03
「ローザの鍵ともなれば、このくらいは余裕だったか? キース」
「まさか……いつだって緊張しますよ」
汗をぬぐいながら言った青年の笑顔は、少しだけひきつっていた。
「おかえりなさい」
青年・キースがワンボックスから降りると、少し高い位置から女の声が投げかけられた。
ここは、さきほど盗みを働いた偽デザイン会社よりもさらに大通りから離れた旧市街。一方通行の道が多く、窮屈な印象を与える住宅街の片隅だ。
声の主である女は、階段を数段のぼった先、キースが入ろうとしていた家の玄関前に立っていた。肩を出したワンピースはふとももの半ばまでしか覆っていない。すらりとのびた脚は編み上げのブーツが包み、上品さのある上半身とは裏腹に活動的な印象を与える。
胸までの金髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべる女の名はローザ。
服装さえ相応のものを着れば夜会に出ていてもおかしくはない容姿に似合わず、彼女の正体は神出鬼没な大怪盗。キースと、その後ろから降りてきた狙撃手・サイラス、走り去ったワンボックスの運転手をはじめ、五十を越える手下たちを抱える怪盗団のトップだ。
誰でも写真を撮ることができ、監視カメラが当たり前になったこの時代。いまだにローザの姿が記録されていないのは、もはや異常だ。目撃者の証言だけが独り歩きしてうわさが誇張されていくのを、楽しんでいる余裕すらある。
「目当てのものはあった?」
笑みを崩さずに問うローザに、キースは手に持った袋を渡す。
中身を確かめたローザの顔がさらに笑むのを見て、キースはようやく緊張から解放される。どころか、緊張感のかけらもない、だらしない表情になりそうになるのをこらえる努力を強いられる。
ピッキングを極めるだけでこの女の笑みを見られるのなら、犯罪者になることだって惜しくはない。