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ヒューマンビーイング

 10分ほど土下座の姿勢で許しを請いて、やっと琴音に率いられるようにして職員室を出る。扉を閉めて腕時計を確認すると8時20分。そろそろ生徒が通学してきてもおかしくない時間にも関わらず、職員室前の廊下からは生徒の気配を感じない。ここは一階で、玄関は扉を出て右に真っ直ぐ進めばすぐだから、この時間なら「おは~」とか「うい~っす」とか聞こえてくるはずだ。息を殺して耳を澄ますと自然と背筋が強張る。

「なんか変じゃない?やけに周りが静かっていうか……」

 琴音も気づいている。だけど理解はしていない。

「琴音、俺の後ろにつけ」

 やべえ~今の俺めっちゃかっこいい。

 黙って職員室の扉に向き直ると琴音も俺を盾にするように位置取る。小さく「なんなの……」と聞こえる。それは俺に対してのことだろうか、この状況に対してのことだろうか。

「失礼しまーす」と言って扉を開けると、ガァッーっという開閉音が無人の職員室に響く。

 おいおいどーなってんだ。ほんの数十秒前にこの職員室には、何かの作業してる教員がまばらにいて、そして俺と一緒に琴音を収めてくれた担任の鈴木先生もいたはずだ。そして、俺と琴音が廊下にいる間、扉から出て行った教員は一人もいなかった。

「なんで誰もいないの……。ちょっとやばくない?」

 琴音が小声で言う。やばいかどうかは分からないが、何が起こっているかは俺には分かる。

「結界だ」

「え?」

「走ろう」というと俺は三階にある教室に向かって廊下と階段を全力疾走。琴音も複雑な顔でついてくる。

 三階にある5つの教室を繋ぐ廊下。それを前にしても静寂は続いている。俺は朝方、酒井さん達が集まっていた教室の扉を開け、中を見る。誰もいない。首の後ろが冷たくなる。

 廊下に出てきて「おーい!酒井さーん!おーい!」と叫んでみるが返答はない。

「酒井さーん!おーい!」

「ねえ」

「誰かー!いませんかー!」

「ねえってば!」

 琴音が声を荒げて俺の肩を叩く。

「ねえ、今これどういう状況?あんた分かってるんでしょ?説明してくれない?なんで先生達は一瞬でいなくなったの?結界ってなんなの?なんであんたは酒井さんを呼んでるの?あと…そう、なんで私のスカートめくったの?」

 後にしてほしいなってちょっと思うけど、こうなったらもう琴音は止められないし、俺も若干混乱しているんだろう、誤魔化せそうな言葉が浮かばない。それに琴音はもう巻き込まれてしまったのだ。ゲームとやらに。


 俺と琴音は、朝方に酒井さん達が会議をやっていて謎の力でぶっ壊されて再生して今は誰もいない教室に入って、一番廊下側の席の前の二つに座る。俺が黒板に背を向けるように座りなおすと、机を一つ挟んで向き合う形になる。そして、今日これまでにあった出来事を話す。昨日俺がパンツを履けなくなったこと、ノーパンで学校に来ると酒井さんと複数の生徒が教室で会議を開いていたこと、パンツを履けなくなった人が他にもいること、そして彼らはその代償に特別な能力を授かったこと、アダムのこと、ゲームのこと、パンツめくりのこと……。琴音はずっと黙って聞いている。うまく伝わっただろうか。俺は言い終えてから、琴音が口を開くのを待っている。なんとなく緊張する。

「分かったわ」

 お、まじか。

「とりあえずあんたが何も分かってないってことが分かったわ。一人暮らしで脳みそおかしくなってんのよ」

 琴音は少し笑う。確かにそうだ。琴音の言う「脳みそおかしい」は、俺の気が狂って有ること無いことでっちあげてるっていうことじゃなく、何故そこまで状況が分かっていて多くの足りない部分が気にならないのかってことだ。昨日までの俺ならもっとこれまでの状況に疑問を持ったはずだ。そして今、琴音と二人きりの俺はその疑問に気づけてる。琴音に土下座する前から俺は何かの影響を受けていたのか……?

