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詰め合わせギフトパック  作者: たまさ。
おあそび企画
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番外・旅立ちの日~アジス

御領主様――ジェルドが手渡してくれたのは、三組の軍装だった。

その口元には苦笑が滲む。

「ひとつは私から、もうひとつはエルディバルト様から、もうひとつがユリクス様から」

 微妙に三組共で色合いが違う。おそらく生地も。


「無難なと言っていいものか判らないけれど、私が用意したものが一番一般的な従騎士の軍装だよ」

 アジスは用意された三組から、当然のようにジェルドが用意してくれた軍装に腕を通した。

 自分は誰よりも恵まれている。

たかが市井の人間が騎士を目指そうなどとお笑い種でしかないことが、こうして着実に実践されようとしている。

 御領主様に目をかけていただけて、実際の騎士であるエルディバルトに懇意にしてもらい、神殿官であるユリクスには養子にとまで言ってもらえた――十二歳で御領主様のお屋敷にあがり、従僕からはじめて三年。

 本物の騎士として陛下からその称号を受ける為に、これから聖都で騎士達に混じっての訓練を受けることになる。


――うまくいけば三年。

今までのように座学を学ぶことよりも、技術訓練が多く怪我も増える。ここで受けた訓練など甘いことは承知している。時折エルディバルトに訓練を受けたが、あの人の一振りが恐ろしく重くて、避けることしかできないのが、最近やっと受けることができたことは喜びだった。

エルディバルト自身、口元をほころばせ――そのまま勢いをつけて押しきられてしまったのは痛い思い出だが。

「もう少し足を鍛えろ。下半身が決して動かないように。腰を軸にして動け」

――わかってんだよ、くそジジィっ。

 思い出し、内心で悪態をつきながら袖口のホックをとめていると、ノックすらせずに乱暴に扉が開いた。


「アジスっ」

「……姫さん、俺に礼儀がどうたら口をすっぱくして言うのは誰だよ」

 それに、いくらなんでも階下に来るな。

アジスが領主館で与えられた部屋は、もともと使用人達が生活をする場である半地下だ。ジェルドもアマリージェも違う部屋を提示したが、そこは断固拒否した。あくまでも自分は一介の使用人だ。例えジョルドの身の回りの世話が係りだとしても、使用人である枠を飛び越えるものではない。騎士見習いだとしても同じ。


 アマリージェは勢いに任せて扉を開き、狭い使用人用の私室、寝台の横の姿見を見たまま軍装に身を包んで襟首のホックを止めるアジスの姿に、一瞬息を飲み込み、自分が何の為にこの場を訪れたのか忘れてしまいそうになった。

「そ、そんなことはどうでもいいのです」

「って、何怒ってるのさ」

 アマリージェは明らかに怒りを内包している。


瞬時に、どれがバレたかとアジスは思考をめぐらせてしまった。

――花屋のエミーに抱きつかれたのは絶対に見られていない筈だ。それとも、生地屋のエメットか?

 前回見つかった時「そんな根性では騎士など到底なれませんからね」と冷ややかに言われた言葉が蘇る。「高潔な騎士は女性と触れ合ったりしません!」だが、聖都に行ったおりにアジスを無理やりオネェチャンのいる店に連れて行こうとしたのはエルディバルトだ。正真正銘の騎士の。

 あの時は身の置き所がなく、本当にいたたまれなかった。子供だと思いやがって「可愛いっ」って、ちくしょうっ。


「いくらなんでも失礼だとは思いませんか?」

 怒りで低くなった口調で言われ、アジスは眉を潜めた。

失礼――

「わりぃ、姫さん。俺マジメに何を言われてるのかわかんねぇ」

「今日出立するなどと聞いていませんわよ」

「御領主様には言っておいたけどな」

 馬車ではなく、馬で行く為時間には余裕がある。だが、できれば少しでも早く出たいと思ってはいた。

――確かにアマリージェへと告げていなかったことは意図的なものだ。

 これから三年はココに戻ることは無い。

おそらく聖都でアマリージェと顔を合わせることもあるだろう。だが、その三年は騎士としてアマリージェと視線を合わせることもなくただ頭を垂れるのみ。

 アジスは深く息をつくと、つっと視線をあげてアマリージェをしっかりと見返した。


自分が十五であるように、アマリージェは十八になった。

時折、彼女に求婚する為に誰かが訪れることすらある。そのたびにどれだけ自分の心臓が針を突き刺されるように痛むか、アマリージェはきっと知りもしない。

 息をつめて、視線を逸らして、いつか確実にくる現実に拳を握り締める。

三年、三年必死にかじりつけば騎士への道が確実なものになる。

その三年で、アマリージェはきっと嫁にいくのだろう。


「あなたの教育係として尽力したわたくしに挨拶をするのが礼儀だと言っているのです」

 厳しい口調で言うアマリージェは、幾度見ても――誰より綺麗だ。


ふわふわの淡い金髪を結い上げて、引き結ばれた唇は辛らつな言葉ばかり吐き出すのに。アジスはその言葉一つ取り逃がしたくないと願ってしまう。

「それに、指定されている日はまだ先ではありませんか」

「先って、割りとギリギリだろ? 列車の便だって――」

「コーディロイの館の転移扉を使えばよろしいではありませんか! どうしてわざわざ時間の掛かる下道を行くのですか」

 苛立ちばかりの言葉に、アジスは思わず苦笑した。


「色々と覚悟ってやつが必要なんだよ、姫さん。

そりゃ、今までだって十分覚悟はしているつもりだけどさ。聖都までいく間に、きっちりと自分の中で色々と考えるつもりなんだ。それに、俺はそれでなくたって十分恵まれてる。この旅は俺にとって十分意味があるのさ」


 騎士になってここに戻った時に、あんたはきっと居ないんだ。


――あんたの騎士になりたいと願っても。あんたを守る誰かがもうそこにいる。


「姫さん」

「なんですの」

「――手」

 ほいっと差し出す手に、アマリージェが不信そうに眉を潜めて自らの右手を差し出す。

その手を自分の右手で掬い上げるように受け止め、その手袋越しのぬくもりと華奢で繊細そうな指を記憶するようにアジスは身を伏せた。


 今まで誰にもしたことのない口づけ。


その指先にそっと、ありったけの想いを込めて。

ただ手袋越し、その指先に触れるだけの、ほんのささやかな――


いつかあんたが他の誰かのものになっても、それでも、俺はあんたの為の騎士でありたい。


 アマリージェの脇をすり抜けながら、できるだけ気安い口調で残せただろうか。


「じゃあ、行って来る」




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