第122話 交渉役
「二ヵ月後、よろしくお願いします」
「おう。ワシらもシュバルツなんて英雄と共に行動できることを誇りに思っとるよ」
俺は王城の地下、海に繋がる港の上で如何にも海の男といった具合の筋骨隆々なおっちゃんと握手している。
この人は、新しい船の船長となる人だ。年齢的には俺の倍はあるだろうが、見事に焼けた肌と 豪快さの現れのような白いモジャモジャの口ひげが老いも弱さも感じはさせない。その腕はもう丸太のような太さであり、どんな荒波でもドンと来いって感じだ。
性格的にも、流石船長って感じの度量の深さを感じさせる。船長ってのは、船の上では文字通り命を預ける相手だ。性格的にも船員の信頼を集められるのは必須なのだろう。まさに、頼れる漢って感じである。
「それでは、この船のこと、よろしくお願いしますわね?」
「ええ、マキシーム会長。もちろん、海の上ならどんなことでもお任せあれってことですわな」
一緒に来たロクシーとも一通り挨拶が終わり、これでとりあえずの用事は済んだ。
この後船の中の見学をさせてもらってもいいんだが、まだまだ忙しそうだな。大勢の人たちが行き着く暇もなく行ったり来たりしており、気軽にお邪魔させてもらうのは気が引けるって感じだ。
「……作業は順調のようですわね」
「そうですわな。まあ、この航海は日程もわからんですからな。本当に可能な限り積んでますんで」
見たところ、運び込んでいるのは工具や金属板のようなものが大半のようだ。多分、航海中に船が損傷したときのための修理機材だろう。
どんな危険が待っているのかわからない以上、いくら考えても不足する物資が出るだろう。だからこそ、知恵者経験者が必死に頭を捻っているのだ。実際には必要なかったとしても、本番で致命的なことになるよりは遥かにましであると思ってな。
まあそんなわけで、航海練習が一段落したとは言え忙しいことには変わりない。あまり迷惑をかける前に、そろそろ退散と行くかな……ん?
「騎士シュバルツ。ここにいたか」
「え? えっと……」
「私は国王陛下よりの伝令を預かった、王族騎士団に名を連ねるレイク・レインバードだ」
「……ロイアルナイツの方が、伝令ですか?」
船長との話をそろそろ切り上げようとしていたとき、長い階段に繋がる港の入り口から動作の一つ一つから優雅さと尊大さを感じさせる全身鎧の騎士が現れた。
自らを王族騎士団の一員だと名乗る騎士は全身を鎧で隠しており、個人としての特徴を読む事は全くできない。ご丁寧にフルヘルムで顔まで隠している重装備っぷりだった。
(王族騎士団……王族直下の騎士とはまた、豪勢な伝令だこと)
王族騎士団。それは、所謂俺を含めた一般の騎士とは毛色の異なった一団である。
騎士の名を冠しているのは伊達でもなんでもなく、彼らはれっきとした騎士である。いや、むしろ格式って点で言えば俺たち一般騎士より上だろう。
通常の騎士になる方法は、大きく別けて二つ。王立騎士学院の6年課程を修業するか、見習い騎士試験に合格し、2年の勤務の後騎士試験に合格することだ。
学院ルートにせよ試験ルートにせよ、騎士になる条件は白い経歴と実力の二つだけだ。流石に犯罪歴持ちは門前払いとなるが、脛に傷さえなければスラムの貧民であろうとも実力次第でその門を潜ることができる。
実際、騎士の中には文字の読み書きも出来ない荒くれ者もいないことはない。学院卒業から騎士になった場合は当然教養は身につけることになるが、試験ルートから騎士になった場合はそう言った教育を受けたことがない者も多いのだ。事実、今はアレス君のチームの一人として働いているマクシス君も読み書きはほとんどできていなかった。
ようするに、騎士団とは人類の精鋭であり、身分や学力は度外視して武力を重視して集められている――ということだ。
それに対して、王族騎士団は入団条件に『武力』『教養』『家柄』の三つが上げられている。
騎士を名乗る以上武力は当然として、小難しい筆記試験で高得点を取らねば入団できないと言うことだ。更に、その試験の受験条件は最低でも貴族出身、となっている。卑しい身分の者は挑戦すら許されないってことだな。
