表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

みっつめの話 ネズミを狩るネコの8ページ目

 ドアはあっさり開いた。

 見えたのは、大きな屋敷の内部だった。巨大なホール、左右に続く長い廊下、正面にある巨大な階段。

 階段は途中で左右に分かれている。

 それらを窓から差し込む夕日が照らしている。

 ホールには大量のある物が落ちていて、望月と帽子屋は戦慄した。

 望月は、帽子屋の手をきつく握る。彼に対する疑心や恐怖は強くあったが、その手の体温は不思議と望月を安心させた。

 帽子屋も帽子屋で怖いのか、望月の手を固く握りしめる。望月が心配になるくらい震えていた。

 ホールに敷かれた赤い絨毯の上には、小さな死体が大量にあった。

 着せ替え人形サイズになった人間の死体。どれも傷だらけで、血の匂いが辺りに立ちこめている。

 服装から察するに、皆この屋敷の使用人のようだった。

 小さいからか、見慣れないからか。どうも現実味がない。

 ただ漠然とした恐怖が、望月の中に湧きあがっていた。

 望月が不安気に帽子屋の顔を見上げる。その表情はこわばっていた。

 その表情のまま、

「行こう」

 帽子屋はそう言って、望月の手を引いて中へと入っていった。

 望月はあの兄妹が追えないように、入ってきたドアを閉める。

 それから二人は、次のページに続くドアに向かって、左へ曲がる。

 真っ直ぐに伸びた廊下の右手にはドア、左手には窓があった。

 窓からの光が、廊下にある死体を照らす。

 二人はそれを踏まないよう慎重に歩く。そのせいか、帽子屋の歩みがどうも遅かった。

 最初は慎重に歩いているだけかと思ったが、それにしても遅い。

「帽子屋さん」

 望月は、怪訝に思い声をかける。返事はない。その代わりに、帽子屋は望月の手を握る力を強めた。

「帽子屋……さん?」

 望月が怪訝そうに尋ねる。相変わらず返事はない。

 望月は、帽子屋の正面へと周りその顔を覗き込む。血の気が失せていて、目から生気を感じない。

 帽子屋は望月を一瞥すると、弱々しい声で答えた。

「私、血苦手なんだよ」

「休んだ方が……」

「えっ、いいよ。ここ早く抜けた――」

 抜けたいし、と言いかけて帽子屋は空いた手で軽く頭を押さえた。

「いいや、休むか。さすがに辛くなってきた」

 望月は頷いて、帽子屋の手を引いて手近なドアへと近づく。

 その時だった。突然大きな鐘の音が屋敷中に響いたのは。

 強い眩暈に目を瞑る。世界が揺れているような不快感があった。

 足元が安定せず、立っているので精一杯だった。

 望月は、帽子屋の手を強く握ることでバランスをとり、それが終わるのを待つ。

 しばらくすると鐘は止み、同時に眩暈や揺れは収まった。ゆっくりと目を開ける。

 そして、巨大なドアを見た。

「小さくなってる」

 先程開けようとしたドアは、望月の身長の何十倍もの大きさになっていた。

 当然ドアノブに手が届くことはなく、開けることはできない。

 視界の隅に見える廊下に散乱していた死体も、今の望月には普通の人間サイズに見えた。

 振り返ると、帽子屋も望月同様小さくなっていた。その場でうずくまり、動けなくなっている。

 その横で望月達と同サイズの、つまり大体いつも通りの大きさのヤマネが伸びていた。

 帽子屋の肩から落ちたことで起きたらしく、小さく唸り声をあげている。

 望月は帽子屋のスケッチブックのおかげで、何が起こっているのか理解できた。

 スケッチブックには、こう書かれていた。

『八ページ目の屋敷に住む猫は、ネズミを狩るのが趣味。

 鐘の音で人間(身に着けているものも)を小さくして、その人間をネズミとして狩ってしまう。

 余裕があれば、すぐさまクッキーで大きくなっておこう。

 猫が傍にいたりする場合は、小さなドアや穴があるはずなので、それを駆使して逃げよう。

