第13話 紙一重
(……やっぱ、この子凄いや)
体内で魔力を高める前衛戦士型は、どれだけの魔力を全身にバランスよく回せるかによってその能力が変化する。ゲームにはなかった要素だから親父殿とジジイの受け売りになるけど、どれだけ素早く安定した強化を施せるかが戦士の基準と言うことだ。
無理にゲームに当てはめれば、レベルとはこの身体強化がどの程度の技量に達しているかを示している数値であると言っても過言ではないかもしれない。
そして、俺基準の評価で言えば……すぐ隣で魔力を高めているメイさんはかなりの実力者だ。そりゃ親父殿クラスには遠く及ばないけど、少なくとも俺と対等以上だと思う。俺がどの程度かはこの際置いておくとしても……この試験で戦った近接型よりは格上だろう。
(とは言ってもまあ、相手がマッドオーガ……適正レベル15の『初代初見殺し』じゃ焼石に水だろうけどさ)
俺たちの前で傷の回復を待っているマッドオーガ。多分逃げるか攻めるかしない限りは静観を決めるつもりなんだろう。傷が治るまでの時間制限つきで。
このマッドオーガ。ゲームじゃかなり印象的なモンスターだ。如何せん知識がドット絵なもんで装備品がもうちょっと文明的なくらいしか差異がないオーガメイジと見分けのつかない俺が言うのもなんだが……かなり詳しいつもりだ。
(なんせ序盤の難敵、最初の関門だもんなぁ……)
聖剣の勇者は古いゲーム名だけの事はあり、結構理不尽な所がある。
その理不尽の中で一番きついと言われる闇騎士レオンの元になる(予定の)俺が言うのもなんだが、マッドオーガは最初の理不尽と呼ばれるモンスターだ。
(魔王の狂信者。そいつらが作り出したオーガの変異種。中盤以降は普通の雑魚敵として出てくるが……序盤としてはこれでもかと全滅させてくれるボス敵だからな)
ゲーム設定上、マッドオーガは普通にこの世界に生息しているモンスターだ。モンスターの繁殖法とかは知らないけど、少なくとも道を歩いていればいくらでも出てくる雑魚敵だ。
だが、最初に戦う一匹だけは例外なのだ。魔王の狂信者と呼ばれる人間の集団が魔法的に生み出したモンスター。魔王討伐を掲げる主人公一行を殺すために作り出された人造モンスターと言う設定だからな。
(魔王の絶対的な力に恐怖し、神に祈るような心情でその軍門に下るもの。あるいは最初から魔王による世界破滅を望んでいる狂人。そんな連中が集まって作られたのが魔王教であり、主人公たちの旅を何度も邪魔する邪教徒達……だったよな)
人間でありながらも魔王に協力する者達。そんな奴だって大勢いるんだ。少なくとも、ゲームの上では。
そんな奴らが人工的に作り上げたマッドオーガ。魔王自体が復活していない以上まだ魔王教は無いはずだし、今俺たちの目の前にいるコイツは多分天然物だと思うんだが……その脅威は変わらないだろう。
(狂戦士の咆哮でスタンしている間に回復役が殴り殺されるのは聖勇の通過儀礼だもんな。更にレベル的にへぼい攻撃しかできないと、結構高レベルの自動回復のせいでいつまで経っても倒せなくて全滅。それを反省して強い技覚えてから戦ったら凶暴化されて全滅。マッドオーガと戦うレベルだと、この三パターンで大体全滅するんだよな)
開幕スタン攻撃。これで全滅するプレイヤーは後を絶たなかったと言う話だ……初プレイの俺も含めて。
幸いにも対策自体はしやすいからマッドオーガ戦前に装備を整えれば問題ないんだけど、初見殺しに変わりはない。
それに、そもそものパラメーターがそこまでに出てくる敵よりも高いんだよな。まあボスとして出てきたんだから強いのは当然なんだけど、攻撃力が半端なく高いんだよ。
