがる)
吹き飛びこそしたがダメージとしてはそれほどでもないだろう。俺はそう判断し、遠慮せずに追撃をかける。
「まずはここから離れてもらうぞ」
「なに――」
「ハァッ!」
俺は両手を自分の胸の前で合掌するように重ねる。
そして、両の掌から魔力を放出し、一つの魔力球を作り出す。大きさは人の頭くらい。それを、両腕を前に突き出すことで壁に叩きつけられているコウモへと放つ。
魔法と呼ぶことも出来ないただの魔力の塊だが、俺のような魔法適正の低い戦士タイプの遠距離攻撃技としては中々優秀な技だ。差し詰め、間合いの外まで拳を飛ばす技というべきだろうか。
なお、あくまでもただの魔力の塊なので爆発したりはしない。やっている事は鉄球投げつけたのと変わらないので、ぶっちゃけ外見が格好いいのと遠距離から安全に攻撃できるって以外は普通に殴った方がよかったりする。
まあ、それでもこの部屋の壁を突き破ってコウモごと外まで放り出すには十分なんだがな。
「グ……ググガァッ!?」
コウモは更に魔力障壁を全開にして、俺の魔力球を弾いた。しかしその力に技術は見られない。単に俺が使った魔力以上の魔力で対抗しただけだ。
やっぱ、そう言う事なのかな。となると困るなぁ……。ここに来るまででせっかく戻った体力もまた大分減っちゃってるのに、力だけはある素人を相手にするのは疲れそうだ。
「クッ! 外まで出されたか。まあいい! 我が兵よ! この男の首を……あ?」
「あ、お前の私兵ならもう制圧されているぞ?」
虹の樹までたどり着いてから、この最上階にある玉座の間まで来るのに一々階段を使っている暇はなかった。
だから俺も樹壁を登って来たのだが、その間に大量の魔獣と戦うボーンジややけに豪勢な装備を身に纏った敵兵鳥人族等と遭遇したのだ。
ボーンジに関しては一人で何とかしろと一発だけ撃ちこんで進路をつくり、後は放置してきたが……武装の差で追い込まれていた鳥人族警備兵達は無視して進むのは怖かったので処理したのだ。
とは言え上もかなり切羽詰っていたので一切遊びなし、手加減なしの高速殲滅を結構させてもらったがな。おかげでまた体力がごっそりなくなったよ。
「正直言って、そいつらにその武装は宝の持ち腐れもいいところだな。潜在する魔力量と装備だけは一流と言ってもいいが、肝心の使い手の腕前がヘッポコじゃ意味がない。あれじゃ丸太振り回しても戦闘力は大差ないだろうよ」
「ク……!」
「まあ全ての兵を倒している暇もなかったが……あの程度の数なら他の警備兵達が何とかするだろう……。話によれば切り札級の戦士もいるって話だが、そっちはオオトリ殿が相手をしているんだろう? つまり、今お前を守ってくれるのはお前だけだってことさ」
まさに裸の王様だ。俺みたいな一介の戦士からすれば孤軍奮闘なんてよくあることだが、仮にも王を名乗る者が一人ぼっちで敵地にいるって時点でアウトだってのは俺でもわかるぞ?
「ええぃ……役立たず共が! こうなれば、この俺様一人で全てを蹴散らしてくれるわ!」
「適材適所、できる奴にできることをやらせるのが管理職の仕事だぜ? 部下が失敗したのはお前の采配ミスだろうよ」
「ミスではない。全ての栄光は勝者にある……ならば、ここで全て終わらせてくれようぞ! ――風神玉よ!」
コウモから放たれる魔力の圧力が更に上昇する。しかしどこか歪……急所は胸元かね?