「ねえ、ちょっと状況を捉え直しましょ?」

 俺は黙ってうなずく。主導権は琴音に渡そう。「どうすりゃいいんだ?」

 琴音が胸ポケットからスマフォを取り出して、軽く操作してから机に置く。画面には、『発信中』、『星野一雄』、『スピーカーモード』が表示されている。星野か……。


 星野は俺と琴音の幼馴染で、小学校から一緒に遊ぶ仲だったけど、実際に俺が星野と最初に出会ったのは小学校に入学する直前の春休みで、初めて両親の職場の研究所に連れられて訪れた際に一人で所内をうろついてる子供が星野だった。両親いわく同僚の息子とのことで、星野も俺と同じように今は一人暮らしで生活している。幼馴染なのもあってお互い色々助け合って普通に親友と呼んで違いない仲ではあるものの、ゆえに星野の嫌な部分も有って分かってて、突然出てこられるとそこを主に考えてしまう。俺って嫌な奴だな。まあ星野もそれは承知だろう。

 プルルルルという発信音が三回ほど鳴って、星野はあっさり電話に出る。

「もしもしー。朝からなんすか琴音さん」

 軽い調子のいい声。琴音を見ると、琴音が俺を見つめながら顎でスマフォを指す。いきなり俺かよ。

「おうもしもし。谷戸だ。今どこにいる?」

 電話越しに少し笑い声。

「あれっ、谷戸?今まだ家だよ」

 時刻は8時45分。星野の家から学校までは15分かかる。

「何やってんだよ。学校遅刻するぞ」

 まあ遅刻とか気にするタイプじゃないのは分かってる。嫌いな部分の一つだ。

「はあ?」疑問と驚愕の混同。「まだ25分だよ。余裕でしょ」

 ???

 おいおいおいおい。どういうことだよ。星野の時間と俺達の時間が違う?また混乱してきた……。

 黙って考えこむ俺を見かねたのか琴音が話し出す。

「おはよう、星野」「あっ、琴音さんおはようございます」「ねえ今8時25分って本当?」「本当ですよ嘘ついてどうするんですか!」「あのね、今私達の時計だと8時45分なのよね」「琴音さんまで何言ってんすかぁ。なんかあったんですか?」「それがね……」

 琴音が俺の変わりに昨日からの全てを説明してくれる。星野も巻き込んでしまったがそれは気にならない。こいつも主人公体質なのだ。ほっといてもいずれ足突っ込んでくるだろう。嫌いな部分の二つ目。

「なるほどー。精神と時の部屋に入っちゃったんじゃないですか?それか涼宮ハルヒの閉鎖空間とか……」

 相手を考慮せずにオタクトークをする。嫌いな部分その三。そしてそれはあっさり流される。

「あんたが何言ってるか分かんないけど、なんか知ってること無いの?」と琴音に促され、電話越しで10秒ほどうーんと言って星野が俺に聞いてくる。

「あのさぁ。谷戸は酒井さん達がパンツを履いてるかを直接確認したりはしなかったんだよね?酒井さん達の言ってることって本当なんかな」

 女子がパンツ履いてるかをなんて直接確認できるわけないだろ……と思うが良く考えたら俺は琴音のスカートをめくっている。やっぱりあの時は頭がおかしかったのだろうか。

「分からん。だけど酒井さんはパンツが履けなくなった代償に魔法を使えるようになったと言っていたし、実際俺はその魔法……結界と教室を粉砕して俺を吹っ飛ばした魔法と教室を再生させる魔法をこの目で見た」

 言ってて自分で少し恥ずかしいが事実なのだ。そう。俺は戦いに巻き込まれたのだ。

「ふーん。じゃあ谷戸も魔法が使えるん?」

 ……。

 確かにこの話しだと俺も魔法を使えるはずだ。だけど使い方なんて知らない。知らないのは使えないのと変わらないんじゃないか?

