第12話 共闘
「危ない!」
「なっ――」
我が父、武帝バースに土をつけた唯一の人間である騎士ガーライル。 彼の息子であると言う目の前の少年に打ち勝って父の屈辱を晴らそうと攻めをかけたとき、何故か彼は剣を捨て、その超高速を使って私を両手で抱きしめるように抑えた上で二人纏めて地面に倒れこんだ。
一体コイツは何を考えているのだ? まさか勝負の場で剣を捨てるなど私の考えの外だ。何かの高度な作戦なのか――ッ!?
「グハッ!!」
「な、何だ!?」
倒れこんだ私達の上を、何かが物凄い勢いで通過していった。そして、すぐ近くにあった大木に打ち付けられたようだ。
まさか、こいつこれを察知したのか? 互いの技をぶつけ合うあの瞬間に、周囲への警戒を怠っていなかったと言うのか?
だとすれば……この上ない屈辱だ! 私など注意散漫な状態でも問題ないと言いたいのか!? ならばその慢心、我が拳で打ち砕いてくれる!
「い、一体何がおきだぁ!?」
「隙だらけだ!」
私の事など全く関心がないといった様子に罠かもしれないと疑ったが、とりあえず倒れた状態ながらその隙だらけの顎に一撃食らわせてやった。
流石にこの体勢では満足に力を乗せる事はできないが、上から覆いかぶさられた状態から抜け出すには十分だ。
「い、いきなりなにすんの!?」
「いきなり? 勝負の最中に何を言っている?」
素早く体勢を立て直した私に、こいつはそんな的外れな事を言ってきた。
今は私とこいつ……レオンハートとの決闘の最中だ。それなのにいきなり殴るなどと、殴ったショックで記憶でも飛んだのか?
だが、だとしても私は容赦しない。決闘の最中に何が起ころうとも自己責任。私は私の拳と父の名誉にかけてシュバルツの人間に負けるわけには――
「お嬢、どうやら戦っている場合じゃないみたいですよ」
「何? パートナーになったからと言っても、私の誇りを賭けた戦いを邪魔することなど許さんぞハーム?」
短期間限定で手を組んだパートナーの弓使い、ハームが私へと声をかけてきた。少し離れた所ではさっきまで交戦していたらしい魔術師が何かが激突した大木を見て固まっている。
だが、そんなことはどうでもいい。本来なら私一人でも十分な所を、試験のルールだからと短期間ながら共に戦うこととなったからと言ってそこまで干渉許すつもりは無い。
彼女は父上が君臨するバトルコロシアムの参加者らしく、私へと敬意を持って話しかけてきているが……父上の威光を私が使うつもりは無い。私は私なのだからと敬語もお嬢と言う呼び方も止めろと言っているのだが、一向にやめようとしない頑固者だ。
しかし、どれだけ頑固者が止めてもこればかりは止まらん。私にとって父上から授かったこの拳と武術は何物にも変えがたい誇りだ。その誇りに唯一泥を塗ったとされるシュバルツの人間に我がクン流武術の力を証明せねば……。
「お嬢、飛んできたの……どうやら騎士みたいですよ」
「なに?」
「そうそう。それもこれ以上無いくらいにボロボロの状態でな」
ハームの言葉、そして顎を押さえながらもその騎士とやらを指差すシュバルツ。
流石にそこまで言われては私としても無視するわけにはいかない。例え歴戦の騎士だとしても、今は死にかけの怪我人。それを放置するようではそれこそ流派に泥を塗る行為だ。
「どれどれ……こりゃ酷い。鎧は大きくへこんでいるし、下手をすると内臓がいくつか潰れているかもしれないよ。攻城兵器の直撃でも受けたのかな?」
「それ、今すぐ病院に連れてくべきだよな」
魔術師の男とシュバルツが騎士の状態を調べている。どうやら相当深刻な状態のようだな。
早急に治癒を施す必要があるが……どれ、私がなんとかするとしようか。
「お前の持ってるポーションでなんとかできないのか?」
「いや……この状態で魔法薬を飲むのは無理だろう」
「そりゃそうか……ん?」
無言で瀕死の騎士の側で膝立ちになり、両手のひらを向ける。気功術・治癒功だ。
