第11話 ライバルと危機
「……一方的だな」
クルークの体力は本人の申告通り、一晩ゆっくり休んだら回復した。俺もメシさえ食えれば瀕死の状態から回復するのは日常だし、当然今は絶好調だ。
ということで、二人で警戒しつつ最終日をやり過ごすべく周囲の見回りをしていたのだ。
俺たちに罠を仕掛ける技術は無いし、感知系の能力もない。それで穴熊決めるのは外からの大規模攻撃って恐れがあったから外に出て移動しつつ警戒していたわけだな。
すると、しばらく歩いた所で一つの戦闘に出くわした。と言っても、俺たちが襲われたんじゃなくて別のグループが戦ってるのをちょっとした高台の上から遠目で見てるだけなんだけど……いろんな意味でビックリだ。
「可憐な少女とは思えない剛拳。只者ではないね」
「服装が動きやすさ重視の道着と手甲じゃなければ普通に町歩いてそうな女の子なのにね……」
戦っていたのはガタイのいい大男と、日焼けした肌が健康的な赤髪の小さな女の子だ。あの大男は多分、試験会場で自分のクラスは格闘家だと宣言していた奴だと思う。
だがそんなことよりも、一番の驚きは少女の年齢だ。驚くべき事に、俺と同年代なんだよね。
むしろ、身長だけで言えば俺より更に幼い可能性すらある。まあ試験の最低年齢が12歳なんだから、不老不死に挑戦した魔術師の成れの果てとか言わない限りは多分12歳なんだろうけど。
(腕につけているのは打撃武器の『アイアングローブ』かな? 道着の方は見覚えないけど……多分あの子の流派のものなんだろうな。ゲームにはなかった装備ってことで納得しよう)
装備や戦闘を見る限り、彼女も大男と同じく格闘家のようだ。流派は違うらしく、動きそのものは全然違うけど。
もちろん、少女の方が優れていると言う意味で違う。実際大男をボコボコにしているし、ありゃ拳士として格が違うみたいだ。
しかし自分の目で見ても信じられん。歳相応に小さな拳から繰り出されるパンチが何であんな破壊音を出すのか心底不思議だ。まあこの世界の人間の力を筋肉だけで判断する愚かさは知っているんだけど、それでも幼い童顔の少女があんな破壊音を出しているってのは脳が受け付けない……。
「ハァァァァ!!」
「ブグルゴォ!?」
「おや、止めが入ったみたいだね」
「綺麗にわき腹の急所に突きが入ったな」
少女の拳が大男を吹き飛ばしつつ急所に入った。人体の構造上、わき腹はかなりきく。見た感じの破壊力的に、どこに当たっても非常に危険なことに変わりは無い気もするけど。
そんな一撃を受けた大男は、特にこれから怒涛の逆転劇を見せると言う事も無いようでそのまま崩れ落ちた。もう一人いるはずのペアがどこにいるかはわからないが、この勝負は少女の圧勝と判断していいだろうな。
「お見事ですよ、お嬢」
「その呼び方は止めて」
少女は倒れた大男にしばらく油断なく構えていたが、本当に気絶していると判断したのか構えを解いた。
んで、さっきの勝負を少し離れた所で見ていた……恐らく少女のパートナーだと思う長身の女性が声をかけていた。
「随分親しいようだが、確かこの試験で組めるのは初対面のものだけではなかったかね?」
「確かそう言っていたと思うけど……」
この試験の説明をした人……えっと、確かハング試験官だったか? まあとにかく試験官が言うには、同じ会場に集めるに当たって事前に調べて面識のない人間を選んでいるって事だったと思う。
つまり、これが徹底されている――事前調査に漏れがあったとかがない場合、あの二人は知り合ってほんの三日ってことだ。
でも、その割には何となく親しそうなんだよな。まあ一方的に馴れ馴れしいだけで、少女の方は拒絶のオーラ出しているような気もするけど。
「そんなことよりも、あの男が目的の箱を持っているか確認する」
「はいはい。では私は……ネズミ狩りでもしましょうか」
「――ッ!? 避けろ!」
全くこちらには気づいていない。そう思っていたのだが、突然長身の女性は服の中から武器を――弓と矢を取り出し、こちらに向かって正確な狙いで矢を放ってきた。
どうやら俺たちが監視半分好奇心半分で覗いていたのは承知の上だったようだ。もしかしたら感知系の能力を持っているのかもしれない――弓使いなら狩人かな――けど、隠れてる側が奇襲されるとは思わなかったなっと!