「使えないんだな。それは谷戸がアダムだからで納得できることかなあ」

 どうだろう。分からない。

「てか酒井さん達の言うゲームと谷戸に起こった災難って本当は関係ないんじゃない?」と琴音が口を開く。「だってさ、谷戸は昨日の夜8時にパンツ履けなくなったんでしょ?でも酒井さんの話だと今日の零時にパンツ履けなくなったって言ってたよね。谷戸のパンツ問題と酒井さんのゲームはまったく別問題なんじゃない?酒井さん達が勘違いしてるとかさ」

 勘違いか……それとも嘘をつかれているか。でも今は判断できない。知らないことが多すぎる……。

「いや、谷戸はゲームと関係していると思う」と星野が言う。関係って言葉はとっても抽象的だなと思うが、俺には星野の言ってることが分かるし、次に言うであろうことも分かる。

「なんでそう思うの?」

 琴音が言う。琴音には分からないだろう。星野が答える。

「んー。なんて説明したらいいんだろう。簡単に言うと、谷戸は主人公体質だからってことになるんだけど、琴音さんには分からないよね。なんていうかーうーん、主人公を取り巻く全てに無駄なものなんて一つもないんだよね。うーん難しいなあ。理由とか分からないけどそういうもんだとしか言いようがなくて……だから谷戸がアダムと呼ばれたことにも何か意味があるはずだと思うんだよなあ。そうだ、アダムって創世記のアダムだと思うけど、それについて谷戸と琴音は知ってるの?」

 俺も琴音も良く知らない。アダムとイブがいてそれが最初の人間ってことぐらいしか。

「じゃあざっくり話すけど、アダムとイブの話っていうのは旧約聖書である創世記に記された、人間の誕生を示した部分なんだ。まず天地創造ってのが七日間に渡って行われるんだけど、その中で六日目に神を真似る形で最初の人間であるアダムが創造され、エデンの園と呼ばれる地に置かれる。その後、アダムに対応する形でイブという女性が創造され、二人は創られたまま……裸のままで過ごすわけだけど、ある時エデンの園に蛇が現れる。蛇はイブを唆し、エデンの園にある知恵の実を食べるように言う。で、イブはアダムにも一緒に食べよ~みたいな感じで、アダムを誘う。でもアダムは神に創られた時に、知恵の実は食べるなって言われてるんだよね。まあ結局二人で食べるわけなんだけど、食べると不思議、裸で生活していたことがスゲー恥ずかしくなってくるわけ。その後は裸を隠すようになるんだけど、神に知恵の実食ったことがバレてエデンの園を追放されたうえに寿命とか衣食住とか色々制限かけられちゃって今の人間に至る。まあこういう話だね」

 なるほど……そういう話だったのか……なんて思いながら俺は星野に関心する。

 じゃあもしゲームにおけるアダムが俺だった場合、まあ酒井さんも言っていたが他の重要の要素としてイブがいて、そして星野の話によると神がいて蛇がいてエデンの園があってその場所には知恵の実があるはずで、ゲームは思っていたよりも随分大規模に思える。正直全然ピンとこない。もしかしたら酒井さんもこういう心境だったのかもしれない。だとしたらあのゲームに関する要領を得ない説明にも納得がいく。しかしなんでまた……この世界はどうなっちまってんだ。パンツが履けないことが天地創造にまで関係してくるなんて……。

「まあ谷戸は気づいたみたいだけど、これは大変だねえ」

 電話越しでも星野がニヤついているのが分かる。いつもこうだから別に構わない。

 落ち着け……俺にすべきが絶対あるはずでそれはなんだ……と考えていると「ちょっとまって」と琴音は不満そうな顔で言う。

「あんた達、そんな聖書だかなんだか知らないけど今の話を信じてるわけ?いくらなんでも文脈を読みすぎじゃない?アダムとイブの話なんて誰かが伝えた嘘かもしれないし、酒井さんの話だって嘘かもしれないんだよ?そんなのに踊らされて冷静な判断ができるわけ?それに今はアダムとかイブとかどーでもよくって、とりあえずこの結界を出る方法を考えるべきでしょ。そんな大層な話じゃなくて今この状況を捉えないと……」