何故そんな条件が課せられるのかといえば、王族騎士団は王族直下――常に王族の側に控え、護衛として勤めると共にその手足となるのが任務だからである。いくら武力があろうとも、卑しい身分の馬鹿が側にいては王族の権威が穢れるってことらしい。
(産まれでの差別はどうかと思うが、最低限の教養は確かに必要なんだろうけどな、うん)
俺としては、産まれの差別はあまりいいことではないと思う。とはいえ、貴族社会の常識を知る者でなければ王族の側仕えは難しいのもまた事実だ。そう言う意味では、むしろ当然の人選なのかもしれない。
一般市民と王侯貴族の思考回路はやはり違うものだ。いくら教養があるだとか才能があるだとかいっても、そんなことでは覆らない常識の違いってやつがな。そんなことで無用なトラブルを起こすなら、初めからお互いの棲家を分けた方が賢いってのは当然の考えだろう。
事実、王城に勤めているのは皆それなり以上の家の出身である。それこそ使用人であるメイドですら――王族にその礼儀作法を認められたという箔付けのために――貴族の娘ばかりだ。間違っても平民の娘などが雇われることはない雅やかな世界ということである。
そんなわけで、王族騎士団のメンバーは全員貴族出身なんだよな。
「……どうかしたか? 騎士レオンハート?」
「あ、いえ、なんでもありませんよ」
「そうか。ここは地下深くとは言え、仮にも陛下の住まう地だ。あまり気を抜かないで欲しいものだな」
ちょっと思考をわき道に逸らして考え事をしていたら、全身鎧の騎士に鼻で笑われてしまった。
正直人を前に余計なこと考えていた俺が悪いのだが、やっぱりこの人たちとは仲良くできそうにない。基本的に家を継がない三男や四男の集まりなので後継者争いとは無縁の立場と言っても、貴族は貴族なのでプライド高くて上から目線なのだ。
というか、彼らは全体的に一般の騎士を嫌っている。自分達と同じ『騎士』を名乗りながらも身分不確かな野蛮人が多くいる一般騎士は、自分達の品位を下げるとまで公言している者すらいるのだ。
もちろんそうではない人もいるのだが、どうもこの人はそのタイプらしい。動作の一つ一つにこちらを見下すような――いや、言葉を選ばないのなら嫌悪、憎悪といった感情を感じる。
シュバルツ家は名門であれど貴族ではないからな。自分より劣った身分の人間でありながら自分以上の実力者ってことで、まあ木っ端権力者からは嫌われているのだ、我が家は。
「……では、陛下よりのお言葉を伝える。件の交渉役が決定したため、紹介するので陛下の執務室まで来るようにとのことだ。私がその案内を任されている」
「それはどうも、ありがとうございます」
「……来い」
俺にできる精一杯の丁寧な接し方で何とか敵意を削ごうとしているのだが、その効果は皆無らしい。むしろ、俺の言葉を聞くたびに苛立っているとさえ感じる。騎士としての階級で言えば同格――王族騎士団と上級騎士は対等の扱い――の俺が敬語で話しているのが気に食わないのだろうか?
しかし、騎士としては同格でも、分類的には貴族と平民だからな。騎士自体が貴族位の一種という見方もあるからタメ口でもいいはずなのだが、そんな態度をとればやらんでいい喧嘩を――しかも拳によるものではなく嫌味と罵倒によるもの――をする破目になるだろう。そうならないためにも、譲歩できるところでは譲歩した方がいい。
「ワタクシはどうしましょうか? 陛下に呼ばれているのはシュバルツ様だけですの?」
「……お前は?」
「マキシーム家当主、ロクシーと申します」
「ああ、あの成り上がりか」
レイクと名乗った騎士は、ロクシーの名乗りを聞いてあからさまに――いっそわざとらしいほど大きく嘲笑った。
はっきり言って、人の名前を聞いて笑うなど失礼の極みである。まして家名を守るためなら自分の命を捨てることも厭わないのが常識、とされる貴族社会では宣戦布告に等しい態度だ。
にも関わらずレイクがそんな態度に出られたのは、一言でいえば虎の威を借りる狐ってやつだ。王族騎士団は王族直属ということもあり、その立場は王族によって守られる。もちろん度がすぎれば王族の権威を汚したとして追放処分が下されるだろうが、この程度の小競合いでは全力でその立場を利用する輩も多いってことだな。
