創造主の代行者
食堂にて。
「あの閃光……ついに〈彼〉が〈イブ〉を作り上げたようだな」
「ああ。やっとゲームの、世界の新生に必要な駒は出揃った」
「〈彼〉は俺の〈代行者〉として、実にいい働きをしてくれるよ」
「おいおい、ゲームマスターが聞いて呆れるな。君が再び世界を創り直そうとしたんだろ?」
「ああ、今回は本気だった。けれどもイレギュラーの連続さ。俺にすら、誰がどの駒として設定されたのかがわからない。〈アダム〉の存在ですら俺が直々に確認しなければならなかったのだから……。本来ならば、君が〈アダム〉になるはずだったんだがね、ホシノ」
「〈アダム〉は〈神〉を模写して創られた存在……それが、何の仕業かはわからないものの入れ替わってしまったというわけだ。僕と谷戸幸太郎という存在を介して」
「そういうことだ。今回のゲームは、もう俺の支配下にはなくなったよ。それに、さっきも言ったが俺の命ももうそろそろ限界だ。今回の世界の創造を始めた対価だ」
「それって、かなり危険だろ?」
「ああ。外の世界との境界が曖昧になって来ているからな。とにかく、一刻も早くこの事態を収束させなければならない。そして、君に世界の創造を引き継いでほしいんだ」
「それで、〈神〉という駒に過ぎない僕に助けを求めて接近して来たというわけだ……。全く、世界の〈創造主〉としての責任は何処へやら」
「俺に言えることは、おそらく〈蛇〉は俺や君と対立する存在、ということだけだ。どこの誰が〈蛇〉なのかは、全くわからない」
「それがわかっただけでも十分さ、マイケル。じゃあ、僕は行くよ」
星野が食堂を出るとマイケルは光の粒子となり、消失した。
ーー薄暗い廊下。
「……っ!」
「君は、私の世界に相応しい存在ではない」
「あなた、何者なの?」
「そうだな……便宜上は〈ルシフェル〉とでもしておこうか。私も君と同じで、この世界に役割を与えられた存在だよ。〈ミカエル〉、君は〈アダム〉を目覚めさせるのにいい働きをした」
酒井美由紀は迫りくる戦車による号砲から辛うじて逃れ続けていたものの、突如目の前に現れた、黒髪の美青年によって道を塞がれてしまった。
「悪いが、死んでもらうよ? もう君に用は無いんだ。己の役割も知らないとは、七大天使を統べる存在も情けないものだな。ちなみに君が最後の生き残り、六人目だ。よく頑張ったじゃないか」
「ふざけないで……悪魔!」
「……私もかつては、君と同じ熾天使だったんだ」
〈ルシフェル〉と名乗る青年は呪文らしきものをつぶやいた。次の瞬間、美由紀の全身が一瞬にして斬りつけられた。
「君の知恵と恥じらいの象徴は前もっていただいておいたよ。〈代行者〉として。次の世界ーー私の支配する世界での君の人間への転生の妨げになるからね。それと、少し君の血を借りるよ」
青年はそう言うと、美由紀の指を操って血文字を書いた。ーー『Panzer Vor』と。
「かつて私は人間に知恵を与えた。でももうその知恵は邪魔だ。計画通り、人間はその知恵を使って様々なものを生み出してくれた。〈イブ〉を目覚めさせることにも成功した。その体内から禁断の果実も取り出した。〈代行者〉として〈創造主〉の指示をこれ以上守る必要もあるまい、あの禁断の果実は回収しておこう……。私は復活した。〈創造主〉、貴様は私に魂を売った。私が貴様に替わってこの新しい世界を創造し、支配する! これは、私の二度目の宣戦布告だ!」
青年は、戦車の群れと共に消え去った。
〈義父〉を名乗る男が消えた後、俺たちは楽園にいた。緑が溢れ空気は澄んでいて、さっきまで学校にいたことが信じられないほどだ。
「食べるな、って言われたけど……人の股から出てきたもの食う気になるか? それに、まだ温かいし……んぎゃっ!!」
俺の鳩尾に琴音のエッジの効いた蹴りが入った。
「何するんだよ、もしかして食べたいの? ……ぐえっ!!」
俺の下腹部に、琴音の体重がよく乗った鉄拳制裁。
「まったくもう、何言ってんのよ! 気持ち悪いわね……。それよりもーー」
琴音が次の言葉を言いかけた瞬間、目の前で爆発が起こり、号砲が鳴り響いた。
俺たちの目の前に、黒髪の美青年が現れた。その後ろには、戦車の群れ。
「まだ恥じらいの感情を持っているようだね。その林檎を私に渡してもらってもいいかな?」
「な、なんだよ……それに、お前はいったい何者なんだ?」
「私は〈ルシフェル〉。次の世界を創造し、支配する者だ」
「勝手にわけのわからないことぬかしやがってーー」
俺がそう言いかけると、戦車の群れが一斉に威嚇射撃を行った。
「まだ君たちの置かれてる状況がわからないのかい? それに、あれを見てごらんよ」
「……っ!」
そう指差された先を見ると、気を失った琴音の頭のすぐ傍に、戦車の銃口があった。
琴音の命には換えられないーー俺は、林檎を〈ルシフェル〉に渡した。
「お利口さん。まあ、禁断の果実が彼女の体内から消えたんだ。今にそんな言葉の概念を使う必要も無くなるか」
「どういうことだ!」
「自分で考えるんだ。ものを考えることが出来るうちにね。ははははは………。また会おう」
「おい!答えろ!」
〈ルシフェル〉は空の彼方へと浮かび、消え去った。戦車の群れも消えていた。
しばらくして、琴音は目覚めた。
「おい! しっかりしろ琴音!」
「それより私今、穿いてない」
「え?」
そんなこと言ってる場合か、と突っ込みそうになるのを抑えて、俺は話を聴く。
「いつのまにか、消えてたの」
「いつから?」
「さっきの〈義父〉って人と会ったときから」
不思議なことに、そう言う琴音の口調に、恥じらいは感じられなかった。
楽園のどこか。
「やっぱりお前が〈蛇〉であり〈ルシフェル〉だったんだね、〈代行者〉」
「そう言うことさ。宣戦布告の通りだ。それで、私をここにまで呼び出した理由は何だ」
「尋ねたいことがあってね。谷戸幸太郎が〈アダム〉、上谷琴音が〈イブ〉だと、いつ気がついたんだい?」
「最初から薄々感づいていたさ。彼らは同じ時間軸を過ごしている、この世界で唯一の男女一対の存在だ。僕が殺した鈴木たち教員や僕以外の七大天使の記憶をたどって普段の二人の行動を見ていると、確信に変わった」
その言葉を聞いた星野は、腑に落ちないという表情を一瞬だけ浮かべた。
「まったく……他に見るべき記憶があったんじゃないのか? お前はいつ二人を設定したんだ?」
「君の本音だな。もっとも、〈神〉と〈アダム〉が入れ替わったことは私がこの世界に侵入したときに起きた、原因不明の事故だ。悪く思わないでくれ。ところで君は、私と戦うつもりなのか?」
「ああ、そのつもりさ。〈ミカエル〉が死に〈創造主〉を引き継いだ今、僕がお前を倒す」
「そうはさせない。私は今度こそ〈創造主〉になってみせる」
青年の背後に夥しい数の戦車、戦闘機、核弾頭が現れる。
楽園に、一陣の風が吹いた。
後半戦第一話! ということで、ラストまでのシナリオが思い浮かびましたが、ここまでにしておきます。地球規模のパンツ爆発を起こそうとしたのですが、やめました。ではでは。
Wofagi