残念ながら私はこの手の能力が得手とはいえないが……それなりに効果はあるだろう。早急に医者に見せなければならないことに変わりはないが、今すぐ死ぬことはなくなるはずだ。
「一体何してんだ?」
「これは恐らく……気功術じゃないかな? 格闘家の気功と呼ばれる魔法の一種だよ」
「ああ、そういやそんなのあったな。ってことはこれ、治癒功か」
「……お前達、少し静かにしてくれないか。集中が乱れる」
「あ、ごめん」
私は直接拳で敵を打ち倒す方が得意なんだ。特に、こう言った攻撃目的以外の力は深く集中する必要がある。技を継ぐものとして流派の技は全て会得すべく日々修行しているが……苦手なんだ。
「……お嬢、その術はどのくらいかかりますか?」
「私の回復術など高が知れている。完全回復は最初から無理だが……応急処置としてもまだしばらくかかるぞ」
「いや……大丈夫だ。それよりも……早く、逃げろ」
「む? もう意識が戻ったのか? 流石だな」
あのダメージでは意識が回復するのにも相当時間がかかると思っていたが、流石は現役騎士だな。素晴らしい回復力だ。
だが……何から逃げろと言うのだ? そう言えば、この男は一体何故こんな酷い怪我を……?
「――来ます!!」
「何が――ッ!!」
「ブルアァァァァァァ!!」
「ッ!! 避けろ!!」
この騎士が飛んできた方向。そこから巨大な何かが現れた。
醜い容姿に不気味な体色、そして無骨な血に塗れた棍棒をもった巨人。間違いなく人外のものであり、強大な力をもった魔物だ。
そしてこの魔物、構えも何もなくいきなり棍棒を叩きつけてきた。恐らく一撃で命に関わる攻撃であったが、シュバルツの叫び声に咄嗟の反応をしたおかげでギリギリ回避が間に合った。
だが、治癒していた騎士を助け出す余裕までは無かった。あの怪我では自力で動けるわけもない……己の未熟さを悔やむ他ないな……?
「だ、大丈夫か? 生きてるかあんた?」
「ゴフッ! だ、大丈夫だ。おかげで助かった」
気がつくと、私と同じく棍棒による打撃を回避したシュバルツが騎士を抱えて少し離れた場所に立っていた。
あの男、一瞬で騎士を助けつつあんな所まで逃げたと言うのか? 先ほどの戦闘でも素早いやつだとは思ったが……流石はシュバルツと言ったところか。
「レオン君? あのモンスターに見覚えはあるかい?」
「……オーガっぽいけど、色を見る限り違うな。多分上位種のマッドオーガかオーガメイジじゃないか? 何でこんなところにいるのかは、わかんないけど」
「……あれはマッドオーガだ。一撃の破壊力は通常のオーガとは比較にならない。とても君たちのような子供に何とかできる相手ではない……俺の事はいいから逃げろ」
シュバルツに担がれている騎士が何かを言っている。自分も既に死にかけていると言うのに、これ以上何ができるわけもないのにな。
さて、マッドオーガか。オーガなら聞いた事はあるが、それは聞いたことは無いな。
……だが、はっきりと感じるぞ。この興奮状態の魔物が持つ力は。私を超えるであろう途方もない戦闘能力は。
「自分を見捨てて逃げろってか? アンタ、それだと確実に死ぬよ?」
「君たちがいたところで変わらない。だが私が囮になれば君たちだけでも……」
正論だな。正直、まともに戦ったら四対一でも勝てはしないだろう。敵が手負いと言っても……気休めにしかなるまい。
だが――
「私は逃げるつもりは無いぞ」
「な、何だと……?」
「傷つき倒れた者を見捨て、自分だけが逃げることなどできるわけがない。私の誇りにかけてな」
クン流武術の原点は、弱きものを守る活人の心だ。かつてはそれを体現する騎士でもあった父上の教えを受けるものとして、決してここで引く事だけはできない。
ハームやシュバルツ、それともう一人の魔術師がどうするかはわからないが……最悪この騎士と先ほど叩きのめした男を連れて逃げてもらえば……?