 もう一度鐘が鳴ると、狩りが終わって元のサイズに戻る。』

 ――早く大きくならなきゃ。

 鐘楼は大体高いところにあることが多い。先ほど鐘が鳴ったのならば、猫はまだ遠いはずだ。

 そう思い、望月は帽子屋と繋いでいた手を放して、リュックを絨毯の上に置く。

 そして、リュックに手を入れた瞬間、計ったように二階から足音がした。

 かなり速い。あっという間に音は大きくなる。

 音は、階段の方角へと向かっていた。降りてくるかもしれない。

 そうなったら、クッキーを探すどころじゃない。

 幸い、先ほどの大きなドアの横に小さなドアがある。ひとまず、そこから部屋の中へ隠れることができるはずだ。

 しかし、一つ問題があった。帽子屋だ。

 彼は未だうずくまったままで、動く気配がない。

「帽子屋さん」

 急いで片腕にリュックを抱えながら、望月は声をかける。

 帽子屋がうずくまったまま、何か言う。しかし、それは小さくて聞き取れなかった。

 代わりに、

「私はもう動けない、君だけでも逃げてくれ。だそうよ」

 ヤマネがそう言った。

 望月は、帽子屋を見る。そして、躊躇わずに空いた手で彼の右腕を引っ張った。

 人として見捨てることなどできなかった。

 腕を引っ張られ、帽子屋は体制を崩す。その場に倒れこみながら、彼は顔をあげてかなり驚いた様子で望月を見た。

「ヤマネさんも!」

 望月がそう言うと、ヤマネはかなり嬉しそうな顔をして、帽子屋の左腕を引っ張る。

「ちょっ、……いたっ!!」

 帽子屋は引きずられながら、抗議をする。が、望月はそれを無視する。

 かなりの勢いで帽子屋を引きずり、もう少しでドアに手が届くところまで来た。

 すぐ傍に見えたドアに、望月はわずかながらに暗慮する。

 その時だった。二人と一匹の耳にはっきりと、階段を駆け下りる音が届いたのは。

 思わず、望月はその場に硬直する。足音が、階段を降りきった。

 足音が近づいてくる。

「来るよ!」

 帽子屋が叫んで、望月ははっとする。

 慌ててドアを開けて、二人と一匹は部屋の中へと入っていった。


 部屋はごく普通の部屋だった。中に死体はない。

 天盤付きのベッド、クローゼット、机と椅子、本棚がある。ただし、どれも今の望月達には大きい。

 没個性的で、誰か特定の人物の部屋、という感じではなかった。

 望月は小さなドアをそっと閉め、じっと耳を澄ませて猫の様子を伺う。

 ドアを開ける音が聞こえて、続けて悲鳴が聞こえてきた。

「――ッ」

 望月は思わず耳を塞ぎ、目を瞑る。それでも、悲鳴と何かを咀嚼する音が聞こえてくる。

 それが止むと、また足音が聞こえてきた。こちらに近づいてくる。

 涙目になりながら救いを求めるように帽子屋を見る。彼は、望月に向かって何かを言った。

 望月は、耳を塞いでいたせいでよく聞き取れない。帽子屋は構わず、ヤマネに何かを訪ねた。

 ヤマネは一度頷いて、走り出す。帽子屋は、望月の腕を掴んでその後を追う。

 腕を掴まれながら、望月も慌てて走り出す。足音が、部屋の前までやってきた。

 部屋にある大きなドアのノブが回る。音もなくドアが開く。

「見つけた!」

 楽しそうな、嬉しそうな、少年のような声。

 望月は反射的に振り返り、その声の主を見た。ブーツを履いた三毛猫の雄だった。

「振り返るんじゃない、全力で走るんだ!」

 帽子屋の叱責が飛んで、望月は二度頷き必死に走る。

 前方に小さな穴があった。そこに入れば、猫は望月達を襲えない。

 けれど、望月達と猫の間には大きな体格差がある。おまけに、望月は足が遅い。

 したがって、すぐに追いつかれた。猫の気配が望月の真後ろまでやってくる。

 望月は思わず振り返る。目の前に淡いピンク色が広がる。

 それが猫の肉球だと、数秒して気が付いた。

 ――捕まっちゃう!