ここで、普通に考えれば俺が前に出るべきだろう。吟遊詩人の語る物語なんかであれば、率先して目の前の無礼者からか弱き乙女を守る騎士の出番に相応しいシチュエーションだろう。
が、俺は一歩も動かない。というより、動く必要性を感じない。
なぜならば、俺の隣にいるのは――か弱き乙女から540度くらい違う傑物なのだから。
「レインバード……ああ、思い出しましたわ」
「ほう、私の家名を知っているのか。まぁ、マキシーム家などという、貴族の末席に名を連ねながら卑しい商人の真似事をする成り上がりの貧乏貴族でも知っていて当然――」
「最近泣きつかれていくらか融資しましたわね。額はそう、このくらい」
侮辱された以上、叩き潰すのが礼儀である。そんな意思を持っているとしか思えない凶悪なオーラと共に、ロクシーはレイクの悪意に満ちた言葉を遮り、指をそっと三本立てた。
その三本がいったい何を示しているのか、一本いくらなのかは俺にわかることではない。そして多分、レイクにもわかっていない。
家を継がずに王族騎士団に入る貴族とは、結局のところ家の相続にはほとんど影響しない立場の人間である。そのため、自分の家の経済事情など知るものはいないのだ。そう言った情報が外に漏れれば多くの厄を引き寄せるのは間違いないため、血の繋がった家族であろうとも必要がないのなら外に漏らさないのが当たり前なのである。
だが、それを彼らが口にする事はない。権威に縋るタイプの人間が実家で蔑ろにされているなど言うわけがない以上、レイクは黙るしかないのだ。
彼らが騎士団に所属しているのは、自分の食い扶持を稼ぐためだけではない。その立場を利用して数多くの有力者と接触し、コネを作ることで実家の立場を優位にするためでもあるのだから。
そんな彼らにとって、自分の行動が実家に迷惑をかけるなどあってはならないのだ。最悪の場合、自分の拠り所である『貴族』を失う恐れすらある話なのだから。
「え、いや、えっと……」
それを十分に承知しているレイクは、ロクシーの笑顔の脅迫にあっさりと態度を変えた。ビクビクと、怯えているのが全身鎧の上からでもわかるくらいに動揺しだしたのである。
実際に借金があるのかどうかの確認すら不可能な状態で、いったい目の前の美女の皮を被った悪魔がどの程度自分の基盤を抑えているのかも不明なままに。
「さて、せっかくですしワタクシもご一緒いたしましょう。交渉役の方とも顔を繋いでおきたいですし、ほかにも陛下に用事がありますからね」
「いや、その……」
「なにか、問題があるんですか? ……ああ、そういえば、レインバード家と言えば、先日領内で新たな産業を始めようとして……」
「わ、わかった! わかりましたから、もう黙ってください!」
……なぜか知らないが、レイクは突然背筋を伸ばしてロクシーに敬語を使い始めた。
今の会話にどんな意味があるのかは、多分一生知らないほうが幸せになれるんだろうな……。
◆
「レオンハート・シュバルツ上級騎士。お目通りを願いたいとのことです」
「うむ。よく来たな、レオンハートよ」
「はっ!」
俺は王の執務室に入り、跪く。部屋の中にいるのは王と元々部屋の中にいた臣下、そして俺だけだ。
ロクシーとここまで案内したレイクは部屋の外だ。レイクは案内役なので部屋の中にまで入る許可は得ていないらしく、流石のロクシーも呼ばれてもいないのに部屋に入るわけにはいかないので、俺達が話している間に許可をとっているらしい。
「さて、余計な問答は無用だな? 早速本題に入るとしよう。立つがよい」
「はい」
「他の大陸へ向かう交渉役なのだが、決定した。連れてくるので挨拶しておけ」
「はい……?」
王はゆっくり立ち上がる俺に淡々と用件を伝えたが、何故だろうか? どこか嫌そうな雰囲気というか、納得していない感じがする。
王が嫌がるってことは、王自身の決定ではないのか? でもこんな危険な案件に自分をごり押ししたがるような奴いないだろうし、いったいどうしたんだろうか?
そんな風に疑問を感じながらも待機していると、執務室の扉がノックされた。
「……陛下。サフィリア姫殿下、ご到着です」
「ああ。通せ」
扉の外にいる来訪者の正体を側仕えが告げると、王は重々しく頷いて入出許可を出した。
やって来たのはサフィリア姫殿下……って、確か……?