「うわわっ!?」
「ッ! 何て威力だ!!」
流石はファンタジーと言うか、旧時代的な武器とは思えない威力の矢だった。
いやだって、俺たちがさっきまでいたちょっと盛上がっていて隠れやすかった小さな丘が消し飛んだんだぞ。刺さったと言うよりも吹き飛んだと言う方が遥かに正確な兵器だ……。
(ゲーム的には……確かに高威力武器だったな、弓矢。こりゃこれから先弓使いに出会ったら担いでいるのはバズーカだと思ったほうがいいかもしれん)
俺は普通にジャンプで回避し、クルークも流石に魔法は間に合わなかったようだが無事に生きている。
だが、これであの二人組にこちらの存在が明確にばれてしまった。まあ元々ばれてたみたいだけど、姿を晒すのはまた別の話だしな。
「魔術師と……子供? 何用ですか?」
「何でもいい。敵なんだから倒すまでだ」
弓使いのネーちゃんは俺の年齢にちょっと面食らってるようだが、格闘家の少女の方は早くも戦闘態勢だ。ついさっきまで戦ってたから熱が引いてないのかもしれないけど、戦う必要があるかないかを確認する前にいきなり構えるのはどうかと思うんだが……。
と言う俺の感想なんて目の前の二人が気にするわけもない。と言うか何も気にしないって感じの、どことなく魔法が関わった時のグレモリーのジジイに似た雰囲気がある少女は俺が何か言う前に正面から拳をぶつけてきた。
「あっぶねーな!」
「……! できるな、お前」
全身を矢にしたような突撃技に対し、俺は力の方向に合わせるように全身を回転させて受け流した。そして、即座に飛んできた左の肘を両腕で覆うように抑える。
この手の突撃技は、下手に回避するとそのまま連続攻撃を受ける破目になったりする。、相手のペースに乗るのはよろしくないと親父殿に体で叩き込まれているからな。こんなときは追撃をかけづらい距離を保つように受けるのが定石だ。
格闘家は対超近距離技も数多く持っているものだが、こうして腕を押さえてしまえば流石に息もつかせぬ連続攻撃ってわけにはいかないはずだし。
それに、全身を余すことなく使う格闘家にとって、体の一部を押さえ込まれるのは非常に戦いづらいはずだ。流石にこんな風に密着状態では技もへったくれもないし、純粋な力比べに持ちこめるってわけだ。
まあ、それはこちらとしても同じ事なんだけど。拳が満足に振るえない距離で剣を振れるわけもない。と言うか抜いてもいない。
元々交戦意思はあまりないんだから別に構わないんだが、これで膠着状態に――ッ!
「舐めるな!」
「なっ、にぃ!?」
こ、この子、左手の腕力だけで俺を持ち上げただと!? 左手を動けないように押さえたわけだから、普通にやったら動かす事はできない。だが、腕力で俺ごと持ち上げてしまえば、真っ向から力比べで俺を打ち破れば確かに押さえは破れる。
でもだからって、人一人片手で持ち上げるか普通? そりゃ無防備な子供一人くらい俺でも持ち上げられるけど、俺は全く無防備じゃないんだぞ? むしろ抵抗しようと全力だしてんのに、全部力で破りやがった!?