本人から放たれる力というよりは、懐の中にある何かから力が出ているって感じだ。本当に強いのはコウモではなく、所持するアイテム。情報通りか。
「悪いが、どこまで加減できるかはわからねぇぞ……? 何分、格下を相手にするのは三年ぶりなんでね……」
「ならば安心するがいい! 翼を持たぬ下等生物風情、俺様より圧倒的に格下なのだからな! 【裁きの神風】!」
コウモは目を血走らせて叫び、攻撃してきた。
見る限りでは、強大な魔力にものを言わせた突風というところか。しかしただの風ではなく光の魔力も含んでいるようで、直撃すると鈍器に殴られたような衝撃と共に浄化によるダメージを受けるといったところだろう。
はっきり言って、使われている魔力量だけで言えば俺の嵐龍閃と互角かそれ以上といったところか。中々に凄まじい威力だ。
だが――
「【明鏡止水・静】」
俺は力の流れに逆らわず、同化する。
嵐の中で吹き荒れる突風は大木をもなぎ払うかもしれない、氾濫した川の激流は巨大な建造物をも流してしまうかもしれない。油を注がれた業火は全てを焼き尽くすかもしれない。
しかし、風は風を、水は水を、炎は炎を砕かない。ただ一体となり、同じものとなるだけだ。それと同じく、俺は攻撃の流れを見切り、乗るだけでいい。
それで、こんな力任せの攻撃など全て無力化できるのだから。
「な……なんだと!?」
「無駄だよ」
「クッ! ……ならば、これでどうだ! 【裁きの風刃】!」
「今度は魔力を圧縮した刃か。多少は考えたらしいが……無意味だよ」
コウモから放たれる無数の刃。やはりその魔力量はかなりのものであり、単純に力のぶつけ合いをするとなると厄介だろう。
だが、すり抜ける分には簡単だ。何の技術もない、ただの魔力放出なんだから。
「明鏡止水は敵の攻撃を流れで見切り、最小限の力で受け流す技法だ。故に、込められたパワーだけなら大した問題じゃない。それこそお前の一撃にこの世界を吹き飛ばすような威力があったとしても簡単に無力化できる。俺にその手の放出系攻撃を当てたいんなら、より鋭く力を圧縮し、流れを瞬時に変え受け流されないように制御する技術の方が重要となる。お前にそれができるのか?」
俺がこの技を会得してからまだ間がないが、少なくともこれを真っ向から攻略したのは吸血鬼ミハイだけだ。
まあ受け流す余地のない完全包囲攻撃なんて繰り出してきたせいで発動することもできなかったオオトリ殿みたいなのもいるが……いずれにせよ、この技を破るには強大な力ではなく繊細な技術が必要となる。
なにせこれこそ、歴史が歪む前のレオンハートが……正真正銘、完全無欠の天才だった男が自分よりも高い出力を持つ対魔族用に開発した奥義なんだからな。
技を磨く必要もないほどに初めから強い魔族を相手にするにはこれ以上はない技ってわけだ。
もちろん、強力なアイテムに頼っているだけの素人の相手をするのにもな。
「……ならば、直接俺様自らの手で処刑してくれるわ!」
「魔力攻撃がダメなら接近戦か? 俺としてはそっちの方がむしろやりやすいんだが……いいのかね?」
武器を持たないコウモは、腕に風の刃を纏わせて突っ込んでくる。
流石は鳥人族の王族というだけのことはある立派な翼と、強力な風を推進力にした空中移動はかなりの速さだ。空中戦では俺の不利だろう。
だが――
「【明鏡止水・流】」
「ハアッ! ヌンッ! フンッ! セヤッ!」
なぎ払い、裏拳、肘打ち、熊手打ち。最低限の基礎だけは身につけているという感じの連続攻撃を繰り出してくる。
しかしそのどれもが非常に流れを読みやすい。元々明鏡止水は魔力と動作の流れを読むことに特化している状態とも言えるが、そんなことせずともわかる。少なくとも、英雄級どころか半人前から一人前に成長したってレベルでも余裕だろう。
速度だけなら英雄級だが、技術は本当に素人に毛が生えたレベルだ……。
「クッ! 運のいい奴め! 紙一重で回避に成功し続けるとはな!」
「いや、これは幸運ではなく見切りと言ってくれ」
ぶっちゃけ拳が繰り出される前にどんな攻撃なのかわかるレベルなので、ミリの単位で回避している。
