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コーヒーブレイク

 二人との通話が途切れたおよそ十分後、薄暗い食堂の片隅で星野はカップ麺が出来上がるのを待っていた。このままだと本日は休校だろうが、全生徒に体育館で待機するよう一時的な指示が出されたので校内は閑散としていた。それでも食堂前の廊下を行き来する警官の足音はひっきりなしに響いていた。彼らのうち誰も星野の姿を認められずにいるのは、彼の周囲もまた結界で覆い隠されているからであった。それは彼の能力によるものだが、谷戸と琴音のふたりを誰もいないもう一つの学校へと時間軸ごと隔離させた、あの不思議な力とはまったく性質を異にしていた。

 カップ麺の蓋を開けて麺を口に運ぼうとした束の間、

「久しぶりだな、ホシノ」

と野太い声がして、星野は食卓の向かいの席に一人の男が腰掛けているのにはじめて気がついた。彼の姿を認めると、あんぐり開いた彼の口は瞬間、笑顔に転じていた。

「マイケル!」

 二人は同時に立ち上がり、星野が箸を置くのを確認してから、固い握手を交わした。

「そろそろ発端が訪れると予感していたが、また会うことになるとはな。ホシノ」

「ふふふ。どうやら今回もまた、僕はゲームへの参加を強いられたようだな。アダムのなりそこないとしてね! それも当然だが。今回はただの脇役に落ち着いたよ」

 マイケルはゆっくりと首を振った。

「ゲームは始まったばかりだ。ゆっくり朝食を摂ればいいさ。

 ホシノのところにも〈彼〉は訪れたのだろう?」

「ああ。ゲームの結末へと導くもの……言うなれば調停者だ。なりそこないだと判明したにせよ、それなりの始末をつける必要があるらしい」

 そう説明すると星野は麺を啜りはじめた。

「腹が減っては戦はできぬ……」

「ジャパニーズ・イクサか。アダム派にせよイブ派にせよ、奴らはこれを戦争だと思い込んでやがる。水を得た魚のように。彼らはただのしもべに過ぎないというのに、呑気なものだ」。マイケルは大げさに眉をしかめてみせた。

「彼らは何も知らされていないに等しいんだ。それに力を得たのだから、無理はないよ。前回と同じさ」

「実際に彼らと行動を共にしてみろ、君もそんな言い方はできなくなるぞ。マ、イレギュラーがいないことを祈るよ。

 それよりも〈蛇〉が存外早く動き出したな」

「すでに犠牲者は四人か。……どうしてそんなに急ぐ必要があるんだろう」

「まるで他人事のような物言いだな。君は前回のゲームで調停者が食い破られるのを目の当たりにしたんだ、もう少し怖気づいてもいいだろう」。マイケルはにやりと微笑んでみせた。

「〈彼〉に魂を売った君が、そんな冗談を言うとはね。まったく、残酷極まりない!」

「……俺にしても、いつ破滅するかわからん身だ。猶予期間が与えられているに過ぎないんだ。あまり嫌味を言わないでくれ」

 星野は食堂の隅に設置されたポットから温かいお茶を茶碗に注ぎ、自分とマイケルの前に置いた。

「悪かったよ。僕は僕なりに焦っているし、ストレスを発散できる相手は君くらいだからな」

 マイケルは「わかっている」といった調子で頷いた。

「いずれにせよ〈蛇〉役が誰なのかを突き止められるのは彼らだけだ」

「丁度〈彼〉があちらに向かったはずだ」

「膠着状態に陥らなければいいんだけどね」




「…………」

 声が出せない。

「…………」

 琴音も同じみたいだ。

「…………」

 どうなっている?

「…………」

 説明が必要だ。

「…………」

 おい。

「…………◯◯◯◯◯よ」

「…………」

 あいつが喋ったのか?

「なにもいわなくともよい」

「…………」

「コーヒーはいかがかね」

「…………」

「…………」

「…………」

「いいかい、二人とも」

「…………」

「ロッカーからでてこい」


 二人は彼の言うとおりにしてロッカーから出た。


「わたしはボブ 便宜上〈義父〉と呼んでもらおう」

「…………」

「わかったかい」

「…………」

「おまえたちはまだ〈発端〉に腰掛けている」

「…………」

「いうなればコーヒーブレイク」

「…………」

「コーヒーブレイク、というのは」

「…………」

「ただの暗喩だ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 俺と琴音はコーヒーを飲み干して、互いに顔を合わせた。


「もう一杯いかがかな」

「…………」


 俺と琴音は〈義父〉の方に向き直して、同時にゆっくり首を横に振った。


「…………」

「…………」

「…………」

「最後のアダムは」

「……………」


〈義父〉は俺を指さした。


「おまえか」

「…………」

「それとも」

「…………」

「…………」

「おまえのいとこか」

「…………」

「(笑)」

「…………」

「…………」

「…………」

「もうすぐ〈蛇〉がやってくる」

「…………」

「〈蛇〉の言葉を解するのは、イブだけだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「そうだろう イブ」


〈義父〉が右手を掲げると、辺りが暗闇に包まれた次の瞬間、轟音とともに閃光がほとばしった。

 しばらくして閃光が止むと、〈義父〉の手には純白の布切れが握られていた。

 俺は琴音を見た。

 琴音も俺を見た。

 彼女のスカートの中から林檎が一個、音も立てずに転げ落ちた。

 俺と琴音は床に静止する林檎を見つめた。


「…………」

「林檎を食べてはならない」

「…………」

「これは忠告だ」

「…………」

「…………」 


 黙ったままの琴音を尻目に、俺は林檎を拾い上げた。


 人肌のぬくもりが感じられた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「では諸君、さらばだ」

山田柔道

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