第9話 苦戦
「朝だよ、起きたまえ」
「んぁ」
寝ていたところをクルークに起こされ、俺はだるい体を無理やり動かして覚醒する。
今日は見習い騎士試験第一次、二日目だ。既に初日の疲れは……これでもかと体にダメージを与えている。寝不足と空腹と喉の渇きの三連コンボで弱ってるんだよな。
でも、それでも気合を入れなければならない。まだ試験の三分の一しか終わってないんだから。
「やれやれ……今すぐ朝のティータイムを迎えてから二度寝したい気分だよ」
「同感」
俺達はまったく寝ていないわけではないのだが、やはりいつもよりは遥かに短い睡眠時間しか取る事はできなかった。
いくら丁度いい感じの隠れ家を見つけたといっても二人して無防備に寝るわけにはいかない。そのため、お互いが見張りとして起きている必要があったのだ。
おかげで睡眠時間はいつもの半分。はっきり言って眠い。子供に睡眠は重要なんだぞ全く……。
「喉も渇いてきたし、空腹は相変わらずだ。まだ動けないと言うわけではないが、いい加減何か見つけないと倒れてしまうね」
「そうだなぁ……でもなんもないんだよ、この辺」
結局、俺は昨日何も発見できなかった。おかげで俺もクルークも空きっ腹で二日目を迎える破目になったわけだ。
いくら日頃の鍛錬もあって常人より頑丈だと言っても、やっぱり空腹と水分不足は非常に危険だ。この状況、想定する中でも最悪に近い展開である。
「できれば残りの日数をここに隠れたままやり過ごしたいと思ってたけど、流石に飲み食い無しでってのは無理だな」
「僕としてはもっと華麗かつ鮮烈な戦略をとりたいところだが、とりあえず食事を取るのには賛成だ。魔法と言うのは非常にエネルギー消耗が激しいのだよ」
体内を流れる魔力。これは一言で言えば生命エネルギーのようなものらしい。
ゲーム風に言えばMPであり、肉体的には影響のない不思議エネルギーくらいにしか思っていなかった。だが、それを本当に使っているこの世界の住民に言わせれば体力とは別の生命活動に必要な何かだということだ。残念ながら明確にこれだと言えるほど研究されているものではないらしいので『何か』としか言えないんだけど。
まあ要するに、簡潔に言うと魔力を生成して使うと言うのは非常に疲れると言うことだ。肉体の中であれこれ使っていく戦士からするとそれほど感じないが、体外に放出する魔法を使うとごっそり生命力が抜けていくような感覚を覚えるらしいのだ。
俺の場合、残念ながらそれほど消耗できるほど凄い魔法が使えないから今一実感ないんだけど……。
「ともかく、今日中に水と食料を確保しないと救助を求める破目になりそうだね」
「いろんな意味でボロボロだしね……」
軽い絶食修行みたいな状況ってのは流石に未経験の辛さだ。食事は体作りに必要だとメシ関係だけは今までも不自由してなかったからな……流浪の行を除いて。
お互いの意思が珍しく一致した所で、俺達は二人で食料探しに出向く事になった。昨日俺一人でうろついた時は何もなかったんだが……今日は何かあるといいんだがな。
◆
「……おかしいね」
「え?」
朝から食い物を求めて彷徨うこと数時間。そろそろ疲労と空腹でやばいかなと思い始めたとき、ふとクルークがそんなことを呟いた。
いや、確かにいろんな意味でおかしなテンションになってるとは思うけど……何がおかしいんだ?
「どうもさっきからおかしな感じがしないかい?」
「おかしな……? 何もないなーとは思うけど?」
「そうではなくて、もっとこう……魔法的な違和感だよ」
魔法的な違和感? どう言うことだ?