そんな奴が更に狂戦士の咆哮と凶暴化で二段階パワーアップとかされると、もう序盤レベルのキャラじゃ前衛でも一撃で落ちかねない破壊力になる。しかもその時点じゃ蘇生系の魔法とか使えないし、一人死ぬのが全滅と直結しかねないんだよなぁ。
(ぶっちゃけ、レベルが上がった中盤戦に雑魚として出てきてもなお最善手は逃亡ってのが定説だからな。まあ……それも皆には言ってない第四のスキルのせいで無傷じゃすまないんだけど)
マッドオーガ第四のスキル【追い討ち】。これは敵が逃亡を選択した場合、逃げる前に自分の攻撃を一度挟むと言うスキルだ。
ボスとして戦う時にはそもそも逃亡不可だから関係ないけど、雑魚として出てくるときには厄介だ。
とは言えまあ一回殴られるだけなら全滅は無いし、戦闘開始直後に逃げれば当然敵も未強化。ならばその一撃で死ぬ恐れは低い。
そんな計算で、一撃甘んじて受けるのがマッドオーガの遭遇時の対策として広まっている。そんな風に、無抵抗に一発貰うのを許容せざるを得ないくらいにコイツは序盤から中盤にかけての強敵なのだ。
(第四のスキルに関しても皆には言うべきだったのかもしれないけど……ぶっちゃけ、【追い討ち】スキルがこの世界だとどんな風に発動するかわかんないんだよね。多分逃げようとすると追撃してくるとかそんな感じだとは思うけど)
不確定でよくわからない情報を渡せば逆に混乱させてしまうかもしれない。そんな考えで、俺はスキルを三つしか話さなかった。
どっちみち逃げるつもりは無いみたいだし、俺だってレオンハートの名を持つ者として怪我人見捨てて逃げることはできない。明らかにレベル不足で一発で死ぬ状況じゃ、追い討ち持ちに逃走なんて危険すぎて選べないってのもあるんだけどね。
「では、行くよ。僕の全力を――天才と呼ばれるこの僕が何故天才なのかを見せてやろう!」
「頼むぞ! 一人でもミスったら全滅だからな!」
総合してゲーム的に言えば、俺たちに勝ち目は無い。だからこそ――ゲーム外の戦略で蜘蛛の糸より細い勝機を手繰り寄せるしかない。
狙いは急所攻撃。本来スキルの補正無しではできないはずの攻撃を、自分達の腕で行う現実だからこその戦略だ。
(ゲームと現実は違う。どれだけ設定されるHPがあろうとも……生物である以上心臓が潰れれば、あるいは首が落ちれば即死のはずだ。ゲームには存在しない要素だけど、ここにかけるのが唯一の勝機だろうな)
その為にも、まず全身を覆っている魔力をどうにかしないことには話にならない。
普通に考えたらスキルですらない魔力に攻撃阻まれてる時点で論外なんだけど……やるしかないよな、うん。
じゃあ、頼むぞクルーク――
「ふぅぅぅぅ……【二重詠唱化炎術・双頭の炎蛇】!!」
「なっ! 二重詠唱!?」
「――高等魔術スキル!」
二重詠唱。ゲームで言えば、一ターンに二度魔法を発動させることが可能になる能力。
当然このスキルを会得した魔術師キャラは単純に火力が二倍と言う事になり、これがあるか無いかでキャラ性能は天と地の差が出てくる。
まあその代償として魔法二回分に二重詠唱のコスト分消耗が増えるんだけど、それでも魔法使いからすれば何を置いても入手したいスキルだ。
(でも何で!? 二重詠唱は最低でも二次職につかなきゃ会得不可能なはず!?)
まさか、クルークは既に二次職にたどり着いている? ……いや、それはない。そうだとすれば、マッドオーガなんて一人で瞬殺できるはずだ。
と言う事は……クラスなんて無関係に、自分の才覚だけで二重詠唱の技法を身につけたって事か?
だとすれば――クルーク・スチュアート。コイツは間違いなく、誰一人として否定できない本物の天才だ……!!