 琴音の言葉に我に返って俺は恥ずかしくなる。さっきから俺は何一つ考えちゃいない。二人の意見を鵜呑みにして右往左往しているだけだ。主人公なのになさけない。

「まったくだね琴音さん。これは今考えるべきことじゃなかったなあ。あ、あと僕は創世記も神の存在も、アダムとイブも信じちゃいないから」

 と星野は言う。おいおいじゃあなんで言ったんだよと俺は思うが、星野のニヤニヤを増幅させるだけなので言わない。だけどフォローだけはしておこう。

「別に俺もそういうの信じてるわけじゃねえよ。ただまあ参考にはなりそうだなって思っただけ。そうだな、今だよ今。これを考えなきゃ」

 なんて言ってみたけど、ちょっと前半部分は言わなきゃ良かったと後悔。主人公っぽくないかな。


「そうだ」星野は言う。俺はまた意見を言うのを先越されたか?「言い忘れてたけど今僕、学校についた。家を出たこと言ってなかったね。今8時50分。そっちは?」

 俺と琴音はスマフォに目を落とす。表示は10時50分。なんだこれ。電話をしてから二時間以上も時計が進んでいる。学校にはまだ俺ら以外誰もいない。それに割と急いで話していたから、星野ともは30分も話していないだろう。まだ時間のおかしい結界の中にいるみたいだ。琴音が「電話代ヤバ……」と呟くのが聞こえる。どうしよう、もとの時間的にもそろそろ出ないと俺の無遅刻無欠席が……なんて考えていると星野は言う。

「おっ、安心しろ谷戸、今日は学校休みになりそうだぞ」

 星野は笑っている。

「どうしたんだよ。何があった」

「ちょっと5分ぐらい待ってて。もうちょっと調べてから教えるから」

 星野はそう言うと、スマフォのスピーカーから環境音が垂流しになる。耳もとから離して持ち歩いているんだろう。人が叫ぶ声や救急車の音が聞こえてかなり不穏だ。

 もとの時間で大体5分経ったのだろう。星野の声が息を荒げて戻ってくる。

「凄い事になったよ。今僕が調べてきた情報だけ話すけど、学校内で女子が4人も殺されたってさ。具体的に誰が殺されたのかはまだ分からないけど、見つかった場所はそれぞれで、全員腹部を刃物でメッタ刺しにされてて下着も脱がされてて、凶悪な変態の仕業だって騒がれてる。あと噂だけど殺された女子が全員ダイイングメッセージで『Panzer vor』って残してるみたい。血文字だったり傷だったりするみたいだけど。本当の話だったらめっちゃ謎だね。まあこんな感じで本日休校みたいよ」

 俺は話がうまく飲み込めていない。琴音も黙っている。酒井さんが頭をよぎる。

「酒井さんは大丈夫なのかよ。あの学校には酒井さん達アダムサイドがいたんだぞ?」

「だからさっきも言ったけど被害者が誰かはまだ知らないんだよ。まあでもそれはそのうち分かる情報だよ」

「犯人はどうなってんだ」

「不明。まだ分かってないし捕まってないよ」

 星野はまだ笑っているのだろうか。今の俺には分からない。

「どうなって…」と俺が言おうとすると、それを遮るように琴音が俺の顔を両手で掴み、机の上のスマフォの方へ引き寄せる。一瞬攻撃されたかと思って、ビックリして背筋を攣りそうになる。スマフォが俺の目の前数センチまで近づいたとき、琴音はスマフォのスピーカーモードをオフにして、小声で俺に言う。

「静かにして。足音が聞こえる」


これもう分かんねえな

terura

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