君の愛した歌 ~The Merody Worid~
窓辺で一人空を見上げる少年。頭にはヘッドフォンをはめている。教室の隅にある机に頬杖をつく形で空を見上げる少年の表情はひどく寂しげだ。だが時折少年、神城真那斗〈かみしろまなと〉は何かを懐かしむ様に目を細め、微笑む。
「まーなーとぅーくーん。」
不意に後ろからかけられた声に真那斗が振り向くとそこには真那斗の親友、冴城晃矢〈さえきこうや〉が立っていた。晃矢は笑いながら真那斗の頭からヘッドフォンを取ると
「お前、またこの曲聞いてたわけ?」
呆れたように苦笑する。真那斗はそこで初めて口を開いた。
「別に良いだろ。好きなんだから。」
晃矢はまた苦笑し
「お前、フランス語わかんの?」
首を傾げる。それに対し真那斗は
「は?何言ってンのお前。この曲、全編英語じゃん。」
それを聞いた晃矢は盛大に吹き出す。
「なっ何だよ。」
真那斗はそんな晃矢を首を傾げつつ見やる。晃矢はそんな真那斗を見、さらに笑いながら
「だっだっておまっハハッその曲っフッフランス人が歌ってるフランス語の曲だぞっ。」
「そっそうなの?」
「なんだ知らなかったの?」
「ああ。」
「じゃあ何で好きなわけ?」
「好きっつうか懐かしい感じ?」
「何で疑問系なんだよ。」
「だってよくわかんねぇし。何かこう、心が暖かくなるんだよ。」
そう言って真那斗は目を閉じおもいだす。3年前のことを。
3年前の夏、初めて真那斗はこの曲を耳にした。大好きな姉の隣で。姉の真南璃〈まなり〉は体が弱く、いつもベッドへ身体を沈めるように腰掛け音楽を聴いていた。毎日同じ、この曲を…
「なぁ。何でいつもこの曲なの?」
真那斗にはなぜ姉がこの曲ばかりを聴くのかが解らなかった。異国語であろうこの曲を姉は微笑みながら
「いい曲でしょう?」
そう言った。真那斗は首を傾げ
「どこが?何言ってるかわかんねぇじゃん。」
訊ねる。異国語ばかりが溢れるこの曲は真那斗にとってただのリズムでしかなかった。それでも真南璃は微笑みながらこの異国の言葉達がリズムを刻み流れる曲を
「いい曲よねぇ」
そう言いながら聞いていた。と、そこまで黙っていた晃矢が口を開いた。
「お前。姉さんいたんだな。」
晃矢の疑問ももっともである。真那斗は晃矢に家族の話をしたことがないのだ。真那斗は小さく頷くと一瞬寂しそうな顔をして
「ああ。いたよ。」
それだけ答えた。晃矢は首を傾げる。
「何で過去形なんだ?」
聞かれた真那斗は空を見上げ
「死んだんだ。一昨年。」
小さく呟く。
「そうか。」
晃矢は悲しそうな顔をする。すると真那斗は少し微笑んで
「そんな顔するなよ。今はこの曲があるからオレは大丈夫だ。」
「そっか!」
晃矢も真那斗の言葉を聞くと笑った。真那斗はもう一度空を見上げた。
一昨年の夏。真南璃は天国へ行った。その年の夏は記録的な暑さで、真南璃を天へ送る煙が突き抜けるような蒼空の中を昇っていったのを、真那斗は今でもよく覚えていた。真南璃の魂のように、空にのびる白いラインを、涙で滲む瞳で見つめながら
(姉ちゃんの好きだった曲、オレも真剣に聴いてみようかな。)
そんな事を思っていた。
あれから二年、真那斗は毎日のようにこの曲を聴いていた。今でも内容は良く解らないがそれでも真那斗はこの曲が好きだった。
「姉ちゃん、オレこの曲の事何もわかんねえよ。でもさ、何でかな?姉ちゃんがこの曲を好きだった理由とこの曲の良さがさ、なんとなく、何となくだけど解る気がするんだ。」
空に向かって小さく呟いた真那斗の頬を冷たい風が撫でた。真那斗は小さく微笑む。そんな真那斗を晃矢が覗き込んでいた。
「お前…なんか変な人みたい。」
「変な人って何だよ?」
真那斗は笑いながら晃矢の額を小突いた。
「いたっ!」
「ざまぁ!」
「むぅ。」
二人は一頻り笑い合った後
「帰るか!」
そう言って夕日に染まる校庭へと歩き出した。
「なぁ。さっき何笑ってたの?」
「内緒。」
そう。秘密だよ。君の愛した「音の世界」。オレだけの宝物。
いかがだったでしょうか?
ボクにしてはかなりしっとりした感じで書いてます。
主人公が作者と同じ名前なのは偶然です。思い出の曲はボクにも有りますが、お姉さんはいません。だから別人です。
読んでくれた方。アリガトゥ!
お粗末さまでした。