「ぐるぉぉぉぉぉぉ!!」
「う、ぐぅ……! こ、これをやると問答無用で枯渇状態になってしまうのが玉に瑕、さ……」
「……倒れたぞ」
「この状況で気を失うほどの切り札を切れる。戦略としては間違っていませんが……凄い度胸ですね」
……やっぱ、クラス補正無しで高位能力を使うのはめっちゃきついみたいだな。二日連続でダウンとは、かなり無理したらしい。
でも、確かな効果は出ている。クルークの杖先から放たれた二つの頭を持つ蛇を象った炎。どうやら二つの魔法を連続で放つスキルであるはずの二重詠唱を『二つの魔法を融合させる』って形で使ってるみたいだな。全く、自由度高すぎて俺の知識がとことん机上の空論だと思い知らされるぜ。
まあそれはともかく。ゲームには無い概念を交えた魔法の効果はわからないけど……マッドオーガが苦しんでいるのは確かだ。炎の蛇は確かにマッドオーガの胸に直撃したし、そこからとんでもない炎が立ち上ってマッドオーガを苦しめている。
アレなら確実に障壁を破っているはずだ。後は頼みますよ――
「流石にあれほどの技に持ち合わせはありませんが……私の全力を見せましょう。【付術・腕力強化】。そして――弓術・急所狙撃!」
ハームさんは唱えた魔法によって、自身の筋力を強化した。狩人は補助的な能力に長けるクラスで、最低ランクながら強化魔法も使えるのだ。
強化した筋力によって、とんでもない勢いの矢が放たれる。破壊力も物凄そうだが、狙いも正確だ。真っ直ぐ炎に苦しむマッドオーガの心臓部へと飛んでいった。
これで急所攻撃による即死が決まればベスト。ゲーム的にはこれ以外勝ち筋なしって状況だ。
でも……まあ、無理だろうな。確かにあの矢はとんでもない威力を秘めているのはさっき自分の体で知ったけど、今の俺如きを殺しきれなかった矢が効く相手とも思えない。ゲームなら実力無関係に即死判定があったけど、現実じゃ軽く奇跡がいる。
だからこそ、俺とメイさん。二人がかりでその奇跡を無理やり引き起こさなきゃな!
「行くぞ!」
「わかってる!」
「気はたっぷりと溜めさせてもらった。これなら間違いなく私の最強を放てるぞ――【加力法・二倍力】!!」
「こっちも魔力は十分だ。……一か八かも含めてな! 【加速法・二倍速】!!」
俺たちの内部で多量の魔力が爆発し、一時的に身体能力を跳ね上げる。ほんの一瞬だけ格上と同等以上の力を発揮する切り札全開だ。
体内で魔力を練る時間が十分に取れた今、通常よりも長く加速状態を――あるいは剛力状態を保てるはず。文字通り、全力をぶつけるに十分な準備は整っている!
「矢の刺さってる場所を思いっきり殴れ!」
「言われずとも! その心臓、貫いてくれる! クン流秘儀――【気功剛拳・浸透槍波紋】!!」
メイさんの両腕に多量の魔力が集まっていく。その魔力は鋭く長い槍のようにも、あるいは堅く丸い鈍器のにも見える。まるで何も持たない腕そのものが武器になったかのようだった。
構えからして、恐らく両腕による同時打撃。それも、衝撃を拡散させずに後方に打ち抜くことで内部破壊を狙う荒技と見た。
こっちの狙いが心臓破壊による一撃必殺である以上、心臓まで拳が届かなければ意味がない。体格の問題でリーチが短い彼女では標的に届かない恐れがあったが……その弱点をカバーするいい技だな。
「じゃ、俺も行くぞ!」
加速状態の俺は、メイさんを軽く置き去りにして走れる。その恩恵を十二分に使いマッドオーガに向かって走るメイさんを追い越し、そして……当のマッドオーガすら無視して俺は走った。
「なっ! シュバルツ、どこへ行く!?」
「気にせず殴れ! 俺にも考えがある!」
「――わかった! 信じるぞ!」
狙いは敵の心臓のみ。それ以外を攻撃しても恐らくは焼石に水。ちょっと痛いくらいで終わってしまうだろう。
だが、二人同時に同じ場所を攻撃できるほど俺に連係の自信は無い。日々の鍛錬でも基本俺は一人で親父殿とかジジイとか魔物ゴーレムとかと戦ってるし、人とあわせる経験は無い。
そして、俺に練習していないことをぶっつけ本番で成功させられるようなセンスは無い。肉体的な才能はともかく、センスは無いんだ。
それを自覚している俺としては、二人で同じ場所に同時攻撃とかやってもお互いの技が打ち消しあうのがオチだと思っている。下手するとメイさんを攻撃したーなんてことになりかねん。
そこで、同じ場所を同時攻撃しつつ互いに干渉しあわない工夫が必要になってくる。それにおいて一番簡単なのは――
(前後からの挟み撃ち! 俺は背中から、メイさんは前面から心臓を狙う!)