「フッ! レディーにそこまで言われて、逃げられるわけもないさ!」
「お嬢とはパートナーです。貴方が戦うと言うのなら、私もお供しますよ」
「お前達……」
魔術師の男、そしてハームが私の隣に並び立った。本心を言えば、誰だって逃げ出したい所だろう。それでも杖を、あるいは弓を構えられるとは……どうやら思っていた以上の強者であったようだな。
だが、シュバルツは一体どうしたのか――
「瞬剣・飛燕!」
「ウガ?」
「チッ! 全然効いてないな」
……私達を無視して、一人敵に斬りかかっていた。高速で敵の背後へと周り、そのまま跳躍。その勢いを利用して首を斬りつける対空技か。いつの間に手放した剣を拾ったのだあいつは。
それも含めて敵も味方も意表を突くその速さは賞賛に値すると思うが……効果は無いようだ。やはり相当手ごわい敵らしい。
……ところで、あの騎士は一体どうしたのだ? ……いた。少し離れた木の下で転がされているな。
「レオン君? 邪魔なのはわかるけど放置するのはどうなのかな? それと、少し空気を読みなさい」
「え? だってとりあえず格上には有無を言わさない奇襲が基本でしょ? それに……こういう事は言いたくないけど、はっきり言って自分で動けない怪我人とか邪魔だし。離れた所に置いておくのが一番無難でしょ」
「……そうかもしれませんが、空気の読めない人ですね」
シュバルツは他の二人に責められていた。別に気にした様子は無いようだが、命を賭けて構えた私達の立場も考えて欲しいのだがな。
「やれやれ。それで? どんな感触だった?」
「ははは……全然刃が立たない。あんなブヨブヨのくせに鋼鉄斬りつけたみたいな感触だったよ。作戦とか技とか以前にレベルが足りてないってところだな」
ふむ。剣で斬っても大して影響がない強靭な皮膚か。やっかいだな。
だが、私の拳ならどうだろう? 打撃技なら表層がいかに頑丈でも衝撃を通せば有効打になりえるのではないか?
何よりも、元より一気呵成に攻め立てる剛の拳こそが我がクン流の真髄。ならば、まず考えるよりも先に一撃を当てるのが先決だ。
「次は私が行こう。刃物では通じなくとも、私の拳ならば有効かもしれない」
「……いや、オーガに斬属性耐性とかなかったはずだぞ?」
「なに? どう言うことだ?」
「あー、だから、別に剣だからダメとかじゃなくて単純に頑丈なだけってこと」
よくわからないが……つまり剣にも拳にも大した差は無いといいたいのか?
だとすれば――舐められたものだな!!
「ならば見ているがいい!」
「お、おい!」
「【加力法・二倍力】! そしてクン流――剛拳・走槍崩拳!」
クン流において、技の入りは突進の勢いを乗せた突撃技が多い。これもその一つ、真っ直ぐ敵へと突撃した勢いを利用した中段突きだ。
並の人間なら一撃で沈む破壊力があるし、父上がやれば拳がそのまま城壁破壊を可能にする破壊力に優れた拳の技。これなら多少格上の相手でも十分に効果があるはず――ッ!?