「レオン君!? クッ……レディーに手を上げるのは主義に反するが仕方が無い! 炎術――」
「させませんよ」
「なっ! チィ!!」
クルークが俺を援護してくれようとしたみたいだが、すぐさまもう一人の弓使いが応戦を開始した。素早く放たれた矢によって魔法を中断させられたのだ。
さっきの技を見る限り、あの弓使いも相当な使い手だろう。簡単に倒せるとは思えない。となると、俺は自力でこの苦境を乗り越えないといけないってことだな!
「背面打ち!」
「おっと!」
背後に回るように左腕を押さえていた俺だ。持ち上げられていても比較的攻撃しづらい位置だったはずだが、この子は全く問題にせず右腕で攻撃してきた。
とは言え別に避けるのは難しくない。元々俺が腕を掴んでいる立場なんだから、離せばいいだけだしな。
せっかく押さえ込んだ腕を解放しないといけないって事だから、決して威張ることじゃないんだけどね。
「私の技を簡単に対処するとは、なかなかやるな」
「そりゃどーも。……君だって、十分以上に凄いと思うけどね」
あのパワーを見せられてなお力比べ前提の超接近戦を挑むほど俺は豪胆ではない。今度は回避重視の作戦に切り替え、ある程度距離をとって剣を抜いた。少女から伝わってくる闘気から考えても拳を引くタイプじゃなさそうだし、俺もマジでやらないとな。
しかし見たところ俺と同年代の女子。まだ男か女かもパッと見わかんないような平坦な体つきの子供の癖に、戦闘力は相当なもの――
「フンッ!」
「っと! いきなりだな!」
少女はある程度空けた距離を詰めるためか、とび膝蹴りで攻撃してきた。膝にもちゃんと保護防具がつけられており、まともに受ければ立派な凶器だな。
とは言えもちろんまともにくらうつもりは無い。接近状態での格闘戦では分が悪いものの、体術では絶対に届かない距離ができるまで大きく動くことで回避すればいいのだ。中途半端に避ければいろいろ悲惨だろうけど、こうして思いっきり距離をとればとりあえず安心だ。
あんなゴリラもビックリの怪力娘相手に不用意に近づくわけにもいかないからな。個人的につるぺた幼児体型に触っても嬉しくないしって、うお!?
「……先ほどから、何かわからないが不愉快な視線を感じるのだが?」
「……ごめんなさい」
つい視線が平坦な草原に向かっていたか? これは俺が悪いので素直に謝っておかないとぉ!?
「全く謝罪の気持ちが感じられないな!」
「そりゃ、悪かったな! 現在進行形で猪みたいに襲い掛かってくる相手にそこまで気を払えるほど、人間できてないんでね!」
烈火の如き突きのラッシュ。速さ重視で鍛えている俺としては何とか対応できるが、一撃でもミスって直撃するとかなりまずそうだ。
……てか、もしかしてこの子心でも読んでいるのか? 内心でかなり失礼な事を考えているのは自覚しているが……内心で留めているんだから許してくれ。
まあ、実際にはそんな能力は流石に無いだろうけど。あえて言うなら……きっと乙女の勘とかそんなんだと言う事にしておこう。
「昇槌掌!」
「っと! 顎をやられるわけには行かない――」
「――大斧肘墜!」
「ッ!?」
膝を落とし、俺の足元にもぐりこんだ上で片足だけで飛び上がりながら顎狙いの右掌打を放ってきた。俺はそれに対して上半身を下げることで回避したが……どうやら彼女の読み通りだったらしい。すぐさま体を縮めて右腕を折り曲げ、体ごとぶつかるような打ち下ろしの肘打ちを放ってきたのだ。
下からの掌打を避ける為に、今の俺は仰け反るような体勢になっている。この状態で胸を狙って落ちてくる肘打ちを完全に避けきるのは普通の手段では不可能。俺は即座にそう判断し、普通では無い対処を取ることにした。
「【加速法・二倍速】!」
「なんだと――」
「もらった!!」
加速状態となり、世界を置き去りにするような感覚の中に足を踏み入れる。この世界の中ならば、本来避けきれない攻撃だろうとも余裕を持って回避できるのだ。
