第10話 勝利と不穏な影
「さあ、さっさと終わらせよう」
「……舐めるなっ!!」
疲れきった子供一人大した事は無い。どこかそんな余裕を見せる眼前の敵――レグルスへと、俺は剣を握り締めて特攻をかけた。
加速法を封じられても、俺は動けないわけじゃない。再び魔法を使う隙を与えない為にも、俺は一直線にレグルスに斬りかかるのだった。
「【氷術・氷の矢】」
だが、当然奴も黙って斬られるわけもない。未だに帯電状態なのも変わってないし、それを覚悟で突っ込んでも反撃はしてくるよなそりゃ。
飛んで来るこれと言って特殊な効果も威力もない尖った氷。もちろん直撃すればそれなりにダメージだが、まあ簡単に斬りおとせる。俺だって加速無しじゃ何もできないガキってわけでもないんだ。
「流石にこの程度じゃダメか。しかしきみも枯渇状態にはならないにしろ疲労困憊のはずなんだけどね。一体どんな体力してるんだか……」
「毎日毎日極限状態に追い込まれ続けた結果だよ!」
魔法待機時間を狙おうと距離を詰めるが、それくらいは奴もお見通しだ。あえて魔法のランクを落とし、連射が利く下級魔法で応戦してくる。
恐らく、奴の狙いは俺の疲労。俺も奴らの策略で疲れきっている以上はそう長く戦えない。それを狙ったものだろうな。
「――なんのぉっ!」
「クッ! 本当にどんな持久力してんだよ。――捕らえろ【氷術・氷結の茨】!」
「だっしゃーっ!!」
今度は氷でできた薔薇のムチだ。相手を捕らえると同時に冷気による凍傷と棘によるダメージを狙っているのだろう。ゲーム知識にはない魔法だから、外見からの推測だけど。
未知の魔法を相手にするときは極力触れずに、できれば接触前に破壊する。その教えを思い返し、腰の回転を使った大振りの一太刀で全て切り伏せる。
しかし人の事を体力お化けみたいに言わないで欲しいな。これでもまだまだ子供。親父殿より軽い重りをつけて走っていても、先に倒れるのは十割俺と言うくらいにはひ弱なんだぞ。
「蝕め【氷術・氷点界】!」
「きかんわいっ!」
今度は冷気を周囲に撒き散らし、周囲の気温を一気に引き下げる魔法か。
これで俺の動きを鈍らせようって腹だろうが、この手の体術では対処できない広範囲魔法はジジイに身をもって仕込まれてるんだよ!
……根性で耐えるって言う対策をなぁ!
「シッ!」
「痛ぁ!?」
強引に距離をつめ、ようやく一太刀浴びせることに成功した。クリーンヒットとはいかないが、奴を怯ませることはできたらしい。
このまま一気に仕留めてやる――
「――見切りの眼力!」
「なに!?」
このまま止めと思ったとき、突然奴の動きが変わった。今までの足を止めた魔術師スタイルから一転して、俺の動きを読みきったかのような鋭い体術を見せたのだ。
まさか、今まで実力を隠してやがったのか……?
「グッ……レオン君! それは観察者のスキルだよ!」
「え?」
「対象を観察し、力量や状態を眼力を持って知るクラスだ!」
「一発で見抜かれたか……。その通り、私は魔術師と観察者のダブルクラスだよ!」
観察者……? クソ、知らないな。親父殿や母上から習った戦闘職の中にもなかったし、主要な戦士の技術じゃないはずだが……。
「観察者は本来諜報の技術。故に戦う者が身につけることはなかなかないが……こうして敵の弱点や動きを見切る力として運用すれば、私のような脆弱な魔術師でも剣士の攻撃すら回避可能となるのさ!」
「……面倒くさいな、もう」
本当に面倒だな。要するに回避率上昇スキルを発動したと思えばいいんだろうけど、魔術師に攻撃が当たらないってかなり反則に近い技術だろ。
でも、だったらなんで今まで使わなかったんだ? 接近されたから使ったってだけかもしれないけど、敵の動きを見切るなんて攻撃にも有用だろうに。
「……レオン君! 攻め続けたまえ!」
「え?」
「魔法とは非常に繊細な力だ。体内魔力が僅かでも乱れていると使えないほどにね。それを、能力向上系のスキルと併用できると思うかい?」
「――チッ! 動けなくするだけではなく、キッチリ落としておくべきだったか……」
なるほど、つまり回避状態である限りレグルスは魔法を使えない。そう思っていいわけか。
ってことは、ひたすら攻め続けて奴がミスるのを待てばいいって事だな!