「な、なんだこの手ごたえは!?」
まるで手ごたえがない。まず直撃寸前に多量の魔力障壁で勢いを殺され、表層のブヨブヨした皮に衝撃を殺され、内側に隠された重厚な筋肉によって拳の全てが殺されてしまっている。そんな感触だった。
これではとても敵を打倒することなど出来はしない。それどころか拳が腹に飲み込まれてしまい、こちらの動きが封じられてしまっている。
「ブギュ!」
「クッ――」
自分の足元で止まった虫けら。恐らく、この化け物から見た私はそんなものだ。そんな私に躊躇する理由もなく、化け物は醜悪な笑みと共に手にした棍棒を振り上げた。
今の私にそれに対して対処する策は無い。これまでか――
「危ないお嬢! ――くらえ化け物!」
「僕も行くよ! 【炎術・火炎砲】!!」
「グル?」
高い破壊力を秘めたハームの弓術。そして見る限りかなり高レベルの魔術師による炎術。その二つが同時に化け物の振り上げた棍棒へと命中し、軌道が変えられ私のすぐ近くに振り下ろされた。
まさに間一髪、二人の援護がもう少し遅れれば、そして化け物が僅かに力を抜いて自分の得物の軌道を修正すれば私は――今死んでいた。
「ほら、ボーっとしないで」
「え? あっ!」
死闘には慣れているつもりだった。父上が実戦主義な事もあり、殺し合いの経験だってないわけではない。
だが、それでもこれほど力の差がある相手と戦い、そして殺気を向けられたのは初めての経験だ。これ以上の恐怖は過去に無い。そのせいで一瞬硬直してしまったところを……シュバルツに救われた。高速機動で私を抱えて距離をとったのだ。
「は、離せ! 私は大丈夫だ!」
「お、おう。悪い」
よもやシュバルツに助けられるとは屈辱だ……って、違う! そうじゃないだろう私!
今のは私を助けてくれたのだ。ならば感謝を述べるのが礼儀と言うもの。一体私は何を混乱しているのだ!
「そ、その。すまなかった。感謝する」
「あーうん。こっちもゴメンな、状況が状況とは言え女の子に気安く触って」
む、そんな気遣いは不要なのだがな。私は女ではなく武の道に生きる拳士。女扱いは不要だ。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。獲物を逃がした化け物は再び武器を構えなおし、私達へと向けているのだからな!
「クッ! 今一度攻撃を……」
「いや、無駄だろ。正面からやってもちょっと勝てそうにない」
「そうだね。武器にまで濃厚な魔力でコーティングされているせいで、それなりに強力な魔法を当てたにも拘らず無傷だ。マッドオーガの肉体も似たようなものなんだろう?」
「うん。さっき斬りつけてみた感触だと、魔力と皮膚と筋肉の防壁でほぼ無力化されているな」
「私も同意見ですね。威力に優れる弓術だが……アレには通りそうにない」
……クッ! 残念だが、私に反論の言葉は無い。この拳を一度当てた上で自ら感じ取った事実。それを否定することなどできるわけもない……!
「で? どうする? 逃げる?」
「馬鹿を言うな! 傷つき動けぬものを残して逃げることなどできるわけがあるまい!」
「そうですね。騎士を、守る者を志すものにそんな選択肢はありません」
「……だよな」
シュバルツは軽くため息をついて頷いた。全く、それでもシュバルツの剣士か情けない。
どれ、少し挑発してみるか。
「怖いのなら逃げてもいいのだぞ? お前一人でな」
「できればそうしたい所だけど、そう言うわけにも行かないよ。流石にこの状況で一人尻尾巻いて逃げ出すようなことすると本物に……いろんな人に申し訳が立たないんでね」
「……フンッ! ならばもっと気合を入れることだな」
シュバルツも、どうやら逃げるつもりは無いらしい。一体誰に申し訳が立たないのかはわからないが、大方父であるガーライル・シュバルツだろう。
などと悠長に会話しているが、何故この化け物は自分から攻めてこないのだ? 今の会話中にも十分攻め入る隙はあったと思うが……。
「どうやら、見た目以上にこいつもダメージを負っているようだね。どうにも動きがぎこちない。攻めてこないのも、できれば自分から動くのではなくこちらから攻めてきたところを叩き潰したい……と言ったところかな?」
「多分、ここまでやって来たのも自分の手でぶっ飛ばしたあの騎士さんがちゃんと死んでるか確かめに来たってところだろうな。……んで、俺達はわざわざ自分から足を運んで殺すほどの価値は無いって思われてるわけか」
……実力の差は認めるが、屈辱だ。だがそれを口にしたところでより惨めになるだけ。
ならば、結果で示すしかあるまい。その傲慢、敗北と言う名の罰で償わせてくれる!