「失礼いたします、陛下」
「ああ。よく来たな、サフィリアよ」
許可と共に入ってきたのは、優雅にお辞儀する一人の女性だった。
まず目に入るのは、その空を思わせる蒼い髪。如何にも女性らしく腰まで伸ばしているその髪は、如何にも上流階級ですと主張しているように手入れが行き届いている。
更に、その髪とあわせるような色彩のドレスも特徴的だ。淡い蒼のドレスはこれまたわかりやすいくらいの装飾とボリュームがある。よくよく観察すれば小物類も上品ながら金かけていますって感じであり……まさにお姫様って感じである。
いや、文字通りお姫様なのだ。
サフィリア・フィール。現王バージウスの孫の一人であり、次期王候補の一人でもある本物の王族って奴なのだから。
「お久しぶりですわね、レオンハート様」
「はい。ご無沙汰しております」
サフィリア姫が軽く会釈してきたため、俺も礼儀に沿った会釈をする。
そう、俺はこの人と一応顔見知りだからな。
「二人は一度会ったことがあったな?」
「はい、陛下。以前、私の護衛を勤めていただいたことがあります」
「ならば、話も早かろう。レオンハート。既に察しているだろうが、此度の交渉役はこのサフィリアに……決まった。詳細をお互いに話し合っておけ」
「はっ!」
俺は王の言葉に頷く。
そうか、交渉役はこのお姫様なのか。確かにまあ、格って意味では文句のつけようがないだろう。姫様よりも上の人物となれば、より王位継承権が上の王族か現王くらいしかいない。むしろ、こんな危険な任務によくこんな高貴な人物だす決心したなって話だ。
でも、大丈夫なのか? 確かこの人、戦闘力は一般人よりちょっと強いくらいだったと記憶しているんだが。
……いや、それを守るのが俺の役目か。王族が来る以上、当然護衛に王族騎士団もついて来るんだろうし、うまいことやらなきゃな。
「余からの話しはこれだけだ。後は当事者同士で話し合うといい」
「わかりました。では、失礼します」
「うむ。余はこの後マキシーム卿との話し合いが入っているのでな。その間にいろいろ話し合うといいだろう」
いつの間にか約束を取り付けていたロクシーの予定を聞きつつ、俺は一礼して部屋を出る。
一緒に姫様とレイクもついて出ており、このままどこか別の部屋で会談することになるのかな?
「……本当に、お久しぶりですね、レオンハート様?」
「ええ。数年前の護衛任務以来ですね」
廊下を姫の護衛であるのだろうレイクの案内で歩いていると、姫様から話しかけられた。話題は以前一度だけ会った任務の話だ。
俺としても会話のきっかけとしては丁度いいと、話に乗る。確かあれは、姫様の公務だったっけか?
「懐かしいですわ。私が公務で遠き地への視察に赴いたとき、護衛をお願いしたのでしたね」
「ええ。山賊やモンスターからの襲撃を警戒するだけでしたけどね」
会話しながらも、俺は段々当時の記憶を呼び覚ます。
そう、確か姫様が何かしらの用事で長旅をしなければならなくなったから、道中の護衛をしろって命令だったのだ。
とは言ってもまあ、姫様に張り付いて護衛したわけじゃないけどな。
王族の側に控えて身を守るのは王族騎士団の仕事だし、俺は姫様の馬車を中心として半径2キロくらいにいる危険生物なんかを退治して回ってただけだったし。
「……あの時は、碌にお話もできませんでしたし、この度はしっかりとお話するとしましょうね?」
「え? ええ、もちろんです」
一瞬、姫様の目に何か黒いものを感じた気がした。
しかし次の瞬間にはさっきまでと同じ、宝石を思わせるブルーの瞳はただ輝いている。好奇心に満ちた、天真爛漫ってイメージを与えてくるような目だ。
別に深い忠誠心とかはないが、姫様を疑うのはよくないと俺は自嘲する。最近付き合いの浅い女性を見ると疑う癖がついている気がする。あまりよくない傾向だろうし、些細な疑問は捨てておこう。
「さて、では、私の部屋でゆっくりとお話しましょうか」
「部屋でですか?」
「ええ。最近、いいお茶を手に入れましたの」
姫様はお上品に微笑む。だが、その笑みにやはり俺は何か感じてしまう。
興奮して身体が熱くなるという方向ではなく、磨きぬいた警戒心が反応しているのだ。
何故だろう? 俺はいったい、何に反応しているんだろうか? 命の危機って感じではないんだけどな……?