「はぁぁぁぁぁ!」
「クッ! ……見切りの眼力を続行するしかないか!」
一応読まれないようにフェイントを混ぜつつ、ひたすら剣による連続攻撃を行う。別に技とかスキルとか言うほど大層なものでは無いが、ただの魔術師に回避されるほど鈍い剣戟ではないはずだ。
だが、コイツは予知でもしてんのかってくらいに巧みな回避術を見せている。いくら見えていても普通の魔術師なら体が追いつかないだろうに……って、普通の魔術師知らないんだけどさ。
「チョロチョロとっ!!」
「私には全てが見えている!!」
奴は高速移動で逃げまわっているわけではなく、ほとんど移動せずにほんの僅かな重心移動で俺の剣を避けていた。
ならばと俺は足場を固め、腰を落として腕の回転で放つ連続斬撃を繰り出す。体重をかけられない分威力は落ちるが、力の入れ方で十分斬ることができる高速剣である。まあ、刃じゃない方で斬ってる峰打ちなんだけどさ。
「ク……クククッ! やはり体力が落ちているようだな! そんな剣では当たらんよ!」
「……チッ!」
速さ重視の剣を使っているにも拘らず、俺は魔術師相手に直撃を加えられないでいた。ちょっとショックだ。
だが、認めねばなるまい。少なくとも、今の疲労した俺ではこいつに直撃を食らわせてやることはできないのだと……。
◆
(クッ! 僕の体はしばらく戻りそうにない。レオン君が勝ってくれればいいが……)
この僕ともあろう者が、まさか自分の限界を見誤って枯渇症になるとは。このクルーク・スチュアート、一生の不覚だ!
でも、今はそれよりレオン君だ。彼があの超高速の剣を使えればいくら動きを見切る観察者相手でも問題なく倒せる。彼も魔術師としての限界を悟った為かそれなりに鍛えているようだけど、レオン君の本気についていけるほどとは思えない。
彼は、僕ほどではないにしろ天才の領域にいると言うべき人間だ。とても魔術師のクラスを修めた者が彼の間合いで勝負になるわけがない。
しかし実際に、僕の目の前で勝負は拮抗してしまっている。彼の動きに繊細さが欠けているのが原因か? しかしそれにしても……。
「クソッ! ダメか……」
「無理に攻めすぎたね! 隙ありだ。【氷術・氷壁弾】!」
「ブッ!?」
無理な連続攻撃の代償か、一瞬レオン君の動きが止まってしまった。その隙を見切ったのか素早く能力向上を中断し、素早く敵は魔法を唱えたのだ。
……氷壁を飛ばす魔法か。本来防御用の魔法を攻撃……いや、間合いを取るために使うとは面白い発想だ。
大してスピードもなければ武器として作られたわけでもないただの壁。アレをぶつけられたくらいでやられるレオン君じゃないだろうが、それでも距離を離されたのが痛いね。これで再び敵の魔法を受けることになってしまう……。
「【雷術・雷電】!」
「距離を、あけた途端に、これだもんなっ!」
敵の手から放たれる放電魔法。目に見えるし避けられないほど早く飛んでくるわけではないが、レオン君はかなり辛そうに避けている。
一度距離が空けられたことで、再び魔術師としての戦いにシフトしてしまったらしいね。これでまた強引に距離を詰めるしかないわけだが、今度は根性論が通用しない雷術をメインに攻められてしまっている。
電撃の性質上、当たれば体がしびれて動きが止まる。それは戦闘において致命的な隙だ。それを嫌うレオン君は、どうしても回避に専念する事になってしまう。これで立場逆転と言うわけか、上手くないね。
(やはり動きがよくない。あのシュバルツ家に鍛えられたレオン君が一日二日の疲労がそこまで負担になるとは思えないのだが……何か他に原因があるのか?)
魔法による能力低下。あるいは薬物も考えられる。しかしこの僕が近くにいて異常系魔法を感知できないわけもないし、薬物を飲ませるにしたってそもそも僕らはこの試験が始まってから飲まず食わずであるわけだし……。
何か他に無いか? 敵が姦計を巡らす隙は。彼に何かの毒を使うきっかけは――
「そうかっ! わかったよ!」
「えっ!? 何が!!」
「君の体の異常の原因。それは……アレだ!」
僕は疲労困憊で立つこともできない体を懸命に動かし、スチュワート家に相応しいエレガントさを忘れないようにポーズをとりながら一点を指差した。
「どれだ! つあっ!」
「さっさと諦めろ!」
……せっかく人が軽く命賭けて僕の美をアピールしているのに、戦闘に必死で誰も見てくれないのは少々寂しいぞ?
