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詰め合わせギフトパック  作者: たまさ。
おあそび企画
8/58

いふ~たとえばこんな物語~(陽だまり)

十八という年齢で受爵されたものは騎士―― 一代限りの爵位は子に受け継がれるものではない。だがそれは、一つの戒めのように、一つの区切りのように胸に深く突き刺さり沈んだ。


「次は結婚市場だな」

 ニヤリと口の端に笑みを浮かべる友人に冷たい一瞥をくれて、まだ馴染みの無い爵位の印である徽章に軽く触れて緩く首を振った。

「必要がない」

「独身主義って訳にもいかないだろ」

「――相手はもう、決めてある」


***


「はぁ……また来たんですか」

 アパートの管理人であるセレ未亡人が来客を告げに来たことに、メアリは嘆息した。

以前は住み込みで家庭教師をしていたのだが、今は街の中流層の区画にある女性専用のアパートに暮らしている。

このアパートはある慰謝料として某侯爵家に用意された正真正銘メアリ自身の邸宅だ。

元々は集合住宅(アパート)ではなかったが、無駄な部屋数と当然管理し続ける為には現金収入も必要ということで、女性専用のアパートとして改良し、今では大事な収入源となっているのだった。

 一階をオープンフロアにしてある為、一階だけは男性が入れるようになっている。だがしかし、そういったルールを無視する少年はセレ未亡人が待つようにと指示していたのも無視した様子で、メアリの私室の扉に腕を掛けた。


「メアリ」

「エイリク様、頼みますから下でお待ち下さいませ。ここは男性禁止区画です」

「婚約者の元に行くのに何の遠慮が必要だ」

 冷たく言い切られ、メアリは暗澹たる吐息を落とした。

「そのことは幾度も話し合ったではありませんか。そもそも、私とエイリク様の年齢差ときたら十一ですよ。いったい私を幾つだと」

「二十九だ」

 遠慮のえの字もなく言い切られた。

勿論その通りなのだが、女性に向かって年齢を突きつけるのはどうだろう。メアリは口元を引きつらせ、無理矢理上階にあがってきてしまった相手におろおろとしているセレ未亡人に微笑みかけ「ここはもういいですから」と引き上げさせた。

 家主である自分がルールを破っているように見えるが、破っているのは無遠慮なこの子供だ。


 メアリはとげとげしい口調で「出入り口に立たれると邪魔です。ここまで来て水をぶちかける気はありませんから、どうぞお入りになったら?」とソファを示した。

「言っておきますけれど、あんまり不躾なまねばかりなさるようでしたら、ファティナ様に告げ口しますからね」

 釘を差すようにきつく言えば、途端にエイリクは顔を顰めた。

「義母さまに言うのは卑怯だ」

そんな表情をされると昔と変わらぬ少年の様相を見せてくれる。

――何より、この少年ときたら相変わらずファティナ様が大好きだ。

 それがまた実に微笑ましい。

しかし、あの頃とは確実に違うことがある。

「本当にご兄弟でそっくりですこと」

メアリが呆れた口調で言えば、エイリクは眉をぴくりと反応させ、冷たく彼女を睨んだ。


「兄さまとぼくは違う」


――そう、妄信的に兄を慕っていた少年は、今や兄と冷たく舌戦を繰り広げられるまでに成長していた。それがよいことなのか悪いことなのか、メアリにも判りかねるが。

「それで、本日はいったいどういったご用件ですか。礼服など召されて」

 メアリはお茶の準備の為に席を立ち、反対にエイリクに座るようにと示そうとしたが、エイリクはつかつかと長靴の音をさせて近づくと、メアリとは一歩離れた場で立ち止まった。


「陛下より騎士の爵位を受爵した」

「ああ、それでその立派な身なりですのね。おめでとうございます――」

 メアリは瞳を細め、自らの体勢を整えると恭しく一礼し、心からの賛辞を口にした。

小生意気だった少年が、今は正装に身を固めて立っているのだから時の流れとは恐ろしいものだ。

肩に房飾り、腕には徽章。

このように言えば失礼だが、馬子にも衣装――いや、元々彼は侯爵家の次男だ。正装すればその姿は実に惚れ惚れと世の女性を虜にするだろう。

 社交界に出るようになれば注目を集めずにはいられないだろう。

そう思えば、ほんの少し寂しい気がするが、それはきっと姉のような気持ちだろう。メアリは彼の成長をずっと見てきたのだから。


「メアリ、この日に決めていたんだ」

「何をでしょうか?」

 まるで弟が立派になった様子を眺めるようにしていたメアリは微笑んだ。


「あなたを抱く」


 冷水を浴びせるかの如くあまりにも率直すぎる台詞に、メアリは思考を飛ばしかけ、ただ幾度も瞳を瞬かせて面前の少年を見た。

 そう、少年だ。

なんという悪い冗談だろうか。

「あの、エイリク様?」

「エイリクでいい。ぼくはあなたの夫になるのだから」

「――意思の疎通をご存知でいらっしゃいます? 私にはそんなつもりは……」

「貴女()ぼくに結婚を持ちかけたんだ」

 びしりと突きつけられた言葉に、メアリはとりあえずというように相手がこれ以上近づかないようにと自分の前に手を突きつけた。

「幾度もいいましたけれど、アレは――冗談です」

 その昔、彼の家人によって怪我を負ってしまったメアリが、償いをしたいという十一歳の少年に「将来自分が独り身だったらも嫁にして下さい」と確かに言った。言ったが、それはあくまでも冗談だ。それ以上のものではなかった。