「さっきから何か妙な感じがしてね。どうも魔法による攻撃を受けている。そんな感じがしてならないのさ」
「攻撃ったって……何も異常は無いけど?」
「ダメージだけが攻撃じゃないよ。もっと特殊な何かを感じるんだ」
「ふーん……」
はっきり言って全くわかんないけど、ともかく何かないのか意識を集中して見るか。
確かジジイが言うには、魔法による特殊攻撃を解除するには全身の魔力を高め、爆発させるイメージで開放する……だったか。要するに魔力で魔力を弾き返すってことだったよな。
どうやらクルークもそのつもりで魔力を練っているみたいだし、俺もやってみるか。
「1、2の3で開放するよ」
「わかった」
「では……1、2の3!」
「ハァッ!」
俺とクルーク。二人分の魔力波動を周囲一帯に炸裂させる。
場合によっては自分達の位置を教えることにもなりかねない危険な行為だけど、このまま何も食えないままリタイアするよりはマシだろう。
……何も変わらない恐れもあるけど、もしこの魔力開放で誰かがやっていたらそいつらからメシを強奪すると言う最終作戦も取れるしな。
って、そんなことを考えつつ周囲を見渡して見たら……なんか違和感? 周囲の景色が歪んでいるような気が……。
「これは……幻術か!?」
「げ、幻術?」
「幻を見せる魔法だよ。どうやら知らない内に幻術に嵌められて同じ所をグルグル回らされていたみたいだね!」
幻術か……。確か幻術師のクラスで習得できる魔法で、状態異常系の魔法を得意とするんだったよな。
ゲーム知識的には、自分の幻覚分身を囮にする事でどんな攻撃も一回だけ無効にするなんて便利な魔法も使えるクラスだったっけか。
そういや、ジジイにも習ったことあったな。隠れたまま術を使い、相手を弱らせるのが得意な陰湿魔法とか何とか……。
ってことは、近くに俺達を狙っている術者がいるってことか!
「やばい、気づかれた」
「一旦ひくか」
「……そこか! 【炎術・火縄】!」
術を解除されたことに気がついたのだろう。俺達の後方で隠れていたのだろう術者達が逃げ出そうとしているのをはっきりと感じ取れた。
クルークもどうやら気づいたようで、すぐに炎でできた縄を投げつけた。アレはただの炎ではなく、拘束能力も持ち合わせた特殊な炎を生み出す力のはずだ。
「しまっ――ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
敵チームの内、一人を炎の縄が捕らえた。その熱により、あっさりと拷問のようなダメージを負っているようだ。
ゲーム的には成功すると数ターン対象の行動を封じると共に継続ダメージを与えるいやらしい魔法だったけど、現実に使うとかなりエグイな……。
(っと、俺もボーっとしてる場合じゃない。相方がやられて戸惑ってる内に仕留めないとね!)
敵は相方がやられたせいか、何をするわけでもなく無防備に立ち尽くしている。
そんな隙だらけの姿を見せている敵に、俺は遠慮する気など微塵もない。明確な意思の元に魔力を練り上げ、全身を強化しつつ剣を抜く。
流石に命まではとらないにしろ、こいつらがこの飢餓状態を作り出した諸悪の根源だってんなら……死なない程度に叩き潰すのは当然だよなぁ!
「倍加速――瞬剣・一閃!」
俺の放った一太刀。それに吹っ飛ばされた魔術師風の男は、妙な手ごたえを残しつつも轟音を響かせて拭き飛び、近くの木に激突した。
加速状態の速さを武器にしたなぎ払い。要するに近づいて斬るってだけなんだけど、それが瞬剣・一閃だ。
俺の非力をカバーするためにこの瞬剣を教えてくれた親父殿だと剣で大岩を両断するような斬撃を一瞬で五発くらい撃つんだが……まあ、俺でもジジイ製魔物ゴーレムを両断するくらいはできる。
もちろん峰打ちだから本当に真っ二つにしたわけじゃないけど、もう動けないはずだ――ッ!?