まあいい。いやよくはないが、早く彼を何とかしないと危険だからね。
「レオン君の不調の原因。それは……あの人形さ!」
「に、人形? あの幻術師が使ってた奴?」
「そう! 恐らくあの人形の内部に毒物を仕込んでおいたんだろう。それが君の剣によって散布され、異常を引き起こしているのさ!」
これぞ僕の華麗なる推理。見たところ破壊された腹部から白い粉が漏れでているし、恐らく接近戦で破壊された場合を想定した仕込み人形だったのだろうね。
そして、僕の見込みに誤りなどない。この真実を見抜く目には何よりも自信があるのさ!
「……それで! どうすりゃいいんだ!?」
「……? 何がだい?」
「いやだから、俺が毒物でやられているんだとしても何か手立ては無いのかよ? 俺都合よく解毒薬なんて持ってないぞ!」
……都合よく解毒薬をもってはいない、か。まあ当然だね、僕のような天才で無いとそこまでは予測しないだろう。
しかし、僕は当然別だ。こんな事もあろうかとちゃんと異常回復のポーションを用意して……あれ?
「……どれだっけ?」
僕はこの試験を受験するにあたり、いくつかアイテムを用意してきた。してきたのだが……はて?
腰ベルトに巻いてあるポーション瓶は三つ。それぞれが別の効果を持っているのは間違いないのだが……中身がアヤフヤだ。どれがどれだったかな?
確か普段家に物資を卸している商会からセット割引で買ったものの一つだったと思うが、セットだけに個別の内容は確認していなかったね。いやうっかりしていた。
今僕が持っているポーションは三つ。どれがどんな効果だったかは今一記憶が無いけど、効果自体は覚えている。それぞれ小治癒と異常回復と魔力強化だったはずだ。
この状況で必要なのは異常回復のポーションだ。しかしどれがそれなのかな?
ポーションは性質上一つ使うとしばらく時間を置かねば次の魔法薬を飲むことはできない。つまり一つしか使う事はできないわけだが……ま、いっか。毒じゃないのだけは確かだしね。最悪喉の渇きを満たす効果くらいはあるだろうから、適当に飲んでもらおう!
「レオン君! これを飲みたまえ!」
僕は今も魔法を避け続けているレオン君に向かって効果不明のポーション瓶を投げ渡す。
ポーション瓶と言うのは基本的に戦闘中に使うことを想定しているため、透明で脆そうな外見とは裏腹にかなり頑丈だ。だからこそこんな乱暴な扱いができるわけだね。
「させると思うか! 撃ち落してくれる」
「――こっちのセリフだ!」
僕の投げたポーション瓶に向かってレグルスとやらが氷の矢を放つ。
衝撃にはかなり強いポーション瓶とは言え、流石に魔法攻撃を受けきれるほどではない。が、そこはレオン君が一枚上手だ。上手く魔法を弾き落とすと同時にポーション瓶をキャッチして見せるくらいにね。
「よし! ……それで、これ何なんだ?」
「ポーションだよ?」
「……結構どぎつい色なんだけど」
「ポーションなんてそんなものだよ」
僕の渡したポーションの色は黒ずんだ赤だ。特に魔法薬として珍しいものでは無いと思うんだが……何か気に入らなかったのかな?
「……これ飲めば状況は改善されるんだな!?」
「されるさ!」
効果は知らない……とは流石に言わない方がいいだろう。僕は空気を読める人間だからね!
ほら、僕の膝を突きながらも自信に満ちた声に押されて、ちょっと嫌々に見えるがレオン君だってポーションを飲み始めたじゃないか!
「魔法薬には碌な思い出がないんだが……ええいっ!」
「おお、いい飲みっぷりじゃないか!」
「ぷはぁ! の、飲みきったぞ……ん? 思ったほど酷い味じゃない……グッ!?」
「ど、どうしたのかね?」
「か、体がなんかムカムカする……」
ふむ、何かおかしな効能があったのかな? 攻撃系のポーションは買っていないはずなんだが……はて?
「ど、どうやら当てが外れたらしいな? ……では、今度こそ終わりだぁ!」
レグルスとやらが最後の魔法を構成し始めている。どうやらこちらの異常事態につけ込んで高威力魔法を使うつもりのようだ。
全く、舐められたものだね。確かに僕は動けないし、レオン君もポーションの効果で多少動揺しているようだ。
でもね――僕はこの手の運試しで負けた事が無いのさ! 天才だからね!