 だというのに、この少年ときたらそんな冗談を未だに本気にしているのか。


「悪いが冗談じゃない」

 エイリクは冷たく言いながら、首にふんわりと巻かれているクラヴァットを片手で引き抜き、しゅるりと絹の音をさせた。

 どきりとメアリは心臓が音をさせるのを感じる。

「責任とか義務とかで結婚なんてするものではありませんでしょう!」

「責任とか義務のつもりは無い。あれ以来ぼくはずっと貴女を見てきた」

「――エイリク様、冷静に」

「ぼくは冷静だ」

 そういいながら、上着のボタンを一つ一つはずしていく。その姿がやけに色っぽく見えて、メアリは思わず視線をそらした。

「あなたに時折り男の影があった時、どれだけぼくが苦しんだとおもう」

「男って……そんなものは」

「当然だ。いちいち排除したからな」

 ばさりと言い切るその言葉に呆気に取られた。

「排除……」

「あの兄と血は確かにつながっているらしい」

――そう鼻を鳴らす相手を咄嗟に見返すと、エイリクは上着をばさりと椅子へと放り投げた。


「メアリ、愛している。結婚しよう」


 手首を強く捕まれ、ささやかれる言葉にふっと――以前、この少年とそっくりな男にされた求婚がぶわりと自分の中によみがえった。


 それは求婚とは名ばかりのもので、愛情など微塵もない惨めなもの。

メアリはぐっと腹部に鉛球がねじこまれたような気持ちになりながら、真摯な眼差しで自分を見下ろしている少年を見上げた――ああ、いつの間にこの少年は身長が伸びたのだろう。出会った当初は見下ろしていたのは自分だったというのに。


「……愛して」

 る?

そんなのは嘘だ。

そう言葉を続けようとしたのに、ふわりとメアリの唇がエイリクの薄い唇に触れられた。軽く、ただなぞるような口付け。

 そのままそっと顔をあげて、瞳を真摯に合わせ、エイリクは囁いた。

「十八になるまではと我慢したんだ。貴女を――愛している。それを証明する為にできることなどないけれど、ぼくの持つ全てを貴女に差出し、貴女が望むならこの心臓すら取り出そう」

 掴まれた手首をぐいと引かれ、メアリの手の平がエイリクの胸に触れた。

高い体温と、早鐘を打つ心音。

冷静だと言い切った相手の心音は、冷静さなど微塵も感じさせない鼓動を打つ。

よくよく見れば確かに緊迫した空気をはらんでいたエイリクだったが、やがてふっと微笑を湛え「特別に、義母さまを義母さまと呼べるように頼んであげるよ」茶目っ気たっぷりの台詞を口にした。

 途端、メアリは思わず笑い出してしまった。


「ファティナ様をお義母さまと呼ぶのは――楽しそうですね」

「きっと楽しい。義兄さまは相当怒るだろう。ぼくが義母さまと呼ぶことすら怒るから」


「私はきっと年若い貴方をたぶらかした悪い女だと言われるわ」

「貴女は十一のぼくを確かにたぶらかしたんだ。ぼくの手を無遠慮に掴んで。でも、その後は、貴女をたぶらかす為にぼくが努力したことはちゃんと判っているだろう?」


――女史とは言わない。メアリでいいな。

――今は無理だが、いつか貴女に男爵位を取り戻させる。


 あれらをたぶらかすというのかどうも疑問だが。

メアリは肩に入っていた力を抜いた。


 もう仕方ない、だって……こんな求婚を断れる女などいないだろう。

難点があるとすれば、あの馬鹿男とこの少年の容姿ときたら実によく似ていて――けれど、けれど。

メアリは優しい眼差しを向けてくる相手に応えた。


「喜んで、お受けいたします」

 今もファティナと共にいる暗褐色の髪の男がちらりとよぎったが、それは淡い想いと共に溶けて消えうせた。

 エイリクの吐息交じりの口付けが、全てを押し流す。

自分の中に甘酸っぱいような優しい気持ちが満ちた途端、ふいにエイリクは身を一旦沈めてぐいっとメアリを横抱きに抱き上げた。


「え、ええっ?」

 すたすととそのまま隣室になっている寝所に行こうとする相手に慌てるメアリだったが、エイリクは口の端に笑みを浮かべて肩をすくめた。

「ぼくは求婚しにきたのではなくて、抱きに来たんだと言ったろ」

 その顔が勝ち誇っているように見えて、メアリは恥ずかしさにエイリクの首に手を回して相手の丹精な横顔を見ながら、弱々しく抵抗の言葉を口にしたが、年若き求婚者はそれを微笑で封じた。

   


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