「【雷術・雷の矢】! そして遅延魔法――【氷術・蝕む足枷】!」
「あぶねっ!?」
「クッ! 足がっ!?」
確かに敵は斬った。もう片方も現在進行形でクルークに縛られつつ焼かれている以上、こいつ等のチームは落としたはずだ。
だが、何故か全く別方向から違う属性の魔法が飛んできたのだった。
俺は加速状態だったのもあって――ついでに不意打ち闇討ちの類には慣れてたから――頭目掛けて飛んできた雷の矢をギリギリ回避したが、魔法を使った直後だったクルークは氷に足を封じられてしまったようだった。
「今度は誰だ!?」
「まさか、今倒した二人まで幻術だったとか言わないだろうね!?」
「半分正解だ」
「ッ!?」
俺の加速限界時間は本当に短い。精々が五秒持てばいい方と言う有様だ。
矢の回避と同時に加速を維持することができなくなった俺は通常状態に戻り、体内魔力を整える待機時間を待たないと加速することはできない。おまけに疲労と空腹で魔力の巡りが悪い。
だが、俺はそんな自分にとってもっとも危険な状態であることなどすっかり忘れて現れた何者かに意識を向けるのだった。
「君は誰だい? どこから現れたのかは知らないけど……君も黒の騎士なのかな?」
「ああ。黒の騎士としてこの場にいるレグルスと言うものだ。君達が持つ箱を貰い受けに来た」
黒のローブに身を包む高身長の男性。怪しさ満点の魔術師ルックだが、やっぱり敵らしい。
今どんな状況なのか、敵は何人なのか、自分の状態は、敵との実力差はなど気になることは沢山あるが、俺はどうやら本当に疲れているらしい。頭が回らん……。
「とりあえず……魔術師のきみ、彼を解放してくれないかな? そろそろ死んでしまいそうだ」
「……構わないが?」
謎の男――レグルスの登場に警戒していたせいか、クルークは炎の拘束魔法を使ったままであった。同じく拘束系とは言え、敵の魔法を受けても魔法を手放さない精神力は驚愕ものだ。
いろんな意味で残念な奴だが、やはり魔術師としては尊敬する実力者だな。……今まさに開放されてプスプスとこんがり焼けた幻術師を見る限り、威力も十分みたいだし。
「それで、僕の質問に答えてはくれないのかい? 君は、何者だ?」
「敵……では説明が足りないかな?」
「いや――十分だよ! 【炎術・包囲する炎壁】!」
「む――つい先ほど魔法を崩したばかりだというのに、随分速い再発動だな!」
「当然さ! 僕は天才なんだからね!」
クルークの魔法によって、敵魔術師レグルスを包囲するように炎の壁が出現した。炎の壁はそのまま内側に収束し、内部を焼き払おうとする。
クルークの奴……魔力操作に関しては体内魔力の調整でちょっと手間取ってる俺とは桁が違うな。まぁ魔力操作と肉体強化を平行して鍛錬する戦士系と違って、魔力操作一本で勝負する魔術師系の方がその手の分野で上なのは当然なんだけどさ。それでもそれなりに自信あったつもりだったんだけどな……。
「きみは素晴らしい術師だ。だが――残念ながら、きみの能力は既に知っているんだ」
「なんだって――」
「大掛かりな魔法に対し、同じ労力を払うのは二流。既に対策は用意してあると言うことさ。【氷術・氷塊】!」
周囲から隙なくレグルスを焼き尽くそうと迫る炎壁。だが、レグルスはそんな壁を無視して自分の足元に氷塊を作り出したのだった。
その役割は足場。包むように迫る炎壁唯一の隙である頭上へと抜けるつもりなのだ。
「氷術の初歩の初歩。魔法待機時間も消費魔力も限りなく低い魔法。この程度で十分だろう?」
「クッ! 炎術――」
「無理はしないほうがいい。きみの能力は昨日一日で分析済みだ。確かにきみの魔力操作術は一流だが、これだけの魔法を連発するのは流石に無理だ」
「――魔力が、集まらない……!!」
「そして、その隙を埋める剣士君。きみの能力ももちろん把握済みだよ」
魔術師同士の攻防の間に、俺も魔力を整えた。いつでも飛び出せると隙を窺いつつも剣を構えていたのだが……レグルスの一睨みで動きが止まってしまった。
こいつ、俺の魔力事情まで完全に把握しているな……!
「どうやら、僕達のことを本当に調べてきているらしいね」
「相方が命をかけてまで集めた情報だ。無駄にするのは忍びないだろう?」
「相方ってのは……そこで焦げてる人の事?」
俺は、そう言いつつもチラッと近くに転がっている魔術師風の人を見る。本来なら救急信号弾を打ち上げてやるべき状態なんだが、流石に交戦中にまでやってやる義理は無いよね。
「ああ。彼は私のパートナー。幻術師と人形遣いのダブルクラスを武器にする術師さ」
「ダブルクラス……なるほど、レオン君が斬った方は人形と言うわけか」
(ダ、ダブルクラス……? 知らないぞ、そんなの……)
様々な人形を使って戦う人形遣い。幻術による撹乱状態異常を得意とする幻術師。それなら俺も知ってる。
でも、ダブルクラスなんて単語ははじめて聞いたぞ。字面から察するに二つのクラスを同時に修めるってことなんだろうけど……ゲームじゃ絶対不可能なことだ!