そしてもちろん、せっかくの切り札をただ逃げる為だけに使うつもりは無い。剣を握り締め、回避した事によって開いた距離を今度は俺から詰める。素早く瞬剣によって意識を刈り取るのが俺の狙いだ。
でも、やはり彼女は只者ではなかった。加速状態となって瞬間的に一歩上の力を発揮する俺に対し、俺と似たような魔力運用を見せたのだ。
「【加力法・二倍力】!」
「なっ!?」
「【気功剛拳・空砲掌】!」
加力法。それは俺の加速法と同じく、特定の身体能力を一時的に急上昇させる能力。
俺の加速法は素早さを飛躍的に高めるが、加力法は筋力を飛躍的に高める。ゲーム時代にもあった技で、むしろゲームで言えば加力法の方が何倍も価値のある能力であった。
ついでに、空砲掌もゲーム時代にあった技だ。格闘打撃系の技で、空気を殴って飛ばすとかそんな夢あふれる――要するに衝撃波を飛ばす技であった。
いくら俺が速くても、正面から飛んで来る空気の壁を避けきることは不可能。もっと距離があれば話は別だが、自ら突っ込んでいる今この状況では迎撃するしかないのだ。
「――瞬剣・風斬羽!」
風魔法で近づくことすらできないって状況を作り出す対ジジイ用に独力で編み出した剣技の一つ、風斬羽。
実際にはゲーム時代にもあった技をどうにか使えないかと試行錯誤してそれっぽいものを作ったと言うだけの話だが、風や衝撃波を無力化するには相応しい技だ。剣速を飛躍的に高めて“空気を斬る”技だからな。
まあ、要するに物凄く速く斬ってるだけの脳筋技なんだけど。いや、でもまあ魔力込めてるから物理法則ある程度無視しているはずだし、そうでもないのかな?
「……ふぅぅぅ」
自分の技を斬られた少女は、少女は呼吸を整えて再び構えを取った。俺も加速限界時間なので通常の状態に戻り、体内の魔力を整える。
加速法も加力法も原理は同じなので、少女の方も似たような状態のはずだ。だからなのか、少女は今まで拳でしか語ってこなかったと言うのに唐突に口を開いたのだった。
「……非礼を詫びよう」
「へ? 非礼?」
「お前は強い。少なくとも、私にとってはな」
「そりゃ、どうも」
……これは、要するに『お前なんか簡単に倒せると思ってたけど、そうでもなかったよ。馬鹿にしてゴメンね』ってことだろうか?
だとすると、俺とは違うベクトルで結構失礼な事考えてたのね。まあ外見的には子供でしかない俺の第一印象なんてそんなもんだろうけど、同じお子様にまでそんなこと言われるとは。
「有象無象に名乗る名は無いが、対等以上の戦士相手に礼を失することは私の、そして流派の名に泥を塗るに等しいことだ」
「……それで?」
「私の名はメイ・クン。“武帝”バース・クンの娘だ! いざ尋常に勝負!」
……名乗りをあげるってのは、所謂『やあやあ我こそは~』って奴か。認められたってことなんだろうけど……これ、俺も名乗った方がいいのかな?
「えっと……俺の名前はレオンハート・シュバルツ。フィール王国騎士団副団長、ガーライル・シュバルツの息子だ」
名乗りってこんなんでいいんだろうか? 親父殿の名前を出す必要性も今一わかんないけど……ま、向こうも父親の名前を出してるんだからこれでいいんだろう、うん。
……そのはずなんだけど、なんでこの子は目を見開いてプルプル震えているのかな?
「シュバルツ……シュバルツだと! では貴様、あのガーライル・シュバルツの息子なのか!」
「え? いやだからさっきもそう言った……」
「ならばこの勝負、絶対に負けるわけにはいかない! 父が受けた屈辱、ここで晴らさせてもらう!」
「へ? 何の話――」
「問答無用!!」
「うおぉ!」
再び魔力が爆発したような高まりを見せ、彼女……メイさんの細腕に収まっている筋肉がミシミシと音を上げているような気がする。
自分から名乗りを上げたくせに、何で唐突に闘志むき出しなの!? 名乗った以上は敗北することは許されないとかそう言う話なの!?
