ワナビファイター
バァァァァン!
破裂音に思わず後ろを振り向く。
そこには体をくの字にして教室の机に突っ込んだ<アダム>の姿があった。
ん、<アダム>……?
<アダム>って何だ?
瞬きの後、少し小柄な制服姿の高校生を再び視界に収めて。
あいつは谷戸だ。谷戸幸太郎。
「アンタッ! なに考えてんのよ!」
<イブ>の声が響く。いや、あれは……。
上谷琴音か。名前を思い出すのに時間がかかる。脳に霞がかかったような気分だった。
「ごめん……うっ……」
「スカートをめくるなんて最低ッッッ!」
どうやら谷戸が上谷にちょっかいをかけて、怒った上谷が蹴りをかましたようだった。いつものじゃれあいだろう。
「おい、やろうぜ」
呼びかけられて慌てて姿勢を戻した。
「すまんな」
机上に視線を戻す。今は俺のターンだった。手札からカードを一枚抜き出す。
「俺は『超混星 Plan8 ウラビス』を召喚だ」
『超混星 Plan8 ウラビス』
タイプ:ワナビ
批評力 4000
文章力 4000
今俺らが対戦しているのは「ワナビファイター」というカードゲームだ。対峙する編集者は「ワナビ」を召喚させ、殴り合わせる。
編集者は初期の精神ポイントを8000だけ持っており、それを全て失うと心が折れ、敗退となる。精神ポイントは批評すること削ることができ、ワナビカードの批評力が相手へ与えられるダメージを、文章力が批評から身を守る能力をそれぞれ示している。
今俺が召喚させた『超混星 Plan8 ウラビス』はその中でも一際強力なワナビだ。相手の精神ポイントを二撃でへし折るポテンシャルを持っている
余裕を顔に出さないようこらえつつ星野の表情を伺ってみると、しかし星野はにやけていた。おかしい。
星野の視線の先、あいつのフィールドの上には……!?
さっきのターンで墓場へ送ったはずの『リカポアさん』が仁王立ちしていた
『リカポアさん』
タイプ:ワナビ
批評力 4000
文章力 4000
『リカポアさん』は『超混星 Plan8 ウラビス』と同等のスペックを持つカードだ。しかし問題はそこではない。
「おい、星野! 『リカポアさん』はさっきのターンに『コミッケマークット』で破棄しただろ!」
『コミッケマークット』
タイプ:イベント
ワナビを全て破棄する。
「ふふふ、ちゃんと前を見ていない君が悪いよ」
こいつッ!
俺が谷戸と上谷の茶番に気を取られている隙にいじりやがった……!
「あの時と同じだよ、<ルシフェル>」
「ルシ……フェル……?」
聞き覚えのある名前だったが思い出せない。聖書の文章か何かで見たからだろうか? いや、そういうわけではない気がするが……。
どうやらうまく行ったようだった。
<アダム>も<イブ>も<ルシフェル>もあのゲームのことは忘れているようだ。ゲームの顛末を知っているのは自分だけだ。
あのとき、<アダム>と<イブ>に背後を取らせ、僕は――――
「いいかどうかは、後ろを見れば分かるさ――産物の力を、見定めるといいよ」
僕のセリフに、<ルシフェル>はハッとした表情で後ろへ振り向いた。<アダム>と<イブ>の存在にやっと気づいたようだ。
「お前ら……ッッ!」
<ルシフェル>は従える兵器を一斉に攻撃させようとしたが、もう遅い。
「私の林檎を返しなさい」
<イブ>の美しくも低く通る声に、<ルシフェル>の懐の林檎が反応し浮かび上がった。そのまま彼女の元へ吸い寄せられていく。
「よせぇ!!」
<ルシフェル>は唾を吐き散らし、なりふり構わず無様に兵器を当て続けるが、<イブ>にたどり着く前に四散してしまう。<アダム>も残った兵器を破壊して回っていた。どうやら彼も自分の能力の使い方を理解したらしい。
準備は整った。
僕は結界を大きく広げ、<イブ>と林檎に干渉する。そしてそのまま更に更に広げていき、全世界へと……。
「<創造主>様、後はお好きなように」
「うん、ご苦労様」
<ルシフェル>が何かをがなりたてているようだが聞こえない。所詮は<代行者>に過ぎない。
今からこの世界を創りなおす。僕が。
その前に。
「<アダム>……いや、谷戸くん」
谷戸くんと向かい合う。
「新しい世界を創る。何かリクエストはあるかな?」
彼は意図せず巻き込んでしまった人間だ。少しくらい要望をきいても良いと思ったのだ。
「あるよ、たくさん」
谷戸は呆れたように溜息をついていた。
「まず、こんなゲームはもう二度としないでくれ」
「ほう、それはできないな」
「どうして?」
「僕が退屈だからさ」
<創造主>たる僕が自分の創った世界で過ごすのは、それは実に退屈なことだ。何か娯楽でも欲しいと思うのは当然のことだろう?