「レオン君、君に与えたポーションは絶対君に恩恵をもたらす。信じたまえ!」
「一体アレは何のポーションだったんだよ……ん?」
「【雷術・抉る雷槍】!!」
形成されたのは巨大な雷の槍か。形状も先ほど使っていたのより攻撃的になっているし、直撃すれば流石のレオン君でもピンチだろう。
ま、直撃すればだけどね。それ以前に……その魔法を放つことすらできないだろうけどさ。
「終わりだ――」
「そうだな。終わりだ」
「え……あ、が……?」
「見事なものだ。流石は瞬剣の使い手だね」
レオン君は、目にも留まらない速さで一瞬にして敵の背後に回った。そして、観察するどころか目で追う事すらできていなかった魔術師君を一撃の下に昏睡させたのだ。敵が帯電状態であることも考慮して、剣の柄を使った打撃で。
やはり、洞察抜きではレオン君と近接戦闘ができるレベルにはいなかったようだね。当然と言えば当然だが。
彼の敗因は、レオン君の真骨頂を対処したものとして計算から外したことだ。全く、僕が目の前で魔法薬を受け渡したと言うのに失礼なことだね。
体内の毒素が消滅すれば彼の本領である加速法が発動できるのは当然の事だ。そして、身の程をわきまえない強力魔法を撃つ隙があれば準備を整えるのには十分だ。
……それにしても、加速法とやらは実に繊細な魔力コントロールを要求される能力のようだね。生憎門外漢の僕はそれほど詳しくないけど、二次試験の参考にさせてもらおうか。
「っと……。いきなり体が軽くなって戸惑ったけど、俺本当に毒にやられてたんだな」
「多分体内の魔力の流れを乱すタイプの毒だろう。肉体そのものには影響ないから気づかれにくいんだよ」
「なるほどなぁ……。ところで、まだ立てないの?」
「ハハハ……枯渇状態はゆっくり休まないと治らないのさ」
体が強制的に休眠状態になるほどに生命力を放出しているのが枯渇状態だからね。僕はプライドで耐えているとは言え、本来ならば今すぐにでも気絶して三日三晩眠り続けるのが妥当と言っていい状態なのだよ。
「じゃあ、ちょっと待っててね。こいつ等の救助信号上げちゃうから」
「ああ、任せるよ」
僕が最初に燃やした幻術師君……そう言えばすっかり放置されてたね。
レオン君に毒を盛るなんて大役をこなした以上戦線離脱しても問題なかったんだろうけど、一応確実に倒れてもらう為に念入りに燃やしたんだったか。ある程度加減して死なないようには調整したつもりだけど、死なない以上の手加減はしていないから早く手当てしてあげた方がいいかな。
「うん? なかなか上手く行かないな……」
レオン君はカチカチ火打石を使って信号弾に火を入れている。どうやらこの手の道具は使い慣れていないようだね、苦戦している。
しかし敵の処理よりも先にやるべき事があると思うんだが……まあいいか。あまり僕が口出しはしたくない。間違いなくこの試験中のライバルの中でも上位に立つレオン君には少しでも油断して欲しいからね。
「っと、点いた」
「これで誰かが助けに来てくれるだろうね」
レオン君の手によって打ち上げられた信号弾。これで彼らも無事回収されるだろう。
しかし僕たちの飢えが満たされるわけでは無い。ポーション飲んだだけでそれなりに回復してしまったレオン君は忘れてるみたいだけど……早く回復する為にも水と食料の確保は必須なのだがね。
「さて……クルーク? その状態ってどのくらいで回復するの?」
「そうだね。十分な栄養をとって安心して休憩をとれば一日で回復するよ」
「一日か……長いな」
いや、本来は三日三晩寝込むくらいにきつい状態なんだよ? 天才たる僕だからこそ体内の魔力を調整しつつ短時間で回復できるだけで。
もっとも、あの伝説のシュバルツ家で生まれ育ったのではその認識もわからなくは無いんだけどね。己の肉体を限界まで追い込む修行の過酷さでは国内断トツとまで言われるあのシュバルツ家で育てば、無尽蔵の体力を持っているのが当然になってしまうのかもしれないがね?