「現役騎士と正面から戦って無傷とは考えづらいですしね。我々に勝機があるとすれば、そこでしょう」
「弱点があるんだったら徹底的に攻めるべきだ。もし傷を負ってるってんなら、そこから崩す以外に俺たちに勝機は無いな」
少々情けないセリフだが、シュバルツの言葉には一理ある。こちらの実力が劣っているのは既に否定のしようがない事実。ならば少しでも有利に立ち回るのが当然か。
しかし全身の皮膚が少々こげているような気がするが、これと言って外傷は見当たらない。騎士たちは魔法で攻撃したのか? しかしそれにしては何か違和感が――
「でしたら、恐らくは胸の……心臓の辺りがウィークポイントでしょう。クラスとして私は敵の弱点を見抜く能力を持っていますが、恐らく心臓付近に傷跡があります」
「クラス……って、狩人? 確か急所狙撃とか狩人の目とか使えたと思うけど」
「え、ええ。詳しいですね」
「ちょっとね……。それで、胸に傷跡は見えないけど?」
「恐らく皮膚に隠されているんでしょう」
……胸、心臓か。シュバルツが妙に狩人に詳しいのも気になるが、ハームの言葉が正しいとすれば奴の唯一の弱点はそこだ。
既に穴が開き、鎧としての価値を失った部分。そこなら私達の攻撃も有効なはずだ。ならば、一つ打ち込むしようか!
「では、胸を狙って集中攻撃でいいな? 行くぞ――」
「ちょい待ち」
「――なんだ?」
再び飛びかかろうと体を屈めたところで、またシュバルツが待ったをかけてきた。
一体何なんだ? 敵の種族特性から考えても高い再生能力があるのは想像に難くないのだから、できるだけ早く攻めるべきだろうに。
「マッドオーガ。まず奴自身の能力について情報を共有しておきたい」
「マッドオーガの? 生憎僕はそれほど詳しくないね。精々オーガ種が生命力と筋力、それと回復力に優れているってくらいさ」
「私も似たようなものです」
「私もだ」
オーガの亜種……そんなものと戦う機会など早々あるものでは無い。故にそれほど詳しい知識を持つものなどそういる訳がないのだから、情報不足は仕方がないだろう。
「じゃあ軽く説明しておくぞ。あくまでも知識だから全面的に信用しないで欲しいってのを前提として聞いてくれ」
「わかったよ、レオン君」
……シュバルツは何故こんな魔物について軽くであっても知識があるのだ? オーガマニアなんだろうか……?