元々、回避動作は小さい方が優れている。大きくよければもちろん安全だが、身体を戻すのにも時間がかかるし反撃に移ることも難しくなる。結果敵の追撃を避けられない体勢で受けることになるので、可能な限り無理なく小さく避けるのが基本なのだ。
なので俺も可能な限り小さい動きで敵の攻撃を避けることにしているのだが、当然ながら見切りに失敗すれば直撃のリスクもある。その見極めが難しいところなのだが……うん、この素人パンチなら俺の三倍速くても簡単に避けられるな。
「……お前、本当にその風神玉ってのに頼りきりだな」
「なにぃ!?」
「距離をとって、固定砲台に徹した大出力攻撃なら怖いかもしれないけど……こうして手が届く範囲で戦うと全然怖くない」
「クッ! 手も足も出ない分際で偉そうだな下等種族が!」
「へぇ。いいのか? 手を出しても? なら、丁度いいから練習台になってもらおうか?」
今の俺は、今までとは違う。正真正銘、何の支配も受けていない純度100%の俺だ。
だから、心のあり方が、己の力の制御こそが肝である明鏡止水も今まで以上に使いこなせるはず。そう、技の開祖、もう一人のレオンハート・シュバルツが達した領域までな。
「明鏡止水・極!」
「――グボッ!?」
「……あれ?」
俺は明鏡止水の最終段階を発動した。全てを受け流す気を纏いながら、抗わない力を実践しながら攻撃に移る極意を。
俺の拳は確かにコウモの腹を三回抉り、ついでに左肩に手刀と右脹脛に蹴りを入れはしたのだが……うん、今攻撃時明鏡止水解けてたな。普通に殴っただけだったな。
(おかしいな? 今のじゃダメなのか?)
今なら出来るって感じになっていたのだが、ダメなものはダメだった。
やっぱりその場のノリで新技を習得するとか俺には無理か? 一応明鏡止水を習ってから今までも練習してはいたんだが、成功率0%だしな。何かできそうな気はしたんだけど。
開発者の教えを受けて最終段階までの心得も全部知っているのに……うむむ。
「ぐ、がは……」
「あ、悪い。放置した」
俺が技の極意を掴めずに悩んでいると、その失敗攻撃で苦しんでいる男がうめき声をあげた。
割と本気で打ったから、アイテムのパワーで強力な障壁を張っても防ぎきれなかったのだろう。真の明鏡止水による攻撃が決まっていれば今ので戦闘不能にできる予定だったのだが、中途半端に苦しめてしまったな。
「……許さん、許さんぞ……!」
「いやゴメン。本当は今ので意識を失わせるつもりだったんだけど……」
「風神玉よ……全ての力を解放し、我が敵を殲滅せよ!」
コウモが叫び、膨大な力が奴の身体を取り巻く。
……これ大丈夫なのか? いくら何でもあんな膨大な魔力、素人が扱えるはずもないと思うんだが……。
「クハ、クハハハハッ! これだ! これが俺様の力だ!」
「……いや、ダメだろ」
コウモの姿が変化していく。翼がより巨大となり、それどころか翼が増えている。
本来の鳥人族は純白の一対二枚羽なのだが、そこに四枚も増えて三対六枚羽とかいう姿へと変貌したのだ。
おまけに、発せられる魔力が風の属性から明らかに光よりへと変化している。更に元々怪しかった正気が更に薄れ、その形相は完全に狂気の域だ。
これは恐らく、覚醒融合の亜種だろう。本来担い手が自分の相棒の魔力と一体になるところを、アイテム側が主導権を握った状態で融合した……つまり暴走して乗っ取られているのだ。
……ああ、でもこの魔力で納得したな。何故王族のみが使用可能なのかって疑問はともかく、風神玉が何なのかはよくわかった。
つまりは、アレがレプリカの正体なわけね。
「……そういうことなら、先にこっちの実験をさせてもらおうか。正直玉っころを持っているだけのお前と大して変わらないから使いたくはないんだが……まあ、命をかけてまで託された身だ。いずれは俺の力だと胸を張って言えるようにならなきゃいけないしな」
俺は自分に言い聞かせ、自分の内側から力を解放する。
覚醒とはまた違う、どちらかといえば吸血鬼化に近い感覚だ。自分の中に封じ込めたものの縛りを緩め、表層に上げる――!