しかし僕も魔の名門スチュアートの鍛錬を積んできたんだ。魔術師としての鍛錬だけに体力面で期待されては困るのだが……とにかく常人よりはよっぽど凄いって事を理解して欲しいものだ。シュバルツ基準で見ればひ弱かもしれないがね。
「とりあえず十分な栄養……そだ、こいつらに聞こう」
レオン君は善は急げと自分で気絶させた男を往復ビンタで叩き起こした。術者が気絶すれば流石の魔法も効果を失うので、既に帯電を心配する必要は無い。
それをわかっているのであろうレオン君の容赦ない気付けにより、レグルス君は無理やり覚醒させられたのだった。
「な、なんだ……?」
「聞きたい事がある。っと、その前に言っておくが、既に信号弾は上げてあるからお前らの失格は確定している。その上で聞く、お前らが持っている食料はどこにある? 全て寄越せ」
レオン君は彼らの保有している食料について聞き出している。既に彼らは敗者であり、こちらの要求を断る理由もないだろう。自分達の救助信号弾まで上げられても負けてないなんて言い訳は通じないしね。
それでも負けた腹いせに嫌がらせすることも考えられないわけではないが、未だ剣を握っているレオン君に逆らうほど馬鹿では無いだろう。
そんな僕の読みは当たったようで、ぶすっとした態度ながらも彼は自分達の用意した水食料のありかを話してくれたのだった。
「よし、じゃあ俺はこいつ等の食料をとってくるよ。あ、その前にお前を寝床まで運んだ方がいいかな?」
「そうだね。僕らの見つけた隠れ家を見張っていたチームは既に倒したわけだし、ゆっくり休めるだろう」
もちろん、僕の携帯している白の箱はレオン君に渡しておく。いくら僕が天才でも今の状態で万が一襲われたら溜まったものじゃないしね。
「オッケー。じゃあ後は任せてよ」
「ああ、正直、疲れたし……ね」
流石に、僕も限界か。枯渇状態を根性で耐えるのも無理がでてきたようだ。また食事が届いたら起きなければいけないけど、とりあえず眠らせてもらうとしようか……。
◆
「Cポイント異常なし」
「Dポイント異常なし」
今のところ無事に試験は進んでいるな。見習い騎士試験現場責任者としても誇らしいことだ。
ここは森の中に多数設置した監視水晶の映像を受信している司令室。俺はここで画像チェックと連絡係のリーダーを担当する事になったわけだが、なかなか楽な上に面白い仕事だなこれ。
「うぉ、あの受験者はなかなかやるな。一回りはでかい大男をあっさりねじ伏せたぞ」
「相方もなかなかやるな。的確なサポートだ」
「未来の同僚を見極めるってのもなかなか面白い――お、あの子だ」
「かのクン家のご令嬢か。まだまだ子供なのに大したもんだ」
今年は規定最低年齢の子供が二人も受験している。それだけでもなかなか見ものだ。
しかもその二人と言うのがフィール王国民なら誰もが知っている三大武家の出身なんだから気にならない方がおかしい。役職上試験場全体を見渡す必要があるんだけど、ついつい探してしまうよな。
なんと言っても、拳の名門クン家と剣の名門シュバルツ家の跡取りが同じ会場で戦ってるってのが面白さ倍増だぜ。
「シュバルツ家……副団長のお子さんも見ていて面白かったが、この子の戦いっぷりもなかなか素晴らしい」
「並みの受験者じゃちょっと勝負になりそうにないよなぁ」
若干12歳の少女。それがクン家からの参加者だ。
しかし、だからと言って侮ってはいけない。少なくとも、外見に騙されて一撃の下に沈められた参加者はこれで三組目だ。末恐ろしいお嬢様である。
「流石闘技場ランキング一位の“武帝”から武を叩き込まれているだけのことはある。圧巻だな」
「いやいや、でも副団長のお子さんだって負けてないぞ? あの“最高の騎士”にして“修行馬鹿”の手ほどきを受けて育ったんだからな。倒したチームは既に六組だ」
「何で白の騎士がそんなに受験者を潰してんだよって疑問はあるけど、凄い成績だ。まあこっちに関しては相方が魔の名門スチュアート出身の魔術師だし、それも頷けるけどな」
「王軍魔法部隊隊長兼王立魔法研究所所長様の三男か。三男坊がそれほど凄いって話は聞かないけど、やっぱ竜の子は竜ってわけかね」
代々騎士としてフィール王国を守る剣の名家シュバルツ。
実力だけが序列を決めるフィール王国名物バトルコロシアムにおいて、代々最強の座を守る英雄を輩出する拳の名家クン。
そして魔術師として魔法文明の発展に大きく貢献する魔の名家スチュアート。かの大魔術師グレモリー様には流石に及ばないものの、この二家と肩を並べる名門だ。
このフィール王国が誇る三大武家が全て揃っているこの試験。全体監視官の役職に選ばれたときは面倒くさいと心底思ったものだが、今ではすっかり役得だと楽しんでるな、俺。
「……お、クン家のお嬢様ペアにシュバルツ・スチュアートペアが近づいているぞ?」
「まさか三大武家が入り混じった戦闘スタートか?」
これは見ものだ。いや、こんな面白い事は早々ないぞ。しかもその内二人が最年少受験者だってんだから、もう珍しすぎてたまんねーぜ。
もうすぐエンカウントだ。昨日の戦いでの疲労も今日になって大分回復したみたいだし、副団長のお子さんもベストコンディションみたいだな。どっちに軍配が上がるか賭ければ大盛り上がりのイベントだ。
さて、試験最終日に訪れた大イベント。仕事ながらも全力で楽しませて――
「た、大変です! Eポイントに異常発生! 魔物が進入しています!」
「あ? 何が出た!?」
チッ! こんなときにトラブルかよ!