それが常識なのか? 親父殿も剣士として鍛えてくれるばかりだったし、ジジイにしても魔法を教えるというよりは知識と魔力操作能力を教えてくれるばっかりで魔法使いとして育てようって気は全くなかった。
だからてっきり、この世界でもクラスは一人一つとクラスアップだけだと思ってたんだけど……。
「人形に幻術を被せる事で、一人で二人を演じていたわけだ。演技でボロを出さないように誰もいないところで人形と会話までする徹底振りでね」
「何故そんなことをするのか、興味があるね」
「フフフ、力で劣るものは数でそれを補うのが定石。そして、騙すのが真価たる幻術師は嘘により数の利を得ようとした――と言うことなのかな」
「ダブルクラス……極みに達しない者の知恵と言うことか」
極みに達しない? どう言うことだ? てか、俺が混乱してる間に話がさくさく流れてしまってるな……。
「半端者。そう思うかい?」
「……いや? 炎術の天才である僕には縁がないこととは言え、自分を高めようとする努力を笑うつもりは無いさ」
「それはご立派な心がけで。では――その力、たっぷり味わってもらおうか!」
俺がダブルクラスと言う衝撃的な単語に戸惑っている間に、魔術師同士で戦いを始めようとしていた。
こりゃ余計なこと考えてる暇はないな。どうやらクルークはある程度知ってるみたいだし――倒してからゆっくり聞くか!
「口ぶりから察するに、君もダブルだと思っていいのかな?」
「ああ。そう思ってもらって結構だ――才なき者の力、とくと味わえ!」
「来るよレオン君! 本気で迎え撃つ!」
「わかってる!」
さっき不意打ち気味に俺を狙った雷の矢。あれもこいつの魔法なのだとすれば、コイツは最低でも氷と雷の魔法が使えるってことになる。
俺がこの世界で仕入れた知識では『魔術師はより高みに立つ為に一つか二つの属性を集中して修練することが多い』ってことだったはずだから、恐らくその二属性に警戒していればいいだろう。
それを踏まえて次に打つべき手は――
(とりあえず、クルークの足を縛っている氷の塊を何とかしたいところだな。確かアレも氷の拘束魔法で、足を封じると同時に冷気による継続ダメージを狙うものだったはずだ)
敵を倒すことに意識を集中させたクルークは、さっきの連続魔法で自分にかけられた魔法を解除するよりも攻撃を優先させた。
だがその攻撃は失敗に終わったわけで、こうなると拘束されたままと言うのは大きな隙になってしまう。攻撃回避ができないのはもちろん問題だけど、このまま足を凍傷にでもやられれば残りの試験期間を生き残るのが困難になってしまうしな。
(氷の塊は既に奴の制御から離れているはずだ。だったら俺は敵の足止めに専念するのが吉かな)
魔法の制御を手放しても魔法によって起こされた現象は消えない。もう氷の足かせに関して敵魔術師がどうこうする必要は無いわけだし、次の魔法を使うべく準備に入っているのも明白だ。
だったら、俺が直接氷を砕くよりも拘束状態を狙われることを避けた方がいい。そう判断した俺は、真っ直ぐレグルスへと突撃したのだった。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「まだ幼いだろうに、きみの剣は文句無く警戒に値する。末恐ろしいものだ――【雷術・帯電鎧】」
「ッ!?」
勢いよく敵を斬りに行った俺だが、レグルスの発動した魔法を見て急停止した。
アレは対象者に“帯電”と言う状態異常を与える魔法のはずだ。ゲームにもあったからよく知ってる。
ちなみに帯電とはマイナスの状態異常ではなく、対象者に有利な効果を発揮するものだ。その効果は“帯電状態中に物理攻撃を受けた場合、反射ダメージを与えるようになる”と言うもの。要するに触るとバチバチくる超静電気人間になるといったところだな。
「おや、この魔法について知っているんだね? よく勉強している」
レグルスは完全に上から目線で賞賛を述べてきた。まあ実際ガキだし下に見られるのはしょうがないんだけど、何かムカつくな。
……なんて思いつつも、俺はチャンスを逃したと内心で舌打ちする。帯電状態の敵に斬りかかるのは確かにリスクあるけど、別に防御力が上がっているわけでもこちらの攻撃が無効になるわけでもないのだ。