 望月は思わず目を瞑る。妙な浮遊感があって目を開けると、いつの間にか体が宙に浮いていた。

 宙を浮きながら、望月は自分を突き飛ばした体制の帽子屋を見た。

 そして、彼が猫に勢いよく引っ掻かれ、大きな傷を負いながら飛んでいくのも。

 望月は、絨毯の上に叩き付けられる。慌てて立ち上がると、帽子屋が倒れているのが見えた。

 彼の全身が血で赤く染まっている。

「…………」

 望月は、ただ茫然とそれを眺めていた。

 うまく頭が回らない。何が起こったのか、理解できない。

「半端物はまずいから嫌」

 頭上から声がした。猫の声だと、少しして理解した。

 猫の腕が伸びてきて、望月の体を掴む。

「外の人間って、ここの人間とはまた違った味がするんだよね。知ってる? すごく甘いんだよ」

 猫が楽しそうに言う。

 ――ああ、食べられちゃうんだ。

 望月はひたすら後悔した。自分がもっと俊敏で、賢くて、勇気があればいいと思った。

 そしたら、帽子屋はあんな怪我をせずに済み、望月は食べられることなどなかったのにと。

 猫が口を大きく開ける。

 鋭い歯が見えた。あれで噛まれたら痛そうだと、望月はどこか他人事のように思う。

 そのまま猫は、望月を口へと近づける。

「イタッ」

 あと少しという所で、猫は小さな悲鳴を上げて腕を下ろした。

「何するんだよ!」

 猫が怒鳴る。望月は猫の視線の先を見る。猫の膝にヤマネが居た。

 ヤマネは懸命に猫の膝を噛む。ただただ一心不乱に、懸命に。

 猫が、足を大きく動かした。それだけでヤマネは壁の近くまで飛ばされていき、そこで気絶した。

「まったく、人が食事しようって時に」

 そう言うと、猫は再び望月を食べようとする。

 しかし、今度は口まで運ばれることはなかった。誰かの手が、望月を猫から引き離したからだ。

 誰かは、望月をやさしく掴んでいた。

「さっきはよくもやってくれたね」

 誰かの冷ややかな声。誰かは、猫を空いた拳で殴った。猫はその場に倒れ、気絶する。

 それを確認して、誰かは望月を絨毯の上にそっと乗せる。そして、目の前にクッキーを差し出した。

 望月はそれを受け取り、数口食べる。すると、酷い眩暈が襲い、地面が揺れた。

 目を瞑り、収まるのを待つ。

 本来のサイズに戻り、目を開けた望月の足元で、猫は殴られて伸びていた。

 それを少し哀れに思いながら、望月は振り返った。

 そこに先ほど望月を掴んでいた誰か――猫と同じサイズになった帽子屋が居た。

 元ネタは、長靴をはいた猫のはずですが、面影はそれほどないです。

 なごりは、遊びでネズミを捕まえる程度。

 ちなみに登場していませんが、屋敷の主(この人は飼い主なので、鐘がなっても体のサイズは変わらない)、生存している使用人達が住んでいます。

 屋敷の使用人すべてに対して、死亡手当付き、高給、個室完備、食事は主人と同等のもの……と、猫さえ居なければ待遇はとてもいいです。

 そのため、毎日のように新しい人が入ってきます。ただし、すぐに死んで皆いなくなります。

 10年ぐらい生き残った使用人のメイド長が助けてくれる話も考えましたが、尺の都合でカットになりました。

 さらに余談ですが、「帽子屋が猫をふるぼっこにして望月ドン引き」も考えましたが、没になりました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