「カードゲームでもすればいいよ。俺もハマってるし」
「カード……?」
「ワナビファイターってやつ」
「検討しよう」
なんか†業†の深そうな名前だったがあまり気にしないことにした。
「他には」
「俺たちの記憶を消してくれ。パンツの穿けなくなった記憶なんて、要らない」
「ごもっとも」
「あと、上谷から林檎が出てくるの、あれどうにかならなかったの」
「ならなかった」
「そうか」
「ごめん、うそついた。僕の趣味だ」
「やめてくれ」
「すまん」
<イブ>と林檎から徐々に光が漏れ出し爆発的に広がっていく。もう時間だ。
「できるだけリクエストにはお答えしよう! それでは新しい世界で!」
瞬間、世界は暗転する。
「くぅぅ……、ならば俺は『罰を断つ者』を『ウラビス』に発動!」
顔をゆがませた元<ルシフェル>がカードを机に叩きつける。
『罰を断つ者』
タイプ:原稿
ワナビ一体の批評力と文章力を倍にする。
「『罰を断つ者』は元のワナビの能力が高いほど効果を発揮する原稿だ! これで『リカポアさん』の文章力を越えた!」
ふん、と鼻を鳴らした。この世界でも<ルシフェル>はちょうどいい遊び相手になってくれている。
「よし! 『超混星 Plan8 ウラビス』で批評だ!!」
「甘いね……『†業深き闇†』!」
『†業深き闇†』
タイプ:イベント
相手のワナビを一体指定し、そのワナビは相手の墓場にある原稿の枚数×2000だけ批評力が下がる。
「君の墓場の原稿は『罰を断つ者』『BBA』の二枚! 『ウラビス』の批評力は4000にダウン! よって相打ちだ」
『ウラビス』と『リカポアさん』が同時に墓場へ送られる。そのまま星野はターンを終えた。
『BBA』
タイプ:原稿
自分のワナビを一体指定し、そのワナビは批評されなくなる。
「僕のターンだね」
山札から一枚を引く。まずは……。
「『スノウ・ラビット』を召喚だ」
『スノウ・ラビット』
タイプ:ワナビ
批評力 1000
文章力 1000
能力:デッキから原稿を好きなだけ選び、手札に加える。
『スノウ・ラビット』はその批評力・文章力は低く設定されている。なぜなら規格外の能力を持つからだ。
「な、なんだその効果!」
元<ルシフェル>がうめく。相変わらずリアクションが面白い。
「僕はデッキから『椛』『空見鶏』『憩い空』『百団子』を手札に加えるよ」
そして、<創造主>に相応しい切り札を出す。
「『神々の創作場 ギャラン堂』を発動!」
『神々の創作場 ギャラン堂』
タイプ:サークル
手札から原稿を墓場へ送り、その枚数×1000のダメージを相手に与える。
「さっき加えた『椛』『空見鶏』『憩い空』『百団子』の4枚を捨てて『ギャラン堂』発動!」
元<ルシフェル>精神ポイント 8000 → 4000
「ぐぬぬ……だが、お前の『スノウ・ラビット』の批評力は1000! 俺にとどめはさせないはずだ!」
「何勘違いしてるんだ?」
「ひょ?」
「まだ僕のターンは終了していないぜ」
手札の最後の一枚を場に出す。これで終わりだ。
「『LoveLiver ヤマユウ』を召喚!」
『LoveLiver ヤマユウ』
タイプ:ワナビ
批評力 2000
文章力 2000
能力:墓場から原稿を3枚まで選び、手札に加える。
「何それ強すぎィ!」
「僕は墓場から『花乃宵』『空団扇』『金月花』を手札に。そして『ギャラン堂』!」
元<ルシフェル>精神ポイント 4000 → 1000
「ぐわああ!」
「終わりだ! 『LoveLiver ヤマユウ』で批評! 相手の精神をへし折れ!」
元<ルシフェル>精神ポイント 1000 → 0
「勝負あり、だね」
元<ルシフェル>は自分のカードを巻き込みながら机に突っ伏しそのまま動かなくなってしまった。少しいじめすぎたかもしれない。
「おーい、ワナビファイターやってんの?」
「うん?」
いつの間にか谷戸と上谷が机によってきていた。殴り合いを見ていたようだ。つい熱くなっていて気が付かなかった。
「私もやりたい!」
「いいよ、みんなでやろう」
そう、カードゲームはみんなの心を繋ぐ素晴らしいゲームなんだ。僕はそれを知ることができた。
それというのも……
「俺の『白金の銃弾』デッキと勝負だ!」
パンツを散らせながらも最後まで戦い抜いた<アダム>と、
「あ! 私もそのデッキ好き! ワナビの女の子が可愛いよね!」
スカートをめくられながらも役目を果たした<イブ>のおかげだ。
「いいよ、僕の『人文おにいさん』デッキの初披露だね」
「望むところだ!」
こうして僕の創った世界は今日も回っていく……。
《完》
元ネタのみなさん、もし不快に思われたようでしたらすみません。ここで謝罪させていただきます
カードの内容と元ネタは関係なく適当に決めたので気にしないでください。名前だけです
リレー小説お疲れ様でした
(藤原)