発現! ぱんつぶれいかぁ!
「ど、どうなってんだよこれ……」
かつてトランクスだった布クズを前にしながら、俺は息をのんだ。
もう二度も繰り返した光景だが、未だに信じられない。
――も、もう一度だけ。
校長の毛髪よりも薄い希望にすがりつき、新しいトランクスを足首に通す。
息を整え、意を決して勢いよくたくし上げるが――布地が穢れたジャングルを覆った瞬間、トランクスは例のごとく四方へはじけ飛び、はらはらと宙を舞ったのち床へと落ちた。今や床にあるのはただの布クズである。
「………………」
どうやら現実を受け入れるしかなさそうだ。
――悲報。本日午後八時を以て、俺はパンツを履けない体質になりました。
何とも言い難い無力感に襲われ、俺は足元のトランクスの残骸を拾っては、ふわりふわりと投げ散らかした。
それからしばらくは茫然と布クズのシャワーを浴びているだけだったが、ふとある閃きが頭をよぎったのでクローゼットを漁ってブリーフを取り出した。
――これならどうだ?
深呼吸で気持ちを落ち着け、再び一気にたくし上げる。
ブリーフが弾け飛んだ。
……やっぱダメか。
ため息をつきながら、ブリーフの残骸を放った。
♯♯♯
俺は谷戸幸太郎。自分で言うのもアレだが、主人公体質の高校生である。
というのも、高校生にして一人暮らしをしているのだ。
両親はともに著名な科学者で、世界を股にかけて仕事しているため日本に帰ってくることはほとんどない。中学生までは祖父母の家で暮らしていたのだが、去年高校に入学したのを機に巣立ち、今はこのマンションの一室で生活している。
これだけ条件がそろっているんだから、いつか何かが起きるだろうと思ってはいた。そして期待通り、昨日変事は起きた。
パンツが履けなくなったのだ。
……よりにもよって、なぜこんな異能に目覚めたのかは分からない。そもそもこれが異能の力なのかも分からない。
とにかく、履こうとするとパンツが爆散してしまうのだ。
正確には布が恥部を覆った瞬間に裂け、四方八方に飛び散るという現象に見舞われている。てっきり隣に美少女が引っ越してきたり、ベランダに魔法少女が落ちてきたりするものだと思っていただけに、この能力の発現による精神的ダメージは大きかった。こんな力のために俺は一人暮らしをしてきたというのか。こんな力のために……。
まあでも、一人暮らしであったことは幸いした。
フル○ンで生活していても、誰にもとがめられることがない。親が家にいない俺にとっては、家から出なければ大して問題のない能力だと言える。全てを能力のせいにして、昨日一日、俺は解放的な生活を満喫した。
ところが。
今日になって事態は一変。……いや、単に学校があるだけだけど。
寝れば治るんじゃないかと安易な期待をして床についた俺だったが、今朝もまた一枚の尊い犠牲とともに能力の健在は証明された。どうやらこれはギャグ漫画で人が殴られたときにできるタンコブや爆発に巻き込まれた時のアフロみたいな、コマをまたげば元通りになる一過性の現象ではないらしい。
幸い俺の異能はパンツ限定で作用するらしく、制服の紺ズボンは普通に履くことができた。
ズボンだけ、は。
……こうして、ノーパンで登校というある種の変態プレイのような状況の渦中に俺はいる。
そもそも男子高校生のノーパンとか誰が得するんだ? 誰得だ?
悶々として文句は尽きないが、今は愚痴をこぼしている場合でない。
学校でノーパンがバレれば、間違いなく社会的に死ぬ。
白い目を向けられ、陰であざ笑われ、学内で孤立する――おそらく変態と蔑まれているだろう俺を変わらず友と呼んでくれる者は、一体何人いるだろうか。
強く首を振って悪いイメージを振り払う。
――そうならないためにも、とにかく気取られないように!
一度大きく息を吐いて覚悟を決めると、俺は校門をくぐった。