咄嗟に止まっちゃったけど、あの瞬間にダメージを恐れず斬りかかれば奴を倒せていたかもしれない。魔法使用後の隙をさらしたも同然の敵を前に止まってしまったってことなんだからな……。
「さて、では続きだ。【雷術・浮遊雷槍】」
レグルスが作り出したのは雷で構成された槍だ。大きさとしては一般的な槍と変わりはないが、宙に浮かんでこちらを狙うその姿からは魔法の産物だとはっきりわかる。
アレはまあ初級レベルの魔法だが、さっき見た雷の矢より殺傷力が上だな……なんて分析していると、レグルスはすぐに槍を飛ばしてきたのだった。
「さっきとは一味違うよ!」
「見てればわかるよ!」
雷術の面倒くさい所は、避けるしかないと言う点だ。剣や鎧で受け止めようものなら直撃と変わらないダメージとなってしまう為、とにかく逃げるしかないのが辛い。
「とは言えまあ、この程度簡単に避けられるけどさ」
「だろうね。でも――きみの力は既に理解している、と言わなかったかな?」
「なに――」
「曲がれ、雷槍」
「ッ!?」
真正面から飛んできた槍を軽く避けた俺だったが、この魔法、カクッと俺に向かって方向修正してきやがった。
手元から離した魔法の遠隔操作。実際には制御を手放していない以上手元にあるも同然なんだろうけど、実際に見るとかなり理不尽だな。
……そもそも避けること自体不可能なジジイの魔法よりはマシかもしれないけどさ。
「――ツァッ!!」
俺は無理やり体を捻り二撃目を回避する。流石に予想外だったから無理な避け方になってしまったが、それを見逃してくれる――
「そら、曲がれ」
「わけ、ないか!」
一度曲げられたんだ。二度目三度目がないと考える方がおかしい。
当然、今度も避ける。正真正銘動けなくなるまで親父殿相手に耐久レースやったときに比べればちょっと方向転換する槍くらい避けるのは難しくない。
でもまあ、いつまでもこいつの相手をしているのはよろしくないな。一歩間違えたらダメージを負う破目になるし、ちょっともったいないが俺も手札を切ることにしようか。
「加速法――」
「三加法の一つか。きみのような幼い子供がそれを修めているのがまず信じられないが、でも無理はしないほうがいい」
「二倍――ッ!?」
「きみは、きみが思っている以上に疲労している。体への負担が大きいその術を何度も発動できるとは思わないほうがいいよ」
奴の言葉通り、瞬間的に加速状態になるはずが何も変化がない。体内の魔力がうまく動かないのだ。
いつもならスムーズに加速できるはずなのに、何故かうまく力が入らない。まさか、奴の言う通り疲労で発動できないのか?
でも、俺だって死に掛けながらも毎日毎日この技使い続けてきたんだ。疲れてるどころか瀕死の状態でも普通に使えてたしそんなわけが……って、悩んでる場合じゃないな。
「おっと! よっ!」
「さて、いつまで逃げ切れるのかな?」
俺が不調でも、当然の事ながら敵の手が緩むことはない。電気の槍は何度避けてもしつこく俺を狙い、当たるまで飛び続けると言うかのように向かってくる。
だが、俺だってこの手の嫌がらせみたいな命がけは慣れたものだ。数が一本だけな分良心的とすら思うくらいにな!
「この程度、絶対に当たらない!」
「……どう言う反射神経と運動能力だよ」
加速できない以上一気に引き離すのは無理でも、じっくり見て避けるのは難しくない。
でも、ジリ損にも変わりは無いか。何とか打開策を考えないと……。
「【炎術・火球】!」
「うわっ!?」
何とかしないといけないと焦りつつも槍を避けていた俺の顔面付近を火の玉が通過した。本当にギリギリで、後数センチで顔面直撃だったぞ……。
「お、おま何を!?」
「余所見をするんじゃないよ。せっかく彼の魔法を撃墜したと言うのに」
「へ?」
俺は火球の術者であるクルークに思わず文句を言ったのだが、先ほどの魔法は敵の魔法を撃ち落す為のものだったらしい。
そう言われると、雷の槍消えてるな。あまりにも突然の事で敵の存在一瞬頭から抜け落ちてたよ。
「クッ! もう私の縛りから脱したのか。剣士君に時間をかけすぎたみたいだね……」
「氷の呪縛を使ったのが間違いさ。僕の炎術を持ってすれば簡単にかき消すことができるからね!」
どうやらクルークは自力で足の氷を溶かしたらしい。今一何もできなかったけど、時間稼ぎと言う面では役に立てたみたいだな。
「それでレオン君。君は大丈夫なのかね?」