……………………
………………
…………
「というわけで、何とも美しいでしょう?」
「は、ははは……そうですね……」
数時間後、俺は憔悴していた。姫様の部屋に案内され、護衛のレイクを初めとする連中に監視されながらテーブルを挟んで姫様ご自慢のお茶とやらをご馳走になっているのである。
ただ、その会話の内容はあってないようなものだ。その声は、詩人であれば『鈴の音のような美しさ』とでも表現するだろう心地よさを感じさせるものなのだが、それもこう長くては飽きるのが道理だろう。
どこそこの景色が綺麗だっただの、何とかという壺が見事だっただの、どこぞのダンスパーティで優雅なダンスを見ただの、世間話なのか自慢話なのかイマイチ判断に困る内容を延々と聞かされ続けたのだから、俺が憔悴しても罰は当たらないと思いたい。ちなみに、今は先日購入したという絵画を見せられている。
本来なら同じ旅に出る者としていろいろ打ち合わせをしようって時間のはずなのだが……何故俺は笑顔を貼り付けて姫様のお喋りにつき合わされているのだろうか?
(貴族的風習ってやつなんだろうけど、相手を選んで欲しい……)
俺は機嫌よく話す姫様に、俺は自動人形のように笑顔で相槌を打ち続ける。
恐らく、この会話は貴族階級からすると当たり前で楽しいものなんだろう。言葉を徹底的に着飾り、一般市民からすると無駄としか思えない会話を楽しむ。それもまた貴族のたしなみらしいから。
が、俺は貴族ではない。つまり無駄な会話は無駄としか思えないわけで、ストレスがひたすら溜まる一方なのだった。
「おっと、少々お喋りがすぎましたわね。シュバルツ様とのお話が非常に面白かったので、ついつい時間を忘れてしまいました」
ほとんど意識をイメージトレーニングに割きながら話を聞いていたら、姫様はようやく思い出したように話を切り上げた。
そこで俺は意識を戻し、笑顔で頷く。内心の『喋っていたのはあなた一人ですけどね』という思いを悟られないよう、更に笑顔の仮面を強固にして。
なんと言うかもう、王侯貴族って凄い。俺には絶対この世界に適応できないわ。
「では、そろそろ――あら?」
ようやく本題か、と思ったそのとき、外に気配を感じた。と同時に、扉がノックされる。
姫様が入出許可を出すと、ゆっくりと入ってきたのは王の執務室でも見かけた人だった。どうやら、王様の伝令を勤めているらしい。
「失礼します。騎士レオンハート。陛下とマキシーム様の会談が終了したため、至急来るようにとのことです」
「そうですか」
またもや王様からの呼び出しだった。恐らく、ロクシーとの会談とやらで決まったことを俺とも共有しようという話だろう。
王の呼び出しとなれば、それは姫君よりも優先されるのは至極当然のこと。俺はこの笑顔地獄からようやく解放されると思い、申し訳なさそうな表情だと自分で思っている表情を作る。そして、姫様に頭を下げるのだった。
「姫様。申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます」
「いえ、問題ありませんとも。お爺様からのお呼び出しでは仕方がありません。……では、また後ほどお会いして、今度はこの度の使命についてお話しするとしましょうね?」
「……はい。もちろんです」
結果的に何の生産性も得られなかったため、俺は姫様の『次回の約束』に頷くしかない。
実際、旅に出てからの姫の生活のこととか、世話係のこととか、護衛のこととか……いろいろ決めなきゃ不味いからなぁ。
姫と一対一で話し続ける俺を親の敵のような目で睨みつけている室内の護衛騎士とも話し合わなきゃいけないし、ホントもう、剣を振ることだけ考えていればいい世界にならないかなぁ……。
そんなことを考えつつ、俺は伝令に来てくれた家臣の方の後に続いて姫の部屋から退出する。
さて、この後の話の内容はなんだろうな? たぶん船に乗る修理大工とかの人員名簿の話だとおもうんだが――
「ウッシャーッ!」
「……?」
次の仕事のことを考えていたら、どこからともなく気合を入れるかのような雄たけびが聞こえてきた。
城の壁は当然ながら厚く、並大抵の音量なら廊下には届かない。よほどの声量で叫んだのだろうと思うのだが、いったい誰が叫んだのだろうか?
俺はそんな疑問を覚えつつ、しかし誰も気にした様子を見せないため、多分気のせいだと忘れることにするのだった。
新キャラ登場。前に後書きにちょこっとだけ(名前は出てないけど)登場していたりしますが、覚えている方いました?