これなら交点である心臓を二人同時に狙える。不安要素は背中側の魔力障壁を破れるかって点だけど……まあ大丈夫だろ。想像以上にクルークの魔法が凄かったおかげで全身の守りが弱まってるみたいだし、斬り裂くことはできなくてもダメージは通るはずだ。
何よりも、俺の狙いは貫くと言うよりも『潰す』って言った方が正しいからな!
「食らえ、我が必倒の拳!」
「――今だ! 瞬剣・猪返し!」
メイさんの打撃と全く同じタイミングで、俺は剣の腹を使った打撃技を放つ。
これは剣技の中でも珍しい打属性の技であり、敵の打属性攻撃に対して発動するカウンター技だ。タイミングを合わせて敵の攻撃を打ち返し、衝撃をそっくりそのまま跳ね返す技である。
攻撃している俺がカウンターを仕掛けるってのもおかしいが、俺はこの技をメイさんに対して発動させたのだ。丁度、マッドオーガの体越しに打撃攻撃を行ったメイさんの技に対して。
反対側にいる俺に届くと言う事は、それはつまり敵の体を抜けてしまって無駄となってしまった衝撃と言う事。それをオーガの体越しに返すことで、俺の攻撃と合わせて前後から中心にある心臓へと多大な負荷がかかると言う事になるはずだ。
味方の反対に回って味方に対してカウンターを仕掛ける。これもまた、ゲームでは不可能な工夫技ってところだな。
……流浪の行で食糧確保の為に突進してくる猪を仕留める為に何度も使った技だし、失敗はしないと思う。
「やるではないかシュバルツ! ならば――剛拳・鏡合わせ!」
「うおっ! なんの!」
俺のカウンターで増幅された衝撃を、更に武術によるカウンター技で返してきた。マッドオーガの体って言う緩衝材とタイムラグがあるからできることとは言え、恐ろしいことする子だな本当に。
でも、これは考えていた以上に効くはずだ。こうなりゃどっちかが倒れるまでラリーを続けてやろうと、俺はそれに対して更に猪返しで応戦する。
この衝撃波の連撃。これで徹底的に殺してやるか――ッ!?
「グルガアァァァァァァ!!」
「クッ! これは……」
「凶暴化――」
ある程度予測していたことだが……ここまでやっても死なないのかこの化け物は。
一度凶暴化すれば、もう痛みじゃ止まらないってことだろうか。名前通りに狂ったような叫び声を上げた後、炎の苦しみも矢の痛みも俺たちが与えたダメージも全て無視してマッドオーガは棍棒を振り上げた。
狙いは……メイさんか。正面にいて一番近い。ただそれだけの理由で狙っているんだろう。
加速しているからこそ今の俺はマッドオーガの動きに追いつき、そして冷静に観察できている。
だが、同じ三加法を使っているとは言っても加速しているわけではないメイさんにこの速度に反応できているかはわからない。多分あの実力ならギリギリ回避くらいはできると思うんだが――
「【ブルオォォォォォ】!!」
「な、何だ!? 体が――」
「く、クソッタレが! このタイミングで狂戦士の咆哮まで重ねやがっただとぉ!?」
ゲームじゃそんなことはしなかった。凶暴化した後はただひたすら殴ってくることの方が多く、狂戦士の咆哮はむしろ序盤戦に使ってくることが多いものだったはずだ。
ただ、考えてみれば当然かもしれない。別段複雑な手順を必要とするわけでもない、言ってしまえば魔力を込めた大声を出すだけの技である狂戦士の咆哮だ。
そんな技を、我武者羅に全力を出そうとする凶暴化状態で使わない道理がない。そりゃまあ、使えるなら使うだろう。
(メイさんは――咆哮を防げてない! あれじゃ絶対に死ぬ!!)
正真正銘攻撃に全力を注いでいたんだろう。しかも棍棒を振り上げた体勢をとられたんだから頭の中は回避でいっぱいだったはずだ。
と言うか、完全にこっちのペースだったのに反撃されること自体予想外。この奇襲にも等しいタイミングで放たれた技にかかってしまっても仕方が無いことだと言える。
加速状態と言う不意打ちに対してある意味耐性があるこの瞬間じゃなかったら、俺だって同じように硬直してただろうしな。
(この瞬間に俺には何ができる? ……決まっているな!)