だが、俺もまた一人の騎士。こんなときの為にここにいるんだから自分の楽しみは忘れてみせる。
この試験会場に魔物はいないし、それは試験課題として危険すぎる。万が一にも魔物が進入した場合、速やかに狩るのが俺の役割なんだからな。
しかし一体何が……
「Eポイントを覆っていた防壁が大破しています。正体は不明。現在監視水晶からの映像をチェック中!」
「……こりゃ酷い。かなり力のある大物だな」
魔物の進入を防ぐ為に作られた防壁。それに随分でかい大穴があけられてやがる。
もしこんなのが受験者に襲い掛かったらかなり危ない。ちょっと受験者の手におえるレベルじゃなさそうだ。
「――発見! 魔物の姿を確認!」
「何の魔物だ! どこにいる!」
「そ、そんな馬鹿な……」
「何だ! はっきり言え!」
「て、敵影から察するに大鬼――オーガです!」
オーガか。確かに怪力と高い生命力を併せ持つ強敵だが、勝てない相手でもない。さっさと狩ってこないと――
「更に追伸! オーガの体色がノーマルタイプとは異なっています! 恐らく亜種――狂い大鬼です!」
「なっ……んだとぉ……」
亜種だとぉ!? そんなバケモンがなんでいきなり出てくんだよ!
クソッ! 落ち着け。冷静に今の状況を判断しろ。客観的に考えれば……勝てねぇだろうな。
亜種はノーマルタイプよりも遥かに強いのが通例。それも何体か実例が発見されているマッドオーガに勝てるなんてセリフは上級騎士になってから言えって話だ。所詮中級騎士でしかない俺一人と他の下級騎士数名で何とかできる相手じゃねぇか。
しかしまあ、行かないわけにもいかない。中級騎士である俺でもブルッちまうような魔物の相手を、見習い以前のひよっ子どもにやらせるわけにはいかねぇな。
「試験を中止にして受験者達を避難させましょう!」
「いや……それは止めたほうがいい」
「な、何故ですか!」
……この試験じゃ、フィールドそのものが敵だ。この森に慣れているならともかく、初見の受験者たちが速やかに逃げ出せるとは思えない。現に、目的のカードを入手したにも拘らず森から出られていない黒の騎士もそれなりにいるしな。
それに、全員への通信魔法の用意などない。それに、戦闘不能となった受験者の回収の為に数人いるだけではとても全ての受験者を効率よく脱出させることなどできん。
拡散音声で受験者全員に今の事態を教えたとしても……ほぼ間違いなくパニックを引き起こすだけで何にもならないだろうしな。
「……俺を含めた数人で出る。少しでも足止め、あわよくば手傷くらいは与えておく。その隙に援軍を要請してくれ」
「いや、そんな!」
「誰かがやらなきゃいけないことだ。だったらこの場で少しでも戦える者がやるのが筋、だろ?」
「……わかりました!!」
やれやれ。まだ死にたくは無いが……死を恐れてちゃちょっと苦しい相手だな。
数に頼ろうにもここにいるのは現場責任者の俺と回収班を除けば事務作業を仕事とする非戦闘員ばかり。増援が来るまでは俺達が何とかするしかない。
俺なんかじゃ比較にならない強者の皆様が駆けつけてくれるまでの間とは言え、死ぬ気で死なないように頑張るとしますか!