「二倍力――参る!!」
「クソッ! 二倍速――行くぞ!」
メイさんは姿勢を低く構え、突撃技の構えを取っている。そして、俺もやはり突撃技で正面から行くことにしようかと思う。
こういう気合と勢いで戦うタイプの場合、出鼻を挫くのは結構有効だと親父殿に習った気がするんだよね。
さっきから技の入りは皆突撃技だし、きっと彼女は破壊力の高い突撃技で敵を崩してから連続攻撃を仕掛けるのが基本戦術なんだろう。だったら、目には目の精神で俺から崩してやるさ。
「くらえ! 剛拳・弓肘突破――」
「行くぞ、瞬剣・牙獣突破――」
メイさんは折り曲げた右肘を前面に出した状態での体当たり技かな?
それに対して、俺のは剣を真正面に突き出した状態での体当たり技だ。似たような技だけど、それなら武器を持った俺の方が有利なはず――ッ!!
「危ない!」
「なっ――」
◆
「距離をとって足を止めろ! 正面からの力比べは勝ち目がない!」
「了解――グァッ!!」
「報告! 敵の武器によって二名負傷しました!!」
……クソッ! 予想以上に厳しい戦いだ。状況を整理して隊を立て直さなければ。
まず敵だが、狂い大鬼――マッドオーガが一体。対してこちらは中級騎士である俺が一人と下級騎士が五人、負傷して戦力外となったのが四人。事実上の残り戦力は六人と、戦力的にはやや無謀な戦いと言える。
マッドオーガはブヨブヨ太った体を持った巨体の鬼だ。普通のオーガは緑色の肌をしているがこいつは汚いピンク色なのが特徴であり、何よりも特記すべきは体のでかさとその怪力、そして耐久力にある。
並の人間はもちろん、俺たちのような戦士として鍛え上げている人間ですら一撃で瀕死に追い込む怪力と、並みの攻撃を跳ね返す強度を持った皮膚は脅威の一言だ。
幸いにもここは障害物の多い森の中。俺たちが武器を振るうことに不自由するほど密集しているわけじゃないが、全長3メートルはありそうな巨体を誇るこいつに合わせたサイズの棍棒を振るうのには邪魔なはずだ。
「ダメです! 魔法はほぼ効いていません!」
「剣による攻撃もほぼ無傷! かすり傷が精一杯であります!」
「諦めるな! 僅かにでもダメージを蓄積させ、奴の肉の鎧を破壊するんだ!」
俺達はその地の利を使い、奴の死角から攻撃を加えていくしかない。だが、そもそもこちらの攻撃にも威力が足りていないのが問題だ。
マッドオーガのような亜種モンスターに有効打を浴びせられるほどの使い手はこの場にはいない。俺が防御を考えない全力攻撃を放てばもしかしたら……と言うくらいだろう。
だがそれは、正真正銘最後の切り札だ。攻撃に全精力を傾けた上に仕留められなければ、直接捕まって握りつぶされるのがオチだからな。
俺たちの目的が増援が来るまでの時間稼ぎであるって点を考慮に入れても、そんな特攻はすべきではない――ッ!!
「ブルオォォォォォ!!」
「ぐぅ!? こ、これは――」
「恐らく、狂戦士の咆哮です!!」
マッドオーガがいきなり身の毛がよだつような雄叫びを上げた。
あれは確か自身の筋力を上昇させると共に周囲の動きを恐怖で止めるスキル。と言う事は――やばい!