俺の腕力じゃ、凶暴化に狂戦士の咆哮で二段階強化されたマッドオーガの攻撃を止めるなんて不可能。
距離をとった状態で少し硬直しているハームさんにも無理だろうし、気絶したクルークに何かを期待するだけ無駄だ。
だったらもう、マッドオーガがその手に握っている武器を振り切る前に殺すしかない。普通なら無茶な話だが、これでもかと胸の中心部にダメージを蓄積された今のこいつの胸ならば――全力を出せば貫ける!
(魔力を更に解放! 自分の体を壊さないように、ギリギリを見極めろ!)
……本来、身体強化はバランスよく肉体能力を全て均等に強化するのがコツとされている。この配分を誤ると、全体に歪みが生じて負荷を受けることになるからだ。
だが、三加法はこの前提を無視する事によって成り立つスキルだ。肉体を強化する上で特に重要な要素を『速力』『筋力』『硬度』の三つであると定義し、その内の一つに過剰な供給をすることで一時的に本来の能力を超える力を発揮すると言うものなのだ。
だが、当然の事ながら無茶だ。バランスを崩すと歪みが出ると言うのが正常であるんだから、本当に一瞬だけの強化で止めないと強化どころか自爆する破目になる。このバランスを崩した状態から元の均衡状態に魔力を戻す技量がそのまま強化時間になると言ってもいい。
つまり――今の俺は速力に魔力を過剰供給している状態なわけだ。発動前に魔力を練る時間が十分にあったから普通に発動するよりも安定しているけど、それでも無理している状態なのに変わりはない。本来なら今すぐ体内魔力を通常の均衡状態に戻すべく体内魔力を操らなきゃいけない状態なんだ。
(でも、今はそんなことを言ってる場合じゃない。メイさんが殺されるより前にこいつを殺すためには……更に強化を強めなきゃならないんだ!)
無理をしている状態から更にバランスを歪める。速度の強化へと更に魔力を注ぎ込む。
ここまですればもう、無茶を通り越して無謀だ。ほんの一瞬の強化も出来ずに自爆する恐れすらある、命もかけた一か八かだ。
正直やりたくない。でも、やらなきゃならない。レオンハートは、絶対に守るべき仲間を見捨てるような真似をしちゃいけないんだからな。
何よりも――この程度の危機で逃げてたら、勇者やら魔王やらと関わることすらできないだろうからな!!
「【加速法――三倍速】!!」
全身の筋肉がメキメキとかぶちぶちとか妙な音を立てている。全身から今すぐやめろと痛みって名前の緊急信号が上がってくる。
だが、それは無視だ。ほんの数秒でもいいから、俺の全ての意識を一撃の為だけに集中する――
「はっ!」
「ぶる?」
三倍加速状態で、マッドオーガの背中を思いっきり蹴りつける。そして、その反動で近くの木へと着地。勢いを得る為の距離は稼いだ。
この瞬間にも、蹴られたことを無視して棍棒を振り下ろそうとそのぶっとい腕に力を込めている。そのほんの僅かなチャージ時間の間に、その命を狩らせてもらうぞ――
「瞬剣・螺旋飛燕突破ぁ!!」
剣を前に突き出し、自分自身に回転を加えてマッドオーガ目掛けて飛び掛る。
自らを弾丸にするイメージの自爆技。はなから自爆寸前の今の俺には相応しい技だろうよ――
「ブルォォォォォ!?」
「ぶ、ぶち抜けェェェェェ!!」
剣が散々殴られて弱まったマッドオーガの背に当たる。だが、依然として頑強なことに変わりはない。
それでも、今の俺は衝突の早さが違う。その勢いは決して馬鹿にできるものではなく、破壊力は通常時を遥かに上回っている。
全身バラバラになりそうな激痛無視して特攻しているんだ。そのくらいの威力がないと困るし、あって当然だろ!
(痛てぇ……! でも、止めねぇ!)
痛みのあまり意識が飛びそうになるが、逆に腕に力を込めて更に剣をめり込ませる。
既に内部の筋肉はほとんど破壊しているはずなんだ。後はこのやたら頑丈な皮膚さえ破れば心臓を貫ける。
そう信じて、俺は最後の一押しを放った。
「――だりゃぁぁぁぁぁ!!」
「ぶるおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
剣先が皮膚を貫く。複数の衝撃によって破壊された筋肉を抉る。そして――その中に収められている心臓を斬り裂く!