「概要は皆が思っている通りでいい。注意して欲しいのは、もしかすると三つのスキルを持っているかもしれないことだ」
「三つ? どんなものだい?」
「一つは狂戦士の咆哮。これは自分の攻撃力を上昇させると共にスタン状態――軽い気絶状態を敵に与える能力だ」
ふむ、それは厄介だな。例え数秒でも戦いの最中に意識を失えば、それは死と直結する。
その手の攻撃は気をしっかりと持てば耐えられるものだし、決して油断はしないように気をつけねばならない。
「二つめは狂気開放。これはHP――生命力が半分以下、要するに結構なダメージを受けたら発動する能力だ。その効果は凶暴化の付与……要するに興奮状態になって更に攻撃力が上がる」
「厄介と言えば厄介だが……ある意味無関係だね。今でも一撃でこっちは軽く死んでしまうわけだし」
確かに、これ以上攻撃の破壊力が上がったところで関係ないといえば関係ないな。どっちみちこちらに防ぐ手立ては無いのだ。
だが、凶暴化と言う言葉が気にかかる。もしそれが痛みを忘れる興奮状態だとすれば……今のように痛みを堪える為に動きを止めることもなくなってしまうことも考えておかねばならないか。
「そして、最後は自動回復だ。これはターン毎に――あー、なんと言えばいいのかは上手く言えないけど、とにかく普通よりも早く傷が治っていく体質だな」
「ふむ。それはオーガにもある能力だね」
「では、早く攻撃しないとまずいではないか。唯一の突破口が消えてしまえばそれこそ勝ち目がないぞ」
私が懸念していた通りでは無いか。敵の傷を突破口にしていこうと言っているのに、その傷が時間と共に消えていくのではこちらに不利な結果しかもたらさない。
もうこれ以上話し合いをする時間は無い。早急に奴の心臓を狙って拳を打ち込むしか――
「まあね。回復して体力が規定値以上になれば凶暴化も解除されるって特性もあるけど、時間をかけずに……できれば一瞬で終わらせたいってのが本音だな」
「となると急所狙撃しかないでしょう。幸いにもこちらの目標と人型モンスターの急所は同じ所にある。私ならば正確に狙えます」
「即死効果のある急所狙撃ですか。確かにあの手の体力馬鹿には有効だけど……よし、クルーク!」
「なんだい?」
……こいつらには危機感がないのか! 早く倒さねば時間がないと言うのに!
「お前の魔法の中で、マッドオーガの魔力障壁をかき消す……最低でも弱らせることができるようなものはないか?」
「そうだね……生憎その手の魔法は会得していないが、単純な破壊魔法でも一時的に消すくらいはできると思うよ」
「そうなのか? ……まあそれならいいや。それじゃ、えーと……」
「ハームです」
「そうですか。じゃあハームさん。こいつの魔法が当たった瞬間に一発お願いします」
「わかりました」
「おい、いつまで喋っているんだ?」
さっきからごちゃごちゃと。戦いは理屈で進むものでは無い。己の拳と、積み重ねてきた鍛錬をぶつけ合うものだ。
時間が敵になっている状況でこれ以上御託を並べても意味は無い。これ以上は私一人ででもやってみせるぞ!
「ああ、待たせてもうしわけなかったね。でも、俺たちの出番は最後だ」
「何?」
「狩人のハームさんの一撃で仕留められればそれがベスト。俺達はそれに失敗した時の追撃要員で行こう」
「ふむ。どうしようと言うのだ?」
「つまり、矢の刺さった――あるいは当たった所に向かって今できる最強の一撃を食らわせてやろうってことさ。それで落ちなきゃ、もう天を怨んで死んでいこうってくらいの特攻をね」
なるほど。敵の弱点をハームに示してもらい、そこを攻撃しろと言うことか。わからなくもない策略だな。
ならば私は気を練ろう。私の、クン流の最強の一撃に恥じない一撃を放つためにもな。
「こおぉぉぉぉぉぉぉ」
「お、凄い魔力練り始めてんな……。んじゃ、俺もやるか」
私の隣で、シュバルツも体内魔力を高め始めた。似たような能力を持っている者同士、こう言った体内魔力を練る時間があればあるほど強い力が使えるのは共通か。
だが、それならば負けるわけには行かない。例え直接対決を行ってはいなくとも――シュバルツの人間に負けるわけにはいかないのだ!
「こおぉぉぉぉぉっ!!」
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
「……二人ともやる気満々だね。じゃ、僕から行くよ!」
魔術師の男によって開戦の火蓋が切られる。
実力で劣る私達にとって、この戦いにおける勝機は最初の連撃のみ。これより、我々の唯一のか細い勝利を掴む為の一瞬が始まるのだ……!