「【モード・神造英雄】」
◆
「な、なんだその姿はぁ……?」
「お前と本質的には同じさ。ただ、格が違うだけでな」
風神玉の力が全身に行き渡り、俺様こそが最強となった。さあ邪悪なる者を殺せ、正義をなせと頭のなかに響き渡る声に従い蹂躙を開始しようとしたとき、レオンハートと名乗った下等種族は変貌を遂げた。
先ほどまでは少々くすんだ金の髪だったというのに、今は日輪がごとき輝きを放つ白髪となっている。いや髪だけではない、全身から眩いまでの白いオーラを放っているのだ。
あまりにも白すぎて、神聖さや清潔さの前に恐怖を感じさせる白い魔力を。
「……吸血鬼化は、無理か。力が力に飲まれているな。完成形には程遠いが……まあ、今から慣れていくとしよう」
レオンハートは自分の身体を確認するように動かしながら小さく呟いた。
俺様のことなど眼中にないと言いたいのか、あるいはおかしくなっているのか。いずれにせよ――
「俺様こそが正義! その俺様に対する無礼な振る舞い……それこそが悪である!」
俺様もまた、風神玉により得た力を開放し、攻撃に出る。
俺様こそがもっとも尊く、偉大なのだ。その神性に一点の穢れすら許されはしな――
「ふん」
「――ぽ?」
俺様の視界が揺れる。今俺様に何が起きているんだ?
全身が、痛い――
「なるほど、力だけなら覚醒融合すら越えるか。でも制御できない暴れ馬っぷり……このままじゃ使わないほうが強いかね? もっとも、同じ力を振り回すだけの素人を相手にするには丁度いいかもしれないが……」
奴の呟きを聞きながら、俺様は何が起きたのかおぼろげに理解する。
俺様は、殴られたのだ。一瞬で何度も何度も、認識することすらできない早さで。
「が、ご……」
「これはまだまだ改良の余地がある……というか、改良しないと使い物にならないってところか。精神の乗っ取りが起こらないだけましだけど、魔力が勝手に膨れ上がって全然制御できないし……このままじゃ明鏡止水どころか力道点破も無理だ。本当に魔力と身体能力だけで暴れるしかできないぞ……」
風神玉の力でなんとか落下せずに踏ん張る俺様だが、奴は絶好の攻撃チャンスだというのにぶつぶつ独り言を呟いている。
舐められている。見下されている。王である俺様を、不遜にも格下だと思っているのだ。この、くずがぁぁ……!
(だけど勝てない。奴の方が強い。ここは引いて凰翔と合流を――)
『否。悪から逃げることは許さない。貴様に許されるのは、殺すか死ぬかだ』
――そう、俺様は王であり正義なのだ。いかなる理由があろうとも、逃げることなど許されん!
「がぁぁぁぁぁ!」
「ん? 立ち直りが早いな。……ああそうか。精神支配か」
がむしゃらに掴みかかるが、次の瞬間奴の右腕が消えた。超高速で動かされたことで、俺様の視界から消えたのだ。
「俺にも覚えがあるぞ。本当に、気持ち悪い力だよなぁ?」
「がぶるばっ!?」
超速の拳により、俺様はまたもや滅多うちにされて吹き飛ばされる。なんの感慨も感じさせない、酷く冷静な声を聞きながら。
「……なあ、一つ聞いていいか?」
「ぐ、が……」
「そんな状態になっても戦わされる男にこんなことを言うのも何なんだが……お前、正気だと自分を絶対傷つけられない身分の低い者を権力で虐げるのが趣味なんだって? その経験から一つ教えてほしいんだが……これの何が楽しいんだ? いくら殴る理由があるクズとは聞いていても、弱者を一方的に打ちのめすのは気分が悪くなるだけなんだが。まして、こんな借り物の力じゃな」
何を言っているのかはわからない。聞く必要もない。
そんなことよりも殺せ。悪を滅ぼせ。死んでも抹殺するのだ!
「……はぁ。やっぱ止めだ」
「……なに?」
「力に使われている感じしかしないし、まだまだ実戦で使う域にはないな。こんなのに頼ってたら腕が錆び付く一方だ」
恐ろしいほどに神聖な力が霧散していく。やる気のなさそうな男の声と共に。
何故かはわからないが、奴の変化が止まった。光輝く変身が終り、元の下等種族に戻ったのだ。
――今なら殺せるぞ! 奴の力は、明確に俺様より下だ!
「【裁きの嵐】!」
「……こりゃ酷いな。やっぱぶっつけ本番は危険だった……っと、なんでもない。さて……あまり遊んでいる暇もないことだし、さっさと終わらせてもらうぞ」
ぶつぶつと一人何かを呟く下等生物に、襲い掛かる。全身の力を込めて。
浄化の力を宿した風が奴を挽き肉にせんする。全て無力化される。刃と化した風が奴を八つ裂きにせんとする。無力化される。何をしても、無力化される……。
さっきも見せた、あのすり抜け技だ。忌々しい……悪は速やかに裁きを受ければいいのだ!
「……ま、ぶっちゃけ俺とあんたは赤の他人だ。無関係の第三者でしかない俺が何か説教するほど俺も偉くはないし、正しいつもりもない。そういうのは当事者のすることだろう。だから、俺は当事者として言えることだけ言わせてもらおう」
「クッ! ならば、裁きの――」
「――俺は別に、努力して掴み取った力以外はダメとは言わない。俺だって自分で手にしようと思って手にしたわけじゃない力はあるしな。結局のところ、その力で何をなすのかだしな。だがな、一騎士として言わせてもらえば――」
貰い物の借り物、偶然の産物にいつまでもおんぶに抱っこなんて格好悪い主じゃ、忠誠心なんて一生無縁だぞ?
その言葉を聞いたと同時に、俺様は意識を失った――。
◆
「クッ! どうやら裏切ったあとも鍛練は欠かさなかったらしいな!」
「無論だ。むしろ、毒に犯されてまともに鍛練の一つもできなかったお前よりも研ぎ澄ましているつもりだぞ、鳳よ」
我が天覇と、凰翔の天魔。我ら一族に伝わる最強の槍が、もう何度目かもわからない激突音を響かせる。
武具を含めてどちらが強いのかと昔はよく比較されたものだが、このような形で雌雄を決したくはなかったぞ!