「おお! やりましたか――」
離れた所で見ていたハームさんが勝利を確信した声を上げた。
全身を剣の弾丸とする捨て身技。これによって敵の体そのものを打ち抜いたんだ。流石に心臓もろとも胸に大穴を開ければどんな化け物でも死ぬしかないだろう。
かなり強引な切り札まで使ったギャンブルだったが、これで無事勝利と言えるはずだ――
「あ」
(やべ、貫通した後のこと考えてなかった)
敵の体を貫通した先、つまり俺の剣の目の前に現れたのは――メイさんだった。しかも、まだ硬直は解けていないようだ。
……そりゃ反対側にメイさんがいるわけだし、貫通すれば当然メイさんのすぐ前に出るよね!?
ヤバイ。とても俺に軌道修正する余裕は無い。と言うか全身の筋肉が高圧電流流れてる針金で縛られているみたいに言う事を聞かない。
このままじゃ、勢い余ってメイさんまで串刺しにしちまう――
「やば――」
「まだまだ詰めが甘いな、お前は」
「――い?」
マジでヤバイと、ついさっきメイさんに向かって棍棒が振り下ろされそうになっていた時と同じくらい焦った時……それなりに減速していたとは言え、高速で飛来していた俺の体を全く無理なく誰かが押さえ込んだ。
一体誰だ? 三倍加速状態の俺を捕まえた上に全く無傷で止めるなんて……って、この気配は……。
「お、親父ど――じゃなくて、父上!?」
「ウム。間一髪だったな。まだまだ修行が足りぬぞ」
俺の剣と胸元を正確に掴み、投げ技の要領で力の方向をずらしつつ止めた見事な技。確かに親父殿なら造作もないことだろうが……なんでこんなとこに?
「何でここにいるんですか……?」
「ム? それはだな、ここにマッドオーガらしきモンスターが出現したので至急退治してくれと要請があったからだ。偶々近くにいたのでな」
「何で近くに……?」
「そ、それはその……どうでもよろしい。そんなことよりも、早く魔力を落ち着けなさい」
「へ?」
「既に体内魔力はガタガタに崩れているが……意識のある内に少しでも整えた方が後が楽だぞ」
「どういうこど――っ!?」
い、痛ーい! 死ぬほど痛い! 今になって襲ってきた。死んだ方がましな激痛が今になって鮮明になってきた!
あ、もうダメこれ無理死ぬ。と言うかいっそ殺せこの野郎! 誰か、何とかしてくれっ!!
「己の力量を超えた三加法など使うからだ。程なく気絶するだろうが、今の内に少しでも体内魔力を均衡状態に戻しておいた方が後の治療が楽になるぞ」
「いや、もう……無理……」
親父殿の的確でありながらもどこか投げやりな指示。それを聞きつつ、俺は自爆同然の大ダメージによって意識を失うのだった……。
◆
「……い、一体何事なんだ? 貴殿は一体何者だ?」
自らの死を明確にイメージした瞬間、敵の背後にいたシュバルツの魔力が暴れまわる嵐のような異様さを見せた。その瞬間とんでもない速度で……私ですら目で追う事もできない速度で体当たりを放ち、そしてあの化け物を切り裂いた。
それはいいのだが……アレがシュバルツの本気だとすれば、今の私に勝ち目がないと言う点では問題があるが……とにかく勝ったのはいいことだ。
だが、敵を斬った勢いそのままにシュバルツは私にまで剣を向けてきた。アレが事故なのか故意なのかはわからないが、所詮この共闘は一時的なもの。敵を倒したのだから次は私の番だと言われても文句はない。
だからそれ自体は別に構わないのだが……何故シュバルツは突然断末魔の叫びを上げて気を失ったのだ? そして、突然さっきのシュバルツと同等以上の速さで現れたこの御仁は何者だ?