「ぐあぁぁぁ!!」
「ギャフッ!?」
「ブブゥ!!」
「い、今のスキルで動きを止められた者達が次々とやられていきます! 残り戦力三人!」
「クソが!」
ただでさえ一撃で戦闘不能に持っていかれるマッドオーガの打撃。これを更に強化された上にこっちは体が震えて満足に防御もできないなんて状況で受けたんだ、生きているだけでも十分奇跡って状態だろう。
これで俺たちの戦力は更に削られた事になる。頭の中身は悲惨なオーガ系等のモンスターじゃ体内魔力を整えるのに時間がかかるだろうし、さっきのスキルがそうポンポン飛んでくることは無いはずだ。
だが、それでも俺たちに勝ち目はほとんどない。それなりに体の表面に傷は入っているはずだが、とてもこの人数で生命力の塊のようなオーガ系を倒しきれるわけがない。
だが――やるしかない。早くも一か八かの賭けになりそうだが、隙を縫って全力の一太刀、入れてみせる!
「切り札を切る! 俺の攻撃が確実に当たるよう、援護を頼むぞ!」
「了解! 左足を止めます!」
「では、俺は右脚を」
残っている戦力は俺を除いて二人。それぞれがマッドオーガの足を止め、その隙に攻撃するシンプルな作戦だ。
幸いにも敵の知能は低い。こちらの作戦の裏をかく――なんて心配をする必要は無い。懸念すべきは力技で策を破られることだが、それはもう頑張るしかないか。
「――行くぞ! 気合斬り!」
「【風術・竜巻の槍】!」
魔力を纏った剣が、渦巻く風の槍がマッドオーガの両足を抉っていく。圧倒的体力と頑丈さを持つマッドオーガはそれすらも大したダメージにはなっていないようだが、文字通りの足止めにはなっているはずだ。
今ならば回避されたり防御されたりする心配は無い。この一瞬の隙以外、俺たちが勝利するチャンスは無いだろう。最低でも、好き放題暴れることはできないくらいの傷を与えなければ――
「――【雷術剣・抉る雷刃】!!」
魔法による攻撃を剣に乗せる高等剣術。副団長あたりは呼吸するようにやってる技だが、俺からすればそれこそ呼吸を整えて万全を期さなきゃ使えない奥義だ。
だが、その分破壊力は折り紙つきだ。雷を纏った剣による刺突は、流石のマッドオーガの皮膚だろうが貫き、抉る力を持っている。
そう確信し、急所である胸に向かって俺は雷剣を突きたてた。
「ブルアアアァァァァァァ!!」
「効いてますよ隊長!」
「このまま押し切りましょう!」
雷の魔力によって鋭さを増した剣は、マッドオーガの胸に突き刺さった。その下にあるブヨブヨの体からは信じられない筋肉に阻まれて心臓には達していないようだが、構わず俺は更に魔力を流し込んで体内へと電撃を流し込む。
流石のマッドオーガもこれには堪えるのか、全身からジュージュー肉の焼ける嫌な匂いを漂わせつつ悲鳴を上げている。
これならこのまま行けるか――ッ!?
「ガッ!?」
「な……に……?」
「ば、馬鹿な!?」
さっきまで痛みに悶え苦しんでいたはずのマッドオーガが、突然痛みを感じなくなったかのように暴れだした。その衝撃に俺は思わず剣を手放してしまい、近くに放り出されてしまった。
そして、そのまま怒り狂ったマッドオーガは残った騎士達を瞬く間に倒してしまう。圧倒的能力差を見せ付けるような力による蹂躙によって。
「クソッ! 生きているか!?」
「あ……が……」
「……生きてはいるようだな」
殴り飛ばされて動かなくなった二人だが、一応息はしているらしい。
それはよかったが、いよいよこれまでか。俺も最大の魔技を使ったせいで上手く動けないし、地面に叩きつけられたときにどこか打ったのか体に力が入らない。立っているのがやっとと言う悲惨な状態だ。
そんな状態で、マッドオーガの一撃を避けたり受け止めたりできるわけもない。相変わらずの興奮状態から放たれた棍棒の一撃によって、俺は水平に吹き飛ばされたのだった……。
10万字超えてようやくヒロイン(脳筋怪力娘)登場。
果たして需要があるのか?