「何か知らないけど能力が使えないって点を除けば無事だ!」
仲間同士で簡単な情報交換を行いつつ、俺は再びレグルスへと剣を向ける。
正直、加速ができないってのは俺にとって致命的だ。まだまだ力のない俺の基本戦略は敵を圧倒するスピード頼りだからな……。
不安の感情をなるべく隠してそれをクルークに伝えた所、不意にレグルスの追撃が行われたのだった。
「仲間内での作戦会議はそこまでだ! 【雷術・貫く電矢】!!」
「おや、貫通性の雷術だね!」
「直線を纏めて射抜くタイプだな!!」
真っ直ぐ高速に電撃を放ち、何かに当たったとしてもそのまま直進する範囲攻撃の電撃。ゲームではグループ範囲攻撃だったな。
まあ、範囲攻撃とは言っても極細い貫通攻撃だ。魔法に関しては俺以上に詳しいクルークは当然対処法を知っているだろうし、俺は俺で軽くジャンプして回避した。
そして、一応後方のクルークがちゃんと避けているかも確認しておこうか。まあ軽く避けられるだろうけど――
「ぶっ!?」
「……へ?」
本来密集地帯に打ち込むのが用法である魔法だし、こんな自由に動ける状況では全然脅威ではない攻撃だったはずだ。実際、ちょっと横に跳んだだけで回避できたし。
でも、何故かクルークは思いっきりこけていた。それも、顔面から地面に激突する一番痛い倒れ方だよアレ。
「何、やってんの?」
「お、おかしいな……転んでしまったよ」
ハハハと笑いながらクルークは立ち上がろうとしている。お願いだから敵の目の前でそんなボケかまさない欲しいんだが……。
なんて思っていると、何故かクルークは立ち上がれずに再び膝を突いてしまった。明らかに異常が起こっているようだ。
そして、そんなクルークをみながらレグルスが不適に笑っていた。もしかして……こいつの仕業か?
「ようやく来たようだね」
「来た?」
「魔力枯渇症……聞いたことないかな?」
……ない。名前的に魔力空っぽになることだと思うんだけど、俺修行中にしょっちゅうガス欠になったしな。と言うか、余力なんて残す余裕があるわけない。
でも、クルークは知っているらしい。未だに立ち上がれずに苦しんでいるが、それでも辛そうに口を開いたのだ。
「ぐぁ……。まさか、僕が枯渇状態……?」
「ああ。昨日一日戦い続けた上に飲まず食わず。おまけに睡眠まで邪魔されたのに平時と変わらない魔法の使い方をしたんだ……当然だろう?」
「クッ! 迂闊だったね……」
「おい、魔力枯渇症ってなんだ?」
知っている組で話されても俺には何の事なのかさっぱりわからない。やばい状態なんだったら早急に対処する必要があるんだが……。
「おや、知らないのかい? じゃあ教えてあげるけど……簡単に言えば、極度の疲労状態かな? 魔力を疲労した体で使うと一時的に立つこともできなくなるのさ」
「……魔力は、生命力から作り出されるものだからね。本来残しておくべき生命力まで魔力として引き出してしまうと起こる状態……だよ」
「……なるほどな」
要するに、普通に体を動かしている分には無意識に残しておくエネルギーまで魔力として使ってしまった状態か。ゲームにはなかった状態異常と思えばいいか。
まあ、残りHP1でも普通に戦えるゲームキャラと違って俺達は当然怪我をすれば動きも鈍るし、動き続ければ疲れで倒れる。生きた人間としてここにいる以上当然の話だな。
……でも、俺そんな状態になったことないぞ? 限界ギリギリって言うか途中から限界を超えろと言わんばかりに追い詰められたことも何度もあるのに。
「まあ剣士であるきみが知らないのも無理は無い。体内で魔力を巡らせる戦士が魔力枯渇症になる事は無いからね。あくまでも、体外に放出する魔法を使った場合にのみ起こる現象だからさ」
レグルスからの補足説明が入った。俺、顔に出やすいのか……?
って、そんなこと考えてる場合じゃないな。要するに、今のクルークは疲労と空腹でまともに動けないって事だ。
だったら俺が何とかしないといけないんだけど……俺は俺で加速できないなんて問題抱えてるんだよなぁ……。
「正直、もっと早く潰れる試算だったんだけどね。予想以上に粘るから焦ったよ。……でもまあ、これで後は疲れで自分の得意技を封じられた少年剣士君を倒せば終わりだね――」
クルークの離脱。これにより、俺は疲労困憊状態での一対一へと追い込まれたのだった……。