どう考えても今の私とは桁が違う使い手であることだけはわかるのだが……。
「おや、これは失礼したね。私はガーライル・シュバルツ。このマッドオーガ討伐の為に急遽呼び出された騎士だ。残念と言うべきかはわからないが、どうやら不要であったようだが」
「……シュバルツ? ――ガーライル・シュバルツと申しましたか!?」
「う、うむ。そうだよ」
この御仁が、父上をかつて倒したと言う“最高の騎士”か……。なるほど、確かに父上と同等の底知れぬ力を感じる。
ならば、私も礼を失するわけにはいかないな。この御仁を倒すのは父上であり、私ではない。むしろ、私如き未熟者が敵意など向けては武人としての己の格を下げる事になるだろう。
「失礼しました。私はバトルコロシアムのチャンピオン“武帝”バース・クンの娘、メイ・クンと申します。この度は試験受験者として参加しております」
「む……おお! そうかそうか、バースの娘か! あいつは元気にしているか?」
「はい。日々挑戦者をなぎ払って腕を上げています」
「娘が産まれたとは聞いていたが、会うのは初めてだな。ともあれ、息災なら何よりだ……っと、今は個人的な話をしている場合では無いな」
ガーライル殿は纏う空気を正し、騎士の顔を作り直した。
「君は、こやつのパートナーか?」
「い、いえ。私のこの試験でのペアは……あそこにいる弓使いです」
「そうか。それでは……どうする?」
「どうする、とは?」
「見たとおりこやつは意識を失っており、今なら赤子の手を捻るよりも容易く目的を達せられるだろう? 私はこの試験の詳しい内容は知らんが、仲間でないと言うのなら倒す理由がある筈だ」
……その通りだ。化け物の乱入で忘れていたが、私達の目的は白の騎士から箱を……カードを奪うことであったはずだ。
その論法で言えば、今目の前で気絶している男の懐を漁らない道理は無い。ガーライル殿が妨害する気があるのならばそれは不可能だが、様子を見る限りこの試験に関して口も手も出す気は無いのだろう。
試験の事だけを考えれば、迷う必要は無い。無いが――
「……私に、そのつもりはありません」
「ほう、何故だ?」
「私がこの試験に臨んだのは、私の拳がどのくらい強いのかを確かめる為です。閉鎖されたコロシアムの中だけでは見る事ができない技や戦いの重要さは父上も常日頃から私に説いていますし、限りなくルール無用の生きた戦いを体験することこそが、そして騎士として実戦を経験することこそが目的。断じて盗人の真似事をする為ではありません。戦利品は勝者としてのみ手にする、それが私のルールなのです」
「……なるほど、実にバースの娘らしい回答だ。だが、君のパートナーもそれでいいのかね?」
ガーライル殿はそう言って私の後方を見た。そこにいたのは戦闘態勢を解除したハーム、私のパートナーだった。
「噂に聞く騎士、ガーライル殿のお目にかかれて光栄です」
「それほどのものでは無いがね……それで? 君はどうするのかな?」
「……そうですね」
ハームがシュバルツ……レオンハートから箱を奪うと言う選択をした場合、私はどうすればいいのだろうな?
正面から武を競ったわけではなく、共に共闘した末倒れただけのこと。しかも殺される寸前で救われた恩があると言う体たらくだ。そんな状態で勝利の証とも言える戦利品を得るなど、私のプライドが許さない。
だが……それはハームには関係の無いことだ。この状況で自分の欲を優先するなど、武人としてはありえない行為。とは言え、それは私の理でしかないのも事実。ハームにまで強制することはできない。
しかし、それを見逃すのか? むざむざそれを黙認すれば、それは私が自ら同じ選択をするのと変わりないのではないか?
一体私はどうすれば……
「お嬢、そう怖い顔をしないでください。私にクルーク殿やレオンハート殿の戦いを汚すつもりはありませんから」
「そ、そうなのか?」
「はい。私もまたバトルコロシアムに名を連ねる戦士。戦士の誇りは何よりも優先すべきことです」
そ、そうなのか。それはよかった。考えて見ればハームも父上を尊敬するバトルコロシアムの戦士。当然だな。
……クルークと言うのが誰なのかはわからないが、多分あの魔術師のことだろう。あの高等魔術を発動した実力は相当なものと見た。ぜひ一度手合わせ願いたい……っと、今はそれどころじゃないな。
「と言うわけで、私達は彼らに何もする気はありません」
「そうか? 何とも立派なことだな」
「いえ、別に必要ありませんので」
「ほう? どう言うことだ?」
それは私も知りたい。武人の誇りとしてやりたくないと言う気持ちは全く同じだが、必要ないとはどう言うことだ?