「いったい何故お前は裏切った? 香藻はともかく、お前が早々あっさりと敗北を認めるとは思えん。その理由が忠誠心というのも到底納得はできん」
「それはそうだろう。俺は今でも俺が魔獣風情に劣っているとは思っていないし、あの軟弱者を主だなどと欠片も思ってはいないからな」
「……ならば、何故裏切った!」
「決まっている……更なる高みへ向かうため、そして貴様と戦うためだ」
凰翔は漆黒の魔槍、天魔を俺に突きつけながらも力強く断言した。
その内に秘めた思いを……あまりにも自分勝手な、裏切りの理由を。
「俺にとって、自らの強さこそが全てだ。更なる力を得るためなら何でもすると俺自身に誓っている。そして――その力を使い、強き者を殺すことこそ俺が生きる意味……そのためには、いつまでも虹の樹の中にいてはならないんだよ」
「何故だ。敵ならまさに、今こそその力を使って倒すべき敵が山といるだろう!」
今の我が国が、我が種族が直面している脅威。それを思えば、戦う機会などいくらでもあるはずだ。
しかし凰翔は、そういうことではないと首を横に振るのだった。
「確かに魔獣王軍は強い。戦えば至福の喜びを得られるだろう……だが、その前にお前が死んでしまう。毒などというつまらんものに我が生涯の獲物を奪われるのは我慢ならなかったのでな」
「どういう、ことだ……?」
「昔から俺とお前は互角だった。どれ程の鍛練を積んでも、どれ程の戦術を学ぼうと、どれ程の武具を手にしても、お前を引き離すことはできなかった。お前こそ、俺が生涯を賭けて殺すべき敵であると確信するほどにな」
「……そんな風に思っていたのか。しかし、戦うのならこんなことをしなくとも……」
「否。お前と戦っても、仲間である内は本気の殺しあいには至らない。あるいは俺が真の殺意を見せれば話は別かもしないが、それでも俺は味方殺しの罪人となり追われることになるだろう。最後に待っているのは数に押されての処刑か投獄といったところか。戦いの中で果てるのなら本望だが、俺より遥かに劣る雑魚に数で潰されるのは御免被る。だからこそ、俺は欲したのだよ。お前と本気で殺し合うことを実現させつつも追っ手の追跡を逃れる隠れ蓑をな」
「それが香藻であり、魔獣王軍だったというのか……」
「流石に虹の樹の精鋭を一人で相手にするには無理だが、各個撃破は容易い。あの連中は、要するにそのための弾除けだな」
凰翔は今も戦い続ける我が部下と自分の部下の戦いを指差した。
戦況は、こちらが有利だ。無傷とはいかないものの、皆積んできた鍛練の成果を見せて武装で勝る敵兵を追い込んでいる。生まれもった翼の力と宝物庫から盗み出された武装という不利も、精鋭揃いの我が部下ならば跳ね返せるのだ。いくら強い力と武器を持っていたところで、使い手の腕が脆弱ならば勝てる。
そのための武術であり、そのための鍛練なのだ。数字の上での能力で劣っているから負けるなど、真の戦士ならばあり得ない話なのだ。
「無惨なものだ。自らの力を磨かぬ醜いクズ共の限界と言ったところか」
「……そのクズ共の親玉がお前だろう?」
「まあな。何せ、お前達が毒にやられたせいで時間がなかったのだ。早急に準備を整えて敵対しなければ、戦うに値しないところまで弱ってしまうからな。おかげで一番扱いやすい代わりに一番役に立たない駒しか用意できなかったのだよ」
「その口ぶり、香藻が主犯だと思っていたが……黒幕はお前か?」
「あくまでも本人の意思だよ。いつでも使い捨てられる旗頭として目をつけていたのは否定しないが」
「――ならば、望みを叶えてやろう。そして知るがいい! 万全の、この鳳の力を!」
「まさにそれこそが我が望みだ。最大の幸福は、貴様が回復していたことだからな。今こそ至高の馳走を食らわせてもらおうぞ!」
凰翔が内に秘めていた狂気。それを知った以上、もはや言葉はいらん。
この男は国を、民を脅かす害悪だ。この場で成敗する。それが、この俺の役割だ!
「凰翔ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「来い、鳳!」
風と殺意が、ぶつかった。
「ふむ……あの男は有望ですね。征獣将様へ報告するとしましょう。糧になりそうなのがいました、とね」
地の底で我々を見ていた、一匹の魔獣に気がつくこともなく。