……ああ、そうか。これから他の参加者を倒して奪えばいいだけのことか。
「ええ。実は先ほど……戦ったお嬢自身も忘れているようですが、参加者を一人倒したのです。失礼ながらガーライル殿に挨拶する前に確認した所、私達はこの試験を突破する条件を満たしていることが判明しました」
「なに? ……そう言われると、シュバルツと戦う前に誰か倒したな」
シュバルツとの戦い、そしてマッドオーガとの死闘。そんな強敵との戦いですっかり忘れていたが、そう言えば全然大した事の無い格闘家と戦ったな。
そうか、あいつが私達の求めていたカードを持っていたのか。
「ほう、それはおめでとう。では君達の合格は決まったのかな?」
「いえ、正確に言えばこの森を出るまでは試験の範囲となっているのですが……」
「そう考える事でもないだろう? 森を出るだけなのだからな」
森を出るだけならそこまで大変なことではない。ハームは森や山といった自然の中を移動する事を得意としているし、道に迷うことなどないはずだが……
「私はクラスの関係上、対象の状態を読む事を得意としています。……私には隠せませんよ、お嬢」
「な、何のことだ?」
「ウム、無理はしないほうがいいな。どうやら君も三加法……バースの娘なら加力法か? それを使った以上、相応に負荷がかかっているはずだからな」
「そ、それは……」
私の本気を出す為の秘儀、加力法。シュバルツも同系統の秘儀である加速法を使っていたからつい合わせて使ってしまったが……本来私にはまだ使いこなせない諸刃の技なのだ。
狂ってしまった体内の魔力を整える技術が未熟な私では、日に二回の発動が精一杯なのが現状だ。それでもある程度の疲労が残ると言うのに、今日はシュバルツ相手に二回、マッドオーガ相手に一回の計三回使ってしまっている。
武人にとって、弱った姿を晒す事は殺してくれと言っているも同じ。その教えに従い、表向きには体の痛みと違和感を隠していたつもりだったのだが……狩人のハームや次元の違うガーライル殿には見破られてしまったか。
「そう言うことなら、私と共に出るかね?」
「え? しかしそれは――」
「試験に関する不正なのではないか、と言う心配なら不要だよ。元々マッドオーガと戦うこと自体が想定外の異常事態だ。このくらいはいくらでも融通が利くだろう」
……それはいいのだろうか? 確かに、今の調子で戦うのは些かきつい。いや、回復するまでは動くことにすら不自由するかもしれない。
それを考えると、この言葉には素直に従った方がいいかもしれないが……しかしシュバルツ家の人間の情けに縋ると言うのもな……。
「やれやれ……では言い方を変えようか。このマッドオーガについて話が聞きたいから一緒に来てくれ。近くにいるはずの迎撃に当たった騎士達を救う必要もあるから、しばらくはゆっくり休んでもらうことになるだろうがな」
「……そう言うことなら、わかりました」
結局、ガーライル殿の目から見て今の私では森から自力で出るのも難しいと言うことか。確かに猛獣の類とも遭遇する危険な場所だ。意地を張っている場合では無いかもしれないな。
「では行くぞ。私はとりあえずこの二人を抱えていくから、君達にはあそこで倒れている騎士を頼んでいいか?」
「は、はい!」
「ウム。他の騎士達の救護は直に来る増援に任せるとしよう。では……私に続きなさい」
ガーライル殿はシュバルツと、クルークと言う魔術師を纏めて左手に抱えて走り出した。私もハームと協力して倒れていた騎士を抱え、共に走り出す。
正直この体勢で走ると言うのもそれはそれで苦行なのだが、修行と思うしかあるまい。
私だって、あの伝説の修行狂と比喩されるシュバルツ家に負けないよう日々の鍛錬を積んできたつもりなのだ。向こうは二人も抱えているのだし、シュバルツ家に挑むつもりで頑張って見るとしようか……。
一次試験終了です。
ちなみに、わりと簡単に使ってる加速(力)法ですが……結構危険な自爆技だったりします。
将来的に世界を救うレベルの才能があれば数ターンの間パラメーターアップくらいの気持ちで仕えますが、常人だと自爆する恐